パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○アグネス(タラムマ王国 運輸省 海上輸送総局 沿岸警備隊 交通部 航行安全課。魔術師)の証言
沿岸警備隊は捜索活動が終わっても、事故調査のため輸送安全委員会に協力を続けました。
私の主な任務は回収した部品を種類ごとに選り分けることと、その部品に異常がないかを検査することでした。
私は魔術師ですので、特にゴーレムに関連する部品の検査を主に行いました。
ほとんどの部品が粉砕され、原形を留める程度の損壊で済んだものはごく少数でした。
けれどその生き残った部品を検証してみると、私は懸念を抱いていきました。
『材質がずいぶん……チープね』
古代竜人語で「安っぽい」を意味する言葉です。
その意味通り、回収された部品に使われているゴーレムは、素材の質があまり良いとは言えませんでした。
プラミシアス号型は、世界的な飛空艇メーカーであるギボネー社の飛空艇です。操作性と整備性の良さ、悪天候に耐える頑丈さから、世界中で使われる人気機種です。
そんな飛空艇が、このような低品質のゴーレムを使うものでしょうか?
そういった検査の合間に、休憩を兼ねて港の様子を見に行ったときでした。
……港で1人の男性が、2人の男性から殴る蹴るの暴行を一方的に受けていたのを目にしたのです。
『っ!』
私は咄嗟に魔導杖を引き抜き、捕縛の魔術を男性2人に放ちました。
彼らはぴたりと動きを止め、その場に縫い止められました。相手が同じ魔術師ならここから抵抗の魔術を使ってきますが、幸い彼らは魔術師ではありませんでしたので、首から下を停止させ拘束に成功しました。
『あ、ありがとうございますっ』
襲われていた男性は紫に腫らした顔のまま、私に何度も頭を下げました。
『お怪我は大丈夫ですか? ショク市警察に通報しますが、怪我が酷いようでしたら救急を呼びますが』
『いえ、平気です。それより、あなたは沿岸警備隊の人ですか?』
『はい。現在は輸送安全委員会の指揮下ですが』
『輸送安全委員会……空運部のところですか?』
『はい、そうです。失礼ですが、あなたは?』
空運部の名を出すその人に、訝しんだ私が尋ねようとすると、
『てめえっ、やっぱり裏切りやがったな!』
『後悔するぞボケ!』
拘束中の暴行犯2人が荒々しい口調で怒鳴り、襲われていた男性は悲鳴を上げながら飛び退きました。
込み入った話になると思ったので、ショク市警察へ通報しすぐに来て貰いました。
事情を聴取するので被害に遭った男性も警察署へ行き、私はそれに同行しました。ショク市警察が彼への聴取を始める前に、私は彼と2人きりで話をすることを許されました。
(普段から沿岸警備隊は島々の地元警察と信頼関係を築いているので、その程度の融通は利くのです、と彼女は言った)
『それで、あなたは?』
『……コッソー社の社員です』
『コッソー社?』
『スリビジャヤ飛空の整備を下請けしてた会社です』
『なるほど。では、446便の事故に関する件で、おいでになったのですね?』
『はい、実は……』
『失礼、少しお待ちください』
私は席を離れ、通信魔導器具で事故調査本部からバハルディン調査官を呼び出しました。
『はい、こちらバハルディン』
『コッソー社の方がいらっしゃってます』
『なんだって?』
『446便の事故に関する件です。内容はまだ伺っておりません』
『この島に来たのはその人だけ?』
『いえ』
私は彼が暴行を受けていたことを調査官に伝えました。
『警察に頼んで、その2人をしばらく拘束させてくれ。きっと監視だ。帰させたら隠滅に走るかも知れない』
『どういうことです?』
『彼はきっと告発者だ。すぐ行く。僕ら以外に誰とも話をさせないでくれ』
バハルディン調査官はすぐにカカナのバルタザーレ捜査官を伴ってやって来ました。
そこで初めて、コッソー社の方から話を聞きました。
『うちは、飛空艇のパーツに非正規品を使ってました』
彼はコッソー社の内情について語ってくれました。
『壊れた部品を純正品で購入すると高くつくから、格安の非正規品を買ったり、別の型のを無理矢理流用して誤魔化してたりしました。テストは一応して動作確認はしましたけど、それがどれくらい保つかは、記録を取ってないんで分かりません』
『整備記録には異常が無いと記されてたけど、実際にはあったんだね?』
『はい、しょっちゅうです』
『記録を取らなかったのは?』
『整備の必要があると、その整備費用は上の会社に請求されます。上の会社は整備回数と費用で下請けを評価しますから、整備回数が少ない方がウケが良いんです。
実際、うちの前に整備の下請けをしてた会社は正直に全部整備記録を出して経費申請をしたら、契約を打ち切られました。で、その後釜がうちです』
『……なるほど、整備回数が0に近いほど"良い会社"と思われるのか』
『けどもう限界でした。整備経費は増えないのに修理自体はしなくちゃいけない。給料が変わらないのに仕事ばかり増えるから、職場の環境はどんどん悪くなりました。パーツ管理だっていい加減で、どこに何がどんな状態であるのか、もう正確に把握できてないんです』
『446便の機材はスリビジャヤ飛空が自前で買ったわけじゃなく、借りて使ってるはずだけど、そんな管理で貸し出し元からは何も言われなかったのかい?』
『……あの機体は、本当はだれが持ち主か、うちでは誰も分かってませんでした』
『どういうこと?』
『又貸しなんです。スリビジャヤに貸してる機材レンタル会社も、実際は他の会社からの借り物を貸してるだけなんです。だから機体の修理について相談したくても、どこに問い合わせればいいのか、スリビジャヤにだって分からないと思います。
余計な波風を立てたくないから、うちは何も詮索しませんでした』
そこまで言って、彼は顔を手で覆って呻きました。
『うちだって最初からこんなんじゃなかったんです。下請けはしてましたけど、もっとちゃんと記録も取ったし、仕事した分の給料も貰ってました。
けど、飛空艇の自由参入が始まってから、全部おかしくなりました。安く仕上げられることをアピールしないと仕事が取ってこれなくて、下請けの下請けの、そのまた下請けのさらにその下になるのが精一杯で、何もかも悪くなりました。
……職場は、会社を訴えようとする社員と、昔からの恩で会社を裏切れない社員で戦い始めました。俺を尾行してたのも、会社に従う連中です。昔はこんなんじゃなかったのに……』
彼は言いました。
『いつか事故を起こすかもって、思ってたんです。事故のことを聞いたとき、頭の中が真っ白になりました。俺がいじったやつのせいで墜落したんじゃないかって……うそみたいに吐きました……自殺しようとも思いました』
『だがきみはここに来てくれた』
バハルディン調査官が彼の肩を労りました。
『勇者よ。僕はきみに敬意を払う』
コッソー社の方は、崩れたように泣き出しました。今までを吐き出すように。バハルディン調査官はそれ以上何も言いませんでした。
飛空局はこの告発を受け、ただちにコッソー社を強制調査しました。
告発の通りの杜撰な管理体制、整備実態、職場環境が次々と明らかになりました。彼らが保管していた部品も非正規品が多く、その中には純正品しか認めていない装置のものもありました。
コッソー社は整備下請資格を剥奪され、薄氷の上を歩くような財務状況もあり、程なくして破産しました。
またこの頃から、多重下請けによる品質低下と労働環境の悪化に対する反発が、社会運動になりました。
ちょうどジーテーン大渓谷から回収された遺体のほぼ全てが、身元確認を終えた頃でした。
悲嘆に暮れた遺族と関係者は、最下層のコッソー社を切り捨て、別の下請けを探して済まそうとする企業を許しませんでした。
メディアでは連日、飛空艇業界の悪質さが取り沙汰され、王国議会でも何度も取り上げられました。話題に上らない日はありません。
100人近くが亡くなったスリビジャヤ飛空446便の事故は、それほどの衝撃をタラムマ王国にもたらしたのです。
そのように国内が変わっていく中、ついにカカナから待望のものが届きました。
操縦室の音声記録、CVRの解析結果です。