読み進めていけばわかるんですが、なぜあのような結果になったのかはただ単純に『キリアスには生きていてほしかった』という個人的な欲望なんですよね。どんなに苦しくても辛くても、二人には幸せの未来を気づいてほしい。それが自分のわがままな願いです。
数十分後、キリトとアスナ……並行世界からやってきた二人は、この世界のキリト達の好意によって寝室に案内された。
今いるのは二人だけ、しばしの間沈黙が包み込む。
最初に話しかけたのは……アスナだった。
「どう、泣きやんだ?」
「……ああ」
「気分はどう?」
「最悪のままかな。自分が自分を憎たらしくて殺したくなるほどにな」
キリトは俯きながらそう語った。
その目には生気が宿っておらず、死んだ目をしている。
そんなキリトを見て、アスナは心配そうに見つめる。
「キリト君、自分を殺すなんて言わないで。私が悲しくなっちゃうよ」
「いや、俺は……君にとんでもないことをしてしまったんだぞ」
「……キリト君」
「―――俺はキミを傷つけた!何度も、何度も、何度も……泣いていた君を悦んで、欲望のまま辱しめた!」
あの時見た記憶は、最初にステイシアと出会ったときの事だ。
この世界へやってきて自分に接触してきた彼女を監禁。誰とも触れ合わせずに閉じ込めていた。
彼女の苦悩する顔、涙する顔、絶望する顔。それらすべてがあの時のキリトにとっては興奮していた。
二年ぶりに逢った彼女の事を無意識に求めていたのだのだろう、やがて彼女を無理やり抱いた。
彼女の身体を穢し、犯し、その欲望を満たして吐き出した。
その時の快楽は、今でも忘れなれない。
だからこそ、今となっては自分が自分を許せなかった。
「これほど自分を縊り殺したい気分は初めてだよ……剣があったら、俺は自分の首を撥ねているな」
「私は平気だよ、キリト君」
「平気なわけあるか!!俺はとりかえしのつかないことを……」
「だって、どんな姿になっても私を求める君を拒めないよ」
アスナは女神のような笑顔を向け、彼に語り掛ける。
彼女はキリトを胸元へ抱き寄せると、彼に言い聞かせるように呟く。
「私は許すよ、キミを、君のしてきたことを」
「俺は整合騎士になって、いろんな人たちを傷つけて、アスナにまで……やったのは俺だ」
「そうだとしても、君がしてきたことが罪というなら、私は一緒に背負っていきたい」
アスナは優しい声で言い聞かせるとキリトと共にベットに押し倒す。
そして横になったキリトの顔に手を添えて、満面の笑みで言った。
「そのために罰を受けるならそれでもいい。私は君と生きていたんだもの」
「アスナ……!」
「ふふ、やっぱり泣き虫さんだね君は」
「ごめん……ありがとう」
キリトは泣きそうな声でそう言うと、顔を上げてアスナの顔へ近づく。
そして、重なり合う唇と唇。
暫しの間、寝室には水音が艶めかしく響く。
二人は名残惜しそうに顔を離すと、キリトがアスナの上にのしかかり、彼女に尋ねる。
「……アスナ」
「うん、いいよ。ああでも、今度は優しくしてね?」
アスナは女神のような笑みでキリトにそう返した。
キリトは涙を流しながら、嬉しそうな笑みを浮かべて彼女へと身体をゆだねた。
~~~~~
「……やれやれ、どっちもお前さんも若いな」
「なんのことだよ、カーディナル」
「なあに、年寄りのたわごとだ。気にするな」
森の家の庭にて、キリトとカーディナルは立っていた。
今現在、アスナ達四人は買い物に出かけており、ここにいるのは庭にいる二人だけだ。
悪戯っぽい笑みをキリトへ向けていたカーディナルの顔は、真剣な表情に変わる。
「キリトや、お前に話しておくことがある」
「なんだよ、急に」
「そうだな、こう言えばいいだろうか……こちら側のキリトの記憶を取り戻し、監禁されていたステイシアのアスナを助けた者についてだ」
「なに……つまり、他に仲間がいたのか?」
キリトはカーディナルの言葉を聞き返す。
彼女は一旦口を閉じた後、少しの間逡巡したのちにキリトにこう告げた。
「なんて言えばいいのかの、その者はアスナを助けた後、共にアドミニストレータと対峙して、あろうことかこちら側のキリトの記憶を奪取してみせたのだ」
カーディナルの語った経緯はこうだ。
……ステイシアのアスナが整合騎士のキリト・シンセシス・サーティスリーに捕まった少しした後、カーディナルの前に『来訪者』がやってきた。
漆黒のローブ身に纏った『彼』は、正面突破で向かってくる整合騎士をいともたやすく倒し、ステイシアのアスナを助け出した。
そして33番目の整合騎士キリト、32番目の整合騎士、30番目の整合騎士を相手に互角の戦いを繰り広げ、あのアドミニストレータから厳重に保管されている整合騎士のキリトの記憶を夜空の剣を奪取した。
キリトの記憶を夜空の剣に封じ込めてステイシアのアスナに託すと、自分は彼女の逃げるための時間稼ぎとしてその場に残った。
キリトは驚いた。
人界の守護者ともいうべき整合騎士を退けた来訪者とは何者なのか……。
口元に手を載せて、キリトはその者の正体を考える。
「信じられないな、一体誰なんだ。そいつは」
「あ奴はアドミニストレータに対して自分の事をこう言っていた、『アンダーワールドのの守護者』だと」
「アンダーワールドの守護者、だと?」
キリトはカーディナルの言った『アンダーワールドの守護者』について、何か引っかかった。
『ソレ』は自分が最もよく知る人物ではないか……?
アンダーワールドを愛し、そこに生きる彼らのために戦った誰か……。
夜空の剣にもう一人のキリトの記憶を封じ込めるなんて芸当、誰もできるはずがない。
―――そしてキリトが脳裏に思い浮かんだのは、夜空の剣を構えて最高司祭を相手取る、漆黒のローブを纏った一人の剣士の光景
―――怒り狂う最高司祭を前にその剣士は不敵な笑みを向けて、立ち向かうその姿……。
何故その男が実在するのかさえ、キリト自身にとっては考えてもわからなかった。
だが、そいつが何故整合騎士のキリトとステイシアのアスナを助けた動機については何となくだが察しが付いた。
『アンダーワールドの未来のために』、何故だかそう納得することができた。
キリトは自分の中でそう結論付けると、カーディナルに尋ねた。
「これからどうするんだ?カーディナル」
「そうじゃな、ワシ等の世界のキリトとアスナを連れて、元居たアンダーワールドへ戻るつもりじゃ。あそこの問題はまだ山積みだからの」
「そっか……短い間だったのに寂しくなるな」
「何を言うか。ワシ等はこの世界にとっての異物じゃ。滞在なんてすれば何が起こるかわからんぞ」
キリトの言葉に怒りの言葉を口にするカーディナル。
いつぞやかあったやりとりを懐かしみながら、二人の会話は輪を弾ませていった。
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数十分後。
買い物を終えたアスナ達四人が帰ってきた。
彼女達が戻ってきた時には、もう一人のキリトとアスナは寄り添いあっていた。
互いに手を絡ませ合い、二度と離さないようにしっかりと握っている。
安堵した表情を浮かべながらキリトがもう一人のキリトと向き合う。
「……どうやら、ちゃんと戻れたようだな」
「ああ、……取り戻さなくちゃいけないものはあるが、今は大丈夫だ」
キリトの質問に、もう一人のキリトは口元を笑みを浮かばせて答えた。
この世界のキリトと変わらない笑顔に、内心ほっとするアスナ。
(よかった、こっちのキリト君と同じいつも通りの君に戻ったんだね)
「カーディナル、頼む。戻してくれ、俺の大切な記憶を」
「わかった。ちと手順がいるがな」
もう一人のキリトの頼みを聞き入れたカーディナルはキリトに視線を向ける。
キリトは手元に持った夜空の剣を構えると、念じる様に両手で握りしめる。
すると、剣の刀身から光の結晶体のようなものがでてきた。
黒色に光りを照らすそれは、まるで夜空のような色合いをしていた。
これがもう一人のキリトの記憶だと誰しもが思った。
記憶の結晶というべきそれは、宙に浮かんでもう一人のキリトの身体へ吸い込まれるかのように溶けて消えていった。
「……」
「……キリト君」
アスナに名前を呼ばれ、もう一人のキリトは苦痛の表情を浮かべる。
自身の名前が呼ばれて頭痛が走り、自分の中に何かの記憶が流れていく。
初めてであった時のローブをかぶった君。
第1回のボス攻略の際、素顔を見せた君。
死を覚悟して74層のボスを倒した後、心配そうに顔を覗かせる君。
自分の気持ちを伝えた時、共に生きることを誓った君。
結婚を申し込んだ時、嬉しそうに涙を流した君。
その後も、彼女との思い出が流れ込んでいく。
あまりの膨大な量の思い出がもう一人のキリトへと流れ込んでいき、その場で蹲る。
その苦しそうな様子を見ていたアスナ達は駆け寄ろうとするが、キリトが手を出して止める。
「悪い、みんな。手を出さないでやってくれ」
「お兄ちゃん……」
「キリト……」
「分かってるんだよね?キリト君は……もう一人のキリト君が何を思い出している事を」
「まあな……だって、俺だもんな」
一人何を考えているかわかった顔をしているアスナの質問に、キリトは笑顔で返した。
やがて、もう一人のキリトは再び立ち上がると、手を握っていたアスナに顔を向ける。
キリトのその顔を見たアスナは、笑顔でこう返した。
「ただいま、アスナ」
「おかえり、キリト君」
ようやく再会を遂げた最愛の二人。
何処か遠く、その様子を漆黒のローブを纏った者が口元に笑みを浮かばせながら見ていた。
SWORD&SOUL -VS 33- Fin