1話「妖精の尻尾」
▼三人称
ここはマグノリア。
イシュガル大陸西端に位置する永世中立国フィオーレ王国の東の端にある魔法も盛んな商業都市である。街の中心部にはフィオーレ王国三大教会の1つに数えられるカルディア大聖堂があるが、「この街の名物は?」と問われれば多くの人がこちらの名前を口にするだろう。
『
マグノリア唯一の魔導士ギルドである。
彼らの生き様は多くのマグノリア住民を魅了し、街の象徴としての有り様を確固たるものとしていた。
しかし、強すぎる光とは、時としてその眩しさ故に眉を顰めさせるものでもある。
「グレイ……密輸組織を検挙したまではいいが、そのあとは街を全裸で徘徊、挙句の果てには干してあった下着を盗んで逃走」
建物2階の手すりの上に立った背丈の小さい老人が言う。それに対し、名指しされた黒髪の男は恥ずかしそうに「裸はまずいと思ったんだよ……」と的外れな弁解をしている。
「エルフマン!貴様は要人護衛のクエストを受けておきながら、その護衛対象に暴行」
「カナは経費と偽って大樽を15個も呑み干しおった。それも請求先は評議会」
「ロキ……評議員の娘に手を出し、他にもタレント事務所から損害賠償の要求がきておる」
元々小さかった老人の背丈は、まさに意気消沈といった様子で更に縮こまっていく。
「そしてナツ……」
ついには体の力が抜けきり、完全に下を向いてしまう。
「盗賊一家を壊滅させるも民家7軒も倒壊。チューリイの時計台にフリージアの教会、ルピナス城、ナズナ渓谷観測所、つい先ほどはハルジオンの港まで、どれもこれもブチ壊しおった」
アルザック、レビィ、リーダス、ウォーレン、ビスカ…と次々と名前を挙げていく老人に、呼ばれた面々はバツの悪そうな顔を晒していく。
「貴様らァ、ワシは評議員に怒られてばかりじゃぞ……苦情が入らんのなど、トウヤくらいのものじゃわい!」
小さな体には似つかわしくないような膨大な魔力が老人から渦巻き、それを見ていた金髪の少女は、今にも爆発するか、と身を強張らせる。
しかし、その魔力の発散は少女の想像より些か小規模な形で具現する事となった。
「だが」という言葉と共に、手に持った紙の束――おそらくギルド宛の苦情が山のように羅列されているモノ――を、老人が発火させたのである。
老人はその紙束を無造作に下階に投げ捨てる。その先にいた桜色の髪の青年は、あろうことか紙についた炎ごと喰らってしまった。
「評議員などクソくらえじゃ」と続けた老人が、自らの子どもたちへと、更に言葉を紡いでいく。
「理を超える力は、全て理の中から生まれる。魔法は奇跡の力なんかではない。我々の内にある気の流れと、自然界に流れる気の波長があわさり、はじめて具現化されるのじゃ。それは精神力と集中力を使う……いや、己が魂の全てを注ぎ込む事が魔法なのじゃ。上から覗いてる目ン玉を気にしてたら魔道は進めん。評議員のバカどもを恐れるな」
にやりと口許を歪めた老人――魔導士ギルド『妖精の尻尾』マスター、マカロフ・ドレアーは、その小さな両腕を大きく広げた。まるで、子どもたちを抱擁するかのように。
「自分の信じた道を進めェい!! それが
その場にいた全員の歓声が轟く。
みな一様に笑っている。
その様子を見ていた金髪の少女――ルーシィ・ハートフィリアは、とんでもないところに来てしまったと思いつつも、これから始まる己の冒険譚を夢見て、これから
▼ルーシィ視点
「ここでいいのね?」
あたしの右手の甲を見て、カウンターの向こうから憧れのミラジェーン・ストラウスさんが問いかけてくる。
ギルドに所属する魔導士は、その証として体のどこかにギルドの紋章をかたどった魔法のスタンプを押してもらう事になる。
もし『妖精の尻尾』に入れたら、紋章の位置は手の甲にするって早い段階から決めてたんだ。決めてた、というより妄想してただけなんだけどね。手の甲なら、文字を書くときも、ご飯を食べる時も、あたしの魔法――星霊魔法の鍵を使う時だって目に入る。その度に憧れのギルドに入れたんだ、仲間の証あるんだって温かい気持ちになれると思ったから。
「見てみて、ナツ!ギルドのマーク入れてもらっちゃったぁ!!」
あたしがその事を報告したのはナツ・ドラグニル。桜色の髪の青年で、ハルジオンの港町では人身売買をする悪い魔導士から、結果的にとはいえ助けてくれた。その上、この『妖精の尻尾』に入れるようにと、ここに連れてきてくれた大恩人でもある……
「おう、よかったなルイージ」
んだけど、本人は食事に夢中で、あたしの事なんてどうでもいいみたい。名前、間違えられてるし。
「でも本当に不思議よね、炎が食べられるなんて」
ナツはとっても強い。あたしを悪の魔導士の手から助け出せるくらいには。
その強さの理由でもある魔法、それが滅竜魔法だ。店売りの魔法じゃ絶対に出せないような破壊力を持つ強力な古代魔法らしいんだけど、それがもうメチャクチャなものだった。
強さは勿論だけど、それより何より火を食べられるというのだ。現に今も燃え盛るパスタにチキン、ドリンクなんかをガツガツと食らっている。
「あはは、私はもう見慣れちゃった。それに、
「えぇ!?あんな化け物がまだ他にもいるの!?」
綺麗な白髪をかき上げたミラさんがサラリと出した言葉にあたしは驚愕を隠せなかった。
「ふふ、もう一人の食事はもっと凄いのよ。なんせ――ってあら、噂をすれば、ね」
なんせ、何なんだろう……?
そんな風に疑問に思っていると、あたしの隣の席に同年代くらいの男の子が座ってきた。
白を基調とした動きやすそうな服の上に大きな黒い羽織を纏っている。袖口が大きく、余った部分が下に垂れ下がっている。ああいう衣装の事を極東風って言うんだったかしら。
髪はボサッとした灰色で、目つきは鋭く、表情も薄い。
顔の作りは悪くないのに、酷く不愛想なせいで格好よさより威圧感を先に覚えてしまう。その触れれば斬れそうな雰囲気は、衣装も相まって「剣豪」といった感じだ。
「ん……」
青年はミラさんの方を見ながら、わずかに声を漏らす。それだけなのにミラさんは「今日はいいのが入ってるわよ」と、ドリンクの用意をしだした。
「えっ、まさかさっきのって注文なの!?」
「!」
すると、青年はあたしの声に反応したように体をビクッと震わせ、こちらを一瞥する。
「ミラ……」
「えぇ、この娘は新人さんなの、ルーシィっていうのよ」
さっきまでの話の流れからして、この人も『妖精の尻尾』の1人で、しかも滅竜魔導士なんだろう。よく見れば、うなじの部分に灰色の紋章が押されているし。
それにしてもミラさんはどうやって会話を成立させてるのかしら……
いけない!そんなことよりまずは挨拶しなくちゃ!
「初めまして、今日から
「……トウヤ・グレイス。よろしく」
それだけ言うと、トウヤはまた視線を前に戻して、ミラさんの用意したドリンクをちびちびと呷り始める。
やっぱりこのギルドのメンバーはひと癖もふた癖もある面子ばっかりみたい。こんなのであたし、この先やっていけるのかしら……
あたしが今後のことを少々不安に思っていると、こちらの方に羽根の生えたネコが飛んでくるのが見えた。ハッピーかとも思ったが、毛の色が異なっており、薄い桃色であり、白色のワンピースを着ている。
ここ最近で2匹も見てるって事は、あたしが知らなかっただけで、2足歩行で喋るネコというのは思いのほか一般的なのかもしれない。いや、ないわね。
「こら、トウヤ!しっかり自己紹介してください!全く……」
「アルマ……」
ネコの癖に母親みたいな口ぶりでトウヤを叱った彼女――どうやらアルマというらしい――は、あたしの方を向いて「ごめんなさいね」と謝ってくる。
「この子、もの凄く口下手なんです。頭の中では色々と考えてるみたいなんですが、それをうまく表現できないみたいで………それで、ルーシィさん、といいましたか?」
「うん。でも、ルーシィでいいわよ」
「そうですか、ならルーシィ。私はアルマです。まあトウヤのお目付け役というか、世話係みたいなものをしています」
「アルマったら凄いのよ、こんな小さいネコちゃんなのに家事がとっても得意なの」
「ミラには負けますよ。それに玉ねぎは調理できないし」
なんだかとんでもないネコちゃんね……
少なくともハッピーよりは頼りになりそう。
「ん」
「あら、ありがとうございます。あんまり褒めても何も出ませんよ?」
あ、この子もトウヤの言いたい事が分かるんだ……
「そんな事より、ルーシィ。トウヤの事なんですが、私かミラを挟めば会話できるから、そんなに不安にならないでくださいね。あと最近はカナも分かるようになってきたかしら」
「あら、レビィもなんとなくなら分かってきてるのよ?」
「分かったわ、アルマかミラか、カナ、レビィに通訳を頼めばいいのね」
同じ言葉を話してるのに通訳が必要ってどうなのかしら、とかツッコんじゃダメなのかしら。
「それでその、トウヤはこんな感じだけど、ホントは優しい子なんですよ?誤解しないであげてくださいね?まぁ、本来なら、誤解されずにすむようにトウヤの口下手を矯正するのが一番なんですが……」
無理だったのね。
「そうだルーシィ、さっきマスターがウチに来た苦情を読み上げてたでしょう?その時に『苦情がなかったのはトウヤくらいだ』―って言ってたじゃない?」
ミラさんの補足に「そういえば」と納得する。
「だから、って言うと他のメンバーが危ないみたいになっちゃうけど、トウヤは寧ろウチの中では一番大人しい方なの」
「同じ滅竜魔導士でもナツとはえらい違いなのね……」
「だから怖がらないで――って普段なら言うんですが、その様子なら問題なさそうですね」
少し不思議そうな顔で言ってくるアルマだが、不思議なのはこちらも一緒だ。
「え?なんで怖がるの?確かに、何を言いたいのかはあたしには全然分かんないし、顔も無表情だけど」
でもそれだけじゃない。
「ナツやミラさん、アルマや他の皆と同じ“目”をしてるもの。仲間を大切にする、そんな人の“目”。だから怖くなんかないわ」
「!」
その言葉を聞いたミラさんとアルマは目を合わせて「ふふっ」と笑った。
自分が話題の中心の癖に会話に入ってこなかった当の本人はあたしの方を向いて、目を見開いている。
「あ!今のはあたしでも分かった、驚いてるんでしょ!」
心なしか「してやられた」という表情に見えなくもないトウヤを放って、あたしたち3人の笑い声が辺りに響くのだった。
▼トウヤ視点
「あ!今のはあたしでも分かった、驚いてるんでしょ!」
あ~、ルーシィちゃんは天使かな???
新入りに挨拶する度に最初は怖がられちまうし、何なら今でも若干ビビってる人もいる中でこの天使加減ですよ。さっき街ですれ違った子どもに泣かれてできた心の傷が癒えていくんじゃあ~。
「改めて、これからよろしくね」なんて言って握手まで求めてきてくれるし……
性格もいい子で、見た目もめちゃんこ可愛い上に、ハートフィリアってあれだろ?財閥だろ?流石に本家のお嬢様が魔導士ギルドには来ないだろうけど、親戚筋でも良家のお嬢には間違いないもんなぁ。とんでもない新人が来たもんだ。
心配なのはナツが連れてきたって事だよなぁ。
いや、ナツは強いし、いい奴なのも間違いないんだが、ちょっと、ちょ~とだけおバカさんだからな……巻き込まれて大変な目に遭うんだろうな、と思うと今から可哀想である。
「ふふ、よかったわね、トウヤ」
そう言ってミラが微笑みかけてくる。よく見ればアルマもニヤニヤしている。
全く、まっっったくこのオカンコンビは……
世話焼きにも程があるだろうに。だがまぁこの2人がいないとちゃんとした生活は送れねぇもんな。感謝しねぇと。
今回の事も純粋に俺とルーシィの関係を心配しての事だったんだろうし、少しの恥ずかしさには目を瞑っておこう。
「まぁ、うん」
と、玉虫色の返答をしていると依頼板(リクエストボード)の方で轟音が響いた。
どうやらナツがボードを壊して出ていったようだ。
ただキレたにしてはすげェ顔してたけど、何があったんだろうか。
「アイツ…マカオを助けに行く気だぜ」「これだからガキはよぉ……」
といった声が聞こえてくる。
マカオがどうかしたんだろうか。
そう言われて嗅覚に集中してみると、ギルドの外にマカオの息子であるロメオの匂いがある。それも泣きべそかいてる奴特有の匂いだ。
事情を探りにいったアルマが帰ってくる。
「どうやら、ハコベ山まで魔物退治に出たマカオが1週間帰ってきてないらしいです」
なるほど、そりゃあ心配だな。
それにしても、父親が子どもを置いて帰ってこない……か。
まぁナツがああなっちまうのも無理はねえな。
「ど、どうしちゃったの、アイツ…急に……」
「ナツもロメオくんと同じだからね……自分とだぶっちゃったのかもね」
ミラの顔が沈んでいく。
きっとミラも自分の“傷”に思いを巡らせているのだろう。
こちらをチラッと見てくるので、頷き返す。
ルーシィなら話しても構わないだろう。
「ナツのお父さん…トウヤのお父さんもそうだけど、出ていったきりまだ帰ってきてないのよ。て言っても育ての親なんだけどね」
「それもドラゴンだそうです」
アルマの言葉にルーシィは椅子から転げ落ちてしまう。
そりゃ、ドラゴンに育てられたなんて聞いたらビックリするわな。
「小さい時…森で拾われた。……言葉、文化、そして魔法……色んな事を教えてもらった」
俺は右手を開いて視線を注ぐ。
そう、この滅竜魔法は父さん――セルバルドから授かった絆の証なのだ。
「でも、ある日そのドラゴンたちは突然姿を消したの」
「そっか…ナツがハルジオンで探してた
父さん……どこ行っちまったんだよ、ホントに。
そんな俺を横目で見ながら、ミラは神妙に「私たちは……」と言葉を続ける。
その様子は酷く儚いものに見えてしまった。
「
ミラ……
まだあの事を……いや、そりゃそうだよな。当事者じゃなかった、いや当事者になれなかった俺ですら、完全に吹っ切れたとは言えないんだ。ミラやエルフマンが平気な訳ない。
4人して黙り込んでしまう。
新入りのルーシィですら「何かを抱えている」という言葉に心当たりがあったようだ。
しかし、その沈黙も長くは続かなかった。
「……よし、あたしも行ってくる!」
辛気臭い雰囲気を蹴散らすように気合を入れたルーシィが立ち上がり、ギルドを出ていき、ナツを追いかけて行ってしまう。
ミラやアルマは呆気にとられたと思うと少し笑って「案外いいコンビなのかもね、あの二人」などと言っている。
一頻り笑った後、アルマは俺の方に視線を向け、「それで?」と聞いてくる。
「トウヤは行かないの?心配なんでしょ?」
アルマの言葉を引き継いでミラもこちらに問いかけてくる。
そりゃ心配さ。
心配だが……
「ナツが行った」
だから大丈夫さ。
――数日後、いつも通りの『妖精の尻尾』に、ロメオの笑い声が響いていた。