パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○バハルディン(スリビジャヤ飛空446便墜落事故 調査主任(当時))の証言
446便の最後の音声を聞き終えた我々は、頭を悩ませました。
『混乱しすぎている。実際に起きたことは、ナビゲーション・ディスプレイ(ND)が失われたことだけだ』
『あと自動操縦が切れてた』
『だが、姿勢指示器も高度計も対気速度計も生きていた。通信もだ。飛空管理ゴーレムがなくても空港の誘導魔法を受けられる構造だから、滑走路への進入も可能だ』
『そもそも、なんで管制官にトラブルを報告しなかったんだ? NDが機能しないなら誘導してもらえば良かったのに』
『疑問があるのですが』
沿岸警備隊のアグネスが小さく挙手をして尋ねました。
『傾いていた機体を、彼らは結局水平に戻せなかったのは何故でしょう?』
『そう。それも気になった。音声だけだと混乱してて、誰が何をしてたのか把握できない』
そこで僕は連邦捜査官に頼みました。
『レイル、この音声記録を、FDRの飛空情報と重ねることはできないかい?』
『音声情報と飛空情報を、ひとつにまとめるんだな?』
『うん。FDRなら操縦桿の動きが記録されてる。機長達の操作が分かるはずなんだ』
『分かった。前にもやったことがあるが、少し時間をくれ』
『手伝います』
『ありがたい、では……』
レイルとアグネスが黒箱の情報をまとめてる間、僕はスリビジャヤ飛空について調べ直すことにしました。
人手不足のせいで今まで手が回らなかったんですが、あの音声記録を聞いた後だと、これは最優先で調べないといけないと思ったんです。カカナでも沿岸警備隊でもなく、僕ら空運部が調べないと、と。
『そう、訓練プログラム。操縦士がどういう危機に陥ってどう対処するか、その訓練手順が知りたいんだ』
スリビジャヤ飛空に問い合わせました。
が、結果は芳しくありません。
『……訓練内容は分からない? 運行業務は下請け会社がやってる?』
スリビジャヤ飛空は、自身では飛空艇を飛ばしてません。実務は下請けに任せてたんです。
これは仮想飛空会社と呼ばれるもので、資金はあるけど飛空艇を飛ばすノウハウがない会社が、他の飛空会社に実務を依頼する形で運営されてます。
この形式自体はそんなに珍しいものじゃないです。飛空艇大国カカナでも、数で言えば仮想飛空会社の方が、全部を自前でやってるところより多いんです。
問題はスリビジャヤ飛空の場合、"下請け"という言葉に敏感にならざるを得ないということです。
『念のために聞くけど、その下請け会社の社員が操縦士をしてる、でいい?』
そのはずだ、とスリビジャヤ飛空は言いました。
僕は運行業務を実際に請け負ってる会社へ問い合わせました。
すると彼らは、
『我が社の社員は飛空艇に乗っていません。運行は他社に依頼しています』
と言ったんです。
既視感がありました。
『……446便を飛ばしてたのは誰なんだ?』
調べていくと、操縦士たちが本当に所属してた会社は運行業務の4次請けでした。
またか、と思いながら、僕はその会社がある王都まで行って聴取を行いました。
その会社、セスン飛空の内情は貧弱の一言で、訓練手順書も見ましたが、目を覆いたくなる代物でしたよ。
『自動操縦を積極的に使うよう書かれてる。けどゴーレムが壊れたときの対処法は……『マニュアルを参照すること』だ? 訓練しないのか?』
基本的な飛ばし方は訓練させますが、緊急時の対処法はスカスカでした。手短に終わらせようとしてるのが丸わかりで、とても100人の命を預かる操縦士の会社とは思えません。
『機長は転職で入社して3ヶ月目。100人以上乗る機体は446便が初めてで、転換訓練を終えたばかり。実質は新米だ。副操縦士にいたっては……訓練学校を出て1年目? 新米同士を組ませてた?』
普通なら、経験の浅い操縦士同士を組ませたりはしません。
何かあったとき、つまり乗員乗客の命が脅かされたとき、それに対応できる人間でないと、飛空艇の機長は務まらないからです。
魔導とゴーレムがどれほど進化しても、操縦士こそが、飛空艇の最終安全装置であるべきなんです。
この操縦士達の会社は、いや、スリビジャヤ飛空全体が、そのことを理解してませんでした。
『100人も乗せてたのに……こんな会社に、うちの飛空局は空を飛ばす許可を出したのか』
そうやって久しぶりに空運部のオフィスで調べていると、レイルから黒箱の情報をまとめることが出来たと連絡がありました。
急いでジャバーバ島へ行こうとした矢先、空運部に別の連絡が入りました。
……情報提供者だと言うんです。
相手はセスン飛空の操縦士とだけ名乗り、『446便の事故と操縦士について心当たりがある』と言いました。
情報提供者はこう言ったんです。
『対地接近警報が原因かも。誤作動が続いてたから』と。
彼の言葉に、僕は意識を切り替えました。
CVRの中身は、そのときはどこにも公開してませんでした。文書にもしてないから、調査メンバー以外誰も対地接近警報の誤報を知らないはずでした。
彼は続けました。
『対地接近警報が誤作動で鳴りまくることがあったから、社員の集まりで話題にあがったときがあって、整備士にそれを相談した仲間がいたんだ。地上で駐機してるのに対地接近ゴーレムが鳴ったときがあって、整備士を呼んだらしい。
そのときそいつは、整備士が4番と22番の遮断器を使ったのを見たそうだ。うるさかった警報が消えたって。
アリオもその集まりにいたから、もしかしたら、遮断器を使ったかも』
『ふむ……』
僕はそれを聞きながら、質問をしてみました。
『もし業務中、つまり飛空してる最中に航法システムに不具合があって現在地が分からなくなったら、君なら管制官になんて言うと思う?』
彼はしばらく考えて、答えました。
『……問題があったことは、本当にまずくなるまで管制官に伏せてると思う』
『なんでまた?』
『会社がそう命令してる。ぎりぎりになるまで自分たちで解決しろ、軽々しくトラブルを言って回るな、って。
実際不具合を管制官に報告した操縦士がいたけど、そいつは減給になった。クビになったやつもいた。トラブルを起こしたことを会社は知られたくないんだ』
『どうして?』
『そんなことになったら、今の請負契約は無くなって別の会社に仕事がいく。トラブルを起こさない会社に。本当にトラブルがないかなんて誰も調べないのに』
……ここでもか、と僕は嘆きました。
整備を行ったコッソー社も、同じように機体の異常を隠蔽しました。
正直に報告すること自体がリスクなら、会社も操縦士も、本当のことを言いません。
事故が起きるまで、それは続けられました。
100人が死ぬまで。
『ありがとう、情報提供に感謝する』
『……本当は、何も言うつもりはなかったんだ。けど、あの告発したやつのことを聞いたから』
最後に彼は言いました。
『告発したやつが出て、それでみんなが動き出した。何かが変わるかも知れないって、俺も、本当は変わって欲しいってずっと思ってた。だから、こうした』
『変わらなければならない』
僕は飛空局に連絡して、セスン飛空の操縦士ひとりひとりに調書を取るよう言いました。言ったことを絶対に会社に漏らさないよう誓わせて、操縦士達の本当の内情を洗い出すようにと。
そしてその後でジャバーバ島に行き、事件の真相を解明しに向かいました。