「両手を挙げろぉ!」
「えっ?きゃー!はさみ!ひ、人に向けたら危ないよぉ!」
「逃走経路を確保しておかないなんて、とんだ素人だな!初犯!?」
「あ、あの、私、凪紗と星を見つけて……!」
「両手!」
「はいぃ!」
凪紗の眼前では、漫才が繰り広げられている。ボケはもちろん、我らが星耳少女の香澄なのだが、相方のツッコミ少女は誰なのだろうか。
随分と勢いもよく、決して自分にはあのエネルギー出力で会話を続けることができないだろう。先に
「名前!」
「戸山香澄です!」
「それ本名?責任逃れで偽名使ってんならすぐバレるし……止めるよ」
「……お泊まり?」
「違う!あんたを捕まえるって言ってんの!」
「ぶふっ」
矢継ぎ早のボケ&ツッコミに、思わず吹き出してしまう。
これが出会って三十秒の会話だと、一体誰が言えるだろうか。香澄の天然っぷりは1-Aの誰もが保証するだろうが、即座にツッコミを入れるこの金髪ツインテールもなかなかだ。
「!?」
「あっ、凪紗!」
自分の存在に気付いたのか、ツインテール少女が驚きから振り向く。
香澄は香澄で、誤解され、追い詰められている現状を理解していないのか、合流した凪紗にやたらとのんきにぱっと喜びの花を咲かせた。
「ごめんね、うちの香澄が……高校からの帰り道、星のシールが貼ってあって、それを辿っていったら止まらなくて」
「えっ。高校って、その制服、花女……!うちの生徒かー……」
凪紗の冷静な状況説明に我に返った少女は、夕日を背にする凪紗の着ていた制服にようやく気付き、植木用(?)の鋏を下ろす。その呟きによれば、彼女も花女生ということらしい。
「同じ学校!?何年生?私、高1!」
「ちょっ…!違うから!もー出てって!質屋はあっち!こっちは全部ゴミ!」
「ゴミ?あれも?あの星の……」
遠慮の言葉を知らない香澄は初対面の少女にも臆さず迫っている。
凪紗としては、自分にないものだとはいえ、これは見習うべきか怪しいところだと苦笑するのだった。
「質流れのギターかなんかでしょ……」
「見ていい?触っていい?」
「はぁ?お前なぁ!」
「ちょっとだけ!ちょっとだけ~!」
そう言って蔵らしき建築物の中へ入って行ってしまう香澄。
彼女を追おうとする少女に、凪紗はすかさず近づいた。
「ごめん、香澄にはすぐに済ませるように言っておくから、説明だけさせてもらってもいい?」
「……すぐ、済ませてよ」
「うん。ありがと」
♬
「ああ、そういえば市ヶ谷さんってあの中等部主席の子かぁ」
お互いに自己紹介をして、凪紗は世間は狭いねえと、そんな感想を呟いた。
凪紗の簡潔な説明は、流石に蔵へ不法侵入するわけにはいかなかったので、暴走していった香澄の代わりに、家主――この少女、市ヶ谷有咲の祖母である――に許可を得るため、自分が別行動していたということを伝えるものだった。
表札を確認していた凪紗は、先程有咲が口を滑らせた花女についての発言と、入学式での沙綾の言葉から、有咲が中等部での主席をマークした少女であることを推察したのだった。
「そっちこそ、若葉ってことは入試成績一位の生徒だろ」
「おっ、ご存じだったの?光栄だねぇ」
不敵な笑み、というのが正しいだろうか、凪紗はそんな表情で短めのサイドテールを揺らして有咲に向き合った。
むっ、とした目線でもって対抗した有咲。こちらはツインテールが揺れる。
「…まずは中間試験だね。楽しみだなぁ」
「ふん、言ってろ」
「というか、なんで入学式には来てなかったの?おかげで新入生挨拶することになっちゃったんだけど」
「ん…まあ、入学式くらい行かなくても単位数は足りるしな」
「ええ…」
衝撃発言だった。どうやらこの少女は学校を単位取得のためだけの場だと思っているらしい。
凪紗の呆れた表情にもどこ吹く風というように、有咲はお目当てのものを発掘している香澄を監視している。
「…なんだよ」
「せっかく高校生になったんだから、何かしないの?もったいないよ」
「省エネだっつーの。その何かを探すなんて効率悪りィよ」
「ふーん。そんなものかなぁ」
「そっちこそ、見た感じ何にでも要領よさそうじゃん。
「うーん……そう見えるのかなぁ」
なんでもできる、というのは間違ってないけど、と返すと、有咲は胡乱なものを見る目でを向けてきた。
しかしながら、かつて受け慣れてきた嫉妬の籠ったそれとはかけ離れていて、凪紗は特段気分の悪いものではなかった。
「なんか理由でもあんの?」
「うーん、アドバイスもらったんだよね、兄さんに」
「兄さん?」
「うん」
兄妹事情を
今まで、そんなことを思ったこともなかった。
周りの人間に興味もなかったし、話が通じるなんて考えたこともなかった。
けれど、有咲は、香澄とも沙綾とも違う何かがある。それはシンパシーのような、たぶん人間性というか、そのあたりの考え方が似ていると思ったのだ。
「私、何でも
「嫌味かよっ。ま、それがセイシュンとかいうやつじゃねーの……興味ねーけど」
「ほんと?」
「……ほんとだよ」
そっぽを向く有咲。たぶん嘘で、内心ではそれに憧れている節があるのかもしれない。
「まあいいや……それでもさ、そういうのって、どこか嘘くさいというか……満たされない感じがするんだよね」
有咲の目が見開かれるのが分かる。
――やっぱりだ。
彼女は棒読みで青春の二字を口にした。その理由はきっと、思考停止への侮蔑と、青春そのものへの諦め。
そして、僅かな期待――、丁度、凪紗が何かを見つけようとして、その何かが存在していると信じる気持ちと似ている。
「私、大抵のことはできるよ。だけど……私ができることって、他の子がちょっと頑張ればできることなんだよね」
「……」
有咲は沈黙を貫いたままだ。
だけど、自分の言葉が彼女の核心を突き刺し続けていることを、凪紗は確信していた。
「私は、ひとつだけ欲しい。私にしかできない何かを――」
凪紗は、視線を有咲から、もう一人の少女に向ける。
「それを持ってるのが、あいつってわけ?」
「市ヶ谷さんも思わない?」
「ちっとも。まあ、とびきり変なやつってのは認めるけど」
「あはは。私がいなかったら不法侵入だもんね」
「私からすれば、あんたらまとめて不審者なんだけど」
「まあまあ。おばあちゃんからも『有咲をよろしく』って言われたし」
「なにしてんだばあちゃん……」
頭を抱える有咲に苦笑して、それから香澄を一瞥する。
星のギターがどうのこうの言っていた。星つながりで興味を惹かれているだけなのかもしれないが、その瞳の輝きは、凪紗に見つけられないものを照らし出してくれるのかも知れない。
「あっ!」
ついに、香澄は質流れのガラクタの山からそれを取り出すことに成功した。
赤い、星型のギター。
まるで、彼女の星耳に導かれるように、夕日を弾き返したそれは、煌々と光り輝いていたのだった。
「見て見て!凪紗、これっ!」
「おー。すごいじゃん。……弾きにくそう」
「冷静だ!?」
素人目にもかなり癖のあるフォルムをしている。凪紗が触ったことのあるギターはオーソドックスなアコースティックギターであり、おそらくエレキであろう星型ギターの使用感など分かるはずもなかった。
「弾いてみてよ」
「うんっ!じゃーん!」
不協和音もいいところである。
ずっこけたふりをして、「あ、弾けないのね」とこぼす凪紗。
二人に近づいた有咲も、ため息をついている。
「お前ら、もう終わりな。とっとと帰った」
「待って!もうちょっと~!」
「終わりっつったろ~!そんな弾きたいなら楽器屋さんとかライブハウス行けよ」
縋る香澄にめんどくさそうに対応する有咲。しかしながら、これは墓穴を掘ってしまったようだ。
彼女の応答を聞いた途端、香澄の目が光る。
「!ライブハウス!?どこにあるの!?」
「知らねーよ!」
「わかった!探してくる!」
「「えっ?」」
脱兎。
その言葉が似合うくらいに――いや、実際には逃げているという認識は彼女にはないのだが――とてつもない瞬発力で駆けだしていく香澄。
残された二人は、呆然と遠くなる彼女の背を眺めることしかできないのだった。
♬
「ねえねえ、何見てるの?」
「"すぺーす"だったか……この店の情報。……え、ガールズバンドの聖地?なんでこの店が?」
有咲はうさんくさそうな目をステージへ向ける。
「どろぼー!」と叫びながら香澄を追いかけた有咲についていき、へばりそうになる彼女をときに励ましながら凪紗は、とあるライブハウス――”SPACE”にやってきた。
愚痴をこぼしながらもここまで案内してくれた有咲はきっとちょろ――もとい、心根の優しい子なのだなと結論付けながらも、成り行きで間もなく始まるライブを見ていくことになった。
「お客さん、すごいね!みんな、ライブを見に来た人かなー?」
「
「ほとんど知らねーけど……」
有咲のうさんくさそうオーラが強まっていく。
ステージ上の楽器や音響器材は本格的だった。著名なバンドではないかもしれないが、これだけの装備が整う環境なら、界隈では人気があるのだろうか。
その理由として、凪紗は、オーナーのお墨付きを与えられていることが実力の証となっているのだろうと推察した。
「あ、始まるみたいだよ!」
そんな思考の外で、スタジオが暗転する。香澄が言う通り、ライブが始まるのだろう。同時に、観客の少女たちの声が静まる。
――ぽっ、と、火のつくようにステージの照明が光を浴びせた。その途端に、割れるような歓声が周囲を包み込む。
袖から出てきた少女たちは自分と年が離れているようには見えなかったが、どこか余裕がある。
「可愛い!」
「ぐりったー、ぐりーん……」
「そういうバンドなんだ!」
相変わらずの歓声が響く傍ら、二人の会話が耳に届いた。こう言っては何だが、バンド名も本格的――つまり、軽い趣味程度のものではないことを感じさせる。熱狂の渦中、それが納得できてしまう。
「SPACE!遊ぶ準備はできてますかー!?」
マイクをとった黒髪の少女――たぶんボーカルだ――がそう呼びかけると、それに答えてスタジオは一際盛り上がる。
「オッケー、いくよ!」
彼女がメンバーへ目配せして、ギターのネックに左手を添える。刹那、すっと小さく息を吸うのが見えた。
光るペンライトは、まるで無数の星の光が散りばめられた夜空。
――はじまるっ。
ステージから発せられた緊張が、凪紗たち観客まで伝わってくる。一瞬にして、この場の主導権を握られるのが分かった。
期待感も、それに伴う興奮も、すべて彼女たちに操られているようだった。
ギターボーカルのあの子が、ピックを抓む右手を振り下ろす。
飛んできた轟音の中、凪紗たちは、空気のびりびりとした振動を全身で受け止める。
「……っ!」
震える。
もしかしたら、揺さぶられているのかもしれない。スタジオ全体の熱の波に呑み込まれているのかもしれない。
いや、違う。
――心が、魂が震えているんだ。
いつだって、どこか諦めたように達観したふりをして。
正直に言えば、欲しかった。夢中になれるもの、自分の全てを注げるものが。
でも、怖くなってしまった。すぐに手が届くことが嫌になった。
――だけど。
本当に怖かったのは、一人になることなんだ。
いまは、この熱狂を共有するひとたちが、ここにはいる。
凪紗は、ある種の緊張をもって、赤くなった頬を隣へ向ける。そこには、まるで鏡合わせのようにまったく同じ表情をした、香澄がいた。
「……ねえ、香澄」
「うんっ」
わかる。
この子は、きっと私と同じ願いをもっているんだ。
「私、見つかったよ。高校でやりたいこと」
「うん。私も……!キラキラドキドキできるもの、見つけた!!」
――ああ、通じ合うっていうのは、こういうことをいうのかな。
”
そして、凪紗の直感は告げるのだ。
ずっと、私は香澄を待っていたのだ。声に出した答が、通じ合った思いが、その証だと――。