パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 飛空艇事故調査委員会 タラムマ王国におけるスリビジャヤ飛空446便墜落事故調査支援メンバー代表)の証言
我々が到着したとき、タラムマの事故調査団は調査の前線基地をジャバーバ島で最大の町であるショク市に作っていました。
驚いたことに、小学校を丸ごと借りていたんです。
『バハルディン、子供達を全員追い出したのか?』
私は知己の仲であるバハルディン事故調査官に、挨拶を兼ねて尋ねました。
『こっちは古い校舎だよ。生徒はみんな新しい方にいて、この旧校舎は島の行事で色々使ってるらしい。島長が事故調査のために改築してくれた。校庭に事故機の残骸を入れる格納庫も新しく作ってくれた。そこで装置類の調査をしてる。ジャバーバゲッコーといい、島の人たちには本当によくしてくれてて、頭が上がらない』
バハルディンは疲労の様子を見せていましたが、その黒い瞳には熱意がありました。
学生の頃と変わらず、飄々とした態度は表向きだけで、強い使命感を抱いているのは明らかでした。
『で、黒箱は解析できたのかい?』
『FDRは。CVRの方は損傷が激しい。修復にまだしばらくかかる』
『そのFDRの解析結果は持ってきた?』
『手ぶらで来るほど無作法じゃない』
元は職員室だった調査室で、飛空情報の検分が始まりました。
黒箱から抽出された幾つものデータを見て、どこか飛空艇に異常が起きていないか確認します。
『………なんだこれ?』
異常があるのが一目で分かりました。
『ゆっくり左旋回したと思ったら、急に右旋回をしてる』
『ああ、しかもその直後に、今度は逆に左旋回、次にまた右旋回……左右にジグザグに切り返している。なんの意味がある? 何に対処してた?』
スリビジャヤ飛空446便は、明らかに混乱を起こしていました。
本来の北東へ向かう針路を完全に無視し、舵を右へ切ったり左へ切ったり、安定させる様子がありませんでした。
『最終的には右にバンク角90度以上も傾かせた。その間、エンジンの出力は変わっていない。機体は失速して、頭から落ちていった』
『そしてジーテーン大渓谷の壁面に激突した………操縦桿を握ってたのは機長? けど、これは妙じゃない?』
バハルディンがデータを指摘しました。
それは操縦桿の動きを記録したデータです。
機長と副操縦士それぞれが、操縦桿をどう動かしたのかが分かります。
そこには、確かにおかしな点がありました。
『機長が右に切っている。が……副操縦士は、左に切っている?』
最初に見たとき、意味が分かりませんでした。
機長が右に大きく操縦桿を傾かせていたところに、途中から副操縦士が運転に加わっていたのです。
それ自体は問題ありません。プラミシアス号型は2人で動かせば、2倍の力で操縦翼面を動かせるので、こういった緊急事態ではよくある操作です。
『だが何故、機長と副操縦士は逆向きに切った?』
『機体は右に傾きすぎてる。副操縦士の左に切った動きは正しいよ。けど機長は、変わらず右に切り続けた。操縦士同士の力比べになってる。状況は何も好転しない』
操縦室がかなりの混乱状態に陥っていたことは明白でした。
しかしその原因が何なのかは、全く分かっていません。
『他のデータにおかしなものはないか? 姿勢指示器やジャイロが故障して、機体の水平が分からなくなったか?』
『装置類は調べてる最中だから、まだなんとも言えない。ただ、黒箱のデータにあるバンク角から導き出される移動方向と、管制が探知魔法で捉えてた軌跡が一致する。少なくても飛空艇の内部データは正しい。センサー類に故障はなさそうだ』
バハルディンの見解に、私も同意しました。
『自動操縦はどうしている?』
『自動操縦は……途中で切れてる。最初の左旋回が始まる前のタイミングだ』
それは興味深い発見でした。
446便は、離陸してかなり早い段階で自動操縦の機能を使っていたようで、それは操縦士達が自動操縦を積極的に使うタイプだと分かります。
『離陸したすぐ後に、途中で管制官がショートカットを指示してきたから、そこで一時的に手動にしてた。けど本来のコースに戻ったあと、また自動操縦にした。で、その直後に自動操縦が切れた』
『なぜだ?』
『さあ?』
バハルディンは肩をすくめ、私も首を捻りました。
『切ったのか、切れたのか。左旋回したいがために自動操縦を切ったとも思えないけど』
『だとしたら、自動操縦が自動で解除されたことになる』
『他のデータを探そう。異常がどこかにあるはずだ』
そうやって他のデータ項目を色々と見て回りました。
そしてあるとき、バハルディンが声を低くして私に呼びかけました。
『レイル、これを見ろ』
私は彼が示した箇所を見て、我が目を疑いました。
『……飛空管理ゴーレムが、切れている?』
黒箱の飛空情報は、飛空管理ゴーレムが、途中で切り離されていることを示唆していました。
――――飛空管理ゴーレムは、その名の通り飛空に関する様々な情報を管理します。
飛空計画にもとづく飛空艇の予定針路、目指すべき魔導灯台、離着陸する空港の位置や誘導魔法の種類、飛空艇の現在地の算出、燃料管理など、かつては人の手で行っていたこれらの作業を高速かつ正確に処理してくれます。
最新機に至ってはこの飛空管理ゴーレムと自動操縦ゴーレムを組み合わせ、離陸を除いた全ての工程を無人で遂行することも可能です。
現代の高度な魔導飛空艇を象徴する装置、それが飛空管理ゴーレムです。
……そんな飛空管理ゴーレムが、446便では飛空中、いきなり飛空艇の全ての装置から切り離されていたのです。
『そんなことがあり得る?』
バハルディンが訝しみました。
私は首を横に振りました。
『通常はあり得ない。飛空管理ゴーレムが、いきなり飛空艇のシステムから切り離されるなんて。
しかもプラミシアス号型は冗長性のために飛空管理ゴーレムを2系統も搭載している。その両方が無効になることはあり得ない。それも自動操縦が解除されたのと同時に』
『いや、飛空管理ゴーレムが切り離されたせいで、自動操縦が解除されたんだ。飛空計画に沿った自動操縦を行っていたのに、その計画を指示する飛空管理ゴーレムが消失したから』
バハルディンの指摘はもっともでした。
自動操縦ゴーレムは高度や速度、機首方位を操縦士が指定することも可能ですが、飛空管理ゴーレムからもたらされた飛空計画に従って飛ぶモードもあり、大型飛空艇では操縦士の負担軽減のため基本的にはこちらを使います。
自動操縦の解除の理由は分かりました。
しかし、根本的な疑問が解けません。
『飛空管理ゴーレムを喪失したせいで、墜落した?』
『考えづらいね。飛空管理ゴーレムは確かにとても便利だけど、無いと飛べないわけじゃない。エンジン出力も油圧系統も正常、燃料流量も異常なし。飛空するための装置はちゃんと生きてる』
『左右に行ったり来たりしたのは、飛空管理ゴーレムがないせいで経路を見失ったからか?』
『そっちもよく分からないんだよ』
バハルディンは頭を掻きながら唸りました。
『そもそも飛空艇は、離陸前に操縦士が手持ちの飛空計画をもとにゴーレムに入力する。自分たちがどこに行くべきかは、その飛空計画を見て経路上の魔導灯台を探せばいい。飛空管理ゴーレムなしでも自力で灯台を探せるように飛空艇は出来てる』
最悪、管制官に支援を要請して道案内を頼むことも出来ました。通信魔導器具が故障した可能性もありましたが、飛空管理ゴーレムを無くしたからといって墜ちはしません。
『結局、何があったんだ?』
私もバハルディンも、多くの不明点に答えを出せずにいました。
『計器に異常があったか調べないと』
謎は深まるばかりでしたので、回収された残骸から答えになりそうなものを探し始めました。
奇跡的にも、操縦室にあった計器類のいくつかは無事なものがありました。
その中には姿勢指示器があり、早速それを検査してみました。
が、
『……異常はない。姿勢指示器はちゃんと動く』
黒箱のデータから、姿勢指示器へ送っていた情報に誤りが無いことは確認済みです。
操縦士達は正しい機体の傾きを、その計器から読み取ることが出来たのです。
『分からない。なぜあんな飛び方をした?』
調査は困難に直面していました。
CVRの復元も、必ず成功するというわけではありません。
もし最後の黒箱が解析できずに終われば、事故の原因は闇の中に消えてしまいます。
そのため、なんとしても解決の糸口を探さなければなりませんでした。
そんな我々に助けが入ったのは、意外な方向からでした。
調査室のあるショク市で起きた、ある暴行事件がそれでした。