「ってなことがあって助かったわけ」
「そうなのね。だけどごめんなさい、何があったのか全然わからないわ。だってあなた、どこかの世界の昔話しかしてないんだもの」
夕陽の差し込むマデューラのボロ屋で、あくびをしながら喋るベルカと、後ろ足で首をかく猫シャラゴア。エギルはベルカをマデューラに届けた後、自分の神に仕えると言って陽の光を避けるように去っていた。
「そうね。まずはおかえりなさい、かしら?」
「うん。おかえりましたよシャラゴアさん」
「行った先で小競り合いにあったんですって?小枝の坊や (Titchy Gren) が言ってたわ。どうやって助かったの?」
「ああ、簡単かんたん」
ベルカがすっと空をなぞると、姿が消えた。
「あらあら、ふふふ」
「へへへ」
笑顔とともに再びベルカが姿を現す。「エギルちゃんもびっくりしてたよ。エギルちゃんが持ってた指輪でも少しの時間しか身体隠せないから」
「ふふ。あなた、面白い人ね。もう誰も知らない魔法を使える、変わった人。そう、もう誰も知らない、遠く、ずっと遠くの時代の魔法…」
「…」
シャラゴアにそう言われ、ベルカは少し悲しそうな表情だった。テーブルの上で頬をつき、ため息を一つ。「…遠くの時代」
* * *
「ここに戻ってくる間に、エギルちゃんの持ってる聖鈴を見せてもらったんだ。私が昔持ってたやつそっくりだった。でも違う。私が持ってたのは金色で、つるつるで、音が鳴るところに菊の紋章が彫られてた。エギルちゃんが持ってたのはサビてて、ざらざらで、鳴るところはかすれちゃっててわかんない」
「…」
「ただね、昔ケンカしてぶん投げたときについたのと同じところに、そっくりな傷があった。でも偶然。だって私のだったとしたら、サビて紋章が消えちゃうくらい、私が遠くの時代に来ちゃったことになるもん」
ベルカの認めたくない迷いをシャラゴアは黙って聞いている。
「私ね、こう見えて神様のモデルなんだよ。石像のモデルにするからって恥ずかしい写真もたくさん撮られてね。でもエギルちゃん言ってた。私の名前はタブーだって。罪の女神ベルカをどうとらえるかで宗派が分かれて、泥沼の戦争があって、国がいくつも分かれて、それでもずっと殺し合ってるって。ベルカって名前がタブーになって、羽根のある女性になったり、鎌を持った別の神様に変身した今も、ずっと」
ベルカが立ち上がってコホン、と咳をする。
「ひかえおろう。我こそは罪の女神ベルカである。お前たち、小さなことでいがみあって命を奪い合うのはやめよ。お前たちにどんな教義があるのかさっぱり知らないが、少なくとも私のスリーサイズで争うのはやめよ。私はそれを決して明らかにはしない。それよりも、友を、家族を、そして自分を大切にし、光の恵みに感謝し、悲しむ者、陰にある者、居場所なき者に手を差し伸べよ。そうすれば、なんか良くなるだろう、たぶん」
「ふふ、本当の牧師さんみたいね。最後はちょっと、あれだけど」
「だって神様じゃないんだからわかんないよ。アノール・ロンドにも白教ガチ勢がわんさかいてさあ、言葉の使い方ちょっと間違っただけですんごい怖いの。『ここはdeity』『ここはlord』とか、えー、全部godでいいじゃんて言ったら刺し殺すくらいの勢いで迫ってきてほんとに殺されるかと思った。ただkingだけは使うなって言ってたな、それは人間にしか使わないって言ってたから。そのくせ人とグウィンの何が違うのか説明しないし。そうそう、ネイルしてくれる人がグウィンがすごく好きでね、すんごい良い匂いのする人なんだけど、でも私グウィン嫌いだから悪口言いたいじゃん?そしたらまだ何も言ってないのに私の気配を察してヤスリの圧が上がるの。『痛い』って言ったら『失礼しました聞き捨てならない空耳が未来から届きましたのでおほほほほ』ってさ。グウィンなんてさあ、一晩いればムードのムの字も知らないアホでヘタクソで中折れ甲斐性なしで出したら出したでさっさと寝るクズだってわかるのに、なんであんなにメロメロなのかまっっったくわかんない」
「ふふ。ずいぶんな言いようだけど、それ、当人が聞いたらどう思うかしら」
「平気だよ。だってもう誰も生きてないもん、きっと」
暴言を上品にたしなめるシャラゴアに、ベルカはそう言って突っ伏し、顔を隠す。
「プリシラもドリンちゃんもみんな。跡部様も、氷縛結界を極めたギタリストも、東名高速の法定速度遵守者ブルックリンも、ゲームボーイコレクター・弾も、パチンコ与野の右奥でいつも打ってる人も、
顔を隠したまま、ベルカは小さな声で言った。「みんなもういないもん」