Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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#47:8月のif(後/ガールズサイド)

 今日限り、海の家ライブ仕様になったテラスへ向かおうと、階段を数段上る。

 すでに準備を始めているみんなの背中越しに、沈む太陽が見え隠れしていた。

 

「今日はポジション交代だね、沙綾」

「うん、でも、歌うの(ボーカル)って結構緊張するね……お客さんにも近いし」

「大丈夫大丈夫。歌い始めたら気にならなくなるよ」

 

 ドラムはまだないってことだったから、今回は音源として、沙綾と香澄のツインボーカルの曲でチャレンジする。

 ツインボーカルっていう意味では、いつもと似たようなものだけどね。

 

 両手を胸に当てて、言葉通りの素振りを見せる沙綾だったけど、流石にもう慣れたもの。

 どちらかと言えば、楽しみや期待がこもった、いい緊張みたい。

 

「凪紗、もう大丈夫?」

「うん。──じゃあ、始めよっか」

 

 深呼吸ののち、振り返った沙綾と香澄に頷きで返す。そして、香澄がマイクを取った。

 

「みなさん! 良かったら聞いていってください!」

 

 砂浜中の視線を引きつけて、私たちは楽器を鳴らしはじめる。

 夕陽の光を背中で受けて、そこに音を乗せて届ける──まっすぐな線が私と誰かを結ぶその構図に、どこか遠い記憶が呼び起こされた。

 

 

 ♬

 

 

「……っ!」

 

 急流のような旋律をまとめあげ、最後の音で締めくくった私を、大きな拍手が出迎える。

 舞台の上の独奏者を強く照らし包んだスポットライトに、熱に浮かされたようなふらふらとした足取りで進み出、一礼をすると、さっきのそれよりもさらに大きな波が飲み込んだ。

 

「この歳で……本当になぜあの表現ができるの?」

「さっきの子と同じ──天賦の才としか言いようがないな」

 

 舞台袖へ歩みを進めているところで、耳にそんな言葉が流れてきた。

 しかし、私の意識はすっかり控室の家族や友だちの反応に向かっていたのだった。

 

「凪紗!」

 

 呼び声が聞こえるのと同時に、私は母さんの胸元にすっぽり収まるように飛び込んだ。

 

「どうだった!?」

「すごかったよぉ。去年よりずっと上手くなってたね」

「パパびっくりしちゃったぞ。一体誰に似たんだろうなぁ」

「もちろん私でしょ?」

「……」

「ちょっと? その沈黙はどういう意味?」

「むふー」

 

 父さんはその問いかけに答えなかったけれど、髪をわしゃわしゃ撫でられて、とりあえず私はご満悦だった。

 こんな感じに、私がやりたいと思ったことでみんなが褒めてくれることが、当時の私にとって嬉しかったんだと思う。

 

「あ、あの……」

「あら、燐子ちゃん!」

 

 後ろからおずおずとした声が聞こえてくる。リンちゃんのものだった。

 離れていく至福の空間にわずかな寂しさがあったけれど、言葉の続きを待った。

 

「つ、次、律夏くんの番……だから」

「ええ!?」

 

 指を差したその先には、さっき私が戻ってきた扉の前で、兄さんが楽譜とにらめっこしながらアナウンスを待っている。

 

「もー、律夏、行く前に言ってよ」

「忘れてた」

 

 一瞬だけ母さんに視線を遣ったように見えたけど、また楽譜へ吸い込まれていく。

 マイペースな兄さんに両親は苦笑していた。

 

「……精一杯、演奏してきなさい」

「たくさん練習してきたからな。楽しみにしてるぞ」

「うん」

 

 握られていた楽譜からこぼれそうな書き込みが見える。

 冷静を装う兄さんの思いが計り知れなかったけれど、隣のリンちゃんはどこか祈るような──とても切実な目で、舞台袖に向かう兄さんを見守っていたことが印象に残っている。

 

『次は、小学5年 若葉律夏くん。演奏曲は──』

 

 扉が開かれて、ゆっくりと足を踏み出していく。

 揺れる瞳が私を映したかと思った次の瞬間、なぜか兄さんは頷いていたのだった。

 誰に対してだったのか、何を伝えたかったのかは分からないけれど──

 少なくとも、ただならぬ意思を秘めた演奏だったことを私は覚えている。

 

 

 ♬

 

 

「た、多分、最初は──レッスンの前後の時間で、顔を合わせたことがきっかけだと思うんです」

 

 私は頷く。

 

「学年も家も近かったので、よく話すようになって。最後の方はレッスン終わりに遊びに行ってたよね?」

「そ、そうだね」

「最後の方、というと……お二人はどこかでレッスンを一度やめているということですか?」

「あ、はい。学校が忙しくなったりして。

 リンちゃんはどうだったんだっけ?」

「わ、私は……」

 

 ヤバい、まずいこと聞いたかも。リンちゃんはとても答えにくそうにしている。

 それでも、言葉を選んで語り始めた。

 

「れ、レッスンは今も続けているんですけど……。

 大きなコンクールに出て、失敗したことが怖くなってしまって、それっきりで」

「なるほど……。余計な詮索をさせてしまい、すみません」

「い、いえ!」

 

 そう言って氷川先輩は頭を下げるけど私も悪いです。すみません。

 ともかく、私がレッスンを抜けてからほどなくして、リンちゃんもコンクールに出るのはやめてしまったらしい。

 

「それでは、お兄さんは?」

「えーと、確か……私がやめてから、もう少しはやっていたから──」

 

 そうなると、レッスン自体は続けていたリンちゃんと顔を合わせる機会があったことになる。

 事情を知っているリンちゃんに尋ねようと顔を向けたけれど、どこか表情が暗いことに気が付いた。

 

「わ、私たちが中学生になるころまで……だったと思います。

 理由は──すみません」

 

 そうだ。確か部活があるとかなんとかって言ってたっけ。

 兄さんは、あの頃から水泳を始めたけれど──今までやっていたピアノをやめたのには、何か理由があるのかな。

 ひとまずそこまでを説明すると、氷川さんは「ありがとうございました」とまた、頭を下げた。

 

「それにしても、うちの兄はそんな気をかけるほどのものでもないと思いますけど」

「あの感想がどんな経験から出てくるのか、個人的に気になっただけよ。

 紗夜も似たようなものかしら?」

「ええ。生徒会活動で日頃から会話をすることもあるので。

 お兄さんには、聞き出してしまったことを謝っておきます」

「お気遣いなく」

「それじゃあ、私たちは行くわね。貴女たちの演奏、楽しみにしてる」

 

 湊先輩はそう言って、二人を引き連れて海の家へ戻っていった。カッコいい──と思ったけどまだ足が震えていたようだった。

 誰もいなくなった砂浜──その静けさの中で、水平線の向こうにゆらゆら揺れる陽炎を見つめ、考える。

 まさか、Roseliaにリンちゃんがいるなんて思いもしなかったな。

 

 私がピアノをやめる選択をしたことには、理由があって──時期は違っても、いつか離れていただろうと思う。

 だけど、私はまた、違う形で音楽と出会い、そして再び私たちが出会えたのだ。あの頃と、考えることや追いかける夢は違っていても、そこに何かの意味を見出さずにはいられないのだ。

 

「おーい、凪紗! 始まるぞー!」

「今行くーっ!」

 

 砂を蹴って、みんなが待つところへ向かう。音楽が結ぶ新しい出会いに期待して──。

 

 

 ♬

 

 

「んーっ、楽しかったー!」

 

 ほとんど日も落ちて、暗がりが私たちを迎えに来ている。

 歌い切った後、色んな人に言葉をもらって──一つ一つが嬉しくて、気が付けばこんな時間だった。

 

「いやー、青春! って感じのいいライブだったよ~」

「今井先輩! あ、ありがとうございます!」

「リサでいいよ~。ね、紗夜?」

「ええ」

 

 Roseliaのお二人は残っていてくれたらしい。まさか褒めてもらえるとは思っていなくて、有咲はぽかんとしちゃってるけど。

 

「友希那たち、フレーズが思いついたからって先に行っちゃったんだけどさ。

 いい機会だし、連絡先交換しない?」

「ろ、Roseliaのメンバーさんと連絡先交換……!?」

 

 ついでにりみも慌てちゃっている。大変可愛いです。

 ちなみに、私は兄さん伝手だったり、問題児(香澄)の一件でお目付け役を命じられていたこともあって、すでに氷川先輩と交換していた。

 

「あ、それならリンちゃんの連絡先、教えてもらってもいいですか? 

()()は携帯持ってなかったので、知らなくて」

「オッケー。じゃあチャットで送るね?」

 

 交換したばかりのリサさんのアカウントから、トーク画面を引っ張ってくる。リンちゃんの連絡先を待っていると、ふっと画面が暗転して、コール画面に切り替わった。

 

「わ、電話?」

「兄さんだ……何かあったのかな」

 

 今日は生徒会で朝から学校って言ってたけど、特にバイトとかもなかったはず。

 ともかく、呼び出しに応じてスピーカーを耳に近づけた。

 

「どうしたの?」

「ああ、すまん。突然なんだけど、今日千葉のじいちゃん家に行くことになって」

「……どういうこと?」

 

 話が突飛すぎて入ってこない。

 もう少しわけを聞くと、「すまんすまん」と、続きが語られる。

 

「今日、母さんから電話があって──体調が快方に向かっているから、退院も見えてきているって話だ」

「ほ、ほんと!?」

 

 思ってもみなかった言葉に、つい反応が大きくなってしまった。りみ、びっくりさせちゃってごめん……。

 それでも、その話が兄さんが千葉に来ている理由と、どう関係があるのだろうか。さらに掘り下げていく。

 

「会社の書類なんかを取りに行くついでに、顔見せにな。

 凪紗、まだこっちにいるんだったら来れないか?」

「そういう電話だったんだね」

 

 なるほど、確かにおじいちゃんたちが住んでいるところは、ここからもう少し電車に乗れば辿り着けるだろう。

 とはいえ最後に行ったのは大分前のことだ。しっかり調べていかないと、最悪電車もなくなって彷徨うことになってしまう。

 私が考えていると、話が聞こえていたのか、氷川先輩が乗換案内の画面を見せてくれていた。

 

「聞いてしまってすみません。最寄り駅が分かれば、調べますよ」

「ありがとうございます。えっと、たしか”加茂川”ってところです」

 

 そう言うと、氷川先輩が驚いた表情を見せた。

 もっとも、そこがRoseliaの合宿が終わった後の目的地でもあるということに、私もびっくりしちゃったんだけど──

 

 

 ♬

 

 

「……」

 

 線路は海岸線から離れ、森と闇の中へ続いていく。

 ひとしきり、お互いの事情について交わした後は、私たちの会話が続くことはなかった。

 たたん、たたんとリズムが響いてくる車中にはどこか空しさが漂っている。

 

(な、なんかしゃべんなきゃ……)

 

 思えば氷川先輩と二人で何かをする機会なんてなくて、お話しするのだってもちろんだ。

 ふと、よく一緒になるだろう兄さんは一体、先輩と何を話すんだろうと、それを聞いてみるのもアリだと思い立った。

 

「あ、兄とは普段どんなお話をされるんですか?」

「そうですね……生徒会の仕事の話が中心ですが、個人的な悩みの相談をすることもあります」

「悩みの相談……ですか?」

 

 いつの間にか氷川先輩の信頼を掴んでいる兄さんに戸惑う。

 詮索は流石にしないけれど、中身が気になって仕方がない。

 

「あの、身内ながら先輩のお役に立てるとは、とても思えないんですけど」

「いえ。彼なりの考え方というものが、参考になっていますよ。

 そもそも、他人の、よく知りもしない悩みの相談に乗って役に立つ、ということが難しいものですから」

 

 なるほど、確かにそうだ。

 相談って言ったってひたすら愚痴をこぼしている──なんてよくあることで、結局は誰かに話を聞いてほしいだけなのかもしれない。

 窓の外に目を向けた氷川先輩のいう()()は、それとは違うようで。

 

「共感を求めているのではありません。

 私のあり方を変えられるのは私だけなので──、そのヒントとなるものを、ずっと探しているんです」

「先輩は、変わりたいと思っているんですか?」

「はい、もし、変わることで前に進めるのなら」

 

 少し意外だった。なんか、先輩って完璧主義っていう印象があるから。

 それを自負するどころか、不完全な自分を許すように小さく笑っていて、その姿は私の先入観よりもずっと親しみやすく、等身大の先輩だった。

 

「私も、お二人のことは気になっていたんです。お家でどんな会話をするのか、聞かせてください」

「いいですよ。そうですね、例えば──」

 

 ちょっとだけ、先輩との距離が縮まったのを感じる。

 その日から、私は先輩のことを”紗夜先輩”って呼ぶようになったのはまた別の話。

 

 ☆

 

 加茂川駅までの小一時間は、あっという間に過ぎ去った。

 駅に降り立って、チャットアプリを開くと兄さんがあと五分くらいで迎えに来てくれることが分かった。

 

「紗夜先輩は、弓道部の合宿所に行くんですよね?」

「はい。合流予定よりは前倒しになりましたが、練習自体は始まっているので。

 この近くにバス停があるはずなのですが……」

 

 辺りを見回す紗夜先輩の視線の先には、ばやけた蛍光灯の灯りが見えた。

 どうやらこれに乗っていくらしく、近づく先輩に着いていくと、時刻表らしき立て板の上になにやら張り紙が置かれている。

 

『昨日の降雨・強風の影響により、倒木被害が多発しています

 つきましては、復旧作業終了までの当面の間、運行を中止いたします』

 

「……これって」

 

 さっきはあれだけ優しそうだった表情を一変させてた。紗夜先輩。

 急いで取り出したスマホで調べても、目的地であるバス停への経路は徒歩としか出てこない──ちなみに片道2時間の山の上だ。

 

「し、仕方ありません。顧問の先生に相談して、車で迎えに来てもらいます」

 

 努めて平静を装って電話を掛ける先輩。よく見たら手が震えている。

 少し歩いた先で何やら話した後で、戻ってきたかと思えば深刻そうな顔。

 ──もしかして、紗夜先輩ってかなり分かりやすい? 

 

「……ダメでした?」

「はい……。既にお酒を飲んでいて、運転できないと」

 

 何やってんだ先生たち……。

 失礼な感想が浮かんでくる傍ら、先輩のピンチは過ぎ去らないようだ。

 諦めて歩くのも一つの手だが、着くころには門限を過ぎているし、何より山の夜道は危なすぎる。

 

「この辺りの宿泊施設を探してみましたが、土曜日はどこも満室のようで……」

「あー、確か夏休み期間は近くの水族園が人気なんですよね」

 

 もうすぐ9時、東京に戻る電車も少ない……というかほぼないと言っていい。

 明日朝の練習から合流することを考えると、どこかこの近くで夜を明かさないといけない──あ、そっか。

 

 ぽんと手を打った私に、先輩が首を傾げる。

 

「?」

「先輩、うち来ませんか?」

 

 きょとんとした顔を見て、やっぱり本当は話しやすい先輩であることを再確認するのだった。

 

 

 

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