機装女戦記ガンプラビルドマスターズ   作:ダルクス

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デートを終えたソウシ達は、レギーラを送って行くついでにレイナの住むアパートへと向かう。
初めての来客で戸惑うレイナに対し、ソウシはある提案をする……。


第26話:「小さな胸の痛み」

「悪いな、大勢で押しかけちまって」

「……ううん」

 

 立ち話も何なので、部屋の中に上がらせてもらった俺達。レイナの住むこの木造アパートの一室は、6畳一間でエアコン無しインターネット環境無し風呂無しトイレ共有という、お世辞にも快適な空間とは言い難い立地条件だ。かく言うこの部屋も、家具らしい家具といえば部屋の隅に勉強用の机と教科書等が入っている小さな本棚、台所には必要最低限の食器と冷蔵庫、部屋の中央に小さなテーブルだけという、なんとも質素なものだった。

 何か面白味のあるものはないかと部屋を見回すと、窓際にはガンプラの塗装を行うための塗装ブースがあり、その隣には制作用の木製机が付けられていた。その机の上には、鋭利に仕上げられた緑色のパーツ……レギーラの装備するCファンネルと大型シグルブレイドがあった。それらはレギーラ暴走時、カゲツキやサザビーさんによって破壊されたのだが、レイナはそれをほぼ元の状態にまで作り直したのだろう。

 

「……あまり、じろじろ見ないで……」

「す、すまない」

 

 製作用机から俺は目を離し、中央のテーブル前に腰を下ろす。それを見たレイナは正面に座る。一方のファントムは俺の背後でカルナを床に寝かせ、レギーラはなぜか窓縁に座り、肘を手すりに当てて外を見ている。

 互いに顔を見合わせている……が、レイナは何かを言いたげな様子だった。しかし、何と言葉を発していいか、よくわからない様子だ。やはりここは俺が話を切り出すべきか。

 

「あー、その……上がってから言うのもなんなんだけど……迷惑じゃなかったか?」

「……別に、構わない」

「もしかして、今の今までレギーラのパーツ、直していたのか?」

 

 コクリ……と、レイナは首を縦に振った。

 

「ひょっとして、今日一日ずっと?」

「……今日だけじゃない……先週の土曜日から、家にいるときはずっと……」

 

 先週の土曜日……それはちょうど、レイナがレギーラで初めてガンプラバトルをし、その後レギーラのMS(マシンソウル)が覚醒・暴走し、カゲツキが止め、その後俺達3人がシノブ姐さんにガンプラバトルを挑んだ、あの激動の一日のことだった。要はレギーラのパーツが破壊されたその日から今日まで、レイナはレギーラのパーツを直し続けていたということだ。1週間でもうほとんど直し終えているのだから、流石と言わざるを得ない。

 

「じゃあ夕飯はまだ食べてないのか?」

「……一息ついたところで、食事を摂ろうとしていた」

「食事って?」

「……これ」

 

 そう言ってレイナは台所に置かれているビニール袋の中からコンビニ弁当を取り出した。

 

「……まさかとは思うけど、それ毎日じゃないよな?」

「……違う」

「だ、だよな……」

「……今日はデミグラハンバーグ弁当だけれど、昨日は照り焼きチキン弁当だった……その前は麺類が安かったからペペロンチーノを……―」

「結局全部コンビニ弁当なのかよ!?」

 

 思いもよらずに天然な答えが返ってきたので、俺は思わず座った体勢からずっこけてしまった。

 

「もしかして……レイナって料理できない?」

 

 その問いに対し、レイナはコクリと頷いた。

 

「ここに住んでから、ずっとコンビニ弁当?」

「……毎日じゃないけど、ほぼそう……時々、近所の牛丼屋やファミレスに行くこともある……」

 

 それを聞いて俺は思わず深いため息をついて天井を仰いだ。

 自炊も満足にできていないのに、この歳でこんなボロアパートに住んでいる……そこには何やら深い理由があるのだろうが、今はそれよりも、そんなレイナの食生活をどう改善していくかだ。このままでは、間違いなく栄養が偏ってしまう。

 

「だから言っただろう小僧、『食べ物であればそれでいい』と」

 

 窓際にいるレギーラが静かに語った。確かに、今日のデートで昼食をとる際にレギーラはそんなことを言っていた。まさかその原因がレイナの食生活にあったとは思いもしなかった……最も、レギーラのことだから元から食事自体に大した興味を持ってはいなかったかもしれないが。

 全く……オトメもシノブ姐さんもそうだが、どうして俺の周りには自炊ができない女性ばかりが集まっているんだろうか……。

 

「よし……レイナ! ちょっと正座!」

「えうっ!? は、はい……!」

 

 柄にもなく少々厳しい口調でレイナにそう告げると、レイナはビクッと体を震わせて慌ててテーブルの元へと戻り、正座する。

 

「俺が飯の作り方を教えてやる。レギーラを送ってくついでに夕食でも作ってやろうかと思ってたけど、気が変わった! レイナ、お前にも手伝ってもらうぞ」

「で、でも私……料理なんて作れない……」

「なおのことだ! どんな事情があるかは知らないが、親御さんのところを離れて独り暮らししているという身分なら、料理の一つや二つできなくてどうする! ましてや女の子が!」

「ううっ……」

 

 唸りながらレイナの表情が曇る。いけないいけない……つい熱くなってしまった。少し言いすぎてしまったかなと反省しつつ、今度は物腰を柔らかくして接してみる。

 

「大丈夫だって、料理はそんな難しいものじゃない。ガンプラを作るよりかはずっと簡単だ。俺も一緒に作るから、一緒にやってみようぜ。な?」

「う、うん……わかった」

 

 と、いうわけでレイナを交えて夕食に準備をすることにした。

 

………………

…………

……

 

「どうだったカゲツキ?」

 

 レイナのアパートから少し離れた空き地、そこには1台のワンボックスカーが停まっていた。中にいるのはシノブと創主達とマシンソウル達だ。インカムとカメラの電源を切られてしまったため、様子の伺えないソウシ達を探るために、シノブはカゲツキを偵察に向かわせていたのだった。

 カゲツキは、車のパワーウィンドウから顔を覗かせるシノブに対し、跪いて詳細を語る。

 

「はっ、レイナ殿を交えて夕食の支度に取り掛かる模様でござる」

「ふーん……これを機にレイナちゃんとの仲を深めようってことかしら。ご苦労カゲツキ、引き続き偵察に回って」

「御意」

 

 カゲツキは短く(こうべ)を垂れると、素早く跳躍し、あっという間に姿を消した。

 

「カゲツキさん、いつから居たんだろ?」

 

 その様子を後部座席で見ていたオトメがふと呟いた。

 

「カゲツキはずっと近くに居たわよ。カルナちゃんを外に出してるし、いつあの連中(天ミナ一派)の襲撃があるかわからないでしょ? だから周囲の警戒に当たらせていたの」

 

 と、パワーウィンドウを閉めながらシノブは答えた。

 

「さぁてソウ君、インカムの電源切ったくらいで私の目を晦ませるなんて思わないでよ。この私を出し抜いて女の子とよろしくしようなんていい度胸してるじゃない。こうなったら徹底的に行く末を見届けてやるわ!」

 

 シノブは「うふふふふふふ……」と不気味な笑みを浮かべる。それに対し、後部座席の創主(マスター)達は若干引き気味である。

 

「……なぁ姉貴、一人で盛り上がってるとこ悪いんだけど、俺達もう帰るわ」

「あら、ソウ君のこと気にならないの?」

「気にはなるけどよー……こっから先って姉貴の言ってたデータがどうのこうのとかってのはもう関係無い領域だろ? 個人のプライベートっていうかよ……」

「うん……僕もあまり気乗りしないでござる」

「わ、私もー……サバにゃんたちも疲れてるし……」

 

 後部座席の方を見ると、確かにサバーニャ、ゴッド、ザクの3人は大分疲れが溜まっているらしく、伸びをしたり欠伸をしたりぐったりしてたりしている。かくいう創主達も、今日一日ほとんどずっと狭い車内の中で座りっぱなしでパソコンの画面を見続けていたため、疲労が限界に達しようとしていた。

 

「ん、それならしょうがないわね。あなたたち、今日はお疲れ様。せっかくだから、送って行くわね」

「そうしてもらえると助かるぜ……さすがの俺も疲れた……」

「ご主人~、俺らガンプラの姿に戻ってもいいか?」

 

 と、欠伸をしていたために若干涙目になっているゴッドが尋ねる。

 

「おう、いいぞ」

「みんなもお疲れ様~」

「ゆっくり休むでござるよ」

 

 創主達のその声を聞くと、各々のマシンソウル達は一瞬の光の後、それぞれ元のガンプラへと戻る。光が収まると、後部座席にはガンダムサバーニャ、ゴッドガンダム、ザクⅠのガンプラが倒れていた。創主達はそれぞれ自分のガンプラを拾い上げると、自分の鞄や専用ケースの中にしまい込んだ。

 

「じゃ、帰りましょうか」

 

 そう言ってシノブはワンボックスカーのエンジンをかけ、ゆっくりと発進する。

 

「よぉ姉貴、もしかして俺達を送り届けたらまたこの場所に戻ってくるつもりか?」

「あったり前じゃない。あんた達は興味無いかもしれないけど、私はあの第二愚弟がどんな方法で純粋無垢なレイナちゃんをたぶらかすのか大いに興味があるのよ」

「言い方言い方」

 

 トモヒロが指摘するが、シノブは気にすることなく実に愉しそうに微笑する。

 

「そういえば、オトメちゃんはいいの? このままじゃソウ君とられちゃうわよ?」

 

 唐突に話題がオトメの方に振られたため、オトメは思わずアホ毛をピンと立ててきょとんとした表情でバックミラー越しにシノブの方を見る。

 

「えっ、私? 何のことですか?」

「あら、だって貴女もソウ君のこと狙ってたクチでしょ?」

 

 それを聞いてオトメはアホ毛を「?」の形になりながら首をかしげ、腕を組んでしばらく考える。一方のトモヒロとタクオはというと、「また姉貴は余計なことを……」「ほんとにデリカシー無い人でござるな……」と言わんばかりにジトっとした目をシノブの方へと向ける。その後、オトメは「ポン」と手を叩き、結論を出した。

 

「あー、お姉さんそれ多分勘違いしてますよ」

「えっ、なんですって?」

「私、確かにソウシ君には好意は持っているけど、“LOVE”の方じゃなくって“LIKE”の方だもん。むしろ私はソウシ君の当て馬になりたいんですよ」

 

「「「当て馬ぁ?」」」

 

 聞きなれない単語が出てきたことで、車内にいる3人の声が同時に重なった。

 

「例えばですけど、私がソウシ君に『好きです!』って告白するとするじゃないですか? すると、ソウシ君は私を相手にせず、フるんですよ」

「それは、なんで?」

「もちろん、他に好きな人がいるからです」

「それってレイナ殿のことでござるか?」

「ううん、トモヒロ君」

 

 ちーん……。

 

 車内が水を打ったような静寂に包まれる。名前を言われたトモヒロは、あまりの衝撃の大きさに口を半開きにしたまま放心状態となってオトメの方にゆっくりと顔を向ける。構わず、オトメは話を続ける。

 

「時々こんな妄想してるんです。ある時、私は受け(ソウシ君)攻め(トモヒロ君)に対する想いに嫉妬して、2人の関係をめちゃくちゃにしてやろうと色々引っ搔き回すんですよ。でもでも、最終的には私はフラれて2人はくっつくんですけど、その時に私という障害を乗り越えた瞬間! 2人の愛は更に強く、深いものへと育っていくんですよっ!」

 

 口が半開きのトモヒロの顔が段々と青ざめていくが、暴走したオトメはもう歯止めが利かなくなる。アホ毛が勢いよく左右に揺れ、ハァハァと呼吸が荒くなり、頬を紅潮させ、目の奥にハートを宿しながら、自分の腐女子としての妄想全開でその想いを口にする。

 

「つまり! 私は推しカプ(トモ×ソウ)の幸せのための礎になりたいんですっ! 私という犠牲の元に、どうか末永くお幸せになってほしいんですよ! この気持ち、わかってもらえますか?」

 

「「「わかんねーよ!!!!」」」

 

 思わず全員が同じ口調になり、同じタイミングで声をハモらせて間髪入れず鋭いツッコミを入れる。

 

「つーかオトメ! いつから俺とソウシがそんな関係になったってんだ!?」

 

 オトメの勝手な解釈でソウシと恋人同士にさせられたことに対し、放心状態だったトモヒロの魂が還ってきてオトメに対して激しい口調で問いただす。

 

「やだなぁトモヒロ君、私の中ではソウシ君とトモヒロ君はもうとっくに王道カップリングとして日々悶えさせてもらってるんだよ♪ はー、トモ×ソウマジめっちゃ尊い、ごちそうさまです♪」

「うおぉーい!! 誰かこいつを今すぐ車の外に放り出してくれぇぇぇぇぇーーー!!」

 

 思わずパワーウィンドウを開けて外に向かって大声で叫ぶトモヒロ。

 

「な、なんてこと……まさかこの私の観察眼が敗れるなんて……腐女子道、奥が深いわね……」

「やめろ姉貴頼むからこいつと同じにだけはならないでくれ」

 

 柄にもなくトモヒロは姉に対して必死に縋り、息継ぎ無しで言葉を羅列し静止を促す。

 

「じ、じゃああれは……? 前にレイナ殿の双子の妹が襲ってきたとき、そのガンプラバトルをした帰り道でソウシ殿とレイナ殿とがいい雰囲気だった時、オトメ殿が嫉妬深そうにしていたのはなんだったのでござる……?」

「あぁ、あれはあのポジションに私が入りたかったなーってこと。で、めちゃくちゃに引っ掻き回した後、ソウシ君とトモヒロ君がくっつくようにお膳立てをして……―」

「だからもういいってーのっ!!」

 

 トモヒロの絶叫がしばらく木霊した後、車はトモヒロの自宅に着いた。

 その後、車の中でひとしきり絶叫したトモヒロは、今日一日の疲れも相まって、加えてオトメから受けた精神的ショックのせいで、その後長い時間自室でぐったりとなったのは、言うまでもない……。

 

………………

…………

……

 

「あまり固めすぎないようにしてこねるんだ。中に空気を入れるような感じでな」

「こ……こう?」

「そうそう、上手いじゃないか」

「……パテを練るのと同じ要領」

「なるほどね」

 

 少々狭い台所に立つ俺と、家庭科授業用のエプロンを着けたレイナ。その目の前にはボールがあり、溶き卵、玉ねぎ、塩コショウ、挽き肉、それらを混ぜた込んだものを俺の指示通りにレイナはせっせとこねる。

 

「そろそろいいだろ。それを適量とって楕円形に広げてフライパンで焼いていこう」

「火……使ったことない」

「大丈夫、このつまみをゆっくり回せばいい」

 

 引っ込みがちなレイナの手をとり、コンロのつまみの方へ誘導し、一緒に回して火をつける。本来ならばここで男女の手が触れ合うことで取り乱してしまう展開だろうが、俺はガンプラと料理のことに関しては真剣にならざるを得ない性質(タチ)だ。刃物や火を扱うのにいちいちそんなことを気にしている余裕はない。

 フライパンにひかれたサラダ油がふつふつと音を立てた頃、換気扇の紐を引っ張って電源を入れる。そして、先程楕円形に広げた挽き肉をフライパンの上に乗せて焼き始める。パチパチと油がはねる音がする。堪らずレイナはフライパンの取っ手を握ったまま、後ろへ一歩下がる。俺もまた、その背後で焼き加減を見定める。

 

「焼け目がついたら、フライ返しでひっくり返そう。できるか?」

「……やってみる」

 

 先ほどのおどおどした状態とは打って変わって挑戦的な面持ちになり、電灯の明かりでキラリと光る新品同様のフライ返しを手に取り、焼けた挽き肉とフライパンの間に差し入れていく。そしてタイミングを見定め、レイナは意を決してフライ返しを持ち上げた。

 

「……えいっ!」

 

 掛け声とともに宙を舞う焼けた挽き肉。勢いが良すぎたのか、かなり高く跳び上げられる。

 

「あっ」

「あっ……」

 

 俺とレイナはそれが明らかにヤバいと思いつつも、そう言葉にすることしかできなかった。肉は空中で一回転した後、「べしゃ」という音と共に崩れた状態になってフライパンの上に落ちた。

 

「うぅっ……」

 

 それを見てレイナは今にも泣きだしそうな表情になってしまう。そうならないよう、俺は必死で取り繕う。

 

「だ、大丈夫だって! まだ中まで完全に火が通ってるわけじゃないからさ、ここをこうして……」

 

 と、レイナからフライ返しを渡してもらい、崩れた挽き肉をフライパンの中央に集め、固め直していく。

 

「これでよし。気を取り直して焼いていこうぜ?」

「……うん」

 

 レイナは袖で目元を擦って零れそうになっていた涙を拭き、再びフライ返しを手にして肉との格闘を再開する。

 

 

 

「あれはなにをしているのだ?」

「おそらく、ハンバーグを作っているのでしょう」

 

 それを窓際とテーブル越しより見つめるレギーラとファントム。

 

「ふん……料理か」

「なにか不満ですか?」

「今一つ、それが何故必要な工程なのかが理解できん」

 

 腕組みをした状態でレギーラは物申す。それを見て、ファントムは「フフッ」と笑う。

 

「なにを笑っている?」

「いえ、ただ……私も最初、マスターの元に顕現した時は食事という行為に慣れていなかったので、それを思い出してしまいまして」

「……お前もか?」

「というと?」

 

 ファントムの問いに対し、レギーラは少し気恥ずかしそうにしながら答えた。

 

「私も同じだ……初めて食事をした時、戸惑ってしまったことを思い出した」

「あの戦う事ばかりを考えていた時代の貴女にもそんな時があったのですねぇ」

 

 と、ファントムはクスクスと笑う。レギーラはその反応に対し、何か言いたげな様子だったが、ここで声を張り上げると寝ているカルナを起こしてしまうと悟り、何も言わずに「フン!」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 

「ですが、貴女の言うこともわかります。私も当初、わざわざマスターのお手を煩わせてまで食事という物を摂取する必要があるのかと、疑問に思ったこともあります」

「そうだろう? わざわざそんな非効率的なことをせずとも、既に調理された物がいくつも売られているではないか。もしくは今日の昼食同様、飲食店に行けばいい。しかし人間社会に生きる者の多くがそれをしていない。そこが理解できないのだ」

 

 その疑問に対し、ファントムは眠っているカルナの額を撫でながら、尚も微笑したまま答える。

 

「その答えはしばしお待ちいただければわかりますよ」

 

 

 

「よし、完成っと!」

 

 四苦八苦していたが、なんとか5人分のハンバーグが出来上がった。そのどれもが形が不格好で、部分的に黒く焦げてしまっているが、真新しい白い皿の上に熱々に火が通った肉を盛り付け、更にその上から俺が独自に考案して配合した少々酸味のあるハンバーグソースをかける。それらが相まって、とても香ばしい匂いを充満させ、食欲をかきたてる。

 ファントムに指示してテーブルの上を布巾で拭かせ、簡単に野菜を刻んだサラダとみそ汁、炊きたてのご飯を茶碗に盛って食卓へと運ぶ。

 

「ファントム、悪いんだけどカルナを起こしてくれるか?」

「はい。ほらカルナ、ご飯ですよ」

「ううん……ごはん?」

 

 寝ぼけ眼を擦りながらカルナは目を覚ました。寝起き早々、目の前の食卓に運ばれてきた食欲そそるハンバーグの香りを嗅ぎつけると、パチリと目を見開きいそいそとテーブルの前につく。

 

「わーい、ごはん! ごはん!」

「はいはい。おいレギーラ、何してんだ?」

「…………」

「お前の分もちゃんとあるから、こっち来て食えよ」

 

 手招きをしてレギーラを呼ぶ。それに対し、レギーラは佇んでいた窓際から腰を上げ、テーブルの横側に座った。俺達も各々の場所へと腰を下ろす。ちなみに、テーブルの長い面には俺と俺の隣にカルナが座り、向かいにはレイナが座り、横側にはレギーラとファントムがそれぞれ座る。

 

「よしよし。じゃあみんな準備はいいな? せーの、いただきます」

「いただきまーす!」

「いただきます」

「い、いただきます……」

「……頂く」

 

 手を合わせ、俺の号令につられる形で各々が「いただきます」の掛け声をかける。レイナとレギーラは慣れていないのか、少し遅れる形でそれを言った。

 

「わぁ、このハンバーグ面白い形してるね~」

 

 プラスチックのフォークを手に持ち、ハンバーグに突き刺そうとしたカルナがそんなことを言い出した。それを焼いたのは、言わずもがなレイナだ。レイナはそれを聞いてばつが悪そうに顔を俯かせる。

 

「……ご、ごめん」

「なにが?」

「上手に……焼けなくって……」

「ううん、そんなことないよ! とっても美味しいよ」

 

 と、カルナはレイナの作ったハンバーグをフォークを用いて小さく切り出し、自分の口にへと運んでいく。レイナの予想に反して、本当に美味しそうに食べるので本人は面食らってしまっている。

 

「レイナも食べてみて、おいしーよ♪」

「う、うん……」

 

 言われるがまま、レイナも自分の分のハンバーグを一口食べる。すると、目に見えて明らかなほどに表情が驚きに満ち満ちたものとなり、次々と口に運んでいく。その様子を見てカルナは笑顔になり、俺も嬉しくなる。

 

「レギーラはどう?」

「ん……悪くない」

「とかなんとか言って、この中で一番食が進んでんのお前じゃんか」

 

 俺の入れた茶々に対し、レギーラは俺を小突こうとしてきたが、俺の隣にはカルナが居るので構えた手を止め、不満げに引っ込めた。だがその言葉通り、レギーラの食べるスピードが尋常ではなかった。さっきのデートをしている時の昼食時は、これほどハイペースではなかった筈なのに。

 

「レギーラ、そんなに慌てなくとも誰も貴女の分をとったりはしませんよ」

「べ、別に慌てて食べているわけではない! だが……不思議だ。何故ただの肉のミンチを固めて焼いただけのものが、こんなにも美味なのだ……?」

 

 唐突にレギーラは今自分が食べているハンバーグに対しての疑問を投げかける。

 

「以前にも出来合いの弁当でこれと似たものを食べたことはある……それとほぼ同じ材料を使っているはずなのに、この差はなんだ……? 色も形も、弁当の方が整っていたのに……何故だ?」

「私も……不思議……」

 

 つられるような形で、レイナもハンバーグを食べながら疑問を口にする。

 

「単にソウシの教えが良かったからとは思えない……材料も、普通のものを使っている……私の焼き方は、あまり上手くない……なのに何故?」

「それはなぁレイナ、お前は以前にも体験しているはずだからわかるだろ?」

 

 俺のその問いに対し、レイナは呆けた顔を向ける。なんのことだろう、と考えているらしい。

 

「以前、タクオとザクが俺とファントムに対して敵意を持ってた時、和解後にみんなで一緒に鍋食べただろ? あの時お前、どうだった?」

「それはもちろん……美味しかった」

「つまり、そういうことさ」

 

 レイナはその言葉の意味をしばらく考えた後、答えを出す。

 

「……食事というのは、大勢で囲むと、美味しくなるものなの……?」

「そうだ。もちろん、本当に味が変わるわけじゃないけどさ、そうやって誰かと楽しんで食事を摂ると、どんな質素なものでも不思議と美味しく感じるものなのさ」

「……知らなかった」

 

 答えに納得したかのように、レイナは再び食を進める。

 

「フン……よもやそれも“愛”などというふざけたものの一介ではあるまいな?」

 

 と、今度はなぜか少々荒い口調になってレギーラが俺に質問してきた。

 

「なぜそこで愛……? いやぁ、必ずしも愛が関わってくるわけじゃないけど……でも確かに、食事を作る際に愛情を込めて作るのは当たり前のことだよな」

「チッ、やはり下らん」

 

 俺の答えに対し、レギーラはなぜか不機嫌になって残っていた自分の分のハンバーグを一口で食べきる。

 

「少し外に出てくる」

 

 食事を全部食べ終えたレギーラは唐突に立ち上がり、窓から外に出て行ってしまった。

 

「ここ、2階なんだけど……」

「ご馳走様でした。すいません、私も外に行きます」

 

 ファントムもまた同様に、自分の食事を平らげると急ぐように食器を重ね、台所の方へと持って行って片付ける。

 

「ファントムまで行くのか?」

「お気になさらないでくださいマスター、ちょっと夜風に当たってくるだけです。レイナ、食事とても美味しかったです」

「そ、そう……」

「では、二人ともごゆっくり」

 

 そう言ってファントムは、レギーラとは違ってきちんと玄関の方から外へ出て行った。後に残されたのは俺とレイナ、そしてカルナだけだった。

 

「ごちそうさま~」

 

 そのカルナもまた、食事を全部食べ終えたようだ。だが、同時にとても眠そうに目を擦っている。無理もない、寝ている半ばで起こしてしまい、今度は満腹になったから睡魔が襲ってきたのだろう。

 

「ソウシ~、眠い……」

「はいはい、ここに寝な」

 

 俺は先ほどまでファントムが座っていた座布団を半分に折り、それを枕にしてカルナの頭の下に置く。

 

「レイナ、タオルケットか何かあるか?」

「……うん、ちょっと待ってて」

 

 レイナがタオルケットを持ってくるまでの間、俺は考える。突然出て行ったファントム……その理由を。

 まさかとは思うが、ファントムの奴、空気を読んだつもりなのか……? 俺とレイナをいい雰囲気にさせる為に……。レギーラに限ってはそんなことはあり得ないとわかってはいるが、ファントムのことは十分に考えられる。あの少々不自然な理由付けは、そうとしか考えられなかった。

 

「……はい。これでいい?」

「あぁ、ありがとう」

 

 持ってきてくれたタオルケットを受け取り、カルナの上に優しく掛ける。カルナはもう寝息をすぅすぅと立ててすっかり眠り込んでしまっている。

 

「……よく寝るのね」

「カルナは今日、一日中俺達のデートに付き合ってくれてたからな」

「……そのバルバトスルプスは……?」

 

 と、レイナはカルナの傍に置かれているガンダムバルバトスルプスを指さした。

 

「あぁ、今日デパートでガンプラの制作会があってさ、中学生以下限定だったからカルナを参加させたんだ。そこで作ったんだ」

 

 俺はレイナにそのバルバトスルプスを手渡す。レイナはそれをしげしげと眺め、時折関心するかのような吐息をつく。

 

「……上手に作られている。カルナ一人で作ったの……?」

「ほぼな。俺は最初の段階でパーツの切り出し方ぐらいしか教えてない」

「このバスターソードは……?」

「それもカルナ独自のアイデアで作った武器だ。シンプルだけどよく作ってあるだろ?」

 

 レイナの視線はカルナが即興でミキシングした両刃式バスターソードに釘付けになった。その気持ちはわかる。ガンプラを作り始めたばかりの初心者がこんな武器を作れるとは、到底信じられないだろうからだ。

 

「そういえば、レイナって普段から結構ガンプラ作ってるだろ? どこに置いてあるんだ?」

 

 話題がガンプラに向いて俺はふと思った。レイナのガンプラビルダーとしての腕前は一級品の物だ。その持ちうる技術的にも、必然的にそれなりの数を(こな)さなければ身に付かないものだ。それなのに、先程からあちこち見回してみてもこの部屋にはそのガンプラを展示しておくだけのスペースは見当たらない。飾らずに押入れの中にでも保管してあるのだろうか……?

 

「……見たい?」

 

 と、レイナの目が急に輝きだした。まるでお気に入りのおもちゃを客人に見せたくて仕方がない子供のような目だ。俺はその問いに対し「あぁ」とだけ答えると、レイナは立ち上がり、俺を手招きする。そうして向かう先は、俺の背後にある押入れの襖だ。

 

「こんなところに飾ってあるのか?」

「……ここではない」

 

 その言葉通り。襖を開けてみると中には布団と、衣服を入れておくカラーボックスだけがあった。ガンプラはおろか、その箱すら見当たらない。

 すると、レイナは押入れ上段に入っている布団を出し始め、スペースを開ける。そしてそこに上ると、またも俺を手招きする。

 

「……来て」

「あぁ……」

 

 何がなんだかわからないが、とりあえず言われるがまま同じく押入れの上段に上る。天井がすぐ頭の上にあり、ここで立とうとするとすぐ頭がつっかえてしまうため、俺は膝を曲げて中腰の状態になる。一方のレイナは、天井部分に手をかけた。

 すると、ちょっと力を加えただけで一枚の薄いベニヤの天井板はいとも簡単に開き、それをズラすと天井裏へと通じる入り口ができる。こんなに簡単に天井裏側に入ることができるなんて、さすがはボロアパートといったところか。

 

「……見て」

 

 言われるがまま、俺は天井裏への入り口から顔を出し、中を覗く。「見て」と言われても、中は真っ暗だ。今が夜だからという理由だけではない。元々天井裏というスペースは人が普段入るような場所ではない。必然的に外部からの光は閉ざされ、常闇の空間となっている。

 その時、レイナの手元にスイッチがあることに気がついた。レイナはそれを押すと、パッと明かりが灯った。明かりの正体は縁部分に設置された、工事現場等でよく使われる投光器だった。その強力な光で、たった一つであっても、広い天井裏の端まで光が届く。

 そして俺の視界に入ってきたのは……。

 

「……わぁ」

「これが……私の秘密の部屋」

 

 天井裏には、縁と縁とを繋ぐ(はり)があるのは誰もが知っている。その梁と梁の間に、新たにすのこが並べられ、そのすのこの上にはいくつものガラスケースが並べられていた。その中を覗くと……。

 

「これ全部……ガンプラか!?」

「そう……私の作品たち」

 

 ガラスケースの中には、所狭しとガンプラが飾られていた。そのどれもがほぼ完璧な完成度を誇っており、俺の視線は思わず釘付けになる。完成品だけではない、奥の方を見渡してみると、まだ組み立て前と思われる積みプラの箱もいくつか確認できた。

 

「うおっ、これ∀ガンダムに登場したズサンか!? キット化はされていない筈なのに……」

「……旧キットのズサを改造して作った。ちょうど……貴方がサラ君にゴッドガンダムを勧めていた時に購入した……」

「あぁ、あの時のか!」

 

 そういえばそんなこともあったなぁと、俺は思いに耽った。だがしかし、ここで一つの疑問が生じる。

 

「なぁ、ここって一応賃貸だよな?」

「……無論」

「他の住民の許可とかいらないのか?」

「……ここには私と、1階に住む高齢の管理人さんしかいない……」

「その管理人さんには許可は取ってあるのか?」

 

 と、ここでレイナはごまかすかのように、視線を背ける。そしてしばらくした後、答える。

 

「ソウシ……バレなきゃ悪事とは言えない」

「……えっ?」

「な、なーんて…………やっぱり……ダメ?」

 

 全く想像だにしないレイナらしからぬ答えが返ってきたため、俺は面食らって驚くばかりだった。しかし、直後の気まずそうな声色に、俺は思わずそのギャップが面白くなってしまう。

 

「フフッ、ハハハハハハッ」

「……?」

「ハハハ……レイナって、意外と図太い神経してるんだな、気に入ったよ。確かにお前の言う通りかもな」

「わかって……くれるの?」

「気持ちは理解できるよ。けど、ガンプラ達のことを考えると、ここはあまりいい環境とは言えないかもな」

 

 俺は飾られたガンプラ達を見回しながら言った。

 

「こんなボロアパートだ、もし大雨が来たら雨漏りをする可能性だってあるだろ?」

「あ……」

「それに、大きな地震が来たら、こんな不安定な場所に立てたケースなんてすぐ倒れちゃうぜ?」

「うっ……」

 

 途端にレイナはばつが悪そうな顔をする。俺の言うことを今まで考えなかったわけではないのだろう。

 これほど大量のガンプラを、まるで人目を憚るかのように天井裏に展示し、それと比例するような形で立たされているガラスケース……明らかに長いことここに住んでいないとできない芸当だ。何故なのか? なぜ好きな趣味を押し通してでも、こんな場所に住まう必要があるのか……? まるで、彼女の居場所がここにしか無いような感じだ……。

 加えて、先程の食卓……レイナは大勢で食卓を囲むことの楽しさを「知らなかった」と言っていた。家族で食卓を囲むことの嬉しさ、楽しさは誰しもが知っているはずだ。しかしレイナはそれを知らない……何故なのか?

嫌な予感がする……。

 

「なぁ……レイナ」

「ん……?」

 

 天井裏を後にし、名前を呼ぶと天井板を閉めながらレイナはこちらに視線を送る。

 

「よかったら……教えてくれないか? お前が、なんでこんなところに住んでいるのかを……」

 

………………

…………

……

 

 同じ頃、外に飛び出したレギーラは、アパートの屋根の上に居た。その身にマシンソウルの機動鎧(モビルアーマード)を纏っていない様子を見ると、己の体力のみでここまで登ってきた様子だ。

 

「こんなところに居ましたか」

 

 聞き慣れた声が聞こえ、レギーラが背後を向く。レギーラの後を追うようにして外に出たファントムだった。すでにその身には機動鎧(モビルアーマード)を纏っており(ただし、飛行用のスクランダーウィザードは装備していない)、脚部バーニアの噴射で屋根の上まで登ってきた。

 

「……貴様も感じたか」

「えぇ、先ほどからレイナの部屋の様子を伺っている者がいます」

 

 レギーラと共に肩を並べると、二人は同じ一点を見つめ続ける。その場所は、屋根のてっぺんにして、一番端……。その地点からただならぬ気配を二人は感じ取っていた。鋭敏化された二人の感覚が、それがただ者ではないということを知らせていた。

 

「何者だ! 先程から我々のことをこそこそと嗅ぎまわっているのはわかっている。姿を現せ!」

 

 レギーラが果敢にも啖呵を切る。すると、それに応えるかのように、暗闇の中から何者かが姿を現す。

 身体の要所のみに纏った軽量型の機動鎧(モビルアーマード)……両腰に携えた忍者刀……赤いマフラーに黒い覆面……暗闇に靡く紫色の髪……腕組みをし、目を閉じるそのマシンソウルに、二人は見覚えがあった。

 

「お前は……!」

「シャドームーン……いえ、カゲツキ!」

 

 その者は紛れもなく、サラ・シノブの相棒にしてファントムやレギーラの窮地を救ってきたマシンソウル、シャドームーンこと、ガンダムアストレイシャドウフレーム“カゲツキ”だった。

 

「漆黒の(とばり)降りし時勢の世、我が道を往くは外道の其れ也」

 

 二人を前にして、カゲツキはカッと目を見開き、お決まりの登場文句を謳い始めた。

 

戦場(イクサバ)に集いし(つわもの)共よ、月下の元で舞い踊ろうぞ。月光の影忍シャドームーン改め、カゲツキ! 密命を帯びて馳せ参じた」

「密命だと……? それは何だ!」

「それを知りたくば……」

 

 雲に隠れていた月が顔を覗かせ、屋根の上に立つ3人を照らし出す。思わずファントムとレギーラは構える、が、カゲツキは尚も腕組みをしたままの姿勢を崩す様子は無い。

 

「己の身を用いて聞き出してみるがよい」

「フッ、私好みの返答だ。ならば望み通り!」

 

 その言葉の後、レギーラは走り出す。ファントムが止めようとしたが、彼女は止まらない。

 

「力ずくで聞くまでだっ!」

 

 走っている最中、レギーラの両腕が一瞬の光りに覆われ、その後両腕のみが機動鎧(モビルアーマード)へと変異する。先の戦闘により、唯一破壊を免れた部位だった。レギーラは、右掌からビームサーベルを発振すると、カゲツキに対して斬りかかった。

 その寸前でカゲツキは動くのだろうと、レギーラは予想していた。

だが、カゲツキは全く動かない。腕を組んだまま、微動だにしない。レギーラもその様子を不審に思ったのだが、もはや振るわれたサーベルを止める手立ては無い。カゲツキを横薙ぎに切り裂くかの如く、一閃の光が煌く。

 

「はあああぁっ!!」

 

 雄叫びをあげるレギーラ。振るわれたサーベルは、確かにカゲツキの身体を真っ二つに切り裂いた。

 

「レギーラ! や、やってしまったのか……!?」

「いや……違うな」

 

 思わずファントムは焦りの声を漏らすが、当のレギーラは猜疑感を拭えなかった。なぜならば、自分が切り裂いたカゲツキの姿が段々とぼやけていき、終いには霞のように消えて、闇夜の中に溶けて消えてしまったのだから。

 

「分身か、そんなところだと思ったが、本体は……っ!? ファントム、後ろだ!」

 

 唐突に名を呼ばれ、瞬時に振り向くファントム。目の前には忍者刀“新月”を抜き、そのギラつく刃を逆手に持ってファントムに斬りかかるカゲツキの姿があった。

 

「なっ……! くっ!」

 

 一瞬呆気にとられるが、すぐに歯を食いしばって後ろに飛びのくファントム。カゲツキの斬撃は空を裂き、その余波がファントムの髪を掠め、切り落とされた髪が数本、空を舞う。

 

「なんのつもりですかカゲツキ!? 貴女は私たちの敵ではない筈だ!」

 

 理不尽な攻撃を繰り出してくるカゲツキに対し、ファントムは説得するかのように質問を投げかける。が、それでもカゲツキはお構いなしに迫ってくる。もう片方の忍者刀“弦月”も抜き、二本を目の前で構え、姿勢を低くして音もなく走り、ファントムに迫る。ファントムは全身が粟立つのを感じた。殺気。間違いなく、カゲツキはこちらを切り捨てるつもりで向かって来ている。

 

「……仕方がない!」

 

 やむを得ずファントムも腰の重斬刀の柄と鞘にそれぞれ手をかけ、いつでも抜刀できるように構える。カゲツキがこの刀の攻撃範囲内に入った瞬間、居合斬りの要領で切り結ぶつもりだ。そしてその時は、1秒も立たずにやってきた。

 音を立てず素早く迫るカゲツキに対し、ファントムは鞘から刀を素早く引き抜き、その過程でカゲツキを斬り付けようとする。大きく振るわれる重斬刀。鋭く風を斬る音が、夜の街に木霊する。だが、ファントムはその刀にかかる筈の“重み”を全く感じ取ることができなかった。

 

「……いない!?」

「上か!」

 

 二人が見上げると、カゲツキは天に輝く月を背にして跳躍していた。待ち受けるのは自由落下、その地点にはレギーラがいる。カゲツキは重力を味方につけてレギーラを切り捨てようとしている。

 それに対しレギーラは行動を起こした。敵がこちらに向かってくるのならば、自分からあの場所まで翔けあがり、迎え撃とうと画策していた。

 

「そのままでいろ!」

「なにをっ……!? あだだっ!」

 

 腕以外に機動鎧(モビルアーマード)を備えていないレギーラがその地点まで跳躍するのは流石に無理と悟り、レギーラは目の前に立つファントムの背と肩を踏み台にして、上空へと跳躍する。足蹴にされたファントムは背中と肩を擦りながら、その行く末を屋根の上から見届ける。

 

「貫けぇ!」

 

 後ろに引いたレギーラの掌に光が溢れる。同時に、肘の後ろからは光が伸びる。光はビームサーベルへと形成され、迫るカゲツキを貫かんとする勢いで目の前に突き出される。

 

「ライトニング! パイクッ!!」

 

 瞬間、掌の中から槍状のビームが打ち出され、カゲツキの眼前に迫る。

 

「……見事。我が殺気を正面から受けてこれほどとは」

 

 レギーラの耳には、小声ながらもカゲツキの声が聞こえた。だが、次の瞬間視界が全て真っ黒になり、何も見えなくなる。何かがレギーラの顔に巻き付き、未だ被っているサンバイザーごとレギーラの視界を覆って塞ぐ。

 

「ぐわっ!? なんだこれは!?」

 

 そのため、正確にカゲツキを狙っていたライトニングパイクは標的から逸れ、放たれるが僅かにカゲツキの頬を掠めた程度だった。レギーラはビームの発生を止め、自分の手で顔に絡みつくなにかを振りほどこうと必死でもがく。

 一方、屋根の上に立つファントムは、レギーラの顔に絡みついたものの正体を見抜いた。

 

「あれは……カゲツキが巻いているマフラーか!?」

 

 夜の闇でその布状の物の色が識別できなかったが、月明かりに照らされたことによりその色が判別できる。赤く、長い布……まさしくカゲツキが普段首元に巻いているマフラーだった。そのマフラーは異様に長く、レギーラの顔全体を覆ってもまだ十分に布面積に余りがあり、カゲツキは長く伸びたそのマフラーの端を持つと、屋根の上に架かっている電線の上を跨ぐように渡した後、マフラーを思いっきり引っ張る。

 

「なれど……まだ未熟!」

 

 マフラーは電線に引っ掛かり、端の方でもがいているレギーラの体が引っ張られ、吊るし上げられる。そしてカゲツキはもう片方のマフラーの端を足で踏み固定すると、片膝立ちになりピンと張られたマフラーにひとさし指をかける。

 

「轟け、冥府魔道の旋律よ! 月影忍法“旋慄琴弾撃(せんりつきんだんげき)”!!」

 

 ひとさし指でマフラーを弾く。すると、指先から火花が発せられたのをファントムは見た。電気だ。指先より放たれた電撃はマフラーを伝い、束縛されるレギーラの元へと到達する。それにより、レギーラの体が数回痙攣した後、「シュー」という音と共に一筋の煙が上がって静かになった。

 シノブとのガンプラバトルの際、カゲツキは手から「光雷球」という電気の技を出すことをファントムは覚えていた。あの時の技の応用だろうか。

 レギーラが静まったことを確認すると、カゲツキはマフラーの戒めを解き、レギーラは屋根の上を転がる。落ちないよう、ファントムは傍まで駆け寄り体を支える。

 

「……電撃で気絶しているだけか」

 

 年の為心音、脈、呼吸を確認するが、全てが正常だった。意識だけか綺麗に飛ばされている。毎度のことながら、カゲツキの攻撃の仕方には全く無駄がなく、対峙する者を圧巻させ、見る者には感動すら与える。その上、毎回戦う相手の予想の斜め上をいくトリッキーな戦法……ファントムは、ただただ関心するばかりだった。

 ふと顔を見上げると、カゲツキが屋根の頂に立ち、こちらを見下ろしている。姿を現した時同様、腕を組んだ姿勢でだ。ただし、先程まで感じ取れたビリビリとした殺気はもう感じられない。

 

「……私たちを試したのですね」

 

 カゲツキは何も答えない。が、ファントムはその沈黙を肯定の意味と解釈した。

 

「毎回……貴女は何が目的なのですか? ある時はふと私たちの前に現れ窮地を救い、またある時はこのように気まぐれに襲ってきたりする……それとも、これも全てシノブの意思なのですか?」

 

 この問いにも答えようとはしない。ファントムは柄にもなく苛立っていた。が、ここで力任せに攻撃しても軽くいなされるだけだというのは明白だ。しばらくの沈黙の後、カゲツキはファントムに告げる。

 

「お前の剣には迷いがある」

「なにっ……!?」

「心の中での葛藤が、拙者には手に取るようにわかる。主の想いのままに、争うことなく平穏に日々を過ごしたいと願っている一方、己の本能のままに戦いたいという欲求もある……」

「な、なにを!? 出鱈目を言うな!」

 

 自分の心の中にずけずけと入ってこられるような不快な感覚を抱いたため、ファントムは思わず声を荒げる。一方のカゲツキは、尚も見透かしたような視線をファントムに向けつつ、屋根の端の方へ移動する。

 

「しかと心で見定めよ、己の進むべき道を。さもなくば……待っているのは身の破滅ぞ」

 

 最後にそれだけ言い残し、カゲツキはその身を重力に預け、屋根の上から背中から倒れ込むように落ちる。

 

「なっ……!?」

 

 それを見て思わず背筋を凍らせるファントム。慌ててカゲツキが落下した地点へ向かい、そこから地面の方を見下ろすが、そこには既にカゲツキの姿は無かった。

 

「己の……進むべき道……」

 

 先ほどカゲツキに告げられた言葉を胸中に抱きつつ、考える。身の破滅……不吉なことを告げられた。それはレギーラとの決着をつける、「来るべき時」のことを指しているのか? それとも……。

 

「マスター……私はどうしたら……」

 

 胸元にかけられたペンダントロケットを握りしめ、思わず創主であるソウシへと思いを縋る。とはいえ、ここで一人考えていても仕方がないため、ひとまずソウシとレイナの元へと戻ろうとする。が、ここでファントムは一つ思い至った。

 

「レギーラを抱いたまま……どうやって降りよう……」

 

………………

…………

……

 

「…………」

「…………」

 

 俺とレイナ、そして眠っているカルナ三人だけがいるこの空間。その場は沈黙のみが支配していた。その理由は一つ。レイナは、俺に自分の過去の全てを話したからだ。

 まず、なぜ自分はガンプラが好きなのか、そのきっかけを話した。その後、自分の家庭が自由に遊ぶことすら許されない極めて厳しい環境であったこと、そして家を飛び出し、高校生の身でありながらたった一人でこのボロアパートに住んでいることを……。そのあまりにも壮絶で残酷な過去に、俺は言葉を詰まらせる。なんと言ったらいいのか、言葉が見つからない。

 

「…………そんなの」

「……?」

「そんなの……酷すぎる……!」

 

 ようやく絞り出すような形で出てきたのはそんな言葉。小さく頭を振り、思わず顔を俯かせ、固く握った両拳を震わせる。

 俺はレイナのことを何も知らなかった……。仲間だと受け入れたあの日から、今日までどれだけの日々が費やされただろう。なのに、俺は彼女のことを何も知らない……知らな過ぎている。そんな自分に悔しさだけが募っていく。

 

「あ。あの……あまり気にしないでほしい。私は……もう気にしていないから」

「レイナ……俺、お前のためだったらなんでも……―!」

「……それ以上はダメ」

 

 今まで何も知らなかった自分に対しての償いのつもりだろうか。無意識に、自然と口から出てきたのはそんな言葉だった。だが、レイナは言葉の続きを自分の発声で塞ぐ。

 

「私は……貴方から施しを受けたいからこんな話をしたんじゃない……」

「でも、俺は……」

「……それに、貴方からはもう十分すぎるほどに色々貰った……」

 

 そう言ってレイナは微笑んだ。

 

「最初は敵だった私を……貴方は受け入れてくれた。それが最初……。その後も、何も無かった私に、貴方は居場所や、仲間たち、そしてマシンソウル(相棒)を信じる心を与えてくれた……」

 

 レイナの言葉で俺は過去のことを振り返ってみる。きっかけは単純なことだった。トモヒロがアベさんの店でゴッドガンダムを作ろうと悩んでいた時に、レイナは制作や必要な工具に対するアドバイスをしてくれた。その後、俺の部屋に招き入れて皆で∀ガンダムを見たことがあった……。そして、レイナの双子の妹、アリサが襲撃してきた時には、レイナのことを全力で応援し、結果レイナは仲間や居場所を守り通すことができた。

 そうすることで、最初は無関心だったレイナの心境にも変化が出てきて、俺達のことを信頼できる仲間として心の内に受け入れてくれたということを、再認識した。

 

「大丈夫……私はもう、空っぽの私じゃないから……」

「そうか……なんか、ごめんな」

「謝ることはない……むしろ私の方から改めてお礼を言いたい。今まで、ありがとう」

「あぁ、これからもよろしくな」

 

 面と向かってこんなやりとりをしていると、なんだか気恥ずかしいものがある。とはいえ、同時に湧き上がってくるのはレイナの両親に対する怒りの感情……特に父親だ。どうしてトモヒロとシノブ姐さんの家庭といい、父親というのはこうも身勝手な人がいるだろうか……。

 そう思うのと同時に、いかに自分の家庭が恵まれているのかを思い知った。俺の両親は、息子一人を家に残して長期の海外旅行に行っているとはいえ、時折連絡はくれるしお土産も送ってきたりしてくれる。そしてそれはきっと身勝手さから来るものではなく、息子である俺のことを信頼しているからだろう。

 

「家族か……。そういえば、あのレイナの双子の妹は今どうしてるんだ?」

 

 俺はふと、レイナの妹、アリサのことを思い出した。レイナをキサラギ家に連れ帰ってくるように申し付けられたアリサは、何故か俺達同様にガンダムスローネドライのマシンソウルを連れて俺達の前に姿を現した。そして、俺とレイナとのガンプラバトルを経て考えを改め、同時に彼女にとって憎しみの象徴だったガンプラを寵愛の存在へと変え、俺達の前から姿を消した。それっきりどこで何をしているのか皆目見当がつかないが、双子の姉妹のレイナにならば、その後連絡を取り合ったりしているのではないかと思った。

 

「……わからない」

「わからない? あの後、連絡先を教えたりはしなかったのか?」

「しようとした……けど、その前にアリサは姿を消してしまった……」

 

 あの戦いを経てガンプラへ対する気持ちを改めても、俺達やレイナの傍に行くことを自分自身が許さなかったのだろうか? 彼女は今、どこで何をしているのだろう……?

 

「でも……どこかできっとまた会える気がする」

「そうだな。あいつ、お前のこと心底自分の物にしたそうだったし、このまま大人しく引き下がるとも思えないもんな。まぁその時には、少しでも俺達の輪の中に馴染めればいいんだけれど」

 

 ガンプラを通じて広がっていく輪……特に俺達は、MS(マシンソウル)という他のガンプラには無い共通項で結ばれている。それはきっと、この広い世界においてもかなり限られた存在だと思っている。だから、またいつかどこかで俺達はめぐりあうだろう。少なくともそれが、今度は争いの場ではないことを願いたい。

 

「…………私からも一つ、質問をしたい」

「ん? なんだ?」

「その……えっと…………」

 

 と、先程から俺ばかりが質問していたからか、今度はレイナの方から質問を投げかけてきた。なんだろう……? レイナが物事をはっきりと言わないのは今に始まったことではないのだが、なんだかいつもとは様子が違う。落ち着きがなく手元をそわそわとさせ、目線は下を向き、頬が紅潮していくのが目に見えてわかる。

 

「こ……こんな機会だから聞かせてもらいたい……」

「おう」

「せ、せっかく……二人きりだから……聞きたい……」

「だから何さ?」

 

 随分ともったいぶるレイナに対し、俺はちょっと催促をする。そこから再度の沈黙。すると、レイナは深く息を吸い込み、吐き、そして意を決して口を開く。

 

「ソウシは……今…………好きな人はいる!?」

「……あー」

 

 なるほど、そういうことか……。いや、若干そんな気はしていた。もちろん俺だってレイナのことをそういう感じに意識していなかったわけではない。そして、ここ最近の俺に対するレイナの態度もそれらしい感じになってきていたのも、知っている。

 正直、レイナの方からこの言葉を聞くとは思ってみなかった。これは彼女なりの精いっぱいの勇気を振り絞ってのことなんだろう。だから、俺もその勇気に応える義務がある。

 

「まぁその……いない、かな。うん、今のところは」

 

 気恥ずかしさを感じつつ、頬を搔きながら俺は答えた。若干曖昧な返答になってしまったが、ともあれ俺ははっきりと口にした。「いない」と。

 それを聞いたレイナは瞬時に顔を上げ、表情も途端にパァと明るくなった。

 

「で……でもフジヨシさんは!? 朝家まで行って……ご飯作ったりしていると聞いている……」

「オトメ? ナイナイ。俺があいつに飯作ってやるのは、ただの日課みたいなもんだし。それ以前に人をBLネタの受けキャラにして妄想するような奴だぜ!? あり得ないだろ! 全く……あいつも黙ってればかわいいところもあるんだけどなぁ……」

 

 俺の返答に対し、レイナは「そう……」と言い、次の質問を投げかける。

 

「じゃあ……ファントムさんは?」

「ファントム?」

「……一つ屋根の下で暮らしていて、カルナという子供みたいな存在もいる……既にそういう存在だと言っても過言ではないと……思う……」

「ん~……まぁ確かになぁ」

「じゃあ……!」

「でもファントムは一番無いかな」

 

 

 

「…………え?」

 

 レイナの部屋の外、木製のドア前にて、気絶しているレギーラを抱えた状態でドアノブに手をかけていたファントムは、中から聞こえてきた会話に思わず手が止まった。

 

 

 

「それは……どうして?」

「だってあいつ、ガンプラだぜ? いくら姿かたちは女の子になってるったって、ガンプラをそういう目でなんか見れないよ」

「そ、そう……」

「そういえばあいつ遅いな、ちょっと出てくって行ったきり全然帰ってこないし……どこまで行ってるんだ?」

 

 もう時間も大分遅くなってしまったので、ぼちぼちお(いとま)しようかと思っているのだが、ファントムが戻ってこないことには帰るに帰れない。

 

「ん……むぅ……ふわぁ~。ソウシ、どうしたの~?」

「あっ、カルナ起こしちゃったか? ごめんな……」

 

 俺達の会話がうるさかったのだろうか、カルナが瞼を擦りながら起き上がっってしまった。

 

「レイナ、悪いけどそろそろお暇させてもらうよ。明日学校もあるし、カルナが起きてるうちに家に帰るよ」

「う、うん……わかった」

 

 寝ぼけ眼のカルナの手を繋ぎ、荷物を持って玄関まで行こうとした時だった。「ガチャ」っと外からドアが開く音がし、ファントムが顔を覗かせた。

 

「おっ、ファントム。ようやく戻ってきたのか。あれ……? レギーラはどうしたんだ?」

「そ、その……今日の疲れが出てしまったようで……」

 

 そう言ってファントムは自分の肩にレギーラの腕を回し、体重を支えて部屋の中に入る。そして、先程までカルナが寝ていた場所にレギーラを寝かした。

 

「ファントム、戻った早々で悪いけど帰るぞ。それじゃレイナ、遅くまで居座って悪かったな」

「そ、そんなこと……ないよ」

「あんまりコンビニ弁当ばっか食べるなよ? 料理だったらいつでも教えてやるからさ。じゃ、また明日学校で」

「うん……またね」

 

 レイナは小さく手を振り、俺は外に出てお礼を言い、ドアを閉めた。

 

 

 

「…………」

 

 ソウシ達を見送ったレイナは一人、ドアの前で立ち尽くす。

 

「……結局、肝心なこと言えなかった……」

 

………………

…………

……

 

「……で、アンタはなんでそのまま戻ってきたの?」

「先ほども申し上げた通り、あの二人の抵抗がすさまじく、撤退を余儀なくされたと……―」

 

 アパートのすぐ傍にある空き地、そこには先ほど同様ワンボックスカーが停まり、その運転席に乗るシノブが助手席に座るカゲツキと何やら口論を続けていた。

 シノブは激怒している様子だったが、カゲツキは冷静な様子でそう答える。明らかになにか誤魔化している様子だ。

 

「ウソおっしゃい! アンタがファントムとレギーラ相手に後れをとるわけないでしょ! さてはアンタ、私に内情を探らせないようにしてわざと……!」

「創主よ、いくらなんでもあのような悪趣味なことをしていては嫁の貰い手が無くなりますぞ?」

「大きなお世話だっつーの! もういいから! アンタはガンプラの状態に戻ってなさい!」

 

 言われるがまま、カゲツキは無言で印を結ぶと、ドロンと煙が上がり、元のガンプラの状態へと戻った。「まったくもう」と、シノブはぼやきながらカゲツキを掴みあげると専用ケースの中にしまい込んだ後、ふと窓の外へと視線を向ける。

 視線の先には、アパートの敷地外から出るソウシ達の姿があった。

 それを見つけるとシノブは車のエンジンをかけ、そろそろと発進しソウシ達の隣に車を寄せる。

 

「ヘイヘイ、そこのお兄さんたち、乗ってかない?」

 

………………

…………

……

 

「いや~、助かりましたよ。カルナももう限界みたいだったんで」

「気にしないで、“偶然”この近くを通りかかっただけだから」

 

 なぜか「偶然」の部分だけを強調してシノブ姐さんは答えた。俺は助手席に座り、後部座席にはカルナとファントムが座っている。カルナはとうとう力尽き、ファントムの膝枕で眠りこけている。

 

「で、レイナちゃんとどんな話してたの?」

「どんな、って……」

「ほらほら~、お姉さんに隠し事なんて良くないぞ~? もしかして、お話以上のことシちゃったのかしら~?」

 

 と、シノブ姐さんは肘でこちらの方を小突いてくる。正直言って、うざったいことこの上ない。

 

「姐さんの考えていることなんてしてませんよ。カルナだっているのに……ご飯作って、ちょっと世間話をしてきただけです」

「ふ~ん、恋バナとか?」

「まぁ、そんなところです……」

 

 その時、後部座席のファントムがビクッと体を震わせたのを、俺はバックミラーで見てしまった。

 

「ファントム、大丈夫か? なんか元気ないけど、寒いのか?」

「え……? いえ、私は大丈夫です……」

「ファントムも今日は疲れただろ。もうちょっとで家に着くから、それまで我慢してくれ」

「はい…………とっても、疲れました……」

 

 声が擦れるほどに小さい。よほど疲れているのだろうと思い、それ以上は声をかけないようにした。すると、何故かあれほどうるさかったシノブ姐さんも、途端に無言になってしまった。

 

………………

…………

……

 

「着いたわよ」

 

 数分後、車はキモト家の前で停まった。ソウシ達にとってはほぼ1日留守にしていた家。疲れも溜まり、これほど自宅が恋しくなることは無かった。

 

「ありがとうございました、姐さん」

「礼を言いたいのはこっちの方よ、おかげでいいデータがとれたわ。またお願いしようかしら」

「その時は俺じゃなくって、レイナにしてあげてくださいよ。レイナも、レギーラともっと仲良くなってほしいって俺思ってますんで」

「考えておくわ。あ、そうそう、インカムとカメラ返して」

 

 「そうだった」とすっかり失念していた様子でポケットを探るソウシ。取り出したインカムとカメラをシノブに手渡し、車を降りる。

 

「じゃあ姐さん、お休みなさい」

「えぇ、お休みなさい」

 

 その時、シノブはソウシには気づかれぬよう、車のドアの陰でこっそりとカメラを起動させ、家の中に入ろうとするファントムの顔を撮影した。シノブは気になっていたのだ、車に乗り込んでからファントムの様子が明らかにおかしいことに。

 扉が閉まるまでほんの数秒だったが、カメラは確実にファントムの顔を撮影することができた。昼間のデートにも用いられたこのカメラは、撮影した者の表情から好感度を推測し、パラメーターで表示させることができる。そうすることで好感度を上げるよう画策していたが、今は目的がちょっと違う。ファントムの様子を怪しんだシノブがその理由を探るために起動させたのだ。

 ノートPCを開き、表示されるファントムのソウシに対する好感度のパラメーター。

だがそれを見て、シノブは思わず目を見開いて驚愕した。

 

「何よ……この数値……」

 

 デート終了時には98%を記録していたファントムのソウシに対する好感度が、20%台にまで落ち込んでいたのだった。

 

………………

…………

……

 

「さァて……」

 

 その日の深夜。

 夜の闇に溶けるように、ビルの屋上から街を見渡す三つの人影。

 一つは紺色の大型バインダーを有し、子供のような体格でビルの縁に座り込み、飴をしゃぶっている。キュベレイMK-Ⅱだ。

 もう一つはかけている眼鏡に手を当て、ズレを直す精悍な顔立ちの少年。白を基調とした機動鎧(モビルアーマード)を装備した、ガンダムGP03ステイメンだ。

 そして、その二人の間に立つ人物……。

 

「お楽しみはこれからだぜェェェ!! あげゃげゃげゃげゃげゃ!!」

 

 赤い機動鎧(モビルアーマード)を纏った人物……アストレアは、両手を広げて大きく嗤った……。




家族がインフルエンザにかかり、1週間の出社停止命令が出たためその時間を使って今回の話を書き上げました。
前回から一ヶ月足らずで投稿とは近年の僕の投稿スピードからは信じられないほどのハイペースですね。
次回はキャラも増えたので、またキャラ紹介と用語説明の回にしようかと思っています。
話の続きはその後となりますので、あしからず。
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