いつものように新聞を取りに郵便受けに出たソウシは、青い空を見上げて今日もい日になるんだろうなと思っていた。
「この日」までは。
「手紙? エアメールか」
あのデートから三日ほど経った朝、いつものように郵便受けに新聞を取りに行くと、それと一緒に青と赤のストライプ模様の便箋が入っていた。それがエアメールだということは一目でわかった。海外から俺に対して手紙を送るような人物の心当たりはあの二人しかいない。海外旅行中の俺の両親だ。しかし、何故いつもみたく電話での連絡ではなくエアメールなのだろう?
家の中に戻りつつ、便箋を開けて中の手紙を読み始める。
ソウシへ
学校はどうですか? お父さんとお母さんは今、東南アジアの国々を回っています。
ここでは電話やインターネットが普及していないため、国際電話や電子メールで連絡することができないので手紙を送ります。
これからジャングルの奥地への探検に出かけるところです。
心配はいりません。現地のガイドの方々はすごく親切で、何度も観光客の案内をしているベテランの方だから大丈夫です。
戻ってきたら蛇の革製品をお土産に贈ります。
ここでの旅が終わったら、また日本に戻ります。
それではまた、近いうちに。
「……蛇の革とかいらねーっつーの」
よく見ると、日付が三日前のものになっていた。ということは、今頃両親はジャングル奥地を探検中か。そしてそれが終われば日本に帰ってくる……つまり、ファントム達のことを話さなければならない時が来たのだ。
「なんて説明しようか……」
正直に「ガンプラが人の姿になった」と言おうか? とはいえ、そのまま説明したところで信じてはくれないだろう。となれば俺が初めてファントムと会った時同様に、機動鎧を纏った状態のファントムの武器やなんかの性能を見せれば……。
「……怖がられない、よな?」
ふと、そんなことが頭に過った。あの時の俺はすぐに受け入れ、周りの創主達も割とすんなりとマシンソウル達を受け入れていった。しかし、両親までもそのことを受け入れてくれるだろうか? あるいは、マシンソウルの持つ戦闘力を恐れて拒絶するのではないだろうか……?
「大丈夫だとは思うけど……」
今は考えていても仕方がないため、とりあえずこの問題は後々考えておくことにし、学校に行く準備を進める。
第27話:「黒いシミ」
「カルナはまだ寝てるのか?」
玄関で靴を履きながら、俺の見送りに立っているファントムにそんなことを聞いてみた。
「はい。ここのところはずっとお昼近くまで寝ていますね」
「なんか、段々寝ている時間が長くなってないか?」
昨夜はもう22時近くには、カルナ眠そうな顔をし、過ぎるとぐっすりと布団で寝てしまっていた。ちょっと前までは俺達と一緒に夜のテレビ番組を見たり、朝食も一緒にとっていたのにそれすらも起きてこないでずっと眠っている。しかもこれに加えて昼寝もしているというから驚きだ。
「えぇ、しかし寝る子は育つと言いますし……」
「育つねぇ……確かに、あいつ最近ちょっと背が伸びたんじゃないか? 物や言葉も色々覚えてきたし」
「はい。私もそう感じています」
「そう。じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
そう言ってファントムは頭を下げ、俺はその姿を振り返って見つつ、扉が閉まるまで軽く手を振った。これが俺達のいつもの朝のやりとりだ。
だが、ここ最近はちょっとファントムの様子がおかしい気がする。いつの頃からか、俺が話しかけても素っ気ない返事をするだけで、それ以上会話を繋げてこようとはしない。常に一方通行なのだ。まるで俺とファントムとの間に壁か溝ができてしまったような……。
「……もしかして」
俺はそのことについての心当たりが一つだけあった。それは、レギーラ達とデートをした日の夜、レイナの家で話したこと……。
「……やっぱあれしかないよなぁ」
薄々感じてはいた。あの時、ファントムは俺達の話が終わると同時に部屋に入ってきたのだから、きっとドアの外で会話を聞いてしまっていたのだろう。それなのに俺は、「ファントムを恋愛対象には見ることはできない」と、軽はずみなことを言ってしまった。それを隠れて聞いていたファントムはどれだけ傷ついたことか……。
「……トモヒロ達に相談してみるか」
一人で考えても結論が出ない。ここは思いきって同じ創主であるトモヒロ達にも事の経緯を打ち明け、知恵を借りることにした。
………………
…………
……
「……はぁ」
午前10時、ファントムは一人テーブルに座ってお茶を飲んで休憩していると深くため息をついた。
先ほど朝食の跡片付けと洗濯と部屋の掃除を終えたので、いつもこの時間から暇になる。少し前だったらカルナと一緒に遊んでいたのだが、今はそのカルナがまだ眠ったままだ。なので、こうして一人で休憩している。と同時に、悩んでいた。
「私は、どうしたら良いのだろう……」
ファントムは自分の気持ちを整理し直してみる。あの時、聞いてしまったソウシとレイナの会話……。知ってしまった、自分に対してのソウシの気持ち……。
その言葉を思い出し、ファントムはまた項垂れる。
「待て待て……そもそも私は本当にマスターのことが好きなのか……?」
そもそも「好き」とはなんのことだ? 俗にいう、家族愛で言えばカルナのことも好きだし、友人愛で言えば街のマシンソウルとその創主達のことももちろん好きだ。
しかしソウシに対してだけは、「好意」の度合いが少しだけ違ってくるような気がする。だがその気持ちが本当に、男女間でいうところの「愛」と呼ぶべきものなのだろうかと、ファントムは悩む。
(そもそも愛とはなんだ……? 時折、テレビで流れる男女が口づけを交わすシーンを見る。あれが愛を確かめ合う行為だというのは理解しているが、それが流れる度にマスターは気まずそうな顔をして目線をテレビから離す……なぜだ?)
「好き」「好意」「愛」……それらにどのような違いがあるのか、ファントムにはわからない。ただ一つ確かなことは、面と向かって言われたわけではないにしろ、ソウシが自分のことを「好意の枠から外している」と思っていることを考える度に、胸がきつく締め付けられる感覚がする。
「っ……!」
その感覚がするたびに、ファントムは自分の首から下げられたロケットペンダントを握りしめる。デートの時にソウシがくれた思い出のプレゼント。これを握っていると、少しだけ心が落ち着く……ような気がした。
その時、「ピンポーン」とチャイムの音が鳴った。
「来客……?」
この時間に誰か来るとなると、宅配かなにかだろうか? ファントムは項垂れた状態からすっくと立ちあがると、玄関に向かった。
「はい」
扉を開けると、デニムショートパンツにティーシャツという、ラフな格好をした人物が立っていた。
「よっ」
軽く右手をあげ、陽気な様子で挨拶をする、少年のように短い黒髪の人物。機動鎧を脱いだゴッドだった。
「ゴッド、どうかしたのですか?」
「……その様子じゃ気づいてないみてぇだな」
「なんのことですか?」
状況を理解できないファントムが首をかしげると、ゴッドはファントムの背を押し玄関の中にまで入り、小さく囁く。
「ここ数日の間、この家を中心にして二つのマシンソウルがうろうろしてやがる」
「マシンソウル!? 敵ですか?」
「多分な。連中、ファントムに気づかれないようにこの家から一定の距離を保ったままぐるぐる回って辺りを探ってやがる。おかげでこっちピリピリと感知しまくりだけどな」
「目的はカルナ……ですか?」
「だろうな。俺達、これからみんなを集めて連中に対して仕掛けてみようと思う」
みんな、というのはゴッドを含め、サバーニャ、ザク、レギーラ、サザビー、カゲツキら街のマシンソウル達のことを指しているのだろう。
「こちらから打って出るのですか!?」
「あぁ、今まで後手に回ってきたからな。ここらで一泡吹かせてやろうと思ってよ」
「なら、私も……!」
「いや、ファントムはここでカルナを守っててやってくれ。なぁに、人数はこっちの方が多いんだ。心配はいらねぇよ」
「……わかりました。無理をなさらずに」
「おう、んじゃな」
「あっ、ゴッド!」
ドアを開けて去ろうとするゴッドを、ファントムは慌てて呼び止めた。
「なんだよ?」
「そ、その……ゴッドはトモヒロのことを“好き”と思ったことがありますか?」
「ご主人? おう、好き好き」
と、思っていたよりも遥かに軽い感じの返答がきたために、ファントムは少し面食らう。
「えっと……男と女として好きかという意味なんですけども……」
「なんだそりゃ? よくわかんねーけど、自分の創主だったら嫌いになるなんてことあり得ねーだろ?」
「そう……ですね。すいません、変なこと聞いて」
「いいってことよ。んじゃ、またな」
そう言うとゴッドは玄関を出ると駆け足で走り去っていった。
「ふあ~、おはようファントム」
「カルナ、起きましたか?」
ゴッドが去った後、和室の襖が開き、中から欠伸交じりに寝ぼけ眼をこすりながらカルナが出てきた。
「誰か来てたの~?」
「はい。ゴッドが少し用事があって。朝ごはん、食べますか?」
「うん、食べるー」
カルナをリビングへと連れて行き、ファントムは先ほどのゴッドの言葉も交えて自分の気持ちを整理する。
(そうだ、マスターが私をどう思っていようとも私は私だ。今まで通りに接していればいいじゃないか……)
と、自分自身に言い聞かせる呪詛のように、胸中で静かに唱えた。
………………
…………
……
「えー!? ファントムちゃんと喧嘩しただぁ!?」
「珍しいこともあるもんでござるなぁ」
「い、いや別に喧嘩したわけじゃ……」
2時間目終了後の休み時間、レイナとオトメがトイレに行っている隙を見て俺は思いきっってトモヒロとタクオに最近の俺とファントムの関係と、そうなったであろう原因のことを話した。何故女性陣を除いたのかというと、こういう話題に女性が入ってくると面倒なことになりがちだと判断したからだ。特に、レイナには話せない。元はと言えば、レイナの切り出した会話を聞かれてしまったことが原因だったからだ。それでレイナが余計な責任を感じないように、このタイミングを選んだのだ。
二人はその話を聞くや否や、俺の机に自分達の机をくっつけてごちゃごちゃと話し始める。
「いやでもお前、それはマズいぜ。なぁ?」
「うむ、本人の居ない間とはいえ、いくらなんでも……」
「だ、だって……」
「そもそもお前、何が不満なんだ? あんな美少女と一つ屋根の下で暮らしててよぉ」
「不満っていうか……。てか話の内容が変わってるじゃねぇか! 俺はファントムがどう機嫌を直してくれるのかをお前らに聞きたくって……―!」
「敵を知る前にはまず己からって言うだろ」
「トモヒロ殿、それは“敵を騙すにはまず味方から”の誤用では……」
「こまけぇことはいいんだよ! で、どうなんだ?」
あまりにもしつこく聞いてくるものだから、俺は渋々話すことにした。
「ファントムの見てくれがどうのとは思ってないよ……。そりゃ確かに、最初のうちはちょっとドキドキしたことだってあったさ。お風呂の時とか……。でも、月日が経つにつれ、慣れてきたっていうか……。それと同時に、人間離れした一面も何度も見てるから、なんていうのか……」
「人間としては意識できなくなってきたってことでござるか」
「うん……いや、それだけじゃなくって……だってあいつら、元はガンプラだぞ!? ガンプラを女として愛するなんてこと、できるわけないじゃないか!」
「お前、そんなこと思ったらファントムちゃんかわいそうだろ……少なくともファントムちゃんはお前のこと本当に大事に思ってるんだからよぉ」
「わ、わかってるよ! だからあの時、軽はずみなことを言ってしまったこと後悔してるんじゃないか……」
「しっかし、こいつはかなりショックでかいと思うぜ。考えてもみろよ、お前がマシンソウルだとして、女に告白したら、“あなた化け物だから嫌です”もしくは“あなたプラスチックの塊だから無理です”って断られるのと同じだぜ」
トモヒロが若干ふざけて裏声を使ってそんなことを言った。
「そんな! 俺はファントムのことを化け物だなんてこれっぽっちも……!」
……いや。俺は今嘘をついている。
幾度とない激しい戦いを経て、戦いの中で成長していくファントムを見ていくうちに、何故かとても恐ろしい存在になりつつあるのではないかと感じ取っていた。
こんなことをファントムが知ったらますますひどいマスターだと思われることだろうな……。
「向こうはそう捉えてるってーの。お前って、普段察しがいいくせに変なところで余計な事言っちまう時あるよな」
「うんうん、レギーラ殿にマスク選んであげた時とき危うく殺されかかってたでござるからな」
デートの時の俺の失敗を思い出し、タクオはケラケラと笑う。
「ほ、ほっとけっての! そういうお前らはどうなんだよ!?」
「俺んとこのゴッドはああいうキャラだしよぉ、ほとんど女っていうよりかは男友達として接してる感じだな」
「ぼ、僕も。というか、ザクきゅんは正真正銘男の娘でござるし」
そう言われて、俺は初めて気が付いた。
考えてみれば、マシンソウルを有する創主の中で、俺だけが男と女の組み合わせだったということに(トモヒロもそうだが、本人曰くそういうことらしいので除外しておく)。
だとするならば、ファントムというマシンソウルが俺に対して恋愛感情を持つということはある意味必然と言えるのか……? もしそうなら、俺はそれにきちんと応える義務があるのか……?
「まぁあれだな、女の子の機嫌を直すにはやっぱり何か買っていってやるのが一番だろ」
「やっぱそうだよな……」
「何かあげる物の見当でもついてるのでござるか?」
「それが全然……何か案あるか?」
「そうだなぁ、プレゼントっつったらこの前のロケットと被っちまうしなぁ、慎重に選ばないと……」
「……何を慎重に選ぶの?」
「トモヒロ君誰かになにか贈るの?」
と、お手洗いから戻ってきたレイナとオトメが輪の中に急に入ってきたものだから全員悲鳴をあげる。
「い、いつからいた!?」
「『慎重に選ばないと』ってとこからだけど。もしかしてトモヒロ君、ソウシ君を差し置いて浮気?」
「ばっ、バカたれ! 俺じゃなくってソウシが……もががっ!」
トモヒロが余計なことを言いそうだったので慌てて口をふさぐ。
「そ、それよりも! ほら、3時間目開始の予鈴が鳴ったぞ!」
タイミング良くチャイムが鳴ったため、オトメとレイナに対して席に着くことを促す。言われるがまま、ちょうど二人が席に着いたところで教師が来て3時間目が始まった。
なるほど、プレゼントか……何を贈るかを授業中考えつつ、ボーッとした表情で授業を受け始める。
………………
…………
……
「……っ!」
カルナが食べた朝食の食器を洗っている最中、ピリピリとした感覚が突如ファントムの脳裏を過った。
「……始まったな」
それはこの街の近くのどこかで、敵対するマシンソウル達と街のマシンソウ達の戦闘が始まったことの合図だった。たとえ感覚感知の範囲外だとしても、これほど多くのマシンソウル達が一斉に戦闘を始めれば、嫌でもファントムにもわかる。
「人や家に被害が及ばなければ良いが……」
皆もさすがにそこは考慮しているだろうと思い、ファントムは顔を上げる。
「ファントム、どうしたの?」
「な、なんでもないですよ。カルナ」
カルナはというと、朝食を食べ終えた後はテーブルの上で自分の作ったガンプラ、ガンダムバルバトスルプスを動かして遊んでいた。ポーズを付けたりする他、ソウシから借りた他のガンプラの武器なんかを付けたりしている。ファントムは、そんなカルナの様子を台所から見ながら洗い物を再開した。
「…………あっ」
その時、カルナが小さく声を漏らしたと思うと、ピタリと動きが止まった。そして椅子から立ち上がると、天井に視線を向ける。
「どうしましたか?」
「…………来る」
ファントムが「何が?」と言おうかと口を開いた瞬間、轟音と共に屋内に衝撃が走る。屋根、二階との境目、天井を突き破り、“それ”はちょうどテーブルがあった場所に落ちてきた。
土埃が舞い、木材や断熱材で覆われた視界。何事が起きたのか判断する前に、ファントムはまずカルナの安否を確認する。
「カルナ!」
名前を呼ぶが、返事がない。土埃が治まっていくにつれ、落下地点に何者かが立っていることに気付く。それと同時に、ファントムの第六感に訴えかけるピリピリとした不快な感覚……。そしてその感覚の波長には、ファントムは覚えがあった。
「まさか……奴か!」
「そォよ」
耳障りな甲高い声色、露わになる細身のシルエット、ギザギザの歯を固く嚙み合わせた狂気の笑み……その姿を、見間違うはずもなかった。
「そのまさかよォ!」
その影、ガンダムアストレアタイプEは、ギザついた歯を見せた笑みを浮かべつつ自分の左手を目の前に突き出す。その手には、カルナの手が掴まれていた。掴まれたカルナは必死に抵抗するが、アストレアの力は強く、とても自力で引き離せそうにはない。
「貴様……なぜここに!」
「決まってンだろ、このガキを回収するためよォ」
尚もアストレアはカルナの腕を強く握りながら自分の方へ引き寄せる。その度にカルナは苦痛で声を唸らせる。
「やめろ! その子に手を出すな!」
「ケッ、相も変わらずギャアギャアと騒がしい奴だぜ。そらよ」
そう言うとアストレアはカルナを投げ飛ばす。本人は軽くやったつもりだが、当のカルナはバランスを崩し、荒れ果てたリビングの端に叩き付けられる。
「カルナ!」
ファントムは一瞬のうちに
「ただ回収するだけじゃつまらねェからなァ、せっかくだからちょっと遊んでやるよ」
そう言ってアストレアは自分の腰に携えてあるGNショートブレイドを手に取り、それをカルナに向けて投げ放つ。放たれたブレイドはカルナのワンピースに突き刺さり、壁に縫い付けられる。最初にカルナを追っていた時と同じ拘束の仕方だが、今はあの時のように創主達が駆けつけてはくれない。皆学校で授業を受けている時間だ。
せめて街のマシンソウたちがこの危機を察知してくれれば……と、ファントムは内心考えていた。
「言っとくが、お仲間の増援を期待しようとしても無駄だぜ」
しかし、ファントムの思考を読んだかのように、アストレアは冷たく言い放つ。
「なにっ!?」
「俺の連れが連中を街の外にまんまと誘き出してくれたみてェだからなァ。これで誰の邪魔も入らせずに安心しててめェをブッ壊せるってわけだぜェ。あげゃげゃげゃ!」
その言葉を聞き、ファントムは先ほどゴッドが言っていた言葉を思い出した。
『ここ数日の間、この家を中心にして“二つ”のマシンソウルがうろうろしてやがる』
二つ……つまりは、このアストレアの他に二人のマシンソウルがいたということ。そしてそれらは囮……街のマシンソウルをこの家からできるだけ遠ざけるための。
そして当のアストレアは、この家の真上からずっと機会を伺っていたのだろう。マシンソウルの感覚器官で感知できない、上空何千メートルという高度から……。
「そこまでして……なぜカルナを狙う!」
「あのガキは俺にとっちゃ攻撃する大義名分ってだけの存在よォ。本命はてめェさ」
「なにっ、私?」
いつでも抜けるよう、腰の斬機刀に手を当てながらファントムは困惑の表情を浮かべる。
「あぁ、俺はてめェをブッ壊したくてブッ壊したくてたまらねェのよ。一目見た時からわかったぜ。てめェ、人間に心底陶酔してやがんな」
「それのなにがいけない!? 主人のため、己の全力を預けるのは我々マシンソウルにとっては当然のことだろう!?」
「当然ねェ……フン、なるほど」
尚もニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、アストレアの足が地面を擦る。そして次の瞬間、殺気と共にファントムの眼前にアストレアの
「俺様は大ッッッッッ嫌いだ!! 人間も! それに犬畜生みてェに付き従うマシンソウルも! 全部! 全部死んじまやァいいのよォ!!」
「きっ、貴様の事情など……知ったことかぁ!」
大きく両手を振るい、己と組み合うアストレアを引き剥がす。その予想外の力強さに、アストレアの嘲笑が一瞬消える。その隙を突き、ファントムは左腕にレーザー重斬刀を持ったままビームガトリングの銃口を向け、放つ。緑の光弾が断続的な音を立てて室内にばら撒かれる。アストレアはそれを、横に飛びのき避けると、壁を踏み台にして室内を飛び回ってファントムを攪乱する。外れた弾は壁や窓を突き破り、ただでさえ半壊した室内をさらに壊していく。
「ケッ、当たるかよ!」
壁に張り付いたままアストレアは捨て台詞を吐き、後腰部に備えてあるGNビームダガーを右手にとると、それをファントムに向けて投げる。投げられたダガーはファントムの左肩を掠め、装甲を焼き、背後に突き刺さる。
その瞬間、ガトリングの斉射に隙ができた。その隙にアストレアは一際大きく跳躍すると、突き破ってきた天井の穴の中へと身を隠す。
「逃げた!? いや、今はそれよりも……!」
ファントムはガトリングの斉射を止め、銃身を下ろす。回転を止めたガトリングの銃口から一筋の細いスチームがあがる。今すぐにでもアストレアを追いかけたいのは山々だが、カルナの方が先決だった。ファントムは斬機刀と重斬刀をその場に突き刺し、肩の傷には気にも留めず、部屋の隅でうずくまるカルナに駆け寄る。
「カルナ! 大丈夫ですか!?」
服に突き刺さっているGNショートブレイドを引き抜き、名前を呼び、身体を揺する。が、投げ飛ばされた際に打ち所が悪かったのだろうか、まるで反応が無い。
「カルナ!? そんな……!」
まさかと思い、ファントムは思わずその華奢な体を自身に抱き寄せる。心臓の鼓動が聞こえる。気絶しているだけと知り、とりあえずは安堵する。
ここからどうするか? ファントムを抱えてこの場を逃げるか、それともアストレアを追跡するか……。
「……? なんだ、これは?」
その時、ファントムはとある異変に気が付いた。抱き寄せたカルナの背中が、妙に硬い。背骨が当たっているとか、そういう感触ではない。冷たい。まるで金属を撫でているかのような感触だ。
「……ふ……ファン……トム……?」
「カルナ!? 良かった、気が付いたのですか!?」
鈴が鳴るような小さな声だが、ファントムははっきりとカルナの声をその耳に聞いた。顔色を窺うと、カルナは薄く目を開けていた。意識が戻ったらしい。
「あいつは……?」
「おそらく、2階に潜んでいるのでしょう。大丈夫、貴女は何も心配しなくて大丈夫です。ここは私に任せて、早くこの場から……―」
「ねぇ、ファントム」
先ほどまでは囁くような小さく、か細い声だったはずのカルナの声が、何故か今、はっきりと聞こえた。しかも、いつものように元気のあるはつらつとした声ではない。まるで淡々とした、抑揚のないプログラミングされた機械音声のような……。
「殺していい? ファントム」
「えっ……?」
ファントムは現状が理解できなかった。普段のカルナの口から出てくるとは到底思えない言葉が聞こえたからだ。
「殺していいファントム? どうしよう? 嬉しい敵どこにいるの? たすけて!」
「か、カルナ……? 何を言っているのですか?」
まるで継ぎ接ぎの言葉を録音した音声を早送りするかのような声を出すカルナに困惑するファントム。カルナ自身もまた、敵意を露わにする際には嬉しそうな、それを否定する際には怯えた表情にころころと変わる。明らかに異常な状態だ。
だがそんなファントムをよそに、カルナの様子がまたも急変する。ファントムの腕を振りほどくと、またも蹲って悶え苦しみ始める。
「ああ、あぁぁああああぁぁぁああ……!!」
「カルナ! しっかり! なっ……なんだこれは……?」
頭を抱え、絶叫と共に苦しむカルナ。すると、カルナの背中部分が膨らんでいく。ちょうどファントムが金属の質感を感じた辺りだ。それは、まるでカルナの絶叫と苦痛を養分として成長する植物のように、急速に膨張していく。カルナの着る薄手のワンピースの生地を突き破り、とうとう“それ”は姿を現した。
緑色の、金属質の触手が何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も何本も、カルナの肌を突き破って生え出してきたのだ。
「カルナ…………?」
目の前で起こっている異様を通り越した光景に、もはや名前を呼ぶことしかできずに硬直するファントム。絶叫を止めたカルナがゆっくりと立ち上がり、振り向く。
「ファントム……どうしたの? たすけて敵はどこ? 見ないでどうしたらいい? 私は大丈夫だから」
その瞳は赤く染まり、顔にはびっしりと六角形の金属板のようなものが張り付いていた。顔だけではない。手や足、おそらくは服の下にまでその金属は覆っているのだろう。
「これは……まさか!」
そのカルナの姿には見覚えがあった。しかし、それをファントムは実物として見たわけではない。とあるアニメで、ソウシと一緒に見たことがあっただけだ。
「敵、敵、敵……どこ? 殺すうれしい殺せるダメどうして? 殺そうよ」
カルナの背中から生えた触手が一つに纏まっていく。それは束上に連なり、蛇のように身をくねらせ、そしてその先端は一際大きく膨張し、とあるものが形作られる。それは誰しもが見たことある、異様な光景から一転してある意味で最も馴染み深い物に変わる……それだけにより不気味さを引き立たせる。
そう、ガンダムの頭だった。
「カルナ……お前はまさか……!」
そのガンダムの頭を模した物体のスリット部と顎部分とが開き、牙を見せる。不気味な唸り声のような雄叫びをあげ、鎌首をもたげる大蛇のごとく、天井に空いた穴にへと視線を送る緑色の巨大なガンダムヘッド……ファントムは確信した。
「お前は……デビルガンダムなのか!?」
ファントムの声はもうカルナには……いや、デビルガンダムには届かない。己の敵と見定めたアストレアの姿を追い、手を掲げてガンダムヘッドに追撃の命を与えた。
その命を受けたガンダムヘッドは、巨体をくねらし、2階へと通じる穴の開いた天井から頭を突っ込み、アストレアを探し始める。
「あァ? なんだァ?」
2階は大して広いわけではない。アストレアの姿はすぐに見つかった。天井穴の縁からこちらの様子を伺おうとしていたらしい。
「なるほど、こいつがてめェの正体ってわけか」
自身に迫る巨大なガンダムヘッドを前にしてもなお余裕の笑みを崩さず対峙するアストレア。ガンダムヘッドが巨大な口を開け、アストレアを飲み込まんと迫る。
「ヘッ、図体ばっかデカくってもなァ!」
瞬間、アストレアが右腕のGNソードを展開すると、床を蹴って加速をつける。飛びあがると同時に腰を捻って右腕を大きく振るう。振るわれた腕により一閃、アストレアに噛みつこうと口を開いていたガンダムヘッドは口元から切り裂かれ、くねらす巨体もろとも真っ二つに切り裂かれた。
「あああっ……!あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”っ!!」
「カルナ!?」
ガンダムヘッドが切り裂かれるのと同時に、カルナが絶叫をあげ、身体を仰け反らす。どうやら感覚はガンダムヘッドと共有するようで、今切り裂かれた痛みがダイレクトにカルナの感覚を伝わったらしい。
「痛い……痛いよぉ……」
苦悶の表情を浮かべながらカルナは震えながら膝をつく。真っ二つにされたガンダムヘッドは崩れ落ち、身から剥がれた片割れはボロボロと消滅していく。一方、カルナに繋がっている側は元の緑色の触手の状態に戻り、カルナの体内へと戻っていく。
「お嬢ちゃん、これ以上痛い思いしたくなかったら大人しくしてなァ」
アストレアはカルナの脇を通り、ファントムの方へと歩を進める。
「待て……待て待て待てまてまてまてまって!! ごめんねいやだ! 殺させて殺そうダメあっという間うるさい!」
痛みに耐えながらカルナは必死で自らを抑えつける。だがそれも叶わず、次なる攻撃手段をアストレアに繰り出す。背中から再び大量の触手が生え出し、二又に分かれると、それぞれが黄色く大きな爪へと変化する。デビルガンダムの持つ大型クロー、デビルフィンガーだ。
「ごめん……お前もう殺しちゃうね」
涙を流しながらカルナはそれを大きく広げてアストレアへと掴みかかる。その様子から明らかに本人は不本意であるにも関わらず、本能のままに攻撃衝動を起こしているといった様子だ。
「だァから」
左右双方から挟撃せんと迫るそれに対し、アストレアは視線も向けずにGNソードとプロトGNソードをそれぞれ展開して振るい、掴みかかろうとしてきたデビルフィンガーをそれぞれ斬りおとす。
「デカけりゃいいってモンじゃねェの」
床に斬り落とされたデビルフィンガーは、ピクピクと数回痙攣した後またも灰となって消滅した。そしてカルナが、またも苦痛のあまりに悲鳴をあげる。
「あぁぁあああああぁあああ!! いったい……痛い痛い……!!」
「カルナ! しっかり!」
2度も自分の体積をゆうに超える物体を生み出し、それを体から切り離されたため、カルナの体力と精神力の消耗は著しかった。床に倒れ込み、カルナの身体に張り付いたデビルガンダム細胞がボロボロと崩れていく。それに伴いカルナは荒く肩で息をし、額からは滝のように汗が噴き出る。
「デビルガンダムは、自己再生能力がある筈……」
ファントムは思い出していた。Gガンダムについては、ソウシが見ていたものを横で見ていた程度だったが、デビルガンダムの持つ能力は特徴的だったので知っているつもりだった。
デビルガンダムは、「自己進化」「自己再生」「自己増殖」という3代理論を備えた特殊なガンダムだ。もし本当にカルナがデビルガンダムのマシンソウルだというのなら、今この場で最も必要なのは自己再生能力。なのに、カルナはいつまでも苦しみ悶えて一向に良くなるようには見えない。
「あぁ、DG細胞ってやつのことか。残念ながらそいつァ働かねェぜ」
「どういうことが……!」
「オイオイ、まさかまだ気付いてねェのか? お前のその眼、なんで治らねェのか不思議に思ったことはねェのか?」
眼帯をかけた左目を指さされたファントムは、その左目を指でなぞる。そこは、以前アストレアと交戦した際に斬り付けられたものだ。以来視力を失い、傷を隠すためにこの眼帯を掛けている。
だが言われてみれば確かに、この傷は深い傷跡ではあるが、マシンソウルの治癒能力を以ってすればいつかは完治するはずの傷だ。しかし、その気配が一向に無い。それを指摘され、ファントムは初めて疑問を抱いた。
「わからねェなら教えてやるぜ。俺様はな、疑似太陽炉を備えてんだよ。粒子から放出される毒素が、あらゆる細胞の再生を阻害するンだよ」
得意げに説明するアストレアは自分の胸部をコツコツと指先で指す。
その説明で、ファントムの脳裏にある光景がフラッシュバックする。それもまたソウシと共に見たガンダムのアニメの内容に関するものだった。機動戦士ガンダムOOにて、ガンダムスローネドライの攻撃を受け、左腕を失ってしまったルイス・ハレヴィが、スローネの動力炉である疑似太陽炉から発せられる毒性の疑似GN粒子の影響により、医療の発達しているその世界において細胞再生の手術が不可能とされたのを見た時だった。
本人の話通り、このアストレアも同様に疑似太陽炉を備えているのならば、疑似GN粒子が細胞障害を引き起こし、マシンソウルの治癒能力が働かないのにも、切り裂かれたDG細胞が再生不可能なのにも説明がつく。
「まさに毒の刃か……!」
だが納得と同時に一つの疑問が生まれた。それは、このGNソードで切り裂かれたはずのソウシの腕が、カルナの力によって完治したのを見た時のこと。
カルナがデビルガンダムならば、あの時の治癒能力の正体もまたDG細胞の再生能力を応用したもののはず。なのに、ソウシの腕は疑似GN粒子の引き起こす細胞障害に侵されることなく完治した。
それは一体なぜなのか……? あるいは、あの時のカルナの治癒の力がDG細胞のそれとはまた違う力だとでもいうのだろうか……?
「そういうこった。だから絶対に治らねぇから安心して……死になァ!!」
GNソードを直線に構えて、アストレアが加速する。それに対し、ファントムは考えを止め、左肩のシールドで防ごうとする。が、威力はいくらか殺すことができたものの貫かれてしまい、左上腕部にソードの切っ先が突き刺さる。
「ぐあああっ!」
「げゃははァ!! トドメェ!!」
シールドにGNソードが突き刺さった状態のまま、左手のプロトGNソードを展開してファントムの眼前に突き刺さんと迫る。
「舐め……るなああああああっ!!」
その最中、ファントムはアストレアの腹部を強く蹴る、と同時に脚部バーニアを噴射し、アストレアを後方へ吹き飛ばす。その間にファントムは左腕のビームガトリングをアストレアの方に向ける……が、GNソードによって貫かれた箇所が痛み出し、出血が止まらない。苦痛に顔をしかめる。それでもファントムは苦痛を堪えてガトリングを斉射する。だが狙いは逸れ、アストレアには当たらない。加えて、射撃時の反動が裂傷箇所に直に伝わり、堪らずファントムは射撃を止め、左手をだらりと下げる。指先から血が滴り、足元に血溜まりをつくる。
「あげゃげゃげゃ! ざまぁねぇな、その手は二度と治ることは無ェ。ご愁傷様だなァ」
「くっ……!」
「だが気落ちする必要はねェよ。てめェはもうすぐ死ぬんだからなァ。あぁそうだ、あの世でも寂しくねェようにすぐにてめェのご主人サマも後を追わせてやるよ」
「っ……!」
「二人仲良くあの世で幸せになりなァ。もっとも、マシンソウルも"あの世"と呼ばれる世界に逝けるのかは知らねェけどなァ! あげゃげゃげゃ!」
そう嘲笑うアストレアに対し、激しい怒りを覚えるファントム。その気力はファントム自身に痛みを堪えさせ、立ち向かう勇気を与える。
「だま……れ」
「あァん?」
「貴様が……貴様がマスターのことを語るなぁ!!」
腰にマウントしたビームライフルを構え、アストレアに向けて放つ。が、その閃光はアストレアの周囲を突如覆った赤い粒子の膜によって防がれる。
「なっ!? くっ……!」
再度撃つ。が、やはり効果は認められず、さらに三度、四度と銃撃するがいずれも粒子膜によって防がれ、アストレア本人には攻撃が全く及ばない。
「ヘッ、随分とご主人サマのことを大事にしてンだなァ」
「GNフィールドか……!」
「ご名答ォ、俺様がなんの備えもなく突っ立ってるとでも思ったか?」
アストレアはGNフィールドを維持したまま、一歩、また一歩とファントムに歩を進める。
「だが、ご主人サマの方は果たしてどうかな? 本当にてめェのことを大事に思ってンのかなァ?」
「なにっ!?」
「てめェみてェなマシンソウルはよォ、純潔で疑うことを知らない。だから裏切られることに免疫が無い。ほんのちょっとの些細なことが、てめェの真っ白な心に小さな黒い染みを残す。お前は心の底からご主人サマを信じているのか? 疑っているんじゃないのかァ?」
「……っ!」
言葉を詰まらせ、ファントムの脳裏にあの時のソウシの声が響き渡る。
『でもファントムは一番無いかな』
『だってあいつ、ガンプラだぜ? いくら姿かたちは女の子になってるったって、ガンプラをそういう目でなんか見れないよ』
聞きたくない、思い出したくない。なのに、アストレアの口車に乗せられ、心の奥で封じていたあの時の声が脳裏に響き渡る。ファントムは、それを必死に振り払おうと頭を振るう。
「あげゃげゃ! 図星だったみてェだなァ~? てめェの真っ白な心には今! 黒い染みができている。悪い子だねェ~? ご主人サマを心の底から信じられないなんて、犬畜生としては失格だよなァ~?」
「だ、黙れ……!」
尚もファントムはビームライフルと、ビームガトリングも加えて撃ち続ける。が、フィールドを破るにはビームの出力がまるで足りず、その全てが弾かれる。やがて至近距離まで接近したアストレアは、GNフィールドを解除して身を屈めてビームを避け、GNソードとプロトGNソードを展開して振るう。
「オラァ!」
その斬撃により、ビームライフルとガトリングの銃身が斬りおとされる。更にファントムの腹部に蹴りを入れる。
「ごっ!? はっ……!」
その威力は強烈で、蹴り飛ばされたファントムは台所のカウンター部に背中と腰を強く打ちつけ、体勢が崩れ落ちる。血反吐交じりの咳をつき、荒い息をしながらもファントムはアストレアに対して残された右目で敵意の視線を向ける。
「ヘー、まだそんな目でこっち見れんのかよ」
動けないよう、アストレアはファントムの腹部を踏みつけて固定しながら、顔を近づける。そして再びGNソードを展開し、その切っ先をファントムに向ける。
「なら、先にその目ン玉潰してから、ジグジグといたぶって殺してやろうかなァ~?」
まるで悪ふざけを楽しむ子供のようにアストレアは笑う。ファントムの右目にGNソードの切っ先が迫る。顔の肌にはGNソードに纏われた疑似GN粒子が触れるぴしぴしとした感覚が迫る。奥歯を噛み、顔を仰け反らせるが、接近は止まらない。その先端がもうあと数ミリで眼球を貫く。……とファントムが感じた時、不意にカルナの声が響き渡った。
「やめて!」
それは先ほどまでのように壊れたラジカセのように出鱈目な音声を継ぎ接ぎしたような言葉ではなく、真にカルナ自身の心の叫びとも聞き取れる必死な声色だった。
「あァん?」
その声に反応し、視線をカルナへと向けるアストレア。散々邪魔立てされて苛ついているのは明らかだったが、武器をカルナに向けようとはしない。やはり、彼女達にはカルナを傷つけられない理由があるようだ。
「私を……連れてってください」
「カルナ……なにを!」
「私を貴女達の元に連れてってください! その代わり……もうファントムをこれ以上傷つけないで! この家を壊さないで! ソウシを……傷つけようとしないで!」
半壊した屋内に木霊する悲痛な叫び。その叫びを聞いたアストレアは、GNソードをファントムに向けたまましばし考えると結論を出したかのように表情を変える。苛ついた険しい顔から急にニヤリと笑みを浮かべた。
「オッケーオッケー、最初っからそうすりゃいいんだよ」
そう言うとアストレアは妙に素直になり、武器を収めた。
「や、約束だよ」
「わかったわかった、俺ァ約束は守るぜ」
カルナの元に歩み、その手をとるアストレア。それは先程のように乱暴に連れて行くような素振りは無く、ごく普通に優しく子供の手をとり遊びに連れて行くといった様子にも思えた。そしてアストレアは、急にヘッドユニットに手を当て、何者かと小声で通信する。ガンダムアストレアの特徴である側頭部から伸びたアンテナは、そのまま通信機として用いることができるようだ。
あのアストレアが急に大人しくなったその光景に、ファントムはただただ不穏な空気を感じていた。そして同時に、カルナの提案を聞いて冷静さを保ってはいられなかった。
「カルナ……ダメだ! こいつらの元に戻ったら、お前は何をされるか……!」
「ごめんね……ファントム。でもこうするしかないの。私、少し思い出したんだ。私が何者なのかを……」
その言葉にファントムは息を飲む。カルナの真の姿……先ほど見せたのは明らかにデビルガンダムの特徴のそれだった。ということは、やはりカルナは……。
「私は……ファントム達と同じマシンソウル。そのベース機はデビルガンダム。さっき見てたからわかるよね。人間を地球上から全て滅ぼそうとした……悪魔のガンダムなんだよ」
淡々とした口調でカルナの口から発せられる真実が、ファントムに突きつけられる。
カルナもまた、マシンソウル……初めて会った時、ソウシの怪我を治した時から普通の人間ではないとは思っていた。が、共に暮らすうちにファントムは、それをずっと考えないようにしてきた。
カルナは人間なんだ、そう思い込もうとしてた。
そうすることで平和な日々と、楽しい日常を保ち続けたかった。
でも、心のどこかでずっと引っ掛かっていた。カルナは実はマシンソウルなのではないかと……。
だがマシンソウルならば、何故
しかしずっと恐れていた……いつかカルナが自分達の前から姿を消したら……と。
そして、それは今がその時だ。
「違う……カルナ! お前は、悪魔なんかじゃ……!」
「ありがとう……ファントムがそう言ってくれて、私嬉しいよ。でも……私のあんな醜い姿、ソウシには見せられない。だから……ごめんね」
カルナは眩しいばかりの笑顔をファントムに向ける。いつもの元気な様子で見せる笑顔。ただ一つ、その目から涙を流していることを除いて……。
「おーおー、泣かせるねェ。別れを偲ぶとこ悪いけどよ、迎えが来たぜ」
上空から航空機のエンジンのような音が聞こえてきた。屋根まで貫通している穴の開いた天井を見上げると、楕円形のフォルムの小型の航空機のような物体が頭上でホバリングしていた。その正体は宇宙世紀0090年代で活躍するサブフライトシステム、ベースジャバーだった。その上から何者かが降り、屋根の穴から飛び降りて目の前に着地する。
トリコロールのオーソドックスなガンダムタイプの
「よォ、陽動ご苦労さん。街のマシンソウルの攻撃を搔い潜ってよくここに来れたな」
「緊急用の大型ブースターで一気に離脱しましたから。それよりもアストレアさん、これは一体……?」
穴の開いた天井、蜂の巣となったリビング、そして口から血を流してカウンターに背を預けた状態でいるファントム。それらをステイメンは見て、状況が理解できない様子だった。
「さっき通信した通りだ。ガキは確保、てめェはガキを連れて先に本部に戻れ」
「そうではなく、僕はこの状況の説明を求めています! 目標の確保だけが目的ならば、必要以上の攻撃は必要ない筈です!」
「敵が思った以上に抵抗してきてなァ、仕方ねェだろ」
「ですが……!」
「あァ? 文句あんのか?」
いつまでも質問を繰り返すステイメンに対し、先ほどまで比較的穏やかだったアストレアの様子が一変した。声色が低くなり、睨みを利かせた視線をステイメンに送ると、彼は言葉を詰まらせてそれ以上は追求しなくなった。
「行けよ」
「は、はい……さ、こっちへ」
「ちょっと待って」
ステイメンは優しく手を伸ばすが、カルナは部屋の隅に歩むと積み重なった瓦礫の中から何かを取り出す。薄汚れてしまってはいるが、それはカルナが心を込めて作ったガンプラ、ガンダムバルバトルルプスだった。
「この子も……一緒に連れてく」
「あぁ、構わないよ」
右手でステイメンの手を握り、左手にガンダムバルバトスルプスを持ち、カルナは最後にファントムに視線を送る。
「じゃあね……ファントム。元気でね。ソウシにも、よろしくね……」
「カルナ……!」
手放したくないと、ファントムは手を伸ばす。が、それも届かずカルナはステイメンに連れられて上空へ飛翔。ベースジャバーの上に乗ると、何処かへと飛び立っていった。
飛び去った後、ファントムの伸ばした手に水滴が触れた。
それはおそらく、カルナが流した涙だったのだろう。泣きながらの離別……笑顔で誤魔化してはいたが、本当は行きたくはなかったはずだ。あんな小さな子に酷なことをしてしまったと、ファントムは後悔の念に苛まれる。
「カルナ……くっ!」
涙に触れた手を固く握り、震わせながら静かに下ろす。カルナのすぐ近くに居ながら、ただ連れ去られていくだけで何もできなかった……ファントムは身を震わせ、己の無力さを嘆いた。
「さァて……」
ベースジャバーが視界から去ると、アストレアは一息つき、カウンターに背を預けて倒れ込んでいるファントムの方に再び向き直る。そして……
「がはぁっ……!?」
その腹部を思いっきり踏みつけた。その衝撃で背を預けていたカウンターに皹が入る。悲痛な叫びと共に、ファントムの口から唾液と血反吐が入交ったものが飛び出す。
「きったねぇなァ、俺様の脚汚すんじゃねェよ」
「き、貴様……! カルナとの約束はどうした!」
「約束ゥ~? ナニソレ?」
ぐりぐりと踏みにじりながら、アストレアは心底愉しむように下卑た笑みを浮かべる。
「てめェも心底鈍いなァ。まァだわからねェのか? 俺様はてめェを生かしておく気なんざ
卑劣極まりない台詞を吐きながら、アストレアは踏みつけた足を上げ、そのまま勢いをつけて回し蹴りをファントムの頭部に叩き込む。痛みよりも先に脳天を揺さぶる強烈な衝撃がファントムを襲い、床を転げ、意識が飛びそうになる。頭部からは血が流れだし、自分の耳元に血溜まりができる。べちゃべちゃと血が流れる音が直に脳裏に響く。息が荒くなり、寒くも無いのに体が震え、徐々に肌の感覚が無くなりつつあった。
だが、ここで意識を失ってはならない。そうなれば、自分の身に起きていることを脳の感覚を用いて仲間のマシンソウルに伝えることができなくなる。陽動要因のステイメンが一人抜けたということは、異変を察して街のマシンソウル達が戻ってきてくれる筈だ。そうすればアストレアを数で圧倒して返り討ちにし、カルナを連れ戻す算段だって……―!
「なんだこりゃ?」
不意にアストレアの声が自分のすぐ頭の横で響いた。飛びそうな意識を必死で繋ぎ、目の中に入り込む自分の流血に煩わしさを感じながらも、視線を声がした方に向けると、アストレアが床に落ちたとある物を拾い上げ、しげしげと眺めていた。
「そ、それは……!」
それは、ソウシとのデートで撮影したプリクラが入っているロケットペンダントだった。回し蹴りを受けた衝撃で、チェーンが切れてファントムの首から離れたらしい。アストレアがペンダントのつまみを押すと、蓋が開いて中に入っている写真が現れる。それを見るとファントムの方に視線を向け、口角を上げて嗤う。
「げゃげゃははははァ!! なんだこりゃ? 随分と仲睦まじい様子じゃねェの。へぇ~、ほぉ~」
「そ、それを返せ……!」
「どうすっかなァ~? よし、可哀想だから返してやるか」
憐れみの声色と共にペンダントの蓋を閉めるとチェーン部分を掴み、倒れ込むファントムの眼前に垂れ下げる。ファントムがそれを掴もうと手を伸ばすが、指先が触れる寸前でアストレアがひょいと上にあげてそれを阻止する。
「ンなわけねェだろォ~? 心底おめでたい奴だなァ~げゃげゃげゃ。あァそうだ、死ぬ前に一ついいことを教えてやるよ」
心底愉しそうに甲高い声をあげながら、アストレアは右手でペンダントを掴んだまま、左手を腰の後ろに回し、そこでGNビームダガーを手に取る。そして発振される赤い粒子ビームの刃。それをゆっくりとペンダントの方に近付ける。
「ま、待て……! 何をするつもりだ……!?」
「あん? 決まってンだろ」
「止めろ……! 止めてくれ!!」
静止も聞かず、更にビームダガーをペンダントに近付ける。ビームを直接当てずともビームダガーから放出される高温の熱量によって金属のペンダントは徐々に赤熱化していく。そして……。
「こうすンだよ」
その言葉と共にGNビームダガーの刀身をペンダントに直に浴びせる。ペンダントはあっという間に真っ赤に染め上げられ、火花を上げてその形を崩していく。火花と共に焦げた紙状の物体が舞い散る。ファントムはそれを見て、絶叫した。
「うわああああああああああああああああああああっ!!」
「あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!」
ファントムの絶叫が極上のエンターテイメントであるかの如く、最高の笑顔と嗤い声をあげるアストレア。
全体が赤熱化したペンダントはチェーンを離れ、地面に落下する。高い熱量を受けて既に融解しているそれは、地面に落ちるとまるで霙のようにべしゃりと音を立てて潰れる。それをアストレアは、加えて足で踏みにじった。
それが今、目の前で溶けて無くなった。
途端に、目の前で嗤うアストレアに対して激しい感情が湧き上がる。
ドクン……
ファントムの胸の奥で、鼓動のようなものが木霊した。
「てめェがどんだけ人間を愛そうとも、人間はてめェの方を見向きもしねェ。なぜなら、すぐ壊れちまう人間と違って、俺達はそう簡単には壊れねェ力と強さを持っている。だが、人間の目にはそれが化け物と同類として映ってる。だからいくら人間の真似事をしようが、人間の方からてめェを拒絶すんのさ。化け物なんだからなァ。てめェの心の黒い染みがその証だろうがよォ?」
「……黙れ」
「あァん?」
ゆらり……と立ち上がるファントム。長い髪は振り乱れ、流血で右目は赤く染まり、右手が左腰にある斬機刀の柄に触れる。柄を握り、鞘から斬機刀を引き抜く。その際、あまりにも強く刀を抜いたために鞘のジョイントが壊れ、地面に落ちる。だがファントムは気にも留めない。
乱れた長い髪の奥からギラついた紅い視線をアストレアの方に向け、そして斬機刀を大きく振るう。
「だぁまレエエエエエエエエエエッ!!」
振るわれた斬機刀はGNソードによって防がれる。ぶつかり合う刃と刃。火花が散る最中、その報復としてアストレアが左手に握ったままのGNビームダガーをファントムの眼前に突き刺そうと投げ放つ。
だがそれをファントムは避ける。が、完全には避けきれず頬に裂傷を負う。
「おっ?」
予想に反して攻撃を避けられたことに対してアストレアが思わず小さな疑問符を口にする。切られた頬からは激しく出血をしているが、ファントムの猛攻は止まらない。
「コロス!! 貴様ダケは絶対ニ殺ス!! うあ”あ”あ”あ”ア”ア”ア”ッ!!」
獣のように吠えたぎりながら尚も眼光をギラつかせ、刀をアストレアに向けて何度も何度も打ち付ける。火花と共に、斬機刀の刃が欠けていくが、構わずファントムは斬り付ける。その様子に、冷静さを保っていたかつてのファントムの面影はもうない。目の前の
「おっ? おっ? おっ?」
その正確無比の攻撃に、尚も疑問符を口にしながらもアストレアは巨大なGNソードを巧みに操りながら自身を守る。完全に防御に徹さざるを得なくなったこの状況で、ファントムはアストレアを着実に押していた。アストレアがもう片腕に備えられたGNプロトソードで斬りかかってくる際には体を逸らせてその攻撃を避けるが、刀を振り下ろした瞬間、対処しきれない攻撃が迫る。その際、ファントムはマトモに機能しない筈の左手で右腰のレーザー重斬刀を手に取ると、プロトGNソードの猛攻を防ぐ。
二つの剣が剣戟する中、火花と共にファントムの左腕からの血飛沫もあがる。しかし、それでもファントムは猛攻を止めようとはしない。歯を食いしばり、時折その奥から唸り声を上げながら、獣のような眼光をアストレアに向けながら、ただ己の本能のままに敵を切り伏せようとする。
ファントムは気付いていなかった。今の自分が、かつてのレギーラと同じような暴走状態に陥っていることに。
「あげゃげゃげゃ! 急に動きが良くなったと思ったら、こいつ暴走しやがったぜェ!」
アストレアが嘲笑する。だがそれも今のファントムの耳には入らない。ファントムが一際大きく斬機刀を振るうと、アストレアは後方に押し飛ばされる。そのまま各部のスラスターを起動させると、アストレアの身体が空に浮き、切り込んだファントムの斬撃が空を裂く。
アストレアは宙を舞い、家に空いた穴から外へと飛び出す。ファントムもまた、本能に従うままに追撃すべきと判断し、スクランダーウィザードを虚空より出現させると背中に装着し、翼を広げて飛び立つ。
そしてそのまま、アストレアとの空中戦が始まった。
外はいつの間にか夕刻となり、夕陽によって空がオレンジ色に染められていた。
………………
…………
……
影が身長よりも伸び始めた頃、下校途中の道を、俺はいつものメンバーとはツルまずに一人家路につく最中だった。その手には、駅前のケーキ屋にて買ったケーキが入った箱が提げられている。
「……こんなもんで許してもらえるかな?」
買った後ではあるが、俺は眉を潜めて提げたケーキの箱に訝し気な視線を送る。その理由はもちろん、ファントムに対する謝罪の気持ちとしてだ。正直、こんなものでファントムが抱いているであろう疑念が全て晴れるのかと問われれば、その保証は全く無い。しかし、俺達だって今まで何度も困難を乗り越えてきた相棒と呼ぶべき存在となっていることは明らかだ。きっと心を込めて弁解すれば、わかってもらえる。
その為にもファントムには一番高価なケーキを、カルナには一番華やかなケーキを買ってきた。
「これに加えて今夜はとびきり美味いもんを夕飯に出して……っと。その後で頭下げて、謝ろう」
右手に学生鞄とケーキの入った箱を持ち、左手にスーパーで買い物をしてきた食材を入れた買い物袋を提げ、心には固い決心をつけ、家路を急ぐ。
その時、空で何かが輝いた。
「……なんだ?」
立ち止まり、その方向へと視線を向ける。よく目を凝らして見てみると、それは何か人型の影が2体、ぶつかり合ったり離れたりしている。
「マシンソウル……? まさか……!」
嫌な予感のした俺は一目散にその影がいる方向へと駆け出した。
………………
…………
……
「うぅっ! うあ” あ” あ”ア”ア”ア”ア”ア”っ!! 死ねぇ!! シィィィネエエェェェ!!」
「おーおー、物騒な言葉吐いちゃってまー」
夕陽に照らされ、上空ではアストレアとファントムの2人が尚も刃を打ち付け合っている。その戦況はというと、ファントムがアストレアを圧倒していた。同時に、アストレアは軽口を叩いているが、内心は焦っていた。
その理由は、単にファントムの猛攻が凄まじいというだけではない。長期に渡って疑似太陽炉を稼働し続けていたため、アストレアの疑似太陽炉は戦闘に必要な分の疑似GN粒子を生成するのが間に合わなくなりつつある為だ。
「チッ、ちょっと遊びすぎたか」
最早余裕な笑みは消え、焦りが表面に出る。それを知ってか知らずか、ファントムがウィザードのブースター全開で迫り、更なる攻撃を繰り出す。
「貴様ダケは……キサマだけはコノ手でえええええッ!!」
「ケッ、いい加減やかましいんだよォ!」
近付けさせまいとばかりにGNソードを振るうアストレア。重いGNソードの一撃を、ファントムは斬機刀とレーザー重斬刀をクロスさせて受け止める。組み合った状態からのさらに疑似太陽炉を稼働させて、GNソードの質量を上げる。残り少ない粒子だが、アストレアは大幅に消費してでも勝つつもりでいた。その質量に耐え切れず、2本の剣が折れる。それを見てアストレアは思わずほくそ笑む。武器を破壊した、このまま斬り付けて勝ちだと。
だがその笑みはすぐに消えた。
ファントムは瞬時に脚部バーニアを前方に噴射してアストレアから距離をとり、GNソードによる斬撃をかわす。次に折れた2本の剣を捨てると、代わりに両肩のシールドの内側に収納されているビームトマホークを2本取り出す。それを両手に装備するとビームの刃が発振される。ブースターの出力を上げ飛翔し、そこから勢いをつけて眼下のアストレア向けてビームトマホークで斬りかかる。
早い、とアストレアは感じた。ウィザードのブースターで加速し、アストレアがGNソードを攻撃に転用する前に斬り付けるつもりだ。
「うおオオオアアアああああっ!!」
「クッソうっぜえンだよォ!!」
やむを得ずこの攻撃もGNソードとプロトGNソードを頭上で構えて防ぐ。……が、粒子量の絶対値が低下し、GNソードへの粒子定着量が減っている現状では、その攻撃を完璧に防ぎきることはできず、勢いのついた2本のビームトマホークはGNソードの刀身を滑るように流れ、そのままアストレアのボディを溶断する。
「がっ……!? ぐっ……て、てめェ!!」
アストレアの痛みと熱さに堪える声が聞こえる。ファントムの攻撃が、初めてアストレアに通用した瞬間だった。紅い鎧に二筋の溶断跡が残り、装甲の隙間から血が流れだす。堪らずアストレアはファントムから距離をとる。
「この俺様に……傷なんぞ負わせやがって!」
「消し飛ベエエエエエエエエッ!!」
スクランダーウィザードのミサイルハッチが開く。次の瞬間、合計28発のファイアビー誘導ミサイル全弾が発射され、噴射煙でめいめいの軌道を描きながらアストレアへと迫る。
「ちぃッ!」
アストレアが舌打ちをし、GNソードをGNライフルモードへと変形させる。更に左腕のGNプロトソードもパージし、腕部に備わったGNバルカンも乱射し、それらを駆使して接近するミサイルを迎撃する。
だが、粒子量が低下しているこの状況では、ビーム兵器主体の攻撃は無謀といえる。3分の2以上のミサイルを撃破することができたが、案の定、粒子切れを起こしてビームライフルもビームバルカンも発射されなくなる。
「なにッ!? があああああああっ!!」
数発のミサイルをその身に浴び、アストレアは爆炎を浴びて林の中へと落下し、芝生の上に転がる。紅い鎧はあちこちが破損し、内部の焦げたブラウンカラーのバイオスーツ露わとなる。
間髪入れず、ファントムが目の前に降り立つ。呼吸を荒げ、ゆらゆらと体を左右に揺らしながら、身体のあちこちから流れ出ている血に構いもせず、血の気の無い土気色の肌になりつつも、修羅の如き形相でアストレアを睨みつけながら、一歩、また一歩とアストレアに迫る。その力なくだらんと垂れ下がった両手には、ビームトマホークがしっかりと握られている。夕陽が逆光となり、アストレアの目には真っ黒な悪鬼が紅い眼を光らせ、斧を持って木々の間から迫って来るようにも思えた。
その様子と、先程自分に浴びせられた躊躇無き猛攻を脳裏で振り返り、アストレアは自身にとっての最悪な結末を悟った。悟ると同時に全身から噴き出る冷や汗、鳥肌、見開いた瞳、乱れた呼吸、引きつった口元、そしてとある感情。その全てがアストレアにとって今まで体験したことのないものだった。
恐怖心……それも、己の命を奪われるという、文字通り「命の危機」から来る恐怖だった。
「ひ……ひひぃ……!」
人は境地に立たされると自然と笑みがこぼれるという。それはマシンソウルも同様のようで、アストレアは笑みと恐怖の声、その両方が入り混じった言霊が無意識に自分の口から洩れる。そして体を動かすことができない。粒子切れというのもそうだが、捕食者に睨まれた小動物のように、ファントムの紅い眼から自分の目を離すことができず、指一本動かすことができない。
ついにファントムが至近距離まで接近し、ビームトマホークを掲げる。このまま振り下ろせば間違いなくアストレアの脳天を直撃、もちろんそれは致命傷となりアストレアの命を奪うこととなるだろう。
だが今のファントムはそれを心の底から望んでいる。
怒りと憎しみに理性を奪われた彼女は、最早命を奪うことに躊躇が無い。目の前で震えるアストレアの無様な最期の姿を、残された血濡れの右目でしかと見届けるために大きく見開き、同時に嗤う。
皮肉にも、アストレアが先ほどまで自分に向けていた、“殺しを愉しむ”時と同じ笑顔で。
だが目を見開いて視界が広がったことにより、ファントムはアストレアの背後に何者かがいることを今、初めて気が付いた。
「ファン……トム……なのか?」
その声を聞き、ファントムは視線をアストレアの背後へと向ける。
声の主は、ファントムの創主、ソウシだった。ファントムとアストレアが空中で交戦していたのを見ていたソウシは、二人の後を追ってこの林の中に木々を掻き分け入って来たのだった。そして目撃する、目の前で起きている出来事を。それはソウシにとっては、にわかには信じられない光景だった。
いつも自分達に対して見せてくれる、優しくて温かみのあるファントムの表情。今やそれは消え失せ、見る者に恐怖心を与えるだけの存在となっている。
それはもちろん、ソウシも例外ではない。
ソウシは恐怖を感じていた。冷徹なまでに、執拗に、ましてや笑みまで浮かべてアストレアを追い詰める、血みどろのファントムに対して……。
「マす……ター……?」
名前を呼ばれ、ファントムはソウシと目が合う。目の前にソウシが現れたことにより、ファントムは少しだけ理性を取り戻した。ビームトマホークの発光が止まり、振り下ろそうとした手を静かに下ろし、ビームトマホークが手を離れて地面に落ちる。
「なゼ……ここニ……?」
血の気の失せた顔色で一歩また一歩と、地面にへたり込むアストレアを追い越し、ソウシへと歩む。幾度のダメージと暴走により酷使した体が悲鳴をあげ、ぎこちない動きになる。表情も強張り、元に戻せない。
それがかえってソウシの恐怖心を煽る結果となった。
「ひっ……! く、来るなぁ! ……っ!」
腰が抜け、荷物を放って地面に尻もちをつくソウシ。言ってソウシは「しまった」と思い、口を手で覆う。目の前のファントムは、歩みを止め、その言葉が自分に向けられた意味を思考し始める。
「な……ゼ……? マスたー……? ナぜアナタは私ヲそんな……! そんナ目で見て……? まるで……まるデ……化け物を見ルような…………っ!」
激情により奪われていた理性が徐々にファントムの心の内に戻ってくる。それと同時に、麻痺していた体のダメージがファントムに圧し掛かり、両膝をついて倒れる。そして思い出す、ついさっきまで自分がどのような状態だったのかを。憎い相手とはいえ、己自らが嬉々として命を奪おうとしていたことを。
「…………いや」
首を振って否定する。しかし、自分でもわかっている。その気持ちは事実だった。猶更ファントムは自分自身が恐ろしくなり、己の醜い欲望を映し出した表情を消そうと顔を両手で覆う。
だがそれよりも、ファントムを一番傷つけたのは、たった一人の想い人が発した拒絶の言葉と、向けられた視線だった。
「あぁ……いやぁ……!」
嫌だ、嫌だ……そんな言葉を向けられるのが嫌だ。そんな目で見られるのが嫌だ。そんな風に慄かれるのが嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ…………自分自身に対する嫌悪感が最大になる。
「やだ……いやだ……あああああ! いやああああああああああああああああ!!」
悲痛な絶叫が木霊する。
だが、悲鳴は突如として消え、吐瀉物を吐き出す音に変わる。
ファントムの口から溢れ出すおびただしい量の血液。
背後からの衝撃。直後、自分の腹部に違和感をおぼえたファントムが、視線をゆっくりと下に向ける。
腹部からは、バイオスーツと黒の鎧を突き破って、煌く刃が突き出ていた。己の血で濡れたその刀身は、夕陽に照らされて輝いていた。
「あ……あ…………ぁ……」
消える、消える、消える……意識が、視界が、聴覚が、思考が、痛覚が、全ての感覚が消えていく。消える寸前、自分の耳元で低い声が呟いた。
「なァ、言っただろ? 化け物だって……さァ!」
直後、響く切断音。その音が聞こえると、ファントムの消えかかった視線が急に揺らぎ、視界が斜めになる。
最期に見えたのは、驚愕の表情を浮かべる自分の愛する主人の顔だった。もう聞こえないが、涙を流しながら何か大声で叫んでいるようだった。
体が倒れ、顔が芝生に触れる感覚がした。そして体全体が生暖かい液体に浸るような感覚……。だが、それらの感覚も一瞬感じた後、もう何も感じなくなった。
(あぁ……マスター。そんな顔をしないでください……)
言葉を口に出そうと必死で唇を動かすが、最早力が入らない。そして眠い……とてつもなく眠い……。
(でも……せめて……最期に…………マスターの顔を見れて……良かった………………な)
閉塞していく視界。終息していく思考。遠ざかる心音。そしてプツンと、まるでテレビの電源を消すかのように、全てが暗く覆われる。
ファントムの瞳は光を失った。
「――――ああああああああああ!! 嘘だあああああああああああ!!」
目の前で上下半身を真っ二つに切り裂かれたファントムを見て、俺は芝生の上で両手両膝をついて啼き、絶叫し続けていた。
「……ケッ、量産機程度がてこずらせやがる」
地面に倒れるファントムの亡骸に対し、アストレアは一瞥をくれる。
「ククク……だが奴はもう」
その言葉の後、ファントムの亡骸が光りに包まれる。そして先ほどまで亡骸が横たわっていた血溜まりには、プラスチック製の物体が転がっていた。それは、上半身と下半身とで接続部が切断された、ザクファントムカスタム・BIの残骸だった。
全身傷だらけで、ボロボロだった。
「……なんでだよ」
それを見た瞬間、俺の胸の内に湧き上がっていた全ての疑問が、涙と感情の暴発と共に吐き出される。
「なんでだ!? なんで殺す!? なんで戦う!? なんで俺達をそっとしておいてくれないんだ! 俺達はただ、平穏な日々を過ごしていたかっただけなんだ! それなのに……それなのに! なんでお前たちは……お前たちはぁ!!」
「……ケッ、主人も主人でぎゃーぎゃーうるせェこと」
捨て台詞を吐きながら、アストレアはソウシの方に目もくれず、転がっているザクファントムの残骸を手に取る。
「おい……! 待てよ、ファントムをどうするつもりだ!」
それを見てソウシは不安の声色を出す。一瞥もくれずにアストレアは少しだけ粒子量が回復した疑似太陽炉を起動させると、宙に浮く。そしてそのままどこかへと飛んでいく。
「返せぇ! 返してくれよぉぉぉ! ファントムを返せぇっ! 返せぇぇぇぇっ!!」
聞くはずのない飛び去って行くアストレアの背中に対し、俺の絶叫は木々の中で空しく響き渡った……。
(あの場であのガキを始末してもよかったンだが……それだけじゃ俺様の受けた屈辱は晴らせねェ)
空を飛びながら、アストレアは思考を巡らせる。彼女が受けた屈辱とは、量産型のザクファントムにあそこまで自分自身が追い詰められ、尚且つ恐怖心までも抱かせたことだった。しかし、当のファントムはもう始末してしまったため、これ以上鬱憤を晴らすことはできない。ならば、その創主であるソウシに対して晴らして満足するまでのこと。
どの道ファントムと共にソウシも始末するつもりでいた彼女は、そのソウシをどのように惨めな末路を迎えさせるかを考えていた。そして、その道を確実に辿らせるために、餌としてファントムの残骸を回収したのだった。
(……ククク、いいことを思いついたぜ)
最も残虐で、最も愉しく、最も確実な方法を思いつき、アストレアは一人ニヤリと嗤う。
「はぁ……はぁ……」
アストレアを追い、荷物を全てあの場に捨て全力で走る俺。空を飛んで去って行ったアストレアには到底追いつけないが、それでも、その後を追わずにはいられなかった。
「くそっ……ちくしょう……!」
先程の惨劇を思い出し、溢れ出てくる涙を制服の袖で必死に拭う。哀しみと後悔、憤りと疑問とが胸と頭の中で混ざり合い、様々な感情が俺の中で湧き上がる。それでも足を止めず、ただ真っ直ぐに走り続ける。
これ以上涙が溢れないよう、夕焼けに染まった空を見上げた時だった。
黒い煙が一筋、どこからか流れていた。
同時に、何かが焼ける匂いも。
「なんだ……?」
煙の流れてくる方向を見る。見覚えのある路地の先から流れてきていた。俺の通学路からだった。この路地の先には、もちろん俺の家がある。
「……っ!?」
様々な感情が混濁し合っていた俺の胸中が、ただ一つの感情に支配される。
不安。
まさかと思い、俺は普段の通学路を下校時と同じ道筋で辿っていく。
「たまにはみんなでゲーセンに寄るのも悪くねぇな」
「今日は朝からザクきゅん達も用事があるって出かけてるからガンプラバトルできなかったでござるからな~」
「トモヒロ君、マキブでもゴッドガンダム使ってるんだね」
「……ソウシも、来れば良かったのに……」
放課後、ゲームセンターで道草をくっていたトモヒロ、タクオ、オトメ、レイナの4人。楽しい道草だったのか、4人で談笑しながら帰路についていた。
「まぁ、あいつはなんか用事あったらしいからしょうがねぇよ」
「その用事って何か、聞いてないの?」
「さ、さぁ。僕らには何も話してなかったでござるよ」
タクオがすっとぼけた声色で返答する。その返し方に若干の不信感を抱いたオトメだったが、すぐにその話題は打ち切られることとなった。
「おい、あれソウシじゃねぇか?」
トモヒロの声で、皆の視線が前方に向く。皆から見てT字路の突き当り、その直進方向をソウシが走り去って行くのが確かに見えたのだ。
「えっ、本当? 見てなかったけど……」
「チラッと見たでござる。確かにソウシ殿でござったな」
「……荷物、何も持ってなかった」
そして彼らも目にする、黒い煙が流れてくることに。
「なんの煙だ……?」
「火事……?」
レイナの言葉に、全員が同じ「まさか」という結論に至る。
「後を追うぞ!」
トモヒロの言葉に、皆駆け足でソウシの後を追う。
家に近付くにつれ、人だかりができつつあった。皆が皆、同じ方向を見ている。その視線の先には、俺の家がある筈だ。
人ごみを掻き分け、ようやく俺は家の正面にまで出ることができた。だが、家を直視することができなかった。なぜなら、押し寄せる熱波と火の粉が、俺の視線を逸らせるからだ。それでも俺は顔の前に手を掲げ、目の前の光景を見る。
そこにあったのは、紅蓮の炎に焼かれ、黒煙をあげている、俺の家だった。
―続く―
えー、大変なことになってしまいました。
ここからソウシの転落人生が始まります。
読者の方々、どうか彼の行く末を見届けて下さい。