「ねえ、先輩ってさー、すかしっ屁みたいな声じゃん?人形なのにどっから声出てんの?」
アン・ディールの館、牢の中でベルカは先客の木人形 (中身入り) に言った。黒いとんがり帽子にのっぺらぼうな顔、くたびれた黒いローブに硬い毛のファーを巻いたそれは不満げにヒュウ、と息を漏らす。「君みたいに失礼なのは初めてだよ」
「お尻の穴?」気にせずベルカが言う。
「僕の話聞いてないね」
「ハローキティみたいだね」
「?」
「ハローキティって口がないのにしゃべれるからお尻でしゃべってるらしいよ」
「さっきから何のこと?」
「知らないのハローキティ。サンリオの」
館の牢に入れられたやつはもれなくどこかしらが壊れている。けれどもこいつは一見話がわかりそうで実は会話の通じない、厄介な壊れ方だ、と木人形 (中身入り) は思った。
「知らない。それが君の信じてる神?」
「私が好きなのはキキララ。イザリスにいたころ弟とキキララごっこしてた」
「…」
「私がララで弟がキキ」
話の通じない壊れた女はしゃべり続ける。木人形 (中身入り) は飽きるまで無視することにした。
「弟は私の次に頭が悪かった。熱くて身体がドロドロ溶けててずっと痛がってた」
「…」
「だから身体が溶けないよう圧力上げる指輪をあげたんだけど、プロレスしてたときに失くしちゃったんだ。そうそう、弟は大きくてね、ジャイアント馬場くらいあったよ。『ぽー』ってチョップしてきてね、避けないと死ぬ」
「…」
「失くしたのはローリングクレイドルかけられたときかもしれない」
「…僕と君の弟は似た者同士だったかもしれないな」
ベルカの昔話に引っかかることがあったのか、今度は木人形 (中身入り) が話し始めた。
「僕も昔」
「えー、人の昔話は聞きたくない…」
「…」
「冗談だよ。続けて」
「僕の身体も」
「あー、やっぱ回想入れるより戦ったほうが掲載順位上がるって今週の少年ジャンプの83ページに書いてあった」
ベルカが右手に混沌の炎を宿す。木人形 (中身入り) はフフフッと笑った。
「ああ。本当に君は狂っている。そう。そのドロドロとした炎。まるで僕の昔の身体みたいだ」
木人形 (中身入り) はその意気に応じて煤けた聖鈴を取り出すと、チリンと鳴らして闇の魔法を放った。
「あれ、その音色」
身体を反らし、間一髪で避けながらベルカが言う。
「それ私のじゃん。どこで拾ったの?」
「これは僕のだよ」
「私のだって。証拠言ってあげようか」
ひょいひょいと術を避けながらベルカが言う。木人形 (中身入り) は動きを止めた。
「証拠?何?」
「2つ。ひとつめ。その鈴は奇跡が使えない。奇跡をまともに使えない私のための鈴だから。ふたつめ。鈴の鳴るところに王家の証である菊の紋章があります。鍛冶屋のオッサンに入れてもらったんだ」
言われて木人形 (中身入り) が聖鈴をまじまじと見る。
「ここで隙だらけのあんたに私が火の玉ぶっ放せば大勝利なんだけど」
「…やっぱりこれは僕のだ。紋章なんてない」
再び木人形 (中身入り) が術を放つ。先程よりも強い。
「うっそだーぁ。その音、絶対私のだって」
「奇跡が使えないのだって、僕はもともと奇跡を使えないから確かめられない」
さほど広いとは言えない牢の中で、黒い渦と鮮紅の炎が交差する。
「ねえ、楽しくない?」ベルカが笑った。
「フフッ。どっちの血があふれるのかな?アハハハハッ」木人形 (中身入り) も笑う。
互いに全力で術をぶつけ合う。直撃すればどちらも消し飛ぶ危うさのなかで、溜まっていたものが吐き出されたのか、二人ともゲラゲラと笑っていた。
「何をしている!!」
繰り返し響く爆音を聞きつけ、屋敷の研究員である竜の学徒達がやってきた。しかし身体が揺れるほどの衝撃に、みな恐れ、牢に近づけない。
結局二人は疲れ切るまで命がけの舞踏を楽しみ、へとへとになって倒れ込んだ。
「あー、楽しかった。ねえ」
「何?」
「地の文の『木人形 (中身入り)』 ってうっとおしいからさあ、名前で呼ぼうよ」
「僕に名前なんてないよ」
「じゃあ何て呼ばれてるの?」
「僕を呼ぶ人なんていない」
「昔は?」
「エギル。王は僕をそう呼んでた」
「そうなんだ。私はベルカ。罪の女神」
「ふっ」
こらえきれず、アハハハハ、と笑い続けるエギル。
「君は本当に死にたがりなんだね」