個性はニャル様です! 作:空色
中国の軽慶市での「発光する赤児」の報道以来世界各地で超常現象が報告され、世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った超人社会。“個性”を悪用する敵(ヴィラン)を“個性”を発揮して取り締まるヒーローは人々に讃えられていた。
「相変わらずイカレた世界だよな」
まったくもってふざけている。生まれで格差が付く不平等な世界。ヴィランの背景は気にされずにヒーローが力を振るうため、世の中は何も改善しない。ヴィランもヴィランだ。力任せに力を振るって不満を訴えるだけ。屑も多いがまともなやつはいるはずなのに、主張がないせいで一括りにされる。思考を止めた民衆は完全懲悪の演劇を求め、ヒーローもどきはそれらにこたえて金をもらう。本当にいかれた世界だと思う。だけど、一番イカレているのは俺の個性だ。
個性―――――『ニャルラトテップ』。
俺の目の前に浮遊している少女こそが俺の個性にして、混沌をつかさどる邪神だ。腰まである黒髪は、常に濡れそぼっているかの様に艶やかだ。蒼眼は妖艶に輝いており色香を感じさせる。身体は細く、四肢の先までスラリと伸びていた。道を歩けば間違いなく、百人が百人振り返る美少女だ。本人曰く、APP18だから当たり前らしい。よくわからない。
ただ、この少女が道を歩いていたとしても誰の目にもとまることはないだろう。実体化していないときは幽霊のようなものらしい。
しかも正確に言えば、これは個性なんかじゃない。外側から降りてきたこの邪神が偶々俺に目をつけ取り憑いているに過ぎない。
ニャルラトテップは変幻自在に姿を変え、千の化身と表現される。化身ごとに異名が(ときには複数)あり、ナイアーラトテップ自体を指す異名もあるので、非常に複雑なことになっている。自身の姿もその一つだと教えられた。
正直よく分かっていないが、面倒で冒涜的なものに取り憑かれたことはわかっていた。何で俺に取り憑いたのかと聞いた俺にニャルは一言。
『君が私をある程度理解してSAN値直葬にならなかった子だからだね』
とさらにわけのわからないことを言われた。
「器は高校どうするんだ?」
鋭い眼つきにとがった耳、黒髪が特徴の男子生徒。威圧的な印象とは対照的に、本人は壁に視線を向けて話さないと緊張してしまう極度のあがり症ではある。
「天喰先輩と同じく、雄英に入ろうと思ってますよ」
学校の帰り道散歩をしていると偶々知り合いを見つけたため、話しかけた。夕日に照らされてなお、天喰先輩の雰囲気は暗い。何でこんな性格なんだろ。
「それは、まあ器なら余裕か」
「そうですね、筆記試験は不安ですが」
「俺はその自信がうらやましいよ」
「先輩が言うと嫌味ですよ?2年生でもトップクラスの成績らしいじゃないですか」
「誰から聞いたんだ?」
「ねじれさん」
「あぁ、なるほど。俺にプライバシーはないんだね………」
コンビニの外壁にもたれるようにして天を仰ぎ、ため息を吐く先輩。
「ヒーローは人生を晒し上げるお仕事でしょ?」
「ひどい偏見だ」
俺と先輩はともに遠い目をする。ねじれさん苦手なんだよなぁ。可愛いんだけど、テンションについていけない。ただでさえ、常識からかけ離れた奴が四六時中話しかけてくるのに、これ以上ルーニーとしゃべるのはきつい。
しかも優しい人だから邪険にできないんだよな。
「まあ、俺もミリオも少しは応援してるよ」
「少ししかしてくれないんですか?」
「だって、器には必要ないだろ?」
しばらく雑談をして先輩とは別れた。それを見ていたニャルが一言、とんでもない言葉をこぼす。
『あの天喰とかいう子。面白い個性だよね。私の出した触手とかも取り込めると思うかい?』
「発狂すると思う。面白がってやるなよ?マジで無駄な死体が増えるだけだから」
流石に知り合いが発狂していくのを見る気にはなれない。そう思いニャルをたしなめる。それを聞いて、ニャルは心底面白そうに微笑む。
『無駄じゃなければ死体を作ってもいいと思ってきている辺り壊れてきたね』
たわいない話を聞きながら暗くなってきた街中を歩く。すると向こう側の裏路地から悲鳴が聞こえてきた。次いで、戦闘音が聞こえる。金属同士がぶつかり合う甲高い音だ。
様子を見に行ってみるとそこには血まみれで横たわるヒーローらしき人物と異形の形をしたヴィランが二人立っていた。
ヴィランの腕は刃のように変形している。もう一人の方は腕に電撃をまとわせていた。おそらくこの惨状を引き起こしたのはこの二人なのだろう。彼らは俺に気が付いたように顔を上げ、鋭い眼光と殺気を向けて叫ぶ。正直、耳障りな不協和音でしかなかった。
「一応聞いておこう。そのヒーローを殺した経緯について」
「あぁん?当たり前だろ!?こいつはな!一般人に金を握らせてヴィランを演じさせて私腹を肥やしてやがったんだぞ!?」
また、すごい情報が出てきた。こういう輩は存在しているだろうが誰にも気が付かれずにヴィランに殺されるとはな。自業自得ではあるが、こいつの真相が世に出ることはないのだろうな。
「ゆるっせねえよな!?俺らは個性が制御できなかっただけで危険人物扱いされて、周りから迫害されて!ヒーローは誰も助けてくれなかってていうのによ!」
なるほど、一方的な事情しか聞いていないがなかなかひどい話だ。こいつらの言うことが真実なら。
「俺らはひどいことをされたんだ!だから私腹を肥やしている奴らには何をしてもいいんだ!こいつも昨日の学生も!満たされている奴らには何をしてもいいのさ!」
歪んだ笑みをヴィランが浮かべる。前言撤回、支離滅裂な主張だった。ヒーローもクソだがヴィランもクソだな。
「お前も満たされてそうだなぁ!死ねえ」
ヴィランが俺に向かって刃状の腕を振りかぶる。瞬間、ヴィランは上空に跳ね飛ばされた。そのまま、地面にたたきつけられる。
「ッ!?」
寝転がる体を横に倒し、左半身を上に向けてヴィランは呆然となる。立ち上がるのに必要な両腕、その左半身が存在しない。左腕は肩から吹き飛び、抉れた傷口からはささくれ立った肉と骨が見え隠れしている。夜気の中にあってなお赤色は鮮やかで、そこからとめどなく鮮烈な赤を流している。
「あぁああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ヴィランが叫ぶ。もう一人の方が殺気立って俺の方を振り向く。しかし、振り向いた拍子に動きを止めた。そこには冒涜的な光景が広がっていたからだろう。
俺の周囲の空間から這い出てくる無数の触手。これを見たために硬直しているのだろう。ニャルの力によって現出した触手は赤紫色に発光している。一本一本に意思があるように感じられるその動きは容易に相手の正気を削っていた。
個性社会であるため異形の存在は珍しくはない。だが、決定的に違う。根本の価値観が揺るがされるかのような違和感。知ってはいけない、理解してはいけない、起こしてはならない。ニャルはそういう存在だ。
「長く時間はかけたくないし、血で汚れるのも嫌なんだ。だから、人の形のまま殺すよ」
冒涜的な呪文が自身の口から流れる。不吉に、不気味に響く名状しがたきその呪文は外側の何かにつながってしまうかのような予感を孕んでいる。まるで破滅の足音が聞こえるかのようだ。
「アザトースの呪詛」
口からこぼれたその言葉は世界に吸い込まれ、代わりにヴィランの精神を吸い出した。白目の状態で立ったまま意識を途絶えさせているヴィランを見て俺はその場を立ち去った。
『やっぱり君を選んだのは正解だったよ』
夜が深まり器も意識を手放したころ、ベットの横に浮遊するようにして器の顔を覗き込んでいる邪神は静謐に、されど高らかに、嗤う。正気すら削られそうな美しい笑顔を浮かべ愛おしげにつぶやく。
『フフッ!ヒーローも嫌い。ヴィランも嫌い。神様も嫌い。世界が憎い。そのくせ人間を捨てきれない君は何になるんだろうね?』
邪神の楽し気な声は器に聞かれることもなく、夜の闇に溶けていった。