Girls Code×Boys Tone   作:瀬田

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忘れていたのですが、サブタイトルは個人的にバンドリに追加してほしい曲から考えています。思いついたらその名前をつける感じ。


#5:ともに(ボーイズサイド)

「――兄さん、私、バンドやりたい。いや、やる」

 

 帰宅してすぐに、凪紗からそう宣言された。その目は、今まで見たこともないような、情熱に溢れた本気の目。

 

「見つけたのか、やりたいこと」

「うんっ」

 

 それからというもの、簡潔にものをまとめて話す凪紗にしては珍しく、長々と経緯――つまるところ香澄という星耳少女とのあれこれを教えてもらった。

 彼女には、自分にないものを見る目、要は感性というものがあるらしく、凪紗は彼女の瞳に映る景色を見たがっていた。

 そして、運命のライブハウス、なにか信じられないような気持ちに出会ったことを告げたのだ。

 

「香澄と、一瞬だけ繋がったような気がしたんだ。なんていうか……あっ、あの子、『キラキラドキドキ』って口癖があって……」

 

 ライブの衝撃は、二人の感情を共有させたようだった。それが直接の引き金になったと、彼女は自信満々に語る。

 ――きらきらどきどき、なるものは分からない。が、それも文字面でなく共有した感覚で体験することになった凪紗は、心が震えるようなものだと短くまとめた。

 

「……なるほどな。いいじゃないか」

 

 今まで、何をするにも一人でこなしてきた凪紗。中学の卒業式では伴奏と指揮の両方を任されそうになっていたくらいである。

 そんな彼女が、あまつさえ他人と思いを共にして、なおかつメンバーを必要とするバンドを始めるというのだから、律夏は驚きと喜びを半々にした面持ちで、彼女を眺めていたのであった。

 

「だとしても、楽器はどうするんだ?」

「うーん、今のところギターボーカルがいいかなって。ライブのあの人もかっこよかったし」

「変わることもあるのか」

「そうだなぁ……メンバーがどうしても足りなくて、ってことになれば……って、兄さんは私がバンドやってもいいと思ってるの?」

「もちろん。お前が答を見つけたなら、それを応援するよ」

 

 多少の費用は掛かるだろうが、それも今までの稼ぎで賄えないようならまた働けばいい。

 恐らくそのあたりの心配をしているのだろう。「大丈夫だって」と、凪紗の髪を荒めに撫でつけた。

 

「うん……ありがと」

「おう。あ、もしギターやるんだったら、物置にエレキがあるぞ」

「えっ……ほんと?」

「ああ。一式あるはずだ。父さんが使ってたからな」

「っ……」

 

 凪紗はほんの少しだけ言葉を失って、そしてこちらに目を合わせてきた。

 律夏はそれに頷きで返して、「きっと、役に立ってくれる」と加えた。

 

「……決めた。私、絶対にギターボーカルやる」

「そっか」

 

 彼女は肝心なところで嘘はつかない。そう決意したならば、兄としてはそれを支えてやるだけなのである。

 たくさん悩んで、時に涙を流す思いもするかも知れない。それでも、自分で考え、自分で信じた道へ進もうとしている彼女の背中を押すことができれば、それでよい。

 

「やるならとことんやれ。今日の情熱に嘘をつかないようにな」

「分かってる。なんかそれ、格言みたいでおじさんって感じする」

「カッコいいって言え。……よし、それじゃ夕飯にしよう。今日は唐揚げ」

「いいね~、ライブでいっぱいサイリウム振ったからお腹すいちゃった」

 

 日は暮れ、町を夜の帳が覆うけれど、輝きは失われない。一番星が瞬き、そして照らしてくれるのだから。

 

 

     ♬

 

 

「ごめんなさいね。純たちの世話まで任せてしまって」

「いえ。大変ですよね、家事も一緒にするのは」

 

 翌日、志哲高校は一部の私鉄での人身事故に伴う運行停止を受けて、午後からの登校となっていた。……自称進学校のスマートなダジャレではない。

 ともかく、これ幸いと新作を追い求め、やまぶきベーカリーを覗きに行ってみれば、店先で自分の姿を見つけた純が走り寄ってくるではないか。

 話を聞いてみれば、体調不良によって山吹母――千紘(ちひろ)さんというらしい――が、眩暈を起こして倒れてしまったとのことだった。

 父親はパンの宅配に外出しているそうで、ともかく彼が戻ってくるまでできることをしようと、急ぎ店内へ向かったのだった。

 

「でも、純くんのお陰で助かりましたよ。色々手伝ってくれてたんです」

「そうなの?……ありがとう、偉いわね」

「べ、べつに、なにもしてねーし……」

 

 実際、午前中は客入りもそこそこで済んでいるとはいえ、レジ打ちやショーケース整理など、諸々を一人で、それも勝手を知らない店内で行うのは無理があった。

 不安そうな紗南を励まし、そして律夏のサポートを行った純に、母親らしい、優しい視線が送られた。恥ずかしさもあるのだろう、彼のむくれた表情に苦笑した。

 律夏はそんな家族らしいやりとりに頬が緩むのを感じながらも、教えられた通りの薬を取り出して寝かせた千紘の前へ差し出した。

 

「これですかね」

「ええ。ありがとう……重ね重ね、ごめんなさいね」

「謝らないでください。いつも美味しいパンを作って頂いているお礼になれば」

 

 そう言うと、小さく微笑んだ千紘の表情には、やはり疲労が見て取れる。

 それが、自分の母親のそれと重なった。

 

「……純くん、紗南ちゃん。ちゃんと、お母さんのそばにいてあげてな」

「「うんっ」」

 

 後悔が、胸の中で大きな渦を作って、波が立つ。

 もし、()()()()()しまったら。考えたくもない、甚だ失礼で不謹慎な仮定の話。

 止まらない想像の世界が、律夏を覆う。純は、紗南は、そして、沙綾という少女は、何を思うのか、それだけが気になって、不安だった。

 

「……律夏くん?」

「す、すみません。お店の方、見てきますね」

 

 不思議そうにこちらを見つめてくる、その視線を振り切るように向かっていく。

 

 

 

 当たり前の、いつもの笑顔だと思っていた。

 だけど、そんな訳がなかった。大切なもの、いつも隣にあったものを失う辛さを、まだ自分は本当の意味で分かっていなかった。

 病床でみる彼女も、当時とそう変わらないように見える。けれどその実、心の奥で溢れる悲しみと涙をこらえて笑うのだ――まるで、これが母親としてやるべきことというように。

 一刻も早く、自分たちの待つ家庭へ帰るために。

 

 ――そんなのは、違う。

 

 律夏はそれを嫌った。この意志を貫き通すため、自分を捨ててでも家族を支え抜くと決意を固めたのだった。

 新しく、けれど変わらない想いを抱えて進む。すると、なにやら忙しなくバタバタと駆け込んでくる人と目が合った。

 うぐいす色のエプロンは、その端々に小麦粉の白で染められていて、きっと彼がベーカリーの店主だろう――

 

「千紘ッ!!」

「うお」

 

 そんな考察が頭の中を巡るより前、一瞬で距離を詰められたと思えば、肩を強く掴まれた。

 訊かれているのだ、とその鬼気迫る表情を理解した律夏は、努めて平静を保って答える。

 

「……えっと、千紘さんは、奥の部屋に。貧血と眩暈の症状があったので、布団で休まれています」

「ありがとう!」

「ぐえっ」

 

 その言葉とともに、もはやラグビーボールか何かを扱うように、律夏は真横へ押し飛ばされた。

 

「……だいじょーぶ?」

「んぐ、あ、ありがとう紗南ちゃん……」

 

 差し伸べられた小さな手は不安そうにこちらを見つめる紗南のものだった。ひっくり返ったまま、律夏は何とか返事するので精いっぱいであった。

 

 

     ♬

 

 

「申し訳ない……!」

「あ、いえ。そんな、やめてください」

 

 謝られるのは慣れない。それも大人と幼い子どもたちに揃って。

 沙綾(凪紗の友達)にこの現場を目撃されでもしたら、借金取りかなにかに勘違いされてどんな噂を流されるか分かったものではない。特に凪紗に最悪の影響を与えてしまうと恐れた律夏は、慌ただしく手を振ってそれを制した。

 千紘に睨まれるようにして頭を下げるのは、彼女の夫の亘史(こうし)であった。

 

「この人、せっかちだから慌てるとどうもダメで。本当にごめんなさい、怪我はない?」

「あ、はい。紗南ちゃんに起こしてもらいました。ありがとうね」

「んーん、けがしなくてよかったね」

 

 凪紗にするように、ほんの少しだけ頭を撫でると、二つ結びを揺らしながら、紗南は嬉しそうにそれを受け入れてくれた。

「ともかく、これでお店の方は大丈夫でしょうか。午後から学校が始まるので、十二時頃までならお手伝いできますよ」

「いやいや。もう十分手伝ってもらったよ。本当に助かった……そうだ、パンを持って行ってくれ」

「お金は払わせてください。そういうつもりで来たわけではないですから」

 

 こちらは一人の客、という立場は今も変わっていない。そうである以上、たとえどんなことがあろうと商品を頂いていくわけにはいかないと、律夏は説得した。

 商品を作り、売るために試行錯誤する――アルバイトとはいえ、その苦労を知っているからこそ、お金という対価が必要になることが理解できる。

 

「善意は対価になりません」

「……そうか。君は立派だね」

「いえ、そんなことは。その代わり、これからも来ていいでしょうか」

「もちろん。純たちも待ってるから」

「またきてね」

「……まってる」

「ありがとうございます。……もう一つ、いいでしょうか」

「なんだい?」

 

 お節介に聞こえるかも知れないですが、と律夏は一つの条件を付け加えた。

 

「ふふふ。そんなに遠慮することないのに」

「俺自身のためですから。わがままみたいなものです」

 

 そう言いながら、ベーカリーの扉を開く。からんころんと、取り付けられたベルが柔らかく鳴った。

 外の空気が、身体を包む。陽光は暖かく、風はまだ冷たい。

 

 

     ♬

 

 

「おーい、若葉ぁ」

「ん……」

 

 帰り際、なんとなく寄った商店街、自分を呼び止める声に律夏は振り向いた。

 鮮やか橙の髪色は恵のものだった。

 

「おう、北沢」

「そっけないな。まあいいや、そろそろ学校だよね?何してんの?」

「パン買った帰り。家に戻ってそのまま行くよ」

「なるほど……んじゃあ、ついてってもいい?」

「遠回りになるけど……?」

「折角家近いんだからさ、遊びにいくこともあるかなって」

 

 眩しい笑顔を振りまきながら彼は言う。天真爛漫というか、そういうところがクラス内でも人気の秘訣なのだろうと、律夏は察するのだった。

 

 

 

 笑顔は確かに眩しく思えたのだが、それは悪魔の笑みだったのかもしれない。

 やまぶきベーカリーを出たころは冷たかった空気も、昼間は暖かいおかげで、通学路は快適だった。

 

「いやあ、楽ちんだなぁ。帰りもタクシーだし」

「タクシーって、結局帰りも乗るってことだろ」 

「ご名答~」

 

 厚かましくものんきに言ってのけるのは、自転車の荷台に乗って律夏の肩を掴んだ恵である。

 二人乗りは法律違反であることを盾に抵抗したものの、これで置いて行けば自分は遅刻してしまうと泣き落としに遭い、面倒見のよい律夏は仕方なく彼を乗せる決心をしたのだった。

 彼が比較的華奢な体躯をしていなかったらこのペダルがもっと重かったかもしれないと思えば、少しは慰めになるだろうか。

 

「まあまあ、帰りにコロッケ奢ってあげるからさ」

「奢る……?」

 

 自分の家の売り物は奢りになるのだろうか、などと特段意味のない思考を繰り広げながら、自転車を漕ぐ。

 散り際の桜の桃色が混じりながら移り変わっていく町並みは、志哲に通い始めて半年が経ってもまだ新鮮に感じられていた。

 

「学校も休みにしてくれたらいいのになぁ。行ってもどうせ寝るだけだし」

「休養取ってるならタクシーいらないだろ、授業はちゃんと受けろ」

「タクシーになることはもう抵抗しないのかぁ」

 

 けらけら笑う恵に、律夏は学校で見る彼のイメージと、少し違和感を覚える。

 彼にも裏と表があるのだろうか。だとすれば、これはどちらなのだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと彼が呟く。

 

「……ねえ、若葉ってさ」

「なんだよ」

「いや、なんでもない」

「……?」

 

 先程の笑みとも違う、なにか含んだような笑顔。

 真意を汲み取れぬまま、自転車は住宅街を走り抜けていくのだった。

 

 

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