『おがさわら』―太平洋の疾風―   作:蒼崎一希

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第一話

「――ここでたった今入りましたニュースをお伝えいたします。防衛省から入った情報によりますと、今日午後2時ごろ、太平洋沖を航行中の海上自衛隊の実験艦『おがさわら』が、『荒天のため現在速力を落して航行中』という交信を最後に連絡が取れなくなっているということです。『おがさわら』は海上自衛隊が今年導入した実験高速輸送艦と呼ばれる艦船で、今朝9時すぎに海上自衛隊横須賀基地を出港し、太平洋沖での試験航海に向かったということです。現在防衛省では艦船や航空機を現場海域に派遣し、『おがさわら』の捜索を行っているということです。繰り返しお伝えいたします。本日午後2時ごろ、太平洋沖を航行中の海上自衛隊の実験艦『おがさわら』が、『荒天のため現在速力を落して航行中』という交信を最後に連絡が取れなくなり――」

 

『こちらヒーロー21。現在当該海域を飛行中。海上に艦影ならびに浮遊物は一切確認されず。繰り返す、海上に艦影ならびに浮遊物は一切確認されず――』

 

『こちらヴァイパー01、現場へ到達』

『了解。海上に何か見えるものはないか?』

『見える限りに船影や油の筋などは一切見えない』

『了解。燃料の続く限り捜索を継続せよ』

『了解、周辺海域の捜索を継続する――』

 

「――続いてのニュースです。海上自衛隊の実験艦『おがさわら』が太平洋を航行中に消息を絶って今日で一週間になります。捜索は今日も自衛隊の他に海上保安庁、さらには在日米軍の協力の中引き続き行われていますが、今のところ発見には至っていません。全長140mもの大型の自衛艦が忽然と消息を絶つという自衛隊史上最悪ともいえる今回の事件は、一体なぜ起こってしまったのでしょうか――」

 

    ◇

 

 気がつけば、そこは穏やかな海の上でした。つい先ほどまではどす黒い雲に覆われ、幾筋もの稲光が走っていた空は青く晴れ、激しくうねっていた海は穏やかに上下を繰り返します。確かあの時、何度目かの大波をまともに船体に受け、同時にごく近い場所で稲光が走っていたはず。そこまでは覚えているのですが……。

 ふと辺りを見回せば、そこには鉛色の異様な何者かの残骸が、真っ黒な煙を吐きながら静かに沈み行こうとしています。そのような光景があちらこちらに点在しているのが見てとれました。これは、一体……。いや、その前に――。

「――どういう、ことなの?」

周囲の出来事以上に不可思議な状況を、ようやく私は認識しました。

 下に向けられている私の視界に入るもの、それは人間の女性の身体。制服のようなものを身にまとったその身体は、不思議なことに海面の上に『立って』います。そしてその身体が、私の意思の通りに動き、動かした手が頬に触れました。

 私が、人間の姿に……?あまりの出来事に、事の理解が追い付きません。

「おーーーい!」

混乱している私の耳に、どこからか少女の力強い声が聞こえてきました。振り返ると、ゆったりと上下する海面を滑るように、ひとりの少女が進んでくるのが見えました。背丈は私と同じくらい、ネイビーとホワイトのツートンカラーの制服のようなものを身にまとった彼女は、背中に何か機械のようなものを背負い、手元には武器のようなものを携えているように見えました。その機械ひとつひとつの形は、どこかで見たことがある気がするのですが……。

「横須賀鎮守府からです、お身体大丈夫ですか?」

近寄ってきた彼女は目の前までやってくると第一声でそう尋ねてきました。それにしても、横須賀は当然知っていますが、鎮守府とは一体……。

「だ、大丈夫、です……。あの、あなたは……?」

「あ、自己紹介がまだでした。私、横須賀鎮守府所属のヘリコプター搭載護衛艦の『ひえい』です。あの、あなたは?」

護衛艦の、ひえい……?

 彼女はそう名乗った。そのうえで彼女をマジマジと観察します。彼女が身につける機械のシルエットに目を凝らすと、その形に見覚えがあることに気がつきました。ということは、もしかして……。

「私は、スーパ……、じゃなかった、海上自衛隊開発隊群所属のおがさわら型実験高速輸送艦、『おがさわら』です。お久しぶりです、ひえいさん」

 私は慣れない敬礼をしながら名乗りました。そう、間違いない。彼女はあの……。

「えーっと、『おがさわら』さん、だっけ? ごめんなさい私覚えがなくて……」

彼女は心底困ったといった表情をしていました。それも当然です。彼女と出会ったとき、私は――。

「覚えていますか? 江田島のバースで最期の時を一緒に過ごしたこと。その時あなたの隣にいた、『スーパーライナーオガサワラ』って客船のこと」

 それは、懐かしい名前だった。私が過去に持っていた名前。今の姿になるまえに、違う私がいたことの証。

「――あなたが?」

彼女の表情からとても驚いていることがよく分かりました。でも、ようやく理解してもらえたようです。

「ところで、ここは一体? どうして私は人の姿に? どうしてひえいさんがここに……?」

自分の知っている存在と出会えたことが、却って私の中の不安を大きくさせていくのを感じました。今の私はどういう状況なのか。なぜ、先に旅立ったはずのひえいがここにいるのか。何が、一体どうなって……?

「うーん、話したいことは山ほどあるんだけど、まずは、横須賀についてきてもらっていいかな?」

「ひえいー、そっちは大丈夫~?」

山のように抱え込んだ疑問を今にもぶつけそうな私に若干困惑している彼女の後ろからまた別の少女の声が聞こえました。彼女たちもひえいと同じように、海を滑るようにこちらへ進んできます。そこにいたのは、ひえいとよく似た格好をした少女と、ふたりとは違う制服のようなものを着た女性たちでした。

「あの……」

「全員揃ったところで、みんなにも紹介しておくね。彼女がさきほど見つけた実験艦の『おがさわら』さん。こっちは、横須賀鎮守府第四艦隊のみんなで、はるな、高雄先輩、それから……」

「愛宕よ、よろしくね、うふふ♪」

愛宕と名乗った金髪碧眼の女性が柔らかい笑顔を見せた。

「では、これにて作戦完了。これより横須賀へ帰還します」

「はーい」

どうやら艦隊の旗艦を務めているらしいひえいの号令によって、全員が列を作り進み始めました。私もあわててその列の最後尾に加わり、一緒についていきます。

 これから先、一体どうなるのか、それは全く分かりません。ただ、ひとつ確実に言えることがあります。それは、何かとんでもない出来事に私は巻き込まれてしまったのだ、と。

 

    ◇

 

「し、失礼しますっ!」

裏返る寸前の素っ頓狂な声を出しながらのガチガチな着任あいさつを終えて、私は提督執務室の重厚な扉をくぐりました。

「もうそんなに緊張しなくてもダイジョーブネー。提督はとーってもいい人デース、もっと肩の力を抜かないと疲れてしまいマース」

その後に続いて扉をくぐった日本人なのか外国人なのかいまひとつ判断がつきかねる独特のテンションで明るく話すひとりの艦娘の方が出てきました。戦艦金剛さん。この横須賀鎮守府に所属する艦娘さんたちの中で要のポジションである『秘書艦』という立場にいる艦娘さんなのだそうです。横須賀への道中でひえいさんの口からもこの人の話題が出てきましたが、彼女の言葉から想像した以上の強烈なキャラの持ち主、というのが今のところの私の印象です。

「お疲れ様、って大丈夫? 顔強張ってるよ?」

執務室の外であいさつが終わるのを待っていたひえいとはるなの姿を見た次の瞬間、張りつめていた緊張の糸がぷっつりと切れる音がしたような気がしました。

「――ひえいさん、私すごく疲れましたぁ」

風船から空気が抜けるかのような、なんとも気の抜けるような声とともに、身体に入っていた変な力が抜けていきます。

「――ずっとこんな調子でした?」

「……のっけから左手で敬礼しちゃうくらいには、ネー」

「あちゃー……」

金剛の回答に、ふたりが天を仰ぐような仕草をしているのが目に入ります。ふたりにそんな仕草をされる覚えは十分すぎるほどにあったので、ふたりの顔を見るに堪えません。

 この調子で私、本当にここで上手くやっていけるのでしょうか。

 横須賀鎮守府に向かう道すがらに、私はひえいさんからこの世界の事を少し教わりました。

この世界は私の知っている世界とはよく似ているけど違う世界であって、ここには自分が所属していた海上自衛隊という組織が、いや、それどころかその前身である帝国海軍さえもそもそも存在していないということを。そしてこの世界には洋上を跋扈する深海棲艦という非常に厄介な存在がウヨウヨしていて、それに対抗できるのは私たち艦娘だけであることを。その深海棲艦に対抗するべく艦娘を集め組織されているのがこの鎮守府であることを……。

 そしてこの世界にいる艦娘は皆、艦艇としての生涯を終えてしまった艦だということを。

 あまりの突飛な出来事のオンパレードに、頭が船酔いしたかのようにクラクラとしてきます。

 艦娘として『転生』してまだ一日目ですが、私はこの先が非常に心配です。

 ひとまずこの日の最大の山場をクリアした私は、金剛先輩とひえいさんたちに連れられて、これから毎日を過ごす寮へと向かいます。本当は一番私のことを知ってくれているであろうひえいさんたちと同じ寮がよかったのですが、あいにくひえいさんたちが暮らす重巡寮には空きの部屋がないということで、私は空きのあるという別の寮に入ることになりました。

「ハーイ、ここが今日からおがさわらちゃんが暮らす空母寮ネー」

先頭を行く金剛さんが足を止め、先ほどと変わらないテンションと明るい表情をこちらに向けながら寮の建物を指し示しました。

「ここが、私が暮らす、寮……」

そこに建っているのは、立派な作りの大きな建物でした。古き良き時代の木造建築のようですが、しっかりとした作り、そして構えが空母という艦種の威厳を表しているかのようです。

 私の知っている空母といえば、所属していた横須賀基地で停泊している時に、向かい側の米軍のバースで休んでいる原子力空母『ジョージ・ワシントン』くらいしかいませんが、その巨大な艦影から立ち上る『海の女王』とも言える強いオーラを敏感に感じて、自分などとても敵わないという強烈な印象が残っていることを思い出し、またまた不安が首をもたげ始める感覚を覚えていました。

そんな『女王』たちに囲まれながら、私はここで……。

「――大丈夫?」

明らかに緊張しているのが伝わってきたのか、ひえいさんが心配そうに顔を覗き込みます。

「だ、大丈夫です!」

と、答えたはいいもののどう考えても自分が大丈夫そうには見えそうもありません。ですが、ここで挫けてしまうようではひえいさんたちにとても迷惑がかかりそうなことくらいは分かります。

「い、行きましょう金剛センパイ!」

とやたら悲壮感の籠った声をきっかけに歩を玄関へと向けますが、

「……手と足が同時に前に出ちゃってるネー」

「どう見ても舞いあがっちゃってますよねアレ……」

「大丈夫かなぁ……」

後ろから聞こえる心からの心配の声を背にとにかく一歩ずつ進むしかありません。玄関の引き戸の前に立ち、口が風切り音を発するほどの深呼吸をしてから、意を決してこんにちは、と挨拶すると扉を引き中へ入りました。そしてそこで目にした光景に、緊張の度合いは最高潮に達したのでした。

「こんにちはおがさわらさん。ようこそ空母寮へ。私は一航戦の赤城、そしてこっちが――」

「同じく一航戦の加賀です、よろしくね、おがさわらさん」

そこで待っていたのは、こちらも横須賀への道中でひえいさんから聞いた横須賀の空母のエースである一航戦のふたりでした。

――この人たちが、最強の空母……。

「あ、あ、あの……」

なんとか挨拶をしようとしますがなかなか声が出ません。思わず振り返った先には、非常に心配そうに私のことの成り行きを見守っているひえいさんたちの姿が見えました。その心配そうな表情が、ようやく私をふたりの方へ再び向き直らせました。

「は、はじめまして! 私、海上自衛隊開発隊群所属のおがさわら型実験高速輸送艦、『おがさわら』です! み、未熟者ですが、よろしくお願いしますっ!」

なんとか自己紹介を言い終わり、私は額にぶつかりそうな勢いで敬礼の姿勢を作りました。もちろん、今回はちゃんと右手でできました。

――本当に、私は上手くやっていけるのでしょうか。やはり不安で仕方ありません。

「それじゃあ、あなたの部屋に案内するわね、こっちよ」

 優しげで、そして凛々しい笑顔を浮かべる赤城の後におっかなびっくりといった様相でついていくおがさわらを見送り、ひえいたちはようやく肩の力を抜くことができたのでした。

 

    ◇

 

「――変わった娘ね」

彼女に割り当てられた部屋に入っていく姿を見送る加賀からそんな言葉が漏れました。

「実験高速輸送艦、だそうです」

「――あなたもよく知らないのね」

「えぇ、私も江田島のバースで最期に一緒にいた時のことしか知らないので……。その時はまだ貨客船でしたから」

「――貨客船?」

加賀が、そのひとつの単語に反応した。

「えぇ、元々は高速貨客船として生まれたけれど、いろいろあったみたいで……」

ひえいはそこから先の言葉をあえて濁した。あまり第三者がとかく話すことではないだろう。

「――そう」

加賀はそういうと静かに頷いた。

「もしかしたら、あのふたりとなら気が合うかしら」

「――はい?」

加賀のひとりごとはとても小さい声で、ひえいの耳には上手く届かなかったようだった。

「なんでもないわ」

加賀はそういうと部屋から出てきた空母寮の新たなる住人を見つめていた。

 ――今夜からまた騒がしくなりそうね。

 これから先に起こりそうなできごとを少しだけ想像した加賀は、そんなことを思ったのだった。

 

    ◇

 

 これから暮らす寮の中を赤城先輩に案内してもらった後、私はひえいさんたちと一緒に食堂に足を運びました。多くの艦娘の皆さんが列を作って注文口に並んでいます。時間はちょうどお昼時です。

「おがさわらちゃんは何食べる?」

 ひえいさんに尋ねられ、私は目の前のメニューを眺めます。定食・丼物・麺類・洋食系などなど。様々なジャンルの料理がぎっしり並んでいますが……。

「ひえいさん」

「なに?」

「――どれが一番おいしい、ですか?」

どの料理も名前は一応知っていますが食べた経験はありません。艦娘、つまり人の姿になってからまだ半日も経過していないので、正直言って決めようがないのです。

「そうねー、基本的に鳳翔さんの作る料理はどれも美味しいけれど……、決められないときは日替わり定食でいいんじゃないかな」

というひえいさんのアドバイス通り、食券の券売機で日替わり定食をセレクトします。

 ちなみにこの食堂では艦娘は無料で食事を頂けるそうで、先ほど赤城先輩から渡されたカードを使って食券を買うシステムなのだそうです。ちなみにこのカードは鎮守府内のあちこちで使うものなので、当然ながら紛失厳禁です。

「このカード、とても便利ですね」

「ちょっと前までは直接注文していたのだけれど、今は艦娘の皆さんが増えちゃったから、間違わないように提督にお願いして用意してもらったの」

 取り出し口から出てきた白い食券に手を伸ばしたところで、脇から優しげな声が私に向けられてきました。もちろんひえいさんやはるなさんの声ではありません。

「あれ? 鳳翔さん休憩ですか?」

はるなさんが鳳翔さんと呼んだこの人が、この食堂で料理を作っている人のようです。薄紅色の和服に紺の袴をはいたその女性は、券売機のそばにあるのれんから顔を出していました。

「えぇ、今は間宮さんたちに料理をお願いしているわ。あら、こちらは新入りさんかしら」

「え、あ、はい! 実験高速輸送艦『おがさわら』といいます! よろしくお願いします!」

自己紹介にもちょっとずつ慣れが出てきたのか、先ほど提督の前でやらかしてしまった時よりはなんとかマシになってきました。

「はい、よろしくね、おがさわらさん。お昼ご飯、ゆっくり食べていってね」

そう言って手をひらひらと振った鳳翔さんは静かに食堂の外へと出ていったのでした。鳳翔さんは別に食べるのでしょうか。

 そんなことを考えている間に順番が回ってきたので食券を渡して、呼ばれるまでの間に座る場所の確保です。

 

    ◇

 

「美味しい……」

それから5分後、すぐに出された料理を並べての昼食です。大きなお皿に並ぶ唐揚げとキャベツの千切り、お味噌汁に白いご飯。そのどれもが美味しく、そして新鮮な体験です。

「いつもこんな美味しいご飯食べてるんですか?」

お味噌汁を啜って、思わずそんな質問をしてみます。

「いやぁ、食堂が開いている時はいつもここを使うけど……」

「24時間開いているわけではないからそれ以外のときは自分で作ったりしているの」

ここはよく覚えておかなければいけません。艦娘はいつも決まった予定通りに動けるとは限りません。場合によってはお腹はすいたけど食堂が開いていないということだって十分に考えられるということです。

「それじゃあひえいさんたちも料理作ったりするんですねー」

「――んー、私はー、ちょっと作らないかなー」

私の何気ない一言にひえいさんが変な反応を示し始めました。

「ひえい、料理がどうにも上手にならなくて、今は自炊が必要な時はだいたい私がやっているの」

はるなさんがそんなことを耳打ちしてくれました。ひえいさんの変な反応にも納得です。

「うーん、いっつもレシピ通りに作っているはずなんだけどなぁー。味見するとなんだか味が違うのよねー。うーんやっぱり比叡先輩に似ちゃったのかな―、どうしてそういうところが似ちゃうのかなー、頑張ってるんだけどなぁ……」

突然弁解するかの如くいいわけを始めるひえいさん。どうやら料理のできなさ加減はなかなかの様子です。

「おがさわらちゃんもひえいみたいにならないうちに料理習っておいた方がいいかもね」

「自覚はあるけど実際言われちゃうと凹むなぁ……」

「自覚があるならもうちょっと上手にならなくちゃ」

「デスヨネー」

そんな姉妹らしいやり取りを唐揚げを食べながら見ていると、自分にも姉妹がいたらきっと楽しいだろうなぁ、ということをふと考えてしまったのでした。

 

    ◇

 

 食事が終わった後も鎮守府内の案内が続きます。艦娘が一般教養や航海術・戦術の基礎を勉強する教室や、砲雷撃の演習施設に入渠のためのドッグや装備工廠。他にも運動場に体育館、プールにジムといったトレーニング施設に、図書館、売店、さらにはゲームセンターまで。任務から日常に必要な物までが概ねすべて施設内に入っています。基本的に非番で外出許可が下りた時しか鎮守府の外へ出かけることができないため、これくらい施設が充実していなければとてもうまくいかないのだそうです。

 そんな鎮守府の基礎知識を歩いて回りながら教えてもらい、もう一度自分の部屋へ戻ろうとしたとき。

「あなたがおがさわらちゃん?」

突然どこかから現れた少女にこう声をかけられました。目の前に現れたのは金髪を黒いリボンでまとめて、セーラー服のようなものすごく露出度の大きめな制服?を着た少女でした。周りにはマスコット、のような何かが一緒にいます。ちょっとかわいい……。

「え、あ、はい。あの、あなたは……」

「私は駆逐艦島風! スピードならだれにも負けません! だ・か・ら!」

そこで一旦言葉を区切ると島風と名乗った彼女がビシッと私を指さし、

「私と、競争しよう!」

そう宣言されたのでした。

 ――話が全くつかめません。

 

    ◇

 

『なぁなぁどうしたん急に』

『なんや島風と新入りの子が競争するらしいで?』

『ってことは足速いん?』

『らしいでー、これも島風が吹っ掛けたらしいからなー』

『んで新入りの子って私全然知らんのやけど……』

 普段は砲雷撃の演習が行われる海域が見える岸壁には、どこから聞きつけたの非番の艦娘たちが集まりその視線を海原へ向けていた。その海原に用意されたブイのすぐそばに並ぶふたりの艦娘、ひとりはこの競争を申し込んできた島風が、そしてその隣にはおがさわらが不安そうな顔をして並んでいた。

「提督もレースを見に来たのですカー?」

艦娘の人ごみの横にそっと並んだ提督のそばには、いつの間にやら金剛が並んでいた。

「広いようで狭い鎮守府だ、そんな話すぐにここまで伝わってくるよ」

やれやれ、といった表情で他の艦娘同様海原に視線を送ると提督は額に浮いた汗をハンカチでぬぐった。梅雨も明け夏本番を迎えた鎮守府は当然暑い。水面に浮かべば多少は暑さも和らぐだろうか。そんな果てしなくどうでもいいことが一瞬脳裏をよぎった。

「それに、せっかくだ彼女の自慢の速さというのもこの目で見ておきたかったからな。今回島風は大目に見てやるとするか」

「でもそうそう簡単に島風チャンに勝てますかネー?」

提督と同じ方向を見つめながら金剛が腕を組む。

「なに、またひえいたちのように君たちより後に生まれた子たちなのだろう。後輩たちの実力、見せてもらおうじゃないか」

 

    ◇

 

 勝負は単純。400m先に浮かぶもうひと組のブイで示されたゴールへ向かって駆け抜けれるだけ。レースは一本勝負。

 隣で自信満々にスタートを待っている島風さん。ひえいさんたち曰く、この鎮守府最速の艦娘なのだそうです。その速度40ノット超え。思い返せばこんな速さを出せるのは、海自でもミサイル艇のはやぶさ型くらいしかいません。

 しかしそこで、ふと自分がどう呼ばれていたかを、そしてなぜ生まれてきたのかを思い出しました。

『海の新幹線』

線路の上を颯爽と走り、世界トップクラスの速さを誇る日本の新幹線。そんな新幹線みたいな速さはとても出せないけれど、他の船では絶対に出せない速さで人を、荷物を運ぶために私が生まれてきたということを。

 同時に、私が生まれた時のことを思い出しました。岡山の造船所でたくさんの腕利きの技術者たちの見守る中進水したこと。大臣まで乗せて、他の客船よりも速い速さで走って見せたことを。

 そう、速さは、私の一番の自慢なのです。私を生み出してくれた人たちのためにも、ここで負けるわけにはいかないのです。

「用意はいい?」

スタートを示すブイのそばに立つはるながふたりに問います。ふたりがそれぞれ返答したところで、いよいよスタートです。

「位置について」

前傾姿勢をとって、加速するイメージを浮かべます。

「スタート!」

掛け声と同時に、主機全開。ウォータージェットの力で思いきり水を蹴り、加速します。

しかし、

「速いッ!」

さらに速いペースで島風さんが先を行きます。身体の大きさがスタートダッシュに響いたようです。でも負けていられません。ここで負けてしまったら海の新幹線の名が泣いてしまいます。全開を維持して、必死に島風さんの後を追います。

『がんばれーーー!!』

『いいぞーーー!! 喰らいついてるぞーー!!』

岸壁からの声援が聞こえます。同時に、島風さんとの距離が少し、また少しと縮まっていきます。最初のスタートの鈍りを巻き返して、私の勢いが勝ってきたのです。

 コースの半分を過ぎました。差は少しずつ、しかし確実に縮まっていきます。もっと加速を、もっと速さを。そう願いながら加速を続けていきます。

 軽く視線を動かすだけから視界の端に見えるところまで距離が縮まります。もうあと少し、だけどあと少しで……。

「ゴーーーーールッ!」

ゴールで待っていたひえいさんの絶叫するようなコールが響きます。後進全速をかけて止まり、ひえいさんの横へ駆けよります。

「ねぇ、島風が、島風が勝ったよね!?」

「私、勝てました、か……?」

同時に詰めよってしまったところをなだめられ、少し冷静になったところで、ひえいさんは応援団のいる岸壁の方に向き直りました。そして、

「このレースは、同着です!!」

きっぱりと断言したのでした。

 岸壁では応援団たちが非常に盛り上がっています。一方の私は、負けはしなかったものの、ちょっと悔しさが残ります。そこへ。

「おがさわらちゃん、あなたって、速いのね!」

島風さんが、私とは対照的にその眼をキラキラと輝かせながらこちらを見ていました。

「今までこんなに速い人いなかったの! だから、島風、ちょっと嬉しいの!」

――どうやら、島風さんからすると新しいライバルができて嬉しいようです。

「ねぇねぇ」

「……なに?」

「私と、友達になろう?」

またまた突然でした。それくらい、嬉しかったということでしょうか。

 ちょっと風変わりな子ではあるけれど、決して悪い子ではなさそうです。単純に、自分と同じくらい速い仲間が欲しかったのかもしれません。

「はい、島風さん」

私が差し出した手を握ると、島風さんはブンブンともの凄い速さで上下に振ります。何かと付けて動きの速い人のようです。

 ただ、ひとつだけ心配事が減りました。よく知っているひえいさん以外にも、早速、友達ができたのですから。

 

    ◇

 

「おがさわらちゃんおっそーい!」

「ごめんごめん」

朝の空母寮の玄関前で待つ島風のところに、おがさわらさんが出てくると、一緒に駆けだしていく。

 その様子を少し離れたところから見守るふたりの姿があったのだった。ひえいと愛宕である。

「なんだかんだで仲良くなったみたいでよかったです」

小さくなっていく後ろ姿を見送りながらひえいがホッと胸をなでおろした。唯一彼女の事を知っている身としてできる限りのことはしてあげようとは思っているが、こちらにも任務や遠征など鎮守府を空けることもある。だからあんな友達ができればと思っていたのである。

「島風ちゃんにおがさわらちゃんのことを話した甲斐があったわ~」

いつものマイペースなテンションで話す愛宕。何を隠そう島風が競争を吹っ掛けるにいたった張本人である。

「愛宕先輩狙ってたんですか、こうなることを」

「そんなこと狙ってできたら苦労はしないわよ~」

「――ですよね」

まさに結果オーライである。

「さ、安心したところで私たちも行きましょうか」

「はい」

走り去った二人を見送ったこちら側のふたりも踵を返し、それぞれの場所へ向かったのだった。

 

    ◇

 

 怒涛のような初日が終わって、二日目も朝から島風さんとかけっこ状態で一日が始まりました。島風さんはいつもすばしっこくて、気がつけばどこかへ行ってしまっているようなとてもせわしない艦娘さんです。でも、不思議と彼女とは気が合うような気がします。

 今日も早速引っ張られる形になっていますが、頑張ってついていこうと思います。

 おがさわら型実験高速輸送艦、『おがさわら』、これからは艦娘として、精一杯頑張ります。

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