Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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お久しぶりです…
時間が空いてしまい、また閑話の投稿となりすみません。
3章については鋭意制作中ですが、その前に投稿しておきたいお話が少し。


#interlude:ソーダ(ガールズサイド)

 SPACEでのライブが終わり、幕を開けた夏休みが本格的にはじまった。

 あの時のことは、今でも夢だったんじゃないかって錯覚するくらい、香澄の言う『キラキラ』と『ドキドキ』が詰まった思い出になった。

 

 それに比べれば、今日なんてこの味のしない炭酸水くらいのもので──

 

「ちぇ、みんな予定あるんだって」

「君ら、毎日会って遊んでいて飽きないのか?」

 

 飽きるわけがない。それが悪いことだとしたら、みんなが面白すぎて興味が尽きないのが悪い。

「もちろん」と兄さんに返しつつ、コップを傾け飲み干してソファに寝そべった。

 ひっくり返って逆さになった青空も、今日はなんだか色あせて見える気分だった。

 

「なーんか、暇つぶしになるようなことないかなぁ……」

 

 スワイプするスマホの画面には、この夏を満喫するSNSの住人達の自慢話が溢れている。

 少しひねくれた思いでそれらを眺めていると、ふと、琴線に触れる一枚を見つけたのだった。

 

「兄さん、行こう」

「どこにだよ」

「行きたいとこできた」

「答えになってないぞ」

 

 そう言いつつも、ボディバッグを取り出そうとしている兄さん。

 唐突な無茶ぶりに応えてくれるところは魅力の一つだと思うんだよね。

 

 ☆

 

「あっつい……」

 

 目指す場所までは歩いて15分くらいだけど、この季節はそれが一番辛い距離。

 東京特有の不快な熱にうだりながら進んでいく。

 

「それで、結局どこに行くんだ」

 

 先を行く兄さんが振り返ってそう訊いてくる。白Tから筋肉がこぼれていて、見るだけでも暑苦しい。

 

「場所はいつものショッピングモールなんだけど……ほら、水族館あったでしょ。

 そこのカフェでアイスクリームフェアやってるんだって」

 

 のろりと追いついて、先ほど見ていた画面を差し出す。

 そこには海に合わせた青色が爽やかなデザートたちがきらりと輝いていて、炎天下の私たちは思わず喉を鳴らした。

 

「アイスクリームとは言いつつ、かき氷もあるな」

「全部ひっくるめて氷菓子フェアだね。そのかき氷が一番人気らしくて……ほら、この()()()()の」

「ペンギン……ああ、確か先月生まれたとかって」

「それそれ!」

 

 ビシッと人差し指を向ける──ヤバい、ちょっと暑すぎてテンションがハイになってきた。

 そんな私に胡乱な目を向ける兄さんは、「それで、なんで今さらフェアなんてやってるんだ」とスルーしていく。

 

「名前が決まったんだよね。お兄ちゃんがパンくんで、妹ちゃんがポンちゃん」

「公募らしくひねりのない名前だな。というかパンはどっちかというとチンパンジーだし、ポンはタヌキだろ」

「まあまあ、野暮ったいことはよせやい」

「変なテンションだな」

 

 ついに指摘されてしまったが、兄さんの口を塞ぐためにもスマホの画面をスワイプして、とあるお知らせを表示した。

 

「これ見てよ、『きょうだい割』だって!」

「……ほう」

 

 趣旨を理解した兄さんの目が光る。

 

「”きょうだい”なら割引き、”兄妹”ならもっと割引き──これ、まさに私たちにピッタリでしょ」

「よく見つけたもんだ」

 

 こういうところの特別メニューはだいたい高いのが定石。いくら映えスイーツだからといって、千円、二千円をぽんと出せるほどお財布のひもは緩くない。

 その点兄さんも同じなようで、心なしか乗り気なように見えてきた。

 

「ほら、早く行こ! 売り切れちゃうから」

「ああ」

 

 二人そろって踏み出す足音も、どこか炭酸の弾けるような軽やかさだった。

 

 

 ♬

 

 

「ふいー……生き返ったぁ」

「結構混んでるな」

 

 辺りを見回した兄さんが零すように、夏休みに入った水族館の人出はすごい。

 同年代の学生から子供連れまで、たくさんの人がゲートに吸い込まれていく。

 

「みんなパンくんとポンちゃんを見に来たんじゃない? ほら、カフェに入ってる人はそこまで多くないし」

「水族館には行かないのか?」

「ペンギンはどの水族館にもいるけど、アイスはここでしか食べられないから」

「夢もなければ、血も涙もないな」

 

 何だか失礼なことを言う兄さんはさておき、お待ちかねのものを探してお店に入る。

 どうやら注文したものを受け取って席に持っていくセルフサービスみたいで、お客さんたちはパンくんやポンちゃんをイメージしたアイスを大事そうに抱えていた。

 

「頼んでくるよ。凪紗、席を取っててくれ」

「りょーかい。私ポンちゃんね」

「分かった」

 

 兄さんを見送って、隅の席に座った私の頭の中はアイスのことでいっぱいになる。

 

 メニューの中でひときわ輝く『ポンちゃんアイス』の写真では、真ん中に大きく映ったブルーハワイのかき氷とソーダ味のアイスクリームに、髪飾り? のさくらんぼと、特製炭酸ドリンクに浮かぶための浮き輪──に似せたいちごが散りばめられている。

 パンくんの方は代わりにレモンの麦わら帽子とマンゴーの浮き輪みたい。うーん、こっちも捨てがたかったなぁ。

 

「うへへ……おっとよだれが」

 

 眺めれば眺めるほど楽しみになっていく。

 と、どこからか向けられた視線に気づいた。

 

「あれ、凪紗ちゃん?」

「?」

 

 振りかかってきた声の方へ意識を向けると、そこには明るい桃色の髪を揺らした先輩が立っていた。

 

「彩先輩!」

「こんなところで会うなんて、偶然だねっ」

 

 眩しすぎる完璧なアイドルスマイルを振りまくこの先輩とは、最近できたライブハウスで出会ったばかり。

 聞くところによれば、氷川先輩の妹の日菜先輩やイヴと同じアイドルグループを組んでいるらしく、同じ学校っていうことも相まってとても話しやすい先輩だった。

 

「そうですね……でも、このお店に来てるってことは」

「うん! 今日はこれがお目当て!」

 

 そう言って向けてくれたトレーにはこれまた眩しいポンちゃんアイス。彩先輩が持ってるってだけで価値が倍増しそう。

 

「おお……! すっごい美味しそう」

「そうだよねー。私もすっごい楽しみ。しかも、きょうだいだとお得なんだよね」

「彩先輩、ご兄弟がいるんですか」

「うん。妹がいて、今日も一緒に来てるんだ。 凪紗ちゃんも?」

「ええ、兄が。 今買ってきてくれてます」

「ふふ、仲いいんだね。凪紗ちゃんのお兄さん、どんな人なんだろう」

 

 すっごい興味を寄せてくれるのは嬉しいけど、別に見せられるようなものでもないですよ。

 素直さをそのまま映したような、きらきらした瞳に後ろめたい思いでいると、彩先輩の背中の向こうから兄さんが歩いてくるのが見えた。

 

「あ、ちょうど来たみたいです」

「ほんと?」

 

 広い手の平に比べるとどうしてもアイスが小さく見えてしまって、零さないように慎重に運ぶ姿が、なんだかおとぎ話に出てくる優しい巨人(モンスター)のように感じられてしまう。

 近づいてきた兄さんは、振り向けていた注意を私たちに向けると、言葉を失ったかのように固まった。

 どうかしたのかな。

 

「……っ」

「あっ、凪紗ちゃんのお兄さんですか? 私、丸山彩っていいます! 

 私も音楽をやっているので、凪紗ちゃんとはライブハウスとか学校で仲良くさせてもらってます!」

「兄も高二なので、敬語じゃなくて大丈夫ですよ」

「えっ、本当!? 全然同い年に見えない!」

 

 彩先輩の様子から、言動をみるまでもないというのが証明されてしまった。

 しかし、兄さんからは反応の言葉も行動も返ってこない──そこには何かしらの狼狽というか、兄さんには珍しい感情が表出していたとしか思えなかった。

 

「……兄さん?」

 

 私の呼びかけに、ようやく硬直から脱した兄さん。

 

「えっと……なんか、変なこと言っちゃったかな?」

「い、いや。兄の律夏です、凪紗がいつもお世話になってます」

 

 元通りかは分からないけど、ひとまず言葉は出てきたみたい。

 まあ彩先輩が可愛くて……っていう線もなくはないけど、氷川先輩みたいな人と仕事してる時点で見慣れてるだろう。

 それならそれで、理由は気になるところだ。

 

「さっきも話してたんだけど、兄妹で一緒にカフェにくるくらい仲がいいんだね?」

「急に連れ出されたんだけどな」

「えっ、凪紗ちゃんが連れ出したの!?」

 

 うっ、なんか普段見せてないところを暴露されてるみたいな気分になってきたぞ。

 意外そうな(そして楽しそうな)彩先輩の視線を受け流して、話題の転換を試みる私。

 

「そ、それは彩先輩のところもじゃないですか?」

「まあ、うちは姉妹だから……しかも、たくさんお願いしてやっと来てもらったんだよ~」

「そうなんですね。そういえば、妹さんはどちらに?」

「あっ、そうだった、今席を探してもらってて……やば、連絡来てた!」

 

 スマホを取り出して気が付いたのか、慌てた様子で誰かを探しはじめる先輩。

 たぶん妹さんだろうな……と思っていたら、テラス席の方で手を振る女の子が一人いて、先輩も見つけられたみたいだ。

 

「ごめん、またゆっくりお話しよ! お兄さんも邪魔しちゃってごめんね」

「いえ。またライブハウスで」

 

 兄さんも軽い会釈を挟み、彩先輩がそれに応えるように手を振って歩き出した。

 その瞬間だった。

 

「あっ」

 

 誰が発したか、そんな声が引き延ばされ、時間の流れがスローモーションに切り替わる。

 踏み出した一歩目の足がつるっと滑って、先輩が後ろにひっくり返ってこちらに倒れてくる。

 幸い、背中は私に任せてほしいんだけど、問題なのはその勢いでトレーからテイクオフされてしまったポンちゃんの方で──

 

 端的に言えば、ポンちゃんのチョコでできたくちばしは完全に兄さんの顔を捉えていたということだった。

 

 ☆

 

「ほんっっとーにごめんなさい!」

「あ、あはは。大丈夫ですよ……たぶん」

 

 平謝りする彩先輩、確信をもって保証ができない私。

 

 結局、ポンちゃんは兄さんの顔面にダイナミックに飛び掛かり、ついでに純白なTシャツを空色に染めてしまった。

 急いで掃除をした後で、兄さんはシャツの汚れを落としに向かっていったのだった。

 

「シャツを汚しただけじゃなくて、アイスももらってしまって……本当に、姉がとんでもないご迷惑を」

「ま、まあ溶けちゃうからね。今はとりあえず食べようよ」

 

 顔にダイブしてきたポンちゃんの半分くらいはそのまま食べられたらしく、「代わりになれば」と去り際に自分のアイスを置いていった。

 幸か不幸か、兄さんも味わえたってことだね。……不幸か。

 

「お代はすべて、姉が払いますから」

「え!?」

「当たり前でしょ! せっかく兄妹で来てたんだから!」

「だ、大丈夫だよ! 私たちも、彩先輩との時間を邪魔しちゃったし」

「いえ……」

 

 

 彩先輩の妹さん──詩乃(しの)ちゃんというらしい──は、少し憮然とした表情でアイスを食べ進めている。

 ちょっと微妙な空気になってしまったので、二人の話を振ってみようかな。

 

「詩乃ちゃんは今何年生なんだっけ?」

「中3です」

「あー、それだと勉強で忙しくて、二人で遊べなくなっちゃうね」

「そうなんだよー、しかも花女じゃなくて別のところに行っちゃうし~」

「暑苦しい……」

 

 腕にしがみつく彩先輩にすこぶる面倒くさそうな詩乃ちゃん。そっか、二人だとこんな感じなんだ。

 

「花女じゃないってことは、羽丘? それとも……」

「はい、志哲です。友だちが目指してて、それで私も」

「そうなんだ。ちょうど兄さんが志哲に行ってるから、今度受験のコツとか聞いておくよ」

「本当!?」

 

 ここで反応したのは意外なことに彩先輩だった。乗り出すような恰好にびっくりしてしまう。

 

「……お姉ちゃん、行儀悪い」

「あ、えへへ、ごめん……で、お兄さんが志哲なんだよね?」

「は、はい。何か気になることがあるんですか?」

「うん、実は──」

 

 ペンギンの身体を支えるアイスが、しゅわりと空虚な音を立てて溶けていく。

 その傍らで、彩先輩は話の続きを語りはじめたのだった。

 

 

 ♬

 

 

「──それで、落ちてきた私をぎりぎりのところで受け止めてくれたの!」

「そ、そうだったんですか……」

 

 いつになく真剣な表情の(失礼か)彩先輩の話を、私たちは戸惑いながらも受け止めた。

 途中で兄さんが戻ってきて、詩乃ちゃんが土下座しようとして慌てて止めたりだとかいろんなことがあったけど、それよりも衝撃的だったのはその話の中身。

 

「咲祭で、私たちがライブしている間にそんなことがあったんですね」

「私も、友だちと学校説明会を受けている最中だったので……ここまで大事(おおごと)になっているなんて知らなくて」

 

 詩乃ちゃんの頭の痛そうな仕草に、もはやどっちが姉か分からなくなってきた。

 しかし、それを意に介さない様子の彩先輩は、畳みかけるように語っているようだ。

 

「それでね、その人が来ていた制服が()()()だったっていうから、この辺りだと志哲高校の人なのかなって考えてたんだ」

「なるほど……」

 

 言うまでもないが、学ランを着ていたということは男子生徒、というところまで、彩先輩の尋ね人は絞られているらしい。

 そこまで分かっていれば、しらみつぶしに関係者に聞いていけばいつかは見つかるような気もする。

 というか、咲祭は生徒の家族と、商店街や地域の人くらいしか参加できないんだから、あの時会場にいた志哲高校の男子生徒って、基本的には──

 

「……」

 

 ──めちゃくちゃ目が泳いでるよ、兄さん。

 

 思わず溜息をついてしまいそうになるくらいには挙動不審の彼に対して、追い詰められたときの分かりやすさは間違いなく遺伝だと思い知る私。

 生徒会、という括りでいけば恵さんという可能性もなくはないけど、どんなに彩先輩が減量中であったとしても、あの華奢な感じではとても無傷ではいられないだろう。

 しかも、話を聞く限りでは一定の高さから落ちてきた先輩の身体を、滑り込みながら受け止めるなんて、相当な膂力が必要なはずだ。

 ──ここまで、そう難しい推理ではない。

 

 見るからに焦っている兄さんに対し、彩先輩はぐいぐいとにじり寄るように距離を詰めていく。

 

「若葉くん! 高校の中で、咲祭の話とか出たりしてない!? 

 あのときのことを見てた人とか!」

「そ、そうだな……」

 

 考えるふりをする兄さん。……腕組めてないぞ。

 しかしながら、それがいつも通りの反応ではないということを知るのは、初対面の人には難しいらしく。

 

「お姉ちゃん、あんまり困らせちゃだめだよ」

「ご、ごめん!」

 

 思わぬ詩乃ちゃんの助け舟に、兄さんは少しずつ元の調子を取り戻していったようだった。

 

「しかも、同級生の人を通して手紙も送ったんでしょ? 

 確かに私もお礼くらいはしなきゃって思うけど、それで気持ちも伝わってるんだし」

「同級生?」

「うん、風紀委員で咲祭に参加してた紗夜ちゃんに。

 あの時、ちょうどその人と一緒にいたらしいんだけど、その人が名乗る気はないからーって、会わせてくれないんだよぉ」

 

 ああ、もう完全に特定できちゃうなこれ。

 けれど、幸いなことに二人は兄さんが生徒会に入っていることはおろか、そもそもあの場にいたことになんて気が付かないだろう。

 頭を悩ませる彩先輩には悪いけれど、なんとかこの場は乗り切れそうだ。

 

 ──そんなとき、兄さんが訊いた。

 

「……どうしてそんなに、直接会いたいって思うんだ?」

「?」

 

 視線を吊り上げた彩先輩が、首を傾げる。その仕草までアイドルらしく可愛い。

 

「妹さんも言っているように、手紙を通してコミュニケーションはできていると思うけど」

 

 詩乃ちゃんも頷いているように、その言葉には私自身も納得できる。

 けれど、再び視線を手元に戻した先輩は、どうやら違うようで。

 

「うーん……言葉にするのは難しいんだけどね。

 文字の上だけじゃなくて、その人の前に立って、お礼だけじゃなくて、お話をして……その人がどんな人か、確かめたいって思うんだ」

 

 まあ、目の前にいるんですけど。

 だけど、そこまで強い意思があるのには、きっと理由があるはずだ。直感的に会いたいと思ったきっかけと言ってもいい。

 

 それを質問してみると、彩先輩はなおも続けた。

 

「私、手が離れたときに、落ちていく感覚が怖くて気を失ったらしいんだけど……

 まだ記憶がある一瞬だけ、その人のことが見えていた気がするんだ」

 

 まさか思い出せそうなのかと不安にはなったけど、その後の「もうおぼろげになっちゃって、ちゃんと覚えていないんだけどね」という言葉に安堵した。

 

「そこで、何を感じた?」

「表情の中から、絶対諦めない、っていう思いが伝わってきた、って言えばいいのかな。

 それだけが残ってるっていうことは、逆に言えば、それだけ強い思いだったんだなって。

 だからこそ、助けてくれたことに対して、ただ手紙でお礼を言うだけじゃいけないって思うのかも」

 

 大切な思い出に浸るように、薄く目を開いて語る彩先輩を見て、思わずドキッとしてしまった。

 それくらいの思いの深さが感じられて、同時に、私の中で一つの疑問が沸いたのだ。

 

 どうして兄さんは、自分が助けたことを黙っていたいんだろう? 

 

 

 

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