Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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#43:ノクティルーカ(綺羅星編⑧)

「でっかい……」

 

 お風呂場で、私はそう呟いた。

 シャワーの湯気の中でも見える圧倒的存在感に、()()()と比べてしまって虚しさがこみあげてきてしまう。

 

「……何だよ?」

「んーん。何でもない」

 

 そう言いながら、そろりと浴槽に身を沈めた有咲は、「ふいー……」と息を漏らした。

 

「たえのお家、やっぱ広いね」

「そうだなー……」

「うさぎ、可愛かったし」

「そうだなー……」

 

 ダメだ、こっちに視線が帰ってこない。

 

 オーディション前の最後の練習を終えて、私たちは抜け出せない緊張感から、いっそのことみんなで分け合うことを選んだ。

 要はたえのお家でお泊り会ってことで、今、有咲とお風呂で向かい合ってるのもそういうことだ。

 

 納得できるまで練習をやったこともあって、有咲はすっかりくたびれたのだろう。

 二人ずつ入るなんて言ったら絶対恥ずかしがると思ってたけど、疲れのあまり流されるままだった。

 

「聞いてないでしょ」

「そうだなー……」

 

 むう、と思わず頬を膨らませる。

 

「やっぱり()()()と、肩が凝って疲れるんだ?」

「そうだなー……」

 

 そう答えた有咲が、ほどなくしてみるみる顔を赤くしてまくしたてはじめるのがいい気味だった。

 

 ☆

 

「いやあ、あれはすごかったなぁ」

「へえ~……」

「余計なこと言うな!」

 

 お風呂から上がって今度はお布団の上、香澄とたえの番を待つ間、私たちは歓談(?)に興じていた。

 

「やっぱりおばあちゃんのごはんが栄養たっぷりだからかな?」

「さ、沙綾ちゃん……」

「うっせー!」

 

 うむ、やはり有咲をいじると楽しい。

 とはいえやりすぎもいけないので、これくらいにしてやるか……って、あれ? 

 目を三角にして、有咲が仁王立ちしている。

 

「聞いたことあるか? ()()と大きくなるって」

「え……ちょ、やめ、うひゃははは!」

 

 油断した隙に、脇に手を突っ込まれてしまった! 

 ていうかそれ揉むっていうかくすぐってるって! 

 

「よくも散々いじってくれたな!?」

「す、すみましぇん! 思ったことを言ったまで──」

「問答無用!」

「うひえぇぇぇ!」

 

 布団に押し倒されると、小柄な私に抗うすべはない。

 沙綾もりみも見守るばかりで助けに来てくれる様子もなく、香澄とたえが戻ってくるまで、この地獄は続くのだった……。

 

 

 ♬

 

 

「ぜえっ、はあっ……」

「ただいまー! あれ、凪紗なんかあった?」

「聞かないであげて……」

 

 息も絶え絶えで布団に横たわる私、腕を組んで鼻を鳴らす有咲、苦笑する沙綾という謎の光景を目にして、香澄たちは首を傾げるばかりだった。それもそうだよね……。

 

「ともかく、早いとこ寝ようか」

「えっ、枕投げは?」

「しねーだろ……おやすみ」

「おやすみ~」

 

 残念そうなたえには悪いけれど、明日に控えていることの重大さを考えると、ここは大人しく眠りについたほうがよさそうだ。さっきの()()でめっちゃ疲れたし。

 沙綾が電灯を消して、それぞれが布団に潜り込んでいく。

 ……だけど。

 

「……寝れないね」

「寝れないねぇ」

「すごい、心臓の音が聞こえる」

 

 ごろん、とうつ伏せになったたえがそんなことを言った。

 意識を向けてみると、彼女の言う通り、秒針が時を刻む音と、鼓動の高鳴りが重なっていくのが分かった。

 

「緊張、してる?」

「うん……でも、楽しみっていうか、テストが始まる前の気持ちとはちょっと違うかも」

「あっ、私も! ドキドキだけどキラキラしてる」

 

 目が合ったりみに問いかけてみると、そんな答えが返ってきた。どうやら、香澄も同じ見たい。

 

「いつもの『キラキラドキドキ』だな」

「あはは、そうだね。……でも、私も同じかもしれない」

「まあ、遠からず、だな」

 

 沙綾も、有咲も同じ気持ちらしい。

 それはまるで、同じリズムをみんなの胸の中で分け合って──どこか音楽みたいだった。

 ふと思い出したように、香澄が起き上がって部屋のカーテンを開く。

 

「星、見える?」

「うーん、見えない……」

 

 目を凝らして夜空を見上げる香澄。そりゃあ煌々と灯る都会の町明かりの中で、天の川が見られるはずもなく。

「心の目で見れば見えるかも」、なんてたえの声に、有咲は呆れた様子だった。

 

「あっ!」

「お? 見えた?」

「うん! 目、瞑って瞑って!」

「はあ?」

 

 言われるがまま目を閉じる私たち。

 瞼の裏には満点の星空が……ということはもちろんなく、みんなの反応に香澄はしょんぼりしていた。

 というか、声が返ってこないと思ったらたえは寝ちゃったのか。私も人のこと言えないけど、入眠速度が赤ちゃんだ。

 

「星、ステージの上からなら見えるかもね」

「ステージの上から……? 

 あっ! キラキラのペンライト!」

「ステージから見るペンライトの光、きれいだよね、きっと」

 

 沙綾の言葉に、4月の初めて見に行ったライブを思い出す。

 虹色の光の海の中で、それに負けない輝きを秘めた香澄。

 震わせた心を通わせて、あの場に立つことを決意したときの情熱が、今でも忘れられずにいる。

 

 ──忘れられるわけ、ないよ。

 

「……見よう、絶対」

 

 呟いた言葉は、夜闇に溶けていく。それでも、きっとみんなには伝わっている気がして。

 それが満足で、安心してか、私はゆっくりと意識を手放していった。

 

 

 ♬

 

 

 ずっと前、私が『キラキラ』と『ドキドキ』の気持ちを手にした瞬間があった。

 東京に引っ越してくる前──おじいちゃん、おばあちゃんの家にいた時期だ。

 

 真っ黒な海と夜空に、数えきれないくらいの星が放った輝きをつないで、星座になっていく。

 そんな光景が私は大好きになって、焼き付いて離れなくなったはずだった。

 

 ──なのに、どうして今まで忘れていたんだろう? 

 

 浮かび上がった景色には、砂浜で膝を抱えて座り込む私がいた。

 誰かが隣にいたはずだった。兄さんか、それともその時の友だちか。けれどそこには、誰もいなかった。

 

 いつの間にか星々の輝きは失われていた。

 暗い、暗い闇の中だった。何のために生きているのかが分からなくて、他人から向けられる感情が怖かった。

 ──そしていつの日か、香澄と出会った。

 

 香澄が見せてくれる輝きが、私の心の中までを照らしてくれた。

 香澄が導いてくれた出会い(音楽)が、私にとってかけがえのない思い出になっていった。

 言葉を交わして、音を重ねて、たまにぶつかって折れそうになってを繰り返していくうちに、もう二度と手放せないような大切なものができた。

 そうして、今がある。

 

 そうだ、私は願っていたんだ。

 それとなくこなす日々から抜け出したかった。期待をしないように生きて、黒く染まりそうな心が嫌になっていた。

 ──誰かが、手を差し伸べてくれないかって。

 

 ☆

 

「三者面談のスケジュールを皆さんにお配りしたので、忘れずにお家の方に渡して、確認をしてくださいね」

「「はーい」」

 

 教室で、先生の案内もそこそこに聞き流していた私の手元にはスコアがあって、正直オーディションのことしか目に入っていなかった。でもまあ、一応聞いてはいるか。

 都合上、事情を知っていても周知はしないといけない中井先生が私に申し訳なさそうな目を向ける。それはしょうがないですよ。

 

 事情が事情の若葉家では、とりあえず兄さんが代理で出ることにはなっている。どっちかっていうと、兄さんの方が面談が必要だろうけどね。

 

 私の場合、成績にはまったくもって心配がないので、普段の生活に問題がないかとか、それこそ兄さんの進路を含めた今後について話すつもりだった。

 中井先生はとても親身になってくれていて、向こう(志哲)の先生とも連絡を取ってくれているそうだ。

 

「あと、テストは終わりましたが、まだ夏休みまでは期間があります。気を緩めて夜遅くまで出歩かないように。それと……」

 

 ずっと、繰り返し思っていることだけど、バンド活動を続ける裏で、いろんな人に支えてもらって、迷惑をかけてきている。はじめて、それに報いることができるのが今日なんだ。

 その思いに、スコアを握りしめる手に力がこもった。

 

 いつの間にか帰りのHRが終わって、いつの間にか集まった私たちは、電車に乗り込んだ。

 オーナーの待つSPACEで、オーディションを行うために。

 一言もなく、ただ橙に染まった西日を睨みつけ、隊列を組むようにして進んでいく。

 

 着いちゃった。

 いつもの入口が、少し行かなかっただけで今日は物々しく見えてしまう。

 怯む気持ちを抑えつけて、「行こう」と口にすると、みんなは頷いた。

 

「……来たね」

 

 扉を開けたところで、オーナーは待ち構えていたように、ただそれだけを言った。

 

「はいっ」

 

 秘めた決意を滲ませるように、香澄は凛々しくもそう答えて見せる。私たちもそれに倣った。

 見ると、エントランスのテーブルではゆり先輩たちがこちらに手を振っている。今日の演奏を見に来てくれたみたいだ。

 心強いけど、緊張は少し増したような気がした。

 

 オーナーの案内で、この間と同じようにオーディション用のルームに通される。

 荷物を置いたら、もう本番のセッティングをしなくちゃ。

 その前に、飲み物飲んでおこう。

 

「あれ……」

「どした?」

 

 鞄を開けると、なんか知らないものが入ってる。……保冷バッグ? 

 さらに中を見てみると、そこには小さめの水筒が入っていた。

 

「すんすん……いいにおいするね」

「ハーブティ?」

「そうみたい。──あっ」

 

 いつかの朝ごはんを思い出した。気合の入った献立の隣で、この香りが立ち上っていたはず。

 兄さん、これを見越して買ってくれてきたのかな。

 

「……いいお兄さんだね」

「うん」

 

 沙綾の言葉に、思わず頬が緩んだ。

 

「コップあるから、みんなで回し飲みできるよ。いる人っ」

「「はいっ!」」

「……私も」

 

 元気よく手を挙げたみんなと、ちょっと恥ずかしそうな有咲。

 ほっとする味が取り戻してくれたいつもの空気が、今はとてもありがたかった。

 

 

 ♬

 

 

「みんな、円陣やろ!」

 

 演奏の準備は整った。

 香澄の提案に乗って、みんなが手を重ねて触れるのは、固くなった手指と五つの温もり。

 

「やっぱ緊張すんな……」

「甘いもん食べたい~」

「食べよ、いっぱい」

 

 すっかり地元が出ちゃっているりみの口ぶりに、みんなが声を揃えて笑う。

 有咲が「全部終わったらな」と言うように、オーディションの後の楽しみになった。

 そして、沙綾が私たちを見上げるように視線を送ってきた。

 

「香澄、凪紗」

「「……うん」」

 

「行くよ!」

「ポピパ~~~~!!!」

「「お──────────!!!!」」

 

 一度、舞台の照明がすべて落とされ、スポットライトへ切り替わる。

 光を浴びながら、その熱を興奮と活力に変え、私たちはオーナーと対峙した。

 突き刺すような眼に、今はちゃんと向き合えている。

 クライブや、咲祭のときと届けたい思いは同じ。それでも、私たちは成長している。

 一つの()()()になれている。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 沙綾のカウントが響く。

 鋭い視線の切っ先を目掛けて、真っ向からぶつけるように、私は感情を向けた。

 

 ☆

 

 歌声を繋いて続く演奏の中で、私たちは確かに、一つの感情を共有していたと思う。

 いつしか、オーナーや周りは見えなくなっていて、私たちだけの世界が広がっていて、遠く、遥か彼方の観測者へメロディーを放つ。

 

 演奏のさなか、視界が潤んでいたことに気付く。

 額の汗が目に入ったのかと思ったけれど、違った。

 夢見たものが形になることを、激情の奔流がめぐる心が予言していて──それはゴール直前のランナーのような思いで──思いが溢れて止まらなかった。

 

 酸素切れの頭で飛び出したい気持ちを必死で抑えて、演奏を終えた残響の中、熱っぽい思いを彷徨わせていた。

 そんな時、嗚咽を漏らした有咲がしゃがみこんだ。

 

「有咲?」

「……ミスった。あんなに練習したのに、ちゃんとできたはずなのに……!」

 

 流すものは同じでも、重く苦しい思いが涙滴となって零れ落ちている。

 

「ごめん! ごめ……」

「私もっ、指、震えちゃって──でも、最後まで弾いたよ! 

 有咲ちゃんも!」

 

 肩を震わせて、りみはそう力強く口にする──それが有咲の視線を持ち上げた。

 

「りみ……うん……!」

 

 沙綾もたえも、やっぱり同じ気持ちだった。

 

「そっちの4人は聞くまでもなさそうだね」

 

 質量あるオーナーの声が耳に届いて、私たちはその方を向く。

 

「あんたたちは?」

 

 問われている。枯れ切らない涙の中身を、心の深奥にある真の思いを。

 それは、香澄と同じだった。

 だから、私たちは答えた。

 

「「……やりきりました!」」

 

「……」

 

 ふう、と息を衝いて立ち上がったオーナーが、ゆっくりと口にする。

 

「音楽なんてやりたいやつが好きにやる。

 がんばったかどうかなんて自分にしかわからない」

 

 そうだろうか。私にはみんながいて、少なくとも、ライブの中では一つになれる自信があるけれど。

 疑わしい心音がバレたのだろうか、オーナーは双眸で私を捉えた。

 

「アンタは違うのかい?」

「ライブを聴きにくるお客さんにとって、今がすべてだっていうのは、事実だと思います。

 けど、私に──私たちは、今までにやってきたことを、全部伝えたい。

 そんな風に、これからも()()()()()つもりです」

「そうかい」

 

 返答はなかった。

 所詮は夢物語だと思わたのかもしれないけど、私には、それがどうもただの幻には見えなかった。

 こちらに近づいてくるオーナーを見つめながら、オーディションの答えを待った。

 そして、暗がりから出てきた彼女の揺れる眼が見えた。

 

「いいライブだった──合格」

 

 綻んだ表情から零れた言葉の意味を、その瞬間は掴めないでいた。ただ、とめどなく流れるものがあるだけだった。

 

「凪紗っ!」

 

 振り向いて、駆け寄る香澄の表情ですべてが分かって──

 迎えられた熱量の中、私はもみくちゃになりながら、呆れながらも眩しいものを見る目を心に残していた。

 

 

 




口答えする凪紗。生意気なやつだなぁと思いつつも、個人的に描きたかったんです。
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