恋のダービー   作:sysy

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桐生院「い、今悲鳴が聞こえたような」
ミーク「気のせい、だと思います」
桐生院「そ、そうですよね。ごめんなさい、ミーク。情けないトレーナーで」
ミーク「情けなくなんてないです。誰にだって得意なこと、苦手なことはあります。私はトレーナーのことをもっと知りたいです。得意なことも苦手なことも、両方」
桐生院「・・・・・・ミーク」

 お互いの間にかけがえのない絆を感じる二人であった。



テイオー「分かっちゃった」

「(どういうことだこれは? 一晩でテイオーになにが起こったんだ?)」

 

 自分はまだ夢の中にいるのだろうか。いやもういっそ夢の中に行きたいと、トレーナーは思った。しかし、テイオーから発せられる謎の重圧が現実逃避を許さない。ついでに物理的に抑え込まれていて抜け出すことも許されない。

 

「お、おはよう、テイオー。起きたならちょっとどいてくれないか?」

「さっきの質問に答えてくれたら考えてあげてもいいよ」

 

 自分が知らないだけで寝起きのテイオーはこんな感じなのだろうかと一瞬考えたトレーナーだが、トレーナー室に置かれたベッドにもなるソファでお昼寝をしにきた時には今の様にならなかったことを思い出す。

 本当にどうしてこうなった? トレーナーには皆目見当もつかなかった。

 

「こ、答えるもなにも質問の意図が分からないんだが」

「桐生院さんだったらって言ったよね。なんで?」

「・・・・・・あれは一緒に寝たのが桐生院さんじゃなく、テイオーで良かったってことだ。交際しているわけでも、トレーナーと担当という関係があるわけでもないから、そうなっていたらどうなっていたかと考えると危なかったなと」

「へぇ~」

 

 嘘はつかずとも、馬鹿正直に性欲を持て余すなどと言おうものなら通報待った無しなのでその辺りは必死でぼかすトレーナー。彼はまるで閻魔様の沙汰を待つ罪人のような心持ちでテイオーの反応を待った。

 

「桐生院さんのこともたづなさんのことも嫌いじゃない。仲良くしたいと思ってる。だけど・・・・・・」

 

 テイオーのパワーが上がる。

 

「トレーナーの一番はボクだ。それは絶対に譲れない」

 

 加速度的に増していくパワーにトレーナーは息をするのも苦しくなってくる。

 

「でも・・・・・・」

 

 不意にテイオーの力が緩んだ。

 

「でも、ボク、もう、どうしたらいいか分かんないや。教えてよ、トレーナー」

 

 トレーナーが見上げたテイオーは目に涙を浮かべていた。

 

「今までもトレーナーがボク以外の子を見てたらモヤモヤすることはあったけど、今はもう他の子の話をするだけで胸が苦しくなって、どこかにお出かけに行くって聞いたらわけ分かんなくなっちゃう」

 

 テイオーは体を起こしてウマ乗りの状態になると袖で涙を拭う。

 

「ごめんね、トレーナー。痛かったよね。ボク、どうかしてたみたい」

 

 トレーナーは己を恥じた。テイオーが本気で悩んでいたというのに、それに気付けず、真剣に対応していなかった。

 

「テイオー、少しいいか?」

 

 二人は服の乱れや居住まい正し、向かい合って座った。

 

「なんというか、俺は今までレースのことばかり考えて生きてきたからテイオーに偉そうなこと言えるほどの恋愛経験もない。結婚について考え始めたのもつい最近のことだ」

「そうなの?」

「ああ。ガキの頃は趣味で、学生の頃は将来のため、今は仕事として。ずっとレースに夢中だった」

「なんか、ウマ娘みたい」

「ハハッ、立場とやり方は別でも同じ夢を見ていたのかもな。それを叶えてくれたのが、お前だ。テイオー」

「ボクがトレーナーの夢を?」

「クラシック三冠、春のシニア三冠、秋のシニア三冠。おまけに新設されたURAファイナルズ優勝まで。テイオーは俺が抱いていた夢以上のもの見せてくれた。テイオーが俺の担当でいてくれて本当に良かったと思ってる。ありがとう、テイオー」

「そ、そう? えへへ、ボクも同じだよ。最初はトレーナーなんて誰でもいいやって思ってた時もあったけど、今は君しかありえないって思ってる。こちらこそ、ありがとね、トレーナー」

 

 二人はしばし共に走り抜けた三年間の思い出を振り返り、笑いあった。

 

「それでだ・・・・・・」

 

 トレーナーが崩していた足を正座にして真剣な面持ちになる。テイオーもそれに釣られて正座になった。

 

「まず、誓って今現在交際中の女性はいないし、結婚する予定もない」

「あのお見合いの話はどうなったの?」

「まだ返事はしていないが、断ろうと思う」

「なんで? 会うだけ会ってみるとか言ってたよね?」

「今回のことで前向きに受ける気もないのに半端な気持ちで相対するのは失礼だと思ったのが一つ。それにテイオーがいるからな」

「えぇ!? ボクのせいにするの?」

「どうも俺は根っからのトレーナー気質らしい。相手と自分のことなのに、どうしてもテイオーへの影響が真っ先に頭を過る。担当に余計な心配をかけるぐらいなら断ってしまおうとな」

「それは、なんか悪いような」

 

 その割には嬉しそうだなとトレーナーはテイオーの耳を見て思った。

 

「そんな感じでテイオーのことは担当として一番に考えて見続けてきたが・・・・・・、正直に言って、恋愛の対象として見たことはない。テイオーに魅力を感じないというわけじゃなくて、むしろ初めて見た時からその走りに魅了されてるんだが、どこを見ても走りに結び付くというか。俺ってやつは本当に・・・・・・」

「・・・・・・そっか。そうなんだ」

 

 薄々分かってはいた。テイオーも先日まではトレーナーとして見ることしか知らなかったのだから。それでも、面と向かって言われると気が沈んでいくのを止められなかった。

 

「ただ契約更新もしたし、これからもトレーナーと担当という関係は変わらない。その間は誰かと交際するなんてことにもならない、と思う。今はそれじゃ駄目だろうか?」

 

 テイオーもこのままずっと担当とトレーナーでいられたらと思っていた。だが、それはもう過去のこと。今のテイオーはそれで満足などできやしない。元来、強かった向上心と何事も卒なくこなす器用さに自信家と恋愛初心者の面が合わさって、なんかよく分かんないくらい良バと重バを交互にステップしているような心情になってしまったのが今の彼女である。

 

「うん。ボク、分かったよ」

「そうか。分かってくれるか」

 

 安堵の息をついたトレーナーは足を崩したテイオーに習って己も正座を解き、ふと違和感を覚える。それはテイオーの姿勢。まるで獲物に飛び掛かる前のような・・・・・・。

 

「ごめんね、トレーナー」

 

 抵抗する間もなくトレーナーはテイオーに押し倒されていた。

 

「て、テイオー!?」

「マヤノじゃないけど、分かっちゃった」

 

 意識されていないことにショックを受けたテイオーは失意の底で閃いたのだ。自分がそうだったように、トレーナーはまだ自分自身の気持ちを自覚してないのではないかと。なにかきっかけさえあれば、きっと同じ思いを抱いてくれるはず。そうなればまさしく両想い。恋のダービーもゴール目前である。

 問題はどうやってきっかけを作るか。そのヒントは既にもらっていた。

 

「な、なにをするつもりだ?」

「ちゅーしてあげる。あ、これからはキスって言った方がいいのかな?」

「(・・・・・・そっちか。いや、最悪は避けられるが普通にアウトだな)」

「結婚する時って誓いのキスをするんでしょう? ってことは~、キスしたら結婚しないといけないってことだよね」

 

 お目目をグルグルさせながらも得意気に語るテイオー。彼女が思い至ったのは単純な理屈。投げキッスで足りないなら、普通にキスすればいいということ。

 

「い、いいか、テイオー。そういうのはもっと大事な時にとっておいた方が・・・・・・」

「今がその大事な時でしょ! レースで鍛えたボクの勘が言ってるんだ。此処が勝負所だってね!」

 

 レースで鍛えた勘はレース中じゃないと効果を発揮しないのではとトレーナーは嘆いた。不味い。このままでは不純異性交遊に突入してしまう。トレーナーは本気で焦りながら抵抗した。しかし、悲しいかな。本気で抑え込まれたらどうしようもないことは既に証明されている。

 

「お、落ち着け! ま、まずは落ち着いて! 話し合おう!」

「も~、まだそんな寝ぼけたことを言うなんて。トレーナーはほんとしょうがないなぁ~。やっぱりボクが目を覚まさせてあげないとね」

「ちょ!? 待っムッ!!!???」

 

 テイオーとの間にかけちがえた絆を感じるトレーナーであった。

 

 

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