パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○ミリィ=セレネイド(事故調査チーム)の証言
回収したエンジンの部品は、もう惨い有様でした。
とにかく何もかもが砕かれて、空中からばら撒かれてたんです。
『3564便は飛んでいる最中にエンジンが破壊され、飛行能力を喪ったと見て間違いありません』
冬の北国で連日捜索をしててフラフラな私は、同じく疲れた顔のバルタザーレさんに報告しました。
『こっちも監視ゴーレムの映像を見付けた。君の見解を裏付けるものが映っていた』
空港の一室を借りた調査室で、バルタザーレさんが映像を再生してくれました。
滑走路近くのフェンスに設けられた、侵入者監視ゴーレムの映像でした。
雪の降る中、滑走路を飛び立ったモローズ号型が、見づらいですが確かに映ってました。
その機体後部に付けられたエンジンから、赤い火の尾を引いていたんです。
私はハッとしました。
『……エンジンサージだ』
ジェットエンジンは燃料に含まれる火の精霊と、外から取り込んだ風の精霊を混ぜ合わせて力に変えます。
その混ぜる火と風の割合は、世界創造のとき創造神ボンテーンによって緻密に決められています。神秘に沿って適切な割合を守れば強力な加護を得られますが、そうでないと精霊達の暴走を引き起こします。
この暴走を、古代の竜人達はサージと呼んでいました。
監視ゴーレムの映像は、そのエンジンサージが起きていることをはっきり示唆していたんです。
『そうだ。サージに陥ったエンジンは適切に処置しなければ、最悪エンジンの破損を引き起こす。そしておそらく3564便は、適切な処置に失敗した』
バルタザーレさんは映像を切ってホワイトボードに纏めました。
『調査の方針が決まった。なぜエンジンのサージが起きたのか? そしてなぜ操縦士達はサージの対処に失敗したのか? 調べるべきはこの2点だ』
私はうーんと唸り、
『エンジンを調べたいんで、ちょっと倉庫に籠もります』
って許可を貰って、エンジンを調べ始めました。
○レイル=バルタザーレ(事故調査チーム主任捜査官)の証言
セレネイドくんが倉庫に籠もっていた期間は、ちょっとどころではなく、5日間に及びました。
その間ずっと倉庫の片隅でエンジンの部品を資料と照らし合わせたり、破片ひとつひとつを微に入り細を穿って丹念に調べていました。恐ろしい集中力で、事故調査委員会でもあれだけ長い時間神経を使っていられる人間はいません。ダークスターが推薦してきただけはありました。
そのセレネイドくんが、げっそりとした顔で報告してきたのです。
『………氷です。氷がぶつかったんです』
ひどい顔をしながら言われた言葉に、私は眉をひそめました。
『氷? エンジンにか?』
『正確には、エンジンのファンブレードにです』
セレネイドくんは壊れたエンジン部品の中から、ファンのブレードを見せてきました。
エンジンの最前部にあって、風車のように風を吸い込む装置です。
その何枚もある羽車のいくつかが、奇妙な歪みを見せていたのです。
『これは?』
『滑走路と墜落地点の間に落ちてた部品です。燃えた歪みじゃありません。エンジンに何かが吸い込まれて、ファンにぶつかって歪ませたんです』
『その何かが、氷だと?』
『空獣害でもそうですが、エンジンに吸い込まれたものはだいたいファンを歪ませます。最初にぶつかりますからね。その歪み方で、何がぶつかったのかある程度分かります。その中でも氷は特徴的な歪み方をするので、特定が容易です』
そう言ってセレネイドくんは持ってきた資料と実際の部品とを比較して見せました。
なるほどな、と私は頷きました。
『氷がぶつかってファンを歪ませ、風の精霊を正常に吸い込めなくなった。エンジン内部はバランスが崩れて暴走し、サージに至った』
『あとは氷がどこから来たか、です』
『除氷作業をどうしたのか、聞き取りに行こう。お手柄だ、セレネイドくん。しばらく休んでてくれ』
さすがにそのまま仕事をさせるのは忍びなく、セレネイドくんへ休息を取るよう命じた私は、空港の除氷担当に当日の様子を聞きに行きました。
『………では、コルトン貨物は除氷を依頼してたんですね?』
『ええ、念入りに。2回もしましたよ』
除氷を担当したのはコルトン貨物から荷役を下請けしている業者で、冬季の除氷や防氷の作業も担当していました。
その担当者は、離陸前、機長が翼に氷があると言って2回目の除氷を依頼したことを教えてくれました。
『1回目の除氷で消しきれなかった氷があったので、2回目の除氷をしたんです』
『氷は落ちましたか?』
『落ちました。翼の上に乗って全部確認しました。防氷液もしっかり塗りましたよ。タイプ4を』
氷や雪が降ってもそれを翼に付着させない呪いを掛けられた防氷液は、冬の飛空艇では欠かせません。
使用する防氷液の種類は飛行艇の大きさで変わり、今回のモローズ号型であればタイプ4の使用は適切と言えます。
使われた防氷液の品質を調べても、特に問題はありませんでした。
『あとは………ホールドオーバータイムを超えた可能性か』
防氷液の効果は永遠ではありません。寒い気候の中で雪や雨に晒され続ければ、その加護を失います。
効果が消えるまでの有効時間が、竜人語で言うホールドオーバータイムです。
3564便は滑走路についた時、着陸する便があったので待機を命じられました。
その時間がホールドオーバータイムを超えてしまい、翼に雪や氷が付着したかもしれなかったのです。
そこで我々は、事故当時の気温と気象条件、使用された除氷液と3564便の諸元から、ホールドオーバータイムを割り出しました。
『……ホールドオーバータイムは、25分か』
それは離陸前の待機時間を凌ぐには、充分な長さでした。
『待機していた時間を含め、離陸までに掛かったのは17分。猶予は8分も残っている。氷は着かない』
歯がゆい思いがしました。
セレネイドくんが寝食を忘れて突き止めた氷の発生源が、分からなかったのです。
さらに、ワッサタウンの事故調査委員会の本部から連絡があり、黒箱の解析を実施したと連絡がありました。
何か重要な情報が分かるかもしれないと期待しましたが、
『――――記録されていない? CVRも、FDRも?』
驚いたことに、黒箱の中には、何も記録されていませんでした。
本部の研究所によれば、3564便の搭載していた黒箱には不具合があり、事故の前から機能していなかったのです。
捜査は行き詰まりました。
黒箱は使えず、機体の残骸は燃え尽き、防氷作業に問題はなし。
八方塞がりに思えました。
『……いや、まだひとつ、情報源が残っているな』
私は藁にも縋る思いで、最後の希望のもとへ行きました。
唯一の生存者、ダニエル=ロア氏のもとへ。