だが……異世界というのは、一つの世界だけを指しているわけではない。食堂がつながる先は多種多様な世界。魔王に人類が脅かされている世界、神が実在し人々を導いている世界、超巨大な甲冑を人が乗り回す世界と、様々だ。
そして今日もまた、新しい世界にねこやの扉がつながる。今回のお客様は、クマの服を着た可愛らしい少女だ。
1.クマさん、怪しい扉を見つける
冒険者のユナはクマさんである。
とはいっても、動物のクマが冒険者をしているわけではない。クマをモチーフにした服を着て、二匹のクマを召喚獣として従え、クマスキルやクマ魔法を駆使する、クマづくしな人間の冒険者だ。
あまりにクマづくしなため、幼い子供達からクマさんとよく呼ばれるのである。
そんなユナだが、好きでクマづくしになっているわけではない。
元々は地球と呼ばれる世界に住んでいたユナ。ある日、【ワールド・ファンタジー・オンライン】というゲームで遊んでいたら、神様を名乗る存在にクマの装備を与えられて異世界に飛ばされたのだ。
異世界に飛ばされた直後のユナには、ゲームと同じく自身の強さを表わす概念であるレベルが存在したが、レベルの数値は1。そこで彼女は仕方なく、強力なクマの装備を使って冒険者として生きてきた。
それからいろいろあったが、今ではレベルも十分に上がり、一流の冒険者として存分にくまクマ熊ベアーっとしている。
クマの格好を止めることはない。レベルが上がってもなぜかクマ装備の下は貧弱ボディのままなので、未だにクマ装備一式が外せないのだ。しかも、クマ装備がないと、ほとんどのスキルや魔法が使えない始末である。
そんなユナだが、最近ではクマの姿も悪くないと彼女は思い始めている。なにせ、召喚獣である二匹のクマ達がとても可愛い。そんなクマ達と、クマの格好をして一緒に過ごす。
悪くない、確かに悪くない。安全のためクマの服を常に着こんでいるユナは、自分に言い聞かせるようにそんなことを考えた。
冒険者であるクマさんなユナ。彼女は今日、冒険の旅に出ていた。
召喚獣の黒クマであるくまゆるに乗って、以前発見した謎の移動島にやってきたのだ。
この移動島は、タールグイという超巨大な生き物の上にできた陸地だ。
タールグイは海を回遊する生き物で、常に身体の一部を水面から上に出している。その身体の一部に土が覆い被さり、草木が生えて島を形成している。
移動島には伝説の冒険家が作った石碑や、冒険家が埋めた美味しい果実の木、魔物を呼び寄せる花など、面白いスポットがいくつかある。
今日のユナは、他にも何か新しいスポットがないかと、島を探検することにしたのだ。
そして、ユナは不思議な何かを見つけた。
「なにこれ……」
それは、扉だった。草地の上に立つ、片開きの扉。
扉の周囲に壁や建物はなく、扉だけがぽつんと存在する奇妙な光景が、ユナの前に広がっていた。
そして、その扉の中心にはネコのオブジェがすえつけられており、そのネコは口から文字の書かれたプレートをぶら下げていた。
そのプレートには、【洋食のねこや】と文字が書かれている。
「えっ、これって……」
ユナは、神様の手で異世界に連れてこられた際に、【異世界言語】と【異世界文字】という二つのスキルを与えられていた。
ゆえに、この異世界ではずっと地球の言語とは違う、独自の言語を使って会話をしてきた。もちろん、文字も現地独自の物だ。
しかし、この扉のプレートに書かれている【洋食のねこや】という文字は、異世界の現地語ではなかった。
なんと、ユナが元いた地球、それも出身国である日本の文字で書かれていた。漢字とひらがなである。
「怪しすぎる……」
ユナは、自身が持つ【クマの観察眼】のスキルで怪しい扉を見極めることにした。
すると――
「もしかして、これも転移門……?」
ユナは【クマの転移門】というスキルを持っている。それは、二箇所に設置したクマ柄の門を空間的に繋げ、門をくぐることで離れた場所に一瞬で移動するというクマスキルだ。
【クマの観察眼】は、この扉がその【クマの転移門】で作る門に近しい物体だとユナに伝えてきている。
つまり、この不思議な扉を開いてくぐれば、どこか知らない場所に辿り着くことができる。
怪しい。怪しすぎる。ユナは思った。
安全を考えるなら、放置するにかぎるだろう。
だが、しかし。今日のユナは、タールグイの不思議な島を冒険する冒険家の気分だった。
行こう。彼女はそう決めた。
「……でも、変な所に飛ばされたら困るよね」
ユナは念のため、クマの転移門を怪しい扉の隣に設置した。
知らない場所に飛ばされた後、戻って来られなくなったとしても、現地にクマの転移門を設置すれば、このクマの転移門を経由して島まで帰ってこられるようになる。
ネコのオブジェがついた木製の扉の隣に、カラフルなクマの転移門が並ぶ。
退路の確保ができたため、ユナは意を決して【洋食のねこや】と書かれたプレートの下にあるドアノブを握り、ひねった。
そして、そのまま扉を開く。
すると、開いた扉の先、扉の木枠の向こう側に、謎の空間が続いているのが見えた。
ユナは、恐る恐る、その空間を覗き込んだ。そこには、洋食屋と思われる店内が存在していた。
ユナは思った。
――期待通りの場所だ!
そう、ユナは期待していたのだ。扉の先が、不思議な洋食店であることに。
魔法の転移扉が、不思議な店につながっている。そこでは、妖精の店長が、迷い込んだ旅人相手に商売をやっている。そんなファンシーでファンタジーな展開を内心期待していたのだ。
普段はクールでリアリストなユナだが、時に未知を探求する冒険者を生業にしているくらいには、ロマンチストな面もあった。でなければ、セーフハウスとしてクマの形をしたファンシーな家をアイテムボックスの中に入れて持ち歩きなどしないだろう。
扉の向こうの店内には、ちらほらと人の姿が見える。
営業中ということだろう。ならば、行くしかない。
「さあ、行こうか」
ユナは、恐れも知らず謎の店内に足を踏み入れることにした。
「くぅ~ん」
「おっと、くまゆる、ごめん」
扉をくぐったところで、ユナの後ろから召喚獣のくまゆるの鳴き声がした。
扉は人間サイズのため、巨大なクマであるくまゆるでは、通り抜けるには狭すぎるのだ。
ユナは、その場でくまゆるに小さくなってもらう。くまゆるはサイズ変更可能なのだ。
さらに万が一、扉の先に危険があったときのため、白クマであるくまきゅうも小さいサイズで召喚した。
そして、皆で店内に入り、中を観察する。
そこは、様々な人種が入り混じった店だった。
モンゴロイド、すなわちアジア人っぽい顔の作りをした男がいれば、コーカソイド、西洋人っぽい顔の作りの女もいる。
服装は多種多様で、複数の国から集まったのではないかと思わせる、文化の混在っぷりであった。
さらに極めつけには、魔物であるスライムらしき存在も見える。
本気で妖精の国にでも迷い込んでしまったかもしれない。ユナはワクワクしながらそう思った。
すると――
「いらっしゃい」
一人の男が、ユナに声をかけた。
それは、コック服とコック帽を着こんだ、中年男性。この店のスタッフだろうかと、ユナは当たりをつけた。
「三名、でいいですか? その小さなクマもお客さん……ですよね?」
ユナはその言葉をぼんやりと聞いていた。
そして、ある事実に気づいて、はっとした。
――日本語だ!
コック服の男は、聞き慣れた異世界の言語ではなく、ユナにとっては数ヶ月ぶりに聞く日本語をしゃべっていた。
ちなみにユナ自身は普段から異世界人との会話で日本語を使っているので、日本語を忘れかけているということはない。【異世界言語】のスキルが、適度に翻訳をしてくれるのだ。
「ねえ、コックさん」
ユナは、コック服の男に問いかける。
「何かな?」
「あなたって、もしかして日本人?」
「ええ、そうですよ。クマのお嬢さんも、日本人?」
「そうだね」
「そうか、なら、日本へおかえりなさい、だな。そして、いらっしゃい、洋食のねこやへようこそ」
その言葉を聞いて、ユナは思った。
――ああ、なんだそっちか。
彼女はちょっぴり落胆していた。妖精の店ではなかったと。
【洋食のねこや】という日本語のプレートを見て、ファンシーな期待とは別に、一つ予想を立てていたのだ。
それは、日本の洋食屋につながる扉ではないかと。そして、それは正解だったようだ。
「では、三名様ということでよろしいですね?」
「あ、うん。三名で……」
「テーブル席にどうぞ」
ユナはコック服の男性にうながされ、木製の椅子が四つ並ぶテーブル席に案内された。
椅子と同じくテーブルも木製で、綺麗に磨かれていた。店内の床も板敷きであり、照明は蛍光灯などではなくランプを思わせる形状の明かりであった。ただ、光り方からして電球が仕込まれたランプもどきであるようではあったが。
「……なんだか日本に戻ってきたって感じはしないね」
ユナはそう言って、日本初上陸であるくまゆるとくまきゅうに笑いかけた。
すると、突然、隣のテーブル席に座っていた銀髪の少年がユナを見て、〝日本語で〟話しかけてきた。
「お姉さん、この店は初めてですか?」
「え、うん、そうだけど……」
「では、もしかすると、日本へは久しぶりのお帰りで?」
「そうだね、何ヶ月ぶりかな? えっと、あなたは……日本人?」
ユナはどこか関西風のイントネーションがある日本語を使いこなす、コーカソイド系の顔つきをした少年を見ながらそう尋ねた。
「元日本人、ですね。今は、異世界人ってやつですよ。たぶん、あなたが普段過ごしている世界とはまた別の、異世界生まれの、転生者です」
背の低いユナよりももっと小さい、銀髪の少年は、満面の笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「僕は、エルネスティといいます。店長さんの代わりに、僕がこの店のことを教えてあげますよ!」
エルネスティと名乗った少年は、そう言ってユナ達のテーブルの空いた席にどっかりと座った。
2.クマさん、ねこやを知る
エルネスティ、長いのでエルと呼んでください、と言った少年が、ユナに向けて語る。
曰く、この店、洋食のねこやは、日本に存在する洋食店である。普段は、日本人向けに営業を行なっている。
表向きの定休日は、土曜と日曜。ただし、土曜は特別営業の日。
なぜなら、土曜は店の扉が異世界につながるからだ。
異世界。地球とは異なる世界。それは、一つの世界だけを指す言葉ではない。
ねこやの扉は多次元に偏在する。
魔法の存在するファンタジー世界や、ロボットの存在するSF世界、魔物が知性を持ち文明を築く世界、複数の神々が地上を支配する世界など、次元を隔てた様々な世界に扉が出現する。
扉をくぐることで、次元を渡ってねこやに到着する。帰還も問題ない。たとえば魔法の世界からねこやにやってきた者は、店の入口から外に出れば、元の魔法の世界に戻るようになっている。
不思議な扉は、必ず七日に一度、地球の土曜の日に出現する。
そして、その多次元に存在する複数の異世界から、扉を伝って様々な生物がこの店に訪れる。全員、共通の目的を持ってだ。
その目的は、ねこやの料理を食べること。
洋食のねこやは、異世界人に地球の料理を提供している店なのだ。
世界によっては料理文化が未だ発展していなかったり、文明が崩壊して料理文化が失われていたりするので、その世界の者達にとって、ねこやの料理はこれ以上ないほどの贅沢となる。
だから、ねこやにつながる扉は、発見した異世界人が丁重に保護しているのが普通であると、エルはコック服の男性に運ばれてきたお冷やをちびちびと飲みながら語った。
「扉を保護って、常に同じ場所に出現するってこと?」
「そうです。同じ場所に、土曜の日だけ出現します。ただし、注意してほしいのが、一度誰かが扉をくぐると、その日はその扉が消滅してしまいます。なので、一日に何度も訪れたり、別の人が時間をずらして訪れたりはできませんね」
「そっか。まあ、わたしが来たところは海を移動する無人島だから、他の人が使う心配はないけど」
「移動する島! なんですかそのロマンあふれる島は!」
「すごいよね、異世界」
「その程度で片付けられるあたり、ユナさんもその世界に馴染んでいますね」
「そうかな?」
そう答えながら、ユナはメニュー表をめくった。
洋食屋に来たのだ。せっかくなので、異世界で食べられない地球の料理を食べて帰ろう。そんなことを考えつつ、彼女はメニューを眺める。
メニューは、日本語で書かれていた。そして、一品一品に料理の写真が用意されていた。
そのせいか、メニューは明らかに分厚く、微妙に使いづらいとユナは感じた。
「それ、土曜の特別営業専用のメニューですよ。なんと、翻訳魔法がかかっていて、日本出身じゃない異世界人にも文字が読めるんです」
「へえ」
「この店全体にも、土曜限定で効力を発揮する翻訳魔法がかけられています」
「そうなんだ」
「感動薄いですね!」
「わたし、異世界に送られたときに【異世界言語】と【異世界文字】のスキル貰ったから」
「いいなぁー! もしかして神様の手による転生ってやつですか? 僕、普通の転生だったから、一から現地語を覚えたんですよ!」
「それは勘弁してほしいね」
エルが語るには、自分は元々日本人だったが死亡して異世界で生まれ直した、とのこと。「輪廻転生ってやつです。世界は違いましたけど」と彼は笑って言った。
自分を異世界に送った神様が実在しているなら、死後の世界や輪廻転生があってもおかしくないな、とユナは思いつつ、メニューを決めた。
彼女はコック服の男性を呼びつけ、食べたい料理を注文する。
そして、くまゆるとくまきゅうには、ホットケーキを頼んだ。味付けは、メープルシロップ、チョコレートソース、ストロベリージャムの中から選べるらしい。彼らは普段ハチミツを好むのだが、今回はメープルシロップを選んだようだ。
そして、料理を待つ間、ユナはエルと会話を続けることにした。
「へぇー、フルダイブ式のVRMMO。ユナさんのいた地球では、そんな技術が存在しているのか。すごいですね。フルダイブVRロボゲーすごくやりたい!」
「……わたしのいた地球?」
「ああ、僕も地球の日本出身ですけど、多分、ユナさんのいた地球とは違う地球ですよ」
「どういうこと?」
「パラレルワールドってやつです。この店に魔法をかけている日本人の神様、サトゥーさんによると、地球は無数のパラレルワールドに分かれているんだそうです」
「へえ。……日本人の神様なんているんだ。佐藤さんか」
「いえ、サトゥーさんです。ハンドルネームらしいです。本名は鈴木さん」
「鈴木さんね。神様かぁ……」
「神様に用事があるなら、夕方まで待っていればサトゥーさんに会えると思いますよ。神様みたいな存在なら、あそこにいるスライムのリムルさんも元日本人です」
エルが手で指し示す先にいるのは、女性の腕に抱かれた水色のスライム。
どうやら、あのスライムも輪廻転生とやらの経験者のようだ。洋食のねこや、カオス過ぎる、とユナは思った。ここに来る前に想像していた、妖精の店など生易しい、あまりにも不思議すぎる場所である、と。
「まあ、神様に用事はないかな」
「そうですか。一応、ユナさんも頑張れば、異世界で神様に登り詰められるかもしれないとは、言っておきますね」
「興味ないかな」
ユナは、自分がクマの姿をした神様になる様子を想像して、考えを打ち消した。神様とか柄ではない、と頭を振る。
「で、さっきのパラレルワールドの話に戻るんですけど、それに関連してこの店には、土曜限定特別ルールがあるんです。それは、会計の際に、地球のお金を出さないこと」
「ん? どうして? わたし的には助かるけど、お店的には問題あるよね」
「地球が複数あるってことはですね? 異世界に飛んだ地球人が持つ地球のお金が、このねこやのある地球で作られた物とは限らないってことです。おさつに書いてある通し番号が重複しちゃう可能性があるかもしれないし、そもそも微妙にお札の図柄が違うこともありえます」
「ああ、確かに。似ているようで違う地球なら、おさつに描かれる偉人もわたしの地球にいて、エルの地球にはいないとかありそう」
「ユナさんの地球、VRMMOとかある、すごい地球ですもんね」
すごいのかな? と、ユナは不思議に思いながらも、エルと会話を続けた。
エルはとても会話上手で、元ひきこもりでドライな性格であるユナともしっかり会話を弾ませた。おかげでユナは、料理が届くまで楽しい時間を過ごした。
その様子をエルと一緒に来店していた彼の両親達が、温かい目で見守っていた。
3.クマさん、国民食を食べる
「お待たせしました、ホットケーキ二つと、カレーライスです。どうぞごゆっくり」
運ばれてきた料理の香りに、ユナは思わず生唾を飲み込んだ。
カレーライス。カレー自体は、ユナが神様によって送られた異世界にも存在している料理だ。
とある人物が母親から伝えられたというレシピで、紆余曲折あってユナもそのレシピを手に入れることができた。
ゆえに、カレーライスを食べるのは、彼女が地球にいたとき以来というわけではない。
しかし、ユナも、ユナにカレーのレシピを伝えた人物も、料理のプロではなかった。
そこで、自分がカレーを作るときの参考にするため、洋食のプロが作るカレーライスを食べてみようと思い、ユナはこのメニューを選んだ。
「では、いただきます」
ユナのテーブル席からは、すでにエルは退散している。
さすがに、食事の最中も彼女と会話を続けて、食べる邪魔をしようという気はなかったようである。
くまゆるとくまきゅうは、さっそくメープルシロップたっぷりのホットケーキにかぶりついている。
ユナも、金属のスプーンを手に取り、皿からカレーライスをすくい、口に入れた。
「…………」
ユナが神様によって送られた異世界は、料理文化が発達している。
それは、魔物から獲れる魔石を使った道具が存在するおかげだ。魔石を使った冷蔵庫や冷凍庫などによる冷蔵技術により、食材の鮮度が保ちやすいおかげで、料理が盛んなのだ。
正直なところ、あの異世界の一部の料理は、地球のそれと遜色がない美味しさがあると、ユナは思っていた。
だが、しかし。しかしだ。
このねこやのカレーライスは、異世界で食べたどの料理よりも美味しいと、ユナは感じた。
美味しい、美味しい、辛い、美味しい、喉が渇いた、美味しい、辛い、美味しい。
ユナは、ハイペースでカレーライスを口にしていった。
そして――
「ごちそうさまでした」
すぐにカレー皿は空になった。
ユナのテーブルの向かい側では、まだくまゆるとくまきゅうがホットケーキをのんびりと食べている最中だ。
少し焦りすぎたとユナは反省する。
そして、ここまでの美味しさならもう一品食べてみたい、いやしかし、お腹はいっぱいだ、と悩み始める。
結果、飲み物で我慢しておこうと、カフェオレを頼んで食後の一服をすることにした。
ユナは、異世界でまだコーヒー豆を発見できていない。なので、久しぶりの味として、甘くしたカフェオレを選んだ。
数分後、カフェオレが用意され、ユナはのんびりと店内を眺めながらコーヒーの味を楽しんだ。
店内には、一人客もいれば、グループ客もいる。
一人用のカウンター席では、魔女っぽい装いの美女がケーキをむさぼるように食べている。
二人用の席では、青髪の少女が水色の長髪の男と一緒にのんびりパスタを食べている。
四人用テーブルの一角では、水色の髪をした美しい女性が、連れの仲間と共に酒盛りをしている。
皆、異なる世界から一箇所に集まっていると思うと、この店が何かの特異点になっているかのように、ユナは錯覚した。
いったい、どういう仕組みで多次元につながっているのだろうか。ユナは考える。この店に来るという神様でも捕まえて聞いてみれば、教えてもらえる気もするが……。
だが、ユナは頭を振って考えを打ち消した。店の謎など知ってどうするのかと。
この店は、美味しい料理を毎週土曜に食べられる。それだけ知っていればいいと、ユナは考えをあらため、くまゆるとくまきゅうがホットケーキを食べ終わるまでちびちびとカフェオレを飲んだ。
そして、食事も終わり、ユナは席から立ち上がる。隣のテーブルのエルに、手を振って「また来週来るね」と伝え、会計に向かう。
ちょうど注文が入っていなかったのか、コック服の男性がレジの前にやってくる。
エルが先ほど、地球のお金は使えないと言っていた。ユナに払えるのは、彼女がいる世界の貨幣だが……。
「ねえ、金貨払いでいいの?」
ユナはアイテムボックスから金貨を取り出し、コック服の男性に見せる。
「いや、金貨は払いすぎですね」
「そう。とりあえず、わたしのところの貨幣を見せるね」
銅貨、銀貨と並べていくと、男性は銅貨と銀貨を手に取り、何やら不思議な道具にかざした。
「何やっているの?」
「ああ、これはサトゥーさんが用意してくれた、貴金属の含有量を調べる
男性が代金を告げ、ユナはその通りの枚数の銅貨を渡した。
その枚数は、ユナがいる異世界において、ちょっとお高い程度で済む料理の代金と同程度だった。
あれだけ美味しいカレーライスなんだから、もうちょっと取ってもいいのに。そう思い、素直にその意見を言ってみるユナ。
男性はそれに答える。
「土曜の営業で、利益を出すつもりはあまりないんです。土曜のお客さんの縁で、いろいろ助けてもらったことがありまして……。異世界の人達への恩返しみたいなものです」
「そうなんだ」
ユナの脳裏に、神様というワードが浮かんでは消えた。
そして、そんなすごい存在がいるなら、自分がこの店の問題に深く関わることはないだろうと、無関係ゾーンを進むことに彼女は決めた。下手なことにまきこまれてはたまらない、と。
「ごちそうさま」
「またどうぞ」
ねこやの扉をくぐると、ユナは屋外の草地に戻っていた。
背後を振り返ると、ねこやの扉が開いており、そこからくまゆるとくまきゅうが歩いて出てくる。
そして、扉を閉めると、扉は音もなく消えていった。消えた扉の隣に設置されていたクマの転移門だけが、存在を強く主張している。
「……不思議なお店だったね」
ユナが空を見上げると、日は傾いてきていた。向こうで過ごした時間の分だけ、こちらの世界でも時間が経過したようだ。
洋食のねこやは窓のない屋内だったので、向こうの時刻がこちらと合っていたかどうかは彼女には判らない。
次に行ったとき、その辺の事情を聞いてみるのも悪くないと、彼女は思う。
「……次の土曜は、フィナ達も連れてきてあげよう」
くまゆるとくまきゅうを撫でながら、ユナは妹分である女の子達のことを頭に思い浮かべた。彼女達を連れていくのはいいが、人づてにねこやの話題が広まって、みんなに連れていけと言われては困るなと苦笑した。
連れていくならば、この島の存在と同じく店のことも秘密にするよう、しっかり言い聞かせる必要があるな、とユナは考えた。
次は七日後。また土曜の日に。
フィナ達にはどんな洋食を食べさせてあげようかと、ユナはメニューに思いをはせるのであった。
・キャラ出典
ユナ:くまクマ熊ベアー
エルネスティ:Knight's & Magic
サトゥー:デスマーチからはじまる異世界狂想曲
リムル:転生したらスライムだった件
・背景出演キャラ出典
スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~
この素晴らしい世界に祝福を!