パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー   作:鈴本恭一

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クレインフライ飛空353便エンジン故障事故⑫:最後の試練

 

 

 

○ロック=ダイアクラブ(クレインフライ飛空353便 副操縦士(当時))の証言

 

 

 目を閉じろ、という叫び声がしました。

 その声には覚えがあり、最初の異変のときに警告してくれた声でした。

 それもあって私は反射的に目を閉じました。

 そして次に何が起きるのか、口に出しました。

 

『雷が来ます! 機長!』

 

 閉じた瞼の上から、強力な光の爆発が浴びせられました。

 機体が分解しかねないほどの振動、激震、けたたましい警告音。乗客の叫び声さえ届きました。

 

 そして目を開けたとき、操縦席の窓は信じられないことになってました。

 赤い光の群れが、飛空艇を包んでいたのです。

 

『またあれか…!』

 

 しかもその見え方は、以前とは違いました。

 

『ぼやけている。窓がおかしい』

 

 機長が言いました

 操縦室の窓は、まるで眼鏡のない近眼の人の視界のようで、流れていく赤い光もぼんやりとしたものにしか見えなかったのです。

 明らかに操縦室の窓がダメージを受けていました。

 

 しかもそれだけではありません。

 今回は飛空診断ゴーレムは再起動することなく生き延びていました。

 その飛空診断ゴーレムが、重大な警告を発していました。

 

『左および右エンジン故障! 出力低下! 異常燃焼!』

 

 左右のエンジンがともに異常を報せ、出力が見る見るうちに下がっていきました。

 

『了解、スロットルをアイドルにする。左および右エンジンマスタースイッチをオフ。オートスロットル解除』

 

 機長が冷静な声で言いました。機長は落雷に目を潰されてはいませんでした。

 私はその機長の指示に、一瞬戸惑ってしまいました。

 機長は全エンジンの停止を命じていたのです。

 

『推力が無くなります、機長!』

『爆発しては元も子もない。今ならまだ飛べる』

『……了解です、左および右エンジンマスタースイッチをオフ。オートスロットル解除』

 

 機長の言う通りでした。

 異常状態のエンジンを動かしたまま飛べば、どんなことになるか分かりません。

 そして異常は他にもありました。

 

『ローカライザーおよびグライドスロープを失探! 進入角の誘導支援が受けられません!』

 

 通信魔法を妨害したのと同様、空港からの支援魔法の一切を妨害されていました。

 自動操縦ゴーレムは着陸コースを見失い、操縦を解除。手動操縦に切り替わりました。機長が自分の手で機体を下ろさなければなりません。

 しかし操縦室の窓は破損してぼやけ、オーディシアス号型は再び目隠しをされたのです。

 

『魔導高度計も使えません!』

『大気高度計は生きている。フンド空港は海にあるし、滑走路の海抜も知っている。自律航法ゴーレムの現在値計算で着陸する』

 

 機長はこの赤い目隠しをされたまま、着陸を行おうとしていました。

 無謀とも思えましたが、しかし他に方法がありません。

 エンジンの再始動は、と考えた私を、飛空診断ゴーレムの警告が打ちのめしました。

 

『……補助魔力装置、故障! 稼働しません!』

 

 エンジン再始動に必要な補助魔力装置が止まっていたのです。

 エンジンがほどなくして止まります。

 そうすれば魔力変換装置も停止され、オーディシアス号型は魔力の生成を止めてしまいます。

 

『魔力貯蓄器、自動で作動! 補助魔力を展開中!』

 

 バックアップとして用意された貯蓄器の魔力が、オーディシアス号型の飛空ゴーレムらを延命させます。けどそれも長くは続きません。

 最後の非常装置が、頼みの綱でした。

 

『ラムエアタービン、展開!』

 

 ガコン、という大きな音がしました。

 胴体の下から、大きなプロペラが展開したのです。

 プロペラは風を受けて回転し、その回転力を変換装置が魔力に変えます。

 着陸のため低速でしたが、高効率の変換装置と魔力貯蓄器により、飛空ゴーレムを維持するだけの魔力は確保できました。

 

 が、懸念がありました。

 ラムエアタービンは外部に展開する魔力変換装置です。機体の外に出す以上、この赤い光にもぎ取られるか、ダメージを受けて故障する恐れがありました。

 ラムエアタービンが壊されれば、万事休すです。

 

 どうか壊れないでくれ、と祈ったそのとき。

 

 

『――――――全空域の全飛空艇へ警告。これより生き物除け魔法を発動する。通信魔導器具の感度をミニマムに設定せよ』

 

 

 天の助けのような声が、再び窮地に届いたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

○ゴンベー=ジョン=チャンスミスリー(カカナ連邦 海洋大気観測会社『カオティックブルー』社員。副操縦士)

 

 

『不明領域の先頭に到達! ゴンベー、警告しな!』

『了解………全空域の全飛空艇へ警告。これより生き物除け魔法を発動する。通信魔導器具の感度をミニマムに設定せよ』

 

 僕らは大急ぎで、353便を呑み込んだ新たな不明領域に辿り着きました。

 探知画面に白いものが広がっていて、その中に353便と、謎の生き物がいるのは明らかでした。

 

『不明領域は空港に向かって移動と拡大をしている。偶然ではない。飛空艇を追いかけているようだ……ボス、準備よし。いつでも魔力を回せる』

 

 フレッドが言って、魔力管理ゴーレムを最終調整させました。

 エヌエヌも『合図したら撃ちます!』と言いました。

 

『ゴンベー、機首方向からクレインフライと例の生き物が来るよ。照準と発射タイミングは任せる』

 

 ブルーからの許可をもらい、僕は魔導卓を照準モードにしました。

 生き物除けの魔法は、エヌエヌの言う通り大声に近いものです。

 辺り一面に放つと威力は拡散しますが、方向を絞って放つと威力が高まります。

 なので出来るだけ相手の位置を特定しないといけません。

 でも相手は汎用探知魔法を掻い潜る術を持っていました。

 目に見えない相手です。

 

 けど、その生き物は353便に合わせて移動していました。

 あの不明領域を撒き散らしながら。

 だから、そのおおよその見当は付いてたんです。

 

 353便の先。

 そこにそれはいるはずでした。

 

『………照準固定。エンジンパワーの魔力変換開始。魔力を発射装置へ』

『了解』

 

 僕の言葉にフレッドが応え、エンジンのエネルギーを魔力に変換し、発射装置へ流し込み始めました。

 推力が低下。

 計器類も必要最小限のを残して停止。

 

『魔力の流入を確認、魔力貯蓄器の圧力上昇中』

『1番油圧低下。予備に切り替え』

『3番冷却ゴーレムが異常、稼働率低下は許容範囲内』

『照準姿勢で固定』

『圧力臨界』

『発射準備よろし』

 

『―――――――――――発射』

 

 エヌエヌがスイッチを押下。

 

 目には見えない魔力の照射が、目には見えない何かへ疾駆しました。

 同時に、

 

 

 キャケェキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!

 

 

 絶叫がオーエデ湾の全てに撒き散らされました。

 そしてあの不明領域で、あからさまな変化が起きたんです。

 

『出た』

 

 暗闇の中に、それの姿が浮かび上がりました。

 

 

 ―――――それは鳥の形をしていました。

 

 

 太いくちばしとトサカのある頭、胴体並に長い細い首、20メートルを超す体、クジャクのような長い尾羽。

 それらの全てが、炎のように、まるで活火山の噴火口のように燃えさかっていました。

 その表面から、火山灰のようなものを吐き出していました。

 エヌエヌが予想した通り、火山そのものだったんです。

 

『火の鳥………』

 

 僕はこぼし、そして再び照準をつけようとしました。

 が、その前にそれは翼長50メートルはありそうな翼を広げて、遙か上空に舞い上がっていきました。

 紅い軌跡を描いて真っ直ぐ夜空へ昇って、再び消えてしまいました。

 幻だったみたいに。

 

『きれいだ……』

 

 見蕩れてた僕は、しかし、

 

『第4エンジン停止!』

『航法ゴーレムに異常数値発生、ゴーレムを切り離す』

『魔導衛星との通信器具が故障!』

『1番の魔力変換装置が過剰運転、強制停止する』

『あ、右翼のフラップ20度までしか出ない』

 

 魔法を全力発射した影響であちこち焦げ付いたカオティックブルー号への対処に追われました。

 そしてそんな僕らの下を、クレインフライ353便が通過していきました。

 滑走路目指して。

 

『グッドラック』

 

 竜人風の祈りの言葉を、彼らへ送りました。

 それ以上は何も出来ませんでしたから。

 

 

 

 

 

○ロック=ダイアクラブ(クレインフライ飛空353便 副操縦士(当時))

 

 

 

 キャケェキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!!

 

 

 人間とは明らかに違う絶叫を耳にして、思わず目を瞑りそうでした。

 しかしなんとか堪えました。

 副操縦士は計器を見るのが仕事だ、お前が目を閉じてどうする。自分に言い聞かせました。

 そうやって目をこじ開けると、驚いたことにあの赤い光が消えていました。

 窓は相変わらずぼんやりとして使い物になりませんが、あの謎の領域から抜け出たのは確かでした。

 急いで計器を確認しました。

 

『空港の誘導魔法を捕捉! ローカライザー・キャプチャー! 距離1カイリ(1.8キロ)、高度410フィート(125メートル)!』

 

 あらゆる支援装置が復活しましたが、エンジンと窓はどうしようもありません。

 そして一番問題なのが、現在の速度でした。

 着陸するため減速し、しかし揚力を失わないようエンジン出力を細かく調整していたのですが、そのエンジンが止まっていました。

 そのため、機体はどんどん速度を落とし、

 

 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ

 

 操縦桿が激しく振動を始めました。

 失速警報です。

 

『機長、失速します!』

 

 着陸中の失速は最悪でした。

 高度がないため降下して速度を稼ぐ余裕が無く、しかもその時はエンジンが止まっていました。推力さえないのです。グライドスロープの誘導魔法は頭上を通り抜け、我々はどんどん下降していきました。

 打つ手はない、空港の手前で海にぶつかる、と覚悟しました。

 

 しかし、

 機長は、

 

『フラップをスリーに』

『え?』

『フラップをスリーに、急げ!』

 

 鋭い指示に、反射的に手が動きました。

 主翼の後縁部分は地面方向に傾くよう設計されています。これにより低速でも空中浮力を発生させることが出来ます。それがフラップです。

 そのフラップを指示通りに引き上げました。

 

『フラップをスリー!』

 

 すると速度が上がりました。

 加速し、飛距離が伸びたんです。

 

 

"ワンハンドレッド"

 

 

 飛空ゴーレムが高度を報せます。

 高度100フィートを下回りました。

 

 

"フィフティ"

 

 

 機体は滑走路の進入灯と思しき明かりを越え、滑走路末端灯らしきところ目指して飛び込びました。

 しかしフラップをフルにしていないため、降下速度が通常よりも大分早くなっていました。

 

『フレア』

 

 機長は機首上げ操作を行いました。

 降下速度が落ちます。

 

 

"フォーティ"

 

 

 機首をやや上げ、姿勢を変えることで降下速度を落とすフレアという着陸操作です。

 しかし機首を上げすぎれば余計な空中浮力を生み、浮き上がった後に墜落します。

 ほど良い機首上げをしつつ、かつ滑走路と水平になるよう機体の傾きを調整し、接地後に滑走路からはみ出さないよう進行方向を制御します。

 機長の繊細な操作を、フライバイゴーレムのオーディシアス号型は見事に汲み取りました。

 

 緑色をした滑走路末端灯を、なんとかぎりぎりで越えたんです。

 

 

 

"サーティ"

 

 

"トゥウェンティ"

 

 

"テン"

 

 

 

 

 ―――――――――ドズン、という強い衝撃。

 

 

 

『スピードブレーキ、アップ! オートブレーキ、マックス!』

 

 スピードブレーキのレバーが自動でアップの位置に移動したこと、オートブレーキも最大で作動していることを確認しました。最短距離で止まれるよう着陸ギアが自動ブレーキを稼働させました。

 普段ならエンジンの逆噴射装置も使うのですが、その時はエンジンが止まっていたので使えません。

 滑走路34Rは3400メートルありました。普段よりずっと早い着陸でしたが、着陸ギアが折れたりバウンドしたり、滑走路から飛び出して建物にぶつかるということはありませんでした。

 

 窓がまるで見えない中、ユーオーク機長は驚くほどの正確さで滑走路の中心を捉え続けました。

 いったい何が見えていたのか、まさに神業でした。

 

 そしてついに、機体の速度が目に見えて落ちていったんです。

 

『60ノット!』

 

 いつもなら逆噴射装置を止める速度でした。

 速度はさらに下がっていき、そして、

 

『………対地速度0ノット、停止しました、機長!!』

 

 私は機長へ叫びました。

 ユーオーク機長は、ふぅと息を吐き、計器を一通り確認してから、機内用の通信器具のスイッチを入れました。

 

『皆様、機長です。当機はただいまフンド国際空港に着陸いたしました。機外の安全が確認されるまで、今しばらくお待ちください。またトラブルの発生しましたことを深くお詫びいたします』

 

 ――――――大きな喝采が客室の全てで湧き上がったのを、操縦室にいても感じ取りました。

 

 機長はスイッチを切りました。

 そして私を見て、頭を下げました。

 

『ダイアクラブくんも、よくやってくれた。すまなかった』

 

 私は驚き、慌てて、

 

『とんでもありません! 機長のおかげでみんな生き延びました! あなたは最高の飛空艇乗りです!』

 

 心の底からの言葉を機長にぶつけました。

 

『あなたと飛べたことを誇りに思います』

 

 私は機長に握手を伸ばしました。

 ユーオーク機長は驚き、目を伏せ、少し戸惑った後に、私の手を握り返してくれました。とても優しい握手でした。今でも憶えています。

 

 

 

 

 こうして、353便のオーディシアス号型は、予定通りエデ帝国・フンド国際空港に到着しました。

 乗員乗客393名、だれひとり欠けること無く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーオーク機長が亡くなったのは、その1ヶ月後でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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