パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー   作:鈴本恭一

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クレインフライ飛空353便エンジン故障事故④:最初の試練

 

○コータ=スギヤマ(エデ帝国 キヨタ飛空交通管制部 対空席担当)の証言

 

 

『……消えた?』

 

 私は管制魔導卓を凝視して、呟きました。

 たちまち隣の調整席の同僚が『どうしました?』と聞いてきたので、

 

『クレインフライ飛空353便が探知魔法から消えた。さっきまで映ってたのに』

 

 私は通信魔導器具を使い、353便に呼びかけました。

 

『クレインフライ353、キヨタ・コントロール、応答せよ、応答せよ』

 

 しかしいくら呼びかけても、何の反応も返ってきません。

 私は手順に従い、緊急事態発生を管制室に報せました。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生、クレインフライ飛空353便が失探、通信も応答なし!』

 

 

 

 

 

○モトタカ=ウラベ(四魔協 (四大陸魔剣士協会) エデ大陸王者。魔剣士)の証言

 

 その時の私は、ファーストクラスの自分の席で横になっていました。

 

 353便のファーストクラスは座席が独立していて、パーティションによって個室と同じになれます。その個室の席が気に入ったのでファーストクラスを選びました。目立ちたくなかったですし、誰とも会いたくなかったので。

 

 椅子も完全な水平になれるフルフラット。窓も新素材のおかげでだいぶ大きく(とパンフレットに書いてありました、と彼は苦笑)、星も月もない夜空をぼんやりと眺めていました。

 

 ……その時、不意に神経がヒリつきました。

 

 漠然とした感覚でしたが、何か奇妙なことが近くで起きていると確信しました。そのとき魔剣はありませんが、長年の精霊との付き合いで、無手でも精霊の働きを知ることが出来ました。

 ただ、具体的に何が起きているのかは分かりません。

 水平に倒していた椅子を元の位置に戻し、パーティションを開放して機内の様子を見回しました。なんの変化もありません。絵に描いたような、平穏な旅の最中です。

 

 それが突然かき乱されたのは、窓の外からでした。

 

『……なに?』

 

 右側の窓です。そこから赤い光が不意に差し込んできました。

 思わず窓の外を見ました。

 

 外が真っ赤だったのです。

 

 細かな赤い光が、暗い夜の中を高速で後方へ流れていくのが見えました。

 その赤い光の粒子は異様な数でした。窓の近くはおろか、後ろのエンジンや翼さえ呑み込んでいました。

 飛空艇全体が、謎の光に包み込まれているようでした。

 

 他の乗客もそのことに気付き始めました。

 客室乗務員も困惑していました。

 私を含め、誰も何も分かっていませんでした。

 ただ私は、あの精霊の働きを知る感覚によって、今まさにそれ以上のことが起きるのを察知できました。私にはとても馴染みのある精霊だったからです。

 

 ざわつくその感覚に、私は咄嗟に叫びました。

 

『目を閉じろッ!!』

 

 上品に静やかだった雰囲気は打ち破られ、誰かが小さく悲鳴を上げました。

 

 そして。

 それらを完全にかき消す赤橙色の閃光。轟音。

 

 稲妻でした。

 

『っ!!』

 

 私は間一髪で腕で目を覆いました。魔剣の加護がないため、至近距離の稲光は致命的になりかねないからです。

 

 飛空艇全体が激しく揺さぶられました。

 機内の照明は全て消え失せ、真っ暗になった機内のあちこちから悲鳴が弾けたのを憶えています。

 照明は何度かの明滅の後、正常に輝きを取り戻しました。

 荒波に弄ばれる小舟のようだった飛空艇の揺れも、小さく収まっていきました。

 しかし窓の外の異様な赤い光は消えず、353便は相変わらず何か異常なものの中にいたのです。

 

 

 

 

○ロック=ダイアクラブ(クレインフライ飛空353便 副操縦士(当時))の証言

 

 誰かが『目を閉じろッ!!』と叫ばなければ、私は強力な雷光に目を潰されていたでしょう。

 

 飛空艇は異様な振動と衝撃に揺さぶられ、照明が一時的に消失しました。落雷の直撃を受けたのは間違いありません。

 

『機内を見回ってくれ、操縦室に戻る』

 

 客室乗務員にそう言って、私は操縦室に戻りました。

 しかしひどく不安でした。操縦室のドアが開かないからです。

 その懸念のままドアを再び叩き、ブザーのスイッチを押しました。

 

『機長、開けてください! 落雷を受けました!』

 

 あの雷が飛空艇にどれほどのダメージを与えたのか分かりません。操縦室の中の様子も不明でした。どちらにも対処できないなら、絶体絶命です。

 

『機長!!』

 

 私の叫びは、ブシュッという音に打ち消されました。

 私は驚いて、ドアを引きました。

 あっけないほど簡単に開いたんです。

 

『すまない、ダメージチェックに手間取った』

 

 機長は左の機長席に変わらずいました。

 その声は冷静そのものでした。

 

 驚いたのが、私が操縦室を出る前と比べて、操縦室全体が非常に明るかったことです。ストームライトを点けていたのだとすぐ分かりました。

 暗い中で雷などの強烈な光を浴びると目が眩んで計器が見えなくなるので、そういった危険があるときに前もって操縦室用の照明を点けます。それがストームライトです。

 

 つまり機長は落雷が発生するよりも前に、この異常な現象に対処していたということです。

 

『動く機能と動かない機能がある。私が操縦、君がダメージチェックを』

 

 機長は慌てず、副操縦士席についた私へ事前の取り決め通りの指示を出しました。

 

『了解。機長が操縦、私がダメージチェック。エンジン出力と排気温度、油圧系統は正常。燃料ポンプ圧力も異常なし。警告は……飛空診断ゴーレム?』

 

 魔導卓に示された無数の警告文に目を走らせ、そしてまず目にしたものに眉をひそめました。

 

『飛空診断ゴーレムが再起動中?』

 

 1基しかない飛空診断ゴーレムは、飛空艇の全システムから切り離され、再度接続し直している状態でした。

 

『やはりか。落雷の影響だろう』

『こういうときのために2基積んでたのに……』

『目視でチェックする時間がいるな。自動操縦ゴーレムを高度維持モードに設定』

『自動操縦ゴーレムを高度維持モードに設定、了解』

『機長席の自動操縦ゴーレムを設定変更』

『チェック』

 

 機長は自動操縦ゴーレムの設定スイッチを操作し、現在の高度で水平に飛ぶよう指示しました。私もその操作を目で見て、正しい設定がされたのを確認しました。

 

 その途端でした。

 

 ――――機体が、上昇を始めたんです。異様な角度で。

 

『なんだ!?』

 

 私は慌てて自分の席の計器を見ました。

 驚いたことに、飛空艇は上に30度以上も機首上げをしていました。しかも飛空艇は勝手に機首をどんどん上げていきました。失速しかねない危険な角度です。

 

『何をしてるんだ、こいつ!』

 

 自動操縦ゴーレムが壊れたのだと思いました。

 命の危機に全身の血が凍りました。

 どうするべきかの思考が一瞬止まってしまいました。

 

 そんな私に、

 

『ダイアクラブくん、君の席の迎え角と、予備の指示器の迎え角を読み上げてくれ』

 

 機長の平静な声が命じました。

 私は反射的にそれに従い、

 

『私の席では仰角プラス40度、予備も同様です!』

『なるほど、私の席ではマイナス40度だ』

 

 機長の報告に、私はハッとなって機長の計器を見ました。

 驚きました。

 機長の席の前にある魔導卓では、機体は下を向いていたんです。私のとは逆に。

 

『迎え角センサーが故障した。私の席の迎え角を予備のものに切り替える。いいかね?』

『はい!』

『迎え角センサーを切り替え』

『チェック!』

 

 機長は少しも慌てず、自席の迎え角情報を予備計器のものに切り替えました。

 自動操縦ゴーレムは3系統あって、そのときは機長側の情報を参照して動いていました。

 しかし機長の迎え角センサーは壊れ、下を向いているという誤情報を自動操縦ゴーレムに流してたのです。

 水平を維持するため、自動操縦ゴーレムは上昇しようとしました。本当は下になど向いていないのに。

 

『自動操縦を解除。手動で機首を下げる』

『手動で機首下げ、了解!』

 

 機長の操縦で、機体が水平に戻っていきます。

 が、そこに、

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ

 

 異様な振動音が聞こえました。

 機長の操縦桿が震えているのです。

 

『スティックシェイカーっ!? 失速です、機長!』

『了解。このまま機首を下げて速度を回復する』

 

 機長は上げすぎていた機首を海面へ向けて下げ、どんどん降下させていきました。教科書通りの失速からの回復操作です。

 

 ―――――"ブゥィイイイイイィイイイィイイイイイィイイイィイイ!!!

"

 

 突然の警報音に、私はまたしても驚きました。

 ビープと呼ばれる、古代竜人の詠唱です。

 かなり緊急性の高い事態を報せる音で、内容を知ろうと魔導卓を見ました。

 そこで目を疑いました。

 

『速度超過、だと……?』

 

 飛空艇の対気速度が限界に近いことを報せるものです。

 確かに速度計を見ると、上限いっぱいまで速度が上がっていました。

 オーディシアス号型は音の速さの80%で巡航できます。

 しかしそのとき表示されていた速度は、まさに設計限界ぎりぎりまで高速化してたんです。

 

 私は混乱しました。

 失速を報せるスティックシェイカーは機長の操縦桿で機能し続けており、速度が足らないことを意味しています。

 しかし私の席からは、速度が上がりすぎているという警報が出てました。

 

 つまり遅すぎる、かつ速すぎる、という矛盾する警報が同時になっていたんです。

 パニックになりかけました。

 

『ダイアクラブくん、今200ノットを超えた。予備と君の計器ではどうか?』

 

 ユーオーク機長の声が、凍った意識を目覚めさせました。

 私は予備を見て、その数値を答えました。

 

『予備では機長の数値と同じです! しかし私の計器では速度超過が出ています!』

『了解。ではおそらく副操縦士側のピトー管が故障したのだ』

『そ、速度計を予備に切り替えます』

『了承する』

 

 私は速度計を予備のものに切り替えました。

 するとあのビープ音も速度超過の警告も消えました。

 機長側の失速警報も消え、充分な速度と揚力を得た機体は緩やかに水平へ戻っていきました。

 

『飛空診断ゴーレムが起動するまで、計器類を逐次確認。いつまた何が急に壊れるか分からないので留意するよう』

『了解です』

 

 緊張も興奮もない機長の声は、怖れるもののない神の遣いのようでした。

 

 こうして353便は、最初の難関を切り抜けたんです。

 

 

 

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