パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○アグネス(タラムマ王国 運輸省 海上輸送総局 沿岸警備隊 交通部 航行安全課。魔術師)の証言
私は当時、スリビジャヤ飛空446便の捜索に参加していました。
航行安全課は元々、細い水路の多い国内での水運安全設備の管理と効果の確認、改善を任務としています。
パノン列島は灯台を始めとする安全設備を幾つも備えており、それら管理のため私達は普段から島々の管理者、つまり島長と交流があります。
446便捜索時もパノンの各島長へ事情を話し、島に飛空艇が墜落または不時着に関する情報があれば、私達に教えて欲しいと協力を要請していました。
446便が失踪して2日後、ジャバーバ島の長から連絡がありました。
『ジーテーン大渓谷の底に、何か大きな乗り物の残骸があるのを、現地の村人が見付けた』
私達はその連絡を受けたとき、耳を疑いました。
ジャバーバ島はパノン列島最大の島で、その島の中央を抉っているのがジーテーン大渓谷です。
長さ70キロ、横幅は最大8キロ、そして深さは平均1,200メートル。
標高2,000メートルに近い山々に囲まれたこの大渓谷は、大地の神の名を与えられるほどの壮大な地形をしていて、国内でも屈指の景勝地です。
『目撃された場所は聖域指定がされている。誰も近寄らん。捜索の依頼があったのを聞いた村人が思い立って遠くから見たら、それがあったそうだ』
沿岸警備隊の446便捜索チーム隊長が、島長からの情報を私達に展開してくれました。
『聖域指定の場所に入るには、精霊省の許可が要ります。許可が下りても、儀式をして聖別された人間しか入れません。監視の司祭官が同行する必要もあります』
私は隊長に言いました。
タラムマの魔術師は精霊省で一定期間勤務をし、そこで魔術師認定をもらうので、精霊省の職務には精通していました。
隊長もそのことは理解して頷きました。
『だが現場の正確な状況が分からなければ、誰をどれだけ送ればいいのか見積もることもできない。先遣隊が要る。島長や現地民に協力を取り付ける必要もある………アグネス、行ってくれるか?』
『了解!』
私は先遣隊の責任者に任命されました。
精霊省の規程に接触しかねない繊細な任務でしたから、魔術師である私が適任と考えたのでしょう。
私もその期待を裏切らないよう努めました。
ジーテーン大渓谷はその全てが聖域指定されているわけではないので、目的の谷底まで近寄れて、なおかつ事故現場の観察ができる場所を策定し、そこを目指す計画を立てました。
困ったのは、ジーテーン大渓谷とその周囲に関する地図があまりないことでした。
『最新の地図は200年前に作られたもの……それ以来、測量はされてない。聖域の管轄は精霊省だから、彼らが測量をしないと誰も地図を作れない』
信頼の低い地図で暫定的なルートを作りましたが、どこまで現地で通用するか不安でした。
そこでジャバーバ島に行き、現地の人々に協力してもらいました。
彼らは驚くほど地形に精通していました。
精霊省の指定した聖域も正確に把握していて、どこまでなら入って良い場所か理解していました。そのおかげでルートの策定を現実的なものにすることが出来ました。
実際の道案内は、島の内陸部に住む部族が買って出てくれました。446便を発見した人々です。
その部族はジャバーバゲッコーを使役していて、とても助かりました。
ジャバーバゲッコーは牛ほどの大きさもあるヤモリの一種で、島の固有種です。
多くの荷物を運ぶことも出来ますし、何より吸盤つきの足により垂直の壁でも登れます。
険しいジーテーン大渓谷ではうってつけの生き物でした。
私は準備を整え、同僚達と共に、現地部族と合流しました。
『よろしくお願いします』
ジャバーバゲッコーを数頭連れてきた現地部族は、私を見て少し驚いていましたが(と彼女は緑の瞳(※)を細めて苦笑させる)、特に何も言わず案内をしてくれました。
(※南のムヒュルム大陸の民と交わった部族に多い)
山の中を4時間歩きました。
傾斜のきつい山道を、ジャバーバゲッコーの助けを借りて進んでいきました。
途中、精霊省の配置した監視ゴーレムと何回か遭遇しました。
彼らと遭遇するたびに、魔術師である私の所属機関、認定年月、師匠、部族を回答し、照会が終わるまでその場から移動できませんでした。
このため、目的の場所に到着するまで7時間を要しました。
それでも、その労力は報われました。
大量の機械の残骸が谷底に広がっているのを、崖の上から確かに見たのです。
『………ひどい』
監視ゴーレムに見咎められない限界の場所から、映像記録装置を使って現場の状況を確認しました。
残骸のある崖の深さは、目測でおよそ1,000メートル。実際には987メートルでした。
崖の幅も100メートル弱で、深いわりには狭い場所です。
その谷底に、バラバラにされた機械の残骸がびっしりと散乱していたのです。
『残骸の中にジェットエンジン、着陸ギアと思しきものを確認。飛空艇と見て間違いなし』
私は映像記録装置に自分の報告を入れながら、最大望遠で確認しました。
そして、出来るなら言いたくない言葉を報告しました。
『生存者、なし』
少なくとも、生存者がそこで救助を待っているという様子はありませんでした。
それでも生存者が墜落現場から自力で移動し、遭難している可能性を捨てきれませんでした。
現場をひとりしきり観察し終えると、その報告を同僚に任せ、私は周囲の捜索に入りました。誰か生きているかもしれないと一縷の望みを持っていました。
しかし、残念ながら……誰ひとり見付かりませんでした。
スリビジャヤ飛空446便の乗員乗客98人は、全員、あの谷底で亡くなっていたのです。