カリムの中央にそびえる大神殿。そこに隣接する屋敷のなかで、クァトは聖女を示す純白のローブに着替えさせられていた。職人による丁寧な刺繍がほどこされた布はアノール・ロンドで身に着けていたものよりもさらに薄く、わずかな風でなびく様子が天女の羽衣を思わせる。それでいながら金をあしらったさりげない装飾品は触れるのも恐れ多いほど純潔なイメージを抱かせ、クセのある長い黒髪がいっそう映えた。
リリアーネに連れられて部屋を出ると、高貴な屋敷にそぐわない硫黄のニオイが鼻をつく。サルヴァで受けた毒により黄鉄鉱に変質した異形の鎧。モーンだった。使徒である前に女神の騎士。怪物のようなおどろおどろしい外見の鎧はその証だった。
「あれ。着替えたんだ?」
「…」
「ねえ、モーンでしょ?」
「…ああ」
モーンはわずかに上ずった声で答えた。
「さっきの質問。着替えたんだ?」
「お前もな」
「ねえ、これ、見えてるよね?」
ローブのあまりの風通しの良さに、クァトは不安で袖を揺らす。
「見えるようになったのか?」
「見えないから聞いてるんじゃん」
「全部見えてる」
「ええ!?」
「嘘だ」
「ねえ、それ嘘じゃないよね?見えてるんでしょ?ねえ、見えてるよね?ねえ、聖女ってさあ、もっと地味な外見じゃなきゃいけないんじゃないの?変な気分にさせちゃダメなんじゃないの?」
「砂の国ウーゴは剛健な男と妖艶な女で知られているそうだ」
「全然関係ないじゃん!それ今の話と全然関係ないじゃん!」
モーンとクァトの漫才にリリアーネはくすくすと笑いながら、二人を案内した。その先にあるのは大司教の執務室。
重い扉を開けると、先ほどまでの威厳とは全く異なる、しおれた男が立っていた。三人が入ると、リリアーネが扉を閉ざし、ガチャリ、と鍵をかける。
「これはこれは。まるで美女と野獣だな」大司教がニヤリと笑みを浮かべる。
「ほめられても何も出ないよ」
「ああ。それに美しいといっても俺は男だからな」
「私が野獣かい!?」
「他に誰がいる」
「クァト殿。おかげでカリムは粛々と制度をうつせそうだ」
なおも続く漫才を無視し、大司教が言った。続けて、カリムを取り巻く状況と、クァトとモーンに今後求められる貢献の話。
過去に整備された白教の厳格な教義は、長い時間のなかで現実とあらゆる食い違いが生じ、もはや支持を得られない。ゆえにカリムは聖女クァトを新たな旗頭として、ゆるやかな白教の国として生まれ変わり、周辺への影響力を高めようとするねらいがあった。
「ベルカは捨てるの?」
「表向きは。ただ、我らの内では残す。それなくしては得られないものも限りなくある」
「生贄の儀式とか?」
「察しがいいな。息子に色々吹き込まれたか」
「外には綺麗事言って身内に甘いのは理屈が通らないんじゃないの?」
「クァト殿。我らはまだベルカを捨て去ることはできん。司教やカリムの人々の中にも未だベルカを称える者は多い。それが忌まわしき始祖・串刺し公や血の歴史と不可分であってもだ。それに、今でもベルカは陰にある者たちの拠り所でもある。いずれクァト殿の慈愛に置き換えるつもりだが」
「ふーん」
鼻をほじりながら聞いていたクァトはモーンのマントで拭いた。「おい、汚いだろう」
「だって拭かないと私の手が汚いもん。ねえ大司教さん。私はさっきまでの私の指くらい汚いあんたの根性、嫌いじゃないよ」
「女神にほめていただき光栄だ」
「厳格な教義の国が衰退して、汚いこともやるカリムが生き残ってるのは本音と建前をうまく使い分けてるからでしょ?それにここにいるリリアーネくらい金儲けがうまかったりミラみたいに資源があるところならルール違反に厳しい国でもやっていけるけど、大司教さん金儲け下手くそっぽいしね」
「そう。我らは清貧を尊ぶ」
「この屋敷の装飾すごいよね。床、大理石でしょ?私裸足だからわかるよ。この部屋ひとつ売って貧しい人に配るだけでもたくさんの人が救われると思うけど」
「…」
「貧しすぎてもバカになるけど金持ちすぎてもバカになるよ。金儲けヘタなら身の丈にあった生活するべきじゃない?色んな人から財産巻き上げて溜め込んでるだけだとしっぺ返しくらうよ」
「女神の忠告に感謝する」
「病を癒す術だってずっと昔にカリムに伝わったはずなんだけど、選ばれし坊さんしか使えないスーパー魔法として扱われてるよね、ここじゃ。そうじゃなきゃ私が聖女扱いされるはずないもん。ここにいるバカ騎士でも使えるくらいかんたんな術なのに、スーパー魔法扱いして、困ってる人ほったらかしにして、貴族から金を巻き上げる手段としてしか使わないのは良くないよ」
「…」
「あー、良くないかどうかはわかんないな、私カリムの状況知らないから」
「クァト様」リリアーネが口をはさんだ。
「大司教はクァト様のおっしゃるほどの悪人ではありません。この国は、古き約定、『暗月の剣』を維持するために、膨大な費用を負担しつづけなければならないのです」
「え?そうなの?」
大司教が「ああ」とうなずく。そうして言葉を続けようとしたとき、クァトは「なーんだ、そんなこと?」と大声で言った。
「そんなの無視していいよ。だってそれ提案したのそもそも私だし、責任者は私の孫だもん」