狸寝入りのナーベラル 作:笹鍋
男にとって、不法入国程度は朝飯前だ。
非正規でないルートでの入国の方法などは幾らでもある。各種身分証明書を偽造して正面から堂々と検問を突破するのもいいし、中にいる仲間にコンタクトを取って闇夜に紛れて入り込んでもいい。抜け道は何処の国だろうと星の数ほど存在する。男は自らの手練手管に自信を持っていた。
王国の都市のひとつ、エ・ランテルも例外ではなかった。ここの都市長は暗愚に見せかけた賢人ではあるが、それでもその隙を突くのは容易い。
だが、現在。国境に築かれた堅牢な要塞の内部を知る者は、男の所属する組織には誰ひとりとしていなかった。
組織の人間は帝国を中心として世界各地に潜伏しており、そこで手に入れた様々な情報を互いに共有するためのネットワークが構築されている。情報というのは、依頼された仕事を確実に遂行するための重要なファクターだ。当然エ・ランテルにも、市民に紛れ込んで
理由は明白である。この街は既に王国の領土ではない。新たに立ち上がったアインズ・ウール・ゴウン魔導国なる謎の勢力の支配地なのだ。アンデッドの
彼らは何らかの方法で魔導国の勢力にその正体を暴かれ捕らえられたのだろう、と男は考えていた。魔導王は毎年のように勃発する王国と帝国の形式的な戦争にその姿を現し、魔法をひとつ唱えただけで王国軍七万人を殺し尽くしたという。そこまで隔絶した魔法の力を持っているのならば、純粋な王国民でない彼らがその消息を絶ったのも推察できる。アンデッドが人権というものを尊重するとは男には思えなかった。
組織の上層部も男と同じように予想していた。そのため、現在のエ・ランテル内部の調査という任務が男に与えられたのだ。彼自身戦闘よりも、その手の非合法な法網くぐりを得意としていたこともある。
その任務には、囚われの身であると思われる仲間の救出という内容はない。蜥蜴の尻尾切りに躊躇しているようでは組織はここまで大きくなっていない。魔導国に殺されている可能性だってあるし、そもそも彼らは予め体内に自決用の毒を仕込んでいる。組織が自分のために不利益を被ると分かれば、その時点で自ら命を絶つように徹底した教育が施されているプロフェッショナルばかりだ。生きている可能性自体皆無である。
指令が下されて三日後、男はやたらと霧の深い街道を歩いていた。王都から魔導国へと続く道だ。まだ魔導国ができてから間もないというのにその道は整備が行き届いており、国境を越えると足に感じる感触は硬い石畳のそれに変わった。流石にアンデッドを使役する国家だ、と男は多少の感心はしたものの驚きはしなかった。ただ、ここまでの技術力と労働力を持ちながら、王国との境目を守護するための防衛砦などが建設されている様子がないということが奇妙であった。
霧は元々そこに存在していたかのように、男が国境を渡ると二百歩も歩かないうちに自然と周囲に馴染んでいた。闇に潜む者として、その身を光から隠してくれる濃霧は決して嫌いではない。濃い乳白色の霧の厚い層に阻まれて遠くを見通すことはできないが、褥のように身体に纏わりつく灰色の空気に男は何処か安堵すら感じた。
しかし、この異常気象を無視できるほど男は楽天家でもなかった。男の記憶では、周囲に霧の発生源となるような湖沼はない。何が起こっても対処できるように、ほんの僅か身体の重心を腰に落とし、慎重に足を運んでいく。
通行人に気を遣っているのか、道中に傾斜は殆どない。丘を避けるようにして蛇行した平坦な道がくねくねと続いている。
浅い川も深く渡れば、それが敵の潜む海であったとしても脅威にはなりえない。注意深く、一歩一歩を確かめるように進む男の姿は、しかし他人が見れば驚くようなスピードである。
ひび割れひとつない滑らかな甃を摺り足に近い特殊な歩法で、極力休息を挟まずに男が歩き続けていると、暫くしてエ・ランテルの城塞都市としての象徴である三重の城壁、その最外壁が遥か彼方に現れた。驚くべきことに、その城壁と背丈を並べるほど大きな人間の姿もある。
更に歩みを進めると、その人間の異様なスケールに男はいよいよ唖然とした。先程は壁と同等かそれよりやや大きいくらいに見えたが、近づいてみると人間はその二倍はあろうかというサイズだ。いや、そもそも人間ではなかった。それは
ただの人間の暗主であれば、用管窺天になっているのだろうと特に気にも留めていなかったに違いない。あるいは、どれだけ自己顕示欲が強いのかと軽蔑したかもしれない。
しかしアンデッドは寿命という概念がない種族だ。永劫の時の中で培われた知性は決して軽んじてよいものではないと男は個人的に考えていた。
(何かこの像にも意味があるのか?)
少しの間思慮を巡らせてみたが、しっくりくる答えは浮かばない。
意味のない問答に早々に思考を放棄した男は、像の横にある城門へ進む。
城壁外周部、兵士たちが詰める検問所は、魔導国に入国を希望する者たちでほんの僅かだが短い列が形成されている。荷物検査か何かを行っているのだろう。その辺りは王国時代と変わっていないと男は判断する。ただ、その賑わいは王国時代のそれよりずっと淋しいものになっている。
男は列の最後尾に並ぶ。暫しの待機時間の後、男を含む列の先頭の何人かが兵士に呼ばれる。
飾り気のない素槍を構える兵士たちの元へ歩みを進める。すると何か恐ろしいものを見たかのように青褪めた顔の者たちが、ぶるぶると震えながら踵を返していくところとすれ違った。男が不気味に思いながらも他の入国希望者たちと検問所に到着すると、兵士のひとりが大声で叫んだ。
「ようこそ、魔導国都市エ・ランテルへ!ここへ来たのが初めてだという者はいるか!」
男を含む全員が手を挙げた。それを確認すると兵士は頷いた。
「よし、ならば全員私の方へついてきてくれ!」
兵士に誘導されて男たちが案内されたのは、城壁の一部に組み込まれるように建てられた側防塔であった。上部には胸壁が設けられており、弓を持った警備兵が待機している。また、側面には射眼が備えられそちらにも同じように弓兵が控えていると思われた。
「ここで魔導国に初めて来た者には『講習』を受けてもらうことになっている!……それが何故かは言うまでもないだろうが、この街は他の王国の都市とは常識が異なるところがあるからだ!」
もちろん帝国や法国ともな、とぼそりと呟いた声を男の優れた聴覚は聞き逃さなかった。
「この講習を受けない限りはこの都市に入ることは許されない!どうする!」
みな、それも当然だ、というような表情を浮かべている。驚いたような素振りをしている者はいない。
抗議の声が上がらないと分かると、兵士は側防塔の巨大な扉に手を掛けた。
「では、今からこの場所の守り手を紹介させていただく。――もしこの中に武器を隠し持っている者がいても、絶対にそれを抜くな!死にたくなければな!」
ぎいい、という音を立てて開かれた扉の中から顔を見せたその存在に、男は自分が先程すれ違った者たちの恐怖の形相、その理由を理解した。
絶望を絵に描いたらこうなるだろう、という姿。
生きとし生きるもの全てを死に追いやるまで満足しないだろう眼窩の暗黒は、怯えて立ち竦む人間たちを見下ろすように睥睨している。
邪悪な魂を込めて精製されたかのような
今すぐ自分たちに襲い掛かって来ても全く意外でない。そんなアンデッドの騎士は、しかし男たちを見てもおとなしくしていた。
「……落ち着け。冷静になれ。いいか、こいつは俺たちを襲わない。だがな、俺たちが戦おうとすれば、その瞬間に牙を剥く。絶対に立ち向かおうとするな。武器を構えるな。こいつに殺された奴は、おめでたいことにくそったれの仲間入りを果たすことになる。永遠にな」
震えるように、だが憎々しげに言う兵士は、まるでその光景を見たことがあるかのように語る。実際にやられた者がいたのだろう。
(こんなものを、魔導王は支配しているというのか……)
帝国魔法省の最奥にこれと同じようなアンデッドが封印されているという話を、頭領がちらりとしていたような気がする。
魔導王の切り札と呼んでも差し支えないだろう死の騎士の威容は、彼女でも勝てるかどうか怪しいだろうと思わせる。自分など十秒抑え込めたら御の字程度だ。
男の額から嫌な脂汗が滲み出る。触れれば氷のようだと感じるような冷たさが一筋、生え際から顎までを流れ落ちる。
隣にいた商人風の中年の男が、蚕のような青白い顔をしてその場から逃げるように去っていった。左斜め後ろにいた若い女は、腰を抜かして座り込んでいる。
「……何人かは残ったか。では、これより講習を行う部屋に案内する」
傍目にもすぐ分かるくらいの疲労と憔悴に顔全体を黄土にくすませた兵士がそう告げると、アンデッドの騎士が道を譲るように動いた。
暫く誰も動こうとはしなかったが、兵士が苛立ちを顕にして催促すると、ひとり、またひとりと扉の先に進んでいく。その先が死地であると思っているかのような、天空に張られた綱の上を歩いているかのような、ひどく緩慢とした歩き方だった。
男もそれに続く。入り口の脇に仁王立ちするアンデッドは、横を通り過ぎる男に視線を送るでもなく、分厚いシールドを構えて微動だにしない。しかし身の毛がよだつようなプレッシャーを放っている。亡者の憎悪だ。生者への殺意だ。
全く生きた心地がしない。そう思いながら足早にアンデッドから離れる。そうしなければ、後ろから
やがて背後からおどろおどろしい気配が消える。十分に距離を取ることができたのだろう。自分の首がしっかりと繋がっていることに安堵する。
兵士が案内したのは、長テーブルに質素な椅子が相当な数配置された、会議室のような部屋だった。一行以外にも、中には既に十数人の先客が思い思いの場所に座っており、その恰好からして彼らと同じように講習を受ける者たちのようだ。みな同じ化物を見た後なのか、神妙な面持ちをしている。
全員が入室すると、兵士たちは素早く部屋から退出した。それと入れ替わるように入ってきた者の姿を見て、男は目を剥いた。
(ナーガだと?魔導国は亜人種も受け入れる他種族国家だということは聞いていたが……まさかナーガまで取り込んでいたとは)
蛇のような下半身に、痩せ細った老人のような上半身を持つ亜人。
男だけではない。彼の周囲の人間たちも驚いたような表情をしている。しかしそこに嫌悪感などが見られないのは、あまりにも邪悪なものを見た直後だからだろう。
「儂はリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンと申す。この国の入国管理官を魔導王陛下より仰せつかっておる。そんなに頻繁に会う職業でもないので覚えなくて結構」
下半身をだるそうに床に横たわらせているこのナーガからも、頭領と同等程度の強者の気配を感じて男は身震いする。
(こんなのが木っ端役人のような仕事をさせられているとは、どんな冗談だ)
「さて、早速じゃが、君たちが魔導国に入る際の心構えについて説明する」
そう言ってリュラリュースが話し始めたのは、それこそ冗談だろうと思うような与太話の類だった。
(アンデッドの馬車?ゴブリンの衛兵?……そんな馬鹿な)
当のナーガは真面目腐った顔つきで話し続けている。聞き手となる者たちも一様に真剣な表情でそれに頷いたり、メモを取ったりしている。
ジョークでももう少しセンスが必要なんじゃないかとも思ったが、あの強大なアンデッド、そして亜人であるナーガがごく普通に働いているところからして、恐ろしいことに全てが真実なのだろう。
滔々と口を動かし続けていたリュラリュースが、ひとつ大きく息を吐いた。
「……話は以上じゃ。本来は講習はこれにて終了し、諸君は晴れてエ・ランテルに入る権利を得る――のじゃが、今日はこの場に特別なゲストをお招きしておる。……お入り下さい!」
その科白と同時に部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。男が肩越しに振り向くと、そこに現れたのは、周辺国家には知らない者がいないほどその名を轟かせている二人組だった。
「アダマンタイト級冒険、『漆黒』の方々じゃ」
(あれが……実物を見るのは初めてだが……)
ひとりは、成人男性でも持つのがやっとだろう巨大な両手剣を二本その背中に携え、頑丈そうなプレートアーマーをがっちりと着込んだ人物。全身の装甲は見るからに値が張りそうだが、華美すぎないそれは実用性に富んでいそうな逸品だ。もうひとりは、上下がひと続きになったゆったりとした外套を身に纏う女である。しかしローブ・デコルテのようなドレスの一種であるそれとは異なり、露出の少ないものをチョイスしている。
「初めまして、皆さん。私はモモン。そしてこちらがナーベです」
講習を受けていた面々は、エ・ランテルの有名人の登場に沸き立っている。人間の強者の存在が、強張っていた彼らの心を解きほぐしているらしい。何処か張りつめていた空気は和らいでいる。
「大層なご紹介の仕方をしていただきましたが、実のところ私たちは魔導王陛下のご下命でこちらに視察に来ただけでして。この都市に入る際の注意事項はそちらの彼から聞いたと思いますし、私どもからお話しすることは特にないのです」
「なんだ」「そうなのか」といった残念そうな声が上がる。しかし次のモモンの言葉で、彼らに点いた興奮の炎はより一層燃え上がった。
「しかし折角の機会です。何かこの国に関して質問などございましたら、可能な限り私の方から答えさせていただきたいと思います」
元々この場にいるのは、まともな感性をしている者ならばとっくに逃げ出しているような国にわざわざやって来た物好きばかりだ。特に商人風の身なりの人間が多い。魔導王に立ち向かう稀代の傑物と誼を結びたいという考えから、彼らは温順を装って権力に媚びるような卑屈な態度でモモンに立て続けに話しかけた。
長々とした自己紹介から始まり、魔導国の実態について様々な質問をぶつける。モモンが魔導王の配下となったというのは事実であるのか、魔導王が慈悲深い統治をしているというのは本当か、今のエ・ランテルで
その隣で置物のように佇んでいる“美姫”ナーベにも話しかける者はいたが、そちらの結果は惨敗に終わっているらしい。思わず拍手を送りたくなるほどの美貌を鬱陶しそうに顰めるナーベの態度に、みなすごすごと引き下がるしかないようだ。
モモンに押し寄せる人の波が若干途切れたと見て、男は能面のようだった顔に張り付いたような笑みを浮かべる。意識的に口角を少し上げたその表情は、ただ笑顔を形作っているだけの偽物の微笑だ。
その顔のまま、モモンに歩み寄る。わざとらしく封建的な揉み手をして、漆黒の戦士に一礼する。
「やあやあ初めまして。私は旅をしながら細々と商いをして食っている者でしてね、何やら新しい国が出来たっていうから遠路はるばる来てみたんですよ。そしたらこんな堅苦しい講習を受けさせられて堪ったもんじゃないと思ってましたが、まさかアダマンタイト級冒険者である『漆黒』の方々にお目にかかれるとは。お会いできて光栄です」
「ありがとうございます。遠いところからわざわざいらしたのですね、長旅お疲れ様でした」
「ええ、馬なんて高価なものは持ち合わせがありませんでね、この身体に生えた二本の足だけでここまで歩いてきたって寸法です」
右足をぽんぽんと叩いて見せながら、男は人懐っこく笑う。
「だから街道が整備されていて大助かりでしたよ。道が泥んこだと足が取られちまって余計な体力を使うんでね。まさかたった一か月でここまで舗装されているとは」
「ええ、交通の円滑化は魔導王陛下の優先する政策のひとつでして。疲労しないというアンデッドの特性を活かして、急ピッチで工事を進めたそうです」
なるほどねえ、と感心したような表情を浮かべた後、一転して不安そうに訊ねる。男としてはこちらの方が本命だ。
「ひとつ伺いたいんですがね、この国では罪を犯した者は魔導王が……失礼、魔導王陛下が直々に裁かれるというのは
モモンは質問の意味を理解できなかったのか、一瞬黙り込んだ。しかしすぐに穏やかな口調のまま答えた。
「……裁く、というのは正確ではありませんね。それ自体は法廷で行われることです。しかし魔導王が捜査のために犯罪者に精神魔法を使うという噂のことであれば、真実です。おっと、ご心配なく。あの王は偽りを語らせることはない、と断言していました」
先程まで付けていた敬称を取り払っている。魔導王の部下としてではなく、強大なアンデッドから民を守る人類の英雄としてモモンは話しているのだろうと、男は推測した。
「失礼ですが、その言は信じてもよろしいものなのでしょうかね?それを鵜吞みにするのは、しがない流れの商人に過ぎない私としては些か難しいように思われるもので」
「その懸念は当然のものですね。申し訳ありませんがこればかりは私を、ひいては魔導王陛下を信用していただくしかありません」
そう慇懃に頭を下げるモモンに、男は慌てたようなふりをする。
「モモン殿!よしてください、私のような男にそのような!……分かりました、この件については貴方を信じましょう。丁寧に答えて下さって、ありがとうございました」
「――いえ、こちらこそ。ありがとうございます」
モモンの人となりは大体掴めた。あのガゼフ・ストロノーフに匹敵する腕を持ちながら――いや、男の勘が正しければ、それ以上の力を感じる――決して驕ることなく、誰に対しても対等な目線で接する男。性格は温厚で誠実だ。まさに比類なき英雄である。エ・ランテルの住人が混乱して蜂起を起こさない理由も分かる。この人物がいれば、何が起きようともこの街は安心だ、そう考えているのだろう。
ナーベについて調べることは難しそうだが、こちらはモモンの従者であるという話を聞いたことがある。ならば、早急に調査しなくても問題はない。
それよりも魔導王が精神魔法を使うことができるという話は収穫だ。それも恐らく高度なものだろう。やはりエ・ランテルの仲間たちは既に魔導王に捕まっているか死んでいると考えるのがよさそうだ。
「講習は終了しておる。退出したい者から出て行って構わない」というリュラリュースの声が聞こえた。男は最後にモモンと握手を交わすと彼に背を向け、この街の現状をその目で確かめるため歩き出した。
「あれはどうやら先日捕らえた鼠たちの同類だったようだな」
入国希望者たちは全員が既にこの場から去っている。アインズは先程まで話していた浅薄そうな男の顔を思い浮かべる。自身のことを商人だと言っていたが、実に見事な演技だったと思う。彼の仲間に教えてもらわなければ疑いもしなかっただろう。自分も見習いたいものだと思ったほどだ。
「殺しますか?」
ナーベラルの予想通りの返事にアインズは頭を抱えたくなった。
「あのな、そうやってすぐ殺すっていう発想に至るのがもう駄目なんだ。殺すのは簡単だが、その前にどうすればその人間をナザリックのために利用できるかを考えろ」
「はっ!愚かで軽率な意見でした」
「よい。ただ、お前にこうして注意するのも一度や二度ではないのだ。せめて、そろそろ改善せねばという態度を示せ」
「も、申し訳ございません!直ちにこの命を持って謝罪を――あぅ」
腰に佩いた短剣を抜こうとするナーベラルの手をアインズは掴んだ。
「よいと言っているだろう。ナーベラル、お前の忠義はとても嬉しい。だが、私が最も大切にしているのは、お前の――お前たちの命そのものなのだから、そのような馬鹿なことはよせ」
「アインズ様……!このような卑しい身には勿体なきお言葉!ありがとうございます!今後はこのようなことがないよう、精一杯の努力をさせていただきます!」
何度も繰り返した覚えのあるやり取りにうんざりしつつも、アインズはナーベラルの頭を優しく撫でてやる。
「そうだな。お前が頑張っているのは、私も知っているつもりだ。ナーベラル、無理だけはしてくれるな?身体を大事にな」
「ふぇ……!」
(あっ)
あっという間に鬼灯のように顔が真っ赤になったナーベラルの反応に、反射的にアインズは手を離す。
(またやってしまった……!ナーベラル相手だと、なんかつい恥ずかしいことをしてしまうんだよなあ……)
己の気持ちを自覚して以来、アインズは無意識にナーベラルを目で追ってしまうことが増えた。アルベドに対して申し訳ないと思う気持ちも少なからずあるが、ついついナーベラルを可愛がってしまう。
「……ごほん。さて、あの鼠はこれからどうすると思う?」
わざとらしく咳払いをして、強引に話題を変える。
瞳の焦点が合っていなかったナーベラルは主人の声に、遠い幻想の国から一足飛びに取って返した。
「は、はい!……えー、この国の戦力の確認……でしょうか?」
「それもあるだろう。だが奴らはどの国にも所属しない独立した組織だという。あの男は見極めに来たのではないか?魔導国が自分たちに仇なす存在かどうかをな」
(十三英雄のひとりの名前を継ぐ暗殺集団。調べればプレイヤーの痕跡が残っているかもしれない)
鴨が自分からわざわざ葱を背負ってきたのだ、これを逃す手はない。アインズは鴨鍋を喰らうべく策を練り始めた。