狸寝入りのナーベラル   作:笹鍋

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狸寝入りのナーベラル

 リ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテル。隣国バハルス帝国、スレイン法国との境界に位置しているその都市は、城塞都市として知られており、三重の城壁に囲まれているのが特徴である。

 その中にある、市民のためのエリア、とでもいうべき区画に点在する安宿のひとつに、下位の冒険者を中心としてそこそこの賑わいを見せる宿があった。鮮やかな黒髪をポニーテールにした素晴らしい美貌を持つローブの女と、背中に二本のグレートソードを背負い、金と紫の紋様が入った漆黒に輝く全身鎧(フルプレート)に身を包む戦士という謎の二人組に、冒険者組合が紹介した宿であった。

 

 

「はぁ……」

 ナザリック地下大墳墓の絶対なる支配者、アインズ・ウール・ゴウンに忠誠を誓う戦闘メイド(プレアデス)のひとり、ナーベラル・ガンマはその一室に無造作に置かれた簡素なベッドの上で、肺の底から思わず漏れ出したといった感じの深い吐息を漏らした。

(なぜ眠らなければならないのかしら……?もちろんアインズ様のご命令なのだから、私には想像もつかない深いお考えがあってのことなのだろうけれど。しかしメイドとして、至高なる御方であられるアインズ様をお守りすることは当然のこと。なのに……)

 ナーベラルは、同じ部屋で椅子に座りながら本を読んで過ごしている主人には聞こえないように、もう一度小さくため息を吐いた。

 彼女は睡眠が不要になるマジックアイテム、『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』を与えられている。しかし今は主人の命で、その指輪を外していた。

 アインズは、この部屋には何重にも強力な防御魔法をかけているのだからナーベラルが一晩中起きている必要はなく、しっかりと睡眠を取ってほしいのだと語っていた。

 ナーベラルにとっては、主人の伴としてその身を守るために自分の存在があると認識していたために、アインズの命令はやや納得のいかないものだった。もちろん至高なる四十一人のまとめ役であったオーバーロードの言に、不満などはないのだが。

(それにしても……)

 ちらりと、黙々と本を読み進めているアインズの方に目をやる。漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだアインズの頭部は、この部屋に入るまでは面頬付き兜(クローズド・ヘルム)に覆われていたが今はそれが外され、頭蓋骨が顕になっている。

(もし、と、伽を命じられたらどうしよう……)

 彼女の心配事は、眠っていてはいざという時に主人の身を守ることが叶わないかもしれない、ということだけではなかった。

 ナーベラル・ガンマは、戦闘に特化したメイドとして、魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)、エレメンタリストの職業(クラス)を与えられてはいるが、主人に奉仕するためのスキルなどの持ち合わせはなく、もしアインズが彼女に夜伽を命じた場合、主人を満足させることが出来るのか不安だった。

(こんなことを考えるのは不敬かもしれないけれど。でも、もしそうなったら……)

 絢爛華麗なローブを脱いだ骸骨の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、ベッドに腰かけ、命令を待つ自分を呼びかける。ふらふらと絶対なる支配者に歩み寄る。二人の身体が触れ合う直前まで近づくと、アインズはナーベラルの腰に手をやり、さわりと優しく撫でる。びくり、と身を震わせてしまうが、主人は微笑み、そっと彼女のローブを脱がせていく。肌着が顕になり、羞恥に顔を染める自分を、アインズは壊れ物を扱うかのような繊細な手つきでそっと抱き上げ、ベッドに横たわらせる。そして、骨の手が、彼女の胸部を、薄い肌着の上から優しく触れる――。

「え、えへへ……」

 ナーベラルは、ベッドの上で、アインズの前に跪く己の姿を妄想し、思わず笑みを零した。

(って、だめ!だめよ!アインズ様にはアルベド様という方が……!)

 ひと時の間、脳内での幸せな時間を過ごした後、ナーベラルはすぐに自らを律し、主人の命令を遂行するために布団を深くかぶり直し、再び目を閉じた。

 

 

 アインズは、お世辞にも綺麗とは言えない宿の二人部屋の中で、木の椅子に腰かけ、読書を楽しんでいた。

(いやー、リアルではこんなにゆっくり本を読める時間なんて取れなかったからなぁ。食事の楽しみはないけど、こうして時間を気にせずに本を読めるんだから、アンデッドの身体さまさまだよ)

 アインズが読んでいるのは、最古図書館(アッシュールバニパル)から持ってきた、リアルでは著作権の失効している小説であり、少年と大男、そして森で生まれた少女が、国から奪われた秘宝である七つの宝石を探して、世界を旅するという冒険活劇であった。彼らの物語は、これからまさに冒険者として活動を始めようというところであるアインズの心を躍らせた。他にも最古図書館(アッシュールバニパル)には様々な小説があり、アインズはそれらを読むのを楽しみのひとつにしていた。

(今は守護者たちもいないし、彼らには悪いけど正直気楽な時間だ。支配者ロールは疲れるんだよなぁ。そりゃ、皆の忠誠心は嬉しいけどさ)

 そこまで思案を巡らせてから、アインズはベッドの上で死んだように動かないポニーテールのNPCを一瞥する。

(ナーベラルも寝かせたし、もう今は完全に俺一人の時間だ。朝までじっくりと読むぞ)

 冒険者として、このエ・ランテルで活動するにあたり、供として連れてきたナーベラルは、ナザリックのNPCらしく、アインズに絶対の忠誠心を見せており、彼女の前では常に支配者然とした態度でいなければならない。そんな状態では読書どころではないだろうと判断したアインズは、彼女に冒険者ナーベとして活動する間くらいはしっかりと睡眠を取るように、と命じていた。もちろん、ナーベラルの健康を気遣って、という面もあるのだが。

維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』は食事・睡眠を不要とするマジックアイテムであり、守護者を始めとして多くのNPCたちに与えている。戦闘メイド(プレアデス)であるナーベラルもそのひとりであり、本来ならば彼女も睡眠は必要ない。そのため、ナーベラルもやや不満そうな顔は見せていたが、今は命令通り眠っているようだ。

(それにしても……)

 アインズは手に持った本の後ろから、盗み見るようにナーベラルの方に再度視線を向けた。

(綺麗な顔だよなあ)

 イラストレーターとして活動するギルドメンバーにより、その姿をデザインされたナーベラルは、アインズの目から見ても恐ろしく顔が整っており、骸骨の身体になってしまった今でも、彼女の美しさには心を揺さぶられるものがあった。そんなナーベラルとの二人きり、しかもこの狭い部屋で、という状況でも平静でいられるのは、彼女が意外とポンコツであるということがアインズにも分かり始めてきたからかもしれない。

 だが、リアルでは女性経験のなかった鈴木悟という残滓が、そして彼女が眠っていて意識がないということが、普段のアインズならば絶対にしないであろう行動にアインズを駆り立てた。

 アインズは豪華な装丁のされた本をゆっくりと机の上に置き、音を立てないように静かに立ち上がった。それでも木製の古い椅子は、キィ、という細い音を僅かに鳴らし、アインズはそれにぎくりと一瞬身体を震わせたが、そのままナーベラルの眠るベッドの方に歩み始めた。

 

 

(ア、ア、アインズ様……?!)

 いくら主人の命令であるとはいえ、ナーベラルの敬愛する、ナザリック地下大墳墓の絶対なる支配者、アインズ・ウール・ゴウンと密室で二人きりという状況で、すぐに眠れるはずもなく、ナーベラルは狸寝入りを決め込んでいた。アインズの勅命をなかなか果たすことのできない苛立ちに苛まれていたが、段々と眠気が襲ってきて、ようやくうとうとし始めたというところで、読書に耽っていたはずのアインズがいきなり立ち上がったのである。主人の行動に一気に意識を覚醒させたナーベラルは、瞼を閉じながらも、至高の御方が放つその神々しい気配、それがどのように動くのが全身全霊で探ろうとしていた。立ち上がったアインズは、瞬間何かに驚いたかのようなそぶりを見せたが、そのままナーベラルの眠るベッドに近づいてきたのだ。

(い、一体何を?!)

 ベッドの傍に立つアインズは、暫く何か考え事をしていたようだったが、突然ナーベラルの顔の方へゆっくりとその手を動かした。

 ……ぴた。

 固い籠手越しの手が、ナーベラルの頬に優しく触れた。

(アアアアアアインズ様ーっ?!)

 ナーベラルは叫びだしたくなるのを必死に抑え、己の精神力を振り絞って眠っているふりを続けた。主人の命は『眠ること』であり、今動いては自分が起きていたことがアインズにバレてしまう。命令に従うことが出来なかった自分に、アインズが失望の眼差しを向ける光景が彼女の頭に浮かび、その想像にぞっとしながらも、ナーベラルは狸寝入りを続けた。

(アインズ様、本当に何をしていらっしゃるの?!わ、私の顔に、何かご興味を惹かれるようなものがあったのかしら……?!)

 ナーベラルが懸命にアインズの考えを推測していると、アインズはナーベラルの頬に添えた手を、彼女の顔の形を確かめるかのようにゆっくりと、撫でるように動かした。

「……んっ」

 その感触に思わず吐息が漏れてしまうが、アインズは気づかないのか、さわさわとナーベラルのその綺麗な顔を撫で続けている。

(ああ……アインズ様……ってだめ!アインズ様には、アルベド様が……!快感を感じては、あの方に申し訳が……!)

 数刻前、定時連絡としてアルベドと<伝言(メッセージ)>により通信を行ったナーベラルであったが、主人と自分が同室で寝泊まりを行っているという事実を知った守護者統括が、奇怪な雄叫びを上げたのは記憶に新しい。

 そんなナーベラルの思いを踏みにじるかのように、アインズは残酷なほど優しい手つきで、ナーベラルの頬を指先でつついたり、頭を撫でたりして、彼女に小さな快感を送り続ける。

 ナーベラルは触覚に敏感であるという訳ではなかったが、アインズへ抱く慕情にも近い感情が、彼女に快楽を感じさせていた。

「あっ、あっ……んぅ」

 僅かな、だが無視できない快感に、声を抑えることができず、ナーベラルは普段は凛として涼やかなその声色を興奮に歪ませた。

 アインズはナーベラルのその艶やかな黒髪を弄んでいる。芸術的なほど完璧に整えられたポニーテールを、指先で踊らせる。

「ぅあっ、ふっ、ぅああ……」

 ナーベラルの漆黒の長髪を、ひとしきり触ると、アインズはナーベラルの露出した首筋に指を這わせた。いつの間にか、アインズの手は籠手のゴツゴツとした感触ではなく、アインズの種族本来の骨の、冷たく無機質な感触になっていた。

 骨の指を、つつーっ、とくすぐるようにナーベラルの首筋に沿わせ、あわや鎖骨に届こうか、というところで指を止め、それをアインズは繰り返した。

「はあ、はあ……」

 アインズの愛撫に、ナーベラルの身体はもはやはっきりと熱を帯びてしまっており、メイドとして、主人に抱いてはいけない感情が自分の中に湧き出したことにナーベラルは気が付いた。

(アインズ様……もしかしてこのまま、私を……)

 先程、アルベドにその恋路の応援をすると約束をしたことなどもはやナーベラルの頭からは掻き消え、すっかりとアインズから与えられる快楽と興奮に身を任せていた。

 

 

 アインズはちょっとした好奇心から、ナーベラルの端正な顔に触れた。

(柔らかい……)

 既に性欲とは殆ど無縁の身体であり、無防備に寝顔を晒すナーベラルに情欲を抱いた訳ではなかったが、鈴木悟として、絶世の美女であるナーベラルに悪戯してみたくなったのだ。二重の影(ドッペルゲンガー)の彼女の顔は、どうなっているのかという興味もあった。

 その頬はマシュマロのようにふんわりと柔らかく弾力に富み、アインズが指をゆっくりと押し込むと、強い反発力が感じられた。

 寝ているはずのナーベラルの呼吸が荒くなっているように見えたが、ナーベラルの柔らかさに夢中になっていたアインズはそれに気づかなかった。

「……綺麗な髪だなあ」

 鈴木悟の毛髪は劣悪な環境下での生活のためにキューティクルが痛んでいたが、ナーベラルの流れるような黒髪は、部屋の照明の光を反射して輝いていた。

 整えられた見事なポニーテールは、リアルのファッションモデルでもこれに比肩する女はいなかっただろうと思えるほど美しかった。

 二重の影(ドッペルゲンガー)であるナーベラルの髪は、いわば()()()のはずだが、そのさらさらとした感触は、とても偽物であるとはアインズには思えなかった。

「……」

 首から上を掛け布団から露出させたポニーテールのメイドの顔が、真っ赤になっていることには気づかず、その首筋にアインズは指先を無意識に沿わせながら、自分の世界に浸っていた。

(アルベドやシャルティアは、俺を好いてくれているようだけど……日本人としては)

 

「やっぱり、ナーベラルが一番好みだな」

 瞬間、寝ていたはずのナーベラルがものすごい勢いで飛び起きた。

 

 

 その後のアインズが、自分がセクハラじみた、どころか完全なセクハラ行為をしていたことに気が付き、内心大慌て、後悔の嵐であったが、アンデッドの精神鎮静化の力に助けられつつ、ナーベラルに謝罪をしたことは言うまでもない。しかし当のナーベラルはどこか上の空で、アインズが何を言っても聞いているのか怪しいところであった。翌日以降、冒険者として依頼をこなし始めたアインズたちであったが、以前にも増してやたらとナーベラルからの視線を感じるアインズであった。アインズ本人は、先日の一件でナーベラルが自分に憎悪の感情を向けているのだろうと推測し、大変に落ち込み、反省していたが、彼女の思いが実際にどうであるのかは定かではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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