Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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執筆に難航しております…。
お待たせし続けるのもアレなので、休憩がてら書き溜めていたお話を閑話としてどうぞ。


#interlude:小さな海

「よ、っと……ふう」

 

 両手で抱えていたコンテナを、商品棚の前で降ろす。

 蓋を開けると、所狭しと詰めこまれた夏野菜が顔を覗かせた。

 

「これだけ並べていくか」

 

 明日は試験に向けた最後の追い込みもあり、ベーカリーを含めてシフトは入れないことにしていた。

 というか、本当は今日もその予定だったのだが。

 

「後はやっとくから、はよ帰りな」

 

 そんな言葉を投げかけられて振り返れば、店長が小袋片手に歩いてくる姿が見えた。

 

「明日朝の分だけ準備していきますよ。シフト、足りてないっておっしゃってましたよね」

「いいや。兄貴んとこが応援に来てくれるって言うんでね」

「お兄さん、ですか?」

「言ってなかったっけ?」

 

 初耳です、と答えると、彼と同じく八百屋を経営している兄のことを教えてもらえた。

 こういう店は、兄弟や家族で力を合わせて経営するものだと思うのだが。

 

「俺と兄とは性格がまったく違うんでね。とにかく寡黙なんだよ」

「信じられないです」

 

 常連のマダムたちの井戸端会議に首を突っ込めるのはこの人くらいしかいない。

 もっとも、話が長引きすぎてパートさんに耳を引っ張られてはバックヤードに戻っていくのが日常だった。

 

「ま、そんなんで経営スタイルも違うってわけ。あっちはオーソドックスな八百屋だよ」

「確かに、ウチはちょっと変わり種も取り揃えてますからね」

 

 最近は需要のある有機野菜や、珍しい果物を取り揃えるだけではなく、旬の作物を中心にしているので売っていないモノもある。

 そういうところに興味をもったことがバイトの応募の動機ともなっていて、俺と同じようなファンが根付いて固定客が増えつつある。

 

 

「でも、応援に来てくれるなんて、優しいお兄さんですね」

「元々仲は悪くないよ。性格が違っても、それをお互いが認め合ってるから」

「……素晴らしいお兄さんですね」

「どういう意味かなそれは?」

 

 素で感嘆しているうちに、無意識で無礼をはたらいていたらしい。頬が引き攣っている。

「あーあ、せっかくヘルプのお礼用意したのになー」と、色々入った袋を目の前にちらつかせられたので、ここは素直に平謝りしておくことにした。

 

 

 ♬

 

 

 夏目前ですっかり日が長くなったとはいえ、バイトが終われば22時も近く辺りは暗い。

 Roseliaの反省会が18時ごろだったから、もう3、4時間は経ったことになる。

 夕暮れの空は真っ黒に染まり、今日が終わっていくことを示していた。

 

 商店街の店舗はシャッターを下ろしていて、やまぶきベーカリーも北沢精肉店も同じように静けさを保っていた。

 恵はテスト勉強に追われているだろうし、沙綾ちゃんは明日のオーディションに備えて心を落ち着かせているかもしれない──そうか、今日は凪紗たちは集まって泊りだったっけ。

 

 香澄ちゃんを家に連れてきたときから、少しずつ凪紗の調子は戻っていったような気がする。

 相談に乗った時、アドバイスはしたけれど、それは一般的なものに過ぎなかった。

 凪紗が自分の経験から答えを見つけ出して、自分の行動で周りを動かしたことに、成長を感じるのは兄心だろうか。

 

「もう俺もお役御免か」

 

 ふと、そんなふうに一人ごちる。

 元々俺の役目は不要なものだったのかもしれない。これは前にも考えたような気がする。

 それは置いておくとしても、そうなれば今度は──凪紗が凪紗だけの道を歩きだして、その後は多分、俺の番なんだと思う。

 

 咲祭で見た輝きの溢れる世界に、俺は足を踏み出せないでいる。

 次の順番が分かっていても、まだ進めないと理性が告げる。まだ何も変えられていないだろうと嘲笑っていた。

 

「……」

 

 商店街の入口に立つアーチを見上げて足を止める。空に輝く一等星が、やけに遠くに見えた。

 その遠さに諦めようとする心がいて、手を伸ばすことすら億劫になる。

 それでも、諦めたくないと駄々をこねる本能が、性懲りもなく憧れを運んでくる。

 

 どうせ無理なら、やってみてもいいだろうか。

 枯れた海に飛び込もうとする背中を押してくれる人たちが、幸運なことに、俺の周りにはいたことに気が付いたのだから。

 

「……あら?」

 

 俺は間違っていなかった、そう確信した。

 

 

 ♬

 

 

「まさか、こんなところで会うとは」

「ええ、まったく同感です……バイト終わりですか?」

「はい」

 

 俺とは正反対の方向──商店街の入口へ足を踏み入れようとしていた氷川さんと目が合って、正直な感想が漏れた。

 さっき顔を合わせて食事をしていたばかりだが、気分としては久しぶりな感覚があった。

 

「氷川さんこそどうして商店街に? しかも、コンクールの後のこんな時間に」

「……」

 

 さっき考えていたように、やけ食いの反省会を終えてから数時間経って、なぜ今ここにいるのだろう──疑問を素直に口に出すと、彼女はばつの悪そうな顔で押し黙ってしまった。

 聞いちゃ不味かったか。

 

「すみません、困らせるつもりはなかったんですが……無理して答えなくても」

「い、いえ。

 その、言いにくいのですが……下見、とするのがいいのでしょうか」

「下見?」

 

 単語を復唱し、反芻する──これから先、何かイベントでもあるのだろうかと考えたとき、心当りが一つだけあった。

 7月第1週の週末のことだ。

 

「もしかして、七夕祭りのことですか」

「! は、はい」

 

 どうやら言い当てられたらしい。ぎくり、というような表情の氷川さんは、どこか、悪さしているところを見咎められた少年のようにも見えた。

 

「羽丘の文化祭前のミーティングをリモートでやったとき、聞こえてしまったんですけど」

「それなら、日菜が関わっていることも、既に」

 

 苦笑して小さく頷く。氷川さんはますます苦々しさを露わにしていった。

 

 彼女にとってのいくつかの問題や悩みのきっかけとなっているのは、日菜さんという妹ととの関係だった。

 最近は少しマシになったとはいうものの、どう接していいか分からない氷川さん──姉である紗夜さんにとって、日菜さんが持ちかけた七夕のお誘いが更なる悩みのタネのなっていたのだった。

 

 そういえば、この人の名前をよく覚えてたな。

 

「下見はそのお祭りのことだったんですね。……でも、そこまで準備するようなことでは」

「当日は人も多いですし、練習後の集合になりますから。

 人がいない時に集合場所や避難経路を確認しておくことは大事です」

 

 文化祭での風紀委員の活動と同じく、こういう事前準備は抜かりないらしい。

 まあ、これはこれで前向きになっているということなんだろうか。

 とはいえ、街中の暗がりを一人で歩き回るというのも危険だと思う。

 

「……なら、俺も行きますよ。会場は多分、広場だと思うので」

 

 それを言うと、意外そうな反応が返ってくる。

 自分が行けば危なくないと思っているのか、こういうところは抜けているような気がしてならない。

 

「いえ、疲れているでしょうし、着いてきてもらう必要は」

「ありますよ。……心配ですし、普通に」

「……分かり、ました」

 

 嫌がられてないだろうな。

 本当にそう思われていたら申し訳ないけれど、危なっかしく思う気持ちがあったのは本当のことだ。

 ──だけど、素直にそれを口にしたことが、後になってらしくないとも思えてしまった。

 

 ☆

 

「ここ、ですか」

 

 連れてきた広場は、やはり昼間の賑わいなど忘れたように閑散としている。少し薄気味悪いくらいだ。

 氷川さんはきょろきょろと辺りを見回したかと思うと、仄かな一本の街路灯の足元へ近づいていった。

 

「もう笹が用意されているのですね」

「ええ。地域の幼稚園や、小学校に通う子が書いた短冊を吊るすということで」

 

 ベーカリーでのバイト中に、純くんや沙南ちゃんから聞いたことを話す。

 街路沿いに植えられる笹は立派なものだが、お祭りにはかなりの人が訪れるらしく、その人たちの分を含めるととても数本では足りないらしい。

 

「……子供の頃、若葉さんはどんな願い事をしましたか」

 

 意図は分からないが、そんな問いが向けられた。

 七夕の願い事……何を書いたのか、短冊を笹の葉に結んだ記憶すらも思い出せなかった。

 

「あまり記憶がないですね……」

「凪紗さんは?」

「凪紗、ですか?」

 

 突然の凪紗のご指名に戸惑う。また何か、失礼なことをしたのだろうか。

 ただ、不思議なことにあいつの話となると思い出せることがあった。

 

「そういえば、何か先頭に立って目立っていたような──あっ、そうだ。

 地域の代表に選ばれたとかで、織姫の仮装をして歩き回っていたような」

「パレードでしょうか。今回のお祭りでもあるそうですよ。

 ……それにしても、自分の意思とは無関係に選ばれるところが凪紗さんらしいです」

「そうですね。俺はそれを遠くでぼーっと眺めていたような気がします」

「それもどこか、あなたらしいと思います」

 

 どういう意味だそれは。

 揶揄うような笑みを目にしたとき、彼女の考えていることが分かったような気がした。

 

「氷川さんにも、妹さんとの思い出があったんですね」

「はい。……正確には、七夕ではなく、少し歩いたところにある公園なのですが」

 

 あちらの方角です、と指し示したのは北側にある住宅街だろう。近くまで来て、思い出したことがあるのかもしれない。

 

「日菜と二人で、よくブランコに乗っていました。

 どっちが高くこげるか競争だ、なんて言って……、いつもあの子の方が高くこいでいたから、その羨ましさが記憶として、焼き付いているのだと思います」

「ちょっと分かってしまうのが悔しいですね」

 

 走るのが速いとか、体力任せじゃない、身体の使い方でちょっとしたコツがいるような──それこそブランコだとか、雲梯や上り棒とか、あと鉄棒──俺は中学に入るまで逆上がりができなかった。

 それを話にすると、近くのベンチに腰を下ろした氷川さんは、静かに、けれど深く頷いてくれた。

 

「まさか今、それを悔しがることも、羨ましがることもありませんが──かつてあった私と日菜との差が、縮んだようには思えません。

 音楽だけではない、もっと広い意味の感性と感覚で、あの子は私よりずっと秀でている」

「違いない」

 

 俺だって凪紗に対しては同感だ。

 何だったら今は憧れさえある。

 

「それが分かっていても──私だけの何かかあるはずだと、諦められない私がいます」

「ええ」

 

 憧れてしまったら終わり、そんな言葉を聞いた気がする。

 けれどそれはアスリートの世界──全く同じ、たったひとつの尺度が物を言う世界の中だけの規則にすぎない。

 憧れを抱いたとしても、俺たちなりの方法でこの広い世界を生き抜く方法があるはずだ。

 諦めを諦めた先にあるものが、俺と、もしかしたら彼女の願い事なのかもしれないと思った。

 




このお話は2章完結後、幕間として並び替えます。
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