パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○モトタカ=ウラベ(四魔協 (四大陸魔剣士協会) エデ大陸王者。魔剣士)の証言
機体が唐突に急上昇したときは驚きました。
あの謎の赤い光が現れる前までは、機体が旋回したり上昇したりしても、気を付けなければ乗客からは分からないくらい静かで丁寧な運転でした。
それがいきなり床に押さえ付けられるような感覚が生まれたため、機内は騒然としました。
ただでさえ謎の赤光に覆われているのに、この急上昇が乗客の不安を更に煽りました。
そして急上昇はやはり突然終わり、今度は加速と降下をし始めたんです。
こちらもはっきりと高度を下げてるのが分かり、墜落してるのではと心配になりました。
アナウンスがあったのはその降下が緩やかになり、水平になった頃です。
『こちら機長です。現在、天候が悪化しており、大きく揺れることがございます。皆様どうか席にお戻りになり、サインが消えるまでシートベルトを着用するようお願いいたします』
私がユーオーク機長の声を聞いたのは、その時が初めてでした。
冷静沈着を絵に描いたような声音で、厳かでさえありました。落ち着き払ったその声に、不安でざわついていた機内も落ち着きを取り戻していきました。
が、それもほんの少しの間だけでした。
私は窓の外を見て、相変わらず後ろに高速で流れる光の群れを見ていました。
そしてその光の流れる先、つまり機体の後ろの方で、別の光が生まれるのを見たのです。
あの謎の光とは違う、橙色の火炎。
右のエンジンから、炎の尾が流れていたんです。
○ロック=ダイアクラブ(クレインフライ飛空353便 副操縦士(当時))の証言
『飛空診断ゴーレムの再起動が完了。機体の情報を自動収集中です』
やっと飛空診断ゴーレムの再起動が完了し、嬉しい報せを機長に報告することが出来ました。
『了解。診断が終われば解決手順を指示してくるはずだ。対処してくれ』
『了解です………なんだ?』
その飛空診断ゴーレムが、さっそく異常を報告してきました。
……あまり見たくない内容でした。
報せてきたのは、エンジンの異常だったからです。
『右エンジン、出力低下! 燃焼温度異常! サージの警告です!』
飛空診断ゴーレムは、右エンジンが何らかの異常によって、火と風の精霊が燃料に上手く働きかけていないことを示していました。このままだとエンジン破壊の危険もありました。
すぐさま魔導卓に対応儀式手順が提示され、機長が指示します。
『了解。飛空診断ゴーレムの対応儀式手順を読み上げてくれ』
『了解、スラストレバー、クローズ』
『クローズ』
『スタートレバー、オフ』
『オフ』
提示された通り、エンジン停止の儀式を行いました。
右エンジンは破損する前に安全に停止させました。
壊れてさえいなければ後で再始動が出来るかも知れません。
ただ、エンジンに異常を起こさせているのが、この赤い謎の光たちであることは明白でした。
『管制にパンパンコールを出しますか?』
『頼む』
パンパンコールは竜人の呪文で、緊急事態発生を報せる呪文です。同じ系統のメーデーより一歩弱めの呪文ですが、これ以上悪くなるとメーデーを使わざるを得ない、という意味でもあります。
『パーンパーンパーン! キヨタ・コントロール、クレインフライ353、落雷により操作系統にトラブルが発生、フンド国際空港への緊急着陸を要請します!』
しかし、魔導器具からは通信の詠唱に何も返事をしませんでした。
その時になって私は通信の魔導器具が全て、どことも遣り取りできないと示しているのに気付きました。
『管制との連絡が出来ません! 魔導灯台の誘導魔法も、魔導衛星の通信魔法も受け取れません!』
353便は外部との通信が全く出来ない状態でした。
『通信魔導器具の自己診断を実行。全系統をテスト』
『了解、通信魔導器具の自己診断を全系統で実行します…………完了。診断結果は全て「正常」、魔導器具の故障じゃありません』
『では通信魔法が妨害されているということだ』
『そんな……』
『やはりただの嵐ではない。ここを抜けなければどんどん状況は悪くなる。フンドへ早く向かおう』
『しかし魔導灯台も魔導衛星も支援してくれません。現在地の正確性が保証されません』
『オーディシアス号型の自律航法ゴーレムは高精度だ。そう大きくはズレないだろうさ』
機長はフンド空港への針路を取りました。
航法ゴーレムは飛空艇の加速、傾き、仰俯角を感知して自機の場所を算出するゴーレムです。
長距離になればなるほどズレが大きくなり、通常は魔導灯台や魔導衛星からの支援で位置情報を修正するのですが、あのときの353便はそういった外部からの支援がなく、航法ゴーレム単独での位置計算に頼るしかありませんでした。
『高度を維持できない。高度を2万フィートまで下げる』
機長が高度を下げ始めました。
飛空すること自体はエンジン1基で可能でしたが、推力が下がるので高度を下げざるを得ません。
本来なら周囲の飛空艇とぶつからないよう、高度変更を管制官に報告をするのですが、相変わらず通信は出来ません。
他の飛空艇に接近しすぎてしまった場合は空中衝突防止ゴーレムが働きます。が、この状況ではそれも機能するか分かりません。祈るしかありませんでした。
『これは何なんでしょう……』
操縦室の窓からは、なおもあの赤い粒子たちが絶え間なく飛空艇を襲っていました。
まるで異世界に放り込まれたような、信じられない景色でした。
『分からない。火山灰にも似ているが、予報の範囲は充分に超えた。そもそも噴火があれば魔導衛星ですぐ連絡が来る。
だが何の前兆もなく、いきなり現れた。気象ゴーレムも何も探知していない。これは嵐でも火山灰でもない。留まるのは危険だ』
機長の言う通り、ここから抜け出さなければ、もうひとつのエンジンも止まるかもしれません。そうなれば万事休すです。
『飛空診断ゴーレムの機体診断が完了。対応手順が出ました』
『了解、対応を始めてくれ』
『対応、開始します』
ようやく飛空艇の状態をゴーレムが確認し終えました。
次はその提示された診断結果と対応手順を、人間が確認しつつ実行しなければなりません。
操縦は機長に任せ、私はその対応を始めました。
○コータ=スギヤマ(エデ帝国 キヨタ飛空交通管制部 対空席担当)の証言
『火山灰だって?』
失探した353便を探すべくあらゆる方面に問い合わせと協力を要請する中、管制室にその奇妙な情報が入ってきたんです。
『タラムマの飛空火山灰情報センターの洋上観測ゴーレムが捉えました。
クレインフライ飛空353便が消えた空域に、噴煙や火山灰に似た噴出物が広がってるそうです』
『魔導衛星の探知魔法でも観測できました。こちらです』
調整席の同僚が、その観測画像を管制室の大魔導卓に映しました。
誰かが呻きました。
エデ大陸の沖合に、雲にも似た、火山が噴火したときみたいな噴煙の領域が広がってたんです。
『各飛空会社には既に通達済みで、この航空路は閉鎖されています。情報展開前にこの領域を飛んでいたのは、クレインフライ飛空353便だけです』
『353便がこの噴煙の中にいる可能性が高いな……』
『けど妙だ。ここは海の上だぞ? 火山なんてどこにもない』
『しかも火山の噴出物に似たもの、というのはどういう意味だ? 火山灰じゃないのか?』
『火山灰にしては、対火山灰用の探知魔法の反応がはっきりしないそうです。全く違うもの、とも言い切りづらいらしく、詳細は実物を回収するまで不明とのこと』
『いずれにせよ危険だ。
管制用の探知魔法も、魔導衛星の通信魔法も、何も効かない。353便の状況が分からない。支援を求めていることは明らかだが、ここからでは埒があかない』
『付近を飛ぶ飛空艇に、捜索を要請しますか?』
『危険すぎる。二重遭難になりかねない』
『しかし、手をこまねいているわけにも』
353便が危険な状態なのは明白でしたが、有効な手段が見当たりませんでした。
地上からの探知魔法が効かない以上、誰かが近付いて調べるしかありませんが、何が起きているのか不明な空域で、しかも新月の夜です。新たな犠牲者が出てもおかしくありません。
『………いや、そうでもないかもしれん』
そのとき、付近にいる飛空艇の情報を見ていた部長が、声を弾ませました。
『カカナの連邦気象局に連絡を取ってくれ。協力要請を出す』
『連邦気象局?』
『そうだ。彼らに353便の捜索を依頼する』
部長は言いました。
『彼らを呼んでくれ――――――――――――――ストームハンターを』