斬魔の妖精   作:ベジタブル

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13話「楽園ゲーム」

▼三人称視点

 

『ようこそみなさん、オレはこの塔の支配者、ジェラール……互いの駒は揃った。そろそろ始めようじゃないか……楽園ゲームを』

 

怪しげな男の声が、塔中に生えた大きな口から響く。

悪趣味な放送の演出やゲームという真剣みの欠けた言葉に、あくまで余裕を崩さない態度、それを聞く『妖精の尻尾』プラスアルファの面々は不気味さを覚える。

 

『ルールは簡単。オレはエルザを生贄とし、ゼレフ復活の儀を行いたい……つまりは楽園への扉が開けばオレの勝ちだ。そして、それを阻止できればそちらの勝ち』

 

ここまでは今のところ全員が共通する認識だ。

……エルザの回想を聞いていないナツとハッピーだけは「生贄ェ!?」と声を荒げているが。

 

『こちらは3人の戦士を配置しておいた……つまりは3対7のバトルロワイアルだ。それを突破せねば俺に辿り着く事はできない』

 

3人の戦士という言葉に少し動揺するシモン。

この塔にいる魔導士はジェラール、自分、ショウ、ウォーリー、ミリアーナと『妖精の尻尾』の面々だけだと考えていたからだ。

説得の余地があるウォーリー、ミリアーナとは違い、その3人は完全なジェラールの味方なのだろう。上手くいけばジェラールまでの道を総スルーできるかもしれないと考えていたシモンは、自分の想定の甘さを痛感していた。この分では、自分がジェラールに騙されたフリをして隙を伺っていた事も恐らくバレていて、その上で泳がされていたのだろう、とシモンは思う。

しかし、それはシモンにとって、やはりそうだったか、という程度の事実でしかない。彼にとって自分という存在は、泳がせて楽しめる程度の些細な障害だったのだろう、というのは想像に余りある。彼の底知れなさを知るシモンならではの感想だった。

しかし、この後、シモンの想定を遥かに超えた発言が、ジェラールの口から飛び出す事となる。

 

『だが、それだけでは緊張感が足りないだろう?だからゲームオーバーを用意しておいた、双方にとってのな……少し前、この塔の存在を評議院の老人どもに露見させた。従って、この地に衛星魔法陣(サテライトスクエア)による攻撃が行われる可能性がある……つまりは()()()()()()だ』

 

放送を聞いていた全ての人間に戦慄が走る。

超絶時空破壊魔法、エーテリオン。

宇宙に設置された巨大な魔法陣――衛星魔法陣(サテライトスクエア)から、様々な属性を混合させた莫大な魔力塊を投下する大魔法だ。爆心地のあらゆる物を破壊せしめる、魔法評議院が保有する切り札的な魔法である。その威力は一撃で国を亡ぼすとも称され、この楽園の塔がある島程度なら、周囲の海ごと蒸発させることが可能だろう。

当然、そのような大威力の魔法はそうポンポンと撃てるものではない。技術的には、射出が決まってから、多数の優秀な魔導士による準備作業が数十分と必要になるような代物である上、そもそも射出決定にはお堅い評議員連中9人の内、過半数の5人が賛同する必要がある。

が、そのような事はエルザ達にとって何の慰めにもならなかった。

ジェラールは先ほど塔の存在を露見()()()と言い放った。ゲームオーバーを本気で用意しようと言うならば、蘇生させようとしている対象が、かの黒魔導士ゼレフである事さえ評議院にバレているだろう。ただでさえ危険視される死者蘇生の黒魔法、それも復活するのが魔法界史上最も凶悪な魔導士とされるゼレフともなれば、事の重大さは尋常ではない。エーテリオン投下が認められてもなんらおかしな部分はないだろう。

 

『エーテリオンが落ちる事、それは即ち全員の死を意味する。勝者なきゲームオーバーだ…さて、タイムリミットまで、あと如何ほどか……』

 

 

そして実際、ここから遠く離れた魔法評議会会場ERAでは、今まさにエーテリオン攻撃議案の決が採られようとしていた。

これは、評議院が誇る若き俊英、最年少評議員にして聖十大魔道(せいてんだいまどう)の一角であるジークレインが発議したものであった。

ジークレインが言うには、自分はジェラールの生き別れの兄であり、その事から常々彼の調査を行っていたそうだ。悪事を働こうとしている事や、どこかに黒魔術に関する施設を建築しているというところまでは探れたが、その先が分からなかった。しかし、つい先ほど、さる情報筋から、楽園の塔の場所、そして真の目的――ゼレフ復活を知った、というのだ。

他の評議員たちは、当初からジークレインに賛同していたウルティア・ミルコビッチという女性を除いて、発議の段階ではエーテリオンに難色を示していたが、ジークレインの告白、そしてゼレフ復活という言葉を聞いて考えを改める。

結局、最終的な票数は賛成8、反対1。最後まで反対したのは、エーテリオンによって数多の命が失われるであろう事に重きを置いたヤジマのみであった。

 

 

こうして実際に投下準備に入ったエーテリオンだが、この事実を知らずとも、「エーテリオンが落ちるかもしれない」という可能性だけで塔内部の人間の緊張は半端なものではなかった。

そんな心情など知らぬとばかりに、愉しげ気なジェラールが声を発する。

 

『さぁ、楽しもう』

 

 

▽ ▽ ▽

 

この放送に酷く心を揺さぶられたものが何人か。

その1人が先ほどまでナツと交戦し、真の自由が欲しいと口にしていたウォーリーだ。

 

「なんだよジェラール…エーテリオンってよう……」

 

実はエーテリオンがどんなものか分かっていないナツだが、ウォーリーの狼狽えきったその姿に思わず静かになってしまう。

 

「そんなの食らったらみんな死んじまうんだゼ…?何を考えてるのか分かんねぇよ、ジェラール……オレたちはただ…真の自由が欲しいだけじゃなかったのか……?」

 

自由、自由と言うウォーリー。

この塔でこれまで何が起きたのか、今何が起きているのか、そしてこの後何が起こるのか、何も分かっていないナツでも、自分の事なら分かる。

 

「なぁ、四角」

 

それまで地面に向かって気持ちを吐露していただけだったウォーリーが顔を上げる。

その表情はハードボイルドとは程遠い、今にも泣き崩れそうなものだった。

このまま気を失ってしまえば、泣き崩れるだけでは足りない。きっとこの8年、文字通りに積み上げてきたモノまでもが崩れてしまう。それを直感的に理解しているのだろう、その感覚だけで彼は気を失わずにいた。

 

「真の自由ってのが何なのか知らねーけど、支配なんていらねーんじゃねーか?だって支配(そんなの)なくても妖精の尻尾(オレたち)は自由だぞ」

 

ウォーリーの視線はナツの右肩に刻まれた妖精の紋章に吸い込まれる。

これが、今エルザが居るギルド(ばしょ)か、と何か納得したような気持ちになった。

8年の間に積み重なった塔が崩れ、更地になったとしても、それでウォーリーの人生(ものがたり)が終わる訳ではない。

寧ろ塔を支える為に硬くしてきた地盤が残っている。そこに何を築くのか、次に目覚めた時には()()に決められるようになっているのだろう。

そう考えながら目を閉じる。

――オレの運命は火竜(オマエ)と出会った時に始まったのかもナ

くしくも、決め台詞としていた言葉と真逆の思いを抱きながら、安心して一時の眠りに落ちた。

 

 

▽ ▽ ▽

 

そして、ジェラールの放送に心を揺さぶられてしまった者はここにも。

 

――何がゲームだ……!どれだけ俺たちを弄べば気が済むんだ!?

 

強い信頼……いや、ここでは依存だろうか。兎も角、それらは時として強い憎しみへと反転する事がある。

 

「ジェラール……!」

 

今のショウはまさにソレだった。

怒りに体は震え、何もかも受け入れられないと言うように荒く息を吐く。

エルザを裏切者に仕立て上げ、自分たちを騙して8年もの時間を奪った。

何も知らなかったショウ達の手で、エルザを生贄に捧げさせようとした。

今度はここにいる全員の命を懸けたゲームをしようなどと抜かす。

許してはおけぬ、生かしてはおけぬ。

チラと、横でジェラールの言葉に驚いているエルザを見る。

――強くて、綺麗で、優しくて、姿を見せずともオレたちを守ってくれていた姉さん……

と、ジェラールの抜けた穴にスッポリとエルザを納めてしまうショウ。

エルザへの強い固執と、ジェラールへの憎悪は彼に、ある決意を抱かせた。

すっと、未だに呆然としているエルザの方へ手を伸ばす。

バフ、という音が鳴って、エルザがショウの魔法によってカードの中に納められてしまった。

これはカジノで使った多人数を対象としたものではなく、外界との分離を完璧にするためのプロテクトをかけた完全版の封印だ。いくらエルザと言えども、内側からこの封印を解くことはできない。当然の事だが、エルザを守るための結界である以上、外側からの攻撃にも強く、内側のエルザが傷つけられる事は万が一にもないだろう。

 

「姉さんは俺が守る…誰にも指1本触れさせない……そしてジェラールはこの俺が倒す!!」

 

そう言って1人駆け出してしまう。

その場に残された面々は、あまりにも予想外のその行動に面食らい、驚きの声は出せども、一瞬ばかり動けなくなる。

まず復活したのはシモン。

 

「よせ!1人じゃ無理だ!!」

 

その次がグレイだった。

ショウを追おうとするシモンを引き留め、自分が追うと提案したのだ。

 

「ナツはネコ女の部屋にいるんだろ!?そこを知ってるのはお前だけだ!だからソッチ行け!」

 

駆けながら自分の考えを話すグレイ。

ハッピーを探しに行くと分かれたナツの居場所は、おそらくミリアーナの部屋だろうというのが一同の予想であり、ジェラールの放送を聞いたのも、そこへ向かう道中だったのだ。

シモンはハッピーがミリアーナの部屋に連れて行かれたのを知っていたし、『妖精の尻尾』の面子はナツの鼻の良さを知っていた。そこから導きだされた結論だが、それならばとミリアーナの部屋を知るシモンが案内を買って出ていたのである。

 

「わ、わかった……エルザを頼んだぞ!」

 

本当はシモン自身でエルザとショウの2人を追いたいのだが、グレイの勢いに負け、そう声を出すにとどめてしまう。

 

「ったりめぇだ!」

 

グレイは遠くの方で、顔だけこちらに向けて、そう叫んだ。

シモンもその表情を見て、この男なら任せられると、自分のやるべき事に集中する事とする。

 

「お前たちは念のため、この塔をくまなく探しておいてくれ。俺はミリアーナの部屋まで行ってくる!時間がない、よろしく頼むぞ!」

 

それだけ言い残すと、今度はシモンも駆け出してしまう。

 

「ちょっと!!女のコだけ残してく気!?」

 

ルーシィがそうツッコミを入れるが、聞く耳持たない。

「ったく、男子連中ったら……」とひとりごちてから、ジュビアの方を見る。

 

「仕方ありません、ここからは2人で行動しましょう……ジュビアとしては、グレイ様ではなく、恋敵と一緒というのが若干気に食わないけど」

 

「いや、恋敵じゃないし……あたしが好きなのは……」

 

そう言って少しモジモジとするルーシィ。

しかし、ジュビアはその様子に気づかない。

 

「何ですか?グレイ様に魅力がないと!?」

 

「え、いやそういう事じゃなくて……」

 

「じゃあやっぱり恋敵なのね!?」

 

「えぇ…私にどうしろと……?」

 

2人残された女性陣がくっちゃべりながら歩きだす。

その道の先に、ジェラールが配置したという戦士の1人がいるとも知らず……

 

 

 

 

▼トウヤ視点

 

俺とアルマの2人は今現在も、必死の思いをして海を渡っているところだ。

いい加減疲れも出てくるが、エルザのためならエンヤコラ。

幸いにも、塔は大分近づいてきている。最初はアルマに上空まで行って確認してもらっていたが、今では泳ぎながらでも確認できる。

 

「そろそろ私が運びますよ、トウヤ」

 

「……頼む」

 

情けないが、俺が泳ぐよりもアルマに運んでもらう方が格段に速い。

泳ぎが苦手という訳ではないし、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の身体能力を使って、常人の何倍ものスピードで泳げるという自信もあるが、流石に空飛ぶ猫と比べられると雲泥の差となってしまう。

滅魚魔導士(フィッシュスレイヤー)などが居れば速く泳げるのだろうか……

ん?それ漁師じゃね?

……くだらない事を考えていた俺だが、塔の見える方から、何か光が出ているのが見えては流石に思考を引き締める他ない。

海の上の塔、光とくれば思いつくのは灯台のような航路標識だが、ジェラールだって、まさか敵を招き入れるような親切をかます男ではあるまい。

とくれば、俺ではなく、何か別の船が来ているか、全く別の何かか……

そもそも、夕暮れ時に差し掛かっているとはいえ、まださほど暗くないのだから、標識とは考えにくいか。

だとすればあれは何の光……

って、なんかあれ、大きくなってないか?

んん?大きくっていうか、こっちに来てる……?

その事に気づいてじっと見つめ、耳も澄ませてみると、キィィィンというジェットエンジンのような音も聞こえてくる。

どんどんその光が近づいてきて――止まる様子がない!?

このままじゃぶつかるぞ!?というところまで迫ってきた時点で、その光の正体が、背負ったロケットで空を翔ける巨体の人間である事に気づいた。

ん?人間?フクロウ?え、何あれは……!?

兎も角、フクロウの被り物をした大男がこちらに突っ込んでくる――!!

 

「曲がります!!」

 

敵の初撃に気づいてくれたアルマが、グイッと右に曲がる事で、正面から突っ込んできていたフクロウ男を、寸でのところで回避する事に成功した。

 

「我が一撃を躱してみせるとは、やるな……悪党よ」

 

あ、悪党?

いや、そりゃまぁ正義の味方を目指した覚えもないが。

 

「貴様らの悪名は聞いているぞ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)。至るところで破壊の限りを尽くす極悪集団め!」

 

うーん否定しきれない……

とはいえ、俺はそうでもないはずなんだが。

 

「そして貴様は、我らがギルド、髑髏会の構成員を数多く打倒してきた巨悪!この正義(ジャスティス)戦士、(フクロウ)が裁きを下す!」

 

意外と真っ当な報復だったーー!?

い、いやいや、そんなことはない!

髑髏会といえば暗殺依頼を主として活動する闇ギルドだ。その構成員が正規ギルドの人間に倒されるとあっては、普通に自業自得だろうよ!?

なんにせよ、巨悪呼ばわりされる筋合いはねぇ!!

まぁ悪だろうが正義だろうが、俺達の敵である事には変わりない。

それに、梟といえば――

 

三羽鴉(トリニティレイブン)と呼ばれる、髑髏会トップグループの1人ですね……以前闘った団員たちと同じように考えてはいけないでしょう」

 

そう、危険な相手だ。

確か、どこかで行われた戦争で、片側に雇われて、敵方の将校全員をたった3人で暗殺したとかなんとか……

でも、そのロケットエンジンでどうやって暗殺するんだろう?

皆殺しとかの方が似合うと思うんだが。

まぁ、それは定かではないが、逆に言えば、夜闇に紛れてコソコソと人を殺すような集団とは違って、正面切って闘っても強いという事なのだろう。

ここは海上、必然的に空中戦となる訳だが、つけ入る隙があるとすれば、飛行能力の性質の違いだ。先ほどの突進を思い返せば、確かにトップスピードではアルマの方が劣るが、翻って小回りや停空飛翔には分があると言える。

フクロウマスクなんぞ被って我が物顔で空を飛びやがって、空を統べる存在が何なのか教えてやるよ!

 

……あれ?

自力で飛んでる訳じゃないから、ドラゴンじゃなくて猫が空を統べる事にならないか、コレ……?

 

 

 

 

▼三人称視点

 

トウヤが空中戦を開始しようとしていた頃、グレイは徐々にショウとの距離を詰めていっていた。

何度後ろから呼びかけても反応はなく、無理やり止めようにも、あとちょっとというところで手が届かない。痺れを切らしたグレイは両手を組合せ、魔法を発動させた。

すると、みるみる内にショウの眼前に巨大な氷壁が出現する。突然現れた壁に対処しきれなかったショウは、顔面から激突してしまった。

明らかに正気でない顔で振り返って、グレイを睨みつけるショウ。

 

「用があるのはジェラールだけだ!邪魔をするならまずはお前からやってやるぞ!!」

 

「一旦落ち着け馬鹿野郎!!……そんな明らかに冷静じゃない状態で闘ったところで、ジェラールに手玉に取られるだけだぞ!そうやって騙されてきたんだろうが!!」

 

騙されていた事をショウ側の落ち度であるように語っていると感じたショウは、更に怒気を強める。

 

「オレは冷静だ!」

 

「なら何で、エルザを狙ってる奴と闘おうってのに、当のエルザを無防備な状態にして連れて行ってんだよ!?」

 

いくら強固にプロテクトされているとはいえ、それをジェラールの前にわざわざ持って行ってやる必要はない。誰かに渡すなりしてからジェラールの元に向かえば、エルザの安全度は更に高まる。

 

「姉さんはオレが守るから何も問題はない!!」

 

「それが冷静じゃねェって言ってんだよ!」

 

もはや問答をする事が苦痛になってきたのか、ショウは懐からトランプのカードを無数に取り出し、グレイに投げつける。

たかがカードと侮るなかれ、そもそも材質と飛ばし方次第では野菜すら切る事ができるのだ。ましてや今飛ばしたカードは戦闘用の特注品、咄嗟に避けたグレイの向こうの石壁へと見事に突き刺さっている。

 

「てんめっ……一旦、頭ァ冷やさせてやる!」

 

両手を組み合わせるグレイ。

後ろに氷壁がある分ショウの逃げ場は狭いが、あえて右側に逃げ場を作るように槍を生成する。

 

「アイスメイク“槍騎兵(ランス)”!!」

 

「くっ、この……!」

 

案の定、ショウはその隙間に飛び込んで難を逃れ、仕返しに再度カードを投げつけようと構える。

しかし、この展開こそグレイの狙い通り。

槍を打ち出した直後から動きだしていたグレイが先を取り、カードを放つ前にショウを組み伏せてしまった。

マウントポジションを取り、身動きが取れないようにさせてから、一旦落ち着いてからグレイが語り掛ける。

 

「別にジェラールを倒しに行く事は止めやしねぇよ……だが、今みたいに何も見えてない状態で行かせる訳にはいかねぇ。ましてや、そんな無防備な状態のエルザを連れてるなら尚更だ」

 

「だけど姉さんは!」

 

「姉さん、姉さんって言ってるが、お前はエルザが信じられねぇのか?」

 

エルザが信じられない、この言葉は今のショウを著しく刺激する言葉だった。

8年間たった1人でエルザを信じてきた男を見てしまったせいで、エルザを信じ切れなかった己に深い怒りを感じているのだ。

 

「そんな訳ないだろ!?お前はオレと姉さんの何を知ったつもりで言ってるんだよ!!」

 

「じゃあ、お前は今のエルザの何を知ってんだよ!?」

 

「!」

 

「エルザは強い。本気のアイツに勝てる奴なんかいやしねーよ。まぁ、敵はエルザを生贄にしようって輩だ、心配するのは分かる……が、少なくともカードの中に居るよりは、普通に闘った方が安全だ」

 

「そ、れは……」

 

エルザが強いのは、8年前の反乱で知っている。

が、今が如何ほどのものなのかは知る由もない事だ。

今のエルザはどのように闘うのだろうか?

鎧を換装して闘うのは聞いているが、どのような鎧なのか、いくつ持っているのか……そう想像している内に、少しずつ冷静さが戻ってくる。

人は、怒りで1つの事に固執している時、別の事をじっくりと考えることで冷静になる事ができる。

狙っての事ではなかったが、結果的にショウの暴走を止める事に成功したグレイは、すっとショウの上からのき、手を引っ張って立ち上がらせる。

 

「なに、エルザを守りてぇってんなら、一緒に闘えばいいんだ……3人で殴り込みに行くぞ」

 

ショウがその意見にゆっくりと頷いて、エルザのカードを取り出そうとした――その時だった。

 

 

 

「あんさんがエルザはんを連れてらしたんやねぇ……」

 

 

 

しゃなりしゃなりと、2人のすぐ後ろまで、見覚えのない女が歩いてきたのは。

髑髏の絵が描かれた趣味の悪い着物を着崩し、身の丈ほどもありそうな長刀を携えた妖しげな女だった。

――いつの間に!?全く気が付かなかった……!!

いきなり登場した女――それも明らかに味方ではない――を前に、驚愕に思考を染められていたグレイだったが、彼女がすっ、と刀に手をかけた瞬間には意識を覚醒させた。

女が見ているのはショウの方、それも手にしたカードの部分だ。

マズい、そう声が出る前に体が動く。

凛と音がしそうな程美しい剣閃が、ショウの手に持ったカードに――ではなく、その前に躍り出たグレイの胴体に吸い込まれる。

 

「ぐあっ……!!」

 

ツーとグレイに赤い線が走り、そこから血が噴き出した。

 

「あら、見事どすな……」

 

致命傷を負ったグレイはたまらず膝を折り、倒れ込んでしまう。

 

「その献身に敬意を表して、まずはあんさんから逝かせて差し上げますえ」

 

そう言って、刀を振り上げる女。

身動きの取れないグレイの首筋に向かおうとする長刀は、しかし、キンと弾かれ目的を達成しない。

 

「あら、エルザはん。無粋な方やわぁ」

 

「抜かせ……貴様にはジェラールの前の準備体操の相手になってもらうぞ」

 

グレイが身を賭して稼いだ時間は、ショウがエルザを解放するのに十分なモノだった。

カードから出てすぐにグレイの元に駆け出したエルザは、それと並行して魔法剣を呼び出し、女の凶刃を一刀の下に防いだのだ。

一瞬つばぜり合いの体勢を取ったが、すぐに互いが後ろに飛び、今は様子を見合っている。

しかし、一見互角のやり取りをしたように見えた2人だったが、実際には女の方が先制パンチを奪っていたようだ。

 

()()()()でジェラールはんと闘うつもりどすか?」

 

そう言うと同時、女と打ち合ったエルザの剣が半ばで折れてしまう。

女の見事な腕前に目を見開くも、すぐに気を取り直して、ショウに指示を出すエルザ。

 

「くっ……ショウ、グレイや妖精の尻尾(フェアリーテイル)の皆を連れて塔から離れてくれ。このままではグレイがマズい」

 

「で、でもそれじゃ姉さんが……」

 

「私の事なら大丈夫だ。信じてくれ」

 

その言葉にハッとなるショウ。

たしかに、このままではグレイが危ない。早急に危険のないところに行って、止血しなければならない。

そこまで考えたショウは、今度こそ信じる者を間違えなかった。

 

「うん!」

 

相手は強い。

自分では役に立つことはできないと、あの一合で分かってしまった。

だがきっとエルザは負けない。負ける訳がない。

そう信じて、自分は己がすべき事をするのみだ。

そっとグレイを横抱きにし、揺らさないようにしながら、この場から離れていく。

 

「お話は終わりどすか?」

 

「待たせたな」

 

「ええんどす。では改めて……うちは髑髏会、三羽鴉(トリニティレイブン)斑鳩(イカルガ)と申しますぅ…よしなに」

 

返事代わりに天輪の鎧を換装するエルザ。

両者、得物を構え、隙を伺い……

 

「参ります」

 

斑鳩の言葉と同時に、闘いの火蓋が切られた。

 




書きながら、「アレ?これって、ジェラールが『エーテリオン落ちるよん』って言った時、めっちゃ冷静に全員で塔から逃げたらジェラールだけ吹き飛ばされないか?」と思った。
実際にはあんまり意味はないけども。

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