▼トウヤ視点
鉄錆の香りや、細かい機械の駆動する音で、広範囲に知覚を伸ばす事もできない。
で、あるならば、ひとまず目標をマスター・ジョゼに変更し、ファントムMkⅡの制御室があると思わしき、上層に向けて移動する事にしたのだ。
どの部屋に入っても、いるのは十把一絡げの雑魚ばかり。
どこだどこだ、と這いずり回りながらも、辛うじて耳に入った轟音を頼りに駆け出す。
鉄のような硬い物を打ち付ける音、おそらくは
……ナツとかエルフマンとか、2対1嫌がるだろうなぁ、という事は置いておいて。
音の距離的におそらく戦闘が行われているのは1つ上の階。その程度であれば階段を探すより、天井をぶち抜いた方が早いと判断し、時には壁すら破壊しながら、音のする方へ向かう。
そして、目的の部屋の直下の部屋の隣に入ったその時だった。
「いやぁ!……いや、嫌っ、イヤ!」
という悲鳴が聞こえてきたのだ。
この声は――
ここにいるはずがないが、家族の声を聞き間違えるハズもない、ルーシィだ。
何故ここに、などという当然の問いすら浮かんでくる事はなく、俺の体がカッと熱くなる。
すぐに聴覚に集中すると、周囲のファントム構成員の動揺、ジョゼの下卑た声、そしてルーシィの「助けて」という心の声まで聞こえてくる。
滅竜魔導士の常人をはるかに超越した聴覚は、ルーシィの両腕を切り落とさんと迫る魔力製の凶刃すらも捉える。
――ルーシィの腕を落とそうっていうのか?
不愛想で、目つきが悪くて、無口で……すれ違った子どもに泣かれる事すらある俺に、初対面から握手を求めてきてくれたあの手を?
不器用だけど、温かさに満ちたどこまでも優しい、繊細な人の心情描写を紡ぎ、才能を感じさせる物語を綴るあの手を?
「いつもありがとう」なんて言って、自身の星霊の鍵を手入れするあの手を?
たまに見つめては「仲間のしるしなんだもんね」って優しくなでている、ギルドの紋章が入ったあの手を?
「っざけんじゃねぇ……!」
ダンッと床を蹴り飛び上がる。
狙うはジョゼの顔面だ。
天井を突き抜け、上階に突入、その勢いを乗せた拳をジョゼにぶちかましてやった。
今度こそ、俺は家族の危機に間に合った。
△ △ △ △ △
「トウヤァ……トウヤ、トウヤ!」
ルーシィに滅茶苦茶泣きつかれているでござる。
安心感からの涙だという事は流石に分かるが、それでも抱き着かれた上で、力いっぱいに泣かれては心臓に悪いというものである。
「大丈夫だ、大丈夫だから」と幼子をあやすようにルーシィの頭をなでている間に、俺の空けた穴からアルマが上がってきた。俺たちの状況を見て少しジト目になるが、今回は仕方ないと思ったのか、1つ溜息をつかれただけでそれ以上は何も言われなかった。
ジョゼの方も、
目だけで人が殺せそうな勢いである。
さて、こちらもやる事やらないとな。
「ルーシィ、アルマと一緒に下がってろ……アルマ」
「分かっています。ここで他の皆が合流するのを待ちます。ナツの方も終わり次第回収しておきます」
さすがアルマだ。
ナツの方もじきに決着がつくだろう。
それまで持ちこたえて、他の4人と総攻撃で仕留めるのがベストだろう。
ルーシィもこのままここにいては危ないと思ったのか、不承不承といった体で俺から離れていった。
「また……また貴様か、トウヤ・グレイス!貴様はこの手で、直々に…塵も残さず消し飛ばしてやろう……!」
▼三人称視点
どす黒い魔力が渦巻いていく。
対抗するように銀色の光が迸る。
「風牙」
斬魔の力を全身に纏わせたトウヤが相手の方へ走り出す。
対するジョゼは手のひらを翳すだけで雷を呼び起こしてしまう。駆け出したトウヤに向かって1条、2条と迫りくる電撃。鞭のように撓り、大地を抉る。
右、左と体重を移動させながら避けるトウヤ。
しかし、そこに3本目の雷が空間を切り裂いて襲い来る。
先ほどの2回の攻撃は陽動。それらとは比べ物にならない速度で迫るソレを見て、ペースが崩されたトウヤでは避ける事はできない。
しかし、そのために自分に掛けた風牙だ。咄嗟に左腕を横に薙ぎ、雷撃をかき消してしまう。
そのまま直進して一撃、と思った時には、逆にジョゼが間合に入ってきていた。
拳を振りぬいてくるジョゼを見て、当たるとそう確信したトウヤは急ブレーキをかける。相手の打撃に合わせて後ろに下がる事で勢いを殺ごうとするも、想定よりも遥かに速い速度で打ち込まれた拳にダメージを受けてしまう。
「くっ……」
後ろ向きに倒れながら床に手を当て、バク転して両手両足で着地、姿勢を低くして、ジョゼの追撃に備える。
ジョゼが今度は横薙ぎに手のひらを振るう。
すると、地面から天へ向かって雷が立ち上る。
それに対してトウヤが選んだのは前進だった。後ろに下がって雷の壁でジョゼの姿を見失う訳にはいかないと考えたのだ。
四肢を地面につけたまま、低い姿勢で獣のように驀進する。
迎撃のため、左手を向けて風の砲撃を放つジョゼ。
エリゴールのそれとは比にならない威力のそれを見て、風牙では突破できないと感じたトウヤは両腕を剣に見立てていなしながら、砲撃の左下を通るようにして前進を続ける。
そこでダンと左脚で踏切り、空を斬り裂く剣閃と化す。
「斬竜の
渾身の右ストレートを放つも、ギリギリで身を捻ったジョゼに躱される。
が。
「ぐっ」
ザッとその胸に裂傷が走るのを見て、ニヤリと笑うトウヤ。
槍拳は貫通力を高めた拳による攻撃ではあるが、拳の周囲にも斬撃を発生させている。不可視の範囲攻撃も斬撃の滅竜魔法の売りの1つなのである。
トウヤと対称的に屈辱に顔を歪めたジョゼは1段ギアを上げて、指先から魔力弾を連発する。
先ほどの雷撃よりも更に早くなったその攻撃に対し、両手どころか脚まで使って舞うようにそれらを打ち消していく。しかし、数十発と迫る魔力弾に反応しきれず、最後の1発によって腹に小さな穴をあけられてしまう。
「うあっ」
小さく呻いた隙を見逃さず駆けたジョゼがトウヤに接近、先ほどあいた穴に蹴りを当てる。
たまらず吹き飛ぶトウヤ。
着地の体勢もとれていないところへ、ジョゼの放った電撃が突き刺さる。
「ぐああああああっ!」
あまりの痛みに立ち上がる事もできないでいると、ジョゼはトドメとばかりに、天に翳した右手へ特大の魔力を練り上げていく。
「これで終わりだ……デッドウェイ…なんだ?」
その一撃が放たれる直前、ゴゴゴという大きな揺れが発生する。
トウヤとジョゼが闘っていた部屋の隣から大きな亀裂が走り、そこから向こう側の建物が完全に崩壊してしまった。
「ナツ……」
それは『妖精の尻尾』の魔導士、ナツ・ドラグニルによって引き起こされたものだと直観的に気づいたトウヤが薄く笑みを浮かべる。
――偶然とはいえ助けられちまったな。
▼トウヤ視点
まったく、やってくれるな、ナツの奴。
こんな派手な倒し方じゃなくてもいいだろうに……それに助けられた俺のいうこっちゃねぇか。
それにしてもどうするかなぁ。分かってはいたけど、半端なく強いぞ、このおっさん。
マスター(じいちゃん)ほどではないにせよ、こいつも聖十大魔道の1人なんだもんなぁ、そりゃ強いか。
「いやはや全く……
あ?なんだいきなり褒めだして……
「ファントムMkⅡを半壊せしめた
「そりゃどーも……」
「いやはや本当に…本当に嫌になる……!」
回顧しつつ、嫌な事を思い出したとばかりに顔を手で覆う。
「元々幽鬼の支配者は1番のギルドだった。この国1番の魔力、人材、金!全てにおいてトップを走るギルドだったのだ。が、ここ数年で急激に力をつけたギルドがあった。それが君たちだよ、妖精の尻尾ゥ……!」
まさか…まさかコイツ……
「突如現れたS級魔導士、それ以外にも粒ぞろいだ……この国を代表する魔導士ギルドは幽鬼の支配者と妖精の尻尾の2大ギルドだ、などと言う輩まで現れる始末。気に入らん……気に入らんのだよ、貴様らの全てが!元々クソみてーに弱っちいギルドだったくせにィ!!」
そんな下らないことの為にこんな事を起こしたっていうのかよ…!?
折れかけていた闘志に再び火が入り、無理やりに体を起こす。
「ンな事の為に戦争を起こしたのか……!?」
「いやいや、根底はそうだがね?きっかけは違う。ルーシィ・ハートフィリアだよ……この国有数の資産家の娘を引き入れるなど……貴様らはどこまで大きくなれば気が済むんだ!ハートフィリアの財力を手に入れられでもしてみろ、間違いなく貴様らは我々よりも強大になる……そんな事、許してなるものか!」
そう叫んで再び雷撃を投げつけてくるジョゼ。
こちらに避ける体力はもう残っていない。
「ぐおおおおおおっ!」
でも、ここは耐える。
何としてでも耐える。
そうすれば…そうすればきっともうすぐ……
「お前……何もわかってねぇよ」
「何?」
「ルーシィの今住んでる部屋に行った。俺の家より小さかった……あの子の寝床は部屋に備え付けられてる固いベッドだった……」
足音は聞こえている。
時間を稼げ、話の間を作れ。
「あの子の口から財閥の話なんて一度も聞いたことがない。誰もルーシィの家の事なんて知らないよ……」
だけど、だけどそれでも大事なんだ。
家がどうとか関係ない。金なんてもっと関係ない。
ギルドの紋章をつけてあそこにいる、それだけでかけがえのない仲間で、家族なんだ。
それにあの子はとても優しい。
星霊を大事にする子だ。仲間を大事にする子だ。人の心を大事にできる子だ。
例え、ギルドの仲間じゃなくたって、命を懸けて守るに値する子だよ。
「俺たちと同じ飯を食って…同じ話で笑って……あそこにいるのはハートフィリアのルーシィなんかじゃない。ただのルーシィだ。妖精の尻尾のルーシィだ!お前らなんかに渡してたまるか!!」
今にも意識を失ってしまいそうな体に鞭打って、殆ど気合だけで立つ。
ジョゼは「下らん!」と吐き捨て、建物の崩壊によって不発に終わったあの技をもう1度発動させる体勢に入る。
「もういい、死ねっ!デッドウェイブ!!」
魔力の漲る右手で地面を叩くと、そこから怨嗟の魔力が噴き出て、床を割りながら俺の命を奪わんと迸る。
――だが、間に合った。
「斬魔ノ太刀 断の型・天爪…斬竜の……刀牙!」
その一撃を叩き斬って力いっぱい空中に飛び出す。
「な!?まだそのような魔力を残していたのか!?」
残ってねぇよ、気合で捻り出してんだよ。
それより良いのか?
そこに居ると切られちまうぜ?
「天輪・
ジョゼの後ろの位置にあった扉から白い影が踊りだし、数多の剣による斬撃を繰り出す。
無数の剣を後光のように背に負う白い鎧、天輪の鎧を纏ったエルザだ。
エルザだけではない。次々と扉から突入してくる妖精の尻尾の魔導士たち。
「アイスメイク“
「漢ォォォォォオオオオ!!」
空中から氷で出来たハンマーを落とす、なぜか半裸のグレイ。
謎の掛け声とともに殴りかかるエルフマン。全身が魔物のように変質しているのを見るに全身
他にも、攻撃には参加しないまでも応援に駆けつけてくれたハッピー、アルマ、ルーシィ、なぜかミラまで見える。
不意にルーシィと目が合う。
「勝って、トウヤ!」
――任せろ、ルーシィ。
空中で回転し、ジョゼに向けて右足を伸ばす姿勢になる。
「エレメント4が貴様らクズ相手に全滅したというのか!?!?」
そう驚愕しながらも、何とかエルザの剣を躱し、グレイのハンマーを壊し、エルフマンの突進をいなす。
その身のこなしは見事の一言だが、しかし、最も気をつけなければならない男からは目を切ってしまっていた。
残り少ない魔力を全開放、銀に光る斬撃と化しながらジョゼの元に落下する。
「滅竜奥義…
裂帛の気合と共に放たれた、竜をも貫く槍の如き蹴りはジョゼの腹へと突き刺さった。
▼三人称視点
「ハァ…ハァ……」
満身創痍という体で息を吐き、地面に倒れ伏すトウヤ。
そこに駆け寄るルーシィとアルマ。
「ちょ、大丈夫、トウヤ!?」
「大丈夫ですか!?」
大袈裟に心配するもんだ、と感じたトウヤは「フフ」と笑ってしまう。
「気が抜けただけだ……」
大袈裟とトウヤは思っているが、いくつかの打撃痕に、雷撃よって全身に負った火傷、腹には穴があいており、血まみれであることを考えれば、まごう事なき重傷である。
「……みんなもよく来てくれた」
「当たり前だ。というか、お前が独断専行して突っ走ったんだろう。本来はここで合流の予定だった」
「つーかくっちゃべってる場合じゃねぇだろ。ここもじき崩れる、さっさと行こうぜ?」
「ならオレがトウヤを運んでいくぞ」
「オイラはナツを回収してくるよ!」
そうして今後の方針が決まっていこうとしていた時、ガタリという音がして、ジョゼが吹き飛んでできた瓦礫の山が動く。
全員の視線が向かうが、そこには全身から血を流して、息も絶え絶えに立っているジョゼがいた。
「ハァ…ゼェ……まだだ……まだ終わっちゃいねぇぞ……」
星霊の鍵を失っている状態のルーシィや、満身創痍のトウヤ、そもそも攻撃力のない猫たちを除けば、誰でもトドメを刺せる状態であるにも拘らず、あまりのその迫力にたじろいでしまうエルザ達。
「貴様…まだ動けて……」
いち早くその空気から抜け出し、再び鎧を纏おうとエルザが1歩踏み出した時、それを止めるかのように声を出す人影があった。
「いいや、終わりじゃよ」
それは小さい体に収まりきらない威圧感を纏う『妖精の尻尾』マスター、マカロフ・ドレアーであった。
「じーさん!?」
「何でここに!?」
エルフマンとグレイが驚きの声を上げる。
「みな、よくやってくれた。ワシゃあ情けないわい……ガキどもの力だけでファントムをここまで追いつめてるって時に寝てただけとはのう」
1歩また1歩と進むマカロフ。
余人に発言する間を与えない凄みを放っている。
「ジョゼ・ポーラ…貴様が正しい事にその魔力を使っていれば魔法界の発展にもつながっていたであろうに……」
「説教のつもりか!?」
魔法によって徐々に巨大化していくマカロフの体。
ただ静かに言葉を続ける。
「妖精の尻尾、審判のしきたりにより、貴様に三つ数えるまでの猶予を与える……」
怒れる神の如き形相でジョゼを睨みつけた。
「ひざまずけ!」
「は?」と不可解そうな声を出すジョゼ。
その眼にはいまだに闘志が消えていない。
「一つ」
「ひざまずけだと…この私に……?」
マカロフは手のひらと手のひらの間に莫大な魔力を集中させていく。
「二つ」
「幽鬼の支配者だぞ…!?王国一のギルドだぞ!!?どうして貴様らごときにどうして屈さねばならぬ!?」
余りの興奮に頭からピュッと血を吹き出すジョゼ。
巨大な手の平の間での魔力の収束は未だ止む気配がない。
「三つ」
「これで勝ち誇ったつもりか、
手のひらを合掌の形で組んだマカロフは、躊躇うことなく手元の魔力を解放させる。
「そこまで」
瞬間、マカロフの周囲から魔力の光があふれ出す。
「
その言葉と共にマグノリアは閃光に包まれた。
その眩さは、ジョゼにある一言を連想させた。
“裁き”
しかし、『妖精の尻尾』、並びにマグノリア住民でそのような事を感じる者は1人もいなかったことだろう。
温かい光。
優しい光。
父の抱擁のような熱が、あらゆる人の体を包み込んだ。
――『妖精の尻尾』に敵対した人物を除いて。
術者が敵と認識した者だけを討つ超魔法、
これにより、ジョゼが生み出した
普段通りの大きさに戻ったマカロフは、その場にいた子どもたちの方へ振り返り、いつも通りの人好きのする笑顔を浮かべた。
「さぁ、ワシらの家へ帰ろう」