涙の神   作:jamcha

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05 - アン・ディールの館3

罪の女神ベルカのソウル

おぞましい数々の実験によって歪にねじれ曲がっている

 

アン・ディールは原罪の探求者たるを望み、さらなる罪を重ねた

顔料を塗り重ねて深みを増す絵画のように

 

 

「おおー!いいねいいね!」

 

アン・ディールが企画書を叩きながら喜ぶ。白毛の長衣をまとった研究員、『竜の学徒』の一人が「ありがとうございます」と照れる。

 

「これはキープだな。キープ」アン・ディールは印を押し、紙の束をめくる。

 

アン・ディールの獣の腹に入っていた、

罪の女神ベルカのソウル

 

館とは名ばかりの牢獄で罪の女神が受けた所業は凄惨を極めるものであった

用済みとなって尚畜生の餌として棄てられたのだろうそれは、赦されぬ罪人の末を表している

 

「うーん…」

「いかがでしょうか」別の研究員が言う。

「迫力には見るべきものがある。しかしこれは審査を通るまい」

「いえ、ですが、これはCLAMPの聖伝をオマージュしていてですね、私の悲願」

「規定をよく読み直してみたまえ」

 

アン・ディールがCEROの倫理審査規定をトントンと指差した。「人を犬の餌にする、そんな残酷な表現が通ると思うか?」

「Z指定でも無理ですかね」

「無理だ。CEROは肉体の破損表現には厳しい。身体の破壊、子供、薬物。この三つはとにかく避けよ」

「そんなの何もできないじゃないですか」

「そうでもない。世界の不条理を描くためならある程度の差別表現も許される、そんな度量の広さも持っている。さっきの例のように、何をしたか明示せず非道なことが行われた、と想像させる表現が理想なのだ」

 

「王家の血の営みって書いとけば近親相○って勝手に思い込んでくれるようなもんですかね」研究員の一人が言うと、アン・ディールはうなずいて指差す。

 

「そのとおり。頭を切り開いて脳を壊す手術と書けば一発NGだが、嗅覚を剥奪したマウスと書けば通る。倫理とはそういうものだ」

「なんかゾワゾワしますね」

「では次に行こう」

 

罪の女神ベルカのソウル

アン・ディールの実験によって醜く膨れている

 

生体プラントとしてあらゆる獣との交配を強いられた女神は

己が魂を歪めることも厭わず罪を受け入れた

その救いはむしろ豊穣と恵みの本質に近い

 

「生体プラントという表現が世界観にそぐわん」

「まーた世界観か」

 

あきれた口調でナヴァーランが言う。

 

「兄王以外この部屋にいる全員がスマホを持っている状況で何が世界観だ」

「ナヴァーラン」

 

アン・ディールの言葉をナヴァーランがさえぎって言う。「HP、スタミナ、底なしの木箱、腰の高さ程度の段差さえ登れない身体、死ぬ寸前まで全力を出せるおかしさを無視して何が世界観だ」

「生体プラントを苗床に言い換えれば通るだろう」

「高性能のエレベーターが設置されているクセに何が世界観だ!長浜城かここは!」

 

「宮廷魔術師殿はそういうお年頃なんですよね」

 

研究員の一人が言った。「なんていうんでしたっけ、そういう斜に構えた態度…」

「中二病?」

「そうそう。中二病」

「いい年して中二病…?」

 

すかさず入った合いの手にクスクスと笑う。すると思い出したように別の研究員が言う。

 

「肌が青くなってからすごいですよね。この前PCの配置をどうするかうかがったとき、『俺が人間じゃないからかもしれんが、いいとか悪いとか、そういうのは良くわからん』って、こいつやべーって思いましたもん」

 

部屋が騒然となった。

 

「ええ!?人間じゃないって」

「すごい設定ですね」

「聞いただけでこっちまで恥ずかしくなる」

「そうそう。やばいですよ。戻ってきてから倫理通らないような書類ばっか書いてきて、あー、ナヴァーランさんてずっとこんな残酷な実験したかったんだなー、って納得しました」

「良かったですね、 “別人” になれて」

「聞いてもいないのに『俺はお前らの言うところの感情というやつが欠けているらしい』って言われて、こいつどんだけ設定盛ってんだよって」

「感情!?感情って!あはははは!」

「ちなみに “前の” 方の記憶はどれくらいお持ちなんですか?」

「貸したUSB失くしちゃった言い訳できますね」

「そのくせしれっと自分のスマホのロックは解除できるんですよね」

「あ、まだ顔認証じゃないんだ?」

「そうそう。ナヴァーランさんのスマホ意外と古い」

「Xperiaでしたっけ?液晶割れてないのすごいなーって思ってたんですけど」

「iPhone良いですよ」

「出た林檎信者」

 

「だまれ」

 

ドン!

 

ナヴァーランがたまらず机を叩いた。

 

「太郎」ボソっと一人がつぶやく。

「ブッ」

 

爆笑だった。竜の学徒全員がナヴァーランの弁解をかき消すほどの大声で笑う。

 

「ひーっ!ひーっ!」

「このタイミングで太郎は反則だわ」

「あはははは!」

「伝家の宝刀だまれドン太郎」

「ちょっとやめてよ追い込むの!あはははは!」

「威力弱太郎」

「よわたろうここで関係ないっつーの!ハハハハハ!」

「ひーっ!ひーっ!」

 

* * *

 

「ボビーッ、ブビーッ」

「汚いね、よそでやってくれる?」

「オナラじゃなくてホーミーだよ。ビィーッ」

 

ベルカへの実験計画が混沌とするなか、当人は牢のなかで暇をもてあまし、先客の木人形 (中身入り) が苦情を言うのもかまわず、モンゴル遊牧民の秘儀ホーミーの習得に勤しんでいた。

 

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