▼三人称視点
魔法評議会会場ERA、その執務室の1つに黒い笑みを浮かべるひと組の男女がいた。
「なかなかやるようだな、
椅子に座ったまま呟く、顔に入れ墨の入った男。
その男にカツカツとヒールを鳴らしながら近づく女。
青髪のその男は、厳めしい入れ墨があっても尚、美しいと感じざるを得ない程整った貌をしている。女の方もそれに負けず劣らずで、艶のある黒髪にぽってりとした唇、切れ長の瞳がこの世のモノとは思えない色香を演出している。
「えぇ、私は半分も実力を出していなかったけれど、最後の一撃は見事と言わざるを得なかった。まだまだ強くなるわよ、ナツ・ドラグニル」
「それに今回、ヤツはガルナ島に来ていなかった。前回見た時は思念体越しでも分かるような見事な魔力を放っていた……」
「トウヤ・グレイスね……彼は厄介だわ、単純な力としても、能力としても」
「名前の売れただけの雑魚とはいえ、死神を一蹴、ゼレフの作りたもうし
黒髪の女が「ふふ」と笑う。
「楽しそうね、ジークレイン様」
「楽しいとも。障害は大きいほど良い。目的を達成したときの快感が増すというものだ。ゲームというのはそういうモノだろう、ウルティア?」
ジークレインは徐に立ち上がり、執務室の大きな窓の方へ歩いていく。
窓際までたどり着くと、一度遠くを見るような表情になり、その後で心底愉しそうに、それでいて、何か大きな目標への野望を前にしたような顔をして笑う。
「待っていろ、エルザ。オレの
▼ルーシィ視点
ガルナ島に行っていたあたし達4人+1匹は私の部屋に集まっていた。
集まっていた、というか、勝手に上がられていただけだけど……
ギルドがボロボロにされていたのは『
ううん、どんな理由があったって許すことなんてできない。
あたし達の大切なギルドをあんな穴だらけにして……!
でも、マスターはこの事についてファントムに追及するつもりはないみたい。
今回の襲撃は誰もいない夜中に行われたモノだったらしく、ケガ人は0。であるならば、評議員で禁止されているギルド間武力抗争を起こすまでもない、というのがマスターの考えらしい。
正直に言ってしまえば、凄く悔しいよ。このまま泣き寝入りなんて。
でも……悔しいのは皆一緒。当然マスターだって。
大事なのは、この先の事だ。きっとファントムはこれからも攻撃を仕掛けてくるだろう。その時に仲間が誰もケガをしないよう対策をとることこそが今できる最大の反抗だ。
私の部屋にみんなが集まっているのもその一環だ。襲撃に備えて、できるだけ1人になる時間を減らすための措置だそうだ。
だからって、無断であたしの部屋にしなくても……ホントあたしのプライバシー権って弱いのね。
ピンポーン
と、ここで不意に家のチャイムが鳴る。
珍しいわね、ここに入居してから殆ど使われたことがないのに。
勝手に開けようとしているナツを手で制し、「はーい」と声を掛けて玄関扉を開ける。
すると、そこに立っていたのはいつも通り無表情のトウヤと、ギルドの事を引きずっているのか、些か沈んでいる様子のアルマだった。
「邪魔してもいいか?」
「ごめんなさい、一部屋に5人は多いと思ったんですが、私たちもここがいいわ、とミラに押し切られてしまいまして。ご迷惑じゃなかったですか?」
私は今猛烈に感動している。
まさか、『妖精の尻尾』にこんなマトモな人が残っていたなんて……
凄く無口だし、剣や槍をバリバリと齧る変わった人だと思ってたけど、よくよく考えたら一番普通なんじゃないかしら?
「もちろん!むしろ、他のおバカさん達のせいで窮屈な思いをさせちゃうかもしれないけど、許してね?」
「えぇと……それはありがたいのですが、なぜ泣いていらっしゃるんですか?」
あら、いけない、あたしってば泣いちゃってたみたい。
「ううん、なんでもないの!」
「さ、上がって」と言い、2人を部屋へと案内する。
私の涙に動揺したのか、トウヤは凄くオロオロしていた。
ふふ、可愛いトコあるのね。
「おまえも来たのか、トウヤ」
「これは丁度いいな、おまえも私と一緒に風呂に入らないか?」
手を挙げて声を掛けるグレイと、トンチンカンな事を言い出すエルザ。
ナツにグレイとも入った事があるみたいだし、ホントどんな関係なのかしら……
「!?……せ、せまいだろ」
そういう問題!?
「エルザ……あなたももう立派な女性なんですから、もう少し慎みを持ってください」
いいわよ、アルマ、もっと言っておあげなさい!
というか、トウヤが他の『妖精の尻尾』メンバーに比べてマトモなのって、十中八九アルマのおかげよね。流石はミラさんと並ぶ『妖精の尻尾』2大オカン。
「む?そ、そういうものか……?」
凄い、あのエルザがやり込められてる。
こうしてトウヤ、アルマを加えたあたし達は、順番にお風呂に入ったり、今回の襲撃について話し合ったりしながら夜を更かしていった。
目ぼしい情報としては、『幽鬼の支配者』のマスター、ジョゼはウチのマスターと同じ
特に危険なのはガジルという男だろう。なんと、そいつもナツやトウヤと同じ滅竜魔導士らしい。
今までで一番強大な敵だ。
だけど、あたし達は絶対に負けないわ!
いやまぁ、私にどれだけの事ができるかは分かんないけど。
話合いも一段落つき、あたしが最後にお風呂に入る事になった。
んだけど、お風呂から上がると、トウヤがなんだかひどく見覚えのある紙束を無表情に読み込んでいる場面を目撃した。
――そ、それ私の書いた小説!?
まだレビィちゃんにくらいしか見せる約束してないのに!
ていうか、すっごい無表情なんだけど!?
「ちょ、ちょっと!何勝手に読んでるの!?」
走り寄ってひったくろうとするも、後ろに目でもついてるのかと思うくらい的確に避けてしまうトウヤ。
「すまない……面白くて、つい」
え、今「面白い」って?
それならもっと面白がってる表情をして欲しいものだわ……
「そ、そう……?で、でもまだそれ未完成だから」
そこまで言うと「そうか…」と言って原稿を返してくれるトウヤ。
「俺は……たまに本を読む」
そう言われれば、ギルドなんかで小説を読む姿を何度か見たことがある気がする。『妖精の尻尾』の男子としては珍しいな、と思って覚えていた。
それにしても今日はよく喋るわね?
何の話かはよく分かんないけど。
「その上で、だが…あると思う……」
「何が……?」
「才能」
「!」
そんな事言われたの初めてだ。
そりゃあ、誰にも読ませた事ないんだから当然なのだが。
「展開はチープだ……けど、その分、心理描写が映えてる」
ちょ、ちょっとそんな……照れちゃうじゃない!
「俺は……好きだ」
「えぇ!?」
言い方ってものがあるでしょう!?
あ、ダメだ、うれしさと恥ずかしさで顔が熱い……今、絶対真っ赤だあたし。
我ながらチョロすぎないかしら……
い、いやこれはその、うん、あれだ、ギャップよ!
普段ロキとは対極にいるようなトウヤに言われたからだ、うん。
「完成したら……読んでいいか?」
「あ……う、うん。でも読者第1号はレビィちゃんって約束してるから」
その言葉にトウヤにしては珍しく、目を丸くしたと思ったら薄く微笑んで、「約束、か……良い事だ」と口にした。
こ、こんな表情もするんだ、トウヤ……
て、やだ、なんでドキドキしてるのよ、あたし。
「じゃあ……読者第2号だ」
「う、うん!」
今日はとっても嫌な事があったけど、1日の最後には少しだけ嬉しいことがあった。
きっと今晩はいい夢が見られそう。
明日から、ファントムに屈しないように頑張るんだからっ!
そんな私の高揚は次の日の朝、脆くも砕け散る事になる。
▼三人称視点
マグノリアの街、南口公園。
中心に大樹が聳え、いくつかの遊具が設置されているこの公園は、子ども達やマグノリア住民の憩いの場として愛される場所である。
しかし、今この場にできている人だかりは、憩いという言葉とはまったくもってかけ離れた雰囲気を醸し出していた。
ざわざわとして一点を見上げる人々。
その視線の先には血を流し、ボロボロになって気を失った上で、公園のシンボルでもある大樹に磔にされている3人組の姿があった。
3人組の正体は『妖精の尻尾』中堅チーム、シャドウ・ギア、その構成員であるレビィ、ジェット、ドロイであった。
レビィのむき出しにされている腹には『幽鬼の支配者』のギルドマークが捺されている。
公園に集まった人々の心を支配する感情は、驚愕、恐怖、悲しみ、そして
――怒りであった。
「ボロ酒場までならガマンできたんじゃがな…」
小さな老人が杖を突きながら人波を割って大樹に――いや、そこに磔られている3人に歩み寄っていく。
「ガキの血を見て黙ってる親はいねぇんだよ…」
あまりの怒りに、杖を握る手に力を込めてしまう老人。ついには杖の限界を超える力がかかり、バキリと音を立てて折れてしまう。
普段の好々爺然とした表情は完全になりを潜め、鬼のような形相をしている老人――『妖精の尻尾』マスター、マカロフ・ドレアーが叫ぶ。
「戦争じゃ!!」
その声に反応して動きだす影がいくつか。
涙を流しながら3人を樹から降ろそうとする者、マスターの言葉に従ってカチコミを仕掛けるため、覚悟を決めた表情で1度――ボロボロにされた――ギルドに向かう者、今にも爆発せんとする怒りを必死に抑える者、そして……
そして、最も早くマスターの言葉に反応し、駆け出した者。
▼トウヤ視点
くそッ……くそ、くそ、くそッ!!
何が……何が「家族を守れるだけの力を」だ。
何が「何もできなかったあの頃の俺じゃない」だ!
また…また間に合わなかったじゃねぇかッ!!
「
駆ける。
地を走る獣より速く、空を往く鳥よりも疾く。
元々は仲間のどんなピンチにだって駆けつける為にと鍛えた足と、魔法の使い方で街を、街道を駆ける。
斬心の連続使用によって魔力はどんどん減っていっているが、そんな事は心底どうでもよかった。
今は一刻も早くファントムのギルドがある街へ。
本部だろうが、支部だろうがなんでもいい。
関わる人間はその全てを血祭りにあげる。
「見つけた……」
レビィの腹に刻まれたあの忌々しいあの印だ。
俺はまず、右腕を大きくアッパーカットで振り上げる。その後、今度は左手を横なぎに振るう。
「斬竜の刀牙ァ!!」
それだけでファントムのギルド支部に大きな十字傷が刻まれ、トランプタワーの如く崩れ落ちた。
運よくそれでくたばらなかったファントム構成員が「何事だ」とガレキの山から這いずり出てくる。
「て、テメェは妖精の…斬魔の死神か!?」
悠長に話しかけてくる男に一歩で接近し、その右腕に手刀を当て切り落とす。その余波を利用してその男の後ろにいた男の腹に大きな縦穴をあける。
地面に手の平を強くたたきつけると、地面に大きな爪で抉られたような5条の亀裂が走る。未だ何が起きているか理解できていないファントムの男たちがその斬痕に落ちていく。
「イカれてやがる……お、お前、ギルド間武力抗争禁止条とかしらねぇのか!?」
これはおかしなことを聞くものだ。
「……先に法を破ったのは貴様らだ。つまりお前たちは闇ギルドだろう?…俺は得意なんだ。そういうゴミをすり潰すの」
この回答に信じられないという顔をしている男の方に飛び、縦に1回転し、その勢いでかかと落としを食らわせる。
「斬竜の鋭爪」
男の顔面は石製の床面にめり込み、全身には裂傷が走った。
支部にいた全員を斬り捨てた事を確認した俺は、別のファントム関連施設に向けて駆け出した。
▼三人称視点
トウヤが各地のファントム支部を攻撃している間に行われた、ファントム主要人物が集まっていると目された支部への、『妖精の尻尾』の襲撃は――失敗に終わった。
平構成員の多くには深手を与えたものの、エレメント4、
ファントムが『妖精の尻尾』迎撃と同時進行で決行していた作戦で誘拐していたルーシィ・ハートフィリア、その映像を見せる事でマカロフに隙を生じさせ、エレメント4の1人、大空のアリアが魔法によって魔力を空にしたのである。
卑劣な罠に掛けられた『妖精の尻尾』は、エルザが士気の低下を悟って下した判断によって撤退を決定した。
ナツの活躍により、ジョゼの目的の1つであったハートフィリア財閥の令嬢、ルーシィの奪還にこそ成功したが、ボロボロのギルドに戻ってきた今になっても、『妖精の尻尾』には暗い雰囲気が漂っていた。
そこに響く轟音。
その地響きは『妖精の尻尾』に更なる苦難が襲いかかろうとしている事を示していた。
▼カナ視点
「なんだい、アレ……!?」
ファントムのギルド支部から逃げ帰り、これまたファントムのせいで見る影もなくなったギルドに戻った私たち。
私とミラは今この場にいないS級魔導士たちと連絡をつけようとした。
しかし、結果は振るわなかった。
ラクサスは「自分には関係ない」とばかりで論外、ミストガンもトウヤもつながらない、あの男も今何をしているかさっぱり分からない。
アルマが「トウヤを探してきます」と出ていったが、見つかるかどうか……
この状況を打開するための方法を考え、カードでの占いまで試す私だったが、何か巨大なものが動くようなズン、ズンという地響きが聞こえ、大きな揺れを感じ、その手を止めてしまう。
何事かと、取る物も取り敢えず外に出てみると、目に映ったのは6本脚で歩行し、湖を渡ってくる巨大な建物だった。
よく見るとところどころにファントムのギルドマークが彫られている。
まさか、アレが『幽鬼の支配者』のギルド本部とでもいうのかい!?
「あんなモノどうしろってんだい……」
しかも最悪なことに、ギルドの玄関部分と思われるところから、細長い巨大な砲身がせり出してくるのである。
アレは……魔導収束砲ジュピター!?
ギルドごと私たちを皆殺しにする気っ!?
『ルーシィ・ハートフィリアを渡せ……今すぐだ』
そこにジョゼによる放送が入る。
けど……論外だ。
「ふざけんじゃねぇ!」
「誰が渡すか!!」
「仲間を敵に差し出すギルドがどこにある!」
その通り、ルーシィを渡すわけにはいかない。
あの子は私たちのかけがえのない仲間だ。
ハートフィリア財閥の娘だとか、渡せば今この場では助かるとか、そんな事関係ない!
「仲間を売るくらいなら死んだ方がマシだっ!!」
というエルザの魂の叫びが轟く。
しかし、その思いは当然ジョゼに届くことはない。
『ならば死ねぇ!!!』
そんな無慈悲な言葉と同時に魔力の充填を開始するジュピター。
ルーシィごとやるつもりなのか……!?
実際に魔力が溜まっていく様子を見て思う。あまりにも膨大な魔力はもはや人智を超えていると思わせる域だ。
アレを個人の力でどうにかするなんてこと……
刻一刻と溜まっていく魔力、絶望までのカウントダウンが着々と進められていく。
威勢よく啖呵を切ったところまでは良かったが、実際問題、アレをどうにかしない分には私達に勝ちの目どころか生き残る可能性すらないだろう。
どうする……
「全員伏せて私の後ろに回れェェエ!!」
そう言って最硬の鎧である金剛の鎧に換装するエルザ。
「受け止める気かい!?」
そんな事したらあんたが……!?
どうする……どうすればいい?
魔力の収束が終わったらしいジュピター。
終末の光が今、放たれた。
轟ッ!!
ここまでなのか……?
そもそも、そもそもなんで……こんな時に……
「こんな時に何してるんだよ!?トウヤァァ!!」
泣きながら口走ったその言葉に答える声が1つ。
「呼んだか、カナ?」
迫る光に躍り出る黒い影。
「斬魔ノ太刀 断の型・天爪」
黒い羽織に灰色の髪、背中に薄桃色の猫を乗せ、翼を生やして文字通りに飛び出していった男は、とうとうエルザのいた位置を超えて最前へとたどり着く。
「斬竜の……刀牙ァァア!!」
男は空中で力いっぱい右腕を振り上げる。
そこから生じた銀色の斬撃は、ジュピターの閃光に負けないくらいに眩かった。
銀の光は、一瞬の拮抗をも許さず、破壊の極光を削り取りながら進み、終いにはジュピターの砲身を縦に真っ二つにしてしまう。
絶望的な状況を一瞬にしてひっくり返したその男が、ゆっくりと地面に降り立つ。
周りにいた誰もが、その背中に声を掛け、名を呼ぶ。
それはジュピターを放った当人であるジョゼとて例外ではなかった。
『貴様ァ……!トウヤ・グレイス……!!!』
勿論、私だって。
「遅いよ、バカ…………トウヤ!!」
しかし、そのトウヤは皆の呼びかけに振り返る事はなかった。
まるで刀を向けるように――ジュピターを失った――ファントムのギルドの方へ腕を伸ばし、指さし……
「もう……もう誰も、俺の家族は誰もやらせない。覚悟しろ幽鬼の支配者…次は
そう言い放った。