涙の神   作:jamcha

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11 - モーン1

「副隊長」

 

モーンが目を覚ましたとき、騎士の一人が声をかけた。

 

「…死ななかったようだな、ヒヨっ子」

「おかげさまで」

「なぜ俺は生きている」

「はい。聖女様が助けてくれまして」

「聖女?」

 

モーンが身体を起こす。あわててヒヨっ子が支えた。そのとき視界に入った自分の裸体にモーンは絶句する。

 

萎れ、ゴマを撒いたように穴だらけの肌。ところどころコブのように膨れ、まるで古い大樹のように…醜い。顔をそむけたくなるほど。

 

これは何という生き物なのだろう。リンデルトにいた頃、女神さえ悶えるほどと称賛された、あの麗しき美貌はどこへ行ってしまったのだろう。

 

「…」

「副隊長…、毒は治ったんですが、なにぶん身体は元通りにならなくて」

「俺の命の恩人はどこだ」

「はい、向こうの方に」

 

案内された場所に、中腰の騎士と、うなされながら横たわるベルカの姿。先ほどとは真逆の光景。

 

「おっさん、それが俺の恩人か」モーンが騎士に言った。

 

「そうだ」

 

額に脂汗を浮かべ、苦しそうに息をするベルカ。

 

「彼女は何か祈って、お前の毒の膿を飲んだ。一つずつ、血を吐きながらな」

 

毒を飲む。予想外の言葉に、モーンが困惑する。「魔法の類じゃないのか」

 

「さあな。俺にはわからん。『もう神は信じてないのに』とか、『この人を助けてほしいならあんたも祈れよ』とか、いろいろ愚痴は言っていたが、でもお前を助けた。そして今はこいつが死にかけている」

「…」

 

おっさんと呼ばれた騎士はくっくっく、と顔だけで笑った。

 

「おかしな話だ。初対面の相手を命がけで助けるなんて、聖女の考えることはわからん」

「まったくだ」

 

ヒヨっ子の持ってきた鎧を身につけながらモーンが言う。焦りがちに、まるで少しでも早く身体を隠したいかのように。

 

すると、裸足の足音がいくつも近づいて、来るなり叫んだ。

 

「聖女様!弟を助けてください!」

 

懇願の眼差しを向けるいくつもの姿。ベルカが治療する様子を見てやってきた住民達だった。

 

「お願いします!」

 

その声に込められていた感情は、先ほどヒヨっ子が抱いていたのと同じものだった。ベルカの耳にも届いたのか、呼吸の調子が変わる。

 

「…うッ」

 

何かを喋ろうとしたが、代わりにゴボゴボと出てきたのは蝕まれた胃液。おっさんが姿勢を支え、苦しそうにぜえぜえと息をするのがやっと。

 

「はあー…はあー…」

 

無理だ。

 

「聖女様…」

 

悲痛な表情に耐えきれず、ヒヨっ子が目をそらす。

 

「弟はどこだ。案内しろ」

 

そう言ったのはモーンだった。それを見る、おそらく兄、の目が輝いた。

 

「ありがとうございます!騎士様!」

 

* * *

 

先ほどのモーンや、今のベルカよりも静かに息をする少年。モーンがその傍らで膝をつく。

 

「さっきまですごく痛がってたんですけど、今は、落ち着いてますね」

 

兄が言う。モーンと弟を見る心配そうな視線の数々は、家族や仲間から向けられたもの。それが漆黒の騎士の一挙手一投足に注目している。

 

モーンは手甲を外して男の脈を取り、指でまぶたを開いて目の動きを確かめた。

 

…もう戻らない。

 

「別れの挨拶だ」

「そんな」

 

悲鳴があがる。

 

「落ち着け!」

 

低く強い声。再び静寂が広がる。

 

「今からこの男の意識を呼ぶ。だが長くはもたない。惜別の情を強く持っている者だけが話せ」

 

周囲に目配せし、先ほど弟を呼んだ男、兄、がモーンの向かい側に座った。モーンが粗布を巻いたお守りを取り出し、祈ると、周囲に光の円が灯った。

 

眠っていた弟が目を覚ます。

 

「…兄さん」

「信雄。信雄か」

 

のぶお。ドラングレイグでのぶお。

 

「兄さん…」

 

穏やかな表情で弟が話す。でものぶおって。

 

「どうして冷蔵庫の僕のプリン食べたの」

 

「…」兄は沈黙した。

「その前はナタデココのゼリーも」

「…すまん」

「今度、僕に返してね」

「…ああ」

「そうだ、聖女様、だいじょうぶ?」

「聖女様?」

「そう。血を吐いて、苦しそうだったから…」

 

兄がモーンを見上げる。モーンがうなずいた。

 

「ああ。聖女様は無事だよ」

「良かった。ねえ、お願いがあるんだ」

「何だ?」

「僕の寝床に、ツボがあってね、飲み水が入ってるんだ。一滴ずつ落ちてきた、きれいな、きれいな水。透明な水。それ、聖女様のお見舞いに、あげて」

 

お守りを持つモーンの手が震えた。俺のせいだと叫びたかった。しかし言えなかった。そして別れを惜しむ光の円も次第に小さくなってゆく。

 

「ああ。約束する」弟の手を握る兄の腕に、ぽろぽろとしずくがこぼれた。

 

「きっとだよ。約束だよ。指切り」

「ああ」

 

びしょびしょに濡れた指が絡まる。その水はどこかきれいで、でも塩辛い。

 

「ゆーびきーりげんまん。嘘ついたら海は割れ、大地は裂け、箱を飛び出したありとあらゆる災難がこの世を覆い尽くし、世界の果てまでも絶望で埋め尽くすであろう。アーッハッハッハ!アーッハッハッハ!」

 

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