斬魔の妖精   作:ベジタブル

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16話「流れ星二つ」

▼トウヤ視点

 

「8年だぞ!?……8年もかけてオレが築き上げてきたものが、ポッと湧いて出たクソガキの魔法なんぞで……!!」

 

頭をガリガリと搔きむしりながら叫ぶジェラール。

 

「長い時間をかけて計画を練った!魔法も使えなかったグズ共を少しは使える程度にまで育ててやった!オレの理想(ゆめ)を理解する事も出来ぬ阿呆共にすら言葉をかけてやったんだ!」

 

手紙で読んだ部分しか知らない俺が言う事ではないかもしれないが、本当に酷い言い分だと思う。

8年の間、体を動かしていたのはシモン達だろう?

本当なら魔法なんて使えなくても良かったハズの人たちまで便利なコマにしたかっただけだろう?

ここから出るという夢を奪って、都合の良いようにすり替えただけだろう?

どこまでも、コイツの心の中には自分しかいないのだ。

 

「エーテリオンを落とすために、思念体を作って評議院に潜りこませた!」

 

ジェラールの隣にぼんやりと影のようなものが現れ始める。

その姿がはっきりしていくにつれ、見覚えがある事が分かった。

以前にも出会った事がある評議員の1人、ジークレインだ。

ジークレインは何も言わないままに、ジェラールと姿を重ねていく。すると、完全に2人は1つになってしまい、発する魔力もそれまでと比にならない大きさとなる。

ジェラールを初めて見た時、同じ顔だとは思ったが、まさか本当に同一人物だったとは……

というか、実体を持った思念体をあんなに離れたところで活動させて、しかも、本体じゃないのに聖十大魔道(せいてんだいまどう)になってるってどれだけ規格外なんだ……?

 

「思念体……だと?お前たちは双子の兄弟という話ではなかったのか……?」

 

未だに床にへたり込んだままのエルザがそう質問するが、ジェラールは「いたのか」とばかりに興味のなさそうな目でエルザを見つめる。

実際、生贄を捧げる意味の無くなった今では、もはや興味などないのかもしれないが。

 

「本当に馬鹿な女だな……全部ウソだ!俺に兄は存在しない!ジークレインなどという人間はエーテリオンを塔に吸収させるためのまやかしだ!さっきお前に言った事もそうだ……お前がオレの死に場所だと?馬鹿を言うな!オレはゼレフを復活させるまでは死ねんのだ!!」

 

それまで怒りにだけ染められていた顔を、今度は心底おかしそうな嘲笑の笑みに変えて言うジェラール。

 

「やりきった顔をしてオレを抱きしめるお前は傑作だった!エーテリオンが落ちる前にお前に殺されないようにと、咄嗟に出た言葉にあんなに反応するんだからな!話をしている間、吹き出さないように苦労したよ!!」

 

完全に振りきれた目で「くはは」と笑うジェラールを見るエルザの左目が少しずつ潤んでいく。

 

ああ……ダメだ。

君はこんなヤツのせいで涙を流しちゃいけない人だ。

 

俺は、動かない体にもう1度気合を注入して、無理やり立ち上がらせ、エルザの方へ向かった。

「お前はどこまで……!」と震えているエルザの手を左手で強く握り、反対の手でエルザの目元を拭う。

 

「エルザ……ここからは任せてくれ」

 

「トウヤ……」

 

「……あんな奴を殴って傷つくお前を見たくない」

 

ジェラール相手では、あんな風になってしまった今でもきっと、エルザは純粋な怒りだけでは拳を握れない。

殴れはする、殺せもするだろう。

だけど、拳を打ち付ける度、その反動がエルザの心を殴りつけるのだ。

察しの悪い俺でも分かる、エルザは今、そんな顔をしている。

 

「俺はお前の鎧だと言った……その最後の仕事だ。お前の心も、お前の大事なものも守ってくる」

 

これ以上、大事なもの本人に、「ジェラール」を壊させやしない。

明日ベッドで目覚めたエルザが、今日の事を悪い夢だったのだと笑えるように。

 

「オレの次はその男か、エルザ!女冥利に尽きるなぁ……ホラ、こいよトウヤ・グレイス……貴様は楽には殺してやらんぞ!」

 

だから――

 

「エルザの前で血祭りに上げてや――――は?」

 

先ほど取り込んだエーテリオンの魔力が、体中から再び噴き出してくる。

今までに感じた事のないような速さでジェラールの懐まで飛び込んで、一歩踏み込んだ。

 

「――少し、黙れ」

 

神速で突き出されたオレの右拳は、正確にジェラールの顔面を捉えて、魔水晶で出来た壁まで吹き飛ばしてみせたのだった。

 

 

 

 

▼三人称視点

 

「貴様、その体のどこにそんな力を……!?」

 

殴られ、壁にぶつけられたとはいえ、さほど大きなダメージのないジェラール。

対するトウヤは、その一度の攻撃だけで再び限界がきたのか、肩で息をしている様子だ。闘志だけは衰えていない事を示すようにファイティングポーズを取っているが、その足は震えている。

 

「まぁいい。驚かされたが、オレの天体魔法の相手ではない。チリにしてやる……流星(ミーティア)!!」

 

ジェラールの体から黄金の光があふれ、ブレる。

次の瞬間、背後からの打撃がトウヤを襲った。

 

「ガッ!?」

 

何が起きたとトウヤは混乱するが何のことはない。どこまでも単純に、トウヤの目に留まらない速さで移動しただけの事だった。

多種多様の魔法が扱えるジェラールが得意とし、規格外の能力を誇る魔法、天体魔法。その一つである流星(ミーティア)だ。

名前の通り、流星の如き超スピードを得る魔法だが、その速さは先ほどのトウヤに勝り、梟のジェットエンジンとは比べ物にならない。

 

「ははははは!良いザマだな、トウヤ・グレイス!さぁ、黙らせて見せろよ!」

 

右から来たと思ったら左。

左から来たと思ったら上。

カウンターを狙うトウヤは、五感をフルに動員してなんとかジェラールに追いすがろうとするが、キレのないパンチやキックは空を切るばかりで全く当たる気配がない。

反対に、ジェラールの打撃は着実に体の芯を捉え、トウヤの体は打たれるたびにグワングワンと体を揺らしている。

 

「トウヤ!」

 

あまりの劣勢に、へたり込んでいたエルザも刀を持って加勢に行こうとするが……

 

「来るな!!」

 

殴られながらも、声を荒げるトウヤ本人に止められてしまう。

 

「どうして……」

 

夜空に消えてしまいそうな程にか細い疑問の声は、しかし、戦闘が始まってからエルザのそばまで移動してきていたアルマに拾われる事になる。

 

「今のジェラールは、8年の計画が潰えて錯乱した状態にあります。何を言うか分かりませんから……あなたが対峙したら、変わってしまう前のジェラールまで否定されるかもしれない。トウヤはそれが嫌なのかもしれません」

 

「その程度の事など……!」

 

「トウヤにとっては、その程度の事じゃないんですよ……彼は以前、私に言ってくれたことがあります」

 

「……何を?」

 

「本当に辛い時に得た絆ほど大事なものはないのかもしれない、と……独りぼっちの時、私の卵を拾えて本当に良かった、と。だから、エルザにそれを失わせるくらいなら、ジェラールの視線を自分だけに集めて殴られる方がマシなんです、きっと」

 

すとん、と何かが腑に落ちて、刀を置くエルザ。

 

「私は今、守られているのか……」

 

これがそうか。

……私は守られて良いのか。

 

今まで、自分を強く見せる事に必死で、実際に強くなる事に必死で、自分を守って、誰かを守って……その実、誰かに守られた事などなかったのだ。

初めての体験に心が熱くなるエルザ。

だがすぐに、いいや、はじめてじゃないと気付く。

皆にそのつもりがあるかどうかは別として、自分はきっと、ずっとずっと折れそうな心を『妖精の尻尾』に守られてきたのだ。

心の鎧が私自身まで届く事を阻んでいたから気づけなかっただけで、皆の心はいつもずっと近くにあって、鎧が剝がれないように包んでくれていた。

 

「それ、トウヤに聞かないでくださいね?結構繊細なんですから」

 

もちろんだ、と少しだけ嬉しそうに頷くエルザ。

だが、今もジェラールに殴られ続けるトウヤに視線を戻すと、すぐにその表情も曇ってしまう。

 

「だが、このままでは」

 

「それも多分大丈夫ですよ。トウヤは直情的なタイプですが、勝算のない勝負は賭け事でしかしません」

 

アルマ自身で言っておきながら、それはそれでどうなんだと突っ込みたくなる気持ちを抑えて、エルザの疑問を氷解させるために言葉を続ける。

 

「確かにこの状態からトウヤ1人で逆転するのは厳しいでしょうが、もう一人残っているでしょう?頼りになる妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士が」

 

 

 

 

▼トウヤ視点

 

いや強いなコイツ……

万全の状態でも勝てるか怪しいぞ?

「任せろ」って言って出てきた手前、こうまでボコボコにされると割とヘコむ。

 

だが、流石に少しずつ慣れてきた。

 

確かに今のボロボロ具合では超スピードですっ飛んでくるジェラールには対応できない、それは認めよう。

だが、一矢報いるくらいはやってみせる。

ジェラールはこちらに寄ってきた後フェイントを何度か入れて、確実に当たるような状況を作ってから、すれ違いざまに一撃入れていくというヒットアンドアウェイ方式で攻撃を仕掛けている。

問題はこのフェイントで、目で見て対応できない速さな上、何度やっても読み切れないほどランダムで仕掛けてくる。本当に恐ろしい戦闘センスである。

だが、避けよう、当てようとするから翻弄されるのだ。

当てられてもいい、むしろその瞬間が最大の狙い目。

ダン、と足を一度鳴らし、全身から魔力を放出する。

俺が何かを仕掛けようとしているのは分かっているくせに、対処できるという自信から気にせず飛翔するジェラール。

正面から来て、一度左に曲がる。

俺は視線を右側に向かわせ、肘を突き出して迎撃しようとするフリをするが、案の定それは当たらない。右に行った後、そのままグルンと回って、再び正面にやってきたジェラールが俺の腹に膝蹴りを突き刺した。

俺は毎度の如く「ガハッ」と口から血を吐いたが、今回はそれだけで終わりではない。

ジェラールの方も、太ももや腹部から血を噴出させたのである。

 

「なにっ!?」

 

狼狽えてたたらを踏んでいるジェラールにスッと迫って追撃を仕掛けるも、流石にこちらは流星(ミーティア)で回避されてしまった。

 

「貴様、何をした!?」

 

言うかボケ。

身体の周りに不可視の斬撃を発生させる魔力を放出させただけである。

カウンターとしてこれ以上ないという程に確実なものだが、その実、消費する魔力の多さの割に、斬撃の勢いがなくて威力がでないという欠陥技だ。

直接殴ってくると分かっていたから一撃は入れられたし、これしかないと思ってありったけ魔力を注いだから、それなりのダメージにもなっているはずではある。

が、その分こちらの消耗も大きい。

正直、本当に一矢報いたかっただけの攻撃だ。

 

「だんまりか……だが、何にしたって近づかなければいいだけだ!」

 

そう、その通り。

もはや魔法をかき消す魔力も残っていない今、遠距離に徹されれば、こちらになす術はない。

 

「七つの星に裁かれよ」

 

ジェラールが上空へと飛び上がりながら、左手を上向きに開き、その上に2本指を立てた右手を乗せてこちらに向けてくる。

 

七星剣(グランシャリオ)!!」

 

掛け声とともに、ジェラールの更に向こうの高空に、7つの星が浮かび上がった。

眩い光を放ったそれらは、巨大質量となって俺の方に降り注ごうとしている。

 

 

くそ、ここまでか。

だっせぇなぁ……

エルザに「任せろ」つったのに、こんな事になるなんて。

でもまぁウソはついてないよな。

()()任せろ」とは言ってないんだから。

 

だから、すまんが頼むぞ――「ナツ!!」

 

 

「火竜の劍角!!!!」

 

 

エーテリオンで崩れた瓦礫を全て除けてここまでやってきていたナツが夜空高くまで舞い上がり、今まさに魔法を放とうとしていたジェラールに激突した。

 

 

 

 

▼三人称視点

 

「火竜の翼撃!!」

 

不意をつかれ、空中でくの字に体を折り曲げているジェラールの顔面を鷲掴みにし、下方へ放り投げる。

 

「と」

 

ジェラールが地面にぶつかろうという時、炎を吹かして追ってきたナツの蹴りが振り下ろされた。

 

「火竜の鉤爪!!」

 

魔水晶でできた硬い床と竜の健脚に挟まれたジェラールが苦悶の声を上げつつも、すぐに立ち上がろうとするが、蹴った反動で宙に上がり、そこで追撃の体勢を整えていたナツの方が早い。眩い爆炎がジェラールを包む。

 

「火竜の……咆哮!!!」

 

魔法を使おうとしていたところへの完全な不意打ちは流石に効いたらしく、血反吐を吐いているジェラールだが、トウヤの顔は険しい。効いたのは不意打ちだった劍角だけで、他は然程のダメージではなかったように思えたからだ。

 

「また滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)か……!」

 

ナツのブレスで焼けてしまったローブを払いながら言うジェラールの体は、白と黒の全身タイツのような戦闘服に包まれていた。

忌々しそうにナツを見据えてから流星(ミーティア)を発動し、ナツの周囲を飛び回って肘鉄、膝蹴り、右フックと翻弄する。

これに反応できなかったナツの前に再び降り立ち、フンッと鼻で笑った。

 

「だが、相手にはならなさそうだな……」

 

「んのヤロォー!」

 

一蹴されたまま黙ってはいられないと突撃するナツだったが、これもまたあっさりと躱され、カウンターを一発顔面に貰ってしまった。

 

「ナツ……分かってるな」

 

「あぁ、ずっと聞こえてた……アイツが居るとエルザが泣いちまう」

 

そのナツの横に、エルザの刀を勝手に食べてほんの少しだけ回復したトウヤが立つ。

 

「トウヤ」

 

「あぁ」

 

「「燃えてきたぞ!!!」」

 

牙を剥いた2頭の竜が同時に駆け出す。

何人増えたところで同じだとばかりに、軽く腕を振って、その先から巨大な魔力弾を放出するジェラール。

ナツがそれを受け止め、その間にジェラールに肉薄したトウヤが殴りかかる。

これに対しジェラールは流星(ミーティア)を用いて避けつつ、トウヤの背後から殴りつけようとしたが、最初からどこを狙うか分かっていたとばかりに駆けてきたナツの拳が届く。

 

「火竜の鉄拳!!」

 

「ぐお!?」

 

1度隙を晒してしまえば、もう1頭の竜からの攻撃からも逃げられない。

 

「斬竜の鎌尾(けんび)!」

 

トウヤの回し蹴りが放たれ、その円の先全てに斬撃が発生する。

ナツの拳に飛ばされ、少し離れたところにいたジェラールはそれに巻き込まれ、腹部に大きな裂傷を刻まれた。

 

「クソッ……これでも食らえ!!」

 

痛みを気にするよりも、連続攻撃が止んだ今が反撃の好機だと見たジェラールは、数十の光の矢を生成し、2人に投げつけた。

ナツは上手く躱しながら進んでいく一方で、トウヤは自分を狙う全ての矢に撃たれながら鬼気迫る様子で進んでいく。

 

「舐めやがって……!」

 

それに意識を持っていかれ、矢に交ざって自分もトウヤの方へ駆けていくが、その途中で、そこまで矢を搔い潜ってきたナツに邪魔される。

ナツが前傾姿勢で殴りかかるが、ジェラールは身を捻ってそれを躱し、肘を上からナツの後頭部に叩きつけた。

そのまま地面に勢いよくぶつかるナツだが、ただでは転ばない。倒れた先に見えたジェラールの右足を掴んでいたのだ。

凄い力で足を取られ、その場から動けずにいるジェラールに、今度はトウヤの拳が迫っていた。

ダンと頭に打撃が炸裂するが、吹き飛びそうになったところで、右足を掴むナツから待ったがかかる。ただ殴られた先に飛ぶはずだったジェラールの体は、半円の軌道を描いて地面に衝突。泣き面に蜂とばかりに、トウヤによる追撃の踵が落ちてくるが、ジェラールは流星(ミーティア)による強制離脱を選択。

未だに右腕にしがみついているナツごと宙に浮かびあがり、横に一回転する事で追撃の体勢にあったトウヤにぶつける。この一撃はナツ、トウヤ双方に大きなダメージを与え、吹き飛んだ先で、2人折り重なってうずくまってしまう。

その隙を見逃さなかったジェラールは上空から特大の魔力弾を2人に放った。

バチバチと帯電しているように魔力を漲らせているそれに、トウヤの上で悶絶していたナツは即座に防御を選ぶ。脚をふらつかせながらも立ち上がり、腕をクロスさせて魔力塊を受け止めた。

 

「おおおおおぁぁああああ!!」

 

受け止めきったナツは全身からプスプスと煙を吹き出し、ガクッと膝をついてしまう。

そのおかげでこの攻撃に関しては無傷であったトウヤだったが、エーテリオンを斬った時からの疲労とダメージが蓄積された体はとうの昔に限界を迎えていた。

しかし、2人とも体は少しも動かずとも闘志は健在で、ジェラールを睨みつけている。

 

「ハァ……ハァ……まだやろうと…いうのか……?」

 

高みから2人を見下ろすジェラールも殆ど限界に近かった。

 

「もういい……どうせこの塔はもう使えん……塔もろとも貴様ら全員を消し去ってやる!」

 

違いがあるとすれば、魔力面ではほんの少し余裕があったという事だろう。

 

「今度は5年で建ててみせる……待っていろゼレフ!!」

 

そう言うと宙に浮かびながら、両手を更なる天に向けてクロスさせたジェラール。

残った魔力全てが手元に溜まっていく。

 

「諦めてなかったのか」

 

呆れたように呟いたトウヤの言葉に、ジェラールは心外だという気持ちを込めて答えた。

 

「当たり前だ……全てはゼレフ復活のため!!」

 

夜空とジェラールの間にもう一つ夜空が生まれていく。

否、それは夜空ではなく、宇宙を凝縮したようなジェラールの魔法だった。

その場にいた全員に怖気が走る。悪意が煮詰められたような濃密で気持ちの悪い魔力、黒く輝いているにも拘らずそちらに向かって影が伸びていく不自然な現象、どこをとっても危険であることが一目で分かった。

ナツとトウヤの体は殆ど動かない。ジェラールが魔法の準備を始めた時に作動させた拘束の蛇(バインドスネーク)という魔法でエルザも身動きが取れなくされた。

 

誰もアレを止められない。

 

そう絶望しかけていたところに、1人の男が歩いてくる。

塔に残った最後の1人、シモンだ。

 

「シモン!?なぜまだ残っているんだ!?」

 

「闘いでは役に立たないと分かっていたが、どうしてもお前を置いて逃げる気にはなれなかったんだ……」

 

エルザに答えながら、空間の中央まで進んでいくシモン。

 

「何をする気だ!?」

 

ポリポリと頬を掻きながらエルザの方を一度見て、その後ナツとトウヤを見つめた。

 

「安心しろ、あれは俺が受け止める……だから後は頼むぞ、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)

 

 

 

 

▼トウヤ視点

 

「よせシモン!!」

 

「貴様ごとき虫ケラが何匹束になってもこの魔法は止められんぞシモォォン!!」

 

シモンが受け止める?アレを?

何を言っているんだ……?

いや、何を()()()()()()()()()

 

俺は何をしてんだよ……!

違うだろ!頼まれるのは後の事じゃない!今の事だ!

俺はエルザの鎧としての最後の仕事を全うするんだろう!?

何だこの体たらくは!?

どうしてシモンは決死の覚悟を決めてそこに立っているんだ!?

どうしてエルザは泣いているんだ!?

俺が弱いからだ!!

魔力が足りないなら、そこら中に転がってる魔水晶を食ってやればいい!!

 

「貴様ごとチリとなれぇぇぇぇえええええ!!!!」

 

倒れ伏したまま、ガジガジと床の魔水晶に齧りつき、「ナツ」と声を掛ける。

 

「お前、アレに突っ込め。道は俺が斬り開く」

 

その言葉と床を食らう俺の姿に一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに意図が伝わったらしく、ニヤリと笑って頷いてくれる。それどころか、ナツまで一緒になって魔水晶を食べ始めた。

 

味わうのが2度目になっても全く慣れる気のしない激痛に気合で耐えながら、必死に立ち上がる俺達。

 

その場にいる全員が驚いてこちらを見る。

 

「違うぞシモン……そんな結末は誰も望んでねぇ……!」

 

「そうだ……オレはエルザを助けるって約束したんだ……こんなところで寝てられるかぁああ!!」

 

ジェラールも驚いていたようだが、どうせこの魔法が落ちれば終わりだと気を持ち直したらしい。

 

「ゴミが何人立ち上がったところで結果は変わらん!砕け散れ……」

 

凝縮した宇宙が墜ちてくる。

今日だけで太陽(エーテリオン)に、(グランシャリオ)に、宇宙(コレ)まで落とされるとはなぁ……

 

だが、何が墜ちてきても関係ねぇ!

『妖精の尻尾』の魔導士として、斬竜セルバルドの息子として、そしてエルザの鎧として!

何が来たって、全て斬り伏せてみせる!!

 

「天体魔法――暗黒の楽園(アルテアリス)!!!」

 

ナツ……奇遇だな、約束なら俺もしてるんだぜ?

 

「エルザの大切なものは……何も奪わせねぇ!!」

 

大きく、大きく息を吸う。

これはジェラールを打ち倒す前の鬨の声であり、勝利を祝う凱歌にもなるものだ。

なら、とびきり大きな雄たけびを上げなきゃな。

 

 

「斬竜の……咆哮ォォォォォォォォオオオ!!!!」

 

 

漆黒の宇宙と銀色の流星がぶつかり、荘厳な塔の頂上でゴォンと鐘の音が鳴る。

鳳仙花村の晩、エルザの代わりに流星が泣いた時のように、夜空が切り裂かれた。

そして、その斬れ目からもう1頭の竜が飛び出し、アギトを開く。

塔の先端を蹴り上がり、手から炎を噴出させたナツだ。顔面には竜の鱗が浮かんでいる。

 

「馬、鹿な……俺はゼレフに選ばれた男だぞ!こんなところで負ける訳がない!!」

 

「人から自由を貰おうとしてんじゃねぇ!!」

 

「違う!俺とゼレフで真の自由国家を作るんだ!なぜ分からん!?俺達こそが歴史を動かす者なのだ!!」

 

「人から自由を奪って作った国の歴史なんか、俺はいらねぇ!!」

 

ジェラールより高く飛び上がったナツが、その拳を振り下ろさんと迫る。

 

「お前は自由になんかなれねぇ!亡霊に縛られてる奴に自由なんかねぇんだ!!」

 

赤い竜が叫んだ。

 

 

「自分を解放しろォォ!!ジェラァアァァアァァル!!!」

 

 

ナツの拳がジェラールに突き刺さり、吹き飛んだジェラールが塔を割っていく。

 

今ここに、ジェラールの理想(ゆめ)と、エルザの8年に渡る戦い(くるしみ)が終わりを迎えた。

 

 

 

 

△ △ △ △ △

 

「マズい、塔が崩壊するぞ!さっきのナツの攻撃でエーテリオンの魔力をため込んでおけなくなっている!」

 

ゴゴゴと揺れる塔を見てシモンが叫んだ。

ナツは先ほどの一撃で限界が訪れ、気を失っており動けないし、俺の方も意識はあれど体は動かない。つまり、ここから逃げるにも、シモン、エルザ、ハッピー、アルマしかまともに動けないという状態なのだ。

 

「オイラ達だけじゃ全員は運べないよ!」

 

万全の状態のアルマ達なら協力して3人は運べたろうが、今の疲労度では1人ずつ運ぶのがやっとだろう。

普通に考えたら、動けるエルザとシモンに自力で脱出してもらうのがいいんだろうが、今日のエルザには最後までお姫様気分でいて欲しい、というのがここにいる男子の共通見解だろう。

 

「ハッピー、ナツを」

 

「あ、あいさー!」

 

「アルマは……」

 

深々と溜息を吐いたアルマが、頭に手を当てながらやれやれと頷いてくれる。

 

「……分かりました。まったく、格好つけもいい加減にして下さいよ?……それではシモンさん、よろしくお願いしますね」

 

「あぁ、当然だ。大体、そこの男が言ったんだろう、『エルザの大切なものは何も奪わせない』と」

 

え、え、と話についてこられていないエルザをアルマが掴んで浮かんでいく。ハッピーの方もナツを抱えて既に準備完了だ。

 

「待てアルマ!私は大丈夫だ!それよりトウヤを!」

 

「まぁまぁ、落ち着いてください……ホラ行きますよ」

 

アルマがなだめすかしながらエルザを運んでいるが、空中で暴れて叫んでいる。

お転婆な事だ。

 

 

塔には俺とシモンの2人だけが残された。

俺を背負ったシモンが塔を駆け下りながら、口を開く。

 

「本当にありがとう」

 

何を言ってんだか。

一世一代の活躍の場を奪っちまった挙句、お姫様じゃなくて自分を運ばせているような輩だぞ、俺は。

 

「俺も……手紙、助かった」

 

「いや……それだって俺の願いの為に出したものだからな」

 

まぁ、そりゃそうかもしれないが、アレがあったからここまで来られたんだ。感謝しておいても問題はないだろうよ。

 

「本当に、エルザにできた仲間が、お前たちのような者で良かった……この先もエルザの事を頼むぞ?」

 

頼むぞってお前……

 

「お前ら全員、妖精の尻尾(ウチ)に来ればいい」

 

そう言うと、シモンはおそらく少しだけ驚いたのだろう。後ろ姿だから顔は分からないが、何となくそんな気がした。

そう悪い反応では無いのではないか、と思ったのだが、シモンは徐に首を振ってしまう。

 

「それも楽しいかもしれんが……オレは旅に出ようと思うんだ。今までのオレ達の世界はこの塔だけだった。これからは色んなところを見て回りたい。それに、妹がいるんだ。あの子にも会いに行きたい」

 

「……そうか」

 

まぁ、遠慮してるとかじゃなくて、やりたい事があるっていうんだから、こちらとしては文句は付けられない。

 

「なら、エルザは任せろ」

 

とはいえ、これからの彼女は心配せずとも、今よりずっと強い女の子になるとは思うけどな。

シモンは静かに、ゆっくりと頷いただけだったが、その動作にどれだけの思いが籠っていたのだろうか。

 

少し経って、かなり下の階層まで降りてきたところで、塔の揺れが一層強くなった。

 

「残ったエーテリオンが暴発しようとしているのかもしれん……ここから飛び降りるぞ!」

 

そう言ってシモンが塔の窓から飛び降りた直後、塔は光に包まれた。

 

 

 

 

▼三人称視点

 

先に塔を出た2人+2匹がグレイ達と合流するとすぐに、塔が大爆発を起こした。

この事に、その場にいた全員に動揺が走る。

 

息を呑む者。

天を仰ぐ者。

ギュッと拳を握りしめて、無事を信じる者。

そして、エルザは「あ、あぁ……」と左目から涙を流している。

 

全員が静まり返っていた。

だからだろう、その声が聞こえたのは。

 

「なんとか生き残ったな……」

 

「あぁ……」

 

全員の視線が一点に向かう。

そこにはプカプカと海に浮かぶ2人の男の姿があった。

皆一様にバシャバシャと水を蹴って駆け出すが、1人いち早く動いていたエルザが最初に2人を抱きしめた。

 

エーテリオンでジェラールと共に死のうとした時、私には残される者の気持ちが理解できていなかった。

生きていてくれるというだけで、こんなにも嬉しいのに。

無事でいてくれてありがとう……

これから、本当の自由が待っているのだろう。

私は置いてきたものを、何も無くさずに取り返せたぞ、トウヤ。

 

様々な思いが去来したエルザは、2人を強く強く抱きしめながら、両目から涙を流した。

 




楽園の塔編終了です。
これからは少し投稿頻度が下がると思いますが、ご容赦ください。
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