機装女戦記ガンプラビルドマスターズ   作:ダルクス

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全てを失った男、キモト・ソウシ。
不思議な出会いから始まったこの物語は、悲劇の幕を以ってピリオドとなる。

なぜ出会ったのか?

なぜ失ったのか?

その答えは誰にもわからない……。
ソウシ自身でさえも……。



最終話:「始まりの終わり」

 ユリからソウシの両親のことを聞かされ、言葉を失う創主達。

 

「……もう少し時間置いてから話した方がよかったんじゃねぇっスか?」

 

 沈黙を破り、最初に言葉を発したのはトモヒロだった。それに対し、ユリは首を横に振ってこう伝える。

 

「私も迷ったのだけれど、早いうちに伝えた方がいいと判断したわ……こういうのは後になればなるほど、心の傷は大きくなっていくものよ……」

「……なんで」

 

 瞳に涙をいっぱいためたオトメは、ユリに縋りつく。

 

「なんでソウシ君ばっかりそんな辛い目に遭わなくちゃいけないんですか!? こんな……こんなの……」

「……よせ、オトメ。そんなこと、先生にも俺達にもわかるわけないだろ」

「だって! こんなのあんまりだよ……ソウシ君が可哀想だよ……」

「言うな! 今のソウシに必要なのは……同情なんかじゃない」

「じゃあ何が必要だっていうの!?」

 

 振り返った拍子に涙が舞う。そして、オトメは見た。今のトモヒロにどのような感情を持っているのかを。自分は哀しみだが、トモヒロは違った。怒りだ。怒りに身を震わせ、左手はベッドのシーツが破れんばかりに固く握り、震えている。もし右手も無事だったならば、同様に拳を震わせていたことだろう。

 

「決まってんだろ! あの連中のとこに殴り込みに行く!」

「えぇっ!?」

 

 ユリを含めた創主四人の声が同時に重なる。よもや、トモヒロがそんなことを言い出すとは誰も良そうだにしなかったからだ。

 

「あの連中って……アストレア達のいるところ?」

「……居場所もわからないのに……どうやって……?」

「そんなもん! 姉貴に聞きゃあ一発でわかるだろ! どっかの会社だってのは前に姉貴から話を聞いたし、姉貴はそこで秘書をやってたってんだからな! ならそこを襲撃してファントムちゃんの敵討ちとカルナちゃんの奪還! 今のソウシの心を少しでも癒すには、それしかねぇだろ!」

「お、落ち着きなさいサラ君! あなた、自分が何を言っているのかわかっているの!?」

「そうでござるよ! 仮にそんなことしたって……あの連中が相手じゃ返り討ちにされるだけでござるよ……」

 

 昂っているトモヒロに対して、ユリとタクオが静止を促す。明らかに興奮し、冷静さを欠いている様子だったので、このままでは本当にその襲撃策を実行しかねないと思ったからだ。しかしタクオが見せた弱気な態度は、かえってそれがトモヒロの神経を更に逆撫でし、苛つかせるする結果となった。

 

「あぁ!? タクオ、テメぇなにビビッてんだ!?」

「び、ビビッてって、そんな……」

「図体ばっかデカいくせに、普段から弱気でなんの役にも立ちゃしねぇ! 挙句の果てにはこの土壇場に泣き言か!? ビビり腐るのもいい加減にしやがれ!」

「…………」

「あぁそうか。考えてみりゃ、お前って典型的な宇宙世紀至上主義の害悪ガノタだったもんな。どうせ普段からネット上でイキがってて作品叩きとかしてんだろ。そんな面と向かって言いたいことも言えねぇような卑怯もんが、勇気出せって言う方が無理ってもんか」

「…………」

 

 タクオは何も言わない。ただじっと、顔を俯かせその大きな体格をパイプ椅子の上に乗せたまま、微動だにしない。しかし、その唇はぎゅっと固く結ばれ、両拳は膝の上で堅く握りしめられているのを、トモヒロは知らなかった。

 明らかに場の空気が張り詰めている。これ以上トモヒロに言いたいことを言わせると取っ組み合いの喧嘩になるかもしれない。そう判断したユリは、立ち上がって二人の仲裁に入る。

 

「やめなさいサラ君! それ以上は……―!」

「どうなんだよ! 俺にここまで言わせてまだ黙ってるつもりか!? テメぇは、そんなにやられるのが怖ぇのかよ!?」

 

 ユリの声を塗りつぶすように、トモヒロが更に声を張り上げる。

 すると、突如としてタクオは立ち上がった。その拍子にパイプ椅子が倒れ、思わずオトメとレイナが体を震わせる。

 

「……あぁ、怖いでござるよ!! そんなの、怖くない方がどうかしてるでござる!!」

 

 トモヒロの怒声に負けじと、タクオが声を張り上げる。ずんずんと肩を揺らして、その巨体がトモヒロの寝るベッドの方へと迫る。ベッドの上から動けないトモヒロは、まるで巨山が迫ってくるかのような感覚を覚えた。加えてタクオの鬼気迫る表情に大きく張り上げた声。思わず、先ほどまで煽りに煽って感情が昂っていたトモヒロが押し黙るほどだった普段大人しく、気弱なタクオがこのような態度を周囲に見せるのは珍しかったため、誰もが面食らい硬直する。

 そして、ベッドの柵にタクオの野球用グローブのように太い手が固く握られる。。

 

「僕はどれだけ何を言われようと構わないでござる! それでトモヒロ殿の気が済んで、冷静になって今の考えを改めてくれるのなら、好きなだけ罵倒するがいいでござる! けど……だけど……!」

「な……なんだよ……?」

 

 面食らったトモヒロを余所に、柵を握ったタクオの拳の上に、涙が零れ落ちる。

 

「もしも、もしもあのかわいいザクきゅんが…………こ、殺されたりなんかしたら、ぼ、僕は……。それに、下手に手を出せば今回のように自宅を襲撃されるという可能性もあるでござる……ウチにはパパもママもいるのでござる……僕は家族を巻き込みたくはないでござる……」

「家族……」

「トモヒロ殿、君にもお母さんがいるでござろ? 君はお母さんが大切ではないでござらんか!? 巻き込んでもいいのでござるか!?」

 

身を乗り出してトモヒロとの視線を合わせるタクオ。涙と指紋と脂だらけのメガネの奥で潤んだ瞳は、事の重大さと真剣さを帯びていた。

 

「サラ君、あなたは十分すぎるほどにキモト君を助けてくれたわ。妙な責任なんて感じる必要はない。それにね、本音を言うと、もうこれ以上あなた達のような子が傷つくのを、私は見たくないのよ……」

「先生……」

「わかってちょうだい……お願い」

 

トモヒロの真剣な訴えと、ユリのその切実な想いに、先程まで怒りで震えていたトモヒロの心に、冷静さを取り戻させる。

 

「……すまねぇ、俺どうかしてたわ。そうだよな……そんなことしたってソウシの心が癒されるわけねぇよな……。悪ぃ、タクオ。俺、あんな酷いこと言っちまって……本当にごめん!」

「い、いやぁ。わかってくれればそれでいいのでござるよ」

 

 そう言ってタクオは袖で涙を拭くと笑顔を見せ、柵から手を離すと快くトモヒロのことを許した。とりあえずトモヒロの激情も抑えられ、大人しくなったことで皆も少し安堵した。

 

「じゃあ、私はそろそろ学校の方に戻るわね。学校の方でもまだ事後処理とか色々あるから、顔を出しておかないと」

「了解っす、先生」

「いろいろありがとうございました」

「ソウシ殿のことは、僕らに任せておいてほしいでござる」

「……先生も、ご無理をなさらないよう……」

「ありがとう。念のため、サザビーはここに残しておくから何かあったら彼女に伝えておいてちょうだい」

 

 そう言い残し、ユリはトモヒロの病室を後にした。

 

「……独先生、昨日からずっと働きずめでロクに寝てないんでござろうな」

「なんでだ?」

「ニュースや新聞の取材やインタビューを一手に引き受けているらしいでござる。僕らにはそんなことさせられない、って……」

「他にも教育委員会やPTAへの詳細説明もしてるって……」

「そうだったのか……」

 

 それは、ユリなりの生徒たちに対する気遣いだった。未成年の生徒たちに、世間から向けられる余計なプレッシャーを感じさせたくはない。友人が火災に見舞われたという、十分すぎるほどに辛い思いをしているのだから、事後処理ぐらいは大人が引き受けるべきだ、という……。

 

「なんにしてもだ、今俺達にできることは限られている。先生がああやって動いてくれているのなら、俺達も各々がやるべきことをやるしかないだろ」

「……やるべきことって、なに?」

 

 レイナが鸚鵡返しに質問をする。

 

「そ、それは……これから考えるんだよ。俺はベッドの上から動けないし、右手も使えない。だけど何かしたいんだ。このまま黙って時間だけが経つのは、俺の性に合わない。みんなだってそうだろ!?」

「……そうだね。先生だけになんでもかんでも押し付けるわけにはいかないよね」

「実は僕もそう思って、昨日の騒動の後にいろいろ調べてみたのでござるよ」

 

 そう言ってタクオは、ごそごそと自分の鞄の中からタブレット端末を取り出し、電源を入れて画面を操作する。

 

「ここを動けないトモヒロ殿やソウシ殿の代わりに、僕が目と耳になって昨夜情報収集をしていたのでござる。……といっても、ただの学生身分である僕にできることは限られているでござる。なんせ僕は面と向かって言いたいことも言えないような卑怯もんでござるからな、せいぜいイキがってネットで情報を集めることぐらいしかできないでござるよ」

 

 と、先程トモヒロに煽られた文句を一言一句口に出して悪戯っぽく笑いながらトモヒロの方に流し目を送るタクオ。許した、と言っても少し根に持っているらしい。それを聞いてトモヒロはばつの悪そうな顔をして、「勘弁してくれよぉ……悪かったって」と呟く。それを聞いてドゥフフと笑いながら、タクオは目的の画面を表示し、タブレットをトモヒロに手渡す。トモヒロはそれを空いている左手の方で掴み、表示されている画面を見る。

 

「フライングヒューマノイド?」

 

 ベッドの上で壁に背を預けて座っているトモヒロを中心にして集まった皆に対し、トモヒロはその画面に表示されているタイトル文章を口に出して読み上げた。

 

「……ってなんだ?」

「えっ、トモヒロ殿知らないのでござるか?」

「生憎な」

 

 おもむろに顔を上げ、疑問符を口にするトモヒロ。話を切り出したタクオは「まさか」という顔をするが、トモヒロは至って真面目な様子だ。それに対し、オトメが捕捉を付け足す。

 

「俗にいうUMA(未確認動物)っていうやつだよ。その名の通りに、空を飛ぶ人型のナニかだよ」

「ナニかって? なんだ?」

「いや、それがわからないから未確認動物なんでござるよ……」

「……主にメキシコや南米の方でよく目撃されている……その正体の憶測は様々で、人型の風船や、レジャー用のウイングスーツ、もしくは宇宙人か魔女だとも言われてる……」

「ふーん……で、それがどうかしたのか?」

「そのサイトの“フライングヒューノイドカテゴリー”の、ちょっと下の方を見てほしいでござる」

 

 その表示されている画面というのが、主に心霊体験や都市伝説、UFOや宇宙人などの目撃情報を集めたオカルト的なニュースを記事として公開する、まとめサイトだった。もっとも、その記事の大半が本物かどうかも疑わしい、眉唾物ばかりではあるが。

 言われるがままトモヒロは、ベッドの上で伸ばした自分の足の上にタブレットを置き、画面を数回左指でなぞってスクロールし、目的と思われる画面を出す。ベッドの両側から、オトメとレイナが身を乗り出してタブレットの画面を見つめる。

 

「先ほども言った通り、フライングヒューマノイドは本来南米方面でよく目撃されていたUMAなんでござるが、最近は……ここに」

 

 タクオも身を乗り出してタブレットを覗き込み、その表示画面を指さす。そのまとめ記事のひとつ、とある項目をタップし、表示する。

 

「……『中東の紛争地帯で出現、新型フライングヒューマノイド』?」

 

 トモヒロはその記事の見出しを声に出して読み上げる。記事をスクロールしていくと、その記事の詳細が表示される。

 その記事で最初に目に入ったのは、掲載されている1枚の写真だった。岩と砂だらけの荒野から、遠くの煙があがる土地を写した写真らしい。見出しに「紛争地帯」とあったので、おそらく煙は戦闘の跡であり、撮影者は戦場カメラマンといったところだろう。

 だが戦闘の跡を撮影するのならば、何故こんなにも距離が離れているのだろうか? その答えはすぐにわかった。なぜならば、掲載されている写真にはまとめサイト側で付け足したであろう赤い丸印が標されていたからだ。そしておそらくは、この写真の撮影者も、空の上で佇む“それ”を撮るためにシャッターをきったのだろう。

 

「っ!? これは……!」

 

 その丸印の中を見て、トモヒロは思わず声を上げる。丸で囲われた空の一部、そこには確かに人型の“何か”が映り込んでいた。

 被写体が遥か遠方にいるために細部はよく見分けられないが、人型のそれは赤みがかった色で、背部にあたる箇所からは赤い粒子を放出しているようにも見受けられる。

 

「丸印の中のものを拡大した画像が下の方にあるでござるよ」

 

 言われるがまま、トモヒロは更にタブレットの画面を指でなぞる。すると、この写真よりもより大きく目的のモノが表示されている画像があった。

 拡大すると画像が潰れてしまうためか、鮮明さは失われたが全体像は先ほどよりもはっきりとした。背をこちらに向けて上空で佇むそれの頭部と思わしき部分には側頭部より伸びた耳飾りのようなものがあり、手には長い剣のようなものを装備している。そのシルエットに、皆は見覚えがあった。

 

「間違いねぇ……これはアストレアだ」

「僕もこの画像を見た時、まさかと思ったでござるよ」

「なんであいつがこんなところに……?」

 

 疑問が募り、更に下方へとスワイプしてまとめ記事を読み始めるトモヒロ。タクオが皆にもわかるよう、その内容をかいつまんで口に出して説明する。

 

「この写真は1ヵ月ほど前、現地の戦場カメラマンによって撮影されたものでござる。この国は昔から独裁者が国を治め、国民は辛い生活を強いられていたらしいでござる。で、それに反発した市民が反政府ゲリラ軍を結成、政府軍との戦闘が長年続いており、決着もつかずに泥沼の状況にあったらしいでござる。しかしこの謎の人型浮遊物体が出現した僅か1週間後、全ての戦闘行為が終了。その国の独裁大統領は反政府軍によって倒され、今では国連からの支援で徐々に国状を回復しているらしいでござる」

 

 まとめ記事の内容も大体そういった内容だった。トモヒロは記事の文章を目で追いながら、タクオの言葉も頭の中に入れていた。一通り記事を読み終えると、トモヒロはタブレットをタクオに返した。

 

「ちなみにこの煙があがっている場所は、政府軍の基地らしいでござる」

 

 返されたタブレットを胸の前で持ち、画面を皆に見せながら画像の煙のあがっている箇所を指出した。それを聞き、集まったメンバーは思い出したかのようにハッと目を見開く。

 

「そ、それって……!」

「……シノブさんが前に言っていた……」

「マシンソウルの軍事利用のことか!」

 

 そう、シノブがこの街に帰ってきた日、マシンソウルのことを彼女から聞いたとき、天ミナ一派はとある企業に仕えており、その企業はマシンソウルを人工的に生み出す技術を研究しているという話を聞いた。その際、憶測ではあるがソウシとシノブはそれらが軍事目的に利用されるのではないかと危惧していた。

 もしこれが、その時危惧していた軍事利用の試験的な運用だとするのならば……。

 

「奴ら、もうマシンソウルを人間同士の戦争に投入してるってことか……!」

「……そしてそれは少なくとも、単体で基地一つを潰せるほどの戦闘能力を有している……」

「私……怖くなってきちゃった」

 

 不安げな声色を漏らしたのは、オトメだった。左右の手で二の腕を擦っている。寒くはないのだが、言いようのない不安感に鳥肌が立っている。

 

「タクオ君が言ったことは正しいよ……もう私たちはこれ以上あの人たちに関わるべきじゃないんだよ……」

 

 そして訪れる沈黙。先程はあれほど反論していたトモヒロも、今は黙して考える。今までも、マシンソウル達の有する戦闘力が強大過ぎると思ったことは幾度もあった。しかし、この記事のようにいざその戦闘力が、兵士相手とはいえ、生きている人間に向けられているという確かな事実が存在しているとなると……今後の自分たちの身の振り方を考えざるを得なかった。

 

「それに関連してなのでござるが……このまとめサイトの最新の記事を見てほしいでござる」

「最新の記事?」

「そう、今見せた記事は約1ヵ月前のものでござる。ここからが本題……」

 

 タクオがタブレットを操作し、皆に見せたいであろう記事のページを開き、オトメに手渡す。その表情が芳しくないことから、その記事の内容が自分達にとってはあまり良い内容ではないということが伺えた。

 

「こ、これって……!」

 

 オトメが驚愕の表情を浮かべ、記事の文面を夢中で読み進める。気になったレイナがその横からタブレットの画面を覗き見る。そしてやはりオトメと同様に、いつもの無表情を強張らせ、無言のまま眉をひそめて驚愕するレイナ。思わず、オトメとレイナの2人は顔を見合わせた。

 

「な、なんだよ……? 俺にも見せてくれ!」

 

 その様子に尋常ではない不安さを抱いたトモヒロが、左手を2人が持つタブレットに伸ばす。オトメは短く息を吐き、無言でタブレットを手渡した。

 

「『日本にも出現 最新フライングヒューマノイド目撃情報』……?」

 

 その記事の見出しを口に出して読み上げるトモヒロ。そして先ほど同様に、画面をスクロールして読み進めるトモヒロ。そして一言、「マジかよ……」と呟いた。

 その記事の内容を掻い摘んで要約するとこうだ。ここ最近、日本のとある地域に集中して頻繁にフライングヒューマノイドが目撃されているといった内容だった。その地域というのが……まさにこの街のことだった。そして目撃されているフライングヒューマノイドというのが、街のマシンソウル達のことだった。その存在を確かなものとする画像が、何枚も何枚もその記事には添付されていた。そのどれもが、マシンソウル達がこの街で戦闘を行っていた際に、第三者に撮影されたであろう写真ばかりだった。

中には、動画もあった。世界中で閲覧できる某大手動画投稿サイトに投稿されているそれは、時間こそ15秒程度と短いものだったが、コメント欄には多種多様な言語で物議を醸しだしているのが見て取れた。その動画というのが……。

 

「これ……ファントムちゃん……か?」

 

 再生してみると、ずっと遠くからの撮影だったのだろうか。遥か彼方に空の上で舞っている二つの人影をカメラが納めていた。うち一つが数十発の光弾を放出すると、相手側の影が赤い光弾でそれを迎撃、しかし撃ち漏らした分をその身に浴び、木々が生い茂る林の中へと墜落していく姿が納められていた。

 

「相手は……アストレアだと、思われる……」

「それじゃ、これがあの時の……!」

 

 トモヒロは、このファントムとおぼしき影こそが、あの日最期を迎えたファントムの最後の姿なのだと悟った。

 

「この直後に……ファントムさんは……」

「実はこの動画を皮切りにして、あちこちでフライングヒューマノイドの目撃情報が寄せられているのでござる。そのほとんどが、先程のような戦地と……この街に集中しているでござる」

 

 タクオの言う通り、まとめ記事内に添付されている目撃写真の街の風景には見覚えがあるものばかりだった。幸い動画は先ほどの一つだけだが、写真は相当量が撮られているらしい。だがいずれも遠方からの撮影で、被写体が鮮明に写っていないのが唯一の救いといったところか。

 

「フライングヒューマノイド目撃ファンクラブなんてのもいつの間にかできてるし、写真や動画に収めようとこの街に来る人も結構いるみたいでござる」

「……全然知らなかったよ、そんなの……」

「でも、こういうのは珍しいことではないんでござるよ」

 

 またもタブレットを操作しながらタクオは語る。そして、古いまとめ記事を数ページ表示し、ベッドを囲った皆に見せる。

 

「かつて日本には、UMAによって町おこしが起こった例がいくつかあるのでござる。例えば、広島県で目撃された類人猿型UMAのヒバゴン。それを見つけ出そうと、小さな村に全国から観光客が集まったらしいのでござる」

「お前よくそんなこと知ってんなぁ」

「こう見えても、こういうオカルテックな話題は結構好きなんでござるよ。あまり表立って話すことはなかったでござるが。ヒバゴンと似たような例で鹿児島県では巨大水棲生物型のUMA、イッシーが目撃され、同様に観光客を集める要因になっているでござる。他にも北海道にはクッシー、沖縄にはキジムナー、有名どころではツチノコや河童なんかもそうでござるな。あ、あとエイリアンやUFOとの遭遇事件では山梨県の甲府事件や高知県の介良事件なんかも……―」

「わ、わかったわかったタクオ。もういいって」

 

 オタク特有の解説に熱が入り歯止めがきかなくなった状態に陥ったのでトモヒロが待ったをかけ、タクオは自重した。

 

「で、この街の場合がマシンソウル、もといフライングヒューノイドってわけね」

「……でもまさか……マシンソウルがUMAと同列に扱われるだなんて……」

 

 レイナが尚も指でタブレットの画面をなぞり、記事の内容を目で追いながら呟いた。その表情は複雑そうだった。無理もない。意思を持ち、人の姿になっているとはいえ、マシンソウルはガンプラである。そのガンプラが現在、大衆にとっては奇異の存在として認識されている。しかしだからといってマシンソウルの存在を公にすることはできない。レイナはそれを気にしていた。

 

「レイナ殿、僕は別にマシンソウルがUMAとして扱われることは悪いことではないと思うのでござるよ」

 

 そんなレイナの表情から心境を読み取ったのか、タクオが眼鏡を指で上げ、いつになく真剣な表情で語る。

 

「一概にUMAといっても、かつては人々に信仰されていた存在、例えば鬼や天狗なんかも含まれるでござる。昔の人々はそれを敬い、恐れ、そして共存してきたといわれているでござる。それって、マシンソウルも同じではござらんか?」

「マシンソウルも……?」

「そう。僕はきっと、鬼や天狗も昔は確かに実在したと思うのでござる。それが今、確かな証拠が無いのは、その昔交流があった人たちがその住処を守るために存在を秘匿し続けたためだと思うのでござる」

「……つまり、それを私たちに置き換えると……マシンソウルの存在を秘密にし続けることこそが……私達創主の使命……だということ?」

「僕はそう信じているでござる」

 

 その言葉に皆は思わず息を飲む。創主として自分達に課せられた使命……そんなことを今まで考えもしなかったからだ。

 

「マシンソウルの存在を決して周囲に悟られないようにする……それが今の俺達にできることか」

「……考えてみれば、今まで私たちはマシンソウルたちに守られたばかりだった……」

「うん、だから今度は私たちが守る番だよ」

「それが今の俺達にできることか……。となると、今までもマシンソウルの正体については注意していたつもりだったが、こうなるとしばらくマシンソウル達はガンプラの姿のままでいてもらうしかねぇな」

「では僕はネットに否定意見を書き込んで火消し作業にあたるでござる。とはいっても、一人でどこまでできるかはわからないでござるが……」

「……それでもいい……皆でできることをやろう」

 

 集まった創主達、一人一人が成すべき目標を見定め、決意を新たにした。

 

 

 

「そうか……お前らは見つけたのか……自分達がやるべきことを……」

 

 

 

 その時、聞き覚えのある声が病室の入り口側から聞こえた。音もなく、いつの間にか開け放たれていた病室のドア。まとめ記事の内容に夢中になっていたせいか、開いていたことに誰も気付かず、その声でドアの方に振り向く。猫背になり、ドアの取っ手に体重をかけるような形でそこに立っていたのは、ソウシだった。

 

「ソウシ君!?」

「ソウシ……! 良かった、大丈夫……?」

 

 いの一番にレイナがソウシの元に駆け寄り、心配そうな面持ちでその手を握る。

 だが、ソウシはその手を無言で振りほどいた。

 

「ソウシ……?」

「……ごめんレイナ、今はそういうのいいから」

 

 レイナはその時、初めてソウシの目を見た。たった一日姿を見なかっただけなのに、その瞳は濁り、目元にできた濃い隈のせいか落ち窪んでいるようにも見える。いずれにしても、その様子から見て元気というわけでは明らかに無いようだ。

 ソウシは静かにドアを閉めると、ゆらゆらと揺らぎながら歩き、パイプ椅子を手に取るとそこに座り、深いため息をついた。ずっとベッドの上にいたはずなのに、なぜかとても疲れているように見えた。

 

「ソウシ、お前……」

 

 そんなソウシの姿を見て、トモヒロが絞り出せた言葉はそれだけだった。あの火事の中で、トモヒロはソウシを炎の中から救い出した。しかし、その場に残りたいというソウシの願いを足蹴にしてまでトモヒロはソウシに生きてほしかった。その際、自分が今後彼にどんなに恨まれようとも覚悟をしているつもりだった。

 

「あぁ……トモヒロ」

 

 トモヒロの声にソウシは反応し、その濁った瞳をトモヒロに向ける。抑揚も無く、擦れるようながさついた声色でソウシは友の名を呟いた。そうして自分に向けられた目線が、何故かとても高圧的に思えたため、トモヒロは思わず目線を逸らしてしまった。恨まれる覚悟はあったはずなのに、いざ目を向けられると何も言えなくなった。トモヒロの目線は、ソウシの口元辺りに向いていた。そしてソウシが、何かを言おうと口を開く。きっと自分への罵倒なのだろうと、トモヒロは身構えた。

 

「ありがとうな」

「えっ……?」

 

 だが、告げられた言葉はトモヒロが思っていたものではなかった。か細い声だったが、それでもトモヒロの耳にはしっかりと聞こえた。自分への感謝の言葉が。

 

「あの時、俺はどうかしていたよ……お前の言う通りだ。死んじまったら、何にもならないからな……」

「ソウシ……」

「だから……一度お礼が言いたかった。ありがとうな」

「い、いや。俺はそんな……でも本当に無事でよかったな」

 

 柄にもなくトモヒロは自分が恥ずかしいと思ってしまい、左手で自分の後頭部を掻く。何をそんなに気にする必要があったのだろう。そんなことを気にする以前に、ソウシは誰かを恨むような人間じゃない。長い付き合いだというのに、そんな単純なことを心のどこかに忘れてしまっていたらしい。

 

「無事……か。そうなのかな」

 

 またもソウシの顔が俯く。

 

「あー、その……家のこととか、両親のこととか大変だとは思うけどさ、俺らができる限りお前を助けて……―」

「違うんだよトモヒロ。俺はこれから、ファントムの死と永遠に向き合っていかなきゃいけないんだ……」

 

 その言葉に、一同は困惑し言葉を失う。そして一様に、その言葉の意味を考える。

 

「それって一体どういう……?」

 

 オトメがその言葉の意味をソウシに尋ねる。ソウシは、乾いた唇を開いて擦れた声で語りだす。

 

「消えないんだよ……俺の夢の中から……ファントムの姿が……」

「ファントムちゃんが……?」

「昨日意識を失ってた時からずっと……眠る度にあの夢を見る……悪夢だよ……」

 

 ソウシは自分が見た悪夢のことを皆に話し始めた。血みどろのファントムが自分を殺そうと迫ってきたこと。足元には火事で燃えた自作のガンプラ達が這いまわり、恨みつらみの言葉と共に体に纏わりついてきたこと。そして自分がファントムの手で殺されることによって目が覚めることを……。

 

「さっきも同じ夢を見た……ほんの少し目を閉じただけで……飛び起きて、目を閉じるとまた……俺は眠るのが怖い……逃げ場がない……生き地獄だ……! うぅぅぅぅぅっ……!」

 

 自分の頭を抱え、唸り声と共にガシガシと爪先で頭部を削る。その様子に、オトメとレイナがソウシの両側から手を差し伸べ、「大丈夫だよ」と背中を擦りながら呼びかける。

 

「だ、大丈夫だ……ありがとう二人とも。大丈夫……大丈夫……」

 

 半ば自分自身にも言い聞かせるように、ソウシはうわ言のように何度も呟く。

 

「ソウシ、そんなのはただの夢だ! ファントムちゃんはお前を殺そうなんて思う筈ないし、ガンプラだってマシンソウルが宿ってなきゃ動かないし喋らない! お前もわかってるだろ?」

「あぁ……わかってるさ、そんなことは……。でもなトモヒロ……ダメなんだよ、理屈じゃないんだ……。何度も何度も強くそう思い込んでも、ファントムは俺の夢の中に繰り返し出てくる……あの時アストレアに向けていた時と同じような……戦いの中で敵を討ち倒す、震えるほどの喜びの笑みを浮かべて……俺に……」

 

 悪夢……。誰しも自分にとっての最悪の恐怖が、寝ている間に押し寄せてくることがある。だがそれは、所詮人の見る一夜限りの夢。目が覚めれば消えるし、二度と同じ内容の夢を見ることはないだろう。

 しかし、ソウシは違う。ファントムの死という大きすぎるショックを、16歳という外部からの刺激に過敏なこの時期に、その身に許容しきれないほどの大きなショックを受けてしまったのだ。結果として、心に大きな傷を残し、それがソウシにとっての繰り返しの悪夢の原因となっている。

 ソウシ自身も、それが自分自身の心の傷から生み出されたものだということは頭では理解しているつもりだった。しかし、それがわかっていてもどうしようもないのだ。現に、同じ悪夢を繰り返し見てしまう。その度に思い込んでしまう。

 

「俺は……きっとファントムに恨まれている……」

 

 気落ちしているため、勝手にネガティブな思考に陥ってしまっているだけかもしれない。しかし、そう思わざるを得なかった。

 

「な……何言ってやがるんだソウシ!?」

「だってそうだろ……あいつの想いに応えもせず、戦いの場にのこのこと現れて、そしてまるで化け物を見るような目で俺はあいつを見てしまった……。恐ろしかったんだ……その恐怖に押し潰されて、俺は最後まで彼女を信じることができなかった……裏切るには十分な理由だろう……」

「それが……ソウシが見る悪夢の原因……?」

「そう思わざるを得ないさ……俺はそれだけのことを彼女にしてしまった……どれほど俺のことを恨んで死んでいっただろう……」

「バカ野郎! ソウシ! マシンソウルが自分の創主を恨むなんてこと、あるわけねぇじゃねぇか!それはお前が一番よくわかってる筈だろ!?」

「どうだろうな……俺は彼女の気持ちを知っていながら、それを無下にしてしまった……恨まれても当然さ……」

「それって……!」

 

 それを聞き、レイナが目を見開く。あの晩に自分が質問した内容を、もしファントムに聞かれていたとするのなら……。

 

「で……でもさ! 火事で燃えちゃったパーツを他のパーツで代用するとか、元になったパーツのガンプラを新しく買ってきて付けてあげれば、ファントムさんまた出てきてくれるかも! そしたらきっと……―!」

 

「それは無理ね」

 

 なんとかこの場の空気を軌道修正しようとオトメが持ち前のポジティブさで気を利かせた提案をしたつもりだったが、その提案は病室のドア付近より響いた否定の声によってかき消された。

 その声の主はシノブだった。いつの間にかこの病室に入ってきたシノブは、ドアの縁に背を預けて立ち、静かに呟いた。

 

「姉貴! む、無理ってどういうことだよ!?」

「あなた達なにか勘違いしていない? マシンソウルは人間と同じ、生きているのよ。ロボットじゃないわ。バラバラになった体を繋げても形だけは取り繕えるのかもしれない。でも命までは戻らないの。一度死んだ人間の体を元に戻しても、命は戻ってこないでしょ?」

「そ、それは……」

 

 トモヒロが口を噤む。トモヒロだけではない。この場に集まった創主全員、今更ながらその”命”というものの重さを思い知った。

 

命は戻らない。

 

 当たり前のことだ。人だろうと、動物だろうと、虫だろうと、そしてマシンソウルだろうと、命はたった一つきりだ。そして失ったものは戻らない。決して、二度と。

 

「……つまり俺があの時、仮に全てのパーツを見つけ出したとしても……ファントムを蘇らせることはできなかった……ってことか」

 

 ソウシの視線が下を向き、病室内に沈黙が訪れる。皆、ソウシに対してかける言葉が見つからない。そんな沈黙の中、唐突にソウシの肩が震えだす。そして嗚咽にも似た短く小刻みな吐息がソウシの口から洩れる。近くにいたレイナとオトメは、ソウシが泣きだしてしまったのだと思った。無理もない、寝ても覚めても悪夢の連続から、最期の希望も潰え、あまつさえ自分の命を賭けた行動が無駄だと分かってしまったのだ。その苦しみの大きさは、当人の他には計り知れない。それを悟り、誰も励ます言葉が見つからない。下手な同情をしても、ソウシの苦しみを理解していることにはならない。それはかえってソウシを傷つけることに繋がる。

しかしそれでもと、レイナはソウシに対して何かせずにはいられなかった。せめてその身に優しく触れ、温もりを与えようと、俯くソウシの肩に手を伸ばす。

 

 だが、肩に触れる寸前でレイナの手は突如として止まった。

 

 なぜなら、泣いていると思っていたソウシの様子が違っていたからだ。

 

 笑っている。

 

 嗚咽と思っていたのは、「クックックッ……」と口から洩れる笑い声だったのだ。

 

「ククッ……ヒヒッ……ハハハハハハハハハハ。いよいよ創主失格ってことかな、俺は」

 

 口角を引きつらせながら、自嘲気味に乾いた笑みを浮かべるソウシ。だがその眼には光は宿らず、濁った瞳が不気味さをより引き立たせる。それを見ていた他の皆はというと、とてもではないが笑う気になどはなれず、慄いた様子でソウシに視線を送っている。

 

「ソウシ……?」

 

 その様子があまりにも異常に見えたため、トモヒロが不安げな声色でソウシの名を呼ぶ。それに対し、ソウシはフッと笑みを消すとトモヒロの方を向いて言い放つ。

 

「俺は、明日の午前中でここを退院する」

「あ、明日!? そんな急に……!」

「別に驚くことはないだろ。俺はお前と違ってどこも怪我をしていないし、身体検査の結果も良好だった。健康な人間が病院にいたって迷惑なだけだろ」

「だけどお前、住む場所は……?」

「先生の配慮でホテルを確保してもらっている。しばらくはそこから学校に通うよ。新しい制服や、置き去りにしてきた鞄とかもそこに用意してくれているらしい」

「ソウシ君、学校に来られるの……?」

「まだしばらくは止めておいた方がよろしいかと思うでござるぞ……?」

 

 オトメとタクオも、ソウシの提案を聞いて途端に表情を曇らせる。

 

「滅入っちゃうんだよ……ここにいると。何も無いからさ。何か刺激があった方が、早く忘れられる」

「忘れるって……何を……?」

 

 その一言を聞きいて一層の不安を感じたのか、今度はレイナが尋ねる。

 

「……全部だ。ファントムも、カルナも、両親も、ガンプラも、マシンソウルも……俺はもう全部忘れる」

 

 冷たい声色でそう呟くと、ソウシは静かに椅子から立ち上がる。

 

「トモヒロ、俺はお前に感謝してもしきれない。だからもう、俺を心配しなくても大丈夫だ」

「ソウシ……」

 

 トモヒロの顔を見ずに、ソウシはそう告げる。その声色があまりにも抑揚が無く、ただ漠然と言葉を紡いでいるだけのように聞こえて、トモヒロは不安感を募らせて無意識にソウシの名を呼ぶ。

 

「お前はここでゆっくり休んでいてくれ。後は……なるようになるさ」

 

 最後にそう言い残し、ソウシはドア際に立つシノブを避けて、トモヒロの病室を出て行った。その様子をじっと見ていたシノブは、おもむろに口を開く。

 

「さて……みんなにお知らせ。私とカゲツキは明日からこの街を留守にするわ」

「はぁ!? ど、どこに行くんだよこんな時に!」

「あら、忘れたの? 元々私は流離(さすら)いのガンプラマイスター。気の向くまま思いのままに、自分の行きたいところに行くだけよ」

「ふ、ふざけないでください! ご自分の家族がこんな風になってるのに、どうしてそんなことが言えるんですか!?」

 

 あまりのふざけたシノブの返答に、普段は陽気なオトメもこれには耐えかね、思わず怒りを露わにする。

 

「まぁまぁ、別にいいじゃないの。二人とも結構元気そうだし。トモ、そういうわけだからお姉ちゃんまたしばらく留守にするけどお母さんのことよろしくね。仕送りはいつも通り月末に送るから、そう伝えておいてね」

「どこにでも行っちまえ! このクソ姉貴!」

 

暴言と共にシノブの方に枕を投げ飛ばそうと、トモヒロは大きく枕を掴んだ左手を振りかぶる。それを見たシノブは慌てて病室のドアを閉めると、隙間から笑顔で手を振る。枕が投げられ、ドアに命中するが、既にしっかりと閉められた後だった。

レイナが投げられた枕をトモヒロの元に持って返すと、トモヒロは大きく深いため息をついた。

 

「ったくあいつ、肝心な時に何考えてんだ……!」

「弟のトモヒロ殿がわからないのならば、僕らは猶更わからないでござる……」

「案外、何も考えてないんじゃない?」

「……悪い人じゃ……なさそうなんだけど……でも、今のはあまりにも……」

 

 シノブが去った後、創主達はそれぞれのシノブに対する憤った思いを言葉にして吐き出した。

 

「はぁ……とにかくだ、この際姉貴のことなんかどうでもいい。問題はソウシだ。あいつ、さっき口ではああ言ってたけど、絶対に無理してる……」

「うん……私もそう思ったよ」

「ソウシ殿……もしかしたら転校してしまうかもしれないでござるな」

「はぁ!? なんで……あいでででっ!」

 

 タクオの唐突な一言でトモヒロは思わず体を跳ねらせてしまい、傷に障ってしまった。苦悶の表情と共に右腕を押さえるが、質問は止めない。

 

「な、なんでだよ!?」

「当たり前ではござらんか。住む家ももう無い、家族もいない、となったら……普通は親戚に引き取られるというのが筋でござろう」

 

 それを聞き、トモヒロは思わず息を飲む。ずっと自分達の今後のことを考えていたつもりだったが、ソウシの今後のことまでは頭が回っていなかった。対照的に、オトメとレイナはそのことをずっと前から察していた様子で、眉をひそめて押し黙る。

 

「ソウシ殿の親族がそこに住んでいるのか僕は知らないでござるが……少なくともこの街ではないでござろうな。別の街に……いや、もしかしたら別の県に行くことになるのかもしれないでござる」

「……そうなったら今みたいに当たり前には会えなくなるね」

「…………」

 

 オトメの言葉を聞き、レイナはじっと押し黙る。ソウシに対して密かな想いを寄せる彼女なりに、思うところがあるらしい……。

 

………………

…………

……

 

「なぁ……本当なのか? あのファントムが……」

「確かだ」

 

 それぞれの影が身長よりも伸び始めた、夕刻の病院屋上。そこでは、マシンソウル達が一堂に集まり、カゲツキが中心となって各々が今後の事について話し合っていた。あの火災にてソウシとトモヒロの窮地を救ったカゲツキは、当然の如くあの火災現場から密かに脱出し、そして当たり前のようにシノブの元へと帰ってきたのだ。といっても、現在のカゲツキはいつものように赤いマフラーと機動鎧は纏わず、黒いTシャツとホットパンツというラフな格好だ。しかしそれでも頑なに素顔は曝したくはないらしく、口元には市販の黒マスクを掛けている。他のマシンソウル達も、一般人に怪しまれぬよう、普通の人間としての恰好でこの場に集まっている。

そして現在その議論の中心となっているのは、この場に居ないただ一人のマシンソウル……ファントムのことについてだった。

 その最期を見た者は誰もいないが、ソウシのあの様子、そして助けに入ったトモヒロとカゲツキから話を聞く限り、ファントムはアストレアの手により既に死亡している……ということが各マシンソウル達に伝えられた。

 

「そんな……ファントムさんが……!」

「何かの間違いではないのかの!?」

「そなたらにもわかるだろう。この街に、最早ファントムの気配はどこにも無い。アストレアに討ち取られてしまったのだ……」

「我々が苦戦を強いられていたステイメンとキュベレイが囮だったとは……どうりで攻撃が単調すぎると思ったのだよ」

 

 ファントムのことを聞かされ、マシンソウル達の間には少なからずの動揺が広がる。だが、その中でただ一人、レギーラだけは様子が違っていた。

 

「フン……所詮、奴もその程度だったということだ」

 

 他のマシンソウル達が悲しみに暮れて俯く中、レギーラだけは組んだ腕を柵に乗せ、頭に被ったサンバイザーの奥から夕暮れに染まる空を見据えていた。

 

「おい……ちょっと待てよレギーラ! お前、あいつと決着つけるのを望んでたんじゃねぇのかよ! それを、こんな……!」

「どうやら私の思い違いだったようだ。この程度でくたばるような相手を、好敵手と認めていたとはな」

「てめぇ……!」

 

 堪らず、ゴッドはレギーラに掴みかかる。しかし、レギーラは逆にその手を逆手で捉えるとゴッドの背後に回り込み、アームロックをかけて動きを封じる。

 

「がああっ……!」

「……お前もこの程度か」

 

 取るに足らない相手だと認識したのか、レギーラはサンバイザーの奥から冷たい視線をゴッドに向けると、あっさりとその手を離す。ゴッドはしばらくその場にうずくまり、掴まれた自分の手を擦る。

 

「奴も早急にリバイバルを受けておけばよかったのだ。そうすれば、こんなところで果てずに済んだものを……」

「確かにあいつはそれを望んでいた……でもな! あいつは自分のことよりも自分の創主であるソウシの事を何よりも大事に考えていた! そしてそのソウシはファントムを改造することを拒んでいたんだ! ファントムは戦うために生まれたわけじゃないって、戦わなくても暮らしていけるって、それを信じてきたから!」

「その結果がこれだというわけだ。所詮、我々は戦わねば生きていけぬ存在だ。お前たちもそろそろそれを認めたらどうだ。いつまで弱い者同士で群れあって己の創主に甘えている?」

 

 レギーラの視線は、目の前のゴッドから他のマシンソウル達へと向けられる。

 

「そんな……! 私たちは甘えてなんか……!」

「これまでの戦いで、確かにレギーラ殿の方が実力は上だとは思うがの、我らは好き好んで命を賭けた戦いをしているわけではない。あくまで己の防衛のために……―!」

「それが甘ったれだと言っている!」

 

 ザクの言葉に対し、レギーラはついに激りを露わにした。

 

「お前たちがこれまで戦ってきたのが、己に降りかかる火の粉を払いのけるためだと言うのであれば、それもいいだろう。だが、お前たちは奴らと相対した時、戦って一度でも勝てたことがあったか?」

「そ、それは……」

 

 その言葉に、皆は途端に口を噤む。天ミナ一派の襲撃は、これまでにも何度かあった。最初はカルナと初めて会った時、ゴッドに対しての呂布トールギス、そして昨日……いずれも苦戦の末、相手側の撤退、もしくはカゲツキに助太刀されてという形で難を逃れている。

それ以外では、レギーラが既に2度交戦している。だからこそ、彼女にはわかるのだ。奴らの力はこの街のマシンソウルとは比較にならないほど強大で、追いつくためには己の身の強化が必須だということが。

 

「奴は一人で戦い、そして敗北して命を落とした。これから先、誰かが自分を助けてくれるなどという甘い考えは捨てることだ。己の身は己の力で守るしかない」

「でも、仲間の力を頼ったっていいじゃないですか!」

 

 いつもはあまり自分の意見を主張しないサバーニャが、自分の訴えをレギーラに届かせようと声を張り上げる。だが、それもレギーラは冷たい言葉であしらう。

 

「少なくとも私にはもうそのような馴れ合いは不要だ。お前たちとの仲良しごっこもこれまでだな」

 

 そう言い残し、レギーラは無言でマシンソウル達の横を素通りすると、屋内への扉を開け、一人屋上を去って行った。

 

「……あいつの言いたいこともわかる」

 

 ゴッドが去って行ったレギーラの背中を目で追いながら呟いた。

 

「ゴッドさんまで……」

「確かに今後、あいつらが俺達を孤立させて各個撃破の攻撃を繰り出してこないとは限らない。事実、ファントムはそれでやられた……」

 

 全員の視線がまたも俯く。

 

「だからこそ、これからは一人一人の力が大事なんだ。俺達も、創主の力を以ってのパワーアップが必須なんだよ」

「パワーアップ……ですか」

「しかし考えてみたのだが、彼奴等はもうカルナという当初の目標を既に確保しているのだろう? ならば、我々には今後関わらないという推理はできないだろうか?」

 

 サザビーの推測に皆は関心を示す。その意見は最もだといえる。天ミナ一派の狙いは、最初にこの街に姿を現した時点からカルナがメインターゲットになっていた様子だったので、それが確保できた現状、もう街のマシンソウル達と戦う必要は無い。

 

「……いや、奴らはきっとまた来る。少なくとも一人、俺の元にはな」

 

 ゴッドは鋭い目つきで答えた。その瞳の奥には、確かな確信があった。

呂布トールギス……かつてこのマシンソウルと1対1で戦った時、彼女はカルナではなく、ゴッドが狙いだと言っていた。その言葉が確かなものならば、呂布はまた必ずゴッドの元に現れる。

 その前に、確実にゴッドは強くなる必要がある。

 

「アイツにだけは絶対に負けられねぇ……!」

「それは意地、というやつかね?」

「いや……俺の貞操の問題だ」

 

 青ざめた表情で二の腕を擦り、ブルルと身震いしてゴッドはこう答えたが、その言葉の意味を理解する者は誰もいなかった。

 

………………

…………

……

 

 夕陽に照らされるとあるオフィスビルの一室、その広い部屋はただ一人のためだけに設けられた部屋だ。その窓際に安置された大きな机に向かい、パソコンに向かってデスクワークをしている男が一人。

 

PPPPP……

 

「ん?」

 

 唐突に鳴り出す携帯電話。それは彼が普段胸元のポケットに入れているプライベート用の携帯電話の着信音だった。文字を打ち込んでいたキーボードから手を離し、おぼつかない手つきで胸ポケット内をまさぐる。手に被せた白いシルク製の手袋がスーツの裏地と擦れて滑らかな音を立てる。ようやくの思いで携帯電話を取り出すと、通話ボタンを押して耳に押し当てる。

 

「やぁ、君か」

『あら、私が誰かちゃんとわかっているのね』

「もちろんさ、サラ。この番号を知っているのは君ぐらいだし、そろそろ掛けてくる頃だと思っていたからね」

 

………………

…………

……

 

「なら話が早いわ。私がなぜ貴方のところに電話を掛けたのか、わかっているでしょう?」

 

 現在、シノブが電話を掛けているのは自分の携帯電話ではなく、病院の受付前に設置されている公衆電話からだった。万が一のことを考え、逆探知対策としてこの電話を使っている。

 

『あぁ、あの創主のことだね。キモト・ソウシ君といったかな。本当に気の毒なことをした……できれば直接会って謝罪したいが、なかなか予定が空かなくてね』

「随分と他人事ねぇ。それとも、お目当てのモノを確保したから彼に対しての興味が薄れているのかしら?」

 

 若干挑発的な物言いとなり、シノブは受話器を握る手に力を込める。

 

『勘違いしないでもらいたいんだが、今回僕は何も関与していないよ。アストレアには彼女を連れ戻せだなんて命じていないし、もちろん一連の戦闘行為に関しても同様さ。全てアストレアが独断で行ったことだよ』

「だから自分は関係無い、そう言いたいの?」

 

 シノブの言葉に相手側は沈黙する。

 

「相変わらず多忙なのは結構なことだけど、自分のマシンソウルの管理ぐらいはきっちりしてほしいものね。それもこれもアンタの計画の一部なんでしょうけど……私はアンタの企みを絶対に阻止してみせる」

『サラ、君は誤解しているよ』

「既に私の弟分がこんな酷い目に遭っているのよ。舐めるのもいい加減にしなさい。私は絶対に貴方を許さないから。近いうちにこっちから乗り込んで行ってやるから、覚悟していなさい」

 

 ガシャン、と叩き付けるように受話器をホルダーに掛け、シノブは公衆電話から離れた。

 

「さて……行くわよ、カゲツキ」

「若き創主達に別れは告げてきましたか?」

 

 歩き出したシノブの傍には、いつの間にか隣を歩くカゲツキの姿があった。

 

「大げさね。ちょっと調べ事をするだけじゃない。マシンソウルについて、一からね」

「ソウシ殿のためですか……案外お優しいところもあるのですな」

「あら、私はいつだって優しいわよ? 味方には……だけどね」

 

 口元を緩め不敵な笑みを浮かべるシノブ。だがその瞳は鋭く、威圧感を放っていた。病院を出ると駐車場に停車している単車に乗り込み、ヘルメットを被ってエンジンを吹かす。サイドカーにはカゲツキが乗る。

 

「さぁ、これから忙しくなるわよ」

「では、目的地は?」

「決まってるでしょう。マシンソウルのデータが残されているとするなら、あの会社のデータバンク」

「フッ……かつての職場に忍び込むというのは皮肉なものですな」

「そうね。そしてアンタの生まれたところでもあるけどね」

 

 互いに皮肉を言い合い、単車は病院の敷地内を出て公道を走る。

 

「ま、その前にもう一人挨拶に行きたい人がいるんだけどね」

「挨拶は大事。古事記にもそう書いてある」

「フッ、なにそれ?」

 

 カゲツキの冗談を聞き流しながら、シノブは単車を学校の方へと向け、走って行った。

 

………………

…………

……

 

「フフフ……宣戦布告ってわけか、こわいこわい。君は相変わらずなんだね、サラ・シノブ」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、男は携帯電話を再び懐に収めた。その時、部屋のドアがノックされた。男は一言、「入りたまえ」とだけ言う。ドアが開けられ、黒いスーツ姿の女性が入ってくる。

 その身に機動鎧を纏ってはいないが、その流れるようにスラッとした長い金髪を靡かせる長身の女性は、紛れもなくゴールドフレーム(アマツ)ミナだった。

 

「マスター、今のお電話の相手は、もしや……?」

「聞いていたのかい?」

「も、申し訳ありません……意識していたつもりはないのですが、耳に入ってしまったので……」

「構わないさ。なに、君の前任者とちょっと世間話をしていただけさ」

 

 男は椅子に座ったまま天ミナに対してそう告げる。それを聞いて天ミナは唇を固く結ぶ。自分の前任者……つまりは自分が顕現する前に、“彼”の一番近くにいた人物……。

 

「それよりも、お姫様の様子はどうだい?」

 

 彼の言うお姫様。それは他ならぬカルナ……デビルガンダムのことだった。

 

「あっ……はい。2日前ここに連れてこられてから現在に至るまで、ずっと眠り続けています」

「だろうね、あの場であれほどの力を発揮したのだから。体力・精神力の消耗は著しかったのだろう」

 

 その光景を実際に見たわけではないが、帰還したアストレアから聴取した証言により、彼の脳裏にはカルナがその真なる力を攻撃に転用した際の光景がまざまざと拡がっていた。

 

「その件ですが、今後の処理は如何いたしましょうか?」

「アストレアとキュベの処遇は前述した通り、本社内にてしばらく謹慎。世間への情報統制に関しては任せるよ。あの住宅火災は、世間では隕石が落ちたせいだと考える人が多いらしいから、そうでっち上げるのが無難かもしれないね」

「了解しました。では、『火災は隕石落下により電気系統が破損したため家屋に引火。当の隕石は落下と同時に燃え尽きて消滅』という筋書きでよろしいですか?」

「まぁ、そんなところかな。警察上層部への手回しはこちらでやっておくから、マスコミやネットへの拡散は任せたよ」

「はい。それで、あの少女の処遇については……」

「それについては放っておいていいよ。目が覚めた時には、おそらく自分の使命を思い出しているだろうからね。あ、そうそう。近いうちにお客様がお見えになると思うから、その時には丁重にもてなしてくれ」

「畏まりました」

 

 天ミナはその言葉の意味を理解し、そして返答し、一礼すると部屋を出て行った。

先程のシノブとの会話を思い出し、「フフフ……」と思い出し笑いをしながら、男はデスクワークに戻った。

 

………………

…………

……

 

「はぁ……」

 

 その日の夜、陽もすっかり落ち他の職員も全員帰宅した時間帯にヤマナカ・ユリは一人、校門から出て帰路についていた。この日もまた、ほとぼりの冷めないキモト家焼失事件について教育委員会や保護者の方々への詳細説明、全校集会での注意喚起、そして各種メディアやマスコミへの対応、ソウシ本人へのお見舞いと行方不明になった両親の報告、その全てを彼女が担っていた。事件の起きた昨日は寝る間もなく対応に追われていたが、幸いにも今日は昨日ほど時間をとられることはなかった。

 へとへとの体で自宅へと向かう最中、街灯の下に誰かが立っているのが見えた。傍らにサイドカー付の単車を停車させ、ユリの方を見つけるとヘルメットを脱いで素顔を見せる。

 

「お疲れ様、先輩」

「シノブ……」

 

 脱いだヘルメットからウェーブがかった鮮やかな茶髪が溢れる。顔を出したシノブがユリに対し、労いの言葉をかけた。ユリは、それをボーっと呆けながら名を呟いた。

 そんな放心状態のユリを余所に、とシノブはサイドカーの中からヘルメットをもう一つ取り出すと、ユリに投げ渡す。成行きでヘルメットを受け取ってしまったユリは、状況が理解できていないのか、尚も呆けた表情で手元のヘルメットとシノブの顔とを交互に見合わせる。

 

「ちょっち、付き合ってくださいよ」

 

………………

…………

……

 

「私ね……この職に就いたときに、決めたことがあるの」

 

 シノブとユリの二人は、学校からは離れたとあるバーに来ていた。ユリはこの店に来るのは初めてだったが、有無を言わさずに単車のサイドカーに乗せられ、やって来たのがこの店だった。全体的に淡い光量の照明が照らし出すこの酒場は、来ている客の数ほど多くは無いが、それだけに静かで落ち着いた雰囲気でいられる。店内にはBGMとして静かなジャズが流れ、バーテンダーがカクテルを振る音が心地よく響く。二人は、その店のカウンターテーブルに肩を並べて座り、お酒を嗜んでいた。

そんな最中、ユリはほんのりと染めた頬に頬杖をつきながら、桜色のカクテルが入ったグラスの縁を指先でつまむように持ち上げながら、唐突にそんなことを呟く。

 

「もしも自分の生徒が、犯罪や大きな事件に巻き込まれた時、この身を犠牲にしてでも生徒たちを守るんだ、って」

 

 それを隣に座るシノブは、さくらんぼが添えられているカクテルを飲みながら静かに聞いていた。

 

「でも……ダメね。いざ自分にできることと言ったら、せいぜい教育委員会やらPTAやら、メディアやらマスコミやらの対応をする程度……あの子の受けた苦しみの何分の一も和らげることなんてできやしない……」

「そんなことないですよ。それだけでも先輩は尽力してますって」

「足りないのよ……それだけじゃ。今日、キモト君に両親のことを伝えたわ……未だにあのタイミングで伝えて良かったのかなって、思ってる……」

 

 ユリの目線はグラスに浮かぶ淡い色彩の波間に向けられる。

 

「あの子も辛いでしょうけど……私も辛いのよ……教え子がこんな目に遭ってるのに……」

「……今のソウ君に必要なのは気持ちを整理する時間でしょうから、しばらくは待ってあげないと」

「本当にキツいわね……大人な私たちがなにもできないなんて……」

 

 ぐいっ、とグラスの中身を飲み干すユリ。顔の赤みはますます増し、次第に呂律が回らなくなっていく。

 

「ますた~……もう一杯~……」

「もう先輩、飲みすぎですよ」

「飲まなきゃやってられないってーの! アンタ明日この街出て行っちゃうんでしょ? なら今日しかないじゃない! 愚痴も溜まってんだしアンタの奢りだってんだから今夜はとことん飲むわよ~!」

「はぁ……仕方ないな」

 

 不満の声を漏らしながらも、ユリの本音を聞くことができたことが内心嬉しかったシノブは、思わず笑みをこぼした。

 

「ねぇ……先輩」

「ん~?」

「私の身に何かあったら……あの子たちのこと、よろしくお願いしますね」

 

 カラン……。新しく入れてもらったカクテルの氷が溶け、音を立てて崩れる。お酒を飲みながらユリが横目で見たシノブの表情は、憂いを帯びておりまるで一切の後悔が無い、といった感じだった。ユリは、後輩のその表情に思わず大きな不安を抱いた。

 

「ゴホッゴホッ……!」

「わっ! ちょっと、大丈夫ですか?」

 

 唐突にそんなことを言われたものだから、飲んでいたお酒が変なところに入ってしまい、ユリはむせかえって咳をする。

 

「き……急にな~に言ってんのよ! 殺しても死なないような奴のくせして! ホラ飲も飲も! マスター! こっちにもう1杯ね!」

「もう、人のお金だと思って」

「そういえばアンタ、バイクでここ来てたけど帰りどうすんの?」

「あっ…………」

 

 カラン……と、バーテンダーから手渡されたカクテルの氷がまたも音を立てて崩れる。どうやら帰りはタクシーになりそうだと悟ったユリ。大人二人の夜は、そうして更けていった……。

 

………………

…………

……

 

「…………」

 

 消灯時間をとうに過ぎ時刻は0時を過ぎてもなお、トモヒロは目を見開いて意識を覚醒させたままだった。ベッドの上で仰向けに寝たまま、じっと天井を見つめ続け、そして考えていた。

 

『眠れないのか?』

 

 脳裏にゴッドが語り掛ける。トモヒロは、窓際に立て置かれたゴッドガンダムのガンプラを見つめる。

 

「ソウシのことを……考えていた」

 

 トモヒロは呟くように語った。ゴッドには告げないが、ソウシの身に起こった悲劇がいつ自分に起こらないとも限らない。今のソウシの境遇を、自分にも当て嵌めていたのだった。それを夕方タクオ、オトメ、レイナが帰った後から今まで、ずっと考えていた。

 

『怖いのか?』

「……正直に言う。俺は怖い。タクオのこと言えねぇな……。もしもお前を失うようなことになったら、俺は……」

 

 それを聞き、ゴッドは何故か嬉しそうな声色で語り掛ける。

 

『ふふふ……俺の事心配してくれてんだな。ありがとよ』

「茶化すなよ……」

 

 柄にもなく自分の本心を語ったためか、トモヒロは少し気恥ずかし気にゴッドガンダムから顔を逸らす。

 

「……わからないことだらけだ。なんでソウシがあんな目に遭わなくちゃいけないのか……なんでファントムちゃんが死ななくちゃいけないのか……。お前らのこともそうだ」

 

 むくりとベッドから上半身を起こし、改めて視線をゴッドガンダムへと向ける。

 

「お前たちは一体何なんだ? ただのガンプラが、どうして喋ったり人の姿になったりできる? レギーラが暴走時に口走ってたことは一体どういう意味なんだ? どうして最初に感じた意識が、戦うことなんだ?」

 

その問いにゴッドは口を噤んでしまう。おそらく、創主たる誰もが常日頃から疑問に思っていることなのだろう。しかし、それを今更問われたところでゴッドにはわかる筈もない。だがそれでも、何もわからないまま理不尽な戦いに身を投じているトモヒロ達創主の気持ちも汲んでいるつもりだ。だからこそ、なんと答えるべきか沈黙を以って考えている。

 

「……悪ぃ。わかるわけねぇよな、そんなこと……」

 

 自分の投げかけた質問がゴッドを困らせていると思ったトモヒロは、再び毛布を被ってゴッドから視線を背けて寝る。

 

『…………確かに俺は自分がどうやってこの世に生まれたのかもわからない。けど、時々こう考えるんだ。俺達は生まれる前に、どこか別の場所にいたのかもしれないと。もしかしたら、俺にはゴッドガンダムとしての名の他に、別の名前があるのかもしれない……と』

 

 長い沈黙の後、ゴッドはトモヒロに語り掛ける。トモヒロはそれを、尚も視線を背けたまま聞いている。

 

「本当の名前……か」

『けど、それがあろうが無かろうが、俺はずっとご主人と共にいたい。それだけは俺の確かな気持ちだよ』

「なっ!? ば、バカやろう! いきなりなに言ってやがるんだ気持ち悪ぃな!」

 

 不意にそんなことを言われてしまったため、トモヒロは思わず飛び起きて照れ隠しでゴッドに言い放つ。

 

『なんだよ、気落ちしてたからせっかく励ましのつもりで言ってやったのに』

「お前なぁ……それならそうでもっと相応しい言葉があるんじゃないの?」

『けど、ご主人がそこまで心配しなくても大丈夫さ。もうこれ以上悪いことなんか起こらないさ』

「……そうだな。俺もそう思いたい」

 

 トモヒロはそう言ってベッドに体を預け、目を閉じた。ゴッドもそれ以上はもう何も言わず、意識をガンプラの奥底に閉じ込んだ。

 

………………

…………

……

 

「お世話になりました」

 

 翌日、ソウシは病院の受付で退院手続きを済ませ、受付嬢に一礼し、病院を出る。退院前にトモヒロに一目会っておこうとも考えたが、伝えたいことは昨日のうちに全て伝え終えたので会っても何を話せばいいのかわからない。だから、会わずに去ることにした。

 

「昨夜は結局一睡もできなかった……」

 

 両手を着ているパーカーのポケットに入れ、おぼつかない足取りでフラフラと歩きだす。昨夜はまたあの夢を見てしまうのではないかと思い、そしてひとたびそれを意識してしまうと眠気が覚めてしまった。まるで脳が眠ることを拒否しているかのようだった。

 その結果、ソウシは今日もまた昨日と同様にひどく疲れた顔色で目の下に濃い隈をつくり、瞳はドブ川のように濁っている。

 

「……ホテルに行って着替えてこなきゃな」

 

 学校の制服や学生鞄は先生が用意してくれたホテルにあると言っていたのを思い出した。

 現在の時刻は午前9時過ぎ。授業はとっくに始まっているが、先生は無理して来なくてもいいと言ってくれていた。しかし、今のソウシはこの気分を忘れるために一刻も早く学校へ行って友人やクラスメイトとの会話に勤しみたい気分だった。

 

(そうだ……学校に行けばきっといつも通りの日常が待っているはずだ。そうすればきっと、忘れられる……)

 

………………

…………

……

 

 2時間目までが終了した平日の学校。その休み時間、クラスメイト達がお喋りや次の授業の準備をする中、タクオ、レイナの2人はオトメの机に集まっていた。

 

「ソウシ君……来ないね」

「……昨日は確かに、今日から学校に来ると言っていたけど……」

「とは言っても今日の午前中に退院という話でござったからなぁ。しばらくはホテルに泊まるとも言ってたでござるし、手続きやなにやらかかるでござろうから今日はもう来ないんじゃ……―」

 

 そこまで言いかけた時、教室のドアが勢いよく開け放された。そのドアの影から、ソウシが顔を覗かせた。

 

「あっ! ソウシく……―!」

 

 その姿を見つけたオトメが呼び掛けようとソウシの名を読んだ時、途端に教室の空気が変わった。オトメがソウシの名を口に出した瞬間、その場にいた皆は教室の入り口に一斉に視線を向け、そして先ほどまで会話に勤しんでいたのが嘘のように、しんと静まり返る。

 

「えっ…………」

 

 その光景に、教室に一歩踏み入ろうとしていたソウシは思わず面食らい、その場に立ち止まる。教室の中を見回すと、クラスメイト達が全員、自分の方に視線を向けているのにも気が付いた。しかし、オトメ、タクオ、レイナの3人以外は誰も目を合わせようとはしていない。ソウシが視線を向けると、途端にそっぽを向いてしまったり、近くにいる友人たちとなにやらヒソヒソと話し始めた。

 

(なんだよお前ら……なんで急に静かになるんだよ……? さっきまでお喋りしてたじゃんか……それを続けてろよ……俺を見るな……!)

 

 心でそう思いながらソウシは歯ぎしりをし、早歩きで自分の席まで歩いていき、椅子に座る。鞄を脇に置き、机の上に組んだ腕を乗せ、視線を下に落とす。尚もクラスメイトの視線は自分に向いているようだ。そうしてじっとしていると、徐々にクラスメイト達が何をヒソヒソと話しているのかがソウシの耳にも聞こえてきた。

 

   ヒソヒソ……

 

               「あれでしょ? お家全焼した……」

      「かわいそう……」

 

                      「サラ君はまだ入院中なんでしょ?」

 

    「なんで学校来れるんだ? アイツ」

 

                            ヒソヒソ……

 

(やめろ……やめろ……!)

 

 頭を抱えながら呪詛のように心の内で何度も繰り返し呟く。

 哀れみの目と疑問の眼差し、そして少しの奇異の視線。その周囲からの数多の注目に己の身を曝しているということに、ソウシはこの時はじめて気が付いた。学校に来れば日常が戻ってくるというのは、自分の勝手な希望的観測だということを思い知った。少し考えればわかることのはずだった。あれほどの惨事に見舞われた自分が、のこのこと学校という、不特定多数の大衆の中に自分の身を置くとどうなるのか、ということが……。

 

「ソウシ君……」

 

 見かねたオトメがソウシの元に歩み寄ろうとする。だがその時。

ちょうど3時間目の始業のチャイムが鳴り響き、オトメは自席に戻ることを余儀なくされた。他のクラスメイト達も自分の席へと戻っていく。3時間目の教科、現代社会の教師が教室に入り、授業が始まる。ソウシは、クラスメイト達の視線を自分の背中に感じつつも、それを忘れるかのように一心して授業に勤しんだ。

 

………………

…………

……

 

「ソウシ君、お昼食べよ! ほら、みんなも早く来て来て!」

「あ、うん……でござる」

「……お邪魔します」

 

 4時間目までが終了し、現在は昼休み。その時間帯になると、オトメ、タクオ、レイナの3人がソウシの元まで歩み寄り、椅子と机をくっつけて座る。ソウシはそれを、机の上に組んだ腕を乗せながら、俯かせた顔の下から虚ろな目を見開き、睨みつけるように視線を送っていた。3人とも、内心はそんなソウシの様子に恐怖心すら感じていたが、オトメはそれを持ち前の明るさで隠し、あとの2人はおずおずとした様子で机を合わせた。

 

「あれ? ソウシ君お弁当は?」

「……そんなものはない」

 

 いつも自分で作ったお弁当を持ってきてそれを食べていただけに、今のソウシがそんなものを作っていられるほどの余裕が無いということを、つい失念してしまっていたのだ。タクオとレイナが、地雷を踏んだオトメの方をムッと睨みつける。

 

「あー……こ、購買で何か買って来たら?」

「金も無駄遣いできない……通帳も燃えてしまったからな」

 

 またも地雷を踏んでしまい、タクオとレイナが「お前はもう何も言うな」と言わんばかりにより睨みをきかせる。オトメは「うぅ……」と短く唸るとアホ毛を萎れさせて意気消沈する。

 

「その……ソウシ殿、迷惑でなければ僕のお弁当少し食べるでござるか?」

「……私のも。料理はまだ覚えてないから、コンビニのだけれども……」

「わ、私も! 私のもコンビニだけど……」

 

 そう言って3人は自分のお弁当をソウシに差し出す。

 

「……いや、気遣いはいらない。今は食欲無いんだ」

「そ、そうでござるか……じゃ、いただきますでござる」

 

 ソウシの一言で3人は押し黙り、無言のソウシを前にして黙々とお弁当を食べ始める。気まずい雰囲気だけがこの場を支配している。何か気を利かせたことが言えれば良いのだが、生憎3人はこの気まずさの空気に呑まれてしまい、会話の糸口を掴むことができない。3人が3人とも、目配せしながら会話のきっかけを求めている。しかし、今この場では何を言っても地雷になってしまうだろうと考えてしまい、誰も何も言えないでいる。

 最早食べている物の味すら薄れていくような感覚の中、教室の外から品の無い笑い声が聞こえた。その声の主は、クラス内でもあまり素行のよろしくない3人のクラスメイトたちだった。それぞれが金髪、細目、そばかすが特徴の男子生徒だ。その3人は教室の後ろのドアから入ると、尚も談笑を続ける。ただし、その内容は他者からすると不快極まりないものだった。

 

「ったくよー、ウチのババァマジでつかえねーわ。弁当に箸入れねーとかマジねーわ」

「ヒハハハハハ、なにそれマジウケる」

「俺んとこもさぁ、小遣いよこせって言ってもくれねーからさ、今朝ほらこれ」

 

 そう言ってそばかすがポケットから自分の財布を取り出し、その中からお札を1枚取り出す。1万円札だ。

 

「おパクりあそばせられましたー!」

「おっ、やるねぇ。帰りゲーセン寄ってこうぜ」

「ところでお前さ、購買でパン買ってたけど弁当どうすんだよ?」

 

 細目が金髪に尋ねる。確かに、金髪は母親が作ったと思われる弁当を所持しているが、その手にはパンを持っている。箸が入っていないという理由で手を付ける様子は無いようだ。

 

「あぁ、これ? いらねーから」

 

 金髪は弁当を片手に歩み出す。その先にあるのはゴミ箱だ。そして……。

 

「ホイっと」

 

 あろうことか、弁当の蓋を開けるとその中身を逆さにしてひっくり返し、ゴミ箱の中にあけた。ボトン、という鈍い落下音の後、ガサッとゴミ袋として箱内に広げられたビニール袋が擦れる音が聞こえた。

 

「んなーっはっはっはっ! 気分爽快だぜ!」

「きゃ~っ! やるっう~ん」

「オイオイ、今日のゴミ当番俺なんだけど~?」

「マジ? 悪ぃ悪ぃ、匂いがキツかもしれねぇけどさ、上手いことやっといてくれや」

 

 ゲラゲラと笑う3人を、他のクラスメイト達は不快感を抱きながらも誰も何も言おうとはしない。それはそうだろう、相手は素行の悪い男子3人組、しかしこちらから突っかからなければ何かをされる心配はない。それがわかっているならば、わざわざ突っかかっていく理由はない。だから、クラスメイト達は彼らの一連の行動を見てみぬふり、聞いていながら聞いていないふりをしていた。

それはソウシの周囲とて例外ではなかった。オトメも、タクオも、レイナもただ黙々と自分の弁当を食べている。ただ、その顔色は先ほどに比べるとあまり芳しくはない。自分たちのすぐ後ろでそんな会話や行動を見せつけられては、食事も途端に味気ないものに変わる。

誰もが関わりを持たず、無視を決め込むつもりでいた。

ただ、一人を除いて。

 

「えっ……? ソウシ君、どこに行くの?」

 

 唐突に無言で席から立ち上がるソウシ。そして男子3人がグループをつくって固まる席に、静かに歩み寄っていく。

 

「ハハハハハッ、だからよぉ……あん? なんだ?」

 

 金髪は黒板側に背を向けて仲間2人と談笑していたが、突然自分の背後に気配を感じた。振り返ると、自分達と同じ制服が目と鼻の先にあったために少し面食らい、その上を見上げる。見上げた先には、濁った瞳で3人を見下ろす、キモト・ソウシの姿があった。金髪は思わずソウシと目が合う。同じクラスメイトである彼は、ソウシと話をしたことはほとんど無いが、その人当たりの良さは理解しているつもりだった。

 しかし、今目の前に立っているこの男はまるで別人のような感覚さえする。当人がそう感じられるほどに、今のソウシが3人に向けている視線は冷たかった。

 

「なっ……なんだよキモト」

「なぁ、お前らって恵まれてるよな」

「はぁ?」

「親もいるし、金もあるし、帰る家もある……なのにさ」

 

 表情を崩すことなく、ソウシは金髪の胸倉を両手で掴みあげる。冷たい表情のままではあるが、その力は強く、掴まれた金髪を強制的に椅子から立ち上がらせるほどだ。

 金髪は何か言いたげだが、ソウシの掴みあげる力が強すぎて首が絞まり何も言えない。ただ苦しそうに喉の奥から苦しそうな声を絞り出すだけだ。そうこうしているうちにソウシが込める力は段々強くなっていき、ついには金髪の足が宙に浮く。突然のことに面食らって動けなくなっていた細目とそばかすも席から立ち上がり、ソウシの手を振りほどこうとその手に掴みかかる。

 

「て、てめェ! なにしてやがんだ!」

「離せよオラァ!」

 

 だがソウシはそんな2人の怒号も意に介さず、胸倉を掴んだ両手を大きく振るう。振るった際、掴みかかってきた2人を巻き込みながら金髪の体は投げ飛ばされ、教室の後方側のドアに叩き付けられる。

 その衝撃にドアは外れ、轟音と共にドアガラスが割れる。たまたま廊下を歩んでいた生徒たちは何事かと目を見張り、女生徒は思わず悲鳴を上げる。ドアは大きくひしゃげ、倒れ込んだ3人は叩き付けらた衝撃で苦しそうに、あるいは痛みに悶えながら呻き声をあげる。事の重大さに無視を決め込んでいたクラスメイト達も途端に慌てふためき、先生を呼んで来ると言って数人が教室を飛び出した。

ソウシは、かつてドアがあった教室と廊下の堺からぬうっと姿を現し、尚も3人を見下ろす。

 

「やめてぇ! ソウシ君!」

「ソウシ殿! ちょっと……! 落ち着くでござる!」

 

オトメは悲鳴を上げ、タクオが背後から手を伸ばし、ソウシの体を羽交い締めにして動きを封じようとする。しかし、ソウシは難なくその手を振りほどき、その拍子にタクオは後ろに倒れ込んでしまい尻もちをつく。その傍らにいるレイナはあまりの衝撃的な出来事に手で口元を押さえ、言葉を失う。

そうこうしているうちにその周囲にはクラスメイト達と、騒ぎを聞いて駆け付けた他クラスの生徒たちが取り囲むように集まる。

 

「なんでそんなもったいないことすんの? なぁ? なんでだよ?」

「や、やめっ……!」

 

 金髪が声を上ずらせながら逃げようとする。だがソウシは姿勢を低くすると、追い打ちをかけるように金髪の口元を5本の指で堅く掴む。

 

「なんでだって聞いてんだよ! なぁ!!?」

 

 ソウシの張り上げた怒号が廊下内に響き渡る。金髪は今にも泣きだしそうに涙目になりながら小刻みに身体を震わせる。その震えが、手を通じてソウシの身にも伝わってきた。

 その震えを肌で直に感じ、ソウシはようやく自分が何を仕出かしたのかを認識した。慌てて金髪から手を離すと、金髪はガラス塗れの廊下に手を這い合わせて後ずさる。掌にガラスが突き刺さり、出血が廊下を濡らすが、痛みよりも逃げたいという意思の方が上回っているようだ。

 その怯え様を目の当たりにして、ソウシはゆっくりと身を起こす。

皆の視線が自分に向いている。タクオ、オトメ、レイナまでもが同様だ。辺りを見回し、生徒たちがどのような気持ちで自分を見ているのかが、今のソウシには簡単に分かった。なぜならば、その視線はかつて自分がファントムのいまわの際に向けた視線と同じだったからだ。

 

未知なる力に対する畏怖の念と視線……。

 

「何事ですか!?」

 

 ちょうどその時、教室を飛び出した生徒に呼ばれてユリと生活指導の教員、そして教頭先生が現場に駆け付けた。

 

………………

…………

……

 

「いったいこれはどういうことかね!?」

 

 教頭の声が校長室に響き渡る。

 あの後、3人から引き離されたソウシはユリ、生活指導の教員、教頭の3人に連れられ校長室に連れてこられた。件の3人は保健室に連れて行かれ、手当てを受けている。

 ソウシはというと、連れてこられる間も、数多の教員を前にしている今現在も、一言も言葉を発することなく沈黙し続けている。事の発端は他の生徒から聞き出し、ソウシはユリの隣に立ち、共に校長と机を挟んだ状態で向かい合う。その校長はというと、険しい表情のままこちらも沈黙したままだ。

 

「本当に……申し訳ございません」

「貴女を責めているわけではありません、ヤマナカ先生。私はキモトに聞いているのです!」

 

 教頭の怒号に思わずユリが頭を下げるが、教頭はソウシの口から直接喧嘩の原因を聞き出したい様子だった。しかし、指をさされても名指しで呼ばれても、ソウシは黙り込んだままなので、教頭はますます憤りを隠せない様子だ。

 

「聞けばあの3人はキモトには何もしてはいないと言っているではありませんか! 何も原因が無いのに喧嘩が起こるのはおかしいでしょう!?」

「確かに先に手を出したのはキモト君の方です! ですが……キモト君は、火事と両親の件で少しナーバスになっているのです。教頭先生、そこを汲んでいただけたら……―」

「そんなことが理由になりますか! ただでさえマスコミ関係者があちこちで嗅ぎ回っているのに、これ以上問題を起こしてこの学校の評判が落ちるようなことがあれば……―!」

「教頭先生、ちょっとよろしいですかな?」

 

 業を煮やした教頭とは対照的に、至って冷静な様子の校長が口を開く。教頭は、「は、はいどうぞ校長」と多少どもりながら押し黙り、一歩下がり校長の横に着く。校長は溜息を一つつくと、机の上で手を組み、そしてソウシに対して告げる。

 

「退院するにはまだ少し早かったようだね」

「…………」

「君のことを庇いたいのは山々だが、教頭先生の言い分も道理といえる。学校としても、このまま3人に謝罪し、それで終わりというわけにはいかない」

「…………」

「キモト・ソウシ君、一ヶ月の停学処分とする。何か言いたいことはあるかね?」

「…………ありません」

 

 蚊の鳴くような小さな声で、ソウシは答えた。

 

「ならば今日はもう帰りなさい。下校時刻になれば学校の周りにマスコミ関係者が集まってくる。そうなる前に……いいね?」

「わかりました。失礼します」

 

 一人出入り口に向かうと、一礼し、校長室のドアを閉める。後に残された先生達は、深い溜息をついた。

 

………………

…………

……

 

 午後の授業が始まっているこの時間帯、昇降口付近には誰も居ない。校長直々に早退の指示が出たソウシは、ホテルに戻るために自分の下駄箱で靴を履いていた。

 

「……来るんじゃなかった」

 

 独り言を呟く。こんなことになると思わなかった自分も自分だが、それ以上に何故あんな暴力沙汰を起こしてしまったのだろうと、今頃になって後悔の念が押し寄せて、自分自身に腹が立った。

 あの3人にも謝るべきなのだろうが、今更どの面下げて会いに行けば良いのかわからない。気持ちの整理のつかない内に行っても、かえって混乱を招くことになるだろうと思い、ソウシは何も言わずに学校を出ることにした。

 

「逃げてばかりだな……俺」

 

 靴を履き、昇降口に向かって一歩踏み出す。その時、背後から誰かが走ってくる足音が聞こえた。しかし自分に用がある人物だとは思わなかったため、構わず歩を進める。

 

「待って……! ソウシ!」

 

 名を呼ばれ、ソウシはその場に踏み止まる。下駄箱の影から姿を現したのは、レイナだった。教室からここまで全速力で走って来たのだろう。レイナは息を荒くしながら下駄箱に手を当てて、呼吸を整える。

 

「レイナ……」

 

 ソウシも名を呟いたが、すぐに視線を背けて歩もうとする。どの面下げて会えばいいのかわからないのは、あの3人だけではない。レイナや、他のクラスメイト達に対しても同じだ。今のソウシは誰とも会わずにこの学校を出ていきたかった。だから、レイナの方を見ずに歩き出す。

 

「ま、待って……!」

 

 小さな声の後、ドンッとソウシの腰あたりに何かが背後からぶつかる。そして腰に回される2本の細い腕。レイナがソウシを行かせまいと抱きついてきたのだった。靴も履かずに裸足のまま地に立ち、小さな身体で力の限りソウシにしがみ付く。

 

「あの日のこと……ファントムにも聞かれていたんでしょ……? 私のせいなんでしょ……?」

 

 ソウシは無言のまま何も返答はしない。否定もしなければ、肯定の意思も示さない。

 

「お願い……どこにも行かないで……!」

 

 そう呟くレイナの声色は、今にも泣きだしそうなほどに震えていた。しかしその悲哀の訴えを耳にしてもなお、ソウシは顔を俯かせたままレイナの方を振り向こうとはしない。

 

「ソウシ……私と一緒に暮らそ? 私にも責任がある……その償い……させてほしい。ソウシの居場所を……私があげるから……!」

「…………」

「私……弱くて何もできないけれど……ソウシを慰めることぐらいだったらできるもの……」

 

 二人以外、無人の下駄箱にレイナの必死の訴えのみが反響する。言葉の合間合間から時折漏れる息遣いが、レイナはかなり緊迫した状態なのだということを感じ取らせる。

密着した制服越しにレイナの心音がソウシにも伝わる。小さな身体には不釣り合いなほどに激しく脈打っている。そして熱い。じんわりとした熱が伝わり、制服の中を蒸らす。

しばしの沈黙。その沈黙の間に、レイナはソウシの答えを待っていた。しかし、彼からの応答は無い。永遠にも思える沈黙を破り、レイナは瞳を潤ませ、顔を紅潮させ、しっかりとソウシの心に届くように、告げる。

 

「だって私は……ソウシの事が……―!」

「言うな。安いぞ」

 

 しかしレイナの想いは、(つんざ)くような鋭い一言によってかき消される。その一言に気圧されたレイナは、思わずソウシの体を離してしまった。その途端、ソウシは歩を進め、バランスを崩したレイナは地面の上でへたり込む。

 

「俺は誰かに愛される資格なんて無い」

 

 最後までレイナの方に視線を向けることなく、ソウシは学校の玄関を出ていく。へたり込んだレイナは、今にも立ち上がってソウシに追いつきたい気持ちでいっぱいだった。今立ち上がって走れば、十分にソウシに追いつける。

しかし、彼女の中にある枷がそれを封じた。それは、自責の枷。ソウシの放った一言で、彼女は気が付いてしまった。

 

「あ……あぁぁぁぁぁっ……!」

 

 ソウシの姿が視界から消えると、レイナは決壊したダムのように瞳から涙を流す。必死に両手と制服の袖で拭うが、収まらない。その時、背後から誰かが走ってくる音が聞こえた。

 

「あっ、レイナちゃん! ソウシ君が……―……えっ、何があったの……?」

 

 おそらくソウシが停学になったことを伝えようとしたのだろうが、それよりも号泣するレイナの姿に面食らって言葉を失う。

 

「ふっ、フジヨシっ……さんっ……!」

「わっ!? ちょっ、ちょっと!? レイナちゃん!?」

 

 オトメの姿を見つけるや否や、レイナは涙でぐしゃぐしゃの顔でオトメに抱きつき、その胸元に自分の顔を埋め、声を上げて泣きじゃくる。対して、突如抱き着かれたオトメは、どうしていいのかわからず、あたふたと両手をバタつかせる。

 

「わっ……私っ……卑怯だ……! 汚い……よぉ……!」

「えっ……?」

「私……ソウシの気持ちを知りながら……その気持ちに付け込んで……あんなこと……! ファントムのことまで出しに使って……! い、今なら……ソウシを自分のものにできるって思ってしまった……浅ましいよぉ……! こ、こんな風に……伝える筈じゃ……なかった……のにぃ……!」

 

 嗚咽交じりの声をオトメはしかと耳にし、そしてこの場所で何があったのかを悟った。尚も泣きじゃくるレイナの頭を、オトメは無言でやり場に困っていた手で優しく撫でる。そして耳元で何度も「大丈夫、大丈夫だよ」と語り続けた。

 

(ソウシ君……レイナちゃんをこんなにして……君はどこに行くの……?)

 

 オトメの視線は、今はもうそこには居ない、ソウシが歩んでいたであろう校門の方に向いていた。

 

………………

…………

……

 

 翌日、早朝4時。

 泊まっているホテルの一室でソウシはパーカーを羽織り、ベッドに腰かけて靴紐を固く結んでいた。例によって昨晩も、一睡もしていない。

 

(この街にはもう俺の居場所は無い……)

 

 クラスメイト達の奇異の目、トモヒロやレイナの眩しすぎる優しさ。それら全てが自分の存在をひどく矮小な存在へと変えていくような気がした。

 だからソウシは決心した。この街を出ると。

 たった一人、誰も探しに来ないどこか遠くの別の街に行くつもりだった。

 両足の靴紐を結び終えると立ち上がり、ウェストポーチを手に取るとそれを自分の腰に巻く。このウェストポーチの中には今、僅かなお金と残骸と化したザクファントムが入っている。現在のソウシの持ち物は、たったこれだけだ。

 制服と学習道具等もあるのだが、前者はここに置いて行くつもりだし、後者は昨日学校に置き去りにしたままだった。どの道、これからこの街を去る自分にそれらはもう必要ない。

 個室を出て、チェックアウトに向かう。ここで不審に思われたりしないだろうかとも思ったが、スタッフには「遠い親戚の家に行くため始発の列車に乗る必要がある」と嘘を伝えた。それで納得したのだろうか、特に気に留める様子もなくチェックアウトの手続きを済ませてくれた。

 

「……寒い」

 

 外に出ると、朝靄に視界が霞む。肌寒さを感じたため、パーカーのフードを被り、ポケットに両手を入れ、歩み始める。

 一歩一歩、ゆっくりと歩を進める。

 目的地などありはしない。ただひたすらに、体の向くままに、歩く。

そうして歩きながら、脳裏に考えを巡らせる。

 

 なぜ俺達は出会ってしまったのだろうか、魂を持ったガンプラ達と。

 

 なぜ失ってしまったのだろうか、かけがいのない相棒を。

 

 全てを失い、全てを捨て、自分はこれからどこに行くのだろう。

 

 そんな疑問を胸中で抱えながら、全てを失った少年は朝靄の中へと消えていった……。

 

機装女戦記ガンプラビルドマスターズ ~完~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―次回作予告―

 

ぬるま湯の平穏、甘ったれた馴れ合い、長き時に育まれた友情、芽生えかけた愛、そして絆。

 

なにもかもを捨てたソウシが堕ちた先は、また地獄だった。

 

 数多の機人が己の存在を賭けて激突する、悪徳が支配する秩序を失った闘技場(コロッセオ)

 

皮肉にも生への執着を抱いたとき、非情な戦いが両者を勝者と敗者に分かつ。

 

求め得る物はただ一つ、己の力のために。

 

ささやかな願望が、確かな渇望に変わった時、ソウシの孤独な戦いが始まる。

 

 

 

「お前……地獄ってのを見たことあるか?」

 

 

 

 光があれば、影もある。

 

 昼が終われば、夜が来る。

 

 そして目覚めるのは、闇を知り、闇を介す、永劫の執行者……。

 

【挿絵表示】

 

 

 

『機装女戦記ガンプラビルドマスターズ EVOL』、近日公開

 

 

 

今、戦いが進化する……。




約5年間書き続けたこの物語も、これにて一旦の終わりとさせていただくことにしました。
とても長い間投稿し続けましたが、ここで終わりとなることをお許しください。
しかし孤独な男の戦いは、これから始まります。
次回より新シリーズとして、このビルドマスターズも新しく生まれ変わります!乞うご期待!
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