どりんちゃん かりむはけいさつ やめました べるか
「…」
青い月光が静かに差し込む、街はずれの一室。グウィンドリンは電報に書かれた俳句を見ながら頭の中を混沌とさせていた。
王の都アノール・ロンドは、今でも太陽の光の王グウィンと、白教の主神ロイドの地。グウィンドリンが実質的な指導者となったあとも、目立たぬよう、王都の下に作り上げた月の街・イルシールのはずれで過ごしてきた。にもかかわらず、自分のあだなを指してこんなふざけた俳句を送ってくるバカは一人しかいない。
ふいに、グウィンドリンの目に涙が浮かんだ。
「おばあさま、達者でいらしたのですね」
グウィン、墓王、公爵、そして姉・フィリアノール。誰もが去ってしまったこの世界で、グウィンドリンはずっと一人だった。今でも時々思うのだ。もし、もし自分が言いつけを守るような良い子でなく、王も継がず、母や祖母に怒られながらも、あの冷たい灰の世界で、ふつうの子供として過ごせていたら。もう少し、…
グウィンドリンは首を振り、指導者としての頭に戻す。
警察をやめた?
カリムはアノール・ロンドと共同で警察組織『暗月の剣』を営んできた。それを一方的に破棄するのは反旗の証。しかし、カリムが謀反?かの国は血の儀式など悪しき伝統こそあれ、神に逆らうような兆候はこれまでなかった。白教がかつてのような支持を得られず、神々の影響力が弱まってもなお、協力関係は続いてきたのだ。
頭だけでは整理がつかず、グウィンドリンはペンをインクにひたし、羊皮紙の上をすべらせる。
まず、我らはカリムの協力がなくても動じないことを示さなければならない。次に、カリムの真意をさぐらなければならない。
「誰か」
グウィンドリンが手を叩き、使用人を呼ぶ。間もなく、ひたひたと影の中を進んでくる二人の者。
「炎の鳥神を信奉していた国がありましたね。確か…、そう、ハイデと言ったはずです」
紙に目を落としながらグウィンドリンが言う。
「はい」
「
「わかりました」
「それから、カリムで過ごしている同胞に使いをやって、昨今の情勢がいかようであるかを報告させなさい。おば、こほん、久しく聞かぬ偽神を名乗るなら、それ相応の騒動があったはずでしょうから。以上です」
「はい」
「…命令の復唱は?」
「ハイデの正義マンごっこをしている連中がどんなルールで遊んでいるのか調べる。次に逆賊の言い分を聞く。簡単ですわ」
「…」
グウィンドリンが立ち上がり、声のする方を見る。一方は彼の倍ほどはあろうかという背丈ながら、消え入りそうな美しさの女性。もう一人は見すぼらしい格好の男。
「なぜ出てきた!」
たまらず慣れない大声を出してしまい、グウィンドリンがせきこむ。驚く二人。そして何事か、と気付いて駆けてくる守衛の騎士。
「
続いて放たれた大声に騒ぎがぴたりとおさまる。直後、かしゃかしゃと銀の擦れる音を鳴らし、守衛は戻っていった。
誰もいなくなったのを確認すると、グウィンドリンが二人に近付く。女性は背中を曲げて顔をのぞきこむと、宝石のように潤んだ瞳でニコニコと微笑んだ。
「お姉様。お久しゅうございます」
「初めまして。絵画の世界から来ました。月の神の魔術を学びたいと、いてもたってもいられず」
「帰れ」
冷たい言葉だった。だが男が食い下がる。
「お待ちください。俺は」
「二度は言いません。誰かは知りませんが私は誰の師にもなりません。このまま帰らずに口を開こうものなら守衛を呼びますよ…」
見たことのない『お姉様』の険しい顔に、悲痛な表情で口をもごもごさせる女性。二つの宝石から、涙が頬をつたった。
「お母様が」
そこまで言って、我慢できず顔を覆った。
「お母様が亡くなって、私、これからどうしたら」
「…お母様?」
呆然とするグウィンドリン。その場でしゃがみこみ泣く女。面倒な状況になったと困る男。
ただ一人、ここまで抜け道で二人を案内してきた絵画守りが、通ってくるときに汚水で濡れた床、三人分の面積をひたすら無言で拭いていた。
『まったく、どいつもこいつも、なんで貴族さまは下水道の考えがないのかねぇ?ゴミ捨ててほったらかしにしたら腐るっての、常識じゃないの?えぇ?なんか気色悪い虫もわいてるしよぉ、うー、思い出すだけでカユっ』
心の内で悪態をつきながら、そばにあった鍋の酒を盗み飲む。温かさと歓喜で身体が震える。
『っかー!やっぱシャバの酒はうめぇや!五臓六腑にしみわたらぁ!』