涙の神   作:jamcha

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03 - アン・ディールの館1

鬱蒼とした森の中に洋館が建っている。深淵とも違う不気味な気配にベルカは身震いした。

 

「これホラーのテンプレじゃん。なに?私死ぬの?ちょっと入りたくないんだけど」

 

ベルカがナヴァーランをつつきながら言う。

 

「本は日向(ひなた)を嫌うんですよ。知ってるでしょう?」そう言ってナヴァーランはすたすたと進む。「それはそうだけど」ベルカはついていきたくない気持ちを自分の服をふるふると振って示した。

 

「おや、お客人か。サンプルか」

「ぎゃっ」

 

後ろから声をかけられベルカが飛び上がる。

 

「ああ、兄王。外にいたのか。見ろ。身の程知らずの割に良くやったろう?」

 

両手を広げ、ナヴァーランが自身の成功をアピールする。

 

「おお。すばらしい。我らの悲願がまたひとつ達成されたか。どれ、屋敷で詳しく話そう」

 

ベルカをはさみ、ナヴァーランと男が大声で話す。

 

「ベルカさん、後ろにいるのは俺の上司、兄王です」

「はは、何度も言っている。私は王じゃない。王は一人。だろう?」

 

男はベルカに顔を近づけて言う。「ナヴァーランの客人か。私はアン・ディール。しがない研究者だよ」

「私はベルカ。罪の女神」

「罪の女神」

 

はっはっは、とアン・ディールが大声で笑う。「面白い客人だ」

「ベルカさんは混沌の魔術を極めている。使える女だよ」

 

ナヴァーランが二人の元へやってきて言う。「俺が言うのもなんだが、魔術に関しては兄王よりも詳しいかもな」

「それは祝着」

「手放すのは惜しい。どんな形であれ、留めておくべきだと俺は思うね」

「そうか」

 

アン・ディールは再びベルカの方を見て言った。「どうだ罪の女神殿。長旅だったろう。我が邸宅で茶でもどうか」

 

そこかしこで獣の声が響きはじめた。

 

「ああ。夜が近づいてきた。さ、早く入ろう。それとも呪われた獣に食われるのが本望かね?」

「どっちも嫌です」

「ベルカさん。今晩は屋敷に泊まって、早朝に帰るってのはどうです。屋敷の中はドラングレイグで一番安全ですよ」

「中の人が安全かどうかはわかんないじゃん。ホラーってそういうものでしょ?」

「はっはっは。とんだ怖がりやのお嬢さんだ」

 

うながされるまま、ベルカはしぶしぶ洋館の中へと入った。

 

屋敷の中は異品・珍品が並び、白毛の長衣をまとった人々が忙しそうに動き回っている。警戒していたベルカも、屋敷の賑わいに少し安堵した。

 

「何の研究してるの?」

「はっはっは。むしろ研究していないことを挙げる方が簡単かもしれんね」

 

檻に入った獣が嗅ぎなれぬベルカの匂いを感じ、吠える。

 

「わっ」

「はっはっは。大丈夫だ。こちらが檻を壊さないかぎり、出てくることはないよ」

「そうじゃなきゃ困るよ…」

 

ぼこぼこと試験管の液体が沸騰している。

 

「これはソウルの性質を調べる実験だ。ここで得た発見としては、死んだ直後はソウルは肉体にとどまっているが、長くはいられないらしい」

「離れたソウルはどうなるの?」

「以前は霧散すると考えていたが、ある程度の指向性があるようだ。詳しくは今後の研究次第だな」

「ふーん…」

 

定期的に消毒しているのか、シャワーで液体を撒くような音が耳に届く。

 

興味深そうにベルカがあちこち注意を向けていると、アン・ディールは少し足を速め、ナヴァーランの隣に立って話した。「準備はいつでもできている」「解体の手順は?」「溶かすのはまだ早いだろうな」「手足はなくても良い」「中枢神経系を先に取り出す方法もあるが」「まずは力の源を探る方が大事だろう」

 

「何の話してるの?」

 

ぞろぞろと職員達とすれ違い、うまく聞き取れない。

 

「…壊れると…」「顔…不要…?」「後…生産…」「…4匹…負担…」

 

「ねえ!」

 

ベルカが大声で呼びかけ、ようやく二人が立ち止まった。

 

「なんで客を放ったらかしにしてさ、なん」

 

気配がおかしい。アン・ディールも、ナヴァーランも、その場にいる職員全員が止まったまま自分を見ているからだ。

 

ベルカはすべてを察した。

 

「やっぱそうじゃん。ホラーじゃん!思ったとおりじゃん!何?私死ぬの?」

 

「死にはしない」アン・ディールが言った。

 

「死にはしないさ。前に術士を連れてきたときは、大した実験もしていないのにすぐに壊れてしまってね。今度はどんな苦痛を受けてもおかしくならないよう、アタマに処置を施してから試すよ」

「何言ってんのかわかんないしわかりたくないし協力する気もない」

「罪の女神くん。世界を知るためには犠牲が必要なんだ。安心しなさい。壊れないよう、こちらは細心の注意を払って解体するから」

「じゃあ自分の身体を使えよ!」

「ああ、使ったさ。私も、ナヴァーランもね」

 

フッフッフ、とナヴァーランが手を当てて笑う。「この身体の持ち主は良くやってくれたよ。本当にな」

 

「ここにいる誰もがすべてを投げ出して研究に協力している。自分を棚上げにして実験サンプルを(はずかし)めることはしていないんだ。残念だったね」

 

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