夜空に星は「あなた」しか 作:(ノ)・∀・(ヾ)
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長期依頼が入った。依頼主は正規軍、任務は東の乾燥地帯から遠路遥々越境して続々と浸透しつつある敵ゲリラ部隊の占領地奪還、殲滅と鹵獲された「機密事項」の破壊隠蔽。風に聞く噂からして生物兵器か何かだろうが、それは私が考える必要のない話だ。
報酬金の羽振りは……そこまで良くないが悪くもないというくらい。奴らは国から降りた予算で動くのだからこれでも出した方だろう。
問題があるとすれば三つ。
一つは共同依頼であること。チームプレーなんて微塵も感じられない戦場に居たせいかこれはあまり自信がない。もちろん同業のパイロット同士ならば全くなかったわけでは無いのだが、機甲部隊や歩兵部隊などをはじめとした正規軍との連携は初めてのことなのだ。いつも通りやればいいか。
二つ目にかなりの長期任務になるということ。これは正規軍の事情も絡むのだから仕方ない。代わりに期間中の週末休暇は約束されたが、私からしてみれば余分にしかならないだろう。簡単な依頼を斡旋してもらえるように後で基地内外に根回ししておこう。
三つ目は…。
目の前の
「リンクスだ。カラードとかヤマネコとか呼ばれるが好きに呼んでくれ。私は人型機動兵器のパイロットだから君らとは別働隊扱いになるんだろうが、火力支援くらいなら私の依頼の範囲でもある。頼んだよ。」
不気味なほどにこちらをジロジロと見つめてくる少年の視線は、——膝上から下を切って車椅子に乗っている私の——太腿から小さな半円形を空中にクネクネと描く私の尻尾、臍と腹、胸元から首筋をなぞって首輪型の変換・接続アダプタ、口元そして黄色く瞳孔を狭めた双眼、さらに頭上の左右そっぽを向く尖った猫耳に至って再度降り始めようとしている。
「…ん」
「痛っ…ぃ」
肘で少年の脇腹を突いた少女はというとこちらもまた不気味なほどに無感情でいて、その対比かいつのまにやら周囲の視線が私や件の少年へと向いているのに気づいた。
不快なのに任せて尻尾を激しく左右に振るといくらか視線が散る。それと同時に少年が正気に戻って口を開いた。
「あっあのすいません、その…」
話す気も起きない私は言葉の続きを聞くより先に車椅子を少し進めて言う。
「退いてくれないかな?私は見ての通りだからあまり小回りが効かないし、ここの基地の通路は特に狭いんだ。」
「あっすいません。エル、こっちに寄ろう。」
少女「エル」は無表情で小さく頷き、少年に伴って曇りガラスで薄暗い窓際へと寄った。
通り過ぎざまに会釈する少年が見た目よりも幼く感じていたのは気のせいではないだろう。まるで自分の感情を
突き当たりで呼んだエレベーターは空気を読むかのようにすぐさま到着し、私を載せて扉もまたすぐに閉まる。
「はぁ…。」
思わず漏れ出た溜め息に自分でも驚かされた。
一先ずカートンとジッポを取りに部屋へ向かおう。私がニ階のボタンを押すと若干のタイムラグがあってからゆっくりと登り出した。
「…いや、他人が心配なわけではなく…。」
面倒な依頼を掴まされたかもしれないと、そう感じているのだ。「だまして悪いが」ではないことが唯一の救いだろうか。普段なら苛々するほど遅い古いエレベーターが、自室へと喫煙所までの行き来では酷く心地よくすら思えたのだった。
「ふん…。」
近いうちにここでの初仕事がある。ゲリラに私たちのような戦略級兵器を雇うなり管理なりする金銭的な余裕があるとは思えないが、警戒するに越したことはない。
そんなことを頭の片隅に置きながら次の手立てを考えて煙草を蒸し、また夜も更かした。
「君の任務は歩兵部隊の攻勢援助だ、カラード。自律走行兵器、トーチカ、砲撃陣地などこちらが元々配備していたものの多くを流用しているため
『Roger』
「男…?いや、機体のAIか。いい身分だな、傭兵。」
『…』
「まあいい。歩兵部隊の展開完了まで待て。それからカタパルトを始動させる。」
『Roger』
昔はなかなか慣れられなかったコクピットの
麻酔薬を機体と繋がった首輪から注入して肉体を眠らせることで脳への負荷を最大限に減らし、機外の消耗状況、天候、姿勢制御、さらにはスキャニングから得た位置情報や武装の残弾、ジェネレータ出力の数値までもが脳になだれ込む。自分の乗る機体こそが眠った肉体の代わりに自身の第二の肉体となるのだ。適性が問われるのも納得だろう。
とはいえど全てを一人一つの脳みそがやるわけでは無い。先程のような通信の受け答えや戦闘中の着弾予測、弾道予測、一部兵装のホーミング、スキャニングなどはAIが行なっている。
しかし脳への多大なる負荷が私たちの死亡率を高めているのもまた事実だ。多くは新人のうちに発狂して除籍されるのだから。
『作戦開始まで20分』
低い男声の愛機のAIが言った。
歩兵、車輌兵器の展開に先んじて荒野のど真ん中にある戦地へ数日前に降り立った私は前もって正規軍が設営した野戦航空基地に居る。ミッションは敵前哨基地の占領で、私に課されたのはそこに配備されている自走ターレット兵器の破壊そして歩兵の援護だ。前情報が正しければ敵に人型機動兵器は確認されていない。イレギュラーは想定済みである。
「ふぅ…」
胴体後部のメイン・サブスラスターを上へ開き、その中にある球体状のコアと呼ばれるコクピットを引き出しのように装甲ごと露出させて、電子タバコを吸っては吐き出すこと数回。既に二条の蒸気カタパルトの上へ固定された愛機と私は作戦開始の合図を待つばかりであるが、何のしようもなかった私はストレージから取り出した電子タバコを蒸して紫煙を登らせるのだった。
「……」
宙を揺蕩う煙の消えるまで待ってまた吸い込むが、単調な味に飽きた私はぼんやりとしながら後始末を済ませて手を枕に座席を倒して空を見上げる。耳の毛が燃えそうなほどに射していた日は都合よく曇りだした空に遮られ、雨を運ぶ冷たい風が私の全身に叩きつけられるのを感じた。
保護被膜加工のみの灰色に覆われた鉄の
周囲は同色の、地味な戦場に成り代わっている。相手の頭部の瞼のようなセンサー保護隔壁が開き深い青色に無数の複眼センサーが煌めくと同時に、私の中ではミサイルアラートが鳴り響く。
至近距離でのみ使用可能な個人無線から入るこの声は「烏」だろう。しかし聞く暇も無くパターンの速くなったアラートにやや急かされて、左腕のレーザーブレードを起動しブーストを素早く二回引き起こして瞬間加速を得、向い来るミサイルを袈裟斬りにした。弾頭部分の近距離センサーを斬ったために誘爆は起こしていないものの、瞬時に音速近くなったために脳が頭蓋へ引き寄せられひしゃげる。しかしもはや気にはしていられない。
「—」
私も何か言った、そんな気がする。
それに対する渡り烏の反応はこれと言ってなかった。
ミサイル回避は後退か横飛びがセオリーな中での突撃は奇を衒ったものであるが「烏」はこれを予期していたように細かくブースターを吹かして小さく飛び跳ねながら後退し、肩の黒い砲身を展開する。
脳にキンキン響く高い声でAIが回避指示をだしている。初期のAIで、予測が甘いのが特徴的だった。
瞬間、渡り烏がややスピードを落として距離を一変に詰めると肩武装から放った閃光が私を目掛けて飛び—頭のすぐ横を過ぎ去った。渡り烏の襲いかかったこの通りは狭く、横跳びには避けられない。そのため腰を捻って胴体を横へ逸らす事で直撃を回避したのだ。掠るくらいは予期したがそんなこともなく、通り過ぎた砲弾は後方突き当たりの交差点で破裂し猛烈な爆風を起こした。
捻った腰を戻してその背に爆風を受けカタログ以上の加速を得て、右に握るオートライフルを構え引き金を引かんとしたその刹那右腕が鈍い金属音と共にコクピットを揺らして弾け飛ぶ。
「—!?」
強い衝撃を制御できずにスピンし半回転して、差し掛かった交差点脇の廃墟へと半ばめり込んでようやく止まれた私が顔を上げると、こちらもまた半回転した渡り烏がその腕につけた鉄鎚を引き起こし巨大な薬莢を排出するのが見えた。
パイルハンマー、近距離格闘専用の対装甲兵器。「烏」の十八番だ。そして振り向きざまに射撃体制へ入り終えていたレーザーライフルがその特有の射撃音を発し、私はヒカリの中へと吸い込まれた。
「…っ、うん…?」
目が覚める。そこは愛機のコクピットでも棺でもなかった。依頼者である正規軍の後方拠点基地、その集中治療室だ。
私はその時何がなんだかわからなかったが後に聞いた話と愛機の戦闘記録から、敵の動きの鈍さも相まって無事に任務は遂行したようだった。その際の記憶がないことについて脳の負荷が限界だったのだと軍医は解釈しその通りに診断していた。
「らしくないな、ヤマネコ。休暇を
軍医が言った。彼との付き合いはごく最近からではあるものの親しい間柄といっていいだろう。
「あぁ…そう、かもな。」
一頻り笑った彼はこちらに言う。
「よかったな、さっき聞いた話だが事前の任務に成功した部隊があったから敵の回線はてんやわんやだったそうだ。」
「そうなのか…。」
ベッド横のバイタルサインを確認し手元のクリップボードへ書き込んだ彼は向き直る。
「さて。君が運ばれてからもう2日経った。バイタルに異常は元から見られないわけだしとっとと
「何?もうそんなに経つのか?」
驚いた。先ほどまで散漫だった両耳がクルリと軍医を向いて、瞳孔が一気に狭まったらしく明るい病室がやけにくっきりとする。
「そう、2日だ。わかりやすいね君。」
「まだ根回ししきってないんだぞ…はぁまあいいか…次からは私の部屋に運んでくれ。」
ベッド脇の柵を掴み上体を起こすと布団がはだけて素肌が露出する。ベッドサイドに
「あっそうだ、シャツ貸せ。」
「洗って返せよ。」
「もちろん。」
私がなんとか体を動かして背を向けるようにベッドから足を放るように座ると、彼はすぐそばのハンガーから男物のYシャツを取って投げ渡して来た。用意周到なことで感心するばかりだ。
「それとせめて下着は着ないか?」
「私は服が嫌いなんだよ知ってるだろ。それにお前が恥ずかしがるようなことじゃ…」
「苦情があるんだよ君に。」
「苦情?いつものことだな、なぜ私がほかに合わせないとならない?」
「全く君は…常識ってものがないのか?『せめてボタンを閉じろ』だそうだぞ、なんて格好して基地内をほっついてるんだ君は。」
「いいだろう別に。それはあれか?あの少年関連か?」
「誰だよそれは…いやまて、あー…うん。あぁ、そうだ。」
「…初心なことだな。」
「初心かどうかの問題じゃないと思うが…車椅子はこっち側だ。」
アダプタを取り、私が周囲を見回しながら話していたので区切りを見て言ってくれたのだろう。振り返ると軍医が柵を折りたたみながら指さしている。腹這いになってずるずると移動し、また両腕で少し浮かせて足を放り出す。脚部が太ももしかないのに加えて体が柔らかいからこそできる芸当だ。
「ま………あぁ…言っても無駄だとはわかってたよ。」
「お前も大概だな。」
「当たり前だろう…慣れたくもない。」
「慣れることだぞ。いやでもな。」
「いいやその理論はおかしい、絶対におかしい。」
「うるさい。ほら手伝え。」
「はいはいっと、それは少なくともここなら医者の仕事の範疇だしな。」
「違うならやらないのか?」
「付き合ってでもいない限りやらない。腕伸ばせ。」
私がニヤニヤ笑いながら腕を前へ伸ばすと、彼は努めた仏頂面でそれを脇から支えて抱き上げゆっくりと車椅子へ降ろした。