女帝は召使いにご執心のようです。   作:水源+α

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皆さんはエアグルーヴのこと大好きなんですね。ま、私には敵わないでしょうけど()

それとアンケート結果の集計が終わりましたので載せて置きます。

(762) シンボリルドルフ
(400) ライスシャワー
(179) スーパークリーク
(395) ナイスネイチャ
(158) ニューアプローチ(仮想外国ウマ娘)

 皆会長のこと好きすぎて笑ってしまいましたよ。

 なので記念すべき二話目に……会長、登場させときましたぜ。



回想の果て、『彼』との邂逅

 ──小さい頃からずっと、私は母の背中を見て育ってきた。

 

 私が生まれる前から母はその時代を代表するウマ娘の一人として、トゥインクルシリーズにて数々の栄光を積み上げてきた。だがその道は決して華やかな栄光ばかりを掴み取り続けてきたわけではなく、その中には失敗も含まれていたが、それでも母がこれまで紡いできた軌跡は、今もなお『女王──ダイナカール』という偉大なウマ娘が残した実績として輝いている。

 

 幼い頃は自分の母が歴史に名を残すようなウマ娘だとは知りもしなかった。しかし、物心がついたころには、周囲の人間たちが向ける母への視線が、明らかに他とは違うことに気づき、また私も同じように必然と母へ抱く感情は、愛情だけではなく憧れや尊敬などに彩られていった。

 多くの人たちから尊敬されると同時に慕われてもいて。それでいて一挙手一投足も、比類にならないレースの強さにしても当時は完璧なウマ娘として、様々なウマ娘たちの目指すべき模範にもなっていた人だった。

 

 更には、そのようなウマ娘として側面がありながら、私に沢山の愛を注いでくれるような優しき母としての側面も持ち合わせていたあの人は、文字通り『女王』という名に相応しかった。

 

 そんな彼女の姿を見ていた当時の私は嬉しく、そして、誇らしかった。

 

 だから一番側で母の活躍を見てきた私も影響を受けて、あの人と同じかそれ以上の偉大なウマ娘となれるように、ありとあらゆることを妥協せずにこの人生を歩んできた。それは日々の生活から学問は勿論のこと、トゥインクルシリーズ出走という将来を見据えてトレーニングも一日たりとも欠かしたことはない。

 確かに当時はまだ幼少期だった頃、年相応に遊びたい心がなかったわけでは無いが、その多くの時間を将来の為に勉学とトレーニングに費やした。

 

 ──子供の頃からずっと現在と似たような日々を過ごしてきて辛くはなかったのか。

 

 私が子供の頃の話をすれば、大抵の人間がそのようなことを聞いてくる。が、その質問を野暮だと一蹴できる私がいなかったのも事実だった。意外とその質問は的を射ていて、決して辛くはなかったと言うのは嘘になるだろう。正直に言えば、辞めたくなる時もあった。周囲の同い年の子供たちが笑顔で駆け回り、遊んでいる間、私は出来れば遊んでほしいと渋い顔をしている母にトレーニングを頼み込み、必死に打ち込んでいた。そしてそのような生活を送っていれば、友人という存在も出来ないのも当然のことだった。

 

 私一人だけが走っている。

 

 

 隣を走る者もいない孤独感に煽られて、自らが志した道を踏み外しそうになった。

 

 それでも私は折れずに、ここまで継続してきた。全ては私が目指すべき偉大な母の存在があったからこそ、ここまで弛まずに努力を継続出来たと言っても過言ではないだろう。

 

 今でこそ私も、数々のマイルや中距離のレースを制して、"女帝"という大層な異名で呼ばれてはいるものの、ここまで境地に至れたのも、母への強い憧れが原動力の一つになったに違いないと思う。

 

 

 

 母は凄かった。数々のレースで一着になってきたこともそうだが、レース前でも、レース直後でも。どのような結果になろうとも、表情を変えず、冷然とした姿勢で優雅に振る舞っていたことで、多くの観客たちを魅了した。

 

 しかし、彼女が更に注目され、今もなお名ウマ娘の一人として名を刻む歴史的な出来事があった。

 

 特に1983年度に開催されたG1オークス。まだレースが何なのかほとんど知らなかったとても幼い頃の私が、当時の映像を幾度となく見直してしまうほど、そのレースは母の名を一挙に押し上げた名レースとなった。

 

 第四コーナーを周り、最終直線。先頭集団にはなんと五人ものウマ娘がせめぎ合っていた。その時2番人気で発走していた母の他に、タイアオバ、メジロハイネ、ジョーキジルクム、レインボーピットの四人共が気迫溢れて並走する形でゴールまでほつれ込んだ結果、なんと五人とも同じタイムでゴールするという歴史的な記録を出したのだ。

 しかし、ほんの僅かなハナの差で──コンマ秒差の大接戦を制して見事一着に輝き、"女王"という異名を瞬く間に世間に轟かせ、一挙に頭角が上がった。──そのウマ娘こそが、紛れもなく私が一番尊敬し、そして私にとって唯一の母でもある──ダイナカールその人だった。

 

 序盤は後方に位置し、最終的には冷静な駆け引きによって他を大胆に出し抜き、そのままゴールまで寄せ付けす、頂点に君臨するまさに"女王"たる圧倒的な走り方に憧れを抱いていた。だから私も、逃げでも、先行でもなく、昔から差しでレースに臨んでいた。

 

 それからというもの、努力が報われ、レースに勝てるようになっていった。まだまだ遠くにいるあの憧憬少しずつ、そして着実に近付いていることをやっと実感し始めた十四歳の頃──晴れて、日本最高峰のウマ娘養成機関である日本トレーニングセンター学園に入学した。

 

 当初は、最高峰のトレセン学園に入学すれば、私の才能をもっと引き出してくれる優秀なトレーナーが居るのだと、内心期待に胸を膨らませていた。メイクデビューまではトレーナーとの契約はお預けなのは分かっていたのだ。なればこそ、その時が来た時、トレセン学園に居る多くの優秀なトレーナーたちに見限られないようにと、より一層努力を積みあげた。

 

 自分には才能とレースに誰よりも向き合う姿勢があることを日々のトレーニングや度々中等部限定で開催される模擬レースでもアピールし続けた。

 

 その努力も功を奏して、私の意欲的な行動が噂になったのか、メイクデビュー前にも関わらず、気付いたら放課後の練習にもちらほらと学園のトレーナーたちが訪れてくれるようになっていた。

 

 正直、驚いたと同時に、嬉しく思えた。

 

 ──そして、そこからが早かった。正にとんとん拍子で、私は念願の人生で初のトレーナーと契約を結ぶことができてしまった。メイクデビューレース前だというのに、トレーナーが出来たことはその頃の私にとってとても心強く、同時に自らの成長に期待して、大いに気分が高揚していた。

 

 やっと、全国でも最先端の指導を受けることが出来る。

 

 そう思っていたのだ。

 

 

 ……しかし、蓋を開けてみればそのトレーナーとのトレーニングは私が想像していたものとは違っていた。とても期待していた分、失望の念が大きかったのだ。

 

 トレーニングの質は厳しい国家試験を合格して資格を得ていることもあって確実に向上したと言える。そこまでは良かったのだが、そのトレーナーはメイクデビューレースではこれまで突き通してきた差しではなく、逃げで勝負しろと言ってきたのだ。理由は先行や差しの策を取るウマ娘が、例年のメイクデビューレースでは多くなりがちだということだった。

 

 確かに同じ戦術を取るウマ娘が多いと、どうしてもレース中盤以降はその多くとの動きが被ってしまい、掛かり気味になって速度を落としてしまう可能性が非常に高くなる。上手く位置取りが出来ればいいだけなのだが、当時の私もそこまでのレベルには達しては居らず、レース中に考えて上手い位置取りが成功する確率も五分五分くらいだった。

 

 だから少々不服ではあったものの、私もそれを理解していたこともあって、最初はその指示に従い『逃げ』で走ることにした。

 

 

 ──しかし、迎えた当日の結果は散々なものだった。出走前までは一番人気と多くの人から期待された私は、序盤こそ良かったものの、徐々にそのペースが落ち始め、最終的には6位という結果に落ち込んでしまった。

 

 あのメイクデビューレースでの走りにくさは今でも覚えている。

 

 後半ではまるで足が回らなかった。重くて、鈍重な(おもり)を付けて走っているようだった。それまでトレーナーともたくさん意見交換し、今までよりも一層トレーニングに打ち込んで、当日は万全を期したつもりだった。しかし、無情にもトレセン学園で初のメイクデビューレースは黒星で終わった。

 

 以降はそのトレーナーとも上手く合わなくなり、契約が破棄されることとなった。

 それからも、中等部一年の内に三人のトレーナーと契約したが、トレーニングの内容が単純に私の走り方に合わなかったり、多少は目を瞑っていたが、看過できない程に私生活にまで過剰なほどに介入してきたりして……中々どうしてかこの学園のトレーナーとはソリが合わなかった。

 

 

 

 自ら学園に入り、母を越えようと息巻いていたがその頃の学園生活は早々に前が少し曇りがかって見えてきていた。そんな私が中等部二年に進級した時、私はあの人と出会った。学園始まって以来最高の逸材であると中等部でありながらすでに噂されていた──シンボリルドルフだった。

 

 彼女は私が目指す母のように、何もかもが完璧だった。頭脳は明晰で多くの人からは慕われており、常に彼女の周りには人が集まっていた。その反面、レースで発揮する彼女の速さ強さは健在で、高等部のウマ娘たちが舌を巻くほどにレースが上手く、入学時から最強であり続けていた。

 

 現在でも畏敬の念で呼ばれている『皇帝』という二つ名も名付けられるほど、彼女の存在は周囲の一線を画していたのだ。

 

 生徒会の一員としての働きも素晴らしく、当時の生徒会長顔負けの政治力を活かして、学園により良い恩恵をもたらしていた。とてもではないが同じ中等部だとは思えなかった。

 

 母のような完璧を志して努力してきたが、他人との関わりを必然的にしてこなかった私とは違い、自らだけを律するだけではなく、他人とも協調して共に乗り越えていくこともできる彼女の完璧さは、尊敬をすると同時に嫉妬した。

 

 

 

 そんな彼女が、直々に私を生徒会に入らないかと誘ってきたとき、いい機会だと思った。会長がどういうことをしてその完璧さを体現出来ているのか、私は知りたかった。そこから今の学園副会長としての私──エアグルーヴが会長の影響を受けていき、形成されていった。

 

 相変わらずトレーナーが決まっては数ヶ月もするとまたフリーになっていたが、その頃にはもう学園のトレーナーには見切りを付け始めていた。

 

 いくら日本最高峰のウマ娘養成機関であっても、トレーナーという存在は容姿や性格は違っていても、その本質は皆同様であると勝手に悟った気にもなっていた。

 

 ──ウマ娘やレースのことには詳しいが、私を含めて多くのウマ娘たちへの考慮が足りてない、と。

 

 全ては自らのトレーナーとしての名を上げるため、自分の考案した戦術を本人の特性を鑑みずに実行させようとする、図々しい存在。

 

 その頃には何十人ものトレーナーたちと契約しては破棄を繰り返してきていたことがあり、多分私の中ではトレーナーというのはそういう存在になりかけていた。

 

 無理にトレーナーと契約してトレーニングに励むよりも、寧ろ会長の側で生徒会の仕事やレースのトレーニングに励んだ方が心身ともに調子も良くなり、余程有意義な時間を送っていたと思う。

 

 事実、会長のアドバイスのお蔭でコンマ何秒ずつだがタイムが縮んで来てもいたし、模擬レースでも途端に白星が続いたことあって、このままフリーで会長に付いていこうと思いつつもあった中三の初夏に入り始めた頃──

 

 

 

 

 

 

 

 ──今でもトレーニングを共にするライバルと『彼』に出会ったのはちょうどその頃だった。

 

 その出会いは運命だった。というのは少し違うかもしれない。本当にたまたま同じ時間に居合わせただけだったのだから。しかし今にして思えば、それは偶然ではなく必然だったと言えるほど、彼女と彼との出会いは私の人生に大きな変革をもたらしたと言っても過言ではないだろう。

 

 それはいつものようにグラウンドで準備運動や柔軟をしながら、会長を待っている時だった。

 

 ふとあるウマ娘が目に留まった。当然なことだが、トレセン学園の本領は放課後のトレーニングの時間にある。日々、多くのウマ娘たちが後日に控えるメイクデビューレースや、すでにデビューを終えたウマ娘が公式のレースに備えて、トレセン学園が所有する広大なグラウンドにて研鑽を積んでいる。

 

 そんなグラウンドのトラックを多くのウマ娘たちが使用している中で準備運動をするもの。自主練に励むもの。仲間と共に並走して、レースに見立てた練習をするものなど様々であった。

 

 私が目に留まったウマ娘は、五人ほどの学友たちと模擬レースを行っていた。しかし彼女は行っている練習内容が模擬レースに見えないほど、他の5人を置き去りに猛スピードで悠々と自由に草原を駆け巡るように、常に先頭を走り続けていたのだ。

 

 先頭だけにしか見えない景色を貪欲なまでに誰にも譲らないと独占するその走り方は、遠くこちらが圧倒されるほどだった。

 

 そのスピードは後半でも衰えず、ペースも一定で今の彼女にとって理想的な走り方が出来ているのだと、遠目から見ていても感じ取れた。そして雰囲気からも、今の自身の本調子ぶりを誇示するかのような自信に溢れている走り方からも、彼女が学園内でも逸材であることは一目瞭然だった。

 

 結局、彼女は最後までその調子を落とさず圧巻の差を付けてゴールしてしまった。

 

 肩で息をしている様子だが、表情には一切の疲弊の色も見せず、寧ろ高揚しているように見えた。

 

 ──……羨ましい

 

 わたしは既に、続けていたはずの柔軟をやめて、自然と彼女の背中を目で追っていた。そして、挙句には柄にもなくそんな言葉を溢してしまっていた。

 

 彼女と私の走り方は根本的に違う。現時点での実力的にも私と同等か、それ以上だろう。しかし、それでも彼女の自信に溢れて今の自分の最大限を出して走れていることに、私は何故か強い嫉妬と羨望に駆られた。

 

 遠目から複雑な思いで私が見ている最中、とても澄み切った表情で走り終えた彼女は、さっきまで肩で息をしていたというのに嬉々としてとある男の元に駆けていく。

 

 その男は遠目から見ると小太りな体型だったが、姿勢が良く、背が地面からすらりと伸びて、一段と背が高く見えた。顔までは判別出来なかったが、恐らく彼女のトレーナーがあの男なのだろうと思った。

 

 男が駆け寄ってきた彼女に笑いかけると、遠目からでも分かりやすく尻尾を振りながら彼女も興奮した様子で捲し立てた。彼女のそんな様子に男は頭を掻いてしょうがないなと肩を竦ませながらも結局は最後まで聞いてあげている様子だった。

 

 そんな一連の状況を眺めていた私は違和感を覚えた。

 

 ──私が出会ってきたトレーナーたちとは少し異質な感じがする。

 

 漠然とした感想が湧き出てきた。それに少なくとも、あそこまで親密な関係性を築いているトレーナーとウマ娘は珍しく思えた。

 

 私の場合だと、契約してきたトレーナーたちは女帝らしい風格と態度を求めてきた。淡々と自らが考案したトレーニングメニューをこなし、レースでは圧倒的な差を付けて一着に君臨するんだと言わんばかりな態度であった。だからそこまで親密にならないのも普通なことだった。

 

 とは言ってが、私としてもそのような態度を取ってくれることは、正直光栄なことであった。元々私は『女王』とも呼ばれた偉大な母を超えて、やがてG1オークスにて親子でタイトルを獲得することを目標としていた。

 

 だから私に日常生活でも、レースでも『女帝』らしさを求めるのは、裏を返せば私にその素質があって、それだけ期待してくれていたということだと思っていた。では何故それまで何人ものトレーナーと契約しては破棄をするのを繰り返してきたのか。

 

 その理由は単純で、ただ相性が悪かったから、この一言に尽きるだろう。例えば、学園内でも指折りのS級トレーナーと話題だった男と契約した時の話だ。トレーニング自体は流石S級ということもあり、とても順調だった。自主トレよりも鍛えられている実感が湧くほどだった。しかし、その男があまりに自分本意で、結果主義のようなところがあった。更に私の事情など知らぬ顔で、平然と日常生活。引いては学校生活にも土足で上がり込んで来ては口を出してきたものだから、速攻で契約破棄したことがあった。

 

 それだけではない。S級でダメであればA級ならどうだと探して契約してみても、殆どS級の男と同じような事態が起こったので契約破棄したり。B級、C級共に当たってみたが今度は私のトレーニングの基準に合わない事態が起こってしまった。だが多少は別に良い。自分自身で調整すれば良いからだ。しかし、やはりレースで結果が振るわなければ、真っ先に生徒会や後輩たちに充てる時間を指摘された。正しくたらい回しだ。

 

 私は結果の振るわないレースでは言い訳はしないと昔から続けてきた。だからいくら契約したトレーナーに不満があったとしても、彼らには非がない。最終的には自分の努力不足と準備不足が招いた結果だと自分の中で押し留めてきた。

 

 しかし、逆にそんな不満さえ口にしない私の姿勢に、トレーナーたちは信用さえされていないのかとあちらの方から契約破棄されることも珍しくなかった。

 

 だからこそ私はもう学園のトレーナーには見切りを付けて、これから1人で歩もうとしているというのに。

 

 ──何故わたしは名前も知らず、面識すらない彼と彼女の関係性を羨ましいと思ってしまっているのだろうか。

 

 私が本来求めていたトレーナーとの理想な関係性があのようなものだったと言うのか。

 

 そんな私の気の迷いに似た何かが芽生え始めたとき、グラウンドに訪れた会長に呼び止められて、私も変な気持ちを断ち切るようにいつも通りに笑顔で迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日の夜。夕飯を済ませ、課題や復習を一通り終わらせた後、私は風呂上がりに会長とのトレーニングで張り気味だった脹脛をほぐしていた。その後、軽い体操をして血流を良くするつもりだった。

 

 しかし、自然とその手が止まってしまう。

 

 私は無意識にもその日のグラウンドでの出来事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 結局あの後、私は普段通りにトレーニングに励んだ。その当時はまだ役員だった頃の会長からのアドバイスを元に走り方を試行錯誤していった。

 

 そう。普段通りなら周りのことは気にせず集中して走れているはずなのに、どうしてもあのウマ娘と男の方を見てしまっていた。

 

 すると、あのウマ娘はまた走っている姿が見えた。やはり彼女は相変わらず気持ちよく走っている様子だった。

 

 先程よりペースは落ちているように見えたが、それでも誤差の範囲だろう。

 

 ──しかしあの走り方……私よりも大きな間隔で足をストロークしているのにも関わらず、なんて回転の速さなんだ

 

 思わず舌を巻いた。彼女の走り方は既に洗練されていたのだ。学園の先輩たちと見比べても大差ないほどに、フォームが安定している。

 

 そして、また彼女はやはり先頭を独占したまま走り終え、先程と同じように、グラウンドの隅で一連を眺めていた男の方へ嬉々として走っていく。

 

 ──果たして、今の私は彼女に勝てるのだろうか

 

 答えは分かりきっていた。大変不服ではあるが、それでも断言できる。今は分からないが、あの時点では彼女と私との間には圧倒的な差があった。

 

 単純な速さや走り方、ペース配分全て彼女の方が優っていた。

 

 だか、彼女との決定的な差は他にも──

 

 

 

 

「──エアグルーヴ。どうしたんだ?」

 

 と、そこで誰かが呆けていた私の背中を軽く叩いてくる。振り向くと、そこには当時の会長が微笑みかけてきていた。

 

「……いえ、別に誰を見ていたとかそういうわけでは」

 

「ふふ。そう隠さなくてもいいだろうに。私はエアグルーヴがずっとサイレンススズカを眺めていたところ見ていたからね」

 

「……」

 

 内心、会長にそれがバレていたことに対して、何故こうも恥ずかしさが湧き出て黙り込んでしまったのか、その時は理解が追いつかなかった。

 

 ──にしてもサイレンススズカ、か。聞いたことない名前だ。あれほどまでの実力があるウマ娘は既に注目されていてもおかしくないと思うが

 

 

「その沈黙は肯定と受け取るよ」

 

 思案顔を浮かべる私に会長がそう笑うと、同じようにトレーニングに励んでいるサイレンススズカとそのトレーナーの男の方を眺めた。

 

 そして「まあ、確かに自然と目で追ってしまう気持ちは分かる……」と、遠い目をしながら静かに吐露する。そんな会長は、寂しそうに一瞬だけ目を細めたように見えた。

 

「……あの」

 

「あ、ああ……すまない。少し、『彼』を見てしまってな」

 

 と、会長はそう言ったが、依然としてその視線はあの二人組に釘付けだった。私はつい少し見開いて会長の顔を見てしまう。普段は特定の誰かだけに注視せず、学園の生徒たちの一人一人を満遍なく見守っているような人だったからだ。

 

「……話は戻すが、ただ一つだけ言えるのはあのサイレンススズカという生徒は、少し前まではあそこまで走ることが出来なかった、ということだ」

 

「はい?」

 

 当時の私は信じられなかった。それに会長の言い回しから察するに、どうやら既にあのサイレンススズカというウマ娘とは面識もあるようだった。

 

 更に会長の言った言葉をそのまま解釈すると、まるでこの短い期間に才能を開花させてあそこまで成長を一気に遂げたと言ってるようなものだったので、二重の意味でも驚いてしまう。

 

「入学当初は注目されていたんだが……初めてトレーナーとの契約を結んだ直後からの彼女は、とても苦悩しているようだったよ。俗に言うスランプに陥ってしまったんだ。本来出来ていた走り方さえもままならなかったらしい……まあ、今もそうだが、特にさっきの彼女の圧巻の走力を目の当たりにすると、とてもそうだったとは思えないがね」

 

 そこまで聞いて、面識すらなかった当時のスズカに、あるシンパシーを感じていた。

 

 

「……見た限りとても逃げの才能に恵まれているウマ娘に見えますが、なぜそのトレーナーとの契約が皮切りにスランプに陥っていたのですか」

 

 その時のスズカの『逃げ』の才能は一度見ただけでも異質なほどに他を圧倒していた。だが確かに、中等部三年だった当時の私が入学してから二年半の歳月がありながら、あれほどの才能をもつウマ娘の噂を聞いた事もなかったのは疑問に思うことだった。

 

 浮かび上がった疑問を、当時の会長は私の表情から察したのか、掻い摘んで話し始めてくれた。

 

「とても気の毒な話なのだが……今の彼女を見れば誰であろうと逃げに適正があることは分かるだろう。だが、その当時のトレーナーは先行のトレーニングを半ば強制していたらしい」

 

「……」

 

 そう。彼女は私と同じように、『トレーナーに恵まれなかった』という境遇だったのだ。

 

 私も学園のトレーナーと契約したせいとは言い切れないものの、結果的に伸び悩んでしまう要因になっていた。

 

 スズカほどのスランプではなかったにしろ、最初のトレーナーと契約していた時、調子が狂い、走るレースに黒星が続いたことは確かである。

 

「それからも私が相談に乗りながら、何度か他のトレーナーとも契約を結んだが、結局伸び悩んでいた様子だったよ。見ていた限りだと、最初のトレーナーとのトレーニングが影響して、入学前まで期待されていた彼女の本来の走り方が中途半端になってしまったみたいだった」

 

「中途半端に……」

 

 私も契約した最初のトレーナーに無理に『逃げ』を強要されたお蔭で、フォームもガタガタになった事がある。しかし、いつも入念にフォームを確認しながらトレーニングに励んでいたので二週間もあれば修正できた。

 

 しかし、それは私に限っての話。一旦崩れてしまったフォームを正しく直すのには相当の時間と努力が必要なのだ。

 

「それは彼女の学校生活にも影響に出ていてね。同じクラスメイトとして、教室でいつも沈んだ表情を浮かべている彼女を見ているのは……こちらとしても心苦しいものだったよ」

 

「そう、ですか」

 

 ──常に自らが正しい規範となることを意識し、ウマ娘の誰もが幸福になれる時代を目指す。

 

 それが今も変わらぬ会長の信念であり理想だった。だから会長としてみても、当時クラスメイトだったスズカみたく、身の周りの人が自分らしく生きれず、沈んだ表情を浮かばせているのは、自分のその理念に反することで、事情が事情なだけに中々手助けを出来なかったのがとても忍びなかったのだと思う。

 

「更に悪い噂も立ち始めたんだ。それは『サイレンススズカが学園から中退を希望している』という……荒唐無稽なものだった。しかし、彼女の状況を知っていた私は有り得る話だと思ってね。噂を聞いてから休み時間を使って彼女と接する時間を増やして、少しでも力になれるように努めたよ。彼女はよく話しかけてくる私に気を遣ってかは分からないが、よく微笑んでくれたが……時折見せるあの沈んだ表情は一向に明るくならなかったんだ」

 

「……」

 

 そこまで聞いて、その時の私の中で二つの感情が湧き上がってきた。

 

 一つ目は何があろうとも理想を実現するために信念を貫き通す会長への尊敬。

 

 そして二つ目は自分への怒りだった。

 

 嗚呼、自分が恥ずかしくなってくる。

 

 私が多くのトレーナーとの間に問題を引き起こして、契約を破棄していた間にも、会長は学業やレースを私以上にこなしながら、生徒会役員として学園のことや、中退しそうな苦悩しているクラスメイトにもその手を差し伸べていたのだ。

 

 母は正に、会長のように出来るだけ多くの人をその手で掴んで掬い上げようとする人だった。強く、誇り高く、そして何よりも見ず知らずの他人さえ愛していた。

 

 他の人間からすれば、時と場合によってそれはとても愚かな思想なのかもしれない。

 他人を愛することによって生まれてくる責任や重荷を承知していなければ中々出来ないことだ。母も、そして会長も自分の貴重な時間を賭してまで、他人が路頭に迷わないように自らが道標になる道を選ぶのだ。

 

 果たして、今までの私はそれが出来ていたのだろうか。

 

「だがそんな彼女をその手で救い上げたのが、偶然にも出会った当時はそれまで実績も何もなかった新人トレーナー。そう、彼女の今のパートナーである……『彼』だったんだよ」

 

「『彼』、ですか?」

 

「……そうだな。少し昔話をしようか──」

 

 ──と、それからは『彼』について会長は話し始めた。

 

 あの会長ですら一年もかけて苦悩していた当時のスズカを助けられなかった。

 しかし、『彼』はなんと半年前にスズカと契約してここまで復調させたんだと、嬉しげに、そして懐かしむように会長は語った。

 

 スズカと彼が出会った経緯は会長も知らなかったようだが、みるみる内にスズカは調子を戻して、最終的にはスランプする前の入学当初よりもその才能を開花させて、今に至ってしまったらしい。

 

 私は素直に『彼』は素晴らしいトレーナーだと思ったと同時に、やはりそんなトレーナーと出会えた彼女に醜い嫉妬の感情を抱いてしまった。

 

 ──私も、『彼』のような優秀なトレーナーと出会えていたなら、私は今ごろどれほど母に近づけていたのだろうか。

 

 そんな私の複雑な心境を知らずに、会長はそれからも『彼』について話し続ける。先程まで会長の、スズカに対して何も出来なかった過去の自分自身に対して責めていたようなその表情が、自然と『彼』の話題をきっかけに和らいでいくのに気が付いた。そこでもう一つ、分かったことがあった。

 

「それに彼は面倒臭そうにしながらも、意外と私の冗談にも付き合ってくれる良い奴でな──」

 

「……そう、ですか」

 

 ……そうか、会長にとっても『彼』の存在は大きなものになっていたのか

 

 それまで会長と一緒に居たはずなのに、会長が当時のスズカのことで悩んでいたことも話されなかった私は、会長にとって一体どういう立ち位置なんだろうか。

 

 

 漠然とした会長と自分の関係への恐怖。

 

 素晴らしいトレーナーと出会い、成長を遂げたスズカへの劣等感。

 

 そして、恐らく会長とスズカ二人の人生に大きな影響を及ぼしている『彼』への興味。

 

 その時の私の心は複雑に絡み合っていた。

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 回想を終えて、ベッドに倒れこんだまま数十分。

 

 模擬レースでは勝っているものの、トレーナーが居ないことで一向に公式レースに出走できずにいる。

 明らかに不完全燃焼な日々の中で、シンボリルドルフという天才の近くにいることで、今のはっきりとしない立場を必死に肯定しようとしている私は何もかも中途半端だ。

 

 ……果たして、信頼の置けるパートナーに恵まれないからと、学園のトレーナーと契約すること自体に見切りをつけるのは少々早計なのではないか。

 このような体たらくでは、『女王』を超える『女帝』となることは難しいのではないだろうか。

 会長にも理想がある通りに、私にも理想がある。

 

 ──あらゆるウマ娘の理想を体現し、皆にとっての指針となる。

 

 その理想を果たすのは一人では難しいと思っている。だがそんな大志へと続く道を共に歩む、信頼の足る杖──私が追い求めできた真の『トレーナー』と一緒であれば、実現するのも夢ではないだろう。それは私だけでなく、多くのウマ娘も同じことだ。

 

「……課題もストレッチも終えたし、今日は少し早いが寝るとしようか」

 

 いつもはトゥインクルシリーズのレース情報の収集をして、研究する時間なのだが、その日は眠りにつきたい気分だった。

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日から半年が経った頃、私は相変わらずパートナーを見つけられずにいた時。

 

 サイレンススズカの担当だった筈の『彼』が突然私をスカウトしに来たのは運命なのか、はたまた偶然な代物なのか分からない。

 

 しかし、その時『彼』は言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「──あんたに俺を託す。だから、あんたも俺に託せ。相棒」

 

 『彼』は他のトレーナーとは違い、私を”女帝”ではなく”相棒”とそう言って不敵に、そして楽しげに私にその大きな手を差し伸べてきた。

 

 

シンボリルドルフとトレーナーとの過去について

  • 掘り下げてほしい
  • 会長よりエアグルーヴとの話が見たい
  • んなこといいからスズカの話はよ
  • トウカイテイオーはよだせ
  • スペちゃんは出せ
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