個性はニャル様です! 作:空色
《昨夜、路地裏でヴィランとトラッシュヒーローガルベッドが殺害されているのが発見されました。警察の調べでは巷で噂になっている連続殺人犯の仕業であるとし――》
『有名じゃないか。やったね』
「うれしくねえよ」
ソファーでコーヒーを飲みながらくつろいでいるニャルを見ながら、私服に着替える。焼きたてのパンと挽きたてのコーヒーの香りが寝ぼけた頭に朝を知らせてくれる。
テレビのニュースから流れてくる連続殺人犯のプロファイル。間違いだらけだ。本質を知ろうとしないからこうなる。
「ニャル、俺はオーバーホールのところ行くけど来るか?」
『んー、今はまだ暇だしね。行こうかな』
そう言って、美しすぎる美貌で笑いかけてくる邪神様。昔は動揺したであろうが今はもう気にもならない。
オーバーホールはとあるヤクザの若頭だ。ヒーローの隆盛によりヤクザ組織は次々と摘発・解体され、オールマイトの登場で完全に時代を終えたとされている。現在では昔気質の「極道」などは、天然記念物と呼ばれるほどにその数は少ない。
摘発を免れた勢力もヴィラン予備軍として扱われ、監視されながら細々と活動を続けている。そんな中、この男の率いる死穢八斎會は小さいながらも若頭を中心に活発に活動しており、他の犯罪組織との交流の多さ等もあって、裏社会においては根強い影響力を持っている。
目の前に座る男と会うのは半年ぶりだ。酷薄さを感じさせる細い眼つきに、若干赤みがかった黒髪のショートヘアーの男。トレードマークの赤いペストマスクを着用し、上半身は紫色のファー付きのモッズコート、黒シャツに白ネクタイを身につけ、下半身は黒のスラックスで白いスニーカーを足首までの靴下を履いて着用している。
相変わらずの潔癖症らしい。
「久しいな、外海器」
「あなたがそんな前口上を述べるなんて珍しいですね」
この場には俺とオーバーホール、彼の側近である玄野がいる。最初にあったときは色々いたが、俺には大抵の個性が効かないということと襲ってきた相手を発狂させてしまったことで側近を削って話し合うようになった。
俺とオーバーホールの関係性は何か。一言で言い表すならビジネスパートナーだろう。それもかなりグレーな間柄だ。
俺は彼の現在の社会への怒りを買っている。それに自身の親代わりの現組長への恩に報いるため、彼に代わって死穢八斎會の復興を目指している背景も嫌いではない。ただ、やり方が好きになれないことと先を見ていないことが許容できない。
「………」
「本題に入りましょう、オーバーホール。例の弾丸の研究は順調ですか?」
「ああ、完成まではまだかかるが目途は立っている」
「それは僥倖ですね」
彼が作っているのは個性を消す薬である。
「資金を提供したかいがありましたよ」
「だが計画を始めるのはまだ先だ。第一段階として、壊理の個性「巻き戻し」を応用して「個性を一時的に消失させる銃弾」を開発した。試作品の銃弾と、個性ブースト薬を市場にばらまくことで、資金集めと同時に、裏の市場にその存在を匂わせる。ここまでは順調だがここから先はそうもいかない。集めた資金によって、更に純度の高い「個性をヒトから消す銃弾」と、それを元に戻す「血清」の量産体制を構築することを進めうつつ好機を待つ。もう少しなんだ………」
彼の言葉は徐々に熱と狂気を帯びる。顔には出さないし、露骨ではないがその狂気はとどまることを知らない。
「俺が出した条件、覚えていますよね?」
「ああ、覚えている。資金の提供と武器の提供。それらの代わりに俺たちの情報網と完成品を一部渡す」
「もう一つ、あの子に定期的に合わせること」
「………」
ついて来いと言い、立ち上がった彼と側近の後を付いて歩いていく。相変わらずこの建物は迷路みたいだ。隠し扉に存在しない通路。一人で歩いていると高確率で迷う。
オーバーホールが立ち止まる。そこには窓もない一つの小さな部屋があった。
「俺たちは外にいる。わかっているとは思うが、変な真似はよしてくれよ」
「わかってますよ。俺もまだ死にたくないので」
邪神の冷笑が背後から聞こえる。すべてをあざ笑う絶対者の哄笑。不愉快だった。
中に入ると部屋の様子が見える。散らばった古ぼけた玩具に暗い内装。その中心部にうずくまっている白い少女。
腰近くまである白い髪、赤い瞳と額の右側に生えた茶色味掛かった角が目立っている。服装は色味のないボタン留めのワンピース。手足にはびっしりと包帯が巻かれており、左腕の包帯の下は切り傷のような跡がいくつも確認できる。
「あ………お兄、さん」
うつろの目をした彼女は俺の存在に気が付き僅かに顔をあげてホッとしたような顔をしている。オーバーホールではないことに安心したのだろう。
「いつも自分のせいで誰かが死ぬ」、「自分が我慢さえすれば、だれも傷つかずに済む」という自罰的な思考に囚われている彼女を放っておく気にならなかった。利用するのは変わらないが、ここでこのまま彼女に何もしないと自分の中で強烈な矛盾が発生する気がしたからだ。
「久しぶりだな、壊理。アップルパイ持ってきたんだけど、食べるか?」
「…ん、食べます」
コクリと頷いて恐る恐る差し出したアップルパイを受け取る。小さな口でかじり始める。少しほほを緩め目を細める壊理を見て複雑な気分になる。壊理が座っている隣に腰を下ろし、同じくアップルパイをかじる。
何故、俺はこの少女を利用しているのにもかかわらず放っておけないのか?はっきりとした答えは出せない。ただ理不尽にさらされている彼女を見て見ぬふりをしないことで自分の傷を隠したかっただけなのだろうか。
小動物のようにアップルパイにかじりつきつつ、壊理ははにかんだような笑みを浮かべる。不器用な笑みだった。上手く笑えていない。だけど、それはこの少女なりの感謝の証なのだろう。
『滑稽だね。目的のために助けるのをあきらめた少女に中途半端な優しさを与えて、救った気にでもなっているのかい?それはエゴよりも悍ましい何かだとわかっているのかい?』
知ってる、俺が破綻している存在だっていうのは6年前に思い知った。これが自己満足だ。悍ましい偽善に似た何かだ。後々のことを考えて壊理の好感度を稼いでいるだけでないのは認める。だけど、この野望も、怒りも、憎悪も、歩みも、もう止まれないんだよ。
『違うね。器、君はそこの子に期待しているんだ。自分を救ってくれないかとね』
今日はやけにしつこいな?
「……さん………にさん……兄さん!」
「ッ!」
ニャルとの会話に意識を取られていると壊理が呼んでいる声に引き戻される。俺の顔を恐る恐るのぞき込んでいる彼女は不安そうに顔を歪めていた。
そんな彼女を軽く抱きしめながら謝る。
「悪いな。少しぼーっとしてた。何か言ってたんだろ?もう一度教えてくれないか?」
目を合わせて優し気な声色を心掛けて問いかける。それに壊理は目を泳がせながらもたどたどしくお礼を言ってくる。
「アップルパイ、ありがとう、ございました………美味しかった」
「そうか、それはよかった」
壊理を軽く撫でた後に部屋を出ようと立ち上がる。あまり長いをするとオーバーホールの機嫌を損ねてしまう。そんな俺を見た彼女はおびえた様子と悲しげな表情を浮かべ、名残惜しそうにこちらに手を伸ばしかけている。
「もう帰っちゃうんですか………?」
彼女は不安げに瞳を揺らしどこがすがりついたような様子で手を握ってくる。その手を取ることは簡単だが、希望を持たせることはこの場合は残酷なことだ。
「てぃび まぐぬむ いのみなんどぅむ しぐな すてらるむ にぐらるむ え ぶふぁにふぉるみす さどくえ しじるむ」
彼女に聞こえないように呪文を詠唱し今日の目的を果たす。俺以外には見えていないだろうが、目の前にはとある生物が浮遊していた。はっきりとしない不可視の輪郭を持っているその生物は、血を吸うことでその姿を現す。それをわざわざ形容しようとするのなら巨大なゼリーにたくさんの触手が備わっている怪物だ。生き血を啜る口と大きな鉤爪も備わっている。
「その子を監視しろ。俺からの指令がない限りは何もしなくていい」
そう言い含めて俺はドアに手を掛ける。
「また来るよ」
壊理にそう言い残し、俺は部屋を出た。
雄英の試験日がやってきた。筆記試験はまあたぶん大丈夫だと思う。天喰先輩の家に押しかけて、ミリオ先輩に勉強を教えてもらったわけだし。
『今日は俺のライブへようこそぉ!!!』
広大な講義室。そこで試験説明されるのだが、その第一声がこれだ。ボイスヒーロープレゼント・マイクが名に恥じない声を室内全体に響かせる。しかし返ってきたのは静寂だった。
『オーケー! オーケー!緊張してるんだな!!』
しかし、そこはラジオ番組もやっているマイク。お構い無しと言わんばかりに説明を進めて行った。
『この後は事前に渡した入試要項通りだ!!持ち込み自由の模擬市街地演習!!』
相も変わらない声量のマイクは説明を続けると、試験の内容は以下なモノだった。
制限時間は10分。演習場には1~3Pの三体の仮想敵がおり、それを行動不能にしポイントを稼ぐ事が受験生の目的。謂わば、市街地戦を想定した実戦試験。
「質問よろしいでしょうか! プリントに記載されている4種目の仮想敵についてです!――これに関する説明がなく、もし誤載ならばこれは恥ずべき痴態!どういう事か説明を求めます!」
隣で叫ぶ様にマイクへ説明を求める受験生を見て、うるさい奴だなと漠然と思った。緊張が場を包んでいた会場。それをマイクに劣らずの声で壊した様なもの。
その受験生の行動は更に上を行く。声でか受験生は突如として振り返り、一人の受験生へ指差した。
「ついでにそこの君!――そう縮れ毛の君だ!! さっきからボソボソと気が散るじゃないか! 物見遊山ならば立ち去りたまえ!」
その少年は周囲に笑われながらも小さく謝っており、それと同時にマイクからの返答も始まる。見ていて気分が悪い。うるさいのは眼鏡受験生も同様である。それに、相手の事情を想像できないバカさ加減も見ていて腹が立つ。なんならうざい。
『オーケーオーケー! そこの受験生、ナイスお便りサンキュー! 説明しちまうと、この四体目は、0Pのお邪魔虫だぜ』
マイクの言葉が会場に響き渡る。この四種目の仮想敵は得点0で、しかも倒すのはほぼ不可能。文字通り邪魔なだけの仮想敵であり、その説明に受験生達は納得し、同時に避ける為の存在だと判断した。
プレゼント・マイクはゆっくりと手を叩いて己へと注目させる。
『それじゃ俺からは以上だが……受験生リスナーへ我が校の校訓プレゼント!――かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った……真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行く者だと』
『Plus Ultra!!いい受難を』
校訓を聞きモチベーションが下がったことは内緒である。
『よーい! スタァァァァァァトォォォォオオオ!!!』
プレゼントマイクの声がだだっ広い試験会場によく通る。毎年のこと、スタートの言葉に反応できる生徒は少ない。いや、ビクついて反応している生徒は多いが、一歩踏み出す。その動作をする生徒は毎年いるかいないか。なのだが……どうやらこの声に反応できる受験生は、1人の教師が確認できるだけで2名存在した。
1人は去年ヘドロ事件で一躍有名になった、折寺中学の爆豪勝己。かなり注目が集まっていたらしい。そしてもう1人は如何にも平々凡々と呼べなくもない受験生。資料の個性欄にはこう書かれている。
個性『触手』
どうやら異形系には見えないが触手を扱うらしいとイレイザーヘッドは判断した。
「今年は2人も動けたなんて、今年は豊作かもね」
この場で1番権力のある根津の発言に教師陣は頷いて返す。片や掌から爆発系の個性を使って試験場を縦横無尽している。片や、触手を使い立体軌道を行いながら周囲を蹂躙している。
「彼の個性って異形系じゃないの?」
「……厳密には違うようですね」
ミッドナイトの言葉に反応するイレイザーヘッド。彼の周囲の空間から湧き出ている触手をを見て彼らは異形系ではないと考えた。
そんな会話を聞きながらオールマイトはOPロボを前にした器を見ていた。誰もかれもが逃げる中、彼だけはその場に佇んでいる。
空間が歪んだ。0Pロボの周辺の空間が湾曲し、巨大な触手が這い出てくる。赤黒く光るそれは不気味に脈動している。無数の触手はロボに絡みつき縛り上げる。それはこの世のものとは思えぬほど、冒涜的な光景だった。教師の何人かは顔をしかめて座り込んでしまっている。
触手は0Pロボを拘束しその場に押しとどめる。結果として、受験者たちは救われた。だが、受験者は無事なのかと言われるとそうではない。受験者の3割ほどが金切り声を上げるか、気を失っていた。まさに地獄絵図。
緑谷の大立ち回りで教師陣は正気に戻ったものの、彼の映像を最後に見ていたら大変なことになっていたであろうと教師陣は直感していた。
「外海器………彼を入れるべきか入れないべきか」
根津校長はその場で腕を組んで悩ましげな声を上げ、周囲を見回す。
「ここは学校。基準を満たした生徒を入れないなんて許されないと僕は思うのさ」
一部の教師から反対はあったものの器の合格が決まった。