「うー、腹いてぇ」
壁にもたれかかったベルカが、おっさんにさすってもらいながら眉を歪め、うめいている。
「あ、止めないで。なでてもらってる間だけ少し和らぐから」
「モーンが来たぞ」
「え?誰が来たって?」
「お前が助けた王子様だ」
甲冑を響かせ、モーンがベルカの前で膝をつく。
「リンデルトのモーンだ。命を救っていただき、」
「あー、そういうのいいから。なんか寒気がする」
しっしっと手で払うベルカ。
「感謝したいところだったが、礼を言うつもりはない」
「は?」
「モーン」
あまりの非礼に身を乗り出すおっさんをモーンが手で制す。
「俺の病は自業自得だ。隊長の野心を知っていながら止められなかった。自分の欲にも負けた。だから都を滅ぼしてしまった罪を背負うつもりだった。助けてもらって本当に迷惑だ」
「あほくさ。どうして騎士様はこうも命を棄てたがるのかね」
「お前は命がけだったかもしれないが、そのおせっかいが俺に生き恥を晒させ、苦しめることになった」
「死なずに助かったんだからオールオッケーでしょ」
「この身体になってでもか!」
モーンが兜を外し、ベルカに顔を近づけた。そのおぞましい姿に思わずおっさんが「くっ」と声を溜める。毒の後遺症は近くで見ると想像を絶するものだった。それは以前の顔を知っている者ほどつらい。
ついに、おっさんは耐えられず、モーンが傷つくのを承知でいながらそむけてしまった。うろだらけの木のような皮膚からのぞくぎょろりとした目。ケチャップに白いトウモロコシをばらまいたようないびつな歯。不規則に上下する脈。黙っているとどこまでが口でどこまでが鼻かもわからない、肉と豆の煮込みスープのような顔。声を出すときにぱくぱくと動く部位から辛うじて口の範囲がわかる程度だった。それはこめかみ辺りまで裂けている。
「見ろ、この姿を。これでも生きろというのか。お前は聖女じゃない。とんだ悪女だ!死を与えるより人を苦しめようとはな!」
声を震わせて罵るモーン。
「…」
しかしベルカは平然としていた。
「なんか
髪をかきあげて濁った両眼を見せるベルカ。「私は昔、調子こいて故郷を燃やしました。そのとき見た火で目を焼かれた。神様の罰かもね。でもそのおかげであんたがどんなにすごんでも全然効かないの。残念でした。ざまあ。ざまあ」
はっはっは、とベルカが笑う。
「あんたの部下が恥も外聞もなく助けてってお願いするからどんな立派な男かと期待したんだけど、並の男と変わんないバカだね。強さは心に宿るって基本も知らないんだね。外見ばっかにとらわれてとんだ立派な騎士様だね」
「…」
呆然とするモーンからベルカが兜を奪ってかぶせる。
「ほら、そんなに見られたくないならずっと兜かぶってればいいじゃん。あんた騎士なんだから。でしょ?」
ニッと笑うベルカ。
「…」
時が止まったようにモーンの身体が固まる。おっさんはそれを見てフッとキザに笑った。なおもモーンはしばらく黙っていたが、ようやくかすれるような声を絞り出した。
「…そうだ。俺は、騎士」
時間をかけ、何か必死に耐えるように、言葉を紡ぐ。
「俺はモーン。女神の騎士モーン。こっからは、お前の世話んなっちゃる。ばってん、何ごつかあってん、おんしの手に確かな
「は?」ベルカの顔が疑問詞で埋まる。「何言ってんの?」
「ハッハッハ」おっさんはモーンの決意を聞き、大声で笑った。「モーンば恥ずかしゅうて騎士ん誓い言えんとったい」
モーンがキッとおっさんを睨む。「せからしか。そぎゃん小っ恥ずかしゅうもん、こん娘に聞かれてたまるか」
「暗号みたいな会話で仲間はずれにするのやめてよ。どこの言葉?ねえ、なんて言ったの?」
「モーンがお前をむぞらしかー思うちょって、まーごつ好いとるっちゅう」
「ぬしゃなんば言いよっとや!うちころすぞ」
「おーおー!いつでん受けてたっとい!ハッハッハー!」