パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー   作:鈴本恭一

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コルトン貨物3564便離陸失敗事故
コルトン貨物3564便離陸失敗事故①:冬、北国、離陸


 

 

○登場人物

 

 

 

・レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 飛空艇事故調査委員会。連邦捜査官)

・ミリィ=セレネイド(カカナ連邦 連邦飛空局 空獣害防除課。国家魔術師)

 

 

 

 

 古代竜人文明の遺産を解析することで、我々は飛空艇という空の移動手段を得ました。

 しかしその高度な道具による事故は後を絶ちません。

 この番組は、四大陸の空の安全のために戦う人々の記録です。

 

 

 

※これは実話であり、調査報告書および目撃証言に基づいて構成しています。

 

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コルトン貨物3564便離陸失敗事故

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○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 飛空艇事故調査委員会・委員長)の証言

 

 

 

 北のジーニキリー大陸と東のカカナ連邦は、昔から船による交易が盛んでした。

 そしてジェット式の大型飛空艇が現れると、ジーニキリーの内陸国までがカカナ連邦へ様々な商品を輸出するようになりました。

 カカナも彼らの需要に応え、2大陸を往復する貨物飛空艇の数はかつてないほど増えていきました。

 飛空産業は好景気に沸き、あらゆる飛空会社がジーニキリーとカカナを往復し、急成長を遂げました。

 

 カカナ連邦のコルトン貨物も、そういった飛空会社のひとつです。

 

 

 これは22017年、ジーニキリーのヨシュツ共和国で起きた事故です。

 

 

 

 

 

 

 

○ダニエル=ロア(コルトン貨物 操縦士(当時))

 

 あれは冬至祭が近い、22017年の冬でした。

 ヨシュツ共和国のリマガ空港は、前日からずっと雪が降っていました。

 気温は氷点下で、滑走路の除雪と防雪に空港は大忙しでした。

 

 もちろん、3564便も慌ただしく準備をしていました。

 

 3564便は機体の後部に2発のジェットエンジンを備えたモローズ号型です。中型貨物便として、あちこちの貨物会社で採用されている、信頼性の高い機体です。

 

 

 ……私はコルトン貨物の操縦士でしたが、その日の3564便の操縦士ではありませんでした。

 3564便に便乗してカカナに戻り、別の機材を操縦してジーニキリーの別の国へ飛空する予定だったのです。

 別の操縦士をついでで乗せることは貨物便にはよくあることで、私は操縦室の後ろの席で機長達の会話を眺めていました。

 

『こう寒いと眠気覚ましになるな』

『俺は好きですよ、雪。地元じゃあまり雪は見ないので、テンションが上がります。機長はどこの出身でしたっけ?』

『ヴァンダイナだ。南だよ。寒がりなもんで、雪を見るとおっかなくてベッドに逃げたくなる』

『じゃ、さっさと暖かいところに帰りましょうや』

 

 操縦室の雰囲気は悪くなく、ゆったりとしたものでした。

 私も含めてコルトン貨物の操縦士は途中入社ばかりで、同期という関係の人間は多くありません。けどその日の操縦士、カトルラック機長とレッドメイン副操縦士は人見知りのしない、好感のある人物でした。

 

『寒いのがダメなら、俺が外回りしましょうか?』

 

 レッドメイン副操縦士が機長に外回り、つまり機体を外から目視で点検する作業を申し出ましたが、

 

『いや、私が行ってくる。君は操縦を頼む』

『了解です』

 

 機長はあくびを噛み殺しながら、自身で確認に行きました。

 

 この確認作業を、そのフライトで操縦を担当する者としない者のどちらが行うのかは、飛空会社によって異なります。コルトン貨物の場合は操縦を担当しない人間が、機体の外部確認を行います。そして外回りをしない方の操縦士は操縦席の点検を行うのです。

 

 外部も操縦席も特に問題はなく、その後も航法ゴーレムの設定、貨物の搬入と搭載状況の確認、飛空計画の再確認と打ち合わせ、除雪の依頼と実施等々を終え、通常の手続き通りに牽引ゴーレムに誘導路まで連れて行ってもらいながらエンジンを始動し、誘導路から滑走路へ入りました。

 

 滑走路13の末端に入り、離陸前の儀式を機長達がしようとした時でした。

 飛空場管制官から連絡がありました。

 

『コルトン3564、滑走路4に着陸する機がいます。滑走路13の端で待機してください』

 

 リマガ空港は離陸専用と着陸専用の滑走路を十字状にした造りになっています。

 

 なのでタイミングを誤ると、離陸する機と着陸する機が衝突してしまいます。

 優先権は常に着陸側にあるので、離陸する我々は着陸機がいなくなるまで待たなければなりませんでした。

 

『ちょうどいい、離陸前儀式を終えてしまおう』

『了解』

 

 機長達は改めて、離陸前の儀式を行い始めました。

 

『スポイラー、チェック』

『チェック』

『オートブレーキ、チェック』

『チェック』

『フラップ、チェック』

『チェック』

『スタビライザートリム、5.3にセット』

『5.3にセット』

『イーピーアール、204にセット』

『204にセット』

『アンチアイス、オン』

『オン』

 

 儀式を全て行い、それからしばらくして、滑走路4に着陸する機を目視で確認しました。

 そして管制官から『コルトン3564、離陸を許可します』の連絡が入り、我々はようやく離陸を始めたのです。

 

『ユーハブ』

『アイハブ』

 

 カトルラック機長がレッドメイン副操縦士に操縦委任の呪文を唱え、レッドメイン副操縦士はスロットルを前に押し出しました。

 機体が押し出され滑走路を走り出しました。

 

『ブイワン』

 

 雪の降る早朝の滑走路13を、双発のモローズ号型が順調に加速していきました。

 

『ローテート』

 

 そして機首上げの速度に達し、副操縦士は操縦桿を引き上げて機体を浮かせました。

 

『ブイツー』

 

 離陸速度から上昇速度へ達した、その時です。

 

 ……何か、声が聞こえた気がしたのです。

 

 笑い声のような、子供のような声が。

 

『ポジティブレート』

『ギアアップ』

『ギアアップ』

 

 しかし機長達が主脚を引き上げ、その音とエンジン音が混ざり合い、私の聞いた声はかき消されてしまいました。

 機長達は気付いてないようでしたので、私の幻聴かもと思いました。

 しかし、機長は私へ振り向いて、

 

『……なんの音だ?』

 

 と聞いたんです。

 一瞬、機長もあの謎の声を耳にしたのかと思ったのですが、事態はより具体的で深刻なものでした。

 

 バンッ、バンッ、という爆発のような音が小刻みに聞こえてきたのです。

 

『なんだ?』

『貨物室の気圧に異常はなし。機内は無事です』

 

 その時、私ははっきりと聞いたのです。

 

 クスクス、クスクス、という子供に似た声。

 あの笑い声です。

 

 爆発音は断続的に強く鳴り続け、それが面白いかのように笑い声も大きくなっていきます。

 不安をひたすら増大させていく不気味な声です。

 

『エンジン出力が低下していきますッ!』

 

 レッドメイン副操縦士が叫びました。

 

『私が操縦する!』

『了解、ユーハブ!』

『アイハブ! スロットルを上げる!』

 

 カトルラック機長が操縦を交代し、エンジンスロットルを押し込み出力を上げました。

 しかし出力はなお低下し続け、逆に爆発音は全く止まずどんどん大きくなり、

 

『右エンジン停止!』

 

 その数秒後、ついに一番聞きたくない言葉が副操縦士から発せられました。

 

『……左エンジン、停止! 全エンジン喪失!!』

 

 離陸してから1分足らずで、3564便はエンジンを全て失ったのです。

 

『緊急事態呪文を詠唱ッ!』

『了解!』

 

レッドメイン副操縦士が非常事態用の呪文を唱えました。

 

『メーデー、メーデー、メーデー! こちらコルトン3564、コルトン3564、コルトン3564、全エンジン喪失! 全エンジン喪失! 全エンジン喪失!』

 

 緊急事態呪文メーデーは、この短い竜人語の文言に『当方は非常に深刻な危機に瀕しているので周囲にいるあらゆる者の助けが必要だ』という意味が詰め込まれています。

 この呪文を受け取った相手、空港の管制や他の飛空艇は呪文詠唱者の救助を最優先にしなければならなくなります。

 

 ……ただ、残念ながらこの呪文に対する応答を、我々は聞くことが出来ませんでした。

 

『通信できません! 計器類が停止! 魔力源喪失!』

 

 緊急事態呪文を唱えた直後、通信魔導器具を含めた飛空計器類が、使用不能になりました。

 

 飛空艇の各種魔導器具の魔力源は、エンジンに備わった魔力変換装置です。

 風と火の精霊による燃焼噴流の一部を魔力変換装置に通し、飛空に必要な魔導器具を動かします。

 しかしあの時の3564便はエンジンの全てを動かせなくなったので、魔力源がなくなったのです。

 操縦室は暗闇に陥りました。

 ……私の、記憶も。

 

 

 

 私が次に覚えているのは、リマガ総合病院の治療室でした。

 ベッドで寝かされていて、何が起きたのか分からず、近くにいた治療士に尋ねたんです。なにがあったんですか? と。

 

 

『もう大丈夫です。助かったんです。飛空艇から救出されて』

『飛空艇……』

 

 一瞬だけ、なんのことか分からなくて混乱しました。

 そしてハッとなって、

 

『そうだ、エンジンが切れて。3564便は? 機長と副操縦士は?』

 

 その時の私は左の鎖骨と肋骨、そして右足が折れていて、身体中が傷だらけになっていました。

 治療士によれば、5日間も意識不明だったそうです。

 けれど、それでも私は幸運でした。その程度で済んだんですから。

 

 私の質問に治療士は首を横に振りました。『残念ながら……』と言って。

 

 

 

 

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