パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○レイル=バルタザーレ(事故調査チーム主任捜査官)の証言
本部が手配してくれたモローズ号型を、リマガ空港の夜間駐機場に置き、我々は実験を行いました。
気温や天気が事故当日に近い日を選び、3564便に何が起きていたのかを知ろうとしたのです。
3564便を担当した業者に協力してもらい、3564便にした作業を完全に再現してもらいました。
まずデモ機は3564便と同じく、深夜になってリマガ空港にやってきました。
テストパイロットはそれを夜間駐機場に駐め、業者に引き渡しました。
業者はデモ機を点検し、そのまま夜間駐機をさせました。
パラパラと雪の降る中、屋根の無い露天の駐機場で羽を休める無人の飛空艇を、監視ゴーレム越しに観察しました。
一晩ずっと見張っていました。
その時の私は、モローズ号型に何が起きるのか予想が出来ず、何も起きず徒労に終わる可能性もあると思ってました。有り体に言えば、不安で焦っていました。
しかしセレネイドくんは全く揺るぎなく、完全な確信をもって映像を見ていました。
最初の3時間ほどは、何も起きませんでした。
ただ機体に雪が積もっていく程度で、朝には事故機と同様に除氷されます。翼に乗った量も推定された積雪量とほぼ一致します。問題のない量です。
唐突に、それが起きました。
……監視ゴーレムの集音装置に、何かの音が混じり始めました。
なんの音かは分かりませんでした。
それまで静かに雪が降るだけだった景色に、何か小さな音が混ざり始めたんです。
そしてその音は、次第にはっきりと聞こえるようになりました。
クス、クスという、子供の笑い声に似た音です。
『どこから聞こえてくるんだ?』
『アレです』
セレネイドくんがじっと翼を見詰めて言いました。
そこに、今まで無かったものが確かにいたのです。
丸い雪玉でした。
子供が雪合戦で作るような、あの歪な雪の塊です。
それが何故か、雪の積もった主翼の上に転がっていたのです。
そして驚くことに、その雪玉は手品のようにどんどん増えていきました。
さらに雪玉達はひとりでに動き回るようになり、主翼の上をあちこち転がり始めました。雪玉同士で重なり合ったりぶつかり合ったり、じゃれているようにも見えました。
『………ジャックフロスト、雪精です』
セレネイドくんが言いました。
ジャックフロストは北国の冬にだけ現れる雪の妖精で、あらゆるものに雪や霜をもたらします。
ただ暖かい場所には入れず、自分たちの通った場所の表面を凍らせるだけなので、そこまで害のある生き物ではありません。
しかし飛空艇にとっては、この手のひらサイズの妖精が脅威となります。
『3564便が2回も除氷をしなければならなかった理由はこれか』
彼らが一晩中主翼の上で遊んでいたせいで、3564便は念入りに雪と氷を取り除かねばならなくなりました。少しでも氷が残っていれば、飛空性能に大きな影響を与えるからです。
『しかし、雪精の付けた霜も雪も、完全に取り除いた。防氷液も完璧だった』
『完璧でした。カカナの、ジャックフロストがいない地域なら』
セレネイドくんの意味深な言葉の意味が分からないまま、その後の様子を観察しました。
朝になり、荷役業者が積み込みを始めました。
その頃にはジャックフロスト達は忽然と姿を消していました。主翼の上に雪をびっしり残して。
積み込み作業があらかた済むと、今度はテスト操縦士が来て点検します。そこで除氷を依頼しました。
除氷作業は手順書通り、防除氷ゴーレムがタイプ1除氷液で雪と氷を流し落としていきました。
1回目の除氷を終え、テスト操縦士が点検し、2回目の除氷を行いました。作業員は翼の上に乗って確認し、翼から雪と氷は完璧に消えました。
そしてデモ機は牽引ゴーレムに牽かれ、誘導路を進み始めました。
私が再びジャックフロストの姿を見たのは、そのときでした。
『………ジャックフロストが、エンジンの中から出てきた?』
驚いたことに、始動する直前のエンジンのファンブレードの合間から、あの雪玉たちが風に舞われるように宙へ吹き出てきたのです。
周囲の降雪に紛れ、そうと知らなければ見分けが付かなかったでしょう。
『ジャックフロストは探知魔法を使わない限り、人間の目をかいくぐります。エンジン内部のような隙間に潜り込むことも、風を呼んで遠くに飛ぶことも出来ます』
『アンチアイスで加熱し始めたエンジンから抜け出たのか』
飛空艇はエンジンを始めとした様々な装置やセンサーを、氷の精霊から守る魔導器具があります。それがアンチアイスです。
火の精霊の加護によって暖められたエンジン内部から、ジャックフロスト達は機外に抜け出しました。
そして再び、デモ機の主翼で遊び始めたのです。
『だが、防氷液がある』
私の指摘通り、翼の上に塗りたくられたタイプ4防氷液はその呪いにより、雪玉の群れを次々と溶解させていきました。溶けた雪の上にどれだけ雪が乗ろうと、離陸の加速時に流れ落ち、翼には付着しません。
しかし、
『……数が多いな』
防氷液で溶けていく雪玉の数は、全く減る様子がありませんでした。
ジャックフロスト達は防氷液を恐れるどころか、溶けることさえ面白いように次々と主翼の上に飛び込んでいきました。
雪玉はどんどん溶けましたが、その降雪の密度は主翼の上だけ、明らかに異常でした。
そしてデモ機は滑走路の端で待機しました。
3564便と同様、除氷液を塗られてから17分経過したところで、我々はデモ機に近付きました。
セレネイドくんが魔導の杖を振りかざしてジャックフロストを追い払いました。焔神カティンの加護を近付けるだけで、雪精は逃げていくのです。
『これが、氷の原因か』
デモ機の主翼の上は、夥しい氷雪が付着していました。
明らかに防氷液の加護を突破していたのです。
その後に何度か行った実験により、雪精に蝕まれた除氷液は、ホールドオーバータイムを最大で半分近く短縮されてしまうことが分かりました。
『事故機はジャックフロストのせいで着氷してしまった』
『雪精のもたらした氷でエンジンが故障する、いわゆるジャックフロスト・ストライクです』
『だが、事故の日のリマガ空港には他にも夜間駐機していた飛空艇がいた。3564便より早く飛び立った機もいた。なぜ3564便だけジャックフロストに侵された?』
『たぶん、手順書が怪しいです』
セレネイドくんは業者が持っていた作業手順書と、連邦飛空局が定めた除氷作業ガイドラインを私に見せました。
私はそれをめくり、眉をひそめました。
『………手順に書いていない? 雪精除けが?』
コルトン貨物と契約を結んでいるその地上作業業者は、カカナ連邦の会社でした。
彼らはヨシュツ共和国へ初めて展開し、初めて北国での作業を行ったのです。
訓練も受け、資格も取り、機材もきちんとありました。
けれどその一連の作業の中には、駐機している飛空艇に雪精除けを施すという工程が、どこにもなかったのです。
『正確には、飛空局のガイドラインの補足事項の欄に、雪精除けのことは記されてます』
『だがそれは、必ずしも手順書に反映しなければならないという項目ではない。反映するかどうかは担当業者の任意で決まる。作業をした業者の手順書は、ガイドラインになんら違反していない』
私達はリマガ空港を利用していた他の飛空会社の作業者から、手順を聴取しました。
その結果、他の飛空艇は全て雪精除けを行っていたことが分かったのです。
『雪精除けの作業は大して難しくありません。焔神カティンの神殿から護符を購入して、飛空艇に張るだけです。それだけでジャックフロストを含む雪精は近付かなくなります』
『ガイドラインにはなかったが、コルトン貨物以外の飛空会社は、雪精除けを手順に含んでいた。この地方での作業が長いからか』
コルトン貨物は近年になって急成長した飛空会社です。
北のジーニキリー大陸に慣れている荷役業者は既に大手と契約済みで、そのためコルトン貨物はジーニキリー大陸に不慣れな業者と契約せざるを得なかったのです。
『機長達も、点検するときに雪精除けの護符を使っていません』
『……機長については、生存者のロア氏の証言でも不審な点があった。エンジンサージが起きたとき、機長は何故スロットルを押し込んだ?』
エンジンに異常が発生した場合、スロットルを引き下げて出力を落とします。異常のある状態で負荷を掛けると、エンジンが破損する可能性があるからです。
カトルラック機長の行動は、まさにそれでした。
『機長について調べる必要があるな』
そこでコルトン貨物から、機長と副操縦士の人事資料を入手しました。
カトルラック機長を精査したのです。
『カトルラック機長はコルトン貨物の前は、ポスカカナ飛空の操縦士をしていた。経験は充分だが、病気の療養のため2年前にポスカカナを辞め、1年前に復帰してコルトン貨物に入社した』
『元はポスカカナ飛空で、カカナの国内便を担当してたんですね』
『レッドメイン副操縦士も似たような経歴だ。他のカカナの国内線からコルトン貨物に転職している』
『機長も副操縦士も、問題があるような経歴とか、注意されてる点とかはないですね』
『となると………直接聞きに行くしかないな、コルトン貨物に』
そうして我々は、カカナのコルトン貨物の本社へ赴きました。
そこで、驚くべき事実を知ったのです。