アストレアを追って辿り着いた先は、紅蓮の炎によって燃え上る自分の家だった。
なぜこんなことをするのか?
なぜファントムは死ななければならなかったのか?
疑問ばかりがソウシには残った。
ソウシが家に戻る10分ほど前……。
アストレアが命からがらあの場を去り、もう一度このキモト家に戻ってくると、陽動任務を終えたキュベレイMK-Ⅱが瓦礫に座り込んで足をパタパタとさせて待ちぼうけを喰らっていた。
「あっ、もうアストレア遅いよ~。アタシとっくに来てたのに~……って、なんかボロボロだね?」
先ほどまで命の危険に曝され、恐怖していたことなど知る由も無いキュベレイは、無邪気な質問をアストレアに投げかける。それを聞いてアストレアは無言でキュベレイの方を睨みつける。キュベレイは慌てて「キャハハ」と笑って誤魔化した。
アストレアも相当ダメージを負っているらしく、それ以上キュベレイに突っかかろうとはせず、代わりに手に持ったザクファントムの残骸を指で摘み取る。
「それなに?」
「……キュベ、俺様はてめェのことを多少なりとも買ってるからこの提案には乗るだろうと思って話をする」
「うん? なになに、楽しいこと?」
アストレアの提案。
それは途端にキュベレイの思考をワクワクさせた。アストレアはいつも危険で残酷な提案をするが、それを毎回キュベレイは「楽しい」と感じているからだ。
「おめェ、火遊びは好きか?」
第28話:「喪失」
メラメラと俺の目の前で燃え盛る業炎。家の周りに集まった人たちは、懸念の声をあげる。誰か中には残っていないのかとか、消防車はまだ来ないのかとか、隣の家には燃え移らないのか、とか。中にはスマホで動画を撮っている者もいる。後でニュース番組に提供するのか、それともSNSにアップロードでもするのだろうか。
そんな様々な人の声や姿をぼーっと耳や視界の端に入れながら、俺は目の前で起こっていることに対しただ愕然と見ていることしかできなかった。状況を理解しようにも頭が追いつかない。
俺が小さい頃から生まれ育った我が家が、このままでは無くなってしまう。大切に飾ってある苦心して作ったガンプラも全て燃えてしまう。そしてなによりも……。
「カルナ……!」
そうだ、家にはカルナが居た筈だ。もしも家の中にカルナが取り残されているのだとすれば……!
だが、その思考はすぐに書き換えられることになる。なぜなら、それよりも衝撃的なものが俺の目に飛び込んできたからだ。
玄関。ドアの奥で炎がチラついているのが見える。だが俺の視線はそのドアの真下に釘付けとなった。ドアの前にある石造りの段差のうえに、なにか黒い小さな物が落ちていた。それを凝視し、その正体を知ると俺は溢れ出そうに言葉を喉の奥に飲み込む。
見覚えのある黒いプラスチック製のモノ……。
見間違えるはずもない、ファントムの……俺のガンプラ、ザクファントムカスタム・BIの頭部パーツだった。
それが、あたかもさらし首であるかのように、正面を向けた状態で置かれていた。そう、“落ちていた”のではなく、おそらくは“置いておいた”のだろう。
俺が見つけやすいように……。
「……っ!」
「おい君! 近付いちゃ危ない!」
それを手にしようと、俺は燃え盛る家に向かって一歩進む。だが、俺の隣にいた野次馬の男性が俺の肩を掴んで静止させる。
「……離してくれ」
俺は男性の手を振り払うと、一気に駆け出し玄関まで走るとザクファントムの頭部パーツを拾い上げ、そのままの勢いを保ったままドアを蹴破り、炎の中に飛び込んでいった。
「おい、今誰か飛び込んでいったぞ!」
「あの子、この家の子じゃないか!?」
「消防車はまだなのか!?」
「とにかくバケツリレーで火を……!」
群れる野次馬の遥か後方、人ごみにより思うようにソウシの元に追いつけなかったトモヒロ、タクオ、オトメ、レイナの4人が息を切らせながら今ようやくキモト家で起きている惨事を目の当たりにする。
「そ、そんな……! ソウシ君の家が……!」
「カルナたんやファントムさんは!? もしや家の中に……!?」
「……この家の子って言ってた……まさか……!」
野次馬の懸念の声を聞き取り、焦りの表情を見せる4人。タクオ、オトメ、レイナがどうすべきかとあたふたとしていると、3人の背後でバシャっと水が弾ける音が聞こえた。
「トモヒロ君!?」
「サラ君……なにを……?」
「…………」
3人が振り向くと、そこには近所の人がバケツリレーをして消火するために用意したバケツに入った水を、無言で頭から被るトモヒロの姿があった。いつものツンツンとした茶髪が垂れ、髪先から水を滴らせる。
そしてトモヒロは地面を蹴って全力で走り出す。群がる野次馬達を押し退け、人と人の間を縫うように進み、阻もうとする大人の手を力づくで振りほどき、ただひたすらに駆け抜ける。
「トモヒロ君!? やめてぇ!」
「行っちゃダメでござる! トモヒロ殿まで……!」
叫ぶ二人の声を背後に受けつつも、トモヒロは濡らした己の身一つで炎の中へと飛び込んでいった……。
「はぁ……はぁ……」
家の中は案の定、あちこちが炎に呑まれていた。だが気が張っているためか、俺はあまり熱さを感じず、ずんずんと家の中へ歩み進んでいった。玄関に入って左手に見える和室……焼け落ちた襖から室内を見てみると、天井にまで回った日から零れ落ちた炎によって引火したのだろうか、いつもカルナが寝ている布団が燃え盛っていた。しかしその布団には誰かがいる気配が無い。ここにカルナは居ないようだ。
次に右手側、いつも俺達が食事をとったり、テレビを見たりしているリビングだ。覗き込むと、やはりここも炎で覆われている。
いつも俺達が日常を過ごしている場所が一転、このような惨劇に見舞われている。その現状に胸が締め付けられるような哀しみに襲われる。泣きだしたいのを必死に我慢しながら、中を見回す。
「穴……?」
リビングの天井から床にかけて、まるで何かが落下したかのような巨大な穴が空いていた。一体この家で何があったのだろうか……? だがそれを考えるよりも先に、火災によって巻き起こった煙が俺の視界を塞ぐ。
ここはダメだ。しかし、探さないと。俺は汗ばんだ右手に握ったザクファントムの頭部を改めてしっかりと握り直し、熱波と火の粉と煙により揺らぐ視界を必死で見開き、探す。
「どこだ……!?」
身を低くし、炎と煙を避けながら探す。しかし見渡すばかりの炎、炎、炎……。全くと言って見当がつかない。それでも探す。最早、這いつくばってと言っていいほどに床に手足をつけて探す。傍から見ればみっともない恰好だと思われるだろう。しかし、それでもいい。探し出さなければならないのだから。
その時、ふと視界の端に見覚えのある物が目に入った。
「あった……!」
それは階段の1段目に落ちていた。態勢を低くしたまま廊下を這うようにして階段まで歩み、それを手にする。
「ごめんな、ファントム……!」
それは、ザクファントムを構成する下半身のパーツだった。両足は無いが、俺はそれを頭部と一緒に右手で握りしめ、涙を流す。煙で目が染みたわけじゃない。後悔と、ほんの少しの安堵の涙……。
「ソウシぃー!」
その時、俺の背後から誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。巻き起こる煙と火の粉でここからではその姿が判別できない。だが、その声には聞き覚えがあった。
「声……? トモヒロ……?」
「どこだソウシぃー! ゴホッ、ゴホッ……返事をしろぉー!」
「トモヒロ! ここだ!」
煙に視界を遮られつつも、自分の位置を叫んで知らせる。それを聞き取ったのか、トモヒロは炎の奥から突っ切って俺のいる階段側まで小走りで迫る。
「ソウシ! よかった、無事だったんだな」
「あ、あぁ……」
俺の姿を見つけ、安堵の声を漏らすトモヒロ。俺と同じく態勢を低くし、俺の身体に火傷や怪我がないか触って確認をする。
「よし、ここは危険だ! 早く外に出るぞ!」
「…………」
「ソウシ! すぐに火が回る! 早くしろ!」
「俺は……」
トモヒロは息を荒げながら、俺の腕を掴み、外へと連れ出そうとする。だが俺はその手を振り払い、この場に留まる。決してこの場を動くことのできない理由が、俺にはある。
「俺は……ファントムを置いては行けない」
「ファントムちゃん!? どっかにいるのか!? どこに!?」
慌てた様子で辺りを見回すトモヒロ。あのファントムがこの火災の中逃げ遅れていると思っているらしい。それに対し、俺は無言で首を横に振る。そしてしっかりと握った右掌を開き、その中にあるモノをトモヒロに見せる。
「……ぅっ!?」
それを見てトモヒロは明らかに動揺しているようだった。言葉を詰まらせ、汗が頬をつたう。それが熱さによりものなのか、それとも……。
「……襲撃があったみたいなんだ……アストレアに……ファントムは……」
「そんな……!」
「この家にファントムのパーツが落ちてた……。残りのパーツも、この家のどこかにあるのかもしれない! だから……俺はファントムのパーツを全部見つけ出すまでここを出るわけにはいかない!」
「なっ……!? バカ野郎! 何言ってんだ! すぐにここを離れなきゃお前……死んじまうんだぞ!」
トモヒロが声を荒げ、尚もより強く俺の腕を引っ張る。だが、俺は頑なにその場を動こうとはせず、留まる。
「ファントムがこうなったのは俺のせいなんだ! 俺があの時、ファントムに……」
脳裏に蘇る鮮血の記憶。つい数十分前に起きた出来事なのに、まるで遠い昔のようにさえ思える。しかし鮮明に、俺の脳裏に焼き付いていた。
俺の声に反応してこちらを見つめる、怒りと殺意と憎しみに囚われたファントムの表情……そして、直後に響き渡った悲痛な絶叫と、最期の姿……。
あの時、俺があの場に来なければ……あの時、あんなことを言わなければ……あんな目で見なければ…………。
「もう一度だけ……たった一瞬でもいい。もしももう一度、ファントムに会えるのだとするならば、俺はただ彼女に謝りたい……! お前を傷つけて悪かったと……お前の気持ちを無下にして悪かったと……。だから、もしかしたらパーツを全て元通りに修復すれば、あるいは……!」
「……でもよ、お前が死んだら何にもならねぇじゃねぇか!」
「俺はファントムを置き去りになんてできない! 俺が見捨てて、この家が焼け落ちたら、もう二度とファントムには会えないんだよ!」
「ソウシ……!」
「お願いだ……トモヒロ……」
しばしの沈黙。台所の方で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。おそらくは炎に焼かれて脆くなった木製の食器棚が崩れ、中の食器類が床に落ちて割れたのだろう。今度は風呂場の方で破裂音も聞こえた、ガスや電気類にも引火し、小規模な爆発を引き起こしているらしい。
すぐ傍まで迫る死の音。だがそれすらも静かに感じられるほどに、俺とトモヒロは黙して対峙し合い、思考を巡らせていた。
「……パーツはどこにあるんだ」
「わからない……最初は玄関、その次は階段だから……もしかしたら2階にあるのかも」
「すぐに行って探すぞ! 俺も一緒に探す! 見つけたらすぐに脱出するぞ!」
「トモヒロ……!」
俺の腕を引っ張るトモヒロの力加減が変わった。玄関の方ではなく、逆に階段の上の方へ向かおうと込められた。俺はそれに従うように、トモヒロと共に階段を上る。
………………
…………
……
「クッ、まんまと陽動に誘われるとは……不覚!」
ソウシの家から数km離れた地点。カゲツキが家々の屋根を伝い、全力で走り抜けていた。向かう先はここからでも煙があがっているのがわかる、ソウシの家だった。
夜ではないため機動鎧姿が人目に付くと面倒なので、ミラージュコロイドを起動して周囲の景色に溶け込み、疾走していた。おかげでカゲツキの姿を視認できる者は誰もいない。
その遥か後方には他のマシンソウル達も付いてきてはいるが、マシンソウル達の中で一番足が速いのがカゲツキのため、先行する形となっていた。
「間に合え……間に合え!」
念仏のように何度も自分の中で繰り返しながら、カゲツキは一目散にソウシの家へと向かって行く……。
………………
…………
……
「俺はあっちを探す! ソウシは自分の部屋の方を探してくれ!」
「わかった!」
トモヒロは父親の部屋がある方へ、ソウシは自分の部屋へと向かう。2階にはまだ炎は到達していない様子で、まだ少しだけ余裕があった。しかし、ここもいつ炎に覆われるかはわからない。それよりも先に、焼けて脆くなった柱が折れて家そのものが倒壊する恐れもある。もしそうなった場合、ソウシもトモヒロも確実に命を落とすことになる。
トモヒロはそれをわかっていながらも、ソウシの気持ちを尊重し、自分もそれに付き合うことを決めた。
(ソウシ、てめぇ一人だけを置き去りになんて俺にはできねぇ……だから俺も一緒に付き合うぜ。だがな、絶対に三途の川は渡らせねぇぞ! ダチだからってのもそうだが、お前に“あの時”作った借り、まだ返してねぇからな……!)
心の中で固く誓いながら、トモヒロはソウシの父親の部屋のドアを開ける。
「げっ!? なんじゃこりゃ……!」
部屋はもはや、部屋としては機能していなかった。というのも、天井より空いた穴が床を突き抜け、下のリビングまで達していたからだ。ドアを開けて歩もうとした勢いでそのまま穴に落ちてしまいそうになったのを、トモヒロは踏ん張って堪えた。
これが襲撃の爪痕なのだろうと、トモヒロは思った。
「クソッ! なんてことしやがる……!」
歯噛みと共に憤りを感じながら下を見ると、下階に燃え広がっていた炎が穴を伝って2階にまで達そうとしていた。ここには明らかにパーツは落ちてはなさそうなので、トモヒロは急いでその場を離れ、ソウシの部屋へと急いだ。
「ソウシ! こっちはダメだ! 部屋が崩れてる!」
開け放たれていたドアから部屋の中を見ると、ソウシが四つん這いになりながらパーツを探して辺りを見回している最中だった。
「あぁ……おそらくアストレアが襲撃してきた際にやったんだろう……」
「クソッ! あいつら……!」
「でも、ほら」
立ち上がって向き直り、ソウシは自分の左掌を開ける。中には、ザクファントムの胴体パーツがあった。やはりソウシの思った通り、2階にパーツがあった。
「思った通りだ、俺の部屋にあった」
「よし……残りのパーツも探すぞ!」
「あぁ」
二人は部屋中を探し始める。トモヒロはベッドの下を覗き込み、ソウシはクローゼットの中を探すため壁の収納扉に手をかけ、開ける。そのクローゼットの中には……。
「……っ」
天井高くまで積み上げられたガンプラの数々。俗にいう、“積みプラ”というものだった。気に入った物や安く手に入った物。あるいは、少しレアなキットまで。ソウシがいつか作ろうと大切に保管していた、宝の数々だった。
ソウシは、高く積まれたそれらガンプラの箱を、名残惜し気に指でなぞった。
「……それは無理だ。諦めろ、ソウシ」
その様子を、背後から見ていたトモヒロに諭される。
「……あぁ、わかってる……。こんなことなら、もっと作っておくんだったなぁ……」
視線をクローゼットから離すと、次に飛び込んできたのは向かいの壁際に並べられたガラスケースだった。そのガラスケースの中には、ソウシが今まで作り上げたガンプラの数々が所狭しと飾られている。
不意に頬を伝う涙。先程からずっと我慢してきたが、それらを見た途端に堪えきれない感情が溢れ出し、ソウシはその場でへたり込む。
「ごめん……ごめんなぁ…………お前らを置き去りにしちまうことになる……許してくれ……!」
このガンプラには、マシンソウルは宿ってはいない。故に言葉も発しないし、意思もない。ただのプラスチックとポリエチレンの塊だ。
しかし、それでもソウシにとってはファントム同様、このガンプラ達にも同じくらいの愛情を注いで作り上げた苦心の作品であることに変わりはない。
それがもうすぐ、無くなる……。炎によって、跡形もなく溶けて無くなってしまうのだろう。そう考えると、ソウシは目の前の物言わぬガンプラ達に懺悔せずにはいられなかった。
その様子を、トモヒロはいたたまれない気持ちで眺めていた。
「ソウシ……」
その肩にそっと触れるトモヒロ。ソウシは、そのトモヒロの手をそっと握り返した。
「……大丈夫だ、探そう」
「よし、俺はもう一度廊下の方を見てみる。お前の部屋は任せたぞ!」
「わかった」
もうあまり時間は残されていない。立ち込める煙が少しずつ濃くなってきている。そして心なしか、気温も上昇しているようだ。
トモヒロがドアを開け、廊下に出る。
「っ!? くそったれ! もうここまで火が……!」
大穴の開いた父親の部屋から流れてきたのか、それとも階段の下からか、はたまたその両方か。先程通ってきた階段、そして父親の部屋へ通じる廊下とそのドアが炎に包まれていた。
もう、階段降りて外に逃げるのは不可能だった。
「やべぇ……パーツはどこに!?」
文字通り、命の危険から来る焦りが胸の中で膨らみ、内側からじわじわと体を炙られるような感覚を抱いた。奥歯を噛み、必死に目を凝らし、辺りを見回すトモヒロ。先程ソウシの部屋に向かう際にここは一度見たが、見落としているかもしれない。それは許されない。
しかし炎は廊下を伝い、すでに目前まで迫っている。同時に、充満する煙がトモヒロの視界と気道を塞ぐ。何度も苦し気な深い咳をしながら、制服の袖で口元を押さえながら、姿勢を低くして床に噛り付く。
(早く……早く……! クソッ、どこだ!?)
咳をして息を吐きすぎたため、思わず深く息を吸ってしまう。その瞬間、流れ込む黒煙が容赦なくトモヒロの気道へ侵入し、器官を焼く。堪らずまたも大きな咳をし、その繰り返し……悪循環。何かのテレビ番組で、火事に見舞われた時最も恐ろしいのは炎よりも煙だと紹介されていたが、そのことをトモヒロは身をもって思い知った。
このままでは確実に自分もソウシも死ぬ。こうなったら2階から飛び降りてでもソウシを連れて逃げるべきだと、予想が確信に迫った時、ソウシの居る部屋の方に視線を向けた。
「……もしかしたら!」
廊下からソウシの部屋の前に向かう。目指すは開け放されたドア、その後ろだ。
「あった……! あったぞ!」
思った通り、ドアの後ろにパーツがあった。灯台下暗しとはよく言ったものだ。最初からこのドアは開け放たれた様子だったようだが、今のソウシにそれを不審に思う余裕はなかったようだ。
見つかったファントムのパーツは、バックパックのスクランダーウィザードだった。ようやく見つかったパーツを手に、思わず安堵の笑顔をこぼしながらソウシの元へと向かう。
「ソウシ! 見つかったぞ、ほら!」
「あぁ……! 良かった!」
「これで全部か!?」
「いや、それが……」
手渡されたパーツを手に、ソウシが言葉を詰まらせる。トモヒロはその様子につい先ほどまで見せていた笑顔が曇り、代わりに嫌な汗が額を伝い、頬を撫でる。
「……足りないんだ。両腕と、両足が……」
再び訪れる沈黙。互いの息遣いだけが木霊する中、ソウシがチラリとドアの方を見る。火はもうすぐそこまで迫り、木がパチパチと燃える音がはっきりと聞こえ、既に木製のドアにも炎が燃え移っていた。
「やっぱり……1階の方にまだあったのかも!」
「ダメだソウシ! 廊下の外はもう……!」
ドアを開けずとも、廊下の方の惨状は明らかだった。それだけに炎が広まるのが早い。既に壁伝いに燃え広がり、天井にまで達そうとしていた。ここが既にその状況ならば、廊下も1階ももう人が歩めるほどの余裕は無い筈だ。
「もうここには長居できねぇ! 逃げるぞソウシ!」
この際、多少の怪我はやむを得ない。この部屋の窓から飛び降りて脱出しようとソウシを連れ、窓側へと歩もうとするトモヒロ。だがソウシはその手を振り払い、尚も炎に向かって歩もうとする。
「嫌だ! 俺はファントムに……最後にファントムに……!」
「なっ……!? 最後だぁ!? 寝言言ってんじゃねぇぞてめぇ!」
その言葉に激昂し、涙を浮かべながらソウシの胸倉を掴みあげるトモヒロ。
「さっきも言っただろうが! テメぇが死んだら何にもならねぇだろうが!」
「それでも俺はファントムを見捨てられない……! もし、もう彼女に会うことができないなら……俺もいっそ……ここで……」
「っ……このっ!」
拳を固く握り、それをソウシの顔面に叩き付けようと右腕を振り上げるトモヒロ。この際、なりふり構ってはいられない。
しかし振り上げられた拳は振り下ろされることはなかった。
天井にまで達した炎によって内部の木材が火の粉を舞い散らせながら崩れ、炎を纏った巨大な梁と天井板がソウシとトモヒロ達のいる場所へと降りかかる。
トモヒロは咄嗟に振り下ろそうとした右拳を開き、加えて左手と背で、落下してきた燃え盛る梁と天井板を支える。
「ぐうううううううっ……!」
「と、トモヒロ……!?」
「無事か……ソウシ」
自分の下でへたり込むソウシの姿を見て、安堵するトモヒロ。しかし、燃え盛る炎は容赦なくトモヒロの皮膚を焼いていく。熱さのあまり、声にならない声が口の奥から洩れる。それでも、ソウシが無事ならばいい。自分もこの天井板から逃れようと、トモヒロは天井板から手を離そうとした。
だが、離せない。右手が天井板を突き抜けて、奥の木材かなにかに挟まれていた。それを感覚で悟ったトモヒロは、なんとか右手を引き抜こうとするが、何度やっても抜けない。それどころか、手の皮膚を突き破って何かが突き刺さる激痛を感じた。トモヒロの頬から痛みと熱さと焦りから汗が滝のように流れ出す。燃え盛る天井板から逃れることができないことが、恐怖と焦りをよりかきたてる。
「ぐぅっ……手が抜けねぇ!」
「トモヒロ! そんな……!」
慌ててトモヒロの元に駆け寄るソウシ。挟まれたトモヒロの右手から血が滴る。尖った木材により負傷したらしい。炎で焼かれる熱さと痛みで顔を歪ませながら、トモヒロはなんとか右手を引き抜こうと奮闘する、ソウシも力を貸し、トモヒロの右腕を掴むと力いっぱい引っぱって抜こうとする。
だが、抜けない。
そうこうしているうちに、部屋を覆う炎はますます広まっていく。更に、頭上よりまた木材が崩れる音が聞こえた。天井そのものが崩落するのも、時間の問題だ。
「ソウシ、俺はいい! お前だけでも逃げろ!」
「で……できない! そんなのできるわけないだろ!」
「てめぇ! この期に及んでまだそんなこと言ってるのかよ!」
「だって……! 俺のせいで……ファントムだけじゃなくトモヒロまで……!」
「……そういう言い方すんなよ。ヘッ、まさか“あの時の借り”をこんな形で返す羽目になるなんてな……」
トモヒロが自嘲気味に笑みをこぼす。それは明らかに諦めを悟った際の笑みだ。
「借り……? お前、あの時のをまだ……!」
「……行け、ソウシ。俺なら大丈夫だ。きっともうすぐ消防が来る。そうすれば俺だって……―」
トモヒロが言いかけたその時、かかる天井板の重量がずんと重くなる。とうとう本格的な崩落が始まったらしい。再び火の粉が舞い散り、僅かな支柱にかろうじて支えられていた天上板も崩落しだし、頭上からは数多の燃え盛る木材が降りかかる。
ソウシもトモヒロも、もはやこれまでと目を瞑って覚悟を決めた。
だがその時、何者かが二人の横を駆け抜け、天井板を支える。
「二人とも、無事であったか」
聞き慣れた声が聞こえた。二人はおそるおそる目を開け、その声の主の方を見る。このような危機的な状況下であっても、二人はその声を聞き、そして姿を見て絶対的な安心感を得た。
「カゲツキさん!」
名を呼び、思わず笑顔がこぼれる。そこに居たのは紛れもなく、いつものように黒く軽量な
カゲツキは天井板を支える両手のうち、右手を離してトモヒロの方へ向ける。
「ソウシ殿、退かれよ」
言われるがまま、ソウシはトモヒロの元を離れる。すると、カゲツキの右腕に備え付けられた籠手の上部が開く。直後、甲高い発射音が響き、籠手内部より電磁を纏って高速回転する手裏剣が続けざまに三つ放出される。それらはトモヒロの腕を捉えている天井板に「コ」の字を描くようにして突き刺さる。すると、木目に沿って切れ目が入り、あれほど難航していたのが嘘のようにいとも簡単にトモヒロの右腕は抜けた。
勢い余ってトモヒロは尻もちをつき、顔をしかめて右腕を擦る。右手は、案の定木が突き刺さっていたのだろうか、深い刺し傷があり、そこから血が流れ出ている。加えて、焼けた木材に直接肌が触れていたため、皮膚が焼け爛れていた。
「トモヒロ……その手……」
「……ヘッ、生きてりゃこの程度どうってことねぇよ」
トモヒロは痛みに顔をしかめながらも、無理に笑顔をつくって立ち上がり、右手をソウシの視界から隠すように背後に回す。
「…………トモヒロ、やっぱり俺は……―」
ソウシの言葉はそこで途切れた。何故なら、次の言葉を紡ごうとした瞬間、腹部に鋭い衝撃を受けたからだ。その正体は、トモヒロの拳だった。左手で拳をつくり、ソウシの腹部に捻じ込んでいた。ソウシは短く声を漏らし、ガクリと体勢が揺らぐ。
「がっ!? ぐっ……! トモヒロ……お前……!」
「……ソウシ、お前の決意は変わらないってんなら、それでもいい。だが、それなら俺はどんな手を使ってもお前を連れてここから脱出する」
「トモ……ヒロ…………」
「恨んでくれて構わないぜ」
まるで糸の切れた人形のように意識を失って体勢が崩れ落ちるソウシ。その手から零れ落ちそうになったザクファントムのパーツをトモヒロが代わりに左手でしっかりと握りしめると、ソウシを抱きかかえ、天井を支えるカゲツキに向き直る。
「アンタは大丈夫だよな」
「問題ない、往かれよ」
それが決して謙遜や我慢の言葉でないことは、カゲツキの様子を見てすぐにわかった。彼女はきっと、自分達が脱出したら問題なくこの場を逃れるのだろう。彼女にはそれだけの技量がある。
「よし……うおおおおおおおおっ!!」
トモヒロは脇目も振らず、窓の方へと駆け出した。
………………
…………
……
「おーおー、よく燃えてんぜ。こっからでもよく見えらァ」
その数分前、キモト家より1kmほど離れたビルの屋上、そこにはアストレアとキュベレイMK-Ⅱの二人が屋上に佇んでいた。アストレアは火事をよく見ようと柵に手をかけ、右手で日光を遮るように瞼の上で傘をつくりながら、身を乗り出してキモト家を眺めていた。その横には、キュベレイが柵の上に腰かけて、足をパタパタさせながら飴をしゃぶっていた。
「もー、私のファンネルは着火剤じゃないんだよ?」
「悪ィなァ、俺様はもうビームを撃つほどの粒子が残ってねェもんでよ」
というのは詭弁である。アストレアはこの後、一連の事後処理としておそらくは彼女の主か天ミナに何かしらの責任追求を受けることになるだろう、と予測していた。その際、自分ではなくキュベレイが放火したと報告すれば、自分への責任が少しばかり軽減されると考えている。
かくして、アストレアは自分の手を汚さずにソウシを己の気が済む形で葬ることができた、と思っていた。
「ねーねー、ぶっちゃけこんな火事起こしてなんか意味あるの?」
「あァ? 大アリに決まってんだろ。まず俺様の気分が晴れる」
「それだけ?」
「それとなァ、火事ってのは見る者に心理的な恐怖心を植え付けンだよ。『俺様達に楯突いたらこうなる』ってことをこの街の連中にしっかりと記憶させなくっちゃなァ」
アストレアの言う「この街の連中」というのは、もちろんマシンソウルとその創主達のことだ。それを聞いてキュベレイは関心した素振りを見せる。
「ヘー、アストレアもそういうとこちゃんと考えてるんだね」
「見ろよ、あのガキの魂が一筋の煙になって天に昇ってくのが見えるぜ。あげゃげゃげゃ」
火災によって立ち上った煙を詩的な例えで表現すると、アストレアは実に満足そうに笑みを浮かべる。
「キュベ、この街の消防車は全部潰しておいただろうな?」
「うん、ファンネルたちに命令してタイヤを撃ち抜いておいたよ」
このキュベレイMK-Ⅱは、機動戦士ガンダムZZに登場するニュータイプと強化人間、プルとプルツーの特徴を受け継いでいる。ZZ劇中において、プルツーはキュベレイMK-Ⅱから離れていながらも脳波により、機体とファンネルを遠隔操作している場面があった。その特徴を受け継ぎ、キュベレイ自身も通常よりも広範囲のエリアにファンネルを展開できる能力を持ち合わせているのだ。その能力を用い、キュベレイはこの場所に居ながら街の消防署にファンネルを派遣し、誰にも気付かれぬよう消防車と救急車のタイヤを全て撃ち抜くことに成功した。
結果、現在進行形で住宅火災が起きているという通報を受け取っていながらも、消防隊は未だ出動できない状況となっていた。
「上等上等、あげゃげゃげゃ。あのガキ、ありもしねェパーツを必死こいて探し回ってたのかなァ」
尚も笑みを浮かべながら、アストレアは懐から何かを取り出す。四つの黒いプラスチック状のそれは、ガンプラの手足だった。それを軽く跳ねさせると、チャラチャラとプラスチック同士がぶつかる軽快な音を立て、四肢のパーツはアストレアの掌の上弄ばれる。
「なにそれ?」
「あァ、ただの“ゴミ”だよ」
次の瞬間、それらを空中に放るとビームサーベルを抜き、横一文字に振るう。宙を舞った四つのプラスチック製の小さな黒い手足は、短く白い煙を一瞬だけ上げ、ビームの奔流に呑まれ、跡形もなく消滅した。
「ゴミはちゃんと焼却処分しときましょうね……っと。あーすっきりした。帰るぞキュベ」
サーベルをマウント位置に戻し、大きく伸びをすると踵を返して屋上から去ろうとするアストレア。
「最後まで見なくていいの?」
「俺様のGN粒子も大分回復したし、もう十分だ。あんまり長居してるとゴミ共に感付かれるかもしれねェからなァ」
「んー、アタシそれでもいいかも。まだ全然遊び足りないし♪」
「……ケッ、ステイメンが抜けた後6人相手にしといてよく言えるな。全く末恐ろしいガキだぜ。いいから帰るぞ」
「あっ、待ってよアストレア~」
屋上より飛び去るアストレアの背中を追いながら、キュベレイMK-Ⅱもバインダーを広げ飛び去って行った。
………………
…………
……
「なんだよこれ……!」
同時刻、とある5人がキモト家に到着した。ゴッド、サバーニャ、ザクⅠ、レギーラ、サザビーの5人だった。5人はキュベレイMK-Ⅱが突然退いた後、その後を追うようにこの家へと向かったのだが、街の外れまで追い立てられ、そこからさらに人目を避けて接近しなければならなかったため、かなりの時間を要してしまった。
加えて、キモト家に近付くにつれて人混みが増していく。そのような状況で
結果、姿が消せるカゲツキに比べて遥かに到着が遅れることとなった。
「あっ、サバにゃん! みんなも!」
5人の姿に気が付き、オトメが煤だらけの顔を向ける。他の2人も、顔や制服が所々煤で黒くなっていた。
「お嬢様!? これは一体……!」
「お兄ちゃんもなにを……?」
「バケツリレーでござる。いつまで経っても消防隊が到着しないから、少しでも火を消そうとしてたでござるが……」
トモヒロが飛び込んだ後、タクオ、オトメ、レイナの3人は近隣住民と力を合わせ、バケツリレーで水を運び、少しでも炎の勢いを弱めようとしていたのだった。
だが、結果は焼け石に水。炎は全く勢いを衰えさせず、飛び込んだ2人は安否不明となっていた。創主三人は、マシンソウル達にそう説明した。
「そんな……ご主人が!? 嘘だろ!?」
「我々ならばいざ知らず、ただの人間がこの中に飛び込んでは……」
ゴッドとレギーラが視線を家の方に向ける。勢いを増した炎は、辺り一面に火の粉と黒煙と煤を舞い散らせている。
「クソッ、行くしかねぇか!」
「待て、どうするつもりだね?」
険しい表情をしたままのゴッドが一歩家の方へと歩む。が、その肩をサザビーが掴んで静止させる。
「決まってんだろ! 機動鎧を纏って家の中に入ってご主人達を助け出す!」
「ダメだ。我々の存在を世間一般に知られるわけにはいかない」
「んなこと言ってる場合かよ! このままじゃご主人とソウシが二人とも……―!」
その時、不意に家の方から窓ガラスが割れる音が聞こえた。直後、ドサッと何か重い物が落ちる音が聞こえ、憤っていたゴッドの視線が家の方へと向く。
「おい! 今誰か飛び降りたぞ!」
辺りに地域住民の声が響き渡った視線がリレーで回されるバケツと燃え盛る家に向いていた人々は、その言葉に思わず手が止まり、何者かが落下したであろう庭の方へと目を向ける。当然それは集まったマシンソウル達の耳にも届き、誰よりも先にマシンソウル達は庭先へと向かう。
「ご主人!」
「ソウシさん!」
案の定、そこに倒れていたのはトモヒロとソウシだった。ゴッドとサバーニャが駆け寄り、二人の安否を確認する。意識を失ってはいるが、二人とも無事のようだった。安堵する間もなく、二人はそれぞれソウシとトモヒロの腕を首にまわし、抱きかかえる。
「なんだこりゃ……?」
トモヒロの腕を手に取ったとき、ゴッドはトモヒロの掌に何かがしっかりと握られているのに気が付いた。意識は完全に失っているのに、その掌は固く力が込められており、決して開こうとはしなかった。仕方なくもう片方の右手をとろうとしたが、そちらは深い刺し傷と火傷に覆われていた。
やむを得ないとゴッドは考え、トモヒロの体勢を横にすると、両手を胸の上に置き、膝と腰の下に両手を差し込んで横抱きにする。
「ちょっとかっこ悪ぃけど、我慢してくれよご主人!」
トモヒロの身体を抱き上げると、走り急いでその場を離れる。庭を出て道路に出ると、ひとまずの安全は確保できた。安堵の吐息と共に、まずは安静にさせなければと考え、人ごみを掻き分けてとりあえず二人を道路の上に寝かせた。
その直後、メキメキと音を立てて倒壊し始めるキモト家。炎に包まれた家屋が、悲鳴をあげるが如く鳴動し、屋根が落ちる。吹き上がる火の粉と黒煙がより勢いを増し、集まった人々を包み込む。
人々は叫び声をあげながら急いで家屋から距離をとり、降りかかる火の粉と破片、熱波から腕で目を覆う。ゴッドとサバーニャも、トモヒロとソウシを守ろうと二人の上に覆いかぶさって火の粉や火のついた破片から守る。
「ソウシ君の……家が……」
オトメが抑えた両手の隙間から声を漏らす。
屋根が落ち、全高が低くなったかつて家だったモノの前で、炎が残りの可燃性物を焼き尽くしていく様子を、創主とマシンソウルを含め集まった人々は、ただ唖然と見ていることしかできなかった。
「ソウシ殿とトモヒロ殿は……?」
「無事……なの?」
「あぁ、心配ねぇよ……意識を失ってるだけだ」
「よかったのう、命は無事なようじゃ」
助け出された二人の横で、創主マシンソウル達が囲み、その様子を心配そうに伺う。
「けど…………ソウシは大きすぎる物を失った……」
レイナの言葉に、他の誰もが言葉を発することができなかった。
救急車と消防車が到着したのは、それからさらに10分後のことだった。
………………
…………
……
「ファントム!」
暗い、暗い、暗闇の中で俺はただ一人、彼女の名を呼び続ける。熱さも寒さも、見るものも聞くものさえも感じない何もない広大な空間をたった一人、走りながら名を叫ぶ。
「ファントム! どこにいるんだファントム!」
探さなければならない。探して……伝えなければならない。それだけを胸の奥に秘め、俺はただひたすら走り続ける。
ふと、人の気配がした。僅かに何者かの吐息のような音も聞こえる。俺はその方向に走る。走るにつれて暗闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと目の前が見えてきた。
誰かがいる。
後ろを向いているが、長い黒髪に、黒い鎧……背丈も俺と同じくらいの少女。見間違えるはずもない。彼女だった。
「ファントム……? ファントムなのか!? よかった、見つかった……」
彼女のすぐ後ろまで歩み、止まる。だが、彼女はこちらに視線を向けようとはしない。それでも構わない。俺は彼女に伝えるべき言葉を口の奥で溜め、そして言おうと口を開く。
「あのさ、ファントム……俺……俺…………」
だが、そこから先が出てこない。
あれ……? 俺は何を伝えるんだったっけ……?
頭の中が真っ白になる。必死に紡ごうとする言葉を探していると、ゆらりと、ファントムの髪が揺らぐ。
「…………マスター」
ファントムが口を開いた。尚もなんと声をかけるべきだったかを俺が考えていると、ファントムはゆっくりとこちらの方を向く。
「ファントム……? っ……!?」
振り返ったファントムの顔を見て俺は思わず慄き、言葉を詰まらせる。大きく見開かれた右目、返り血を浴びたかのように真っ赤に染まった顔、つりあがった口元でつくる歪んだ笑み……明らかに異常な状態でのファントムの姿が、そこにはあった。
「なゼ……貴方は私ヲ殺しタのですか……?」
「ち……違う! 俺じゃない……! 俺じゃない!」
ゆらゆらと揺れながら、ファントムの手が左腰にかけられている斬機刀の柄に触れる。そして引き抜かれる刀。ギラつく刀身を掲げて、俺に振り下ろそうとしている。
唇の奥から恐怖で引きつった声を漏らしながら、俺はファントムから離れようと地面を蹴る。が、足が動かない。
「あ……? 足が……足が動かない!?」
力を込めるが、やはりビクとも動かない。なぜ? どうして? 疑問だけが募る中、足の方へと視線を向ける。
何かが、俺の足を掴んでいる。とても小さいが、1体や2体ではない。何十体ものナニかが俺の足を掴んで決して離そうとはしない。
ゾワゾワ、ガチャガチャ、這いずり回りながら俺の足に募ってくるナニか。ソレらが腰の辺りまで到達したとき、俺はその正体を知った。
「ヒッ……!」
知った直後、あまりの恐怖で声が出せなかった。
ガンプラだった。
しかもどれも見覚えがある。俺が作り、ケースの中に入れて飾っていたガンプラ達だった。本来動くはずもないそれらがいくつも蠢き、折り重なりあい、俺の身体を這い上がってくる。プラスチック同士がガチャガチャと不気味な音を立てる中、それとはまた違う音が聞こえてきた。身動きがとれない俺には、その音がはっきりと耳に聞こえた。
音の正体は、声だった。
声は、俺の眼下から聞こえてくる。そう、ガンプラ達から。
どうして見捨てたの?
どうして助けてくれなかったの?
熱いよ
苦しいよ
溶けちゃうよ
逃げるの?
死んじゃうよ
死ね
お前、死ね
「ヒ……ヒィィイイイイイイイイ!!」
悲鳴をあげながら必死で振りほどこうともがく。しかし、もがけばもがくほどガンプラ達は俺の身体を締め上げて拘束する。
そうこうしているうちに、ファントムが振り上げた刀は俺の頭上に振り下ろされようとしていた。
「私……ずっト辛かッた……苦シかっタ……痛カッた……だかラ、アなたにモ同ジ思いヲ味わってもライまス」
「や、やめろ……!」
「死ね」
冷たい一言と共に振り下ろされる刀。声の限り叫んでも、それは止まらず尚も俺の視線の先でファントムは嗤っていた。
………………
…………
……
「……っ!?」
ハッと意識が覚醒した。最初に目に入ったのは、蛍光灯に照らされた真っ白な天井。視線を下に向けると、薄い肌着を着せられ真っ白なシーツのベッドに布団をかけられ寝かせられていた。シュー、シューという、何かが噴出するような音も聞こえる。酸素マスクを付けられていたらしく、俺の鼻と口を透明なプラスチックのマスクが覆っていた。それに煩わしさを感じた俺は、手を動かしてベッドの中から出し、マスクを外す。そして鼻孔に伝う、ツンとした消毒液と薬品の匂い。どうやら、ここは病院らしい。
横を見ると、心電計が折れ線グラフのような形で俺の心拍を計測し、均等なタイミングで電子音が鳴りながら、心電図に表示していた。素人目ではあるが、正常に脈打っているように見える。
「先生……?」
心電計から目線を横にずらし、俺のベッドのすぐ横。そこにはパイプ椅子に座った状態でうたた寝をしているヤマナカ先生の姿があった。かくんかくんと頭が前の方に揺れるため、メガネがズレて斜めになっている。
俺の声が聞こえたのか、先生は目を開けると寝ぼけ眼で俺の方を見る。
「キモト君!? 目が覚めたの!?」
「先生……ここは、病院ですか?」
「そうよ。あの後、あなたとサラ君は一緒に救急車で運ばれて、あなたは丸一日眠っていたのよ」
「あの後……?」
「火事よ。あなたの家が火事になったの。もう昨日の出来事だけど、大丈夫? 覚えてる?」
俺のことを心底心配している様子で、俺の顔を覗き込んで質問を投げかける。それに対し俺は目覚めたばかりの朧気な頭を働かせ、何があったのかを思い出す。
「……そうだ、俺はトモヒロに……! トモヒロはどこですか!?」
「落ち着いて。大丈夫よ、サラ君ならあなたよりも先に目が覚めて、こことは違う病室にいるわ。怪我は結構ひどいみたいだけど、後遺症とかにはならないそうよ。今フジヨシさんたちがお見舞いに来ているわ」
「オトメ達が……?」
それを聞いて少しだけ安堵し、ホッと息を漏らす。そしてまた頭を働かせ、次になにを問うべきかを考える。
「あなたも命に別条がなくて良かったわ。それどころか、どこも怪我をしていないっていうんですもの。きっとサラ君が守ってくれたおかげね。本当、不幸中の幸いだったわ」
「……あの、俺が握っていた……―」
「あぁ……大丈夫、あなたの代わりにサラ君がしっかりと握っていたから。そこに置いてあるわ」
先生が指さす先、そこはベッドのすぐ傍らに置かれている木製の机だった。本来はお見舞いの品を置いておくのであろうこのスペースには、今それらしい物は一切なく、代わりに白いハンカチに包まれたナニかが置かれている。俺はベッドの中から手を伸ばし、それを手にし、自分の胸に持ってくると包みをひらく。
その中に入っていたのは、俺があの炎の中から必死で探し出したファントムのパーツだった。頭部、胴体、股関節周りの下半身、そしてバックパックのスクランダーウィザード。必死で掌の中で守っていたため、幸い炎に焼かれている様子はなかった。煤で汚れてはいるが、この程度ならば洗えば落ちる。
だが……やはり両腕と両足のパーツは無い。
「夢で……あってほしかった…………」
それを今一度両手で握りしめ、俺は項垂れる。全てが悪い夢だったらどれだけ良かっただろうか。しかし、これは現実だ。それに悪夢ならば、先程見た夢の方が何十倍も悪質だった。
「…………その、キモト君」
ヤマナカ先生の声が更にくぐもる。視線を向けると、身体を強張らせ、目線は下を向いている。いつもの勝気な様子の先生とは、明らかに違う。
「あなたに……大事な話をしなくちゃいけないの」
………………
…………
……
『―……次のニュースです。昨日住宅街で発生した火災は、住宅一軒を全焼させた後4時間後に消し止められ、現在消防と警察が事後処理を行っています』
ニュースキャスターとスタジオの画面から一転、テレビ画面には黄色いテープで封鎖されたキモト家の様子が映し出されている。最も、そこがかつて家だったということがわかるのは玄関前にかけられた表札のおかげであり、家自体は文字通り見る影も無い。残っているのは、黒く焦げた柱と放水によってできた巨大な黒い水たまり、そこに浮かぶ無数の灰と、立ち入って調査をする警察と消防の姿だった。
『全焼したのはキモト・タケジさん宅で、現在キモトさん夫婦は旅行中で留守にしており、この家に住んでいたキモト・ソウシさんと、助けようと飛び込んだサラ・トモヒロさんが負傷。病院に搬送され、命に別状は無いとのことです』
焼け跡の画面にソウシとトモヒロ、二人の名と年齢がテロップとして表示される。
『発火の原因は未だ判明しておらず、近隣住民の話によると隕石が落下し、それが発火に繋がったのではないかという憶測が飛び交っています。また消防署の消防車、全車のタイヤが破損しており、消防隊の出動が大幅に遅れたことから、警察は極めて計画的な放火の可能性もあるとみて調査を進めています』
「……テレビ、消してくれ」
体中を包帯とガーゼで覆われたトモヒロの言葉で。タクオは自分の傍にあったテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押してテレビのスイッチを切った。トモヒロが収容されているこの病室は個室となっており、そこには今タクオ、オトメ、レイナの3人がお見舞いのために集まり、トモヒロのベッドの周りにそれぞれパイプ椅子を設けて座っていた。
「……大変なことになっちゃったね……」
「……ゴッド達は今どこにいるんだ?」
「この病院の屋上でござるよ。見張りも兼ねて、マシンソウル同士で話し合っている様子でござる」
「そうか……」
トモヒロは力なく言葉を漏らす。先の火災で彼が負った怪我は命に別状は無いとはいえ、右手に刺し傷と火傷という深い怪我であることから完治には時間がかかり、日常生活への障害は大きい。それにより、右手には幾重も包帯とギプスが巻かれ、三角巾で首から下げられている状態だ。その他にも体の至る所に負った軽度の火傷に、2階から飛び降りた際の打撲、ガラス片でついた切り傷など、傷は多い。
「……治るには、どれくらいかかるの……?」
「先生は全治1ヵ月って言ってたなぁ。その間右手が使えないのは色々大変そうだな」
「あぁ、ガンプラ作ったりするときでござるか?」
「いや、オナ……―」
言いかけたところでスパーンと子気味良い打撃音が病室内に響き渡った。オトメが傍にあった雑誌を丸めてトモヒロの頭をブッ叩いたのだ。
「いってぇな! こちとら怪我人だぞ!? もっと大事にしろぃ!」
「こんな時に何言ってるのよもうバカ! ソウシ君だって大変だっていうのに!」
柄にもなく顔を赤らめ取り乱すオトメ。その様子をレイナはトモヒロが言おうとした言葉が何なのか理解できす、頭の上に「?」が浮かんでいる状況だ。タクオはそんな様子を見て「ハハァ……」と乾いた笑いを零した。
「……でもまぁ、それだけの元気があればきっとすぐ良くなるね」
「おう、早く退院して、そして奴らを……―」
「あっ、先生」
トモヒロの言葉で、皆が病室の入り口を見る。ドアを開けて中に入ってきたのは、意気消沈したヤマナカ・ユリ先生の姿だった。ユリは深いため息をつくと、皆の方を見据える。
「先生、どうしたんですか……?」
その暗い雰囲気を不穏に思い、オトメが尋ねる。ユリは病室の引き戸をしっかりと閉めると、4人のところまで歩み寄り、3人同様にトモヒロのベッドの傍にパイプ椅子を立ててそこに座る。
そこでまた一つ、大きなため息をつく。そこからしばらくの沈黙。何か重要なことを考えているのだと皆は察し、ユリの方をじっと見据えるが何も話しかけようとはしない。やがて、ユリは重い口を開く。
「…………あなた達にも、話しておいた方がいいわね」
“あなた達にも”……つまり、これから話す事は既に誰かに伝えたということである。
「その前にまず一つ……キモト君が目を覚ましたわ」
「ソウシ殿が!?」
「本当ですか先生!」
「なら……すぐにでもソウシの病室に……!」
「行ってはダメよ!」
思わず立ち上がろうとしたレイナを、少々声を荒げて引き留めるユリ。それに対しレイナは体を震わせ、静かに座り直す。
「……ごめんなさい、大きな声を出して。でも、今は彼を一人にさせてあげて……」
「先生……なにがあったんですか!? ソウシの身にまた何かあったんですか!?」
その様子が尋常ではないことを察したトモヒロが、ユリを急き立てる。
「えぇ……いいわ。話すわね」
………………
…………
……
「…………」
夕刻を過ぎ、カラスの鳴き声と共に夕焼け空が暗くなり始めた頃、ソウシは一人闇の中でうずくまっていた。といっても、そこは毛布を頭から被ることで生み出した、簡単な闇だ。その手には未だザクファントムの残骸が握られている。それを握って膝を曲げてベッドの上で横になってうずくまり、呆然としながら先程ユリに告げられたことを頭の中で何度も繰り返し続けていた。
『あなたの家が火事になったことをあなたのご両親にお話ししようと連絡をとったのだけれど……あなたのご両親、三日前から行方がわからなくなってるって』
『…………えっ?』
『ジャングルの中を探検中に遭難……現地のガイドと村の人々が三日三晩捜索に出ても、発見できなかったって……』
『……え』
俺の両親が……行方不明……?
嘘だ。だって……そんなことあるわけがない。昨日、手紙だって届いたのに……!
『……あ』
その時、俺は思い出した。
あのエアメールの日付は、届いた日から三日前のものだった。今日をカウントすると四日前……行方不明になったのが今日から三日前……つまり、あの手紙が届いた時点で、俺の両親は既に行方不明になっていたということになる。
『そんな……そんなの……!』
途端、真っ暗になる視界、思考。それは単なる誇張表現ではない。文字通り、お先が真っ暗となった感覚だった。両手で顔を覆う。事の大きさに自分の中で不安と哀しみが渦を巻いているかのような感覚だ。
『キモト君……』
ヤマナカ先生が身を案じて俺の肩に触れようと手を伸ばす。が、俺はその手を振り払うかのように頭から毛布を被り、その中でうずくまる。
『…………少し……一人にしてください……』
先生に聞こえるか聞こえないかぐらいのか細い声で俺は呟く。先生はそれを聞き取ったようで、イスから立ち上がると扉の方まで歩み、静かに扉を開けると無言で病室を出て行った。
そして今に至る。真っ暗な視界の中で、ソウシの脳裏にはいくつもの疑問が湧き出ていた。
これから自分はどうすれば良いのか。
どこへ帰ればいいのか。
誰と暮らしていけば良いのか。
何を糧に生きていけば良いのか。
そして脳裏に蘇るのは、かつて自分の傍に居てくれた人たちの笑顔。
父、母、ファントム、そしてカルナ……。
だが、その誰もが居なくなってしまった。
それを再認識すると、再び大きな悲しみの波となってソウシの感情を揺らす。
耐え切れなくなり、ソウシは涙を流す。
頬を伝い、シーツに染みを作る大粒の涙。
もういいだろう。もう十分我慢しただろう。ソウシの意識の底でそう呼びかける声が聞こえる。それは他ならぬ、自分自身の心の声だ。
哀しみはやがて嗚咽となってソウシの口から漏れ出し、それが引き金となり、ソウシは独り、病室の中で幼子のように泣きじゃくった……。
今更ながらソウシの名前の由来について一言。
「基本を創り始める」で基本創始(キモト・ソウシ)なんですが、それとはまた別に「創主(ソウシュ)」と「喪失(ソウシツ)」で3重のネーミングになっていたことにお気づきになられたでしょうか?