狸寝入りのナーベラル   作:笹鍋

2 / 8
狸寝入りのナーベラルのその後

 太陽の光に照らされ輝く、アダマンタイトの冒険者プレートを首から掛けた全身鎧(フルプレート)の偉丈夫、“漆黒”のモモンと、茶色いローブを纏う美しい魔法詠唱者(マジック・キャスター)、“美姫”ナーベの二人は、エ・ランテル最高の宿屋である『黄金の輝き亭』へと辿り着いた。

「モモンさん、この後はどうされますか?」

 今回の依頼は、都市近郊に出没したギガント・バジリスクの討伐であった。難度は八十を超えようかという強大な魔獣で、蜥蜴のような、あるいは蛇のような巨大な体躯を誇り、石化の視線や猛毒の体液を要するモンスターは、並みの冒険者ならば束になっても敵わない相手である。その皮膚はミスリルに匹敵するとまで言われているが、ギガント・バジリスクを過去に討伐しているアダマンタイト級冒険者“漆黒”を有する冒険者組合は慌てなかった。当然のようにモモンたちに白羽の矢が立ち、当然のように彼らは依頼をこなして、今日エ・ランテルに帰還したという寸法である。

 ポニーテールがこれ以上ないというほど似合っているナーベラルは、その頭部の尻尾を忠犬のように揺らしながらアインズにそう問うた。

「私は一度ナザリックに帰還する。ナーベは宿に戻っていろ」

 アインズがそう答えると、上機嫌に揺れていたポニーテールが急にへにょり、と元気を失い、

「……承知いたしました」

とナーベラルは了解の意を示した。

 アインズがわざわざ『黄金の輝き亭』まで戻ってきたのは、先のアインズセクハラ事件以降、ナーベラルがアインズから離れたがらなくなったためだ。とにかく、アインズがどこへ行くにもナーベラルは付いていきたがり、離れなければならない状況になると、途端に飼い主を失った犬のように落ち込む。セクハラ事件直後は、ナーベラルに嫌われたのではないかと考えていたアインズだったが、最近になってようやく、どうやらそうではないらしいことが分かった。以前は盲目的に主人に従う家来、というのがナーベラルに対するアインズの印象だったが、今はアウラやマーレに抱いている感情に近いものになっていた。感情の変化が分かりやすくなったナーベラルは、アインズにとって好ましい存在だった。

 なぜこのような変化が彼女に生じたのかは分からなかったが、あの事件の日、ナーベラルが一番タイプだ、という自分の発言が影響しているのだろう、とは何となく予想がついていた。どうやらあの日ナーベラルは狸寝入りを決め込んでいたらしく、その発言にそれまで死んだ魚のように微動だにしなかったナーベラルは劇的な反応を見せた。

「そう寂しがるな、私も仕事を終えたらすぐに戻ってくるさ」

 日本人であったアインズの価値観からして最高峰の美貌を持つナーベラルに懐かれて、アインズも正直なところ満更でもなかった。ついナーベラルを可愛がってしまう。アルベドやシャルティアがそれを知ればナーベラルがどういう立ち位置に置かれるかは容易に想像ができるため、一応ナザリックにいる間は以前と同様の態度でナーベラルに接している。

「――!はい!」

 萎れていたポニーテールが、再びぴょこぴょこと跳ね始めたのを見て、アインズは面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の下の骸骨の顔を喜色に染めた。実際のところ表情は全く変化していないのだが。

「ふふ、ナーベラルは可愛いな」

 思わず口をついて出た科白に、あっと思うアインズであったが、ナーベラルは目を見開いた。

「アっ、アインズ様!そ、そのような言葉は、その……」

 先の失言を取り繕うかどうか迷いながらも、無言で続きを待つアインズに、ナーベラルは顔を羞恥に染めて、

 

「照れてしまいます……」

 

『そのようなもったいなきお言葉』などと彼女なら言うかと思っていたアインズは、ガツンと殴られたような衝撃を受けた。スケルトン系の種族であるアインズにとって、弱点である殴打属性の攻撃。

(な、なんだ、この感情は……アルベドが初めて話しかけてきたときも、ここまでじゃなかった)

 ユグドラシルという世界が終わり、この世界にやってきたあの日。NPCであるはずのアルベドが、自我を持って動き出したあの瞬間、アインズは驚愕という言葉でも生ぬるいほど驚いた。

 しかし、今はそれ以上である。目の前のNPCの、いつもは吊り上がった眦を泣きそうに歪ませ、瞳は潤んでいる。頬は紅葉のように赤く染まり、普段の“美姫”を知る者が今の彼女の姿を見れば、腰を抜かし頭を打ち気絶するだろう。それほどの『ギャップ萌え』が今、アインズを襲っていた。

 何か言いたいのだが、あまりの驚きに声が出ない。精神の鎮静化も働かず、アインズとナーベラルは数瞬の間無言で見つめ合っていた。

 更に照れたのか、ナーベラルがぷいとアインズから顔を逸らした。アルベドなどが見れば不敬罪で斬首にされそうな態度だが、アインズには効果覿面だった。

(なんだよそれは……まるで、エロゲーに出てくる『恋する乙女』じゃないか!)

 ぺロロンチーノに薦められて、彼イチオシの十八禁ゲームをプレイした時の記憶がアインズの脳裏に蘇る。ナーベラルの姿が、主人公に想いを寄せる幼馴染の少女と重なった。ぺロロンチーノの早口な解説にうんざりして、結局最後までプレイすることはなかったが。

 混乱するアインズをよそに、ナーベラルはいじらしい態度を取り続けている。どうやら彼女自身も自分の感情に頭が追い付いていないようだ。

「あれ、『漆黒』じゃないか?」

「本当だ!しかし、宿屋の前で何をしてるんだ?」

 あまりにも長い間アインズたちが通りで佇んでいたために、野次馬が集まってきてしまった。その喧騒で我に返ったアインズは、未だもじもじとしているナーベラルに手短に別れを告げると、転移を行うため人目のない場所を探してその場から離れた。

 

 

 ナザリックに帰還した主を見送り、冒険者ナーベとして『黄金の輝き亭』のドアを開けたナーベラルは、先程までの純粋な少女然とした姿はどこへやら、すっかりと冷酷な美姫としての姿に変貌していた。どうやって動かしているのかと疑問に思う程左右に揺れていたポニーテールは、今は彫刻のように静けさを取り戻していた。

「お帰りなさいませ、ナーベ様」

 受付の丁寧な挨拶を無視し、ナーベラルは己と主人だけの誰にも侵されない聖域(サンクチュアリ)とでもいうべき部屋へ、早歩きで駆け込んだ。

 かなりの長期間借りているため、最早“漆黒”専用と化している部屋のドアを閉めると、ナーベラルは鍵を掛け、深い息を吐いた。

「ふう……」

(アインズ様……)

 あの、ナーベラルにとって己の存在を根本から塗り替える程の衝撃的な発言をアインズがした日以来、ナーベラルの頭からアインズの存在は片時も離れなかった。もちろん、今までも絶対の忠誠を誓う、偉大なる至高の四十一人のまとめ役として、アインズを敬愛していたが、あの日からアインズの存在はやや異なる意味合いを彼女の中で持ち始めた。シモベとして忠義を尽くしていることに変化はないが、彼女は今、アインズに恋慕の情を抱いていた。

 あの日、アインズはこう言った。『やっぱり、ナーベラルが一番好みだな』と。アインズは、やっぱり、と言ったのだ。それはつまり、以前から主人は自分を気に入っていたということ。アルベドやシャルティアではなく、メイドにしか過ぎない、自分を。

「……くふっ」

 某守護者統括のような笑みを零し、ナーベラルは溢れんばかりの幸福感と少しの優越感に浸った。

 

 

 ナザリック地下大墳墓九階層ロイヤルスイート。その、白亜の城を彷彿とさせる、豪華絢爛でありながらもどこか厳かさを兼ね備えた神話の世界。そんな九階層の一室に、戦闘メイド『プレアデス』のナーベラル・ガンマを除く面々は集結していた。

「では、第五回、『ナーベラルがすきすきアインズ様になっちゃいました会議』を始めます」

 現在プレアデスは七姉妹(プレイアデス)へと移行しており、その副リーダーを務めるユリ・アルファがそう音頭を取る。彼女らが集まっているのは、ユリ、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラルの三人用の私室である。ギルドメンバーの私室をそのまま小さくしたような造りになっているこの部屋は、ベッドルーム、リビングルーム、バス、トイレなどが扉や通路で区切られている。リビングルームにはテーブルやロングソファー、六脚ほどのチェアがあり、プレアデスの面々は各々思い思いの場所に着席している。

「今はナーベラルは、エ・ランテルにいるのよね?」

 黄金の長い縦ロールの髪を持つメイド、ソリュシャン・イプシロンがそう質問する。その玲瓏には隠しきれないサディズムが見え隠れしており、贅沢に盛り付けられた胸部の果実も相まって、男の被虐欲を掻き立てる暴力的なエロスを漂わせている。

「そうね。先程アインズ様がお帰りになられたから、今頃は『黄金の輝き亭』にいるはずよ」

「アインズ様と離れ離れになって、きっとまた寂しがってるっすよ」

とルプスレギナはきしし、と厭らしく笑った。

 プレアデスの中でナーベラルの変化はすぐに勘づかれ、彼女らの他にもシモベの中で聡明な者たちは察している。しかしアルベドはまだ気がついていないようだ。シャルティアはとにかく、アルベドがナーベラルの慕情に気が付くのは時間の問題であろうと思われていた。この会議はナーベラルの変化に関して姉妹の中で認識を共有するのが主な目的であったが、どうすればあの守護者統括を誤魔化しつつナーベラルの恋路を応援できるか、というのが議題のひとつでもあった。

「アインズ様は、普通の態度だよねぇ」

 間延びしたような話し方をするのは、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータである。ポーカーフェイスもここに極まれりというほどに微動だにしない顔は、不気味なくらいに作り物めいた美しさを放っている。

「変化なし」

 こちらも、マネキンに命を吹き込んだらこうなるだろうというような無機質な存在だ。シズ・デルタと呼ばれる自動人形(オートマトン)が、そうぽつりと呟いた。

「私は、そうは思わないわ」

 ソリュシャンがそう反論すると、ユリが無言で続きを促す。

「ナーベラルはあんなに分かりやすいくらいアインズ様に好意を示しているのに対して、アインズ様の態度は全く変化していないのに、それに落ち込んでいる様子もないわ。もちろん、ナーベラルが一方的な愛でも構わないと考えているのかもしれないけど……。アインズ様とナーベラルはナザリックの外で、逢瀬を重ねているのではないかしら」

「ナザリックの外?」

「忘れたの?さっきまで話してたじゃない。二人きりになれる時間が、アインズ様たちにはあるわ」

 ソリュシャンはそう言うと、酷薄な笑みをその美貌に浮かべた。

「ああ、そっか!二人は宿屋でイチャついてるんすね!」

 理解の色を示したルプスレギナは、そう納得した。

 他の面々も、ナーベラルが主人の寵愛を受けているかもしれない可能性に、羨望の思いを抱きつつも、素直に祝福の感情を表した。しかし、遅れてソリュシャンの言を理解したエントマが、

「なるほどぉ!アインズ様とナーベラルは、交尾したんだねぇ!」

と発言し、祝勝会のような雰囲気を呈し始めていた会議の様相は一気に変貌した。その日の会議は阿鼻叫喚、喧々諤々であったという。

 

 

 後日ナーベラルがナザリックに戻ると、ルプスレギナが、

「ナーちゃん、アインズ様のご寵愛は、どうだったっすか?……気持ちよかった?」

と開口一番ナーベラルにそう訊ね、初めてアインズとエ・ランテルの安宿に泊まったあの日のことを問われていると勘違いしたナーベラルが、頬を染めながら、

「……うん」

 こくりと頷いたため、戦闘メイドたち(プレアデス)は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。