「きびきび歩け」
「むー」
手かせに猿ぐつわ、鉄球の足かせに魔法封じの術をかけられ、ベルカは処分場へと向かっていた。沸騰する液体の槽に放り込まれれば、溶けて無くなる。ダークサインの浮かんだ亡者でさえも。
ふとベルカが立ち止まった。
「止まるんじゃない」
急かす研究員の手を払い、ベルカがにらむ。立っていたのは青い肌でニヤリと笑うナヴァーランだった。
「俺がじっくり時間をかけて調べつくしてやるつもりだったんだがな」そう言ってベルカの胸をわしづかみにする。
「ブーッ!!」
猿ぐつわ越しにベルカが唾を吐く。侮辱されたと感じたナヴァーランが平手を打った。何か叫び続けるベルカを研究員達が引きずっていく。そうして見えなくなった後、入れ替わるようにやってきた一人が焦った口調で言った。
「まずいですよナヴァーランさん。どうしましょう」
「何が」
「来ちゃいました」
「何が」
「税務署です」
「!!」
税務署とは!私の財産税を問答無用で公平かつ適正に巻き上げる徴収するため組織された悪の秘密結社警察組織である!そして念のため言っておくがこの物語における税務署は現実の組織とは断じて関係ない!仮に前年がっぽり儲けて翌年全然儲からなかったせいで収入以上の税金がかけられてしまい彼らを恨んだとしても!それはお門違い!自業自得である!
ナヴァーランが真剣な面持ちで屋敷の入口へ向かうと、アン・ディールが金色の鎧を着た騎士達と談笑という名の差し合いをしていた。
「では数字が違うというのはたまたまテンキーの5と8を間違って打ってしまったと」
「ははははは!私がごまかすわけないじゃないですか。あの日は3日徹夜しちゃってましてうっかりしていたかもしれません。ウチはほら、少ない予算で人手が足りないもんで」
「4箇所も同じミスをすると」
「えーっ!?4箇所も!ちょっと見せてもらっていいですか?…あら、ほんとだ」
「私達も事を荒立てるつもりはありません。追納はいつ頃までに可能ですか」
「今月中…いや、ちょっと待ってください。あ、いま責任者が来たので」
ナヴァーランがアン・ディールの隣に立つ。気持ち悪いほどへりくだった態度のアン・ディールと、向かい合う無機質な鎧騎士。
「責任者の宮廷魔術師です」アン・ディールの紹介にナヴァーランが頭を下げる。
「我々も忙しいので手短に。書類の不備があります。不足分を早急に納めていただきたい」
「そうですか。それは失礼しました」
「いつ頃までに納めていただけますか?」
「…」
「期限を過ぎた場合、延滞税がかかります。ご存知とは思いますが、放っておけば最終的には」
「いえ!必ずお納めします!」アン・ディールがたまらず口を挟む。
「アン・ディール殿。必要なのは決意でなく期日までにお納めいただくことです。一人ひとりの血税がこのドラングレイグを支えている。我らはその誠意に応える義務がある。出し抜こうなどとは考えないことです」
「そんなつもりはございません!」
「…」
額に汗しながら騎士をいなすアン・ディール。ナヴァーランはずっと黙っている。
「アン・ディール殿。本当にこの方が責任者なのですか?」
「ええ、あの、彼は完璧主義なので、ミスが信じられなくて混乱しているのかもしれません…」
「…」
ナヴァーランがフッと笑うと、手元が光った。
「愚民が。税は景気の安定装置だ」
ドン!
ナヴァーランの放った黒い炎が騎士の一人を一瞬で灰にした。
「ぎやー!」叫んだのはアン・ディール。「ぎやー!うおー!狂人!この狂人!!オカルトに染まったゲスが!ゲスが!ゲスが!クズが!あー!あーーー!何てことを!あーーーーー!!」
「フフフッ…前に言ったはずだ。『俺が人間じゃないからかもしれんが、いいとか悪いとか、そういうのは良くわからん』とな」
言いながらボンボンと放つ術を騎士がすかさず盾で弾く。残った騎士達も一斉に構えた。
「俺は俺の力を証明する。それがこの身体を持っていたやつの望みだ。それに俺がこいつらを殺して何の問題がある?」
大乱戦になった。
「フフフッ…楽しいなぁオイ」
ナヴァーランの放った黒い嵐は敵味方構わず焼く。さらに戦いのなかで力尽きた肉体はナヴァーランが指を弾くと爆散し、あたりにソウルのつぶてを放った。
騒ぎはベルカの耳にも届いた。ぽっかりと足元に空いた穴、その下で沸騰する液槽を前に、ベルカとともにただ一人残った研究員が外の様子をうかがっている。息せき切って駆け込んできたのは、同じ服装の男。
「すげーよ!ナヴァーランがやりやがった!」
「え?」
「王城から来たやつらと今やりあってんだ!」
「ええ!?それまずくない?っていうかやばすぎっしょ」
「だよな!おれずっと王城のやつらが気に食わなかったんだ!おれも行ってくるわ!」
そう言ってまた去っていった。
「おい、ちょっと待てよ!」
待てよ、の口調で木村拓哉を思い出し、一人で気味悪く笑った研究員は、何度かベルカと外を交互に見ると、
ベルカを液槽に突き飛ばして走っていった。
『うっそー…』