斬魔の妖精   作:ベジタブル

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3話「斬魔」

▼三人称視点

 

闇ギルド『鉄の森(アイゼンヴァルド)』の目的は放送機器で集団呪殺魔法・呪歌(ララバイ)を流し、市民を無差別に虐殺することだと判明した。

義憤に駆られる一同は、『鉄の森』のメンバーであるカゲヤマ、そして彼が持つ呪歌を追って線路沿いを爆走していた。爆走とは言っても、その実負担がかかっているのは、魔動四輪に限界以上の魔力を注ぎ込み異常な速度を生み出しているエルザのみであった。その甲斐あってか、一行がオシバナ駅に到着したのは『鉄の森』が駅を占拠した直後のことであった。しかし、そのための消耗は確実にエルザを蝕んでいた。

 

「ハァ…ハァ……何とか間に合ったか。まずは避難指示、それから……くっ」

 

想像以上の魔力消費に思わず膝をついてしまうエルザ。それを見たルーシィが心配そうに声を掛ける。

 

「エルザ、魔力を使いすぎよ!一旦休憩を……」

 

「そんな訳には……!」

 

悔しそうな表情を浮かべ、尚も食い下がろうとするエルザ。その顔にはもっと力があれば、といった感情がありありと滲んでいる。しかし、このスピードでオシバナ駅までたどり着けたのはエルザの類い稀な魔力量があってこそである。その点だけなら、トウヤも負けていないだろうが、彼は乗り物の中では十全に力を発揮できない体質であるため、やはりエルザでなければこなせなかった仕事であったことに間違いはなかった。

 

「そうだぜ、エルザ。ここまですげぇスピードで連れてきてもらったんだ。ここからはオレたちに任せてくれ」

 

「エルザ」

 

「えぇ、そうですね、トウヤ。エルザはここで駅員と市民の皆さんの避難誘導をして下さい。その間に魔力を回復し、余裕ができてから駅に突入してください。それも重要な仕事ですから」

 

そして、その事を見落とす仲間たちではなかった。焦燥感に駆られていたエルザの顔に納得の色が差し、観念した、といった様子で一度息を吐いた。

 

「…そうだな。外は任せてくれ。すぐに駆け付けるから、それまで頼むぞ!」

 

「おう!燃えてきたぞ!!」

 

 

 

 

△ △ △ △ △

 

「チッ、もうきやがったのか妖精(ハエ)どもがよォ!」

 

ホームに入るとすぐにこちらを睨んでくる集団を発見する。どいつもこいつもごろつき然とした大した事のなさそうな連中だったが、問題はその数であった。『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』が4人と2匹しかいないのに対し、『鉄の森』構成員は100近い人数を集めていた。

 

「てめぇら、街の奴ら全員殺してどうするつもりだ!?」

 

グレイの質問に答えるのは大鎌を持った銀髪上裸の偉丈夫。プカプカと宙に浮かびあがりながら、狂相を愉快気に歪めて口を開く。

 

「そんなとこまでバレてんのか…ったく、情報漏らしたのはどいつだァ?……まあいい、それで、目的だったか?んなモン決まってるだろうがよ!」

 

そこまで言うと更に愉しそうにニヤつき、宙に浮遊している体を上下逆さまにする。

 

「粛清だ」

 

再びタメを作りながら、トウヤ達を一人ひとり見まわし、更に嘲笑()みを深める偉丈夫。

 

「権利を奪われた者の存在を知らずにいながら、権利を掲げて守られている愚か者共の罪をこの死神が裁いてやるのだ」

 

「死神…エリゴール……!」

 

「そんな事したって権利は戻ってこないのよ!?ただの八つ当たりじゃないっ!!」

 

トウヤは狂気的に言葉を紡ぐ男の正体に気づき、ギリッと奥歯を噛み締めた。ルーシィも正論をぶつけるが、それでも狂人の演説は終わらない。

 

「“権利”はそうかもなァ…だがオレたちが欲するのは、もはや与えられた“権利”なんかではない。我々が手に入れんとしていうのは“権力”だ!オレはこの呪歌(ララバイ)で死を操り、全てを支配する“権力”を手にする!!」

 

「クソッ、ざっけんじゃねぇぞ!そんな事させてたまるかよ!」

 

「やれるモンならやってみな……野郎ども!この妖精(ハエ)どもに飛んじゃいけねぇ森があるって事を教えてやれェ!!」

 

そこまで言ったエリゴールは中空の体を横向きに射出し、駅の窓を破りながら飛び出していく。「逃がすか!」と追いかける体勢に入ったナツを止めたのはアルマであった。

 

「待ってくださいナツ!」

 

「なんでだよアルマァ!オレはあいつを追うぞ!」

 

「……アルマ」

 

「えぇ、分かってます。ナツとハッピー、ルーシィはここに残ってください。私とトウヤ、グレイ、でエリゴールを追います。ナツはここの連中に対処、ルーシィとハッピーはナツをサポートしつつ、エルザが来たら状況を伝えてあげてください」

 

「わ、分かったわ……それはいいけど、よくあの一言でここまで伝わるわよね」

 

「ナツ、因縁はいいのか……?」

 

その一言にナツはハッとした顔になり、「そーだった、そーだった」と両手を打ち合わせて気合十分である。列車で出会ったカゲヤマという男に因縁がある事を思い出したのだ。普段ならひっくり返せないような力量差があるのだが、運転中の列車内という限定的な状況のせいでナツはカゲヤマにボコボコに殴られていたのである。

 

「妖精の尻尾…行くぞ」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

 

 

 

▼トウヤ視点

 

おかしい。

違和感のきっかけはエリゴールが外に逃げていったことだったが、それは拡声装置のある部屋に入った瞬間に爆発した。

誰もいなかったのである。

呪歌を街中に放送したいならこの部屋は何があっても抑えておかなければならない場所であるはずだ。

なのに誰もいない……いや

 

「別の目的……?」

 

訂正がある。

誰もいないのではなく、正しくは天井裏にたった1人張り付いて奇襲を狙っているだけ、であった。

呟いた瞬間、その男は硬質なテープのような武器をこちらに放ってくる。

俺が難なくそれを回避すると襲撃者は自分を天井に釣り上げていたテープを緩め降りてくる。

にやりと口を歪め、余裕綽々といった態度でこちらに話しかけてくる……

 

「オマエ……勘がよすぎrピギャア!?!?」

 

ので、右手をかざし軽く振るう。すると男の体にはひとりでに裂傷が走っていく。

雑魚の処理に構わず思考を続ける。

この街が目的ではない…外に逃げた……

つまり、この先のどこかに何らかの目的があるという事。

 

「なんだこの魔法、武器も持ってねぇのになぜ切り傷が!?…い、いやこれはまさか、てめぇ、ざ、斬魔!?」

 

「喧しい」

 

考え事をしている最中にピーピーと煩いので、片手間に右手を振るい斬り捨てる。

 

「アルマ……この先は?」

 

「たしか、クローバーの駅があるだけのはずですが」

 

クローバー…最近どこかで聞いた気がする地名だ。なんだ、どこで……

思い悩んでいると、アルマが何かに気づいたようで、勢いよく顔を上げる。

 

「定例会!マスター達の定例会の会場がクローバーだったはずです!!」

 

「それだ!!」

 

マスター(じいちゃん)が危ない……!!

 

 

 

 

▼ルーシィ視点

 

トウヤ――実際に言ったのはアルマだったけど――にはサポートを頼まれたけど、結局あたしとハッピーが手を出す必要はなかった。いつも通りナツが大暴れして『鉄の森』を蹴散らしていくのを眺めているだけで済みそうだ。轟という爆音が響く度に敵の数が減っていくのを見ると、だんだん爽快感が湧いてくる気がする。

そんな風にしてナツが殆どの敵を倒してしまった頃、エルザが慌てた様子でホームに入ってきた。

 

「今どういう状況だ!?」

 

「え、えっと……グレイとトウヤが逃げていったエリゴールを追いかけていって、残りの3人でここの敵を片付けてたところよ」

 

エルザのあまりの形相に思わずどもって答えてしまう。

 

「逃げたって、駅の中をか?それとも外へか!?」

 

「え、えぇ…急にどうしたの?確か窓を割って外に出ていったと思うけど」

 

「クソ、やられた!!今すぐグレイとトウヤを探すぞ!」

 

一体どうしたというのだろうか、と疑問に思っているところに、明らかに不機嫌な様子のグレイが現れる。

 

「その必要はねえよ、オレはここだ、エルザ……オレもおかしいと思ったんでな、倒した奴らの一人を殴って吐かせたが…奴らの目的はじーさん達だそうだ」

 

え!?どういうこと!?

なんでいきなりここでマスター達が出てくる訳?

 

「あいつら、自分たちが闇ギルドに認定されたのをマスター達のせいだと思い込んでるんだよ!」

 

ハッピーの言葉が本当なら、ただの子どもの癇癪じゃない!

自分たちが法を破って活動していた自業自得なのに、そんなくだらない八つ当たりに呪歌なんて物騒なモノを持ち出して…!

なんて奴らなの……許せない!

 

「ふざけやがって!じっちゃんはやらせねえぞ!!」

 

そういってナツがホームから外に向かって走っていく。

 

「ま、待てナツ!……まったく、人の話を聞かん奴だ。ひとまずはトウヤを探すぞ。外は魔風壁という強力な風の結界が張られている。先ほど試したが、私でも破れなかった」

 

そんな……エルザでも破れないなんて、どうしようもないじゃない!

でも、確かにひとまず全員合流して魔風壁を何とかする方法を考えるべきかもしれないわね。

 

「なるほどな……それでトウヤか。まぁアイツがいればそんな結界くらい何とかなるだろ」

 

んん?トウヤさえいれば何とかなるみたいなこと言ってるけど、エルザにどうにもできないものを簡単に破れる、なんて事ないわよね…?

 

「というかアイツは今何をしているのだ。去年なったばかりとはいえ、ヤツもS級の魔導士だ。こんな事態に気づけない男ではないはずだが……ってまさか!」

 

「一人で先に行っちまったのか!?」

 

2人の驚愕の声がホームにこだまする。しかし、その直後、それより大きい叫び声が遠くから聞こえてきた。

 

「あのヤロー!!」

 

叫び声はナツの不満が爆発した結果のようで、それを耳にしたエルザとグレイが目を見合わせ「行くぞ」と駆け出してしまう。置いていかれる訳にもいかないので(エーラ)を出したハッピーと並走して2人を追いかける。

そうしてホームを抜け、駅の外にたどり着いたあたしを出迎えたのは、どこまでも現実味のない光景だった。

風、風、風。

まさしく風の壁と言えるような、分厚い暴風が渦まいている。進もうとする何人をも弾き、切り刻まんとする風を見れば、エルザにだってどうしようもなかったという事が一目で分かってしまった。

しかし、いや、だからこそ、あたしが最も驚いた光景はその壁とは違う部分であった。

魔風壁に孔が――鋭く砥がれた剣によって刻まれた、斬撃のような孔が空いていたのである。

絶え間なく流れる狂風も、その斬撃痕だけは――まるで畏れるように――避けていく。そんじょそこらの魔法では決して再現できない異様さであった。

よく見れば、その孔の下あたりの床面には、これまた剣でつけられたような痕で文字が綴られており、その近くでナツが地団太を踏んでいる。

斬撃の文字はあたしたちにこう告げていた。

『先に行く』

あまりにも非現実的な光景を見てしまったせいか、一連の流れであたしが得た感想は「トウヤ、文字でも無口なんだ……」であった。

 

 

 

 

△ △ △ △ △

 

「そういえば、トウヤの魔法について話しそびれていたな……」

 

休憩している間に大分回復したから、と再び魔動四輪の運転役に名乗り出たエルザが、トウヤとエリゴールに追いつくために爆走しながら話しかけてくる。

車内に残っているのはあたし、エルザ、グレイの3人だけ。ナツは車にもう乗りたくないのと、こっちの方が速いから、という理由でハッピーに運んでもらう事にしたようで、あたし達より前を進んでいる。

 

「あの風の壁に孔があいてたのってトウヤの仕業なんでしょ?一体どんな魔法なのよ……ミラさんから滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だって事は聞いてるけど」

 

滅竜魔法でどうやったらあんなマネができるのか。

ナツの魔法も十分凄いものだが、どう考えてもあんな事ができるとは思えない。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)にはバリエーションがある、らしい。ナツなら火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)といった具合にな」

 

「トウヤの場合は斬撃、なんだとよ」

 

「斬撃!?って事は剣とか槍とか食べちゃうの!?」

 

火を食べるのもやはりおかしいが、見た目にショッキングなのは金属をバリバリといくところかもしれない。

 

「そうなるな。厳密には金属限定ではなく、触れた結果切り傷が付くようなものなら何でも食べられるらしいぞ。不味いとは言っていたが、紙も食べられるらしい」

 

「紙!?あ、あぁ……確かにいい紙のハジで指切ったりするもんね……」

 

「オレはアイツに氷で作った剣をよくねだられるぜ?エルザも刃こぼれした魔法剣引き取ってもらってるんじゃなかったか?」

 

「数打ちのものだけだがな。まぁ、業物を渡そうとすると遠慮されるからなんだが……そういうところが可愛らしいのだ」

 

フフと笑うエルザに、そうか?といった疑問顔のグレイ。

よ、よく分からない遠慮し所と萌えポイントよね…

それにしても斬撃で、魔風壁を破った、となると、まさかとは思うけど。

 

「魔法を斬った……?」

 

「あぁ、さっきの魔風壁の事だな?そうだ、トウヤは魔法や魔力を斬ることで打ち消したり無効化する事ができる。他にも封印や結界の解呪も可能だ」

 

「それで付いた異名が『斬魔』だったか?……大仰とは言えないのが恐ろしい所だが」

 

斬魔……

魔導士の天敵よね。というか、あたしなんて相性最悪なんじゃないかしら。斬られた瞬間に星霊が強制送還とかないわよね……?

 

「だが、今回感嘆すべきはエリゴールの魔風壁の方だろうな。トウヤが斬った魔法は普通跡形も残らず霧散するのだ。しかし、今回は孔があいただけだった。相当な魔力の練り込まれた結界だったのだろう」

 

もう想像もつかない次元の話ではあるけれど、でもそれが本当なら今頃苦戦してるって事にならないかしら?

『斬魔』などと呼ばれるようなトウヤにも斬りきれない魔法の使い手なんて、どんな強さだていうのよ!

あたしなんかが心配するのもおこがましいのかもしれないけど、やっぱり心配だよ……

 

「安心しろ、ルーシィ。アイツは負けねえよ。今回はじーさんの命もかかってる訳だしな。そういう時のトウヤは絶対負けない」

 

グレイがそう言うと、少し前を飛んでいるナツが叫んで訂正する。

 

「ちげぇぞグレイ!トウヤだけじゃねぇ、家族の命がかかってる時は、誰も負けねぇ!妖精の尻尾の魔導士は負けねぇんだ!!」

 

そう……だよね、絶対に負けられない。

それに、トウヤだって絶対大丈夫よ!こういう時は信じる事が大事なのよね!

 

「フフ、そうだな……おっと、ようやく追いついたようだが、もう終わってしまったか」

 

その言葉に勢いよく前を向く。

私の目に入ったのは、空中でエリゴールの顔面に右拳をめり込ませ、流星が夜空を斬り裂くが如きスピードでそのまま地面まで吹き飛ばすトウヤの姿だった。

「くそぉぉぉぉ、先越されたぁぁぁぁ!!」というナツの叫びが風のない空にこだましていた。

 

 

 

 

▼三人称視点

 

「追いついた」

 

背後から聞こえた声に、弾かれたように振り返るエリゴール。

その顔には狼狽の色が強く染み出ている。

深い谷間に掛けられた長い橋には線路だけが通っている。オシバナ駅を占拠しているために列車の通ることのないその鉄橋にゆっくりと降り立ちながら、エリゴールは黒い羽織の男を睨みつけた。

 

「馬鹿なっ!早すぎる……!?なぜ貴様がここにいる!?魔風壁はどうした!?」

 

「斬った」

 

矢継ぎ早に繰り出された質問に、これ以上ないほど端的に切り返すトウヤ。

それ以上はエリゴールの方を気にする様子もなく、アルマの頭を少し撫でて「ありがとう」などと言う。アルマも心得たように後ろに下がり「あとは任せました」と返すのみで、エリゴールの方には一瞥もくれず、やりきったという感情と少しの心配の混じった目でトウヤを見つめている。

そんな様子が余計に気に入らないのか、エリゴールの怒気はどんどん増していく。

 

「斬っただと…ふざけやがって……!つくづくどこまでも邪魔な妖精(ハエ)どもだ!!まぁいい。そんなハッタリごと貴様を斬り裂いて、その首、じじいどもへの手土産にしてやるよ!!」

 

が、キレているのはトウヤも同じ事。

普段は少ない口数も、怒りが頂点に至れば自然と増えていく。

 

「妖精が飛んじゃいけない森もある……だったか?ふん、確かに廃棄物の森では踊りたくないな……かかってこいよ、廃棄物(ゴミ)

 

右手を突き出し、手のひらを上向きにし、くいくいと四指を持ち上げる。

その挑発は見事にエリゴールの神経を逆なでし、その手に持った大きな鎌を振りかぶって突進してくる。

 

「貴様ァ!!」

 

エリゴールの鎌は正確に振るわれ、トウヤの首を切り落とすコースに入る。

トウヤは疾風のスピードに反応できずにいる。

獲った!と勝利を確信するエリゴールだったが、その期待は驚愕の形で裏切られる事になる。

確かな角度、速度で首に直撃したはずの鎌がそれ以上先に進まないのである。

まるで鋼鉄に木の棒をぶつけたかのような鈍い感触の不可解さは、エリゴールの頭脳を停止させてしまう。

 

(な……なぜ斬れない!?)

 

その隙を見逃すトウヤではなかった。

鎌を振るった体勢のまま硬直してしまったエリゴールの身体、その顔面に向けて左上段蹴りが炸裂する。

その狙いすまされた一撃を受けて吹き飛ばされながら、エリゴールは悟る。先ほどの鎌の一撃には、反応できなかったのではない――反応しなかったのだと。

吹き飛ばされた勢いそのままに宙に浮かび、今度はその場でいくつもの鎌鼬を発生させる。

 

「畜生が…!これでも食らいやがれ!!」

 

黒い羽織の男は鎌鼬を全く意に介さず、一歩一歩とこちらに歩み寄っていく。

直撃したどの鎌鼬も、男の肌に傷一つつけることができない。

常軌を逸した光景に無意識の内に気圧されたエリゴールは、トウヤの歩みにあわせて少しずつ後ずさってしまう。

 

「クソ、クソっ……どうなってやがる!?」

 

戦々恐々とした表情を浮かべたエリゴールは、両手の指を2本立て、体の前でクロスさせる。その体勢で魔力を練り上げ、大技を放つ。

 

「これならどうだ!全てを切り刻む風翔魔法……翠緑迅(エメラバラム)!死ね、クソガキィ!!」

 

その掛け声とともに、指先に集まった魔力が爆発し、極大な緑の刃を生み出す。

狙いなどつけるまでもない大きさの刃はエリゴールの思惑通りに羽織の男に直撃する。

今度こそ忌々しいあの妖精(ハエ)を消し飛ばせたか、と――半ば祈りに近い形で――考える。

しかし、エリゴールが目にしたのは、羽織の袖と灰色の髪を暴風になびかせながら、あろうことか翠緑迅を吸い込む姿だった。

 

「ふぅ……悪くない味だった」

 

余りにもあり得ないその様子を見て、開いた口が塞がらないエリゴール。

その脳裏にある異名が浮かぶ。

 

「斬魔……貴様!斬魔の妖精、斬撃の滅竜魔導士トウヤ・グレイスか!?」

 

あらゆる魔法を一刀――この場合、トウヤは剣を持たないため、腕の一振り、とするのが正確だが――の元に斬り伏せる姿からついた異名が斬魔。

闇ギルドにとっては、この名前にはもう1つの意味がある。各地の闇ギルドを単身で壊滅させる化物、魔の闇を斬り払う死神を指す言葉である。

死神エリゴールにとっての死神、その顕現に、されどエリゴールはまだ絶望しなかった。

 

「ならば風の斬撃を選んだのが失敗だっただけだ!やりようなどいくらでもある!」

 

そういうとまず高空に浮かび上がった。

 

「ここまで届く攻撃方法は持っていまい!そして……暴風衣(ストームメイル)!これならば貴様の斬撃もこちらには通用しないぞ!」

 

全身に先ほどの魔風壁と似た極小の竜巻を纏い鎧とする技、暴風衣を発動した。これでお互いの斬撃を無効化した。が、エリゴールには鎌鼬以外にも純粋な暴風という攻撃方法が残っている。形成逆転である。

 

「はっはっは!死神はこのオレだ!!」

 

上空から勝ち誇ったような高笑いを響かせながら、左手で魔法のサインを描いていく。すると周囲に轟轟と暴風が集まっていく。確かな斬魔対策の上で繰り出される再度の大技であった。

 

「これで今度こそお終いだ。食らえ!暴風波(ストームブリンガー)!!」

 

エリゴールの腕の先から指向性を持った竜巻が降り注ぐ。

悪意を持った自然の猛威を前にして、軋む鉄橋。

しかし、それを前にしてもトウヤが揺らぐことはなく、「フム」とつぶやくと魔力を高めていく。

 

「斬魔ノ太刀 断の型・天爪」

 

その言葉と共に銀色に輝く魔力が収束していく。やがて限界を超えたエネルギーはバチバチと銀色の電撃としてトウヤの右腕に纏わりついた。その様は名工に鍛え抜かれた刀のようでもあった。

トウヤは徐に腰を落とし右足を一歩引き、迫りくる竜巻に向けて、その刀を左上へと切り上げた。

 

「斬竜の刀牙」

 

凛という音がして、銀色のエネルギーが空を駆け上がる。

その斬撃は信じられない速度でもって竜巻へと迫り、暴風波を斬り捨て、そのままの勢いで暴風衣をも雲散霧消させた。

これにはさしものエリゴールも絶望に顔を歪めて脱力してしまう。

 

「馬……鹿な。あと少しなんだぞ……あと少しで忌々しいクソじじいどもへの報復が叶うんだぞ……ふざけるな!ふざけるな、この死神がぁぁぁあああ!!」

 

激昂し、効かないと分かっているにも拘らず、手当たり次第に鎌鼬を投げかけるエリゴール。

その怒りに反応し、トウヤも無表情だった顔の眉間に皺を寄せる。

 

「怒ってるのか……?奇遇だな、俺もだよ」

 

「斬心」とつぶやくと同時にエリゴールよりも高い位置に移動すトウヤ。

斬心、トウヤ自身の身体を刀身に見立て、空を斬り裂くことで高速移動する斬撃の滅竜魔導士流の歩法である。

 

「オマエ……こんなバカげた計画でも付き合ってくれる仲間がいたんじゃねぇかよ……ならそいつら大事にしろよ!それで、権利が欲しかったなら、みんなで協力して…正々堂々と俺たちを見返せるようなやり方を探せば良かったんだよ……そんなやり方じゃ妖精の尻尾(おれたち)には勝てねぇぞ、死神(エリゴール)!!」

 

再び刀身と化し、空を斬り裂いてエリゴールの方へと、流星の如く落下していくトウヤ。エリゴールも「クソォォォォオ」と叫んで暴風を飛ばすが焼け石に水。

落下速度の威力を重ねたトウヤの拳がエリゴールの腹部に突き刺さる。

 

「斬竜の斧肘(ふちゅう)!!」

 

鉄橋へと墜落するエリゴールを見ながら自分も重力に従って落下していく。

 

「お前らの八つ当たりに、俺の家族を巻き込むんじゃねぇよ……!」

 

空中でクルリと体の向きを変えて後ろを見ると、仲間たち――腕を組んで微笑むエルザ、なぜかパンツ一丁でこちらを見上げるグレイ、「先を越された」と地団太を踏むナツ、嬉しそうに手を振るルーシィとハッピー、そして(エーラ)を生やして迎えに来るアルマが見えた。

 

『妖精の尻尾』無傷の大勝利であった。

 

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