Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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後で少し修正を掛けるかもしれません。
暫定版ということで。


#41:シグナル(綺羅星編⑦)

 蔵練を終えた次の日の学校。

 

 香澄が本調子を取り戻し、その過程で、私たちも一つ成長したと思う。

 後は、オーディションでこれまでの成果を見せるだけ──

 

「うへぇ~……」

 

 ──あれ、私、何してるんだっけ? 

 

 眼前で机にとろけきった様子で突っ伏す香澄、それにはぐみを見ながら、そんな疑問を抱えていた。

 

「むずかしいよー!」

「私も! むずかしー! わかんない!」

 

 わめく二人の手元には数学の問題集。

 つまりそういうことだ。……まだ一学期なのに、先が思いやられるなぁ。

 

「子供か」

「幼児退行?」

 

 相変わらず有咲は淡々とした反応で、たえは妙な語彙を持ち合わせている。

 その後ろで沙綾とりみが苦笑する。ここ二、三週間で見慣れた光景だった。

 

()()()()()()()も勉強が得意だよね」

「まあ苦手じゃないけど、中学の範囲の続きみたいなものだし」

 

 ここ間違ってるよ、とたすき掛けに指を差す。

 勉強会中のポピパに混ざるように、はぐみが教科書片手にやってきたのはもうすぐ訪れる定期試験の対策というわけだ。

 私たちは香澄、たえに加えて彼女を受講生に迎え、指導にあたっていた。

 

「あーちゃん……」

「いいじゃん、あーちゃんって可愛い」

「は!? か、可愛くねーし!」

 

 顔を赤くする有咲もいつものこと。ついでに可愛いのは本当だ。

 そんな意味でも、すっかり元通りの私たちの日常というわけだったけれど──

 

「練習もしたいけど、この分じゃ勉強優先かな?」

「えー!? やだーっ!」

「補習にでもなったらどうすんだよ」

「オーディション受けられなくなっちゃうから……」

 

 講師陣の心配するようなことは起こらないと思っているけど、万が一を考えると対策するに越したことはない。

 はぐみにもそうはなって欲しくはないし、ここはしっかりやっておこう。

 

「「できた!」」

「お、はぐみもたえも正解。どれどれ、香澄は……」

「……」

「……お前、居残りな」

「うわーん!!」

 

 教室には、香澄の情けない声がこだました。

 

 

 ♬

 

 

 放課後の教室に、ぐうう、と音がする。

 

「お腹空いた……」

「お前なぁ」

「あはは。まあ、いい休憩にはなるんじゃない?」

 

 助け舟に、「沙綾……!」と目を潤ませる香澄。授業中の自習を合わせると結構な時間になるので、私たちもその提案に賛成した。

 

「じゃあ、つぐのお家に行こーよ!」

「つぐ……ってつぐみちゃんだっけ。確か、Afterglowの」

「そうだね。はぐみとウチのご近所さんで、羽沢珈琲店っていうカフェをやってるんだ」

「カフェで勉強って、なんか高校生っぽい!」

「なんだよそれ……」

 

 盛り上がる香澄に有咲が呆れる。

 

 実家がカフェってなんかすごい。商店街にもいろんな子がいるんだな。

 私たちの他にもバンド活動をしている高校生は多くて、同じクラスならはぐみやイヴ、上級生にも氷川先輩にゆり先輩たちというように、ポピパの活動を進めているうちに関わりも増えた。

 Afterglowのみんなとは学校が違うけれど、商店街でたまたま顔を合わせたことがあるというわけだった。

 

「私、ホットドッグ食べたい」

「喫茶店にあるのかな……」

「ていうか、この人数で押しかけて大丈夫か?」

「つぐみには私から連絡を入れてみるよ」

「それなら、ひとまず行ってみようか」

 

 もうすっかり日が長くなったとはいえ、高校生の放課後は短い。

 おしゃべりもそこそこにして、荷物をまとめるのだった。

 

 ☆

 

「……なんで?」

「それはこっちの台詞だ」

 

 羽沢珈琲店のおしゃれな扉を開いてまず目が合ったのは兄さんだった……なんで? 

 同じテーブルには咲祭で挨拶した先輩方……はぐみのお兄さん、上原さんのお姉さん──ひかり先輩、そして生徒会のつながりだろうか、氷川さんの姿も見つけた。

 その誰もがげっそりした様子であることも、異常な雰囲気の一因となっているようだ。

 

「あー! にーちゃん!」

「あ……はぐみ、お疲れ様……」

「なんか……皆さんやつれてないですか?」

 

 駆け出していったはぐみの後に着いていくと、お兄さん……恵さんが震える手でノートを取っているようだ。……これ、問題を解いているのかな? 

 

「試験前課題でね……やっとかないと成績がつかなくなっちゃうから」

「課題って……わっ、これ全部ですか!?」

 

 机に広げられていたテキストだけではなく、通学鞄に詰め込まれたものも含めて課題ということらしい。

 チャックを閉めたらもはや持ち手のついたレンガだ。圧巻の光景に香澄やりみが怯えている。

 

「志哲高校ってレベルが高いって聞いてたけど、その分勉強量も多いってことなんだな」

「だね……」

「だからげっそりしてたってことなのかな?」

 

 どうやらたえの言葉通りらしく、恵さんはしおれた花のようにぐたりと頷いた。

 

「にーちゃん死なないでーっ!」

「大丈夫……僕ははぐみがお嫁に行くまで死ねないよ……」

「あ、はは……」

 

 自分でも笑顔が引き攣るのが分かる。この人、まともに見えてるけどそうでもないな──

 視界の端ではひかり先輩が梅干しのような顔でペンを握っており、もはや収拾のつけられない店内だった。

 

「まったく、仮にも生徒会役員なのですから、生徒の範たる自覚を持ってください」

「あ、氷川先輩!」

 

 凛とした響きに惹きつけられ、その主の名前を香澄が呼ぶ。

 美人と相まって、まさに救世主といったところだ。

 

「だって急に出してくるんだもん……」

「その顔、元に戻してください。

 若葉さんに聞けば、一週間ほど前から予告があったそうですよ。ちゃんと聞いていないからこうなるんです」

「まあ、それでもギリギリでしたけどね」

 

 コーヒーを一口すすって兄さんが言う。

 もしかして、香澄をウチに連れ帰ってきたときの『課題』ってそのことなのかな。

 推薦のこともあって、兄さんは成績維持のために勉強を頑張っているみたいだ。

 

「それで、なんでここにいるの?」

「別にいたっていいだろ。試験前だし、この課題もあって生徒会室で勉強会をしてたんだが──」

「上原さんが『気分が乗らないから』と、ここに」

「だって……『映える』じゃん?」

 

 梅干し顔を決め顔に変えたひかり先輩は、氷川先輩の強烈で冷淡な視線を浴びて縮こまっていく。

 ほんと、変人しかいない生徒会のお守りを任せてしまってすみません……。

 

「あはは……わ、私たちも勉強会をしにきたんですよ」

「あ、そうなんだ?」

「うんっ! にーちゃん、教えて教えて!」

「僕はまだ()()があるからなぁ……そうだ、律夏に教えてもらいな」

「律にーちゃん!?」

 

 瞳の輝きが兄さんを襲う……眩しすぎて光で灰になるんじゃないかな。

 

「うおっ……それにしても俺か? 凪紗たちじゃだめなのか?」

「生徒が多すぎて面倒見れないって」

「なるほどな……」

 

 香澄、たえ、はぐみの三人衆はとても一人じゃ教えきれない。というか一対一でも苦労した。

 遠い目に兄さんも察したようである。

 

「じゃあ、若葉くんと紗夜ちゃんも先生やってあげなよ。凪紗ちゃんと合わせたら3人でしょ?」

「……どうしますか?」

「当校の生徒ですし、これも勉強の一環と考えることにします」

 

 氷川先輩の溜息で、思わぬ講師陣が顔をそろえた放課後講座が幕を開けたのだった。

 

 

 ♬

 

 

「……うん、だいぶ解けるようになってきたね」

「ハンバーグのこと考えたら、できるようになってきたよ」

「それって集中できなくなって逆効果なんじゃ……」

 

 と言いつつも、着実にできてきている。飄々とした様子のたえはまた一問、因数分解を捌いていく。

 その様子に満足しながら、ふと、隣の卓にいる兄さんたちを覗いてみる。

 

「できました!」

「えっと……分数?」

「……違いますか?」

「違いますね」

 

 兄さんの無慈悲な宣告に、「うわーん!」とまたしても打ちひしがれる香澄がいた。

 

「はー……なんで数学とかやらなきゃいけないんだろう……」

「そのものを否定すんなよ」

 

 冷静にツッコむ有咲。だけど腕を組んで頷く兄さんに「え?」といった表情を向ける。

 

「正直、分かるな」

「ですよね!」

「ハシゴ外された……」

「まあ、だからこそやる意味を考えるのも面白いところだけど」

「「え?」」

 

 出た、また意味の分かんないことを言ってる……。

 香澄と有咲はぽかんとした表情で、謎の発言をする兄さんを眺めていた。

 身内の恥に斬りかかりたいところではあるけれど、生徒(たえ)もいることだし、何を言い出すか見守ることにしよう。

 

「勉強からは逃げられないからね。せっかくだから、やったことで何か得ができるって考えた方がいいよ」

「得って……何ですか?」

「同じ数学ならこの後に学ぶ二次関数で使うから、その問題を解くのに役立つね。

 あとは、物事をパターン化して考える力がつく」

「ぱたーん……?」

 

 首を傾げる香澄に、兄さんは問題集のとあるページを指さす。

 

「これ、解ける?」

「『中学の復習問題』……これなら解けます!」

「自信満々にするとこじゃねーぞ」

 

 胸を張る香澄と半目の有咲。名漫才コンビに兄さんが苦笑する。

 

「じゃあ、これはどうかな」

「う……なんか並び方が変……」

「こんなの、降べきの順にするだけだろ。()()()()順に並び変えてみろよ」

「あ、そっか!」

「そうそう。これも中学の考え方で解けるよ」

「えっ、こんなに文字があるのに?」

「因数、みてみろよ。全部にかかってる文字は?」

「あ……これ、『くくりだす』ってやつ?」

 

 一度解いてしまったら話は早い。あくまでも基礎の範囲だけど、いろんな解法が求められる総合問題を、香澄はほとんど解いてしまった。

「できちゃった……」ときょとんとする二人。いや、香澄も驚いてるし。

 

「あ、でもここ間違ってた……」

「たすき掛けだね。逆に、それ以外は解けているよ」

 

 星々の瞬く表紙のノートは、中身が分からないけれど解けなかった部分は少なくなっているようだ。

 つまり、兄さんが言いたいことは──

 

「問題ごとに解くパターンが識別できれば、あとはそのやり方に沿って解くだけだよ。知らないパターンがあったら、それを覚えていけばいい」

「なるほど!」

 

 早速たすき掛けのページを開いて解説を読みはじめる香澄。

 一方で、有咲の疑問はまだ解けていないようで。

 

「……でも、これが数学以外のことに役立つんですか?」

「俺はそう考えているよ。例えば、音楽だって……楽器なら、どうしても弾けないフレーズがあるんじゃないかな」

「確かに、ありますけど」

「ただ間違えたところを練習するだけじゃなくて、どうして間違えてしまうか、他にも似た間違いがないかパターンを探すことで、本当に自分が苦手なところを見つけることができる」

「あ……! だから、練習の効率が上がる、ってことですか?」

 

 兄さんは「その通り」と頷く。

 よく考えれば当たり前のことだ。でも、意識してやっている人は案外少ないものなのかもしれない。

 さらに続けて言う。

 

「あと、『自分ができること』が分かるのも一つのポイントだね。目標に対して、今どこにいるのかが分かれば、やみくもに練習することも少なくなる」

「確かに……『とりあえずやろう』って時、多いかも……」

 

 思い立ったらやってみること、それはそれで大事だ。

 だけど、本当に必要なことを考える、このことは私たちにとって大きな学びの一つだったのだ。

 

「目標が分かれば、それに向かって自分がしなければならないことを考えているうちに、答えが分かってくる。それの繰り返しだ。大切な時間を考え抜いて使えば、きっと自信もついてくる。振り返って後悔のない選択をすることが大事だよ」

「後悔のない……」

 

 兄さんの言葉に感じるものがあったのか、りみがそう口にする。

 バンドとしての未来は、どこまで続くかは分からない。だけど、高校生でいられる時間は等しくたった3年しかない。

 その時間をどう使うかは私たち次第で、選択について回る決断には、それだけの熟慮が必要だということを、兄さんはひそかに示している。

 

 私たちは、私たち(バンド)のことですら分かっていなかった。

 今までの私たちは、お互いを想って、何をすればいいかを考えて、大切な言葉を選び取れてきただろうか。

 少なくとも、今からはそうやっていかなければならないって思う。

 

『悩んで、答えを見つけ、行動する。そんな挑戦の繰り返しが人を成長させるんだ』

 

 かつての兄さんはそう言った。

 私たちが立っているのは、勉強と違って答えがたくさんある世界だ。決断に足るだけの、自分なりの答えを見つけて行動に移すことで、私たちははじめて前に進むこと(挑戦)ができる。

 

 ──今なら、分かる気がするよ。

 

 視線を逸らす。そうして気付けば、沙綾もりみも、たえですら、問題を解いていた手を止めて、その言葉を静かに聞き入っていたのだった。

 私たちにとって、挑戦とはなんだろう。今やるべきことはなんだろう。

 

 兄さんが飲んでいた真っ黒のコーヒーを口につける──苦い。でも頭は冴えていく。

 私にできることは、せめてその頭で分かりやすい説明役に徹することだった。

 

 

 ♬

 

 

「ふう……」

 

 紅茶のカップを傾け、細い息を吐いたたえ。

 あれから結局、すごい集中力で問題集を解ききってしまっていた。やるじゃん。

 

 香澄たちはどうかな。

 

「……っていう考えでいいんじゃないかな」

「ありがとうございます! じゃあ、試しに一問出して有咲!」

「えーっと……じゃあこれ」

「ちょっと待ってね……」

 

 例題を解く香澄を、有咲と兄さんが固唾を飲んで見守っている。お遊戯会の親みたいだ。

 

「よしっ、できた!」

「……正解!」

「やったあ!」

 

 諸手を挙げてはしゃぐ香澄に、思わず笑みが溢れる。

 相変わらず全身で喜びを表現する純粋さはやっぱりこの子の大きな魅力だった。

 

「香澄、よかったね」

「香澄ちゃん、すごい!」

 

 氷川先輩たちと同じ卓だった沙綾やりみが拍手でお祝いをする。 

 大げさに見えるけれど、それくらい、香澄の集中具合はすごかった。

 

「結構解いてたもんね。……って、もうこんな時間!?」

「本当だ」

「やべ、ばあちゃんに連絡しなきゃ……」

 

 普段ならとっくに練習を終えている時間。

 お店に長居していることもあるし、そろそろお暇しないといけないかも。

 

「僕たちは近いけど、律夏たちはそろそろ……」

「ああ、そうだな」

 

 そう言いながら、コーヒーを飲み干した兄さんは荷物をまとめ始める。

 恵さんも課題があらかた済んだようで、ぐったりしているはぐみに声を掛けている。……あれ、氷川先輩の方が疲れてない? 

 

 手早く荷物をまとめたところで、香澄と目が合う。

 

「……あの、さ」

「うん?」

 

 まだ荷物を片づけていないのかと思ったら、その手元にはさっきの問題集があって。

 解けていないたすき掛けがマークされ、存在感を放っている。

 ──まだ、やりたい。やれるはず。

 

 そんな気持ちが伝わってきた。そしてそれは、()()の共通認識だったみたいで。

 

「ねえ、お泊まり会しない?」

 

 誰かが言った。そして、皆が頷いた。

 一番星の光る夜空を見上げる帰り道、別れるにはまだまだ話したいことが多すぎたみたいだった。

 

 

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