Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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お待たせしました。



#42:往け(青薔薇編⑦)

「……あの、提案なのですが」

 

 私の言辞は、夕日のもたらす閃光の中に消えゆくようだった。

 けれど、息衝くような苦しさが、その()()を厭う気持ちの表れだったわけではない。

 ──なのに、なぜ? 

 

「うん?」

 

 橙色の空を背に、振り返って訊き返した上原さんを前にして言葉に詰まる。

 

「……」

 

 会話の途切れ目に首を傾げる様子が見えて、焦りが深まってしまった。

 

「──コンテストに、来てください」

「……コンテスト?」

 

 意を決して発した言葉には脈絡がなく、これでは伝わらないのも当然だった。

 私としたことが、思い切って口を動かしたはいいものの、何を言うべきかを考えていなかったのだ。

 

「あ、す、すみません。……来週末、コンテストがあって──《FUTURE WORLD FES》という、次世代音楽フェスの選考会を行います」

「もしかして、それに紗夜ちゃんたちが参加するの!?」

 

 頷くと、上原さんは途端に目を輝かせはじめた。まるで、黄昏ゆく空の光を受け継いだように。

 騒ぎ出した彼女が気になって戻ってきた若葉さんたちにも、ことの経緯を話していく。

 

「私たちのバンドは──RoseliaはFWFへの出場を一つの目標にしています。もちろん演奏を行うわけなので、ライブの雰囲気を掴んでもらうにはちょうどよい機会だと考えたので」

「うんうん! 行くよそれ!」

「なるほど。 あ、ごめん、さっき言ってたかもだけど、それっていつ?」

「来週末──土曜日の15時からです」

 

 私たちの演奏予定は、全体でも後の番──いわゆるトリに位置している。

 それを告げると、彼らはどこか気まずそうな表情を浮かべた。

 

「……どうかしましたか?」

「え、えーっと……」

「ちょうど、試験がその後の月曜日なんです」

 

 若葉さんが苦々しげに述べる。失念していたが、志哲高校の期末試験は7月を待たずに行われる。

 6月末のライブは、花咲川や羽丘の面々からすれば合わせられる予定だったが、彼らにとっては難題と映るのだろう。

 学業に専念する──音楽活動を行っていない皆さんにとっては、至極当然のことだった。

 なのに、なぜこんな気持ちになるのだろうか。

 

「そう、ですか……」

 

()()()垂れる腕の重みに気付いて混乱する頭脳。

 それでも、気付いたことがあった。

 

 ──私は、皆さんにRoseliaの演奏を聞いてほしい。

 

 ずっと精神的な孤独を貫いてきた私にとって、音楽は、ギターは、他ならぬ『私自身』を表現できる唯一のもので。

 奏でる音でメンバーと心を近づけたように、ライブを通して、私自身を理解してほしいという思いがあった。

 

 ──だったら、この感情は落胆、なのでしょうね。

 

 提案は期待であり、それが叶わないと知っての思いだった。

 その心根に気付いて、町を覆いつくそうとする夕闇が一段と暗く見える。

 そんなときだった。

 

「──いや、それでも行こう!」

「え?」

 

 それまでの文脈を撥ね飛ばすような、突如とした上原さんの宣言に、私たち三人は目を丸くした。

 

「……試験二日前ですが」

「正気ですか!?」

「いけるいける! 何より文化祭のためだし!」

 

 若葉さんたちの驚きには、その宣言が本当なのか──つまり、心からのものであるのかという疑いが含まれている。

 私にもそれが分かって、

 

「もし無理をしているようなら、勉強を優先してください」

 

 と慌てて付け加えたが、

 

「大丈夫だって! それに私、紗夜ちゃんたちのライブ見たいもん!」

 

 と言われてしまっては、できる限りの演奏で応えたい気持ちが勝ってしまう。

 

「ね、二人もそうでしょ?」

「そ、それはそうですけど……」

 

 ちら、と北沢さんが若葉さんを一瞥する。考え込んだ様子の彼は、しばらくしてから瞑っていた両目を開いた。

 

「要は、それまでに勉強を終わらせられればいいってことだ。15時からなら、そこまで長くならないだろうし」

「ほ、ほんとかな……?」

「おー! 若葉くんノリがいいー!」

 

 ばしばし肩を叩く上原さんに「痛いです」と返して、彼はこちらに続きの言葉を差し向けた。

 

「文化祭の参考にするため、という目的も確かにあります。でも、それだけじゃない。

 氷川さんたちの演奏をこの目で見たいと思っています。……だから、それを実現できる方法を考えます」

「……!」

 

 まっすぐで、揺らぎのない瞳。

 同じ夕景の中にあって、いつかの彼とは正反対の姿が眼前にはあって──私はそれに、ひどく背中のこわばりが解れていくのを感じていた。

 

「うんうん! 北沢くんも、それでいいでしょ?」

「はあ……うん、でも、ライブを一度見てみたいっていうのは本当ですしね。

 あ、それなら明日、うちの近くのカフェで勉強会をしませんか?」

「お、それ採用ー!」

 

 そんな会話を皮切りに、あれよあれよと言う間に予定が立てられていく。私も参加必須ということらしいが、事実、志哲高校のレベルの高さを間近で見られるよい機会でもある。

 私は眩しさを遮った掌の裏で、緩む頬を隠すのだった。

 

 ──本当に、らしくないわね。

 

 

 ♬

 

 

「出場者のみなさん。出番の5分前にはステージ袖で待機をお願いします!」

 

 楽屋の中で、そんなアナウンスに耳を傾ける。

 

 羽沢珈琲店での勉強会から一週間と一日──約束と運命の日はすぐにやってきた。

 この部屋を出てステージに向かえば、生徒会の人たちは私たちの演奏を待っている。

 

「ああっ、やばっ!!」

 

 そんな声が聞こえて振り返ると、今井さんが鞄をひっくり返す勢いで中身を探っている。

「メンテ用のスプレー……!」との声に、大方忘れ物だろうと察した。

 

「忘れ物には注意って、連絡したじゃない。──はい」

「わっ、ありがと!」

 

 しかし、よく考えてみれば準備のよい今井さんが忘れ物をするのは意外に思われる。

 スプレーのボトルを受け取る手がわずかに揺らいだのを、私は見逃さなかった。

 

「……緊張、しているんでしょう」

「あ、はは……バレた?」

 

 作業をする横顔からは不安の色が滲み出ている。私でなくとも──それこそ、審査員やオーディエンスには簡単に伝わってしまうだろう。

 

「ネガティブな感情は演奏にも響きます」

「そうだよね。……他のバンドの子とか、紗夜たちがすごい落ち着いてて、逆に焦っちゃってるっていうか」

 

 目を向けてみれば、湊さんや宇田川さんはともかく、白金さんもどこか覚悟を決めた様子で出番を待っている。

 そして──

 

「あ。Pastel*Palettes。まだ正式デビュー前なのにプッシュされまくりだよねー。

 ギターとドラムの子は上手そうだけどさー」

「……」

「ほら、全然気にしてないじゃん?」

「そうですね」

 

 他のバンドの会話にも、不思議と、心中にさざ波が立つことはなかった。

 その理由を考えたときに、ふと、私にとっての数少ない居場所のことを思い出す。

 

「だって、志哲高校の人も見にくるんでしょ? 私だったらオーディションより、みんながどこから見てるのか気になっちゃうかも」

「皆さんは審査員ではありませんから」

「いや、演奏を見られるっていうか、いつもの自分じゃないところを見られるってことが気になるっていうか」

「……? いつも、私は私ですが」

「まあ、そこが紗夜のすごいとこだよねぇ」

 

 とぼけたふりをしたが、嘘だ。本当は今井さんの言うことも理解できる。

 それでも、私は私に二面性を作りたくない。このギターも、歌も、すべて私として理解されたいのだ。

 

「やっぱり、紗夜ってちょっと変わったよね」

「湊さんにも同じことを言われました」

 

 今井さんと湊さんの発見は、それぞれが私の違う部分を指しているのだと思う。それでも、元を正せば同じ経験からくる変化だ。

 

「……そんなにも、『彼ら』との出会いが貴女を変えたというの?」

「わっ、友希那」

 

 気付けば隣に立っていた湊さんが、会話の中へ言葉を投げかけてきた。

 瞳に映るのは純粋な疑問で、何かの答えを探そうとしているように見えた。

 

「私は、変わるきっかけを得ただけです」

「直接影響を受けたというわけではない、ということかしら」

 

 首肯する。

 

「生徒会が始まったのって、今年の4月からだよね。3カ月の中で、いろんなことがあったんだね」

「そうですね……」

 

 思えば、忙しい──言い換えれば密度の濃い期間だったと思う。そしてそれは、当分続いていくのだとも思う。

 どこかで、それを日常として、Roseliaの活動と並べられるくらいに当たり前のものとして受け止めている自分がいた。

 

「じゃあ、みんなにはめいっぱいの演奏を届けなきゃ!」

「これまの努力を出し切るだけです」

「ええ。練習は裏切らない。どんな結果が出ても、それがすべてよ」

 

 確認し合うように、3人で頷く。

 

 予定進行に大きな狂いはなく、出場時刻はすぐそこに迫っている。

 分針の揺れ動く音が、私を一段と奮い立たせた。

 

 ☆

 

「Roseliaさん、お願いします!」

「「はい」」

 

 その時が、来た。

 楽屋を出て廊下を歩き、ステージ袖へとつながる通路をひた進む。

 

「……」

 

 前を歩く今井さんは、ライブを迎える心構えができているようにはとても見えなかった。

 

「背中が丸まっていますよ」

「ひゃえッ!?」

 

 これから弦を爪弾くとは思えないほどの固い肩を叩く。

 素っ頓狂な声を上げた今井さんの様子は、日常とはかけ離れていた。

 

「リサ姉、やっぱり緊張してるよね」

「うえっ? し、してな──」

「してない、と言うには無理があるわ」

「うう……」

 

 白金さんは苦笑しつつも不安げな目を向ける。

 これまで、ある意味で精神的な支柱となっていた彼女が、本番を前にして自信のない表情を浮かべるているのだから、当然ではあった。

 ──逆を言えば、それくらい、今井さんに助けられてきたということかしらね。

 

 彼女の背景にあるもの──『私情』を考えれば分かる。

 経験と練習量が物を言う世界に、彼女はあえて飛び込んでいるのだ。

 SPACEでのミスもあった。これまでしてきたことに自信が持てなくなっているのも、今であれば理解できる。

 それでも──

 

「前を、向きましょう」

「……!」

 

 今井さんと、メンバーの注意を集める。

 それを確認するのに一呼吸おいて、私は至って簡潔に、事実だけを告げる。

 

「このライブに向き合うだけです。……あとは、これまで積み重ねたものが応えてくれる」

 

 湊さんに視線を送る。

 私のそれを受け止めた湊さんは、静かに言葉を紡いだ。

 

「オーディエンスは今、このときの私たちを見ている。

 過去の努力も、失敗も知らない彼らが求めるのは今の私たちよ。だから……

 私についてきて」

 

 その言葉は過去の否定のように聞こえて、しかし、この場に立っている全員の努力と実力を認め、求める者がいることを意味しているようにも思えた。

 きっと、彼女なりの励ましなのだろうと──私はそう考えた。

 

「友希那……!」

 

 先頭を切って出ていく彼女が靡かせる銀灰は、ステージライトに照らされて輝きを纏う。

 後に続き、衆目に晒された私たちだったが、圧倒的な存在感がオーディエンスを惹きつけて止まない。

 音を束ね、歌に乗せて放つ──まさに歌姫(ディーヴァ)たる風格を備えていた。

 

「──私たちの歌を聴いて」

 

 

 ♬

 

 

 湊さんのわずかな言葉から始まった演奏の中で、私の意識は何かに吸い込まれるように消えていった。

 考える余裕もない──それが実際なのだろうが、余計な雑念も消えたことが奏効してか、練習で何度も繰り返したストロークそのままで演奏できている。

 

 後から分かったことだが、無意識に、私はあの人たちを探していたそうだ。

 それが私にとって心の平穏を保つための方法だったと気付いたのは、もっと後になってからのことだ。

 

「……」

「……」

「ちょっと、何かしゃべってもらえませんか」

「あ、あはは~☆」

 

 ──なぜ? 

 

 若葉さんの焦ったような問いかけと、今井さんの空々しい笑いをよそに、私はその疑問を脳内に駆け巡らせていた。

 店員が、注文をかけた『スーパーやけ食いセット』とやらを運んでくる。やけ食いとは関係のない若葉さんの分を合わせて、四人の卓には所狭しと皿が並んでいく。

 

『──あなた達には、このコンテストで()()してフェスに出るのではなく、()()して、メインステージに立ってほしいの』

 

 その言葉を──講評を聴いたのだから、疑問の答えは分かっている。その発言に込められた期待の大きさも。

 それでも、手が届いたステージだからこそ、悔しさは拭えないのだった。

 

「落選したけど、すっごく認めて貰えたし──アタシはそんなに悪くないんじゃないかって……」

「私は認めないわ」

 

 言いながら、一切れのハンバーグを口に放り込む。何か食べていないと落ち着けない。

 同調した様子の湊さんが続く。

 

「そうよ。このジャンルを育てていきたいのなら、私たちを優勝させて、もっと大きな活動を……」

 

 料理のボリュームに負けない食べっぷりを披露する──それは私もだが──彼女を横目に、重量ある相槌を打つ。

 もぐ、むぐと音を響かせるような咀嚼に今井さんが苦笑している。

 

「ご、ごめんね? 友希那たちなんていうか(たぎ)ってて」

「いや……気持ちは、確かに分かると思う」

 

 若葉さんの反応として、その言葉はやけに迂闊に聞こえる。普段の彼なら易しい共感を求めたり、示したりしない──と言えばいいだろうか。

 

 私の予想通り、湊さんのぎらりとした眼が彼を捉えだした。

 

「貴方には、どう見えたのかしら」

「どう見えた、か……何に対して?」

「私たちの演奏、審査員の言葉……なんだって良いわ」

 

 軽い自己紹介しか済ませていない二人の関係では、おおよそ不相応なほどに重苦しく剣呑な空気のなかで、彼は眉一つ動かさない。

 思案に耽っているのか、それとも凄まれて固まっているのか──彼をここに呼んだ私としては前者であってほしいものだ。

 内心でそんな風に呟いていると、問いかけの答えが返ってきた。

 

()()見たときよりも、はっきりとした意志や信念が見える……そんな演奏だったと思う」

「以前?」

 

 今井さんが復唱する言葉には思い当たるところがあった。

 ちょうど日菜との問題に悩んでいた時期──今もだが──咲祭前の放課後、若葉さんに相談をもちかけたのだ。

 私は他人の意見が欲しく、彼にスマホでライブ映像を見せたことを、経緯を端折って伝えた。

 

「……紗夜が、ねえ」

「何ですかその感想は」

「い、いや何でもない! ……それより友希那、話の続き」

「ええ。貴方の言い方だと、以前の演奏には今回のライブで見えたものがなかった、というように聞こえるけれど」

 

 意味深な呟きを聞き逃す私ではないが、はぐらかされてしまった。仕方なく意識を会話に戻す。

 

「一意見に留めておいて欲しいけど、俺はそう感じた」

「なら、演奏のどんなところにそれを感じたの?」

「氷川さんにも話したポイントだけど……練習を積んだ難所での表情とか音そのものだな。余裕があるというか、いい意味で楽譜通りの演奏じゃないっていうか。音楽や楽器を()()の道具にしていると思った」

 

 湊さんは少し考えて、

 

「より具体的なポイントを教えて」

 

 と、取り出したスコアを開いて見せた。

 しかし、素人に対して聴いたばかりの演奏箇所を指定しろというのは、あまりにも唐突ではないだろうか。

 スコアには歌詞を載せているページもあるが、このポイントは──

 

「……ここだな」

 

 思わず目を見開いた。

 私の予想に反して、若葉さんは淀みなくその小節を指さすのだった。

 

 ☆

 

 ほどなくして、反省会はお開きとなった。

 若葉さんが急遽バイト先からヘルプの要請を受けただけでなく、元々試験日の近い生徒会の皆さんには無理なお願いをしていたのだ。

 私たちもライブ後の疲れがある。体調管理は風紀委員としても、バンドとしても重要な課題だということで、解散して帰途に就いた。

 

「若葉君、だったかしら」

「ええ、そうです。……何か、話の中で気付いたことはありましたか?」

 

 先ほど同じ卓に座っていたメンバーが同じ帰り道だったこともあり、湊さんはそう切り出した。

 会話の雰囲気をみる限りでは、わずかな重々しさを除いて、特段相性が悪いだとか、険悪さを感じ取ることはなかったが、彼女はどう考えているのだろうか。

 

「人をよく見ているし、何よりも相手の言葉を覚えている、と感じたわ。

 口数の少ないところもあるけれど、そういうことを考慮に入れて、発言を選んでいるのではないかしら」

「あー、確かにそんなところあるかもねぇ。なんていうか、めっちゃしっかり会話してる? っていうか」

「そういうあなたは曖昧な言葉遣いね……」

 

 今井さんの物言いでは伝わるものも伝わらないが、同じ場にいた私には分かる。

 自らの持ち合わせる語彙から発言を選び、文脈を正すといった心がけが、円滑な会話につながっている。──今井さんのいう、『しっかりとした会話』だ。

 

「貴方が『私情』の相談役として彼を選んだことも頷けるわ。ライブ映像を見せ、受け取ったアドバイスが今日の演奏につながっている部分もあると思う。……けれど」

 

 どうやら湊さんのお眼鏡にはかなったようだ、と胸を撫でおろしていた私に、次の言葉は大きな疑問を残すことになった。

 

 ──それが、いつか彼の深奥に迫るものだということを、私はまだ知らない。

 

()()アドバイスには、それ相応の音楽経験が必要になるはずよ。

 過去に彼は、音楽をやっていたの?」

 

 

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