ナヴァーランの家の隣に、頑張って押せば倒れるくらいのボロ屋があった。その中でベルカは動くたびにギイギイ鳴る椅子に座り、テーブルの上でくつろぐ家主の猫・シャラゴアに触ろうと試みている。
「私に触らないで」ふさふさした毛並みのシャラゴアは、シッポで冷たくあしらう。
「うーん…」
「私は知らない人に触らせるほど軽い女じゃないの」
「知ってる。闇は重いから」
「あら」
フフ、とシャラゴアが笑う。ベルカもニッと返した。
「あなた、あの魔法使いの坊やに何を吹き込んだの?変に張り切っちゃって。彼らしくないわ」
「わかる。私が勝手に家に上がりこんだときも『誰だ!』って言えないくらい臆病だったんだよね」
「そう。口を開けば『もうだめだ』だの『おしまいだ』だの、景気の悪いことばっかりだったわ。でも嫌いじゃなかった。問題が解けたとき、飛び跳ねるようにやってきてね。子供みたいに目を輝かせて」
「へえ」
「でも残念だわ。あなたが余計なこと教えたから、そんな目ももう見られなくなる」
「私のこと軽蔑する?」
「いいえ。いずれそうなるとわかっていたから。それが少し早まっただけよ…」
ナヴァーランは本を積んだ自前の書斎にこもり、血走った目で魔術書をにらむ。ばらばらだった数式が一つの接点でつながってゆくのがわかる。その手にはベルカが分け与えた混沌の火が握られていた。
「魂を別の肉体になじませるには闇が不可欠」「一方で闇は重く魂を遊離させるには至らない」「けれど混沌の力で闇を撹拌させれば」「できる。長年夢見ていた転生の法を、ついに」
ナヴァーランが呪文を詠唱し、グフのプラモをかかげると、グフに惹かれたガンオタの魂がナヴァーランを取り囲み始めた。
『ヒートロッドのリーチは17.5m。これ豆な』『は?常識だろ』『これバンザイマークのやつじゃん。作っちゃったのもったいねー』
「そう、その調子だ」
『HGUCのグフはいいぞ』『08小隊もいいぞ』『わかる』『グフカスタムから沼に入った自分が通りますよ』『ここが知っている。自分で自分を決められるたった一つの部品だ』『それダグザ』
「あ、あれ…?」
肉体を失っても語りたい。魂の怨念が、グフのプラモとナヴァーランを
『あんたを助けてやれるシュラク隊は、あたし一人になってしまったよ!』『それジュンコ』『大きな釣り堀だな』『ケイトが死んだとき正直おっきした』『もうやだこの国』
「待て。止まってくれ。僕はグフのプラモを持っていればガチ勢が気になるだろうと思っていただけで、本当はファーストも見ていないんだ!」
『昔おもちゃ屋って抱き合わせ販売させてたよな。グフのプラモとムサイ買わされた』『それご褒美じゃん』『おもちゃ屋。なつかしい響きだ』『抱き合わせ販売といえば頭脳戦艦ガル』『シューティングなのになぜかジャンルはRPG』『ドラゴンハーフみたいにロールプレイングギャグなのかもしれない』『見田竜介のキャラデザしたゲームが今度出るって』『詳細』
「やめろ!やめてくれ!うわー!」
突然、雷に打たれたようにナヴァーランが固まった。白目をむいたその身体は血が抜けるように青ざめてゆく。
「…」
ふっと顔を戻したナヴァーランは、周囲を見回してローブを手に取る。それは王城を脱出したときに隠していたはずのものだった。それを羽織り、フードに達成の証を縫い付けてかぶると、小屋を出て声のする方へ向かった。
「そうそう。そういうわけで長く生きすぎた妖魔は位を落とすんだってさ」
「あら。それは私へのあてつけかしら?」
「え?シャラゴアさんそんなに生きてんの?猫又みたいに?でもさ、位を落とすって、闇ならむしろ上がるんじゃない?あれ、違うかな」
「ベルカさん」
話に花を咲かせるベルカとシャラゴアのもとに、ナヴァーランがやってきた。真っ青な顔に、オリーブブラウンのローブとフード。金縁の装飾が夕日にきらきらと輝いている。
「盛り上がっているところすみません。でも、ようやく成功したんです」
「へー、おめでとー」
「ええ。ベルカさんがいなかったら完成しなかったと思います」
「生かしといてよかったでしょ?」
「はい。そこで」
ナヴァーランは自分を見つめるシャラゴアを一瞥し、ベルカに視線を戻した。
「術が完成したことを上司に報告に帰ろうと思います。ベルカさんもどうですか?」
「えー、めんどくさい…」
「俺の知るかぎり、ここドラングレイグで一番の知の宝庫です。ベルカさんもきっと満足すると思いますよ」
「知るのは好き。でも遠い?」
「歩いて着く距離ですよ」
「理屈のうえでは宇宙の果ても歩いて着く」
「フッフッフ。そんな意地悪なことは言いませんよ」
「ずっとおんぶしてくれるなら行く」
「おんぶ…ですか」
ナヴァーランは額に手をかけた。「見ての通り、俺は体力に自信がないんですけどねえ…」
「だって歩きたくないんだもん」
「はぁ。厄介な方ですね。わかりました。では背負って行ってあげましょう」
ナヴァーランが背中を向けてしゃがむと、ベルカは迷わず乗った。「冷え性なの?」
「…ええ。早く戻ってあったまりたいですよ」