宮殿と呼べそうな豪華な屋敷。その一室でクァトが病に臥す患者の脈を取る。紫に腫れ上がり、息をしているかも怪しい。それを心配そうに見つめる、ドレスをまとった面々。
「…これなら治せます」
「おお!」
「ただし手術代は三千万だ」
「さ、さんぜん!」
立ち並ぶ人々は唖然とし、口々にクァトを罵る。「なんてがめつい女だ!」「下手に出ていればいい気になって」「魔女!」「ブタ!」「水虫!」
「水虫じゃねえよ!」怒鳴るクァト。
「ブタは否定しないんだ」
「ブタでもねえよ!見ろよ足!あし!ほら、二本の足で立ってるだろうが!」
「…地獄耳」ボソッ
「おいちょっと聞け」
クァトがパンパンと手を叩く。「コントやってると話が進まないの。いい?私はあなた達に頼まれて息子さんの病を治しにきてるわけ。わかる?」
「それでこっちの足元見て大金ふっかけてきてると」
「三千万で治るなら私は十分安いと思いますけど?」
「物乞いはタダで治すくせに!」
「だってあいつらから財産巻き上げようにも何も持ってないもん。それにパンくれたり寝床貸してくれたりすることもある。でもあんたらは何もくれない」
「…」
「俺は教会に私財の半分を納めている」一人の男が前に出た。
「だから何?偉そうに。顔にドヤァ…って書いてるのが見えるよ。教会は関係ない。私にくれるかどうかって話してんの。見かけの善行積んでれば助けてもらえると思ったら大間違いだよ。私は助けたいときに助けたい人を助ける。そうじゃないときに頼まれたら代償を求めるだけ。OK?」
「む…」男たちがざわざわと相談し始める。「三千万ってどれくらい?」「さぁ」「お前持ってる?」「手持ちでは250万くらいしかない。換金すれば、まぁ」「だよなぁ」「確かダークソウル3だとカンストで一周200万いかないくらいだったはず。もうちょっと少ないかも。160万とか」「それミミックかぶってだろ?あと…」「盾。杖。指輪」「検証のためにこんな昔のゲーム周回したくないんだが」「アイテムテキストだけで妄想していたい」「わかる」
クァトがいらつき、ふさふさの絨毯を何度も踏む。「いつまでも内緒話すんのやめてくれる?で、払うの払わないの?」
「…」
「わかりました。わたくしが払いましょう」
その場にいた黒衣の修道女が名乗り出た。「シスター」「そんな。こんな魔女のために教会の貴重な財産を渡すなんて」周囲が驚きの声をあげ、豪華なドレスが揺れる。
「皆さん。事態は一刻を争うのでしょう?命が救えるのなら、我ら教会はいくらでもご協力いたします」
「おお…なんとお優しい」「さすがリリアーネ様。こんな見た目も心も汚い魔女とは大違いだ」
しかめっ面をするクァト。リリアーネと呼ばれた修道女は懐から包みを取り出し、クァトに握らせた。「前金として一千万。これで足りますか?」
片手で受け取り、そばに立っていたモーンに渡しながらクァトが言う。「いいよ。残りはあとで持ってきて」
そう言ってクァトは紫に腫れ上がった男の傍らに膝をつくと、手を組んでぶつぶつとつぶやき、男の手首に口をつけた。
* * *
その日もカリムの空は厚い黒雲が覆っていた。尖塔の並ぶ石造りの街並みは寒く、そこかしこから冷たい湯気がのぼっている。中央にそびえるのはベルカを称える大神殿。それをうらめしげに見上げながら、モーンはクァトの後を追っていた。建物から伸びる長い影は、道にべったりと染み付いたように暗い。
「クァト様」
聞き覚えのある声に二人は立ち止まった。
「誰?」
「わたくし、リリアーネです。先ほどはお世話になりました」
黒衣の修道女が深々と頭を下げる。
「もう残り持ってきたの?早いね」
「いえ、どこにお住まいなのか、場所を聞いていなかったので」
「家なんてないよ。それに私たちがどこにいても教会の人は探し当てられるでしょ?」
「ふふ。さすがは女神と話題のお方。何でもお見通しなんですね」
顔を上げたリリアーネは、フードの裏で笑みを浮かべた。「でもそれだけの力がありながら、未だにお住まいも無いのは、その愚かさゆえでしょうか?」
「ケンカ売ってんの?」
「はい」
先よりも笑顔でリリアーネが即答する。
「三千万なんてはした金で恩を帳消しなんて、今までどれだけ大損こいてきたんでしょうね。無能な自分を棚にあげて、自分の不幸を他人のせいにして生きてきたんだろうなと想像できて、ああおかしい」
くすくすと上品に笑う。クァトはムッとして言い返した。「教会の人の割に随分な言いようだね。じゃああんたならいくらふっかけられるっての」
「ふっかけるなんて恐れ多い。貴い立場の方は根切りさえしなければ財はいくらでも湧いてくるんです。せっかく作った貸しですもの、時間をかけてじっくりとお世話すれば、そうですね、あれでしたら億は行けるんじゃないでしょうか?」
リリアーネから伸びる長い長い影に、モーンがわずかにたじろぐ。しかしクァトは気にせず言い返した。「てっきり『秘密ですわ』とか言うと思ったのにベラベラしゃべる人だね。何が望み?あんた偉いの?逆らったら魔女裁判にでもかけて火あぶりとか?」
「ふふ。火あぶりなんて、もうそんな野蛮なことしませんわ」
黒衣の修道女はニンマリと口の両端を上げ、線のように細い薄目でクァトを見る。
「わたくし、今の教会にうんざりしてますの。お力添えいただけません?」